妹(前編) ◆3LWjgcR03U
夢。
夢を見ている。
☆
どこからか、虫が飛んできた。
纏流子は、不快げにそれを握りつぶす。
「その服を脱ぎ去る時は近い」
気が付くと、傍らには女騎士が立ち、語りかけていた。
「私の告げたことは、きっと成就されるだろう」
「だまれ」
一閃。
番傘が胴を抉り、騎士の姿はかき消える。
勝ち誇り――どこからか、視線を感じる。
「よう、久しぶりだな」
「……」
茶髪に黄色いリボンの少女が、流子をじっと見つめている。
「望み通り、暴れてやったぜ」
「……」
少女は流子の言葉にも、何の表情の変化も示さない。
虚ろな目で、ただじっと見つめ続ける。
「あんだよ、私の仕事が気に入らねえのか?」
「……」
「っ、舐めんじゃねえぞクソガキ!」
逆上して殴りかかり――
「やあ。忠告に来てあげたよ、化け物さん」
それを庇うように、黒いコートの男が現れる。
「――暴れ回るのはいいけど、人間をあんまり舐めない方がいいよ。
人間は、俺の愛した人たちは、そう簡単には折れたりはしない」
「はっ、人間は生命戦維に着られるために生まれてきたんだ。雑魚が何匹集まろうと意味はねえんだよ」
「そうかい。まあ、くれぐれも気をつけることだね。古今東西、化け物を倒すのはいつだって『人間』なんだからさ」
「その通りだ、纏流子」
コートの男を叩き潰そうとした流子の体が、背後からむんずと掴まれる。
「この蟇郡苛が果たせずとも、何度倒されようとも、必ず誰かがやってくる。貴様の神衣を脱がすためにな!」
「暑苦しいんだよ、この変態野郎が!」
苛立たしげに拘束を振りほどく。
見ると、流子の前には彼女が殺した者たちの姿が並んでいる。
「へっ、死人どもが雁首揃えて、お説教でもしにきたってわけかよ?
もう一度死なねえと分らねえようだな――純潔の前じゃ、お前らなんざカスってことがな」
「違いない、妹よ」
彼らを押しのけて、セーラー服の少女がずいと前に出てきた。
「どうした、皐月ちゃんよ。死人の頭でも気取りだしたか?」
皐月は、挑発を受け流す。
「死人であるこの者たちは、貴様に傷を付けるどころか触れることすらできん。
カスと侮るそんな彼らが、なぜ幻影となって貴様の前に現れたか――分るか」
ビシィと右手の指先を突きつけ、言い放つ。
「分らんなら言ってやる。お前は、心の奥底では彼らを恐れているからだ」
「はぁ?」
呆れたように、流子は肩をすくめる。
「こいつは驚いたぜ、よりにもよってこの私が死人ごときにビビってるだと?」
「分らんなら何度でも言ってやる。幾億の死体を積み上げようと、貴様が彼らを恐れる限り幻影は無限に現れ続けるだろう」
「……はっ」
唾を吐き捨てる。
「上等だ、死人の幻なんざ所詮幻に過ぎねえ。
――いつまでも湧いて出てくるっていうなら」
番傘を振りかぶり。
「その度にぶち消してやりゃ、いいだけの話だろうがァァァァァァァァァ!!!!!」
そこで、夢は潰えた。
☆
「っ……」
旭丘分校。
濃厚な死臭が立ち込め、破壊の痕跡が明らかに残るそこで、纏流子は目を覚ました。
「寝覚めが悪ぃ」
ひどい夢を見ていた気がする。
大きく伸びをする。
休息は取ったとはいえ、戦いの連続で受けた傷は癒えきってはいない。
純潔に生じた綻びも、修繕はできていない。
「世話の焼ける連中だぜ」
放送によれば、生きているのはまだ30人以上。
太陽は、すでに西に傾いている。
あと何人殺せば、この正体の分らない苛立ちは消えるのかは分らない。
分らなくても、その苛立ちを消すために。
纏流子はまた、誰かを殺すために発つ。
☆
時刻はそれより遡る。
空条承太郎たち一行の姿は、ゲームセンターの中にあった。
ゲームセンターに来た目的は通信機器を探すことだったが、承太郎にはもう一つの目的があった。
それは、『殺人事件』の被害者――越谷小鞠の遺体の確認。
取り逃がしはしたが、『容疑者』の筆頭である衛宮切嗣をはじめ、今はもういない折原臨也、そして平和島静雄に対する疑念は、未だ全く解消などされてはいない。
その疑念を少しでも取り払う助けとするために、現場を見ておく必要がどうしてもあった。
下階の捜索は風見雄二たちに任せ、遺体があるというフロアに向う。
(なるほど)
フロアに入ったとたん、少女の遺体が目に飛び込んできた。
ゲームの筐体で頭部を潰され、背後の壁はあたかも誰かがそこから飛び出したかのように割れている。
確かに、間違いはない。衛宮切嗣が言った通りの状況だ。
(……?)
しかし、何かがおかしい。
その正体は何なのか。
「……街が」
思考を制すように声をかけたのは、言峰だった。
「外の状況に比して、この遺体は……」
「……ああ」
ほどなくして、承太郎も気付く。
ゲームセンターの周囲は、風見雄二の言った通り、銃火器などの使用の形跡がないのも関わらず、めちゃめちゃに破壊されていた。
生身での近代的な都市の破壊。
聖杯戦争のクラスの一つ、バーサーカーならば、そうした行為もなしえるのかもしれない。
だが、乱雑を極めるゲームセンターの外の破壊痕と比べて、この遺体はあまりにも。
「綺麗すぎるぜ」
そうなのだ。
街の破壊を行った者と、越谷小鞠を殺害した者が同一人物だとする。
だが、これは明らかにおかしい。
なぜなら、本当にこれが同一人物ならば、小鞠の遺体はもっと正視に堪えないほどぐちゃぐちゃにされていなければならないはずだ。
傷痕などがないことから、小鞠は恐らく抵抗できないままに眠らされたか気絶させられ、その上に筐体を倒れさせられたと思われる。
バーサーカーは、大幅に力が上る代償として、多大な魔力を要求し、理性を失うサーヴァント。
理性を失った者に、そのような器用な真似ができるはずもない。
これは、どういうことか。
分るのは、小鞠を殺害した人物と街の破壊を行った人物は、恐らくは間違いなく別人であるということだ。
(……)
風見雄二に教えられた、自分にはあえて話さなかったという折原臨也の『推理』が頭をよぎる。
DIOに肉の芽を埋め込まれた平和島静雄が、小鞠を殺害したという説。
非常に納得のいく説だが、ゲーム開始直後に言峰はDIOと会っている。
すなわち、DIOがその頃に静雄に肉の芽を不可能なのだ。
『殺人事件』の犯人候補。衛宮切嗣、平和島静雄、DIOらのうち、少なくともDIOは候補から外れることになる。
「……そろそろ、行くぜ」
承太郎は言峰を促す。
こうして現場にやって来たが、結局のところ『殺人事件』の解明どころか、大きな手がかりを掴むこともできなかった。
だが、承太郎は決して、それで落胆するような男ではない。
別にある目下の目標に向かい、2人は歩んでいく。
☆
階下のコーナーでは、場違いにも思える矯正が響いていた。
「チノ、もっと上だ!」
「え、ええと、こうでしょうか」
「あっあっ、違う違う」
チノ、リゼ、遊月の女子3人、そして雄二の4人が、真剣な表情でUFOキャッチャーに向き合っている。
やっていることは遊びにしか見えないが、4人はそんな気は全くない。
殺し合いの最中、なぜそんなことをやっているのか。
話は、6人が通信機器を求めて来たことに遡る。
牛車で到着してすぐ、ゲームセンター内を探し始め――機器は、意外な場所にあった。
薄暗い建物の中で、まばゆい光を放っているUFOキャッチャー。
その中に、携帯ゲーム機やゲームソフトに交じって、箱に入った旧式で大型の携帯電話が一つ、無造作に置かれていたのだ。
裏方の事務室のような場所を捜索する予定だったが、そこにあるならば、それを取らない手はない。
「!」
「やった!」
始めてから10分ほどだろうか。
クレーンが携帯の入った箱を掴む。そして、取り出し口から転がり出てきた。
「でかしたぞ、チノ!」
遊月が、携帯を掴んだチノに抱きつく。
「わっ、も、もう。やめてください、ココアさん」
口では嫌がりながらも、チノは振りほどこうとはしない。
乱暴に髪を撫でられるに任せている。
(……)
そんな2人の微笑ましい様子を見守る雄二の顔は、どこか浮かない。
そもそも、UFOキャッチャーの中の携帯電話は、発見した時点では雄二は、拳銃なり周囲にある重みのある道具なりを使って、ガラスを破って取るつもりでいた。
だが、『私が取ってみせます』とチノは言い、それに遊月も同調した。
そんな2人を押しのけて乱暴な手段を使うことは、雄二にはできなかった。
「風見さん……」
2人からそっと離れたリゼが、不安げに雄二に問いかける。
「……今は、何も言うな」
2人には、分かりすぎるほど分かっている。
遊月を『ココア』として認識してしまったチノと、それに乗ってしまった遊月。
その関係は束の間のごっこ遊びに過ぎず、すぐに瓦解する脆いものでしかないことが。
「……2人だって、ずっとあれを続けることができるはずがないことは、理解しているはずだ。
そのことは、君が一番よく分かっているだろう」
リゼはわずかに頷いてみせる。――が、不安は消えない。
その頃の彼女と実際に交流があったわけではないが、リゼは知っている。
自分が来て、そしてココアが来る前のチノは今よりもずっと内気で、たった一人の親である店長とも疎遠だったということを。
そんなチノがはっきりと変わっていったのは、ココアが来てからだ。
笑顔を見せてくれるようになった。ココアや自分だけでなく、ほかの友人たちともよく遊ぶようになった。
付き合いの長さだけなら、自分のほうが上だ。
けれど、チノの心を解きほぐすことは自分にはできなかった。
――自分は、もういないココアの代わりになることはできない。
だから、脆いものだとしても。
「チノはすごいな! 私はこういうの、あんまり得意じゃないや」
「え、えへへ。それほどでもないです。ココアさん」
偽りの姉妹の間の絆を壊すことは、できない。
☆
「……よう」
階上から承太郎と言峰が姿を見せた。
「電話はどうだ」
「……取れたが、今はダメだな。この通り、通話機能しか付いていない」
言峰の問いかけに、雄二が答える。
箱にあった写真の通り、携帯電話は折原臨也の持っていたスマートフォンと比べれば玩具のような旧式のものだった。
通話機能も、午後6時までは使用できない。
「手に入っただけでも僥倖だぜ。……そろそろ行くか」
促す承太郎に、雄二と言峰が頷き、一泊遅れて女子3人も頷く。
通信機器が手に入らなければ、この後は南にある「万事屋銀ちゃん」なる店も調べてみるつもりだったが、こうして手に入った以上は用はない。
6人はぞろぞろと牛車に乗り込んでいく。
人数が増え、2頭の牛の片方が殺されてしまったため、最初に言峰とポルナレフと希が乗っていた時のようなスピードは望むべくもないが、それでも歩くよりは遥かに速いスピードが出る。
ちなみに、窮屈さを和らげるために、今の牛車には元々はポルナレフの支給品だったリヤカーを、これも元は希の支給品だったロープで繋ぎ、そこに承太郎と雄二が乗りこんでいる。
6人が目指すのは、島の南端を走っている道路。
通信機器を手に入れ、次の目的は仲間たちの捜索だ。
特に、リゼとチノの友人の宇治松千夜、遊月の友人で「セレクター」の小湊るう子。
そして、朝に折原臨也とともに旭丘分校に向かい、そのまま行方が分からなくなっている一条蛍。
放送を信じるならば、臨也は死に、戦う力を持たない彼女が生き残っている。
これはどういう状況なのか。
考えられるなら、何者かに襲撃され臨也は死亡、蛍は逃げのびた、あるいは襲撃者に誘拐された、といった可能性。
いずれにせよ、今なお危険に晒されている確率が高く、かつある程度の居場所が分かっている彼女が、まずは危急の捜索対象だった。
☆
さらに時間は遡る。
騎士王アルトリア・ペンドラゴン――セイバーは、犬吠埼風たち、そして4人の集団との接触を避け、車で南下していた。
単独行動を選んだ風。DIOから手を出すなと命令された2人。どちらに固執する理由も、今のセイバーにはない。
それならば、まだ行っていない南に向かうことがずっと有益に思えたのだった。
途中、「万事屋銀ちゃん」なる店に少しだけ寄ってみたが、一階にあったバーでも、2階の「万事屋」でも、大した成果は挙げられなかった。
武器の類を期待したが、見当外れだったようだ。
次に向かったのは、現代の遊技場、ゲームセンター。
ここでは、頭を潰された少女の遺体を見つけた。だが、それ以上の収穫は得られない。
ウィクロスという『遊戯』がこの殺し合いの鍵になっている可能性があることからして、ここにあるゲームが重要かもしれない、ということも考えられるが。
あいにく聖杯から与えられた知識は、ここにあるゲーム1つ1つを簡単に攻略できるほど詳細ではないし、第一時間が惜しい。
あの橋のように全てを破壊する余裕はないが、手がかりを渡すのは惜しい。
そう思った彼女は、目に付いたいくつかの筐体を倒し、誰かが訪れても簡単には遊べないようにしておいた。
さらに車を走らせる。
そしてゲームセンターをやや離れたあたりで、スピードがふと緩んだ。
(これは)
ゆっくりと車を止め、市街地の舗装されていない部分を調べる。
そこには、牛のものらしき蹄と、複数の車輪の後が刻まれていた。
誰かが、牛車を使用して移動したものらしい。
(しかも、僅かだが魔力も感じる……)
思い起されるのは、第四次聖杯戦争にてライダーのサーヴァントが操っていた宝具。
間違いはない。この車輪の痕跡を付けた主は、あの宝具を使用している。
(名簿には、ライダーの名前はない)
だが、どうやらこの殺し合いにおいては、各参加者にゆかりのあるアイテムが無作為に黒のカードとなって配布されているようだ。
この車輪も、その一例なのだろう。
追うべきか、ほかの場所を探索すべきか。セイバーは少しだけ迷う。
だが、彼女の頭には気にかかっていることがあった。
――この殺し合いが始まってより、もうすぐ半日。
始めに侍を討ち取って以降、誰の首級も挙げられていない。
得られたものは、聖杯と似た効果をもたらすこのカードデッキが関の山。
DIOともう一度会った時のためにも、この辺りで誰かを討った実績を作っておく必要がある。
あるいは、先ほどの少女のような戦えない者を手にかけてでも――。
(――)
その考えを頭の隅に追いやり、決意を固める。
(追う価値は――ある)
車輪の痕跡の風化の具合から見て、これを操っている者たちがまださほど遠くには行っていない。
ならば、車に纏わせる魔力を全開にせずとも、騎乗スキルの力のみでも追いつけるはず。
逡巡の後、セイバーは車輪の後を追い始めた。
☆
「誰かいるぜ」
首輪探知機をちらちらと見ていた承太郎が、その数の増加に気付き、手綱を操る言峰に鋭く声をかける。
「複数人か」
「いや、一人だ。
――待て。気配がどんどん近づいてやがるぜ」
スピードは緩めないまま、2人は会話を交わす。
新たな人物の接近に、6人は一様に緊張感に包まれる。
「振り切るか」
「いや――無駄だな」
手綱を握る手に力を込めた言峰を制したのは、雄二だった。
「もうそこまで来ている」
夕日を浴びながら、巨大な若葉マークのついた奇抜な車がすぐそばに迫っていた。
敵か味方か。考えるまでもなく、それはすぐに牛車に追い付く。
そして、運転席からは金髪の少女が降り立った。
(6人か)
後部に繋いだリヤカーを含め、止まった車輪に乗っているのは6人。
身を寄せ合っている3人の少女は、戦力外だろう。戦えるのはリヤカーに乗った2人、そして。
「言峰、綺礼――」
その男の存在に、セイバーの瞳がわずかに驚愕に見開かれる。
衛宮切嗣が最も警戒していた男。
殺し合いに乗っているのではないか、とも考えただけに、こうして女子供も含んだ大集団の中に混じっているのはやや意外だった。
(サーヴァント……)
降り立った言峰が、セイバーに相対する。
衛宮切嗣の言った通り、原理は分らないがこの場ではマスターとサーヴァントは切り離されている。
ならば、あの魔術師殺しとは違う行動原理で動く彼女ならば、仲間に引き込むことも不可能ではない――そう一瞬、考えたが。
「悪いが、今は貴殿らとは敵のようだ」
だが、言葉を発する前に。
「戦えない者は、下がれ」
不可視の剣が、首をもたげた。
「――ち、風見、女どもを頼む!」
承太郎が雄二に言い放つ。雄二はすぐさま御者台に飛び乗り、牛車の方向を転換させる。
「……人の身が、サーヴァントにどれほど通用するかは分からぬが」
高潔な騎士であったはずの彼女が、なぜ殺し合いに乗っているのか。
「この言峰綺礼、全力でお相手する」
疑問は尽きないが、今はこの状況を何とかするのが先決だった。
傍らの承太郎も、既に水色のスタンドを現出させ、臨戦態勢に入っている。
その時だった。
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