低迷の原因は手前の中から ◆7fqukHNUPM
それは、
本部以蔵という名前の小汚いおじさんに、
高坂穂乃果が倒されていた間のこと。
短い棒きれみたいなものを、額に思いっきりぶつけられて。
頭がぐわんぐわんして、ばったりと倒れて。
なんとか起き上がらなきゃ、
ランサーさんを助けなきゃと暗闇の中でじたばたして。
そんな時に見えた、悪夢のような、妄想のような。
結局のところは、ただの夢だったのだけれど。
ある意味では、夢じゃなかった。
暗闇に包まれたアルパカ小屋の近くで、本部以蔵がランサーに挑発らしき言葉を投げている。
殺すつもりかもしれない。
そう危惧したのは、初対面の時に感じたぞっとするほどの殺意あるプレッシャーだった。
今またあの男は、同じだけの恐ろしい気迫でランサーに戦いを迫っている。どんな目に遭わされるか、分かったものじゃない。
立ち上がれ、高坂穂乃果。あなたがランサーさんを守らないで、誰が守るんだ。
念を込めて身を起こし、ヘルメットを振りかざす。
ランサーさんは、絶対に殺させない。
声を張り上げてそう叫ぼうとした。
その時、よく知っている声がした。
『だめだよ。穂乃果ちゃん』
ぐい、と。
ひどく冷たくて柔らかい手に、足首を掴まれた。
「ことりちゃん……っ!?」
早く会いたかったはずの幼なじみは、能面のように冷たい顔をしていた。
ずるりずるりと、地面の下からでも現れるように、幾本もの手が――音乃木坂学園の、青い制服の袖から伸びる手が、絡みついてくる。
「なんで!? ランサーさんが危ないんだよ!
どうしてことりちゃんたちが邪魔するの!? 私が止めなきゃ――」
『止めなくていいよ。だって、穂乃果ちゃんがおかしくなったの、あの人のせいなんでしょ?』
『そうやね。あんな男のために命を賭けるなんておかしいわ。穂乃果ちゃんは大事なμ'sのリーダーなんやから』
『9人全員でもう一度ラブライブに出るって決めたじゃない。
なのに、あんたはあの男ばっかり。にこ達のことなんて思い出さなくなってる』
『千夜って子に嫉妬して、醜い顔をしたのも知ってるわよ?
もし、あれが私や希だったとしても、穂乃果はあんな嫌な顔をしたんでしょう?』
こんな時に何を言ってるの。
そう言い返して、地面と足を縫い付けるその四人をはずそうともがいた。
目の前では、ランサーを殺そうとする本部が、神速の攻防を繰り広げている。
早く、あれを止めないといけないのに。皆はどうして、私が好きになった人に死ねなんて言うの。
そう主張しようとして、穂乃香はやっと気が付いた。
ことりたち4人の身体には、下半身がなかった。
皆、小さな白いカードから体が生えていて、悪霊のように穂乃果の身体を絡めとっていた。
「ひっ――」
『あんたが私たちのことを忘れて男とよろしくやってた間に、可愛いにっこにーの体がこんなになっちゃったわよ。あんたのせいよ』
『ランサーさんが心配だから、止められたのに学園まで付いてきたんだよね。
私たちだって学園に向かってるかもしれないのに、私たちのことは心配してくれなかったんだね』
『知っとるよ。あの人が学校に向かおうとした時も、μ'sのことはいいから自分のそばにいて、って思ったんやね。
”穂乃果ちゃんは恋に目覚めたからμ'sの仲間を見捨てる”。そう占いに出てたんやもの』
『穂乃果は一度にたくさんのことを追えるほど器用じゃないって、自分でも分かってるでしょ?
それなのにあなたときたら……私、生徒会長をあなたに任せたのは失敗だったわ』
『楽しそうに学校デートして、歌まで歌っちゃってさ。その間に、私たちがどんな目に遭ったか考えてもみなかったの?』
「違う! 違う違う、違うの!」
『何が違うの』と。
四人が口をそろえて、冷徹な恨みをこめて穂乃果を責める。
ランサーと一緒にいることに夢中で、μ'sのことを忘れたりなんてしない。
そんなことあるわけないと反論しようとしたのに、できなかった。
だって皆が言ったことは、およそ当たっていたのだから。
高坂穂乃果はμ'sのリーダーなのに、ランサーと一緒にいられるだけで浮かれきっていたから。
足元から背中へと這い上がってきたことりが、追い打ちとなる言葉を囁いた。
『前にも穂乃果ちゃんはこういうことがあったよね。
ラブライブに出ることに夢中になって、周りのことを全然見てくれなくて。
自分が満足するためだけに無理な練習をやらせて、結局自分が真っ先に倒れて。
それでラブライブに出られないって皆をがっかりさせて、私には悩みがあったのに、全然相談に乗ってくれなかった。
あの時と同じように、穂乃果ちゃんは皆を傷つける。μ'sのぜんぶを壊そうとしてるよ』
その言葉が、背後からぐさりと、穂乃果の心臓を貫いた。
違わない。
だってカードにされた皆を見せられても、呪いの言葉を聞かされても、目の前でランサーが無数の麻雀牌に穿たれていくのを見ていれば胸を掻き毟られるのだから。
ランサーが、死んでしまう。
穂乃果が守れなかったせいで、死んでしまう。
どうしてだか分からないけど、とてもドキドキして、幸せな気持ちにさせてくれる人が、消えてしまう。
そう、どうしてだか分からないけど、いつからこうなったのかも知らないけれど、この気持ちは本物に間違いないはずで。
『うちにとって、μ'sは奇跡……でも、穂乃果ちゃんにとっては、その程度だったんやね』
『私、本当に穂乃果が羨ましいわ……素直に、思っている気持ちを行動にうつせて……だからこそ、私たちを捨てられるのね』
『そんなことで、あたし達のことを忘れちゃうの? やっぱり、あんたの『好き』っていい加減なものだったのね』
『穂乃果ちゃん、最低だよ。自分が舞い上がってばっかりで、私の話を聞いてくれない、そんなのあの時と同じだよ』
「やめて! こんな……こんなの、いつもの皆じゃない! 皆はそんなのじゃない!
皆は……μ'sはもっと自分のやりたいようにして、自由で! 好きなことができて!
だれかを強制したり見捨てたりなんてしない! こんな……そんな顔した皆なんて知らないよ! こんなの偽物だ!!」
本部以蔵が獣じみた獰猛な叫び声とともにランサーの身体を投げ飛ばし、容赦なく地面へと叩きつける。
ランサーの頭から鮮血が舞ったように見えて、穂乃果は絶叫した。
「いやだ!! 偽物なんていらない! 私とランサーさんに入ってこないでよ!
あのおじさんだって死んじゃえ! ランサーさんを殺す人なんか――」
――本部の日本刀がランサーの首へと振り下ろされ、黒髪に彩られた美貌が宙を高く飛んだ。
それは、結局のところただの夢であって。
目が覚めて数分もたてば、どんなストーリーだったのかさえ曖昧になる程度の悪夢だったし、友人の声だって幻聴だった。
けれど、そんな声を聴かせたのも、そんな声を図星であるように狼狽したのも、彼女の心が生み出したことだった。
そもそも高坂穂乃果に、ただの歌って踊れる女子高生に。
『殺しあいをしろと命じられた』
『抵抗すればカードにされて、二度と出られない』
『どこかで友達が化けものじみた人たちに襲われて殺されるかもしれない』
そんな極限の環境で『恋愛に夢中になって浮かれる』なんて、心の負担にならないはずがない。
自分の心を安定させるため、だれかと助け合っていくために恋愛をするならまだしも、ランサーへの恋心はそんなものではない。
穂乃果には『好きなことに邁進したせいで、周りの皆をないがしろにする』ことに酷いトラウマがあった。
そんな自分になることを恐れていた時から、殺し合いに呼ばれた。
誰よりも出場したかった念願の第二回ラブライブにさえ『あの時と同じことになるかもしれない』という理由だけで出場を断念しようとしたほどに、気にしていた。
だから、異性に魅力を感じたとしても、そこには必ず『でも、それだけに夢中になって、人に迷惑をかけるなんてだめだ』という、躊躇だとか戒めが働く。
本来の、この時の彼女なら、そうなっていた。
しかしその感情は、愛の黒子によって植えつけられた恋情だった。
もちろん、その黒子と魔貌に、人の心を洗脳してしまう効果などありはしない。
恋心を喚起するという意味では感情を操っているのと大差ないけれど、それもあくまで『恋愛感情を抱く』という一点に限ったことだ。
しかし、それでも、その効能にはある種の強制力があった。
『愛の黒子』によって生まれる好意だったからこそ、穂乃果の好意は『負の感情』にはなりえない。
もちろん、相手を恋しく思うあまりに嫉妬の感情が芽生えたり、恋しい相手が離れていくことによって不安や焦りを覚えたりするように、
『恋愛感情を抱いた結果』としての負の感情が生まれることはある。誰にとっても。
しかし、『恋愛感情そのもの』をストレスとして認識することはできなかった。
英霊が生前に残した伝承の再現とはいっても、つまるところは魔力によって発生する魅了の魔術の類に過ぎない。
そこに『ランサーさんに惹かれていくのが怖い』『ランサーさんに夢中になるのは疲れる』といった自制や躊躇が存在していれば、そもそも魅了の効果だって発揮されていない。
心にとって毒となるストレスだろうとも抗えずに酩酊し、心地よく感じられるからこそ魅了される。
それはもはや、冷水の中に浸かっていながら、そこが心地よい温水だと錯覚しているのに等しい。
こうして、高坂穂乃果の感情は反転する。
冷たく感じられるものは温かくなり、温かかったものは冷たくなる。
ランサーを好きになっていくことへの躊躇や不安は、全て押し込められて、ランサーへの好意の下に圧迫される。
ランサーを好きになればなるほど『ほかの皆だって大事だ』と思う自制心も大きくなり、しかし後者のことを穂乃果は認識できない。認識するだけうっとうしいものとしか思えない。
結果として、『それら』を外側から突き付ける存在――彼女とランサーを引き離そうとする全てのものが、穂乃果にはひたすら煩わしくなっていく。
ひどく煩わしいものに、凶暴な感情が生まれていく。
(ランサーさんが、こんな小汚いおじさんに私を任せるわけがないよ)
まず本部の発言は考えるまでもなく嘘と判断。
このような『小汚い中年』にランサーともあろうものが、穂乃果を任せるはずがない。
そしてその場には、『薄情な女』――
宇治松千夜もいた。
ランサーのことなど忘れたかのように、
土方十四郎とかいう男の死について悔やんでいるようだった。
自分が足手まといになってしまったことを悔やむ、少女の姿。
それはまるで、ランサーが心配だと意気込んで学校まで同行しながら、何もできずに引き離されてしまった自分を見せつけられるかのようで。
それなのに、同じようにランサーの身にも何が起こったのか分からないのに、この少女はランサーについては何も心配していないように見えて。
(私は違う。私のランサーさんに対する思いは本物だもん)
穂乃果は、そう結論づけてしまった。
そして、『ランサーさんが死んだ』という思い込みの下に、その捻じれは殺意へと成長していくことになる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この駅にすべりこむ電車があるとしたら、間違いなく一両編成か二両編成だろう。
その駅は、それぐらいに小さかった。
とはいっても、山の中のド田舎の執着駅というよりは、そこに向かうための郊外の乗り換え駅といったおもむきだ。
駅のホームはかろうじて二つあるし、片方のホームには『立ち食い麺処 こんすけ』という看板のついた食事処も一応あった。
蒼井晶を除いた人間は、みんなそのホームの一つへと向かってしまった。
そちらの方角から、銃声が聞こえたからだ。
「ハァ、むさいおっさん達は幼女たちの安否が心配だしぃ、ホノホノは心ここにあらずでガン無視くれちゃったしぃ……と、ゆーわけでぇ、アキラは今のうちに脱ぎ脱ぎターイム」
まず様子を見に行ったのは、ラヴァレイと本部なる壮年男性の二人だった。
晶は足を捻挫していたのだから皆でぞろぞろと様子を見に行くわけにもいかなかったし、何より銃声の正体は、この場に新しく表れた危険人物のものかもしれない。
よって、中学生の晶と女子高生の高坂穂乃果なる少女、護衛としてカイザルの三人は、改札のあたりで待つようにと指示された。
しかし、高坂穂乃果はじっとしていられなかったらしい。
晶が捻挫した脚でゆっくりと階段を上って改札についた頃合いで、やっぱり心配だからと勝手にもホームへと走り去ってしまった。
穂乃果の独断専行に、カイザルだって困惑した。
そこで晶は、さも健気そうな演技をして、私は駅員室でじっとしているから穂乃果を追ってほしいと上手く言いくるめてカイザルを追い払った。
理由は単純。
駅員の事務室なら、救急箱くらいはあるだろう。
誰かがそのことに気付いて『では改めて晶君の手当をしよう』とか言い出す前に、応急処置を完了させておきたかった。
同性の高坂穂乃果もいるとはいえ、捻挫の手当をするのはやはり慣れていそうな大人の仕事になる可能性が高い。
つまり、『3人の誰か』に靴下を脱がされて素足をベタベタと触られることになる。
カイザル→限りなくアウトに近いセーフだけど、やっぱりこんな時じゃなかったらアウト
小汚いオッサン→論外
つまり、今この時間に自分で済ませるしかない。
「アキラ様のおみ足なんて、ウリスにしか触れねぇんだっつーの……良し」
幸いにも、移動中はずっと猫車で運ばれていたこともあるし、悪化する様子は無さそうだった。湿布を一枚貼っておけば足りるっぽいということで、処置はすぐ完了。
(最初の放送までに最低一人は殺しておきたかったんだけど、この人数だと厳しいかなぁ……)
きょろきょろと見回した室内は、事務室というよりは宿直室のようなおもむきだった。
寝泊りできそうな生活用品は色々と揃っているけれど、武器になりそうな道具は見当たらない。
流し台は存在したものの、戸を開けても包丁の類さえ見当たらなかった。
ブラウン管仕様の小型テレビでは、『吸血忍者カーミラ才蔵』とかいうくそダサい映画が流れている。
さっきもったいつけるような提供クレジットとCMが挟まれたから、おそらく『×曜ロードショー』のような形式だろう。
(だとしたら……ここでまとめて4人殺しっていうのは、いくらなんでもしんどいかも)
ここは自分よりもガタイの良いおっさんばかりが揃っているだけに、誰か一番御しやすい人間を上手く唆せれば良いのだけれど――
「一人きりにしてすまなかったね、アキラ君」
ぼんやりと今後のことを考えていると、鎧を着込んだ年長の方の騎士が帰ってきた。
後ろには暗い顔で、高坂穂乃果が付き従っている。
「さっきはごめんね。勝手に動いたりして……」
「いえいえ~。いない間にアキラも手当バッチリできましたし、全然気にしてませんから~」
内心ではかなりむかついていたけれど、まずは何が起こったのかの方に興味がある。
「それで、ラヴァさん達だけが戻ってきたってことはぁ……」
「ああ……ヴィヴィオという少女は、すでに殺されていた。胸のあたりに、穿たれたような致命傷があってね。
そして、チヤという少女はどこにも見当たらなかったよ」
「ええ~っ。それじゃあ、チヤって女の子がヴィヴィオちゃんを殺して逃げたってことになっちゃいますよ~?」
驚きながらも、がっかりしたような安心したような拍子抜けを味わった。
少女を殺した殺人者が近くにいるのはぞっとしないけれど、どさくさにまぎれてアキラもウリスへの奉仕活動を実行するチャンスだったかもしれないのに。
「いや、まだそうと決まったわけではない。駅に進入した何者かに襲われた可能性もあるのだから。
いずれにせよ、遺体の安置も兼ねて本部殿とカイザル君が現場を検めているところだ。
二人が戻るまで、私が君たちの護衛と侵入者の見張りを努めよう」
「え~っとぉ……じゃあ、電車に乗るのはしばらく後回しになっちゃうんですかぁ?
これから千夜っていう女の子探し? それとも、本部とかいうおじさんを連れて、皆で電車に乗ることになるのかなぁ?」
「いや、聞けばモトベ殿は殺し合いに乗った『
キャスター』なる人物の討伐に向かうらしいし、詳しく話を聞かんことには判断ができないだろう。
それに、この場を離れたという『ランサー』なる戦士が、戻ってくる可能性もある。
東の方角で目撃された光を確認しにいったとのことだが、それが空振りに終わるやもしれないのでな」
「え? じゃあこの事件が解決しても、ランサーって人を待ってなきゃいけないんですかぁ?
その人も危ないことになってるかもしれないんですよぉ?」
「少なくとも、放送を聴けば無事かどうかは判断できるだろう。
もっともモトベ殿の話では、今のランサー君ならばそうそう死にはしないと自信がある様子だったがね」
「えっ……」
虚をつかれたような声を出したのは、晶ではなかった。
「どうしたんだね、ホノカ君」
「い、いいえっ。なんでもないです」
高坂穂乃果は呆けたような顔をして、しばらく口を半開きにしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガサリガサリと、草をかきわけるような音がした。
街路樹のこんもりしたツツジの影に見を潜めていた宇治松千夜は、びくりと身をこわばらせた。
まず怖かったのは、駅にいた誰かが追いかけてきたのではないかということ。
次に怖かったのは、もし殺し合いにのった人だったらどうしようということ。
――人を何人も殺しておいて、自分が死ぬのは怖いの?
ヴィヴィオの声でそう問われたような気がして、逃げるべきという考えはたちまちに砕けた。
ツツジの樹の下をにゅっとくぐるように、それは思いのほかすぐに姿を現した。
「クリス、ちゃん……」
地面に小さな足をつけず、浮いている。
ヴィヴィオが連れていた、空を飛ぶうさぎのぬいぐるみだった。
どういうわけか、その手には自身が収納されていた黒いカードを持っている。
その小さな黒い目と縫い付けられたバツ印のような口に、表情が宿ることはない。
その顔は怒っても、眉をつりあげたり鬼のような顔をしたりしない。
しかしその無表情こそ、千夜にとってはヴィヴィオの受けた苦しみを代弁する存在でしかなかった。
「い、いやっ。近づかないでっ……だめなの。今の私に近づくのも、近づかれるのもダメなのっ!」
座り込んだまま、それを正視できずにかぶりを振る。
クリスの方も、顔には出ないけれど確かに怒りの感情はあったらしい。
拒絶の言葉もおかまいなしに、千夜にその小さな体をぶつけて、ぽかぽかと殴りつけるような動きをした。
その小さく柔らかな拳を、まるで鋭い豪雨に打たれるように感じながらも、
ウサギが怖いなんて、まるでシャロちゃんみたいだと余計なことが頭をよぎった。
そうしたら、思い出してしまった。
――ウサギ。
――ラビットハウス
――甘兎庵
――ティッピー、あんこ、野良ウサギたち
ウサギは、彼女たちの日常に欠かせない存在だった。
まるで大仏のある町の鹿みたいに、町のどこに行ってもウサギたちが風景に溶け込んでいる町だった。
友達の喫茶店や千夜の甘味処でも、店員の一人であり家族の一員として、マスコットウサギがいた。
その『日常』を、裏切ってしまったのだと理解した。
「ごめ、なさい……」
ヴィヴィオを無言で責めていたクリスは、その言葉に動きを止めた。
彼(?)からすれば、大切な主にとどめを刺した(ようにしか見えなかった)人間が逃げたから、とっさに後を追った。その程度の理解でしかなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
目をとじて、カードも地面にすべて取り落として、血を吐くような謝罪の言葉を繰り返している。
デバイスに『頭に血がのぼる』という状態があるのかはわからないが、ともかくクリスは似たような状態からだんだんと冷めていった。
これが人間だったならば、胸ぐらをつかんで殴りつけようとした人間が、殴る前に勝手にぶっ倒れてしまったような心境なのだろうか。
ヴィヴィオを撃った時は、とっさに防御(セイクリッド・ディフェンダー)を発動させられなかった己を責めた。
千夜が走り出した時は、まだヴィヴィオの遺体にしがみつき揺さぶっていた。
しかし、千夜もヴィヴィオの敵なのかと判断していた。だから逃げ出したことに気づくや、その飛行能力で高所からの視界を利用して追いかけた。
しかし、冷静になってみれば、ここまで謝意に沈んでいる少女に本当に殺意があったのかどうか疑わしく見えてくるし、そもそも原因を作ったのは間違いなくヴィヴィオに毒を盛った存在――おそらくは高坂穂乃果なのだろう。
その彼女とヴィヴィオの遺体は、いまだ駅にいる。
むしろ、とクリスの自律思考は判断を切り替える。
彼女こそ、ヴィヴィオが毒を盛られて苦しんでいるところを見ていたただ一人の目撃者であって――ここまで罪の意識を持っているなら、言葉を話せないクリスの代わりに、何が起こったのかを皆に話して、主の無念を晴らしてくれるのでは?
――ピッ
千夜にいつものジェスチャーで『ペコリ』と頭をさげる。
そして彼女の肩をつかみ、駅に向かって歩いてほしいとグイグイ引っ張った。
どうにかしてこの謝意を、そしてヴィヴィオを殺した犯人の正体を、駅にいる人間に伝えてもらわなければならない。
千夜はその変化に、追いつけないでいる。
この先ずっと責められていくのだとばかり思っていたら、その励ましているようにも見えるジェスチャーに、ただ戸惑った。
「私を……どうするつもりなの……?」
ヴィヴィオの遺品は、彼女に『立て』と言わんばかりの動きをする。
千夜が、『逃げるか戻るか』の選択肢を迫られていることを理解するには、もう少し時間がかかりそうだった。
【B-2とC-2の境界付近/早朝】
【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(極大)、情緒不安定
[服装]:高校の制服(腹部が血塗れ、泥などで汚れている)
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実 、不明支給品0~2枚、
黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid
[思考・行動]
基本方針:心愛たちに会いたい……でも
1:駅に戻る? クリスから逃げる?
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――もしセイクリッド・ハートが千夜が逃げ出したことに気づいて、追いかけようとしなかったら。
彼(?)にとっては結果的な判断ミスだったのだが。
事件の解明はずいぶんと簡単に済んだだろう。
クリスには言葉をしゃべる機能こそなかったけれど、豊富なジェスチャー表現を駆使できるだけのAIはある。
何より少しだけ待っていれば、その場には本部以蔵とラヴァレイと、高坂穂乃果もやってきた。
もしクリスがそれを見ていれば、必ずや怒りを顕にして穂乃果にぶつかるなり攻撃する仕草をしていたことは想像に難くない。
そうなれば、死んだ少女の遺品から攻撃されいてる彼女を、誰もが不審な目で見たことだろう。
クリスがその場を不在にしたことは、結果として事件の全容を不明瞭にさせた。
「痛ましいものです……幼い少女が、こんな苦しそうな顔で事切れているとは」
「そうだな……」
高町ヴィヴィオの遺体は、もう一つのホームに建てられた屋根つきの場所――蕎麦処の中にひとまず安置された。
もしあのままホームに残されていれば、電車でこの駅に降り立ったすべての人間の前に遺体を晒してしまうことになる。あまりにもよろしくない。
念のために蕎麦屋の入り口にはつっかい棒を立て、不用意に開けて遺体と対面する者が出ないようにした。
「しかしあの傷口――ファバロの持っていた小型のクロスボウにも似ていたが、それ以上に鋭く、小さい。よほど鋭利なもので射撃されたのでしょうか」
「あの傷口はおそらく、9×12mmパラべラム弾によるものだろう。
実は遺体を改めた時に、空薬莢も見つけておいた」
「ミリパラ……?」
「世界で最も広く使用されている弾薬だ。利点は比較的反動が弱いことと、小さいがゆえに多弾倉化が容易となること。
今や、小型機関銃(サブマシンガン)や『女性でも撃てる』ことを売り文句にした小型拳銃の弾丸にはたいがいこの9ミリが採用されてる。
ベレッタ、スプリングフィールドXD、グロック17、ジグ・ザウエル、ブローニング・ハイパワー、イングラム……もちろんあの傷口に限っちゃ、マシンガンで撃たれたってことは無さそうだがね。
ちなみにパラべラムってのはラテン語の『Si Vis Pacem, Para Bellum』(平和を望むならば戦いに備えよ)って諺からだ。
もっとも、
グラップラーの世界じゃ『強く鍛えておけば喧嘩をふっかけられることも無くなる』なんて、誰も信じちゃいないがね」
「は、はあ……では、殺害者は、その拳銃を持っているはず、ということですか?
その一撃が致命傷となったのですから」
怒涛のような解説に気おされながらも、カイザルは結論を促そうとした。
しかし、本部は首を横に振った。
「いや、たしかに致命傷は拳銃だが、あの嬢ちゃんを殺した凶器は別にある。
ありゃあ鎬紅葉じゃなくたって分かる。確かに遺体から匂ったんだよ、アーモンド臭がな」
「アーモンド……?」
カイザルが住んでいる世界では、テレビドラマも推理小説も存在しない。
暗殺の手段として毒物が使われることはあっても、一個人が『アーモンド臭が特徴の青酸カリ』の名前と効能を『よく殺人に使われる毒物』として把握しているわけではない。
「青酸カリってのは俗称で、正式な薬品名はシアン化カリウムという。
分かりやすい特徴として、収穫前のアーモンドのような甘酸っぱいにおいがすることから『アーモンド臭』として知られている。
巷じゃあ毒物の代名詞のように扱われているが、本来は治金や鍍金、昆虫標本なんかにも使われる有用な化学薬品だ。
ただし口から摂取した場合、胃酸と反応して青酸ガスを発生させる。これが肺から血液に入り全身を巡るとヘモグロビンなどに含まれる鉄原子と反応して、酸素の運搬やエネルギー(ATP)の産生などの機能を破壊する。
少量……耳かき一杯分より少し多いぐらいの量でも大人一人を死に追いやる、強力な代物だ。ガキならもっと少ない。
今回使われたのは間違いなくこいつだろう……第一、胸を射殺されて即死したなら、あんな苦悶の表情を浮かべる時間も無ぇだろうよ。
ヴィヴィオって嬢ちゃんはまず最初に毒の入ったサンドイッチを食わされた。そのあとに射殺されたんだ」
その解説を聞くにつれて、カイザルの顔色が青ざめていく。
「食べ物に毒……ではまさか、彼女たちの中で差し入れを持ってきた者が……」
「いや、それも考えにくい。サンドイッチを差し入れたのは穂乃花の嬢ちゃんだったが……嬢ちゃんが毒を盛ったんだとしたら、あまりにもリスクがでかすぎる」
本部は少し前のことを思い出しながら、カイザルにその根拠を語った。
彼女は本部に向かって『差し入れがある』と言いかけていた。
本部たちを三人とも――もしくは三人の誰かを殺害しようと毒を盛ったのだとしたら、
『千夜とヴィヴィオに毒入りのサンドイッチを渡した後で本部を呼びに来る』などという愚かな行為をするはずがない。
三人を仕留めるなら、まず最大戦力である本部へと真っ先にサンドイッチを渡すべきだった。
本部にはスクーターという移動手段がある。これから出発するタイミングでいきなり片手がふさがるサンドイッチ(食料カード一食分の大きさがある)を手渡されても、移動しながら気軽に食べることはできない。
あの場で飲み物も無しにサンドイッチを立ち食いするよりも、どこかで座って皆でいっしょに食べてから出発しようとなっていた可能性は低くなかった。
わざわざ穂乃果に食料のカードを使わせてしまったともなれば、本部もその代わりに何か食べ物を三人に与えていくぐらいのことはしただろう。
そしてもし本部がホームまで向かえば、その時点でヴィヴィオと千夜が毒殺死体となって転がっていたことになる。
誰が毒殺したのかは、あまりにも明白だ。穂乃果が乱心したというなら、他にいくらでもやり方はあっただろう。
サンドイッチを用意したのは穂乃果かもしれないが、だからといって彼女が毒も盛ったと疑ってかかるには状況がおかしい。
それが本部の見解である。
「なるほど……しかしそれでは、チヤという少女はホノカ嬢の差し入れに毒を盛った後で、さらに念を入れて射ち殺すような真似をしたことになります。
いったいどうしてそこまで……」
「こいつは仮説だが……何も強力な毒物だからといって即死するわけじゃねぇ。
ヴィヴィオの嬢ちゃんには格闘技の心得があったようだし、毒で苦しみながらも、暴れるなり体術を使うなりして足掻こうとしたんじゃあねぇか。
そして、相手の方も思わぬ抵抗にびびって銃を持ち出してしまった……」
そんな解説なり考察なりを語って時間を費やしたりしながら、二人はラヴァレイたちの待っている事務室へと足を戻すことにした。
「もっとも、これから嬢ちゃんから黒いカードのチェックと身体検査はさせてもらうがね。、もし青酸カリを持っていたんならコトだ」
「身体検査を……?」
「……おい、いぶかるような眼で見なさんな。もちろんもう一人のお嬢ちゃんにやってもらう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
本部以蔵の失敗は、あまりにも矛盾が生じないよう徹底的に理詰めで考え過ぎたことだった。
神の視点から見れば、それは単なる穂乃果のうっかりミスに過ぎない。
日頃から推理ドラマなどあまり見ない穂乃果は、青酸カリがそこまで即効性の毒であるというイメージが無かった。
しかも、高坂穂乃果は自他ともに認めるおっちょこちょいな少女である。
いくら冷静に毒殺計画を立てたとしても、おっちょこちょいな人間がおっちょこちょいで無くなるなんてことは有り得ない。
さらに言えば、穂乃果は基本的にあれこれ計画を立てて行動することに弱い。
現在のμ'sメンバーを勧誘していった時だって、基本的に押せ押せで、かつその場に応じての対応だったように、『相手がこう出てきたら自分はこうしよう』とあらかじめ想定して動くのは大の苦手だった。
だから、本部に二人の毒殺死体が露見する可能性をうっかり失念していた。
それだけのことだった。
(どうしたんだろう……私)
だから、色々な偶然が重なったおかげで計画が破綻しなかったことを、穂乃果は未だに自覚していない。
証拠品となる3個目のサンドイッチはホームに向かう途中で落としてしまったことにしたし、問題はない。
皆がホームへと向かった時にはひやりとしたけれど、ヴィヴィオの死体は銃殺されたようにしか見えなかった。
だからほっとすると同時に、やっぱり自分の行動は間違っていなかったんだと自信をつけた。
毒で殺すまでもなく、最初から千夜は危険人物だったのだと、証明されたのだから。
やっぱり、殺さなきゃいけない人だったんだ。そう思おうとした。
それなのに、ヴィヴィオの死体を見てから、ずっと身体が震えている。
寒気のような、痙攣のような何かが、体に染みついて離れようとしない。
(やだ……これじゃ私、今さら殺したことが怖くなったみたいだよ……そんなはず、ないのに)
ゴロリと転がった少女の遺体は、仰向けになっていた。
虚空を見る目は、ぎょろりと穂乃果を向いていた。
ライブの時の観客のキラキラした素敵な目とはぜんぜん真逆の、これ以上ないほどに絶望しきった目だった。
(もう殺した人に怯えるなんて……まだ一人しか殺せてないのに、そんなはずない)
当たり前のことだ。
頭でいくら殺してやると凶暴に念じても、実際に殺人を実行して(どうやらトドメを刺したのは千夜のようだったけれど)結果を背負うとなると全く違ってくる。
もし、つい昨日まで人を傷つけたり殺したりするようなことなど考えもしなかったような女子高生が、
愛の黒子を受けた結果とはいえ自分で毒殺した『はじめての死体』を見ても平然としていたりすれば、それは『暴走』を通り越して『人格改造』でしかない。
(そう……これは、怖気付いたわけじゃなくて。
きっと、さっきラヴァレイっておじさんに変なこと言われたからだよ)
しかも、本部の殺害に失敗しただけでなく、新たな来客が三人も訪れたことが穂乃果を不安にさせていた。
このタイミングでまた青酸カリの差し入れをして皆を殺せるかどうかは怪しい。
それだけでなく、三人の中のラヴァレイという男は、もしかしたら何かに気づいているのではないかという感じもする。
事務室に穂乃果と戻る最中に、意味深なことを話しかけられた。
『ヴィヴィオ君は、君の大切な友人だったのかね?』
そんな風に尋ねられた。
なぜ出会ったばかりの、それもかなり年下の少女を『大切な友人』呼ばわりするのか。
その意図がわからず、穂乃果は曖昧に否定すると理由を尋ねた。
『君の様子が、とても悲しんでいるように見えたものだからね。
かつてニコール――大切な方を失った時の私を見ているようだと思ったのだよ』
ぎくりとした。見抜かれたと思ったから。
そう、今の穂乃果は一生でいちばん深く悲しんでいる。
ランサーを、穂乃果が足でまといになったせいで本部に殺されてしまったのだから。
ランサーが心配だと言ってついて行きながら、ランサーとのデート気分で浮かれきっていただけで、何の役にも立てなかった。
真っ先に気絶して、足でまとい以外の何ものでもなく、目覚めたらすべてが終わっていた。
(それに……)
ついさっき、晶とかいう少女に今後の方針を問われた時の言葉。
それを聞いて、胸がざわざわとした。
『少なくとも、放送を聴けば無事かどうかは判断できるだろう。
もっともモトベ殿の話では、今のランサー君ならばそうそう死にはしないと自信がある様子だったがね』
そう、放送を聞けば、ランサーの生死は確定される。
いくら本部がランサーは生きて別行動をしていると言っても、放送で名前が呼ばれたら騙せない。
『おそらく追っていった
セイバーに殺されたのだ』とかなんとかごまかすつもりかもしれない。
けれど、本当にそれだけで、全員をごまかし切れると思っているのだろうか……。
(ダメ。考えちゃだめだ……優勝すれば、ランサーさんは生き返る。生き返らせるんだから)
ぶるぶると内心で首を振って、穂乃果は気分の切り替えにつとめようとした。
たしかに、人を殺したことで罪の重さはあったかもしれない。
でもそれは『ランサーを死なせてしまった』という過ちを償うためでもある。
考えなきゃいけないのは、今、怪しまれないことだ。
ラヴァレイの目から見ても、穂乃果は悲しんでいるように見えたらしい。
これは問題だ。穂乃果はまだ放送で『知り合いの誰も呼ばれていない』ことになっている。
それなのに悲しんでいたりしたら怪しいと思われ――
(…………………………知り合い?)
放送で呼ばれるかもしれない知り合いの名前。
それが頭をよぎった時に、思考の渦に『何か』が出現した。
今までモヤがかかっていた部分が、急にくっきりとしてきたように。
知り合いとは誰だ。考えるまでもない。
思い出したのは、ランサーと初めて出会った時の約束だ。
『良かったらライブ見に来てください』と。
なんのライブ?
決まっている。
高坂穂乃果にとっていちばんの自慢であり、好きな人ができたら胸を張って見せられる9人の勇姿。
(そうだ、なんで思いつかなかったの……?)
大好きなライブ。
『僕らのLIVE、君とのLIFE』。
(そうだよ……ランサーさんが生き返るなら、μ'sの皆だって生き返らせれば良かったのに……)
殺し合いに乗ろうと決めた時は、『ランサーの命』と『μ'sの皆』をぼんやりとしか天秤にかけなかった。
でも、そもそも天秤にかける必要などなかったとしたら。
優勝すれば、好きな人は生き返る。その考えを信じているし、この手も汚している。
ならば、この先にμ'sの誰かが死んでしまったとしても、ランサーと同様に蘇生を願うことに躊躇いはない。
ランサーのためにμ'sの絆を捨てることはない。どちらも助ければいい。
(ランサーさんのために、皆を見捨てる必要なんて無かったんだよ……)
そんなに何人も生き返るのか、なんて疑問を挟む余地はない。
最善の結果があるなら、絶対にそれを目指す。
高坂穂乃果は、そういう性格だった。
(そうだ……私は絶対に、絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃん、それにことりちゃんを殺すなんて、できっこなかったんだ……)
ランサーへの好意が消えてしまったわけではない。
いや、今この瞬間にも消えつつあるのかもしれないが、その好意はもはや『本来の高坂穂乃果』を圧迫するところにいない。
何者にも塗りつぶされない思考。それを発見したことによる開放感が、穂乃果の胸をいっぱいに満たそうとしていた。
――ザザッ
その濁ったような音は、テレビのたてる砂嵐だった。
「此度の放映をご覧頂けた幸運なる皆様。私、キャスターのサーヴァント、ジル・ド・レェと申します」
あまりにも聞き覚えのある声――この島でいちばん最初に目撃した『恐怖』が、テレビ画面の向こうに姿を現した。
「……………え!?」
腐乱死体を引き連れ、高坂穂乃果を殺害しようとした男。
ランサーはキャスターと呼んでいた、あのランサーでも逃亡を選択する絶対的な危険人物。
「皆様、各々方の知己朋友の消息を案じ気が気でないことでしょう。
一体どこにいるのか、今も健在なのか、確かめたくて仕方がないことでしょう」
その放送に動揺したのは、高坂穂乃果だけではなかった。
(ジル・ド・レェだと……!?)
偶然による同性同名にしては、よくある名前ではない。
それはまさに、複数の名前を使い分けてきたラヴァレイ――その正体の、真の名前である。
その名前を騙る、魔術師らしき男。
滅多にないことだが、彼の意識にはその男にばかり目が向くという隙ができた。
「さぁみんな、入っておいで」
ブラウン管のなかで口上を述べていたキャスターは、画面の外に待機していたらしき『何者か』を招く仕草をする。
そして、それぞれに痛々しく血止めの布を巻いた少女が三人、その映像へと映し出された。
「アキラ君。この映像は、遠見の水晶玉のようなものかね?」
「えっと、これはテレビって言って……あ~、どう説明したらいいんだろ」
それまで『原理のよく分からない娯楽製品』ぐらいにしか思っていなかった『テレビ』とはどういう仕組みなのか、ラヴァレイは晶へと問い詰めていた。
だから、穂乃果の小さなつぶやきを、その時ばかりは聞き逃した。
「ことりちゃん……」
せっかく思い出せたのに、なぜその彼女が『そこ』にいるのか。
その放送は穂乃果にとって、『最悪』が形になったようなものだった。
それは、ずっと一緒にいたいと思っていた親友の姿で。
その親友は、首元に怪我でもしているみたいにきつく布を巻いていて。
その親友は、キャスターの危険性などなにも知らないかのように、淡々とキャスターの招きに従っていて。
高坂穂乃果は、たしかにキャスターの操るゾンビを目撃していた。
しかし、そのゾンビは墓から蘇ってきた亡者――誰が見ても腐乱死体だと分かる容貌だった。
だから、穂乃果の中では『キャスターの操るゾンビ』と『
南ことり』は繋がならない。
「不肖ジル・ド・レェ、僭越ながらこの可憐な少女達を保護させて頂いております。
ご友人の方々は是非とも放送局までお越し下さい。彼女達もきっと喜ぶことでしょう」
『怪我をした南ことりは、極悪人であるキャスターに騙されて連れてこられている』という光景にしか受け取れない。
「…………助けなきゃ」
少しだけタイミングが遅ければ、躊躇したかもしれない。
座り込んでいたままだったかもしれない。
あるいは、千夜やヴィヴィオを平気で殺そうとしたように、『なにも感じない』ように錯覚していたかもしれない。
しかし、今の穂乃果に『一番の親友を見捨てる』という選択肢はない。
死んでも生き返らせればいいとか、今から行ってどうなるという理屈なんて欠片も浮かばなかった。
本部以蔵の敵なのだからつぶし合わせればいいとか、そんな計算すらできなかった。
即断、即決。
すぐに立ち上がる。
すぐに走り出す。
「どうした、ホノカ君!」
その挙動が開始されてから、やっとラヴァレイは背後を振り向き、呼び止めた。
しかし、高坂穂乃果には聞こえていない。
追いかけようにも、テレビについて聞き出すために晶に詰め寄った格好になってしまい、かえって晶が進行方向を邪魔する位置にきてしまった。
そしてラヴァレイにも予想外のことだったが、高坂穂乃果はアイドルのために急な石階段走り込みという過酷なトレーニングを日夜こなしている。
もちろん、それは人間の域を出るものではないし、仮に駅にいる人間で徒競走でもすれば晶を除いて穂乃果が最下位となるだろう。
しかし、ラヴァレイが『ただの少女なら、このぐらいの動きだろう』とたかをくくっているよりは、はるかに早い。
こうして伸ばした手は、あまりにも遠い位置で空振りをした。
「おい!いったい全体何があった!?」
「ラヴァレイ殿!? 今走っていった人影は――」
事務室を出ると、本部とカイザルがホームから駆け戻ってくるところだった。
「理由は分からないが、ホノカ君が急に動転して逃げ出してしまった。
私の責任だ。すぐに追って連れ戻――」
「それより、入口のところにスクーターあったじゃん!
あれに乗った方がすぐ追いつけるってば」
事務室から飛び出してきた晶が、駅階段の下を指差す。
たしかにそこには、本部以蔵が鍵付きで止めていた原動機付自転車があった。
「あれは――たしか馬よりも早い乗り物だったか?」
「そう! アキラなら無免許だけど運転大丈夫だから!
ここはアキラに行かせてください! バイクなら捻挫は関係ないし」
ここぞとばかりに志願し、真っ先に階段を降りる。
何も、殺人の成果をあげられそうになくて焦っていたのは穂乃果だけではなかった。
ここで、見るからに『何か』を知っている穂乃果を取り逃がせば、皆殺し狙いとして致命的に出遅れてしまう。
そんな焦りが、晶を奮い立たせていた。
それに、ここで穂乃果が逃げ出してしまえば、むさいオッサン三人組の中に取り残されることになる。
それは、すごく、嫌だ。
元から蒼井晶には、ボールペンで人を刺して病院送りにするぐらいの火事場の馬鹿力はある。
スクーターぐらい、運転をやってみてできないことはないと思う。
「アキラ嬢! ならばせめて私も一緒に。私は貴女を守ると約束しましたので」
「カイザル君、ここは私が――」
「いえ、自分の方が駅で起こったことについては詳しいですから、ホノカ嬢の話を聞けることがあるかもしれません。
それに、ラヴァレイ殿もモトベ殿の話から状況を把握していただかねばなりませんし」
「……じゃあ、リドさんとアキランデブーで」
正直言えばアキラ一人の方が都合が良かったけれど、ここは『盾』を連れて行った方がいいかもしれない。なので、折れた。
その時、本部が忘れられては困ると言わんばかりに声をあげた。
「おい、やる気を削ぐようで悪いが、そのバイクは俺のもんだ。
それに約束っつうなら、俺だって嬢ちゃんたちのことをディルムッつあんからよろしく守護るようにと――」
アキラは、ただでさえイライラしていた。
そんな時に、この発言だ。
「――何、言ってんだよ」
こいつにだけは言われたくないと思った。
だから、言った。
「アンタに守護らせた結果がこれだから!!」
正論を言ったと思う。
アキラはウリス以外皆殺しにするつもりなので『お前が言うな』だが、それでもアキラの方がたぶん一理ある。
◆ ◆
「モトベ殿。ずいぶんときついことを言われましたな」
晶とカイザルが二人乗りで遠ざかっていくのを見届けて、ラヴァレイはもう一人の留守番に声をかけた。
アキラに同行できなかったことは残念だが、ラヴァレイにとってはそれでも好都合だった。
ラヴァレイに背中を向けたままの柔道着に向かって、追求する言葉をかける。
「しかしアキラ君の問いかけは、今の貴殿が直面しなければならないことだ。
もし仮にここにランサー君が戻ってきたとしたら、申し開きのしようもないのだから。
貴方は、『この駅にいたすべての参加者を護れず、殺され、逃げられた』という事実を、どう受け止めていくのか」
好都合のひとつは、この『本部以蔵』なる人物が有用なのかそうでないのかを、見極めることにあった。
なるべく多くの心を壊したいという欲求はあるけれど、その嗜好にかまけて殺し合いでの立ち回りを疎かにするつもりはない。
『キャスターを討伐する』と言っていた本部以蔵。
それをなし得るほどに有用な戦力であるならば利用するだけの価値はあるかもしれないが、
それを任せられない、それこそ『一般人の少女たちに翻弄され、すぐ近くでの殺人を許してしまう』ほどの道化だったのならば、生かしておく必要性は薄い。
幸いにも、カイザルたちがこの場を離れてくれた。
殺したあとで、『モトベ殿とは情報交換を済ませたあと、キャスターの討伐に先行して出発した』とでも言えば、気がつかれることはない。
「いずれお聞かせいただきたい……もちろん、ホノカ君から目を放してしまった私にも言えることだが」
そしてもうひとつは、まさにそのキャスターに関する情報を引き出すことだった。
『キャスターのサーヴァント』を名乗ったジル・ド・レェ。
本部が討伐を頼まれているという、『南方の墓地にいるやもしれぬキャスター』。
放送局と墓地の位置と移動時間を考えても、二つの『キャスター』は同一存在なのだろう。
まずは『キャスター』に関する情報を引き出し、その後で始末するかどうかを決定する。
「いや、結論をせかすつもりもない。まずは先ほど起こったことについて説明いたしましょう。
それにモトベ殿にも話していただきたいことがある。
貴方のいう『キャスター』なる人物かもしれぬ者が、先ほど映像に映ったのですからな……」
【B-2/駅構内/早朝】
【本部以蔵@グラップラー刃牙】
[状態]:確固たる自信???
[服装]:胴着
[装備]:黒カード:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:こまぐるみ(お正月ver)@のんのんびより、麻雀牌セット@咲-Saki- 全国編
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を守護(まも)る
1:――
2:南下してキャスターを討伐する
3:騎士王及び殺戮者達の魔手から参加者を守護(まも)る
4:騎士王、キャスターを警戒
[備考]
※参戦時期は最大トーナメント終了後
【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:不明支給品0~1枚
黒カード:猫車
[思考・行動]
基本方針:世界の滅ぶ瞬間を望む
1:『キャスター』に関する情報を引き出し、モトベを今のうちに始末するかどうか決定する
2:蒼井晶の『折れる』音を聞きたい。
3:カイザルは当分利用。だが執着はない。
4:本性は極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いています。
【B-2/駅付近/早朝】
【
カイザル・リドファルド@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康、原付に同乗中
[服装]:普段通り
[装備]:カイザルの剣@神撃のバハムートGENESIS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:不明支給品1~2枚(確認済、武器となりそうな物はなし)
[思考・行動]
基本方針:
騎士道に則り、繭の存在を挫く
1:アキラ嬢を守りつつ、ホノカ嬢を連れ戻す
2:俺と、ファバロが……。
3:アキラ嬢を守りつつ、アナティ城へと向かう。ラヴァレイ殿も居る以上、体制は万全だ。
4:リタ、聖女ジャンヌと合流する(優先順位はリタ>>>
ジャンヌ・ダルク)
5:
アザゼルは警戒。ファバロについては保留
[備考]
※参戦時期は6話のアナティ城滞在時から。
※蒼井晶から、
浦添伊緒奈は善良で聡明な少女。
小湊るう子と
紅林遊月は人を陥れる悪辣な少女だと教わりました。
※ラヴァレイから、参戦時期以後の自身の動向についてを聞かされました。
【蒼井晶@selector infected WIXOSS】
[状態]:健康、左足首捻挫(湿布済み)、スクーター運転中
[服装]:中学校の制服
[装備]:原付@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
黒カード:不明支給品1~3枚(武器があるらしい?)
[思考・行動]
基本方針:ウリスを勝ち残らせるために動く
0:利用できそうな参加者は他の参加者とつぶし合わせ、利用価値が無いものはさっさと始末する。
1:高坂穂乃果を捕まえる。いざとなったらカイザルを盾に。
2:カイザルとラヴァレイを利用しつつ、機会を見て彼らと他の参加者を潰し合わせるなり盾にするなりする。
3:ウリスを探し出し、指示に従う。ウリスの為なら何でもする
4:紅林遊月、小湊るう子は痛い目に遭ってもらう
5:カイザルたちに男(本部)を始末してもらいたい
[備考]
※参戦時期は二期の2話、ウリスに焚き付けられた後からです
※カイザル・リドファルドの知っている範囲で、知り合いの情報、バハムートのことを聞き出しました。
◆
愛の黒子による効果は、ランサーがそばにいないことで一分一秒刻みに失われていく。
今はまだ、『親友を助ける』という意識と並列して存在しているけれど、それもゆくゆくは。
「ことりちゃん、ことりちゃん、ことりちゃん、ことり、ちゃんっ…………」
彼女は、まだ気がついていない。
そもそも最初に殺意を抱いて、高町ヴィヴィオを殺してしまったその理由が、手の中の砂のようにこぼれ落ちつつあることを。
そしてもうすぐ、最初の放送が流れることを。
そして、その放送で、『南ことりと
矢澤にこが呼ばれ』て、『ランサーが呼ばれない』可能性を。
【B-2とC-2の境界付近/早朝】
【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:動揺
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:ヘルメット@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(6/10)、青カード(10/10)
黒カード:青酸カリ@現実
[思考・行動]
基本方針:優勝してランサーとμ'sの皆を生き返らせる
1:今はただ、ことりの元へ
2:本部を殺害する
3:参加者全員を皆殺しにする(μ'sの皆はこの手で殺したくない)
[備考]
※参戦時期はμ'sが揃って以降のいつか(2期1話以降)。
※ランサーが本部に殺されたという考えに疑念を抱き始めました
※ランサーが離れたことで黒子による好意は時間経過とともに薄れつつあります。また、それに加えて上記の疑念によって殺意が乱れ、『ランサーだけでなくμ'sの皆も生き返らせよう』という発想を得ました。
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最終更新:2015年11月11日 04:48