誰かの為に生きて ◆3LWjgcR03U
旭丘分校。
その教室の一つの中に、絶世の美青年とでもいうべき容貌を持つ男の姿があった。
青年――
ランサーは、所持していたIDカードの効果により、意思に反して土方の遺体とともにここまで連れてこられた。
「旭丘分校、ここか……。……くそっ、遠すぎる!!」
本来ならば、残してきた少女――穂乃果たちのもとへ、すでにたどり着いていてもおかしくない頃合い。
地図を確かめてはっきり分かるのは、駅との間に横たわる絶望的なまでの距離。
それでも、槍兵は歩みを止めるわけにはいかない。
無力な少女たちが自分を待っている限り。
「……う……」
しかし、窓を飛び越え走り出そうとするランサーの目に映るのは、横たわる侍の亡骸。
元々ここに来る直前は、彼を弔おうとしていたのである。
「改めてになるが、トウシロウ。君とは話したこともない……だから仇を取るとは言わない」
魔道に堕ちたかつての好敵手に敗れた彼に、何の配慮もなく立ち去るのはどうしてもできない。
体に直接日があたらないようにカーテンを閉める。今はこれだけしかできないのが心苦しかった。
「だが無念は晴らす……行くぞ、穂乃果」
…
校庭から飛び出した直後。
ランサーの耳に女の声が飛び込んできた。
(放送……もうそんな時間になってしまったか)
たじろぎながらも、その足は止めない。
サーヴァントとしての優れた感覚をもってすれば、走りながら放送を聞き取ることは容易。
しかし、死者の名前が読み上げられていくにつれ、焦りに満ちた顔にさらに汗が伝っていく。
「馬鹿な……!」
死者発表の衝撃は、彼の足を思わず止めさせるに十分すぎるものだった。
「犠牲者が17人……17人だと……!?」
ここに来る直前までサーヴァントとして参加していた聖杯戦争。
戦闘に長けた者同士が争うあの戦いですら、最初に脱落者が出るまでは相応の時間がかかった。
それがこの島においては、たった6時間のうちに全参加者の2割を超える数の命が刈り取られたのだ。
考えられないような速度でこの殺し合いは進んでいる。
さらに。
(ヴィヴィオ……!)
黒子の呪いをはねつけた魔力的素養。さらにあの訓練された者に特有の体さばき。
それは明らかに無力な少女のものではなかった。
しかも彼女の傍らには、自分を圧倒してみせたあの本部もいる。
にも関わらず彼女は死んだ。
(やはり離れるべきではなかった……っ!)
彼らを上回る力を持つ敵の襲撃を受け、本部をもってしても全員は守り切れなかったのか。
あるいは、懸念していた通り魅了の影響ではぐれてしまった穂乃果をヴィヴィオが追ったところを襲われたか。
どちらにせよ、自分が傍に付いていれば避けられたかもしれない事態だった。
(穂乃果、千夜……)
幸いにも、黒子の呪いにかけてしまった2人の名前は呼ばれなかった。
しかし彼女たちは戦える力を持たない。
襲われ傷付き、今もどこかでただ1人でさまよっているのかもしれないのだ。
何としてもあの場所、駅に戻らなくてはならない。
(ぐずぐずしている場合ではない、今すぐ帰る…… !そうだ、このカードをまた使えば……)
死者の名を聞いて思わず立ち止まったことが、皮肉にも、最初は全く考慮されていなかった選択肢を呼び起こしたのか。
IDカードを取り出し、たった今ひらめいた駅までの最短ルートを反芻する。
分校を飛び出してきてからはまださほどの距離を走っていない。地図にある、やたら長い名前の大砲らしきものの姿も見えていないくらいだ。
先ほどは意図せず使用されて混乱の原因になったが、分校に戻り再びこれを使えば、説明を信じるなら本能字学園にワープする。
そこからは駅が近い。そして穂乃果たちのいる場所に戻るには、電車を待ちはせず、線路の上を走っていく。
その発想は常人ならば狂気の沙汰かもしれないが、ランサーの身体能力をもってすれば十分に可能なことである。
(放送で言っていた禁止エリアを通ることになるが……それまでにはまだ3時間もある。すぐに行くぞ)
最初にワープしてきた教室に急ぎ引き返す。
校舎の姿が再び見えてきた、その時だった。
「だ、誰か! 誰か助けて下さい!」
悲鳴が聞こえ、校庭には少女らしき人影が見えた。
…
「私の名はディルムッド・オディナ! 君、何があった?」
よりにもよってなぜこんな時に、という思いは抑えきれなかった。
この場における最優先事項は穂乃果たちの元へ戻ることだ。
そのためならば、顔も知らぬ多数の命を救うのを放棄してでも、2人を救うのを優先する指針を決定したばかり。
だが、魔道に堕ちたかつての好敵手に敗れ去った侍の亡骸を放置していくことができなかったように。
助けを求める少女がいざ目の前に現れてみると、見捨てていくようなことはどうしてもできなかった。
「ひっ……い、嫌っ!!」
眼帯をした少女が一歩後ずさる。
「大丈夫だ――」
自分では敵ではない、と続けようとして、手にしたままの2本の剣に気付く。
気付く余裕もなかったが、怯える相手にこんなものを持っていては警戒されるのも無理はない。
「この通り私は敵じゃない。さあ、何があったか話してほしい」
「あ……」
2本の剣を地面に置き、一歩ずつ近づいていく。
やっと安心したのか、少女は涙に濡れた顔を上げる。
「わ、私そっちの森のほうで、銃を持った人に襲われて、それで」
「何だと……!」
やはり
キャスターたち以外にも、参加者を殺して回っている連中はいるのだ。
考えなければならないことは多すぎるが、まずは目の前の脅威に対処するのが先決。
「すぐに一緒に来るんだ」
先ほど使おうとしたカードキー。あれを使えば敵からはすぐに逃れられるはずだ。
ランサーは少女の手を引いて校舎に向かう。
…
ランサーの胸中には焦りが満ちている。
その証拠に、眼前の少女を助けることばかりに意識が向いていたせいもあるが、
真名である「ディルムッド・オディナ」を出会い頭に教えるというのは、サーヴァントとしてはありえない行為だ。
そんなことをしたのも、元はと言えば一刻も早く駅に戻り、穂乃果たちと再会しなければならないという思いに駆られていたから。
そして、そこまでの焦りをもたらす原因は実に複数個にも及んでいた。
17人もの参加者の脱落。
ヴィヴィオの死。
魅了にかけた上、取り残してきてしまった穂乃果と千夜。
外道に堕ちたと思われるかつての好敵手、
セイバー。
参加者の脅威になるであろうキャスター。
音ノ木坂学院からここまでの唐突なワープ。
そして目の前の少女と、姿は見えないがすぐそこに迫っているらしい敵。
その焦りゆえに、すぐには気付くことができなかった。
(……魅了が効いていない?)
…
焦りに満ちたランサーの胸中とは対照的に。
少女――
犬吠埼風の心は静まり返っていた。
彼女はつい先ほど、妹である樹の埋葬を終え。
そして、「魔王」としてこのバトルロワイアルを生き抜く決意を固めたばかり。
その心に満ちるのは、魅了の呪いを歯牙にかけないほどの、純粋で研ぎ澄まされた、殺意。
(樹――行くね)
手を引かれる少女が顔を上げ、男を見据えた。
…
サーヴァントと勇者。
お互いに人の枠からはみ出した存在。
ここから先の2人の命運を分けたのは、この状況、
つまり「殺し合いという舞台の中2人きりで対峙している」という現状に対する、心構えとでもいうべきものの差。
…
(な――!!)
背後に魔力めいた力が集まってきているのを感じ、少女のいう敵の襲撃と思い振り返る。
が、そこには体が急速に光に満ち、衣服が黄色い華やかなものに変化する少女の姿。
その手に握られているのは、およそ少女の細腕には似つかわしくない、鉄塊ともいうべき大剣。
そしてその切先が向けられているのは、未知なる襲撃者などではなく自分自身。
ここに至り、眼前の少女が極めて危険な敵であることをランサーは認識する。
(武器を――――ッッッッッ!!!!!)
半身になりながら全力で飛びずさる。目指すのはさきほど地面に置いた武器。
が、相手が自分への警戒を解いた状態で、しかも手をつなぐほどの間合いに踏み込んでいたこと。大剣のリーチ。それに加え勇者としての高い身体能力。
様々な要素が積み重なり、犬吠埼風の攻撃は、聖杯戦争において最速を誇るクラスを上回る。
(がっ――――――)
横薙ぎに払われた大剣の切先はランサーの胴体を深々と捉えていた。
…
(何が、起きた……やられ、た、の、か……)
腹部から、血と共に生命そのものがどくどくと流れ出すような感覚。
数多の戦場をくぐり抜けた経験が教えている。これは致命傷に等しいものだと。
(武器、が……武器が、あれ、ば……)
それでも、大量の血を流して倒れ伏しながら、震える手を伸ばす。
「死んで」
だが、その手は無残に踏みつけられる。
見上げれば、霞む視界の中、目に入るのは大剣をふりかぶった少女の姿。
(ああ……)
この後に及んでも、胸中に満ちた焦りは消えてはくれない。
(穂乃果……すまない……どうか無事で……)
――最期の瞬間、誰でもなくここに来て初めて出会った少女のことが脳裏によぎったという事実は。
――彼が英霊でも戦士でもない、ディルムッド・オディナとしての束の間の生を全うしたことの、証左だったのかもしれない。
…
「ふぅ……」
そして一人残った眼帯の少女、犬吠埼風は汗をぬぐいため息をつく。
樹の遺体を埋葬し、校庭に戻ってきた時に、校舎の中の人影にはすぐ気付いた。
その人物はすぐに校舎から走り去っていったが、校庭でそのまま朝食を取ろうとしていたところ、誰かが近付いてくる気配を感じた。
そしてそれはスピードからいって、九分九厘走り去っていった人物のものとわかる。
この場では隠れてやり過ごすこともできた。
だが、あまりにも早く巡ってきた「魔王」としての初陣の機会。
犬吠埼風は、戦いを仕掛ける道を迷わず選んだ。
(怯える女の子を装って、近付いてきたところを一気に仕留める。――ここまでうまく行くとはなあ)
作戦は極めて単純。しかし結果的には大成功。
あろうことか自分から武器を捨ててくれた時は、あまりに理想通りの展開に内心あぜんとしてしまった。
バーテックスとは何度も戦ってきた風だが、人との本格的な戦いの経験はほとんどないと言っていい。
加えて、ここから走り去った時の男の猛スピード。
あれを見れば、速さのみならず、自分たち勇者と同等以上の力を持っているかもしれないという想像はすぐにできた。
それゆえ、正面から当たるのは避ける。
今後のことを考えると、ここで「満開」を使用するような事態になるのは特に避けねばならないと思っていた。
男が自分と同じような殺し合いに乗っている人物ではなかったことも手伝い、不慣れななりに考えた末の不意打ちの一撃がこの場では功を奏したのだ。
(あんまり感慨ってものがないね)
初めて殺しに手を染めた。
だが、風の心は動揺してはいない。それどころか、目的をより強く見据えてますます静まり返っているといっていい。
(さてと)
あまり目立つ場所に放置するわけにもいかないので、男の死体は校舎の中に放り込んでおく。
その際、2本の剣を回収するのと、カードを抜き取っておくのも忘れない。
(どうしますかね……)
赤のカードから出したうどんを啜り、青のカードで出したお茶を飲みながら考える。
つい数刻前の彼女であれば、人を殺した直後にもかかわらず平然とうどんを啜るようなことはありえなかっただろう。
死の臭いが濃厚に立ち込める中、必要な食事を摂り、次に取るべき最適な行動を思案しているということ。
それは、彼女のメンテリティが常人のものを凌駕しつつあることをはっきりと示していた。
(人が多そうなのはこっちの市街地……でもここには東郷が向かってるはず)
自分は市街地に向かうから他の場所で殺して回ってほしいと、淡々と自分に語った東郷。
彼女ならその言葉を実行するだろう。
今では自分も同じ舞台に立ったから確信できる。あの時感じた東郷の雰囲気は、すでに殺人の経験を済ませていたもののそれだったと。
(このIDカードってのを使うかな)
男の持っていたカード。
説明によれば、これを使えば地図の右側の島の本能字学園という場所に一瞬でたどり着く。
そこから南下していけば、駅やショッピングモールなど、人が集まっていそうな施設に行きあたる。
(そのままうまく市街地に行ければ、東郷とはさみ撃ちの形にできるかも)
本能字学園に着いてからはどう戦うか。先ほどこそ騙し打ちに成功したが、そう何度も同じ作戦が成功するとは思えない。
場合によっては、最初から変身をした上で殴り込んで暴れるほうが効率的なこともありえる。
また17人も死んだということは、自分と同じように殺して回っている人間は確実にいる。彼らと一時的に手を組むのも有効かもしれない。
いずれにせよ、そこは状況を読んで仕掛けていく。
(――樹)
先ほど遺体を埋葬した方をもう一度だけ一瞥する。
怯える女の子のふり、と言ったが、ランサーと邂逅した際の風の態度には、ひとつだけ演技ではない部分があった。
頬を伝う涙。
それは、放送で樹の死を再認識させられた時に、どうしようもなく溢れてきてしまったものだった。
(もう少しだけ待っててね。お姉ちゃんが、全部終わらせるから)
教室に踏み入りカードをかざすと、光が室内に満ちていく。
後に残ったのは静寂だけ。
…
こうして朝日の照らす中、魔王の進軍が始まる。
彼女を説得できる勇者はもうどこにもいない。
【ランサー@Fate ZERO 死亡】
【残り52人】
【B-6 本能字学園/朝】
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、優勝する覚悟
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(29/30)、青カード(29/30)
黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカード、キュプリオトの剣@Fate/zero、村麻紗@銀魂
犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
1:南下しながら参加者を殺害していく。戦う手法は状況次第で判断。
[備考]
※ワープ先が本能字学園のどの場所に設置されているかは次の書き手の方にお任せします。
※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。
※村麻紗の呪いは精霊によって防がれるようです。
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最終更新:2016年01月25日 14:17