キルラララ!! わるいひとにであった ◆eNKD8JkIOw

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終わりの、その先を目指して





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平和島静雄には、嫌いなものが割りとある。

例えばそれは、散々使い込んだ金を返さず、あまつさえ無い金を返せず何が悪いと開き直る債務者であったり。
例えばそれは、静雄の肉親のことを脅しに使い、取り立てから逃れようと画策する愚か者であったり。
例えばそれは、静雄の数少ない知り合いに危害を加え、さらに数少ない友人を殺そうとするクソ野郎であったりする。
また、時には、静雄のことを愛するから斬らせてくれと言ってくる変態妖刀や、人の荷物を目の前でネコババしようとする間抜けな盗人にも出会い、そいつらのことも嫌いになった。

そんな平和島静雄が一番嫌いなもの。

それは当然、この10年間静雄のことを散々に苦しめ、嘲い、苛立ちを与え続けてきた存在。
来神学園では、年中あの手この手で静雄に喧嘩を売り続け。
成人式では、一生に一度の行事を台無しにしかけ。
なんと、互いに大人になってからも嫌がらせを続け。
あまつさえ、警察に静雄を誤認逮捕させるという陰湿を極めた所業にまで手を染めた存在。
新宿に居を構える情報屋にして、大抵のロクでもないことに関係しているロクでなし。
殺し合いの場においても静雄の悪評を振りまき続けた害悪生命体。
今も目の前で、静雄をどうやって苦しめてやろうかとニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている男。



折原臨也。





ではない。






「なあ、蟇郡」


静雄は、ゲームセンターにて、越谷小鞠と色んなことを話した。
最初は、少しでも小鞠を落ち着けるために。彼女を楽しませるために。
途中からは、静雄の知らない、テレビでしか見たことのないような片田舎に住む、小鞠の話が興味深かったから。
静雄自身も、楽しかった。越谷小鞠という小さな女の子の話を聞くことで、主催者への怒りを一時忘れるくらいには、楽しかった。
静雄は元より口数も少なく、周りからは恐れられ、女の子との会話とは、とんと縁のなかった男である。
だが、女の子に興味がなかったわけではない。静雄も昔は普通の男の子のように恋をし、今も普通の男のように好みだと言える女性のタイプもあった。
流石に小鞠に対してそういった恋愛感情が沸くわけではなかった(そもそも静雄が好きなのは年上だ)が、それでも、悪い感情など抱くわけがない。
ましてや、一度は静雄の暴力を目の当たりにして、気絶し、小便まで漏らした女の子が、それでも静雄のことを信用し、身の上を話してくれているのだ。
良い子だな、と思った。守ってやりたい、と純粋にそう思えた。
今まで静雄自身が避けてきたこともあったが、女の子とこうやって会話することはほとんど無かった身としては、どうしても越谷小鞠に入れ込んでしまう。


「この子は本当に、ホタルちゃんなのか」


だから静雄は、はっきりと覚えていた。
小鞠が彼女の生活を語る時に自然と出てくるキーワードを、覚えていた。
寧ろ、小鞠が非業の死を遂げたことで、皮肉にも。
劫火とさえ形容できそうな怒りの裏側で、小鞠の死を悲しみ、悼み、その上で。
短かったけど大切な思い出として、より強く、彼女の話は彼の記憶に刻み込まれていた。

れんげは絵が上手で、秋空の下、私の似顔絵を書いてくれた。一緒にソフトグライダーも飛ばした(当然私が勝った)
なつみは春夏秋冬関係なくいつも何かをしでかし、そのたびに皆を困らせるトラブルメイカーだ、困った妹だ。
おにいちゃんは、何でも出来るのになぜか今一つ影が薄い。もう少し長男として前に出ても良いのに。
駄菓子屋はバイクを乗り回し、髪を染めて、いかにもワルっぽい雰囲気でいるものの、実はれんげには甘々だ。
このみちゃんは私よりもお姉さんで、オシャレが上手で、良く分からない言葉を使うけど、あれが大人ってことなのかも。

ほたるは。

春にウチに越してきた、東京からの転校生で。

年下なのに私よりも大きくて、お姉さんっぽくて、でも結構怖がりなところもあって。

知らないことが沢山あって、そのたびに私がお姉さんとして沢山のことを教えてあげて。

一方で、飛行機だとか、携帯だとか、私の知らない都会のことも、時々話題に出してくれて。


一緒に星空を見たり。


一緒にお裁縫をしたり。


一緒にお弁当を食べたり。


一緒に図画工作をしたり。


一緒に、この一年間、沢山のことをした。


とても、とても、良い子なのだ、と。


小鞠は眩しい笑顔で、そう言っていた。


「……ああ、彼女が一条蛍だ」


そうだ。
あの時も、そうだった。
蟇郡苛に、一条蛍があの折原臨也と、衛宮切嗣と共に行動している可能性を聞いた時もそうだった。
自分は越谷小鞠を殺したであろう衛宮切嗣への怒りで我を忘れ、一条蛍のことなどさっぱり忘れ、暴れに暴れ千切った。
冷静に考えれば、小鞠の友人が危ないやつらと一緒にいる可能性など、すぐに思いつけただろうに。
自分が、小鞠の時と同じ過ちを犯していることに、気付くべきだったのに。
自分勝手な怒りで、我慢できない性分のせいで。
本当に大切なものを危機に陥らせていることを、本当に大切なものを取りこぼしていることを、理解するべきなのに。



「ホタル、ちゃん」



これだから、嫌いなのだ。



「すまなかった」



これだから平和島静雄は、平和島静雄自身が。
自分自身では決して制御できず、誰かを傷付けることしかできなかった力が。
怒りですぐに我を忘れてしまい、そのたびに誰かに迷惑をかけてしまう己の未熟さが。
大嫌いなのだ。



「コマリを守れなくて、すまなかった」



池袋の住人がこの光景を見たら、仰天したことだろう。
あの平和島静雄が、頭を下げている。

池袋でこいつだけは敵に回してはいけない、と言われている男が。
鉄パイプを素手で千切ったり、自動販売機をボールのようにぶん投げたり、空から落ちてくる航空機を受け止めたり。
そんな、とても人間とは思えないような噂が絶えない、伝説的な存在が。

あの、折原臨也のいる前で。
口より先に手が出る静雄が、名前が出るだけで機嫌を悪くする情報屋がいる前で。
顔を見合わせれば毎度のごとく殺し合いのような喧嘩を繰り広げている二人の内の、片割れと片割れが揃っている状況で。


怒りもなく。破壊もなく。
まるで、普通の人間のように。
一人の女の子に、頭を下げている。
平和島静雄は、筋の通らないことが大嫌いだ。
例え「名前も知らない相手だが、自分が運命の相手だと強く信じているから守らなきゃいけないんだ」という狂気を感じる理由を、嫌いじゃないと思っても。
例え「ガンを飛ばされたから心臓麻痺で死ぬかもしれない、つまりお前は俺を殺そうとした、だから殺されても文句は言えねえよな」というハチャメチャな理屈であっても。
静雄に言わせれば、筋は通っている。もしくは、筋を通していないやつに対して怒っている。
折原臨也に正論を、あるいは図星を突かれ、それでも静雄が怒りを向けるのは、ただ単に「筋を通さないこと」よりも「折原臨也」の方が嫌いなだけである。
だから、今のこの状況で。
挑発されたからという自分勝手な理由で越谷小鞠から目を離し、その結果として小鞠を殺された責任を感じている静雄が。
静雄自身が殺したわけではないとはいえ、自身の暴力的衝動によって『いつもどおり』に守りたかった人を、失ってしまった静雄が。
罪歌に愛され、自分の力に少しは自信を抱き、しかし小鞠から「そういうことをするのは普通ではない」と遠回しに言ってもらえたにも関わらず。
彼女の言葉を重く捕らえず、殺し合いという状況を正確に把握もせず、その結果として起きてしまった悲劇に、強く反省の念を抱いていた静雄は。

コマリを殺したやつをぶっ殺す?
そりゃあそうだが、それは『いつもどおり』だ。
それじゃ、それだけじゃ、駄目だ。
『いつもどおり』じゃ、駄目なんだ。
今の自分には、やらなければいけないことが、まだあるはずだ。
俺のせいで、コマリを殺されちまって、すまなかった、と。
謝るべき相手が、いるはずだ。

一条蛍に、越谷小鞠の遺族に。
謝らない理由は、筋を通さない理由は、どこにもない。

ある意味では。
この瞬間、ようやく静雄は己の罪を打ち明けることが出来たのかもしれない。
溜めこみに溜め込んでいた、後悔の念を。
そのまま、行き場を失っていた、懺悔の想いを。
吐き出すことが出来たのかもしれない。



「一条、この男は越谷小鞠を殺してはいない」



そんな静雄のフォローに回る形で、蟇郡が口を出した。


「えっ……」


「本当だ。この俺が保証する」


皮肉にも、臨也にゲームセンターで苦言を呈されたことを活かして。
出来る限り大声を立てずに、大きな顔もせずに、蛍を刺激せぬように、蟇郡は事態を収拾せんと動く。


「積もる話もあるだろう。一条が平和島に聞きたいことも多くあるはずだ。
しかし、俺たちにはやらねばならんこともごまんとある。さて……」


こうして、殺人事件の関係者たちによる修羅場は、一旦は幕を下ろす。
コマリの遺族であるホタルに頭を下げ、己の罪を告白した平和島静雄。
頭を下げた静雄の姿に彼なりの誠意を感じ、どういうことなのか戸惑う一条蛍。
そんな二人の間に入ろうと、力ではなく言葉で、慣れぬ仲裁を行おうとする蟇郡苛。
三者三様に動いた結果として、火種はボヤにもならずに揉み消される。
殺し合いも起きず、一方的な殺戮も起こらず。
復讐だとか、泥沼だとか、そんな物騒な言葉とは無縁な場が出来上がる。
全ては丸く、収まり終わる。




「危ないところだったねえ、蛍ちゃん」





はずだった。




折原臨也さえ、いなければ。




「小鞠ちゃんみたいに、騙されちゃうところだったねえ」




全ては丸く収まっていた、はずなのに。



♂♀



実は、折原臨也は未だ誰にも伝えていない情報を抱えている。



一流の情報屋が、己の内に抱えたままにしている情報。
空条承太郎にも一条蛍にも、衛宮切嗣にも話していない、トップシークレットとでも言うような情報。
第一回放送後、更に信憑性を深めていった情報。
それは、平和島静雄が殺し合いに乗っていないことでもなく。
衛宮切嗣が越谷小鞠を殺した真犯人であるということ、でもない。
この殺し合いというゲームに対する、鬼札になり得る情報。
もしくはその逆、これが主催者の目論見の一つ、という可能性も秘めた情報。


それは。


セルティ・ストゥルルソンの首について、だ。


セルティ・ストゥルルソンは人間ではない。
俗に『デュラハン』と呼ばれる、スコットランドからアイルランドを居とする妖精の一種であり。
天命が近い者の住む邸宅に、その死期の訪れを告げて回る存在だ。
斬り落とした己の首を脇に抱え、俗にコシュタ・バワーと呼ばれる首なし馬に牽かれた二輪の馬車に乗り、死期が迫るものの家に訪れる。
うっかり戸口を開けようものならば、タライに満たされた血液を浴びせかけられる。
そんな不吉の使者の代表として、バンシーと共に欧州の神話の中で語り継がれてきた。
一部の説では、北欧神話に見られるヴァルキリーが地上に堕ちた姿とも言われている。


折原臨也は、その部分――ヴァルキリーである可能性に目をつけていた。


臨也はあの世というものを、昔は信じていなかった。
死の後にあるのは無。だから死が怖い。自分という存在がなくなってしまうことが怖い。
自殺志願者に言い聞かせ、説教したこともあったし、そういって誰かを諭し、救ったことも、逆にその持論を吹き込み、絶望させたこともあった。
あればラッキーだとも思うが、実在が証明されていないものを妄信し、その結果としてつまらないことで死に、消え去ってしまうのはごめんだ。
そんな彼が死の先、あの世を信じ始めた……もしくは、信じたほうが面白いと思い始めたのは、一つの計画を立てたからだ。


即ち、ひょんなことから手に入れたセルティの首を目覚めさせ――『天国』へ行く計画。


デュラハンであり、ヴァルキリーでもあるセルティ・ストゥルルソンの首。
本体――実際は身体が本体なのか、頭が本体なのかは分からないが、名義上身体の方を本体とする――と分かたれ、かといって死ぬこともなく、腐敗することもなく。
ただ眠り続けている、人外の首。
彼女が眠っているのは、その地がヴァルキリーの求める、ヴァルハラと呼ばれる天国へと導くに相応しい聖戦士を選出するための『戦場』ではないからだと臨也は考えた。
ヴァルキリーは、戦場にて死んだ勇敢な戦士の魂を、ヴァルハラ(天国)まで導く鎧天使。
もし、そうだとするならば。
つまり、彼女の目覚めは『天国』への限定チケットだ。
彼女は『戦争』によって目覚め、相応しい『戦士』を天国(ヴァルハラ)に導く存在だ。
折原臨也は天国へ行きたかった。もっと言うならば、死んでからも折原臨也という存在を保ち、楽しい思いをしながら人間観察を続けたかった。
そんな自分勝手な気持ちで、人によっては妄想だと切って捨てられる可能性を信じて。
彼はセルティの首を起こすため、池袋で暗躍を始めたのだ。
カラーギャングもチーマーも製薬会社も警察もヤクザも妖刀も、果ては首なしライダー本人まで、混乱の坩堝へ落とす。
争いを起こし、諍いを起こし、何もかもを巻き込み、池袋という街においての戦争を起こす。
情報を利用し、他者を利用し、使えるものは何でも使い、刺激的で破滅的なイベントを起こしまくる。
その果てに折原臨也は生き残り、戦争の立役者として、目覚めたセルティの首に天国まで連れて行ってもらう。そういう計画だ。


似ていた。



今の、無法で無情で無秩序な殺し合いという状況は。



折原臨也の狙っていた『戦争』に、よく似ていた。
本当の意味での、現代における戦争ではなく。
国と国が数千数万、もっと多くの死者を出して、被害を出して戦うものではなくて。
自国の利益や矜持のために戦うものではなくて。軍や政治のために戦うのではなくて。
もっと少数の人間が、軍も政治も関わらずに、戦い、争い、鎬を削る。そんな『戦争』

いや、寧ろ、池袋という日本の都市ではそうそう起き得なかった『殺人』があまりにも軽々しく発生する分。
こちらの方が、より戦争というのに似つかわしい。
安っぽい鉄パイプではなく、伝説の聖剣が光を放ち。
超能力が、魔法が、異能が、人目を気にすることもなく街中で猛威を振るい。
一度発砲されれば池袋ではニュースになるほどの、分かりやすい非日常の象徴ともいえる拳銃が、もしくはそれ以上の銃器が、何の遠慮もなくぶっ放されたかと思えば。
ヤクザ同士の抗争でさえ生ぬるいとさえ思えるスプラッタショーや、テレビアニメでしか見たことのないような超人同士の戦いがそこかしこで発生する。
これこそ戦争だ。これこそ聖戦だ。これこそ、天からの使いが求める戦いだ。
ならば、あり得るのではないか。
もしも、セルティの首がこの会場のどこかに存在していた場合。
殺し合いが激化し、戦争が進行し、聖なる戦士たちが生まれ出るこの状況下で。
彼女が目覚める可能性は、あるのではないか。
もしも、彼女が目覚めたらどうなるか。
それは、無責任な話だが、折原臨也にも分からない。
だが、きっと何かは起こる。臨也はそう信じている。だって、そちらの方が面白そうだから。
天国への扉が開くのかもしれない。死者たちの魂が解放されるのかもしれない。主催者へと天罰が下るのかもしれない。
折原臨也は想像する。空想する。妄想する。その瞬間を、ワクワクしながら待ちわびる。


一方で、主催者は、少なくとも繭は。


その可能性を、ヴァルキリーというイレギュラーの発生を、予想すらしていない可能性がある。
また、そう簡単にヴァルキリーの行動を阻止することもできない可能性も高い。


先ほどの第一放送で、繭は二つの情報をこちらに漏らした。
一つ目は、こちらの行動を、ある程度監視していること。こちらは想定の範囲内だ。
流石に、どうやって、どの程度監視しているかは分からなかったが、それでも、その事実が浮き彫りになったことは大きい。
そして、二つ目。これが重要なのだが……彼女は、魂をどうこうする異能を、何故か放置していること。

死んだ人間は魂をカードに封じ込められる。このゲームにおける大前提ともいえるルールだ。
カードゲームで言えば、破壊されたカードは墓地に向かう、並みに決められた法則だ。
また、推測の段階だが、このルールにも主催者にとって何らかの意味があると、臨也は考えている。
ただ、殺し合わせるだけならば、そもそもこんなルールは要らない。
どこかで見た映画のように、反抗したら起爆させるような爆弾を首や、身体の内部に設置すればそれで事足りる話でもあるし。
そんな科学力がなかったのだとしても、少なくとも『死んだ人間の魂を奪う腕輪』を作れるような力があるならば。
放送で自分たちに言い含めたように、参加者たち全員を監視できる用意があるならば。
直接、手を下せばいいのだ。最初に呼ばれた白い部屋で、悪魔じみた格好をした女の子にしたように。
普通に考えて、わざわざ魂を吸い取る腕輪なんてものに拘る必要はない。だって彼女は、絶対的な力を持っているはずなのだから。
そちらの方が、腕輪というアイテムを持たせた方がゲームとして面白いから、というだけの余裕を持っているのならば。
逆に、どうして繭は『魂を喰らう能力』という、繭の定めたルールを破るような力を、禁止していない?
どうして、『カードに閉じ込められない魂』という例外を、そのまま放置している?

また、魂が腕輪に吸い取られないことを問題視していないのならば。
放送で、釘を刺す必要などないのだ。満艦飾マコと南ことりだけを別枠で呼ばずに、全員一緒くたに呼んでしまえば良かったのだ。
そんなことをしても無駄だと言いたいのか?
自分の力を、一番最初にあれだけ力を見せておいて。
今更、もう一度自分は強い、自分は凄いと誇示し出すのか?
そんなことをする理由がどこにある?
捻くれ者の臨也には、無駄ではないから止めろ、そんなことをされたら困るから止めろ、と。
魂を吸い取る参加者に警告しているようにしか聞こえない。

ここに、いくつかの推測が立つ。

まず、彼女は参加者の能力を全ては知らなかったという推測。

次に、彼女は参加者の持つ『魂を操る能力』を制限しきれないという推測。

まさか、魂を喰らうやつがいるとは思っていなくて、だから対応できずに、死んだ参加者の一部をカードに閉じ込められなくなった。
その結果として、第一放送前にて早くも、イレギュラーな『死んだ参加者の魂をカードに閉じ込められない』ケースが発生している。
しかも、放送で『繭は参加者の魂を自由自在に操ることは出来ない』ことを暗に参加者に教えてしまうことにもなっている。
出来るのならば、とっくにしているだろう。参加者の持つ『魂を操る能力』を制限、もしくは禁止しているだろう。
そもそも、知っていたならば、繭の力では制限できない力を持つものを参加させないだろう。
こういった『自分が絶対的権限を持っていることを鞭に、やりたくないことをやらせる』ような場合において。
また『自身の絶対的な力を示すことによって、願いを叶えるという飴を示す』ような場合において。
繭にもコントロールできない例外を生み出すのは、不信感を抱かせる。絶対的な信頼に、もしくは諦観に、罅が入る。
本当に、こいつは自分たちにとって抗うことの出来ない神のような存在なのか?
もしかして、こいつにも出来ないことや、分からないことがあるんじゃないか?
とある一人の参加者よりも魂を操れないのに、例えば誰かを生き返らせるなんてことが、本当に出来るのか?
こんな、殺し合いを進める上ではデメリットとしか言いようがない疑念を、参加者に抱かせてしまう。
ゲームマスターとしては、愚策としか言いようがない。怠慢としか言いようがない。
だから、恐らく、本当に彼女は出来ないのだ。知らなかったのだ。

彼女は、自身のルールを破ることが出来る力を持った参加者がいることを知らなかったし。

その参加者に、制限を課すことも今は出来ない。


繭は全知でも、全能でもないのだ。


ならば。


セルティ・ストゥルルソンという凄まじいイレギュラーを引き起こす存在を、本当に繭は脅威として認識しているのだろうか。


セルティの首という禁止カード級の物体を、そもそも禁止カードとして取り扱っているだろうか。この会場に絶対に持ち込んでいないのだろうか。


もしもセルティが覚醒し、デュラハンやヴァルキリーの力を万全に発揮した場合に、それを抑えることが出来るのだろうか。


だから臨也は、この情報を己の内に留めおくのだ。
『繭がこちらを何らかの力で監視している』以上は。
『繭が制御できない力』であり、かつ『繭がその存在に気付いていない力』の話は、例えそれが単なる可能性の話にすぎない場合でも、するべきではない。

今、臨也がするべきことは、いくつかある。

セルティの首の確保。これがまず大前提だ。
計画の要だ。どこにあるのか、そもそもあるのかも分からないが、ないとは言い切れない以上、考えないわけにはいかない。
それとなく他の参加者に『どんなものが支給されていた?』と尋ねたり、ゲームセンターの景品に紛れこんでいたりしないか、不自然ではない程度にチェックしたり。
地道で、根気のいる作業だが、見つからなければお話にならないため、これからも続けるほかない。
臨也がリスクを承知で力のない蛍の護衛を引き受けたのも、会場を歩き回り首を探すため、という理由もある。

セルティ本人の確保。これも必要なことだ。
セルティと合流できれば一番いいのだが、そう簡単にはいかない以上、臨也が現状できることは『セルティは悪いやつではない』と出会った参加者に伝えるくらいしかない。

首の覚醒。最終フェイズ。
これは、この殺し合いの進行によって勝手に起こる可能性もあるし、セルティ本人に首を渡してしまえばそれで済む。
その結果、セルティがどうなるのか。セルティの記憶がどうなるのか。
今のセルティを愛している、岸谷新羅はどうなるのか。

臨也は一瞬だけそのことを考え……人知れず、口を笑いの形に固定した。
知ったことか。そんなことよりも、俺は自分のことが大事なんだ。
殺し合いに呼ばれてもいないやつのことを、考えてやる必要はないね。


そんなことよりも。そんな、考えるに値しないことよりも。
どうすればこの計画を完遂できるのか。そちらの方に意識を持っていった方が、よっぽど楽しい。
計画のために、セルティを生かしておく必要がある。首も探す必要がある。
そして臨也は、それまでに、自分が絶対に死なないなんてこれっぽっちも思っていない。
この世界に呼ばれている参加者の強さは、未知数だ。
一条蛍や香風智乃、彼女らの友達のように、喧嘩したことさえないという弱者もいれば。
臨也のナイフを目にも留まらぬ速さで奪い去れる、空条承太郎のような強者もいる。
もし、空条承太郎レベルの参加者が殺し合いに乗っていたとして。
ロクな武器もなく一条蛍という足手まといも抱えた今の臨也とばったり会ったとしたならば。
果たして自分は、生き残れるか分からない。臨也は、自身を過大評価しない。
蛍を囮にして、森の中をパルクールを用いて全力で逃走して、それでも絶対に逃げ切れるとは限らない。
だから、危険なのだ。保険を掛けておく必要があるのだ。
いつだれが襲い掛かってくるともしれぬこんな状況下で、こんな大事な情報を一人の人間の心の内にのみ保管しておくというのは、危険極まりない話だ。


だから、そのための『遺書』だ。


衛宮切嗣に、そして、彼とのやり取りを見ていただろう、繭に。


これ見よがしに『遺書』の存在を仄めかしたのは。


折原臨也がスマートフォンに忍ばせている『情報』は、衛宮切嗣が犯人だと告発する『だけ』のものだと、繭に思わせるため。
例え、こそこそとメモ帳機能を使って何かをスマートフォンに保存していたとしても。
それは、臨也が死ぬ時に全てチャットにてつまびらやかにされる、繭にとってはどうでもいい情報に過ぎないと『勘違い』させるため。
本命の情報、セルティの首についての推測やそれに連なる可能性や情報が書かれたメモは、今でも臨也のスマートフォンの中で、恐らくは繭にすら気付かれずに眠っている。
当然、これをチャットやメールという、繭の手のものによって監視される場所に放流する気はない。
かといって、そう簡単に、直接臨也の手で他人に見せるわけにもいかない。
先ほど言ったように、繭がどうやって、どのくらいの『精度』で監視しているのか分からないからだ。
例え、口に出さずに、スマホのメモ帳をこっそりと物陰から他の参加者に見せたとしても。
それさえ繭の監視に引っかかる危険性だってある。繭の監視方法が分からない以上、どうすれば絶対に安全なのか分からない。
勿論、どこかで博打に出る必要があるのは臨也も理解している。繭に知られる危険性を覚悟の上で、誰かに伝える必要がある。
出来る限り情報を拡散するために、信頼できる誰かにこの情報を渡し、共有する必要がある。
出来るだけ監視の目がつかない環境で。出来るだけ繭に不審に思われない方法で。
もしも臨也が志半ばで死んでしまっても問題ないように、誰かに彼の持つ情報を、可能性を継いでもらう必要がある。

今までは運が悪かった。タイミングも悪かった。
空条承太郎は、自業自得とはいえ自分のことを信頼してくれなさそうだし。
衛宮切嗣は、この情報を元に、小鞠を殺した時のように暴走する危険性がある。
風見雄二は、そもそも一緒にいた時間が短すぎた。情報を渡すタイミングがないまま、一条蛍と共にラビットハウスを出ていく流れになってしまった。
女の子たちは……正直言って、こんな重要な情報を秘密裏に受け取らせるには、荷が重いと言わざるを得ないだろう。

だから、出来れば、頭が良い参加者が良い。頭脳明晰な参加者に会いたい。
臨也の意図を読み取り、顔色一つ変えずに情報を腹の奥に呑み込んでくれる参加者が良い。
それでいて、他者から見て違和感のない程度に、臨也の計画に加担してくれる参加者が良い。
まあ、そんな都合のいい人間に簡単に出会い、お互いを信頼し、繭に気付かれず情報を受け渡すチャンスが来るなんて確率は、宝くじに当たるようなものだろうが。
『首』がこの会場に存在しているか否かも含めて、一番大事なところを天運に任せるというのは、いかにも神頼みといったところだが。
しかし、かといって手は抜かない。臨也は臨也で出来ることをする。神頼みだってしよう。
だって、臨也は生きたい。人間観察もしたい。出来るならば天国という世界で、永遠に存在し続けたい。
そのために、折原臨也は保険を掛ける。二重三重に、保険を掛ける。例え一瞬でその保険に意味がなくなったとしても、構わない。
あの世へ行くため、もしくはたとえ死んでも『折原臨也』を世界に刻むため、保険を出来るだけ、沢山、掛けておく。


しかし、下手を打てば繭に情報が漏れてしまう、セルティが死ねば首の方がどうなるか分からない、という以外に懸念事項もある。


あまりにも、出来すぎているのだ。


戦争。
デュラハン。ヴァルキリー。
魂を操る能力。それを制御できない神気取り。
必要な情報を与える放送。
折原臨也。


臨也に都合の良いように、揃いすぎている。
もしかしたら何とかなるかもしれない、と思ってしまうほどに。
ここまで揃っていて『首』がないはずがない、と思わされるほどに。
まるで、思考誘導されているようだった。見えない糸に引っ張られているようだった。
死ねば『首』の方がどうなるか分からないセルティの肉体を参加させているのだから、これこそが本当の目的、というわけではないのだろうが。
もしかしたら、臨也が自分で建てたつもりの計画ですら。
セルティの首が覚醒するか否か、どっちになるだろうか、という『誰か』にとってのお遊び、ゲームでしかない可能性に、臨也は行きあたらざるを得ない。
だからといって、計画を進めないわけにもいかない。現状、主催者に対抗する術がこれしか思いつかないのだから。



しかし、もしも。


もしも『首』の覚醒すら『誰か』の計画の内だったならば、その時は――――。




と、いうことを、人知れずずっと考え続けてきた臨也は。
自身の安全のために、生存確率を上げるために、静雄と杏里という危険分子を排除しようと動いてきた臨也は。
出来る限り派手には動かず、大好きな人間観察の機会も、信頼を得るためにそれなりに抑えてきた臨也は。




「危ないところだったねえ、蛍ちゃん」




今、それらの考えを、計画を、ほとんど破壊されかけながら。




「小鞠ちゃんみたいに、騙されちゃうところだったねえ」




最大の障害にして最悪の再会を果たした、平和島静雄を、挑発していた。



自身の選択が間違っていたとは思っていない。
平和島静雄と園原杏里の悪評を流すという選択。
そうしたのは何も、臨也があの二人をこの機会に殺してしまいたいから、というだけの理由ではない。
臨也が、二匹の化け物たちを敵視しているのと同じように。
杏里も静雄も、臨也のことを敵視している。静雄は臨也のことを憎んでいるし、杏里は臨也を危険だと思っている。
この殺し合いという状況でも、いや、こんな状況だからこそ、更にあの二人は臨也を危険視するだろう。
そのことを理解しているからこそ。だからこそ、だ。
向こうも臨也の悪評を蒔くという予想が、簡単に建てられるからこそ。
人殺しをするという選択肢を絶対に取る気はない臨也としては。
他の参加者と協力し、人間観察しながら生存を優先するつもりでいる臨也としては。
やられる前に、やる。潰される前に、潰す。
自身の頭脳を活かした考察をしたり、臨也信者と呼ばれるような女の子たちを作り出す程度には長けている人心掌握能力により、信頼を得て。
その信頼を脅かす静雄と杏里に対しては、悪評を流し、必要ならば他の参加者たちと手を取り合い彼らと戦って、この盤面から排除する。
他の参加者たちと共に敵である化け物たちを排除し『折原臨也は危険な人間だ』という情報を、もみ消す。
そうすることが、臨也にとっては一番良い手だと考えた。
だから、今の状況でも、静雄を陥れることを第一に考える。
これが静雄でなかったならば。
例えば、衛宮切嗣だったとしたら。
臨也は人間観察のために、自身が不利になる状況の推移も少しは目をつむっただろう。
蛍が相手のことを信じ、謝罪を受け入れ、これから一緒に頑張ろう、という流れに、出来る限り波風立てないように乗っただろう。
だが、こいつは平和島静雄だ。
折原臨也が大嫌いな、平和島静雄だ。
決して放置するわけにはいかない、平和島静雄だ。

静雄と共闘する?仲良くやる?今だけは一緒に頑張ろう?

冗談じゃない。そんなことをするくらいなら、それこそ舌を噛み千切っても良いくらいだ。
ここまで彼が静雄のことを目の敵にするのは、臨也が悪印象を持たれるような情報を提供するやつだから、というだけではない。
折原臨也は平和島静雄のことが嫌いだ。
大嫌いだ。憎んでいるといっても良い。嫌悪していて、憎悪している。
何処で働いているのかだとか、何が好きなのかとか、弟は超有名アイドルだとか。
そんな情報を得ることさえ、嫌で嫌でたまらない。
苦手だから、天敵だから、邪魔だから。
陥れるために、計画の邪魔をされないために、殺すために。
自分が本来大好きなはずの情報を、静雄という言葉を見るだけでとてつもなく不快な思いをしながら得ることもある。

とある取り立て屋で働きだした?良い上司に恵まれて人間関係は良好?馬鹿馬鹿しい。早くクビになれば良い。
甘いものが好き?二日前に大きなイチゴのパフェを食べた?死ね。糖尿病にかかって苦しんで死ね。
粟楠会で揉め事?人死にが出る?そりゃあ良い!なんとかして静雄を犯人に仕立て上げて、粟楠会に殺されるように仕向けよう!

静雄は臨也にとって、好敵手だとかライバルだとか、そういうものではない。
お互いを高め合い、万全の状態で戦いたいなどと思うこともなければ、お前を倒すのはこの俺だという言葉も吐かない。
怪我や病気をすれば(滅多にしないのが本当に憎々しい)大笑いするし、自分の関わっていないところで早く死んでほしいという願いを、隠すことなく口に出す。
平和島静雄を化け物以外の言葉で表現するなら、折原臨也はこう答えるだろう。
害獣ですら生ぬるい。害虫ですら可愛げがある。あいつは、言うならば災害だ。人間の皮を被った天災だ。
ほかの人間と同じですという顔をして周りを騙して存在している災厄だ。
本来は、人間社会にいてはならない存在だ。

平和島静雄は、人間のように努力して強くなったわけではない。
平和島静雄は、人間の技術によって強くなったわけではない。
平和島静雄は、人間として自らの意志で強くなったわけではない。
平和島静雄は、ただ、特殊な体質だっただけだ。
それこそ、神様に選ばれてしまったかのように、理不尽に。
臨也からすればとうてい納得のいかない偶然で、馬鹿みたいに強力な力を手に入れてしまっただけだ。

なのに、こいつは。

ただの力で、人間の努力も技術も意志も、全て壊し尽す。
ただの力で、人間の善意も悪意も狂気も、全て踏み均す。
ただの力で、人間の成長も進歩も進化も、全て握り潰す。
ただの力で、人間の運命も決着も末路も、全て消し去る。
ただの力で、人間の尊き選択も愛すべき躊躇も拍手喝采の決断でさえも、全て無為とする。

気に喰わない。

人間を愛する臨也としては。

人間のありとあらゆる営みを愛する臨也としては。

人間として生を受け、人間として生を謳歌し、人間として生を終える。そんな人間たちを観察したい臨也としては。

人間という存在が持つ無限の可能性を信じ、信奉している臨也としては。

人生を、人として生きる者たちの物語を、人を超えた力で塗りつぶす平和島静雄という存在が。

どうしても、気に喰わないのだ。


「待て、折原」


だから、折原臨也は。


「貴様は勘違いをしている」


今のこの状況を。
平和島静雄がキレもせずに、守れなくてすまなかったと真摯に謝罪してしまっている状況を。
一条蛍が、平和島静雄のことを信じてもいいのではないかと思い始めてしまっている状況を。
蟇郡苛が、いかなる理由か平和島静雄を信じてしまい、化け物を庇うように前へ出てくるような状況を。
破壊する、必要がある。
折原臨也への信頼を、なくさないために。
平和島静雄を、排除し、殺すために。

「勘違いをしているのは君の方だよ、蟇郡君」

そっと、一条蛍の肩に力を込め、出来る限り『強要している』ようには感じさせないように、彼女を臨也の後ろに下がらせる。
遺族である一条蛍と容疑者である平和島静雄が下がり。
糾弾のために折原臨也が、弁護のために蟇郡苛が前へ出る。

「君はこう思ったのかな。悪逆非道な暴力男であるはずの平和島静雄は、話してみると、とても良いやつだった。だからこいつは信頼できる、と。
でもね、君がゲームセンターを発った後、新しい可能性が浮上したんだ」

一歩踏み出し、蛍の身体を出来る限り彼らから隠す。まるで、彼女を守るように。そう、蛍に思わせるために。
そうすることで、蛍に何も言わせないために。これ以上、臨也の立場を悪くしないために。
同時に、ここは俺に任せて欲しい、と安心させるための優しい笑顔を、振り向き一瞬、彼女に見せてやる。
状況は芳しくない。
蛍は静雄の謝罪を受けて、心が揺らいでいるのが後ろにいた臨也にもはっきりと分かったし。
蟇郡は蟇郡で、静雄を疑うという気持ちを全く持っているようには見えない。
こんなところで、こんなことになるとは。予想外にもほどがある。
俺にはしなきゃならないことがまだまだ沢山あるっていうのに、やれやれだ。
全く……これだから君はいつでも邪魔なんだよ、シズちゃん。


「シズちゃんは、DIOによって肉の芽を植え付けられて操り人形と化している可能性がある。
他人を騙して食い物にする悪魔にランクアップしているんだ」


「あり得んッ!!!」


やはり、とでもいうべきか。
この程度の情報で、蟇郡は狼狽えることも、揺らぐこともなかった。
こういう男は、一度思い込むと、頑固だ。そう簡単に自分を曲げない。
ならば、いくら臨也が静雄を責め立てたところで、彼がすべてを受け止めてしまうだろう。
いかなる理屈も、理論も、感情の前では無力だ。感情とは、理性を超えたところにあるのだから。
そもそも、その二種は+と-のように、どちらかが強ければどちらかが消える、といった単純なものではない。

「君の方こそ、今の立場を理解しているのかな?」

だから、臨也は矛先を変える。

「……立場だと?少なくとも俺にとって、平和島は憎むべき『服を着た豚』ではなく、共に肩を並べ戦う『同士』でしかない。
例え折原、一時俺と連れ添った貴様がこやつをどう思っていようとも、だ」

平和島静雄ではなく。

「俺が言っているのは、シズちゃんじゃない。君だよ」

蟇郡苛の方に。


「蟇郡君、君は、自分の立場を本当の意味で理解しているのかな」


臨也は、笑う。
一条蛍には見えないように。
平和島静雄には見せつけるように。
蟇郡苛という熱を、抑えつけるように。
冷たい笑みを、顔に浮かべる。

「『数時間前に、放送局に向かうと言って車を発進させたはずの君が』

蟇郡苛は、放送前に既に放送局へ向かっているはずだった。

『放送局にもいかず、こんなところで』

なのに、放送後、話し合いもしてその後にようやく分校へ向かっていた臨也と蛍に、再会している。

『悪魔となったシズちゃんと行動している』」

こんな、放送局とは遠いG-4で、しかもあの平和島静雄を引き連れて、再会している。


「貴様、何を」

「更に、情報を追加しよう」


蟇郡に、反論の余地は与えない。
彼の言葉を遮り、分からず屋に現状を、現実を、分からせる。



「承太郎君が、親切に教えてくれたよ。
俺がシズちゃんに埋められていると言っていた肉の芽はね。
どんな正義感あふれる人間でさえも洗脳し、DIOに忠誠を誓ってしまう、凶悪にもほどがあるソレはね」


「『一つじゃない』んだ。肉の芽は、複数作れる」


その言葉がどういう意味を持つのか。
その情報が、今の蟇郡苛の立場をどう見せるのか。
肉の芽によって操られている疑いをかけられている静雄と共にいる、蟇郡の立場が。
何故か放送局には行っておらずこんなところをほっつき歩いている、蟇郡の立場が。


「君は本当に、俺の知る蟇郡苛君なのか?」


ゲームセンターから放送局に向かうまでの道のりで、蟇郡苛に何があったのか、想像させてしまう今の蟇郡の立場が。
どう見られてしまうのか。臨也に、蛍に、蟇郡はどういう『誤解』を受けてしまうのか。
分からぬほど、蟇郡苛は頭が悪くない。


「違うッ!違うぞッ!!俺はッ!違うッ!!!肉の芽になど、操られていない!!!!」


「信じてもらえると、思っているのかい」


蟇郡苛は、運が悪かった。
平和島静雄を信じ、共に行動したこともそうだ。
静雄へ意図せず火をつけてしまい、その消化に手間取ってしまったこともそうだ。
そんな場面をるう子とシャロに見られ、誤解され、彼女たちを追いかけて放送局へ向かえなかったこともそうだ。
るう子は悪漢に連れ去られ、シャロは目の前で死んでしまい。
他の連れ合いを得ることもなく、この人たちは悪い人じゃないという証人を得ることもなく、臨也と再会したこともそうだ。
この、折原臨也という男に。
頭と口を回すことに関しては一流の男を敵に回してしまったことも、そうだろう。

「勘違いしないでくれ。俺だって、君を信じたいんだ。
だけど、君を信じた結果として、蛍ちゃんを危険に晒すことは絶対に出来ないよ」


当然、責め立てることだけはしない。


「そもそも、君がシズちゃんを信じたのは本当に正しいのかい?
シズちゃんが肉の芽に操られているという可能性を聞いても、絶対に彼は犯人ではないと思えるのかい?
もう一度、考え直してごらんよ」

蟇郡苛は人間だ。これからも仲良くやっていきたい仲間だ。
人を殺す悪人でもなければ、排除すべき化け物でもない。

「もしも、俺の言っていた『平和島静雄は暴力を振るうのが大好きな悪人だ』という情報に踊らされたなら謝るよ。
実際会ったのがそんなやつではなかったから、自分は騙されてしまったんだ、と、ね。
ごめんね。流石に肉の芽の可能性にまでは、あの時は思い当たらなかったんだ」

だから、臨也は舌を転がす。自身が鞭打ち、傷付けた男に、ねっとりと甘い毒を吹きかける。
マッチとポンプを使い潰し、蟇郡苛という男を囲む強固な壁に、扉を作ってあげる。
壊すでもない。回り込むでもない。扉を作って、さあおいで、と手招きする。

「そうだ、きっと君はシズちゃんに唆されて、こんなところまでくることになったんじゃないか?
心当たりはないかな。シズちゃんが余計なことをしてしまったせいで、こうなったのだと。
気付いたら状況に流されて、いつのまにか放送局に向かえなくなっていたのだと。
もしも、それこそがこの悪魔の計算だったとしたら?君の優しさに付けこみ、騙し打ちをしようとしていた可能性は?
もしくは放送局という危険な人物がいる場所へ向かわないように誘導し、蟇郡君を味方につけて他の善人たちと合流しようとしていたんじゃないか?
もしもここにいたのが俺じゃなくて空条君、もしくは風見君だったとしたら、どうなっていたと思う?
彼らは蟇郡君を信じて、シズちゃんを信じてしまって、その結果として」


あえて、言葉を切る。同時に、静雄への警戒は怠らずに、顔を半分背後へ向ける。
折原臨也は。必要とあらば『良い人』を演じ、平和島静雄を潰すためならば、演じ切る男は。
笑みを消し、蛍の方を心配そうに見つめた。
眉を顰め、嫌なことを想像してしまった、とでも言う顔をして、そして。


「小鞠ちゃんのみならず、蛍ちゃんまで、シズちゃんに殺されてしまっていたかもしれないんだよ」


トドメの言葉を、撃ち出した。


「待て」


蟇郡が、焦った声色を出す。
臨也に『肉の芽を植え付けられたのでは?』という疑念を向けられた時でさえ、見せなかった焦燥。
それまで己の自信を前面に押し出していた大顔が、不味いと歪む。
折原臨也へ向けたものではない。蟇郡は未だ、腹を割って話せば『誤解』は解けると信じている。
臨也の言っていることも、筋は通っている。通ってしまっている。だから、無視はできない。
無視はできねど、まだ何とかなる。話せば分かる。
静雄も臨也も、感情と理性の差はあれど、互いのことを盲目的に悪いと言っているように蟇郡には見えたのだ。
静雄は、臨也は悪い人間なんだから今回だって臨也が悪いに決まっている、という決めつけでアリバイのある臨也を疑っていたし。
臨也の方も、まず静雄が犯人だという決めつけから、理屈を発展させているように見えることもある。
だからこそ、蟇郡が間に入らねばならぬ。
蟇郡にも未だ信じがたいが、衛宮切嗣にも犯行のチャンスはあったということもある。
その辺りを話して、話し合っていけば、何とかできると彼は信じていた。臨也とも和解できる可能性があると、信じていた。
少なくとも、臨也は話を打ち切ろうとはしておらず、こちらの話を聞く用意もある、というように蟇郡には見えたからだ。
だから、彼が向けた焦りは。
蟇郡の背後で、ズシンと、地鳴りの幻聴が聞こえるほどの、強烈な圧を漏らしている男。
越谷小鞠の名前を、一条蛍にならばともかく、怨敵である男に軽々しく出され。
更に、静雄に言わせてみれば、彼女の死をノミ虫の厭味ったらしい口八丁に利用され。
あまつさえ、小鞠の友人である一条蛍を自分が殺す、などと、嘯かれた結果として。
今や噴火寸前という趣きの、大魔神にして大魔山。
そもそも、こういった言い合いには致命的には向いていない、瞬間湯沸かし器。
折原臨也の『敵』でしかありえない――平和島静雄に対してだ。


「待て、待つのだ、平和島ッ!!」


それでも、まだ、ぎりぎり、静雄は抑えていた。
今ここで暴れてはまずいというのは分かっている。
臨也の挑発ともいえるような言葉にキレてしまえば、あいつの思うつぼだということも分かっている。
それに、ここには、折原臨也の背後には、ホタルがいる。
静雄が守るべき相手、コマリの大切な友人である、ホタルがいる。
だから、静雄は、前に出ようとして、蟇郡に腕を掴まれ、一度止まり。
まるで怪獣が熱戦を吐く寸前の予備動作のように、息を、大きく吸い込み。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせるように、足を止め。
大丈夫だ、と蟇郡に言いかけた、その瞬間。



「逃げるんだ、蛍ちゃん!平和島静雄に――殺されるよ!」

臨也が、動いた。
ここぞというタイミングで。
静雄にとっては最悪の、臨也にとっては最良のタイミングで。
一条蛍は、脅えた表情を隠すことなく、激昂寸前の静雄を見て。
臨也の言葉から少し遅れて、臨也に身体を押され、臨也に言われるまま、臨也の背後から、駆けだした。
これは、つまり。
蛍という最後のリミッターが、臨也の手によって、外されたということだ。
来いよ、化け物、と。
最早、お前を縛るものはないぞ、と。
蟇郡からしたら、蛍を庇うように。
静雄からしたら、喧嘩を売っているように。
臨也はどこからともなく『いつものように』『いつもやっている、静雄との殺し合いの時のように』ナイフを取り出し、静雄へ向けた。
だから、静雄は。
蟇郡苛という、こんな静雄のことを信じてくれた男を、言葉で追い詰めようとしているノミ虫に対して。
一条蛍という守るべきコマリの友人を騙し、あまつさえ静雄と潰し合わせようとしたゴミ野郎に対して。
『いつものように』


「殺す」


ガッチリと静雄の腕をホールドしていた蟇郡の手を。
例え、変身しておらずとも、極制服の力によって相当に強化されている蟇郡の腕を。
極制服を纏わずともその巨漢に見合った腕力を有する、本能寺学園四天王の戒めを。
自らの腕の一振りで、蟇郡苛そのものごと、跳ね飛ばし。



「殺すッッッッッッッ!!!!!!!!」



マグマのごとく吹きあがった怒りを、噴火させた。
折原臨也の狙い通りに、暴走した。
これこそが、臨也の望んだ状況だ。
平和島静雄には、化け物として振る舞ってもらわねばならない。
暴力が大好きで、人を殺すことを何とも思わない人でなしで、死んでも良いやつとして。
人間に殺されなければならない。化け物にでも構わない。とにかくあの世に消えて欲しい。
まかり間違っても、人間のフリをして、誰かと一緒に行動することなど、許されない。
理性的に考えて、臨也の悪評を振りまかれないために。
感情的に考えて、大嫌いな静雄に早く死んでもらうために。

ただの筋力を以てしてプロボクサー並みの速度で振るわれた拳を、紙一重で回避する。
同時に、臨也を穿たんと空振りして伸びた静雄の腕に、拳を利かせた小さなスナップでナイフを突き立てる。
隙を無くす代償にあまり力が篭っていない斬撃ではあったが、それでも普通の人間ならば肉にまで達していただろう。
だが、固い。まるでダンプカーの大型タイヤに刃を突き立てたようだった。全く通らないわけではないが、あまりにも先に進まない。
達人級の技術による一撃ですら、この男には、池袋最強にして人間を超えた静雄には、皮膚数ミリしか通らない。
チッと舌打ちし、頭を引き、更に身体を引く。寸前まで臨也の顔があった位置に、もう一度静雄の拳が付き込まれている。
もしも彼の拳を一撃でもまともに貰ったら、臨也は死ぬだろう。グチャグチャ、というのが似つかわしい肉の塊に早変わりするだろう。
それほどまでに、本気で怒った静雄の力とは超常的なのだ。本来は常人が相対すべきものではない。
だが、臨也はいつものように、逃げ出すことはしない。
ここで逃げれば、蛍が静雄や蟇郡に拘束、もとい保護されてしまう危険性がある。
時間稼ぎが必要だ。彼女を逃がすための。もう一度、静雄と蛍が冷静に話し合いを出来ないようにするための。

臨也は、ラビットハウスを出てからここに至るまでに、蛍と色々な話をした。
それは何も、静雄に悪印象を抱かせるためや臨也に好印象を抱いてもらうためのものばかりではない。
例えば、危険な人物に遭遇してしまったらどうするか。対策を考えておかねばならない。
その辺りを怠って間抜けに両方死んでしまう事態を避けるのも、必要なことだ。
逃げられるならば、一緒に逃げる。
だが、二人一緒に逃げては追いつかれて二人まとめて死んでしまうと、臨也が判断した場合は。
臨也は、これまで臨也が保存してきた情報が保管されており、これからもチャットやメールや電話などに使える、大切なスマートフォンを蛍に渡し。
蛍は、武器の一つである爆弾、ジャスタウェイを臨也に渡す。折原臨也が、時間稼ぎをするために。
当然、最初にこの提案を聞いた時に、蛍は渋った。
それは、折原さんを見捨てるということではないんですか、と。
良い子だな、と臨也は思う。同時に、やはりこの子は成長したな、と、我が子のように蛍のことを誇らしく思う。
もしもゲームが始まったばかりの頃の蛍ならば、同じことを思っても口には出さなかっただろう。
大人に意見することなど、出来なかっただろう。

(これだから人間は素晴らしい)

しかし、彼女は、成長した。
越谷小鞠の死を知り、乗り越えたことで、一皮むけたということだ。
そんな蛍の成長、もしくは進化を心中で褒め称えながら、臨也は彼女を説き伏せた。
俺一人の方が、良いんだと。
悪い人間が刃物や、銃弾や、何か不思議な力をこちらに見舞ってきた場合。
一条蛍は何も反応できずに死ぬだろう。成長して、進化しても、彼女は戦いということを何も知らぬ一般人だ。
更に言えば、そんな蛍を庇うために無茶をして、臨也も死んでしまうかもしれない。
だけど、臨也一人なら。回避には自信のある、臨也一人だけならば。
蛍から借りた爆弾も用いて、悪い人間ともやりあえるかもしれない。
蛍を逃がし、適当に時間稼ぎをして、上手いこと彼も逃げ切る。それが、一番良い。
逃走戦の間に大事なスマートフォンが壊れてはいけないから、蛍にはそれを持って、保護して、臨也が悪い人をかく乱している間に逃げ切ってほしい。
そう言って、それとも蛍ちゃんは悪い人とけんかしたいの?と意地悪な言い方もして。
折原臨也は、一条蛍を説得し、そういう手筈を整えた。
集合場所は、今から向かう旭川分校に決める。
ここならば、ほかの場所と比べて蛍の友達であるれんげと出会え、更に上手くいけば、れんげを保護してくれている善人に守ってもらえる可能性も高い。


まあ、本当のことを言えば。


実際にそんな場面に遭遇したら。
危険な人間に、殺し合いに乗っている人間に、命を狙われたら。

臨也は躊躇なく蛍を囮に使い、その間に自分だけ逃げていただろうが。

結局、臨也にとっては、蛍も。

愛すべき『人間』のうちの一人、でしかないのだから。

折原臨也は、自身の愛するものでも、大事にしているものでも、素晴らしいと感じるものでも。

平然と、捨てることが出来る外道なのだから。

しかし、今だけは状況が別だ。そんなことをしては、蛍と蟇郡の臨也への信頼は地に落ちる。
つい先ほど、蛍に対して一言かけて彼女を逃がす前に、臨也は後ろ手で蛍にスマホを無理やり握らせている。
蟇郡のことを疑い、それでも信じたいと言葉を投げ続けながら、後ろでは蛍に『逃げる準備』をさせていた。
蛍の方も臨也の意図を理解してくれたようで、少し躊躇いながらも、あわあわと、蟇郡や静雄には見つからないように蛍なりに頑張りながら。
受け取ったスマホの代わりに、ジャスタウェイのカードを臨也の手に握らせてくれた。
彼女が臨也の言葉を聞いてすぐに逃げ出したのも、そういうことだ。
臨也は静雄の我慢に限界を与える前に、既に蛍を逃がす算段を、臨也が時間稼ぎを行う準備を立て終えていたのだ。

しかし、だからといって、状況が好転したというわけではない。
臨也への信頼を失う事態は避けられたものの、次は臨也の命自体が危ういような事態になっている。
いつものように、とはいかないだろう。寧ろ、今まで臨也と静雄が殺し合って、臨也が死なずに済んでいたのが奇跡に近いのだ。
しかも、今回はある程度時間を稼がねば、臨也お得意の逃走さえ出来ない。それまで、一度喰らえば死の一撃を避け続けなければいけない。
もしかしたら、ここで臨也は死ぬかもしれない。臨也は、こんなところで自分は死なないとはこれっぽっちも思っていない。
だが、静雄があの流れで、良い『人』として蟇郡や蛍や、他の『人間』たちに受け入れられるよりはマシだ。
臨也は、彼自身が人間に嫌われることよりも、静雄が人間に好かれることが嫌で嫌で溜まらない。
それを阻止するためなら危険な橋を幾らでも渡り続けよう、と考えてしまうほどには、静雄のことが気に喰わない。
静雄の拳を再度躱しながら、そんな自分の、理性的な部分で隠してきた感情的な部分を自覚し、臨也は笑う。
理性でも理論でも理屈でもなく、感情で、平和島静雄の好きにはさせない、と思っている自分に、笑う。


(ああ、やはり俺は)


何があっても、シズちゃんとは相容れないね。


「平和島ッ!落ち着けッ!」


突き飛ばされていた蟇郡が復帰し、静雄の方を止めようと腕を伸ばす。
臨也では静雄が殺せないと判断し、逆に静雄は臨也を簡単に殺せると判断したからだろう。
臨也の方がまだ話が通じるとも、思ってもらえたのかもしれない。
そうならば、今まで静雄の悪評を流したり承太郎につっかけたこと以外は大人しく、出来る人間として振る舞って来たことが功を奏してきていると言ってもいいだろう。
やはり彼は、シズちゃんのようにその場その場の感情でしか動かないような馬鹿とは違う。
ちゃんと、理性的に、人間として動いてくれる。助かることこの上ないね。
蟇郡が静雄の腕を掴んだ隙に、臨也はステップを繰り返し静雄から距離を取った。だが、まだ逃げはしない。
振り向けば、まだ蛍はすぐ近くにいた。意外と時間は立っていない。
もっと遠く、彼女の姿が完全に見えなくなってから更にしばらく経って、それから機を見て逃げ出すくらいの時間は必要だ。
また、当然、ここで爆弾を用いて静雄と蟇郡を同時に爆殺するようなことはしない。
蟇郡は貴重な戦力だ。いくら静雄を殺すためとはいえ、それはできない。
蟇郡を出来るだけ傷付けず、静雄を出来るだけ傷付けて、その上で逃走し蛍と分校で合流する。それが出来れば一番良い。
未だ静雄を殺すことは出来ないし、蟇郡を『説得』し切ることは出来ないが、高望みをしすぎて足元を掬われては元も子もない。
臨也はそう計算し、そんな彼の計算をいつも狂わせてきた化け物の方を、油断なく見据えて。



彼の背後で。




蛍が逃げ出した方向から。




ドォン、と。




何かが地面に着弾したような、音を聞いた。



♂♀



私には、分かりませんでした。



臨也さんは、平和島静雄、シズちゃんという方こそが小鞠先輩を殺したのだと言っていました。
肉の芽という、いかにも悪いやつが使いそうな道具で操られていて。
DIOという、空条さんが倒すべき悪役に忠誠を誓っていて。
だから、小鞠先輩を容赦なく殺したんだと。
騙して、情報を引き出して、それから、罪の意識も抱かずに殺したのだと。
折原さんは、そう教えてくれました。
もし君が彼に出会い、問い詰めても、シズちゃんは認めないかもしれない、とも、分校への道中で警告もしてくれました。
自分はやっていない、濡れ衣だ、悪いのは別のやつだ、と。
そのまま逆上する『フリ』をして、私たちを殺しにかかってくるかもしれないと。
もしくは、冷静に話を聞くフリをして、どうすれば自分が犯人ではないと証明できるか、計算高く考えて、私たちを騙そうとしてくるかもしれないと。
例えば、衛宮切嗣さんに罪を着せる、とか。
「腕輪発見機があった以上、あの場で腕輪の数を1減らす……つまり、小鞠先輩を殺せた人間は、シズちゃんと、俺たちとは別の場所にいた衛宮さんだけだ」と。
「だから、シズちゃんはそれを利用して、衛宮さんに罪をかぶせてくるかもしれない」と。
上手いこと、嘘をついてくるかもしれないと、折原さんは私に警告してくれました。

当然、驚きました。
その後に続いた折原さんの言葉が、耳から耳へと抜けてしまうほど、目をぱちくりさせました。
だって、私は、平和島静雄さんこそが小鞠先輩を殺した悪い人だという前提で、今まで考えてきたわけですから。
私からすれば、お仲間であるはずの衛宮さんが、いきなり『二人目の容疑者』へと姿を変貌したわけです。
思わず、問いかけそうになりました。

本当に、衛宮さんじゃないんですか。

そんな可能性もあるのでは、と、思ってしまいましたが。
その話をするのはとても恐ろしいことだという予感が、私の口にチャックをかけます。
結局、そのままお話は別の方向に流れていって、折原さんにお話は出来ませんでした。
私は、折原さんに「悪い子」だと、思われたくなかったのです。
仲間を、ついさっきまで一緒に行動していた仲間を、殺人犯だと疑うなんて。
良くないことです。私たちの仲間を、疑うなんて、良くないことだと思います。
衛宮さんは、確かに少し怖そうで、口数も少なくて、どちらかというと、怪しそうな人に見えなくもありませんでしたが。
でも、私たちの仲間なんです。一緒にお喋りして、一緒にこの状況を何とかしようと握手した、良い人のはずなんです。
どんな危ない人がいるかもわからない状況で、一人で偵察に行ったのも、とても勇敢なことだと思います。
結果として、小鞠先輩を助けることは出来ませんでしたが……でも、悪いのは小鞠先輩を殺した人です。衛宮さんじゃありません。
だから、私は平和島さんこそが、小鞠先輩を殺した悪い人なんだと、思っていました。
まさか他の人が、衛宮さんが、小鞠先輩を殺したなんて可能性は、頭の隅にもなかったのです。
そちらの方が、気が楽だったからかもしれません。
これから一緒に頑張ろうという仲間を疑うよりも、顔も知らない悪い人を恨むほうが、よっぽど簡単でしたから。



だけど。



私の目の前で、静かに頭を下げる、平和島さんは。
小鞠先輩を守れなくてすまなかった、と私に謝る静雄さんは。
言い訳もせず、暴力も振るわず、ただ、頭を下げる平和島さんの姿は。
どうしても、悪い人には見えなくて。

更に、私たちの仲間である蟇郡さんも、どうしてかは分かりませんでしたが、静雄さんは悪い人ではないと言っていました。
本当に?
本当に、違うのでしょうか。
平和島さんは、悪い人ではないのでしょうか。
全部、誤解だったんでしょうか。
衛宮さんが、折原さんが、間違っていて、勘違いしていたんでしょうか。



じゃあ、誰が――――?



「─────小鞠先輩は、誰が殺したんですか!」
私が、平和島さんにそう叫んだのは。
折原さんから、シズちゃんが犯人だと言われても。
どれだけ、仲間のことを信じたくても。
「小鞠先輩を殺したことを、謝ってください」と、言わなかったのは。
心のどこかで、まだ、私は。

あの人、という可能性を。

衛宮切嗣さんが班員だという可能性を、完全には晴らせていなかったから……なのでしょうか?

私は、恨みます。
自分勝手だとは分かっていながらも、折原さんを恨んでしまいます。
そんな可能性、教えてくれなければよかったのに。
知っていなければ、こんなモヤモヤする気持ちを抱えたままでは、いなかったのに。
平和島さんが悪いという一つの思いで、心を満たすことが出来たのに。

そうです。折原さんは、自分は平和島静雄が犯人だと思う、とは言ってはいましたが。
衛宮切嗣さんは犯人ではない、とは、一言も言ってくれなかったのです。
犯人ではない理由を、一つでも、二つでも、披露してくれれば、気が楽になったのに。
もしかしたら、犯人ではないのは当然だ、だってシズちゃんが犯人なんだから、という前提で話をしていたのでしょうか。
もしかしたら、折原さんの方こそ、衛宮さんが犯人だなんてありえない、と、思いこんでいたのでしょうか。

私は、分かりませんでした。


自分が、何を信じればいいのか。


自分が、どうすればいいのか。




「逃げるんだ、蛍ちゃん!平和島静雄に――殺されるよ!」




分かりませんでしたが。
自分の本当の気持ちも含めて、分からないことは、沢山ありましたが。
あの時、平和島さんのことを恐い、と思ってしまったことだけは確かでした。
だから私は、逃げました。スマートフォンのカードを受け取り、ジャスタウェイのカードを手渡し、逃げました。
折原さんが予め計画していた、力のない私を逃がすための作戦に乗りました。

……後悔しています。折原さんには分かりましたと言いましたが、やはりこの作戦は、折原さんを見捨てているようにしか思えないのです。
理屈では、私がいない方が折原さんもやりやすいのだろうな、とは分かっていても。
だからといって、後ろめたい気持ちがなくなることは、ないのです。

それに、私は今でも、静雄さんが悪い人なんだという確信を持てずにいます。
確かに、先ほど、折原さんが私を逃がしてくれる直前に見た平和島さんはすごい顔をしていました。
鬼、とでもいえばいいのでしょうか。
私もれんちゃんと鬼(のなりきり)ごっこをさせられたこともありますが、その比ではないくらい、あの時の平和島さんは鬼のように恐ろしかったんです。
鬼ごっこ一等賞です。勝てる気が全くしません。
でも、だからといって、それは平和島さんが頭を下げて、謝ってくれたことを無意味にするものではありません。
本当に彼は、折原さんの言うとおりに、私たちを騙そうとしたんでしょうか。
あれは全て演技で、小鞠先輩を守れなかったというのもデマカセで。
私を揺らした、心のこもった言葉は、本当に、偽物だったんでしょうか。
逃げなければよかったのかもしれない。あのまま、話を続けるべきだったのかもしれない。
また、後悔です。恐いからと言って逃げてしまった私も、悪いんじゃないかと思ってしまいます。

折原さんなら。
こんな時、折原さんなら。
まだまだ子供で、未熟な私に、なんと言ってくれるでしょうか。

そのせいでしょうか。

早く、一刻も早くこの場を離れないといけないとは、分かっているのに。
旭側分校にまで一直線で向かい、助けを待ち、れんちゃんを待ち。
折原さんと再会できることを信じなければいけないとは、分かっているのに。

私の足は、全然素早く動いてはくれませんでした。
折原さんは大丈夫だろうか。蟇郡さんは騙されているんだろうか。平和島さんは、本当に悪い人なんだろうか。
心配や疑問が頭の中を飛び交い、私は走ることに集中できやしません。
私が見たところで、どうしようもないことも分かっているのに。
ちらりと、少し走っては、折原さんたちのところを見てしまいます。
そのたびに木の根に足を取られかけたり、小石に躓いてしまいそうになります。
これじゃあいけません。私がしっかり逃げなければ、折原さんの頑張りを無駄にしているのとおんなじです。
だから、頑張ろう。今は前だけ見て、走ろう。
自分を奮い立たせて、分校のある方向へ足を向けて、今度こそ全速力でかけっこしようと、思い立って。



音がしました。


ドォン、と。


東京で花火を見た時のように、遠い遠い空から響くものではなく。



私のすぐ近く……いいえ、すぐ目の前で。



続いて、土煙がぶわっと立ちました。
目に砂が入りそうになり、手で目を庇おうとして、そこに意識がいって。
そんなことをしている場合ではない、とはすぐには思えなくて。
ごしごし、と目を拭いて「……なに、いまの?」と、口から声がちょろりと出て。

そこでようやく、私は彼女の姿に気が付きました。
もうもう、と、衝撃が収まってからも少しだけ残っている砂煙の中から、その人は現れました。
私は、何となく理解しました。
何かが、いいえ誰かが。
空からすごい勢いで、降って来たのです。
上から、空から来たので、私は気付けなかったのでしょう。


「よお、面白そうなことやってるじゃねえか。私も混ぜてくれよ?」


一方で。
まるで、私という存在に気付いていないように。
その人は、私の向こうの、折原さんと、蟇郡さんと、平和島さんに話しかけました。
どうして、私は無視されているのでしょう。
どうして、路傍の石のように、目にも入っていないのでしょう。
分かりません。分からないことが、また増えてしまいました。
でも、これ以上、分からないことを分からないままにするのは、嫌です。


「あのっ」


だから、今度こそ何かしなければと、思ってしまいました。
せめて、会話くらいはしないといけない、と訳も分からないまま声を出してしまいました。
折原さんに任せて、逃げて。平和島さんとちゃんと向き合えずに、逃げて。
新しくやってきた人にも、何もせずに。何も、出来ずに。
何も出来ないまま、誰も彼もに何かを任せて、何もしないまま。
この場を立ち去るのは嫌だ、と思ってしまったのです。
でも、相変わらず私のことを無視して、私の言葉さえ無視して。
新しくやってきたその人は、白い服を来たその人は、言葉を続けます。


「久しぶりだなあ、蟇郡」


蟇郡さんの、知り合い。

私は、はたと思いつきます。思い出します。
蟇郡さんの話を、思い出します。
彼女の来ているその服は。


蟇郡さんの知り合いで、とてもきれいな、花嫁衣裳のような服を着ている人といえば。


「きりゅういん、さつきさんですか?」


もしも、視線というものに、音があるとしたら。
ガチリ、と、照準が定まったような音が、していたのかもしれません。
もしも、視線というものに、色があるとしたら。
ギラリ、と、あまりにも強すぎる白熱光が、私の目を焼いていたかもしれません。


「なんだ、テメエ。この私が、皐月だと?」


先ほど私の前に立ってくれた折原さんは、今はいません。
空条さんも、チノさんも、どこか遠くに、別の場所にいます。
どうして今、こんなことを思ってしまったのだろう、と考えて。
足が、震え始めます。息が、上手くできません。

「待てッ!纏ッ!」

私は、ようやく気付きました。あまりにも遅すぎました。
この人は、きりゅういんさつきさんじゃない。
蟇郡さんの言っていた、良い人じゃない。

今、私は。

たった一人で。

頼りになる大人の皆さんの、手の届かないところで。


悪い人の――人殺しの、前にいる。


この人も、平和島さんに、負けず劣らず。

鬼のような、顔を。




「ムカついたから、とりあえず死ね」




私には、何も出来ませんでした。
逃げることも、声を挙げて最期の言葉を言うことも。
当然、戦うことも、出来ませんでした。
私は、ただ、こわくて、目を瞑りました。
自分が死ぬということを自覚し、絶望し、死にたくない、と思って。
一生懸命。生きたかったのに。れんちゃんと一緒に、あの村へ戻りたかったのに。
どうして、こうなっちゃったんだろう、と、涙が自然と溢れて来て。
でもこれで、先輩に会えるのかな、と、現実から逃げようとして。
ごめんなさい、先輩。
お土産話が、つまらないものになりそうです。








ヒュン、と、風切り音がしました。
私の耳の横を何かが通りすぎていくのを、感じました。



「なんだ」



思わず目を開けた私が見たのは、見覚えのあるナイフが、私を殺そうとしていた女の人の身体に突き刺さっているところで。
いいえ、正確には、突き刺さらず、カラン、と何の意味もなく地面に転がるところで。
チッという舌打ちが、聞こえた気がして。



「お前から死にてえのか」



私が目を白黒させている間に、後ろから足音や、声が聞こえて。
ぐい、っと私の身体が後ろに引き寄せられ。
反動で、私の身体を後ろに下がらせた人が前に出て。
黒い、ファー付きのコートが。
私の前に、壁のように立つ背中が、見えて。

ぐしゃり、だとか。

ベキリ、だとか。

そういう、日常では絶対に聞かないような音が、耳に入って。

気付けば、私は、地面を転がっていました。
何かに頭が、身体が、ごっつんこして、ソレに巻き込まれるように、一緒に、並行して、ゴロゴロと地面を転がりました。
背中に固い、小さいものがぶつかりました。落ちていた小石かもしれません。
腕の甲に、鈍い痛みが広がりました。擦り傷が出来たのでしょうか。
反射的に閉じていた瞼に、温かい液体が付着しました。
これは誰かの、もしくは私の、涙でしょうか。それとも。
やっと……いえ、実際の時間にすれば数秒と立っていなかったのかもしれませんが、私の体感時間で言うならば、やっと、という感覚で。
体育の授業で前転の練習をした時のように上手に、とは到底言えないほどみっともなく、私は障害物だらけの土製マットを転がり終えます。




「ノミ――――どうだって――――なら――――」




どこか遠くで、誰かが怒鳴っていました。




「いち――――ちじょ―――――いちじょう! だいじょ―――――」




私のすぐ近くで、誰かが怒鳴っていました。




身体中が、ズキズキしました。

転んでしまった時の痛みを、百倍にした感じでした。

でも、そんな痛みも、今はどこか遠くに感じています。

頭にモヤがかかったように、意識が、遠のいていって。


暗闇に堕ちる寸前、見えたのは。




「どぉ、して」




私の、よく知っている人が。




「な、ん…………で」




私にいつも見せてくれていた、とっても優しい、それでいてクールで、かっこいい、大人な感じがした笑いも見せずに。
声が枯れないのかな、と心配するくらいに矢継ぎ早に繰り出していた、お喋りもせずに。
時たま見せていた、変にスタイリッシュな動きもせずに。
何もせずに、ピクリとも動かずに。




「お、り………はら、さぁん」




倒れている、姿でした。




こんな場面なのに。
いいえ。
こんな場面、だからでしょうか。
私は、小鞠先輩を、思い出しました。
私の、大切な、先輩のことを、思い浮かべました。
死んでしまった先輩の、笑顔が。
折原さんの笑顔と、被って、重なって。



「わたしをおいて、いかないで」


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132:One after another endlessly 蟇郡苛 143:キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹
132:One after another endlessly 平和島静雄 143:キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹
132:One after another endlessly 折原臨也 143:キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹
132:One after another endlessly 一条蛍 143:キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹
133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(前編) 纏流子 143:キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹

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最終更新:2016年02月15日 17:54