全力少年(仮)(KBCなのは)

「あの、クラッシャーさん。パソコン、貸してくれませんか?」
Nice Boat.IIの船内で、ストーム1や梨花に、得意のはずのゲームでこてんぱんにやられた彼に話し掛けてきたのは
以前は魔王と呼ばれ恐れられてきた、なのはだった。
「家族にメールを出したいんですけれど、そのう。この船上の機械を使うのは、ちょっと……」
あどけない、しかし何処か怯えを含んだ表情で彼を見つめるなのはは、語尾を濁しながら掠れそうな声で呟いた。
ゲーマーとしてのプライドをずたずたにされて、ふて腐れていたクラッシャーは、
彼女に向かって、ずいっと予備のノートパソコンを押し付ける。
「勝手に使えよ。別に、使い方なんて説明しなくても良いだろ」
正直なところ、彼はなのはが苦手だった。と、言うよりも、明らかに嫌いだと言った方が正しい。
只でさえ精神的に未だ未熟なクラッシャーである。
相当年上であるストーム1や、僅かに年上とはいえ同レベルの谷口に絡まれるならまだしも、自分よりも幼く
それでいて精神的には非常に大人びている彼女は、まさに鬼門だった。
何よりも、自分は彼女に操られ、手下として破壊活動を行っていたのだ。
それが魔王という枷に填められていたが故の、彼女本人の意志ではない行動だったにせよ、不快感は拭えない。
クラッシャーは、その感情を隠すこともなく、露わにしながらなのはにぶつけた。
「終わったら返せよ、ったく……」
ぼやきながらその場を立ち去ろうとする彼の服を、なのはが意を決したようにぐいっと引っぱる。
つんのめって転びそうになり、かあっと頭に血が上ったクラッシャーが怒鳴りつけるよりも早く、彼女は大声で叫んだ。
「わ、わかりません!! 使い方教えてくださいっ!!」
部屋中に響く声に、地球防衛軍をプレイしていた二人が振り返り、彼らを眺める。
二人の視線から、『教えてやれ』という感情を読み取って、クラッシャーは憤慨した。
が、ここでキレて暴れても、勝ち目はない。
興奮する自分を宥めながら、彼は努めて冷静を装って、どっかりと部屋の隅に座り込んだ。
「ちっ、解ったっつーの。ほら、ここにコード繋ぐところあるから、そのノーパソ置けよ」
「は、はいっ!!」
一転して、ぱあっと明るい表情を浮かべた彼女の眩しさに、クラッシャーは思わず顔を背けていた。

かちりかちりと、キーボードを叩く音が木霊する。
ゆっくりと、だが正確に記される文字は、今までの冒険の一端を綴っている。
その手慣れた仕草に、クラッシャーはまたしても嫌な気分になった。
彼女に彼がパソコンの使い方を教えることは、殆ど無かった。
ただ、画面を指差して、コレがメールだとか、ネットに繋ぐにはここをダブルクリックするといった、初歩の初歩を指示する。
それだけでなのはは全てを理解して、さらさらとメールの文面を打ち始めた。
何だよ、俺に教わる必要、無いんじゃねえか。
自分がここにいる意味を見出せず、クラッシャーは心中でぼやく。
何で俺ばっかりが、ガキのお守りなんてしなきゃならねえんだよ。
あの谷口でさえ、巨乳の紫まみれのねーちゃんと、仲良くやってたって言うのによ、ったく。
そこまで考えて、クラッシャーはぐっと、苦虫を噛み潰したような顔になる。
彼と仲の良かった谷口は、今も飄々とした様子は崩していないが、気配は明らかに穏やかさを失っていた。
普段から空気を読まないクラッシャーでさえも話し掛けづらい雰囲気。
原因が、魔王アナゴに立ち向かっていった、彼らの中の一人にあることは解っている。
だが、解っていたからと言って、どうこうできるわけではない。アナゴの強さは桁が違うのだから。
ぎりぎりと、無意識のうちに歯を噛み締め、鈍い音を漏らしていた彼の不安を打ち消すような
やけに明るい声が、耳朶を打った。
「クラッシャーさん、あの。見てください。こんな文面で良いでしょうか」
はっと、目が覚めたように彼は顔を上げる。
目前にはなのはが、ノートパソコンをこちらに向けて、窺うように彼の顔を覗き込んでいた。
その近さに驚き、かあっと、頬を朱に染めながら、クラッシャーは飛び退く。
「な、な、何の話しだっ!!」
「ですから、私の家族に送るメールです。私だけじゃ心許ないので、クラッシャーさんも、添削してください」
「あ、あ。ああ」
ずいと、鼻先に近付けられるディスプレイに、しどろもどろになりながら、彼は目線を落とす。
綺麗な日本語が、そこには並んでいた。
「って、読めるわけねえだろ! 俺は在独ロシア人だっつーの!!」
きょとんと、クラッシャーの顔を見つめていたなのはは、その言葉の意味を少し考え、やがてふっと笑った。
彼女の笑顔の理由が解らず、クラッシャーは混乱する。
「な、何笑ってんだよ、バカにしてんのか?!」
頭に血が上りそうになる彼を押さえるように、彼女は違います! と慌てて両手を小さく振り、その意見を否定した。
「違います、馬鹿にしてるんじゃないんです。ただ、ちょっと嬉しくって」
嬉しい?
自分の発言に、何か彼女が喜ぶことがあっただろうかと、クラッシャーは頭を捻った。
その様子がまた面白かったのか、なのははにこにこと笑みを浮かべ続ける。
「だって、断られると思ったんです。知るか、自分で推敲しろ、って言われるんだろうなって。でも、きちんと見てくれたから」
何が書いてあるか、ちょっとでも目を落として読まなければ、日本語が分からない、なんて言わないでしょう?
なのはの意表を突いた発言に、クラッシャーは暫くぽかんとする。
頭の何処かから、ぽいぽいと螺子が抜けてしまったかのように、彼は彼女の笑顔を見ながら呆けていた。
「本当は、ピコ麻呂さんに頼めば、メールじゃなく直接家族の顔が見られるように、通信してもらうことも出来たんです」
でも、と、なのはは顔を曇らせる。
「今の私には、その資格はありませんから」
常に大きく見開かれている、彼女のつぶらな瞳が、悲しげに幽かに揺れた。
「な、何でだよ。すりゃあいいじゃねえか。連絡の一つや二つ―――」
「駄目です。魔王としてこの世界を破滅に導く手助けをしていた私には、家族に合わせる顔なんてないんです」
クラッシャーの言葉を遮って、きっぱりと言い切られた決意は悲壮だった。
「私が、堂々と前を向けるのは、魔王として犯した罪を償って、この世界が平和になったとき。
 それまでは、何があっても、無関係な身内の優しさに縋ることは出来ない。だから、駄目です」
白いスカートの裾を、震えながらぎゅっと掴む手は、小さかった。
どう声を掛けたらいいのか迷うクラッシャーに、なのはは小さく謝って、寂しげに笑う。
「私、嘘吐いてました。メールを送りたかったのは本当です。
 でも、それはクラッシャーさんじゃなくても良かった。私が貴方に話し掛けた本当の理由は、違うんです」
ぺこりと、手と同じく小さな頭が、下げられる。
「ごめんなさい、私、ずっと貴方に謝りたかった。魔王になって、無関係な貴方を巻き込んで。
 責任は全て私にあります。恨まれても怒られても、殴られても仕方ないです。そうされるだけの理由はあります」
ぎゅっと、少女の瞳は瞑られている。
クラッシャーは、その頭を殴ることも、撫でることも出来なかった。
確かに、彼は自分を操っていた魔王に怒りを覚えていた。殴りたい、蹴散らしたい、そう考えていた時期もあった。
だが、魔王という存在に対する真実と、目前の少女を重ね合わせたとき、拳は行き所を無くしてしまう。
本当に悪い物は何なのか、クラッシャーも解りかねていた。
仲間が―――それほど共に戦ったことは無いと言えども、確かに、同じ目的のために動いていた彼らが
散ることを解っていながらアナゴに立ち向かったとき。
無性に悔しくて、辛くて、無力さに打ち拉がれどうしようもなかった。
あんな思いは、もう二度と味わいたくない。繰り返すものか。
ぐっと、クラッシャーはノートパソコンを、なのはの方に押し付ける。
「メール、送るんだろうが」
はっと、驚いたように彼を見上げる彼女の瞳は、潤んでいた。
「送るなら早く送れよ、俺はゲームがしたいんだ。お前がずっと使ってたんじゃ、出来ないだろうが」
はいっ、と反射的に返事をして、なのはは画面に向かい、キーボードに指を置く。
「ありがとう、ございます」
「何がだよ、ったく。いいか、もう二度と貸すつもりはないからな」
ふいっと横を向いて、拗ねたように唇を尖らせる彼に、なのはは画面越しに微笑みかける。
「優しいんですね、クラッシャーさん。凄く、優しい人です」
何処がだよと、クラッシャーはなのはの言葉に、耳を赤くしながら頬を膨らませた。
画面に向かう彼女には見えていないと思っているからか、仕草は子供っぽさを増している。
可愛らしいな、となのはは、感情を言葉に出さずに目を伏せた。
「キーボード」
不意に出た単語に、クラッシャーは頭上に疑問符を浮かべる。
「ぼろぼろになってるけれど、ずっと、同じの修理して使ってるからですよ。
 飛び散った文字の部分も、わざわざ集めて貼り直して使ってるんでしょう? 解りますよ」
確かに今彼女が触れているキーボードは、ノートパソコンだというのにがたがたで、打っても反応を示しにくい物も多かった。
明らかに接着剤で簡易に止めただけのような、ぞんざいな修理がされている箇所も、少なくはない。
けれど、なのははその傷跡一つ一つに、クラッシャーの、彼なりの優しさを見付けていた。
「乱暴には扱っているけれど、粗末にはしてないじゃないですか。それって、優しいことだと―――」
「ホワアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
クラッシャーは、なのはの言葉を最後まで聞かずに、奇声を上げ暴れ始めた。
恥ずかしさが限界値を上回ったのだろう。
ゲームに集中していたはずの二人も、その騒ぎにびくりと身体を震わせ、振り返っている。
大丈夫か? と問いかける二人に、なのははにっこりと笑いかけ、大丈夫ですよと返す。
クラッシャーは暴走しながら、扉を破る勢いで飛び出し、船内を走り続けた。
「ちくしょううううううう!!!!!!!!! て、てんのうへいかばんざあああああああいいいいいいいいい」
叫びながら走る彼を、後ろから、ハートマンが「五月蝿いこのウジムシが!!」と射撃してきたが
それでも火照る身体を止めることは出来なかった。止まってしまえば、叫ぶのを止めれば、なのはの。あの、あどけない笑顔が浮かんでしまう。
「お、お、俺はロリコンじゃねえええええええええええええええ!!!!!!!」
蒸気機関車のように湯気を立てながら、それでもクラッシャーは走る。
真っ白な服を着た少女は、すっぽりと包み込める程に小さく、幼い。
『何だよ、何なんだよ。あんなに小さいのに、あんなアッタマ良いこと言いやがって。
 だったら、守るしかねえじゃねえか。あいつが、笑って親に会えるようになるまで、守るしかねえじゃねえか』
普段使わない筋肉を総動員しながら、クラッシャーは、ぐっと腹の底に力を入れて、叫びながら走り続けた。
その先に待つ何かに、全力で立ち向かうかのように。


おまけ

「お、クラッシャー! 一緒にエロ動画見ようぜ~~~……!?」
谷口は、真横を風のように走り去る悪友に声を掛けた、が、その声は届かず、彼の魂からの叫びに掻き消される。
「お、お、俺はロリコンじゃねえええええええええええええええ!!!!!!!」
全速力で駆け抜ける悪友の台詞は、谷口を硬直させるには充分だった。
「ろ、ろり……え?」
そもそも、あの様子では、彼は谷口の存在を認識してはいないだろう。
ぱちくりと瞬きを数度繰り返し、谷口は血の気の引いた表情で、一陣の風だけが残る通路に立ち竦んだ。
「な、何だ。クラッシャーの奴、何かに目覚めたのか? ロリ…ロリ……貧乳萌えか?」
脳内に、堂々とステータスだと宣言する、こなたの姿が浮かんだが、慌てて掻き消す。
谷口はどちらかと言えば巨乳好きだ。貧乳に価値がないとは言わないが、在るに越したことはない。
悪友との嗜好の違いに悩みながらも、谷口はちくりと刺さる部分に思い至って、ずるりとその場にしゃがみ込む。
彼の中の美少女ランキング現在の一位は、言葉である。巨乳でお嬢様で美人で頭も良い。年も近い。まさに理想の美少女のはずだ。
だが、彼の頭の中を現在占めているのは、言葉ではない。
理想からは程遠い、大人しげもかわいげも無い、傲慢で不敵で何を考えているのか解らない、相当な年上。
人を振り回して傷付けて、謝りもしない。谷口の中を乱す存在。
理想の美少女が間近にいるというのに、彼は言葉に会いに行く気も起きなかった。
何かしていないと不安になる。だが、考えずにはいられない。あの人に、もし。何かあったら。
激しい嘔吐に、谷口は手近な部屋に駆け込んだ。幸い空き部屋だったらしく、其所には誰も居ない。
洗面台に顔を埋めながら、谷口はまるで自分が、世界のスキマに一人で堕ちてしまったような惨めな気分になる。
「……アンタ、スキマから出るの得意だったでしょうが……出てきてくださいよ……俺の心、スキマで一杯ですよ」
呟きは水音に掻き消されて、誰の耳にも、谷口自身の耳にすら届かなかった。

おわり




名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年06月27日 17:21