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高くんが空振りでクリア出来ず絶対絶命の大ピンチ~!

と思ったら、北関東NO.1GKがナイスフォロー!!

そして、始まった「必殺トリプルカウンターアタック」!!!





推定距離40mの超ロングシュート!!!

でも映像が・・・





全国大会初出場を決めたループシュート!!!

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ロナウド

「怪物が真の怪物だった1年間」

Best of Ronaldo 1996-1997

だれかに依存するバルサ。
このチームの歴史において、特異なシーズンだった。

「反則覚悟でシャツを引っ張ったから、倒れると思ったんだ。
普通の選手なら後ろに倒れただろう。でも、彼は普通じゃなかった。
ガガガガと凄い勢いで突き進んでいった。僕も追いつきかけたけど捕まえられなかった」

マドリーでもロナウドはゴールを量産したが、すでに途方もない強さ、速さを失っていた。
ロナウドは超人ではなかった。脆く、傷つきやすいひとりの人間だったのだ。

ロナウドは、商業化の一途をとだるフットボールの寵児だった。
ほとばしる才能ゆえに、大人たちの計算に弄ばれ、やがて壊れた。

バルサのロナウドは、眩しいばかりに輝いていた。
それは路地裏の小僧のようにフットボールを愉しんだ、最後の日々だったからだろうか。

(Number768 12月9日号より抜粋)

ロナウドは、2011年2月14日体力の限界を理由に現役から退くことを表明した。




バッジョ&デル・ピエーロ

「最後のファンタジスタ」
90年代に輝いたファンタジスタ二人を、背後で支えた闘将コンテが追想する。

バッジョからデル・ピエーロへ。

94年、若干20歳のデル・ピエーロは、「盟主ユベントスの10番を背負うに値する」と、
周囲に強く認識させるだけのプレーをみせている。
それを象徴するのが、コンテいわく「94年12月4日のデッレ・アルピで決めてみせた一発」である。
まさに華麗と言う以外にないゴールを決めてみせた。
その余りに劇的かつ美しいゴールを、
膝の故障で戦列から離れていたバッジョはいったいどんな思いで見ていたのだろうか。

翌95年の夏、バッジョはユベントスを追われる形でミランへ移籍した。
左右の膝に計200針以上も刻み、だがその都度立ち上がってきた不屈の男は、
セリエAで205ゴール、キャリア通算で318ものゴールを決め、
37歳となった04年にユニフォームを脱いだ。

コンテは次のようにも語っている。

「現代の各段にスピードを増したサッカーでは、単にテクニックに秀でているだけでは生き延びていけない。
速さと耐久性に優れたフィジカルが、技術よりも先に求められる。
そんな今日のサッカー界に、ロベルトのように“繊細な”10番がいなくなったのは当然の結果だ。
そしてこの先も、もう二度と我々は彼のような10番を目にすることはできない。
残念だが、それは紛れもない現実なんだ。」

ロベルトは紛れもなく、“最後のファンタジスタ”だった。
彼は、言葉では決して描写できない独特のタイミングを持っていた。
“戦術を飛ばす”という言い方があるが、つまりは規律を守らない、ということだ。
だが、ロベルトの場合は規律を守らないというより、
そのプレーが論理を超える次元にあったと言える。
だからこそ、時として敵はもとより味方さえも次のプレーを予測できなかった。

一人の突出した才能をを、他の10人が支えていた。
そんなサッカーが、あの93年まではまだ可能だった。

FWにも高い守備のスキルが求められたが、ロベルトにその資質はなかった。
彼のスタイルに“プレス”なんて概念はなかったからね。
したがって戦術の中で、ロベルトが次第に行き場をなくしたのはやむを得なかった。

「あの94年のフィオレンティーナ戦でのアレッサンドロのゴールにさっき触れたんだが、
すると半ば自動的に思い出されるのが、01年4月1日にロベルトが決めてみせたゴール。
当時ブレシアの10番だった彼は、他ならぬユベントスとの試合で、
もちろんアレッサンドロの目の前で、あのゴールを決めてみせた。
 94年のアレッサンドロのゴールもそうだが、ロベルトのそれもまた、
奇跡的と言うより、まさに奇跡そのものというべきゴールだった。」

「しかし、繰り返しになってしまうが、そんなファンタジスタをもうこの先、
見ることはない。これからも続くフィジカルの進化に即して、戦術は高度になっていく。
この現実を受け入れながら、我々は前へ進んでいくより他ないのだと思う。」

(Number768 12月9日号より抜粋)



KAZU



わたしたちは見てしまった。
44歳のアタッカーが、突如として全盛期を彷彿とさせるスピードで前線に上がる様を。
闘莉王からの落としが、見入られたかのように彼の足元に入り、
すぐさまゴールネットを揺らす様を。

あれは、簡単なことだったのだろうか。
簡単に起こりえることだったのだろうか。

44歳になってもなお現役を続け、日本を代表する46人の中の一人に選ばれ、
日本代表のディフェンダーを相手にゴールを奪う。
1シーズン3点しか挙げていなかった選手が、
30分足らずの出場時間しかなかったにもかかわらず、
有言実行のダンスを披露する。

こんなことのできる選手が、日本にいる。

(Number776 4月7日号より抜粋)
最終更新:2011年05月28日 23:02