ヘーゲルは芸術や道徳を中心とした哲学を否定し、歴史を中心においた。
歴史こそ、進展しつつあるものの別名だからである。
理想と現実を区別する主観的研究はカントに発したが、ヘーゲルにきて、理想と現実の融合が完成した。
ヘーゲルは思弁的な表現形式を持つにもかかわらず、現実に徹底した哲学者であった。
思想は生きた連関の中にあり、そのひとつに触れれば、必ず全範囲が振動を起こす。
そのように結合されているものが、世界の全体相である。
ヘーゲル弁証法は、このような全体相の図式的具体化であるといえる。
ひとつの思想は必ず他の思想へ、ひとつの事物は必ず他の事物へ移らなければならない特性を
持っており、これをあらわしたものが弁証法である。
この関係を正、反、合という三つで表した。
ひとつのものがあれば、そこからその反対が生じ、この反対は前者をも含むがゆえに合になる。
ヘーゲル弁証法の特徴は、正から反対が生ずるところにあるが、なぜ正から反が生ずるのか。
それは矛盾である。正、反、合を成立し、その前進の動力が弁証法であるわけであるが、
その前進の動力、それが矛盾である。
では、矛盾とはなにだろうか。
すべてのものは、それ自体に、自らを否定するものを含んでるということである。
ひとつの思想は、必ずその反対の思想を生まなければならないのである。
しかし、この否定は完全なる廃棄ではなく、否定はまた、より高いものを生むのであって、
大いなる肯定を含んでいる。
ヘーゲル哲学の形式・内容を決定するものは、弁証法であり、その根底は矛盾である。
では矛盾とは何か。
それは精神でなければならない。
つまり、世界が自然人事を通じて、精神としてのイデーの発現であると見られるがゆえに
精神はイデーもしくは、ロゴスと同じである。
こうして、ヘーゲルは、絶対者は精神であるといった。
世界は自然人事のすべてを通じて絶対者たる精神の弁証法的発展であり、
この発展を人間の論理的思惟をもって追随するのが哲学である。
ここから、ヘーゲル哲学は、精神哲学であるといわれることになった。
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最終更新:2007年10月04日 23:50