朋輩と久闊の挨拶を交わすが如き親しげな声に、牙神獣兵衛は顔をゆがめた。総髪を項で一纏めにした、粗野な印象を与える男だ。
頭でも打ったのか、鈍痛に顔が歪む。霞む視界を揉み解し、獣兵衛は声の主を睨みつけた。
「見りゃわかるだろ。最悪さ……
氷室弦馬」
目の前にどっかりと腰を下ろした巨漢――氷室弦馬に対し、獣兵衛は皮肉げな笑みを浮かべた。
先ほどの、南蛮胴を身につけた白髪の男に殺し合いを命じられた場所とは風景が一変している。
村の広場らしいが、人が住まなくなってから随分と経つらしい。草叢が風にびょうびょうと吹かれて物淋しげに啼いている。
「いや、そう悪くもねえか。こうして、てめえと逢えたんだからなあ!」
きんと音を立て、獣兵衛の鯉口は切られた。朱鞘の長刀が今にも抜き放たれんとしたとき、夜空に幾重もの銀光が閃いた。
「ぐっ……つ」
何かが獣兵衛の首や腕に絡まり、動きを束縛する。視線だけを動かし確認すると、それは非常に細い鋼線のようだ。
「それ以上動けば、殺す」
若い男の声が流れた。数間離れた廃屋から一人の若武者が姿を現す。その白魚の如き細指から伸びた鋼線はそのまま獣兵衛の四肢と首に繋がっている。
若武者に続いて緋色の外套に身を包んだ女が出てきた。その女に抱き抱えられた人物を見て、獣兵衛の目は見開かれる。
「陽炎!」
「おまえだけではない。この女も死ぬこととなるぞ」
外套の女の、醜い傷の走った顔に凄艶な笑みが刻まれる。
青い忍び装束に身を包んだ美女は力なく目を閉じ、されるがままだ。
「下手に動かぬことだ」
弦馬から低い笑い声が漏れた。弦馬が右手を上げるのと同時に獣兵衛の拘束が解かれる。
獣兵衛が構えを解くのを見届けてから、弦馬は懐から出した巻物を投げて寄こした。
「獣兵衛、あの鎧の男が言っていただろう。幾つかちーむとやらに別れて殺し合えと。あの男の言葉の意味は分からなんだが、この巻物に我らの名が記されている。察するに、どうやら俺たちで一つの組らしい」
受け取った巻物を紐解いてみれば、そこには獣兵衛の名の他に、弦馬、陽炎、
百合丸、石榴、そして――。
「故にじゃ、獣兵衛。わしらは一時休戦と相成った……というわけよ」
皺枯れた声が獣兵衛と背後から聞こえた。
「濁庵、てめえ!」
獣兵衛は身を捻り、刀を抜き放つ。抜き身は背後に立つ老僧の細頸にぴたりと押しつけられた。濁庵は零れそうなほど大きい両目をぎょろりと蠢かすと、カカと嗤った。
「そう怒るな、獣兵衛。こんなことに巻き込まれてまで争うておっても手間が増えるだけじゃ。まずはここで生き残るが先決。とまあ、そんなわけじゃて、刀ぁ納めてくれんか?」
獣兵衛は舌打ちして刀を鞘に戻す。大きく深呼吸をし、告げる。
「休戦か、そいつは分かった。だが、弦馬。てめえらと手を組むなんざ、死んでも御免だ。俺ぁ勝手に動かせてもらう」
村の外へと歩き始めた獣兵衛の背に弦馬の声が掛かる。
「……いいだろう。だが、俺たちに刃を向けるようなことあれば――」
「解かってるさ、弦馬」
怠惰な印象を与える笑みを返す。そして濁庵と擦れ違いざま、
「あいつを頼む」
「ま、期待はせんでくれよ」
短く言葉を交わし、獣兵衛は駆け出した。
獲物を探すためではない。弦馬ら鬼門衆を斃す協力者を募るために。
その結果、己が命を落とすこととなっても――。
(知ったことか!)
闇の中、一人のはぐれ忍びが往く。
参加決定チーム
【獣兵衛忍風帖チーム@獣兵衛忍風帖】6/6
○牙神獣兵衛/○陽炎/○百合丸/○石榴/○氷室弦馬/○濁庵
最終更新:2008年12月12日 19:19