蝋燭問屋の店先。そこに腰かけ、一人の女がほうとため息を吐いた。

纏った白絹の衣よりも尚白く透明感のあるきめ細かい肌、屋内の薄闇の中であっても際立つ艶やかさを放つ黒髪、そして蠱惑さを湛えた潤んだ瞳と唇――ようするに絶世の、と形容しても相異ない美女だ。名を陽炎という。
問屋の奥座敷には三人の人影がある。彼女は離れた場所から、その三つの影に瞳を向けていた。いや、正確にはその中の一人か。
陽炎の視線を捉えて離さないのは、精悍な風貌の、二十歳になるかなるまいかの若武者である。甲賀弦之助という、甲賀の若君は黙したまま他の二人――室賀豹馬如月左衛門の話を聞いている。

予期せぬ事態に巻き込まれたとはいえ、これは今まで血を吐くような鍛練の上で極めた忍法を試す絶好の機会のはずである。しかし、陽炎を含めた4人には動き出す気配はなく、三人の間に流れる密語にも殺気が感じられない。
弦之助ら三人の中心には甲賀卍谷衆6人の名が記された人別帖が置かれていた。未だ他の忍び衆の名は浮かんでは来ていない。

敵の数も分からぬがために、彼らは未だ動き出さないのか。いや――違う。

少なくとも敵の一つは分かっている。それも伊賀鍔隠れ衆という、不倶戴天の相手が。
それ故に弦之助は動かず、それを見つめる陽炎の嘆息には苛立ちと悲愴感が含まれていたのだ。
南蛮鎧に身を包んだ男と伊賀鍔隠れの郷士が争いを起こした時、弦之助が「朧殿」と小さく呟いたのを陽炎は耳にしていた。
そのときの燃え上がるような嫉妬と哀しみは未だ彼女の中に燻っている。
確かに伊賀姫は弦之助の許嫁だ。それが甲賀と伊賀の和睦のための――これ自体戯けたことだと彼女は思っているが――形式上のものとはいえ、彼の心境は分からないわけではない。
だが、ここは戦場だ。南蛮鎧の男が何者かは分からないが、一つの町を戦場に組み込むという大がかりなものである以上、駿府の大御所様は承知のことだろう。つまり、不戦の約定は解かれたも同然。
甲賀卍谷衆であれば、これを喜ばずしてどうしようというのか。いや、百歩譲って許嫁と相殺し合わねばならぬ星の巡りあわせを嘆くことはあっても、それを受け入れるのが忍びだ。
それなのに――。

(そこまで朧とやらが大切なのですか……?)

 陽炎は目を伏せ、ついと己が身体を指で撫でる。さらりという衣擦れの音は二つの足音にかき消された。
 伏せていた目を向ければ、物見に出ていた二人の忍びが暖簾を潜るところであった。入ってきたのは顔にあどけなさの残る長身の娘と、酷く肥満した大男だ。それぞれ、お胡夷鵜殿丈助という。
 奥座敷の三人は物見の帰還に気付いた素振りはない。いや、気付いていないということはないのだろうが。

「陽炎様、弦之助様たちにお加わりにならないのですか?」

 はきはきとした娘の問いに陽炎は静かに首を振った。その素振りに、大男はにやにやとした嗤いを浮かべる。無礼とは思うも、それを陽炎は無視して話題を変えた。
「この近辺に誰か居ましたか?」
 陽炎はお胡夷に訊いたのだが、答えたのは丈助であった。
「いや、誰も。人どころか犬一匹いませんなあ。しかし陽炎殿。そんなところで僻んでおっても弦之助様はお気づきになりませんぞ? 何しろあれは完全無欠な朴念――」
 ダンという音と共に丈助の口から苦鳴が漏れた。足を踏み抜かれて土間を転がる丈助にお胡夷の嘆息が向けられる。
「丈助殿、弦之助様を悪く言うのはお止めなされ。……あと、痛い振りも」
ぴたと止まってバツが悪そうに頭を掻く丈助にお胡夷と陽炎の視線が注がれる。陽炎は抜き出していた懐刀を納めながら、ふと丈助に首を見やった。火薬が仕掛けられているという首輪が肉の間で不吉な光を放っている。

「……丈助殿ならば、その首輪外せるのではありませぬか?」

期待を込めて陽炎は疑問を口にした。

参戦決定チーム

【甲賀卍谷チーム@バジリスク甲賀忍法帖】6/6
○甲賀弦之助/○陽炎/○室賀豹馬/○如月左衛門/○鵜殿丈助/○お胡夷

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月12日 19:26