「うお、すんげー! マジで江戸時代みてえじゃねえか!? 姫も見てみろって!」
街道沿いの木に登って好奇心で上擦った声を上げる烈火を、木の下で柳が困ったような笑顔で応える。
そんな二人を見て、風子は半眼で呻いた。
「あんたねえ……この状況でよっくそんなことが言えるもんね。感心するわ」
「……まったく感受性の足りねえ奴だな。なあ、姫?」
樹上で口を尖らせる烈火に阿呆と告げ、風子はもう一度周りを見やった。
アスファルトで舗装もされていない道の両脇には田園地帯が延々と広がっている。自動車はおろか、電信柱も標識も目に見える範囲にはない。
足元には苔生した道祖神あり、二柱の神様が風子に柔和な笑みを向けていた。さらに烈火の見つめる辻の先には木造家屋の並ぶ町らしきものが見える。
確かに時代劇にでも出てきそうな風景だ。それでも能天気に喜んでいいことにはならないが。
「馬鹿は柳ちゃんに任しとけ、風子」
風子と同じく、少し離れた所から呆れた表情で凍季也と土門、薫が烈火を見上げている。全員で大きく溜息を吐いた。
「……んで、裏武闘殺陣ってのはこういうもんなのか?」
土門がモヒカンをぼりぼりと掻きながら誰へ告げるでもない言葉を吐く。
「さあな。イメージとは大分違うが……」
「小金井、おまえ紅麗んとこに居たんだからなんか知ってるだろ?」
「知らないよ。とんでもない大会ってことぐらいしかさ」
土門に振られた薫は首を横に振った。彼は元々裏武闘殺陣の火影メンバーには入っていない。彼自身は助っ人として入るつもりであったようだが。しかし、彼女らの手にある巻物には
小金井薫としっかり記されている。
むぅと土門が唸った。
「だけどよ、あの殺された爺さんは魔道具使いだろ? なんか、手ぇ伸びてたしよ」
「たしかに、あれで単なるびっくり人間って言われてもねえ。私もイメージ違うけどさ、今回から趣向が変わったんじゃないの?」
先の場所での一連の出来事に、風子は無意識に自分の身体を抱きしめていた。仲間たちの手前どうにか平静を装っているが、ふとすれば震えが止まらなくなりそうになる。
人が目の前で惨死したこともあるが、何より自分の命を他者に握られていることに今までにない息苦しさを感じていた。嵌められた首輪が不愉快な重みを与えてくる。
いつもと変わらず屈託のない笑みを浮かべている柳を見る。彼女だって怖いはずだ。何しろ自分も殺し合いの対象となっているのだから。だが、もしも柳が表情を暗くすれば烈火たちにプレッシャーをかけることとなる。
それを感じ取って、平時と変わらないように振舞っているのだろう。たぶん、今までも。強いな、と風子は思う。
「かもしれないな。だが、あの場で森光蘭が出てこなかったことが気になる。それに、なぜあの老人はブロントとかいう男に喰ってかかったんだ? 出場者であるならば、何がこれから行われるかは分かっていたはずだ。開催側も同様に、こんな首輪の準備は必要ない」
凍季也が煩わしげに首輪を弾いた。彼が口にした疑問は風子の中にもある。そして凍季也が言わんとしていることも感づいている。それを認めつつ、彼女は否定の言葉を吐いた。
「でもさ、私ら殺陣ドームに入って……気が付いたらあの場所にいたんだし――」
「一番の疑問は柳さんが殺し合いの名簿に載っていることだ。森光蘭の目的は彼女の確保だろう? それをわざわざ彼女を失う危険のある立場に置くと思うか?」
風子の言葉を遮って凍季也が刺すように続けた。聞きたくはない結論が導かれようとしている。
「水鏡、何が言いたいんだ?」
土門が訝しげな表情で訊いた。凍季也の口唇が、動く。
「これは裏武闘殺陣とは別の狂った催しだってことさ」
凍季也の言葉は何かの宣告のようであった。土門の表情が強張るのが見える。
(そんな気はしてたけど、いざ言葉にされると結構辛いもんね)
風子が胸中で呟いたとき、烈火がズカズカと風子たちに近づいてきた。
「とりあえず、あの町に行ってみようぜ。他の出場者に会えれば、おまえらの疑問も解決するだろ」
「……聴いていたのか。だが、既に殺し合いが始まっている。素直に話に応じてくるとは思えないが」
「そんときは撃退すればいいさ。やることは変わらねえ。俺たちは姫を守る。それだけだろ?」
烈火が左肩に刻まれた二つの刻印を示す。烈火の操る炎、その二匹の龍を表す文字が妖しく光ったように見えた。
「まあ、たしかにそうだな。それに裏武闘殺陣でないなら、そうそうこんなもんに乗る奴なんていないだろ」
土門が嘴王を肩に担いで同意する。風子も頷いた。今ここでグダグダ悩んでいても意味がないのもまた事実だ。凍季也と薫は賛同の素振りは見せなかったが、反対もしなかった。
「じゃ、決まりだな。いくぞ、姫」
「はい、烈火くん」
柳の声を湿り気を帯びた風が浚っていった。
参戦決定チーム
【火影チーム@烈火の炎】6/6
○
花菱烈火/○佐古下柳/○霧沢風子/○石島土門/○
水鏡凍季也/○小金井薫
最終更新:2008年12月12日 19:31