阿良々木×黒羽川1

 入り口を抜けて、僕は追いかけてきたブラック羽川を待ち構える。
「ふーっ、ふーっ」
 ブラック羽川は、僕よりもはるかに息を切らしていた。
 おそらく体力によるものではなく、興奮によるものだろう。
「おい色ボケ猫」
 呼びかける、しかしブラック羽川は返事をしない。
「お前が大人しくしているというのなら、僕はお前に協力しようと思う」
「にゃんだと?」
「とは言っても、お前のエナジードレインは危険だからな、
 必要以上に僕に触れないと約束してくれるなら、という条件付きで協力してやるって意味だ」
「わかったにゃ、わかったから早くするにゃ」
 そういうと羽川は先ほどと同じように、自らのスカートをたくし上げる。
 再びむき出しになった秘裂は、先ほどよりも遥かにドロドロに濡れていた。
「いくぞ」
 僕はおっかなびっくり、その柔肉に触れた。
「にゃぁっ」
 それだけで体を震わすブラック羽川。
 くぷりくぷりと、入り口が何かを求めるように小さく開閉を繰り返している。
 ゴクリ、と唾を飲み込みながら、浅く指をそこに差し込んでみた。
「ふにゃぁぁぁん」
 ぐちゅり、と大きく水音が耳に響いた。
 人差し指の第一間接が入ったか入らないか位しか中に入れてないのに、
 そのまま吸い込まれてしまいそうな感じがする。
 いや、現に精気を吸い取られているのか。
 そのままの深さを維持しながら、淵をなぞるように回転させる。
 10週目に入った辺りで、既に拳が羽川の中から溢れた液体でびしょびしょになってしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
 僕もさっきのブラック羽川と同じように息が荒くなってくる。
「にゃぁぁ、にゃぁん」
 ふと気付くと、ブラック羽川が自分で腰を回していた。
 快感をむさぼる為に、刺激を強める為にだろうか、腰が僕の指とは逆回りに回転している。

「うわっ」
 いきなり僕の頭に羽川の手が載せられ、顔をそこに押し付けられる。
「おいっ、手を離せ化け猫っ!」
 急に触れている面積が増えて、持って行かれるエネルギーが一気に増す。
「すまにゃい人間、でも舐めて欲しいにゃ」
 そういうとブラック羽川は僕の頭から手を離してくれた。
「わかった」
 僕は羽川の腰を両脇から抑えて、ソコに口付けた。
「にゃっ」
 そして舌を秘裂の中に差込み、可能な限り中を舐る。
 すると中から凄い量の体液があふれ出してきた。
「にゃっ、にゃ、にゃぁぁっ」
 それを思い切り吸いあげる。
「にゅうううぅぅ」
 ガクガクと抑えている腰が揺れる。
 僕は目の前で震えていたクリトリスに、鼻を押し付けた。
「っーー――」
 音にならない叫び声をあげて、ブラック羽川が大きく体を反り返らせた。

「おっと」
 そのまま気を失ったように崩れ落ちたブラック羽川を抱きとめる。
 うっ、気づかない内にかなりエネルギーを持っていかれてしまったようだ。
 僕のほうも一瞬立ちくらみをおこしそうになる。
 近くのベンチまで気を失った彼女を運ぼうとした所で、
 ぱちり、とブラック羽川が目を開けた。

「おい、大丈夫か?」
「駄目にゃ」
「えっ」
「足らないにゃ」
 そういうと、ブラック羽川は一瞬で、僕の上着を引きちぎってしまった。
 かなり無理やりだったからか、少し肌も爪で引っかかれてしまい、出血する。
「おい約束が違うぞっ」
「もうちょっとだけ、もう少しだけにゃ」
 そういってブラック羽川は僕にのしかかると、自分の上着も脱ぎ去ってしまった。
 馬乗りになった羽川は、今度は僕の下半身の衣服を脱がしにかかる。
「おい止めろっ! 何暴走してんだっこの馬鹿猫!」
 声を荒げては見るものの、エナジードレインのせいで抵抗しようと動かそうとする体がめちゃくちゃ重い。
 何も出来ないまま、ほぼ全裸にされる。
「うっ……ぁぁ……」
 やばい、服が無くなった事でエナジードレインの効率も跳ね上がった。
 このままじゃ、死ぬ。
「つめが甘いのう主様」
 ぬめり、と忍が僕の影から姿を現し、
 ブラック羽川に噛み付く、がしかしそれはすんでの所で羽川に回避されてしまった。
 大きく僕達とブラック羽川との距離が開く。
「くっ、面倒じゃのう」
「忍、助けてくれるのか?」
「当たり前じゃ、感情うんぬんを抜きにして、お前様を放っておいたら今のは死んでおったぞ?
 もう少しお前様は警戒心を持つべきじゃな」
「ありがとう、忍」
「ふんっ、だから自分の心配をしておれ」
 さて、忍が味方についてくれたはいいがまだ安心は出来ない。
 前回と違って、今回ブラック羽川はあっさりとやられてはくれなかった。
 つまり今回は忍に血を吸われる事による解決を、ブラック羽川は望んでいない。
 そもそも今回のストレスは動物としての欲求から来るものだった。
 今その場しのぎでストレスのみを解消しても、その原因を絶たなければ直ぐに再発する。
 ブラック羽川の言葉を信じるなら、3日。

 しかしそれよりも先ずは相手を無力化する事を考えなくてはならない。
 互いの戦力を分析すると、今回はあまり勝算が高いとはいえないのだ。
 完全な不意打ちでなかった事もあり、さっきの奇襲は失敗した。
 そもそもエナジードレインを考慮しない、純粋な体術、身体能力では向こうの方が勝っているのだ。
 本気で抵抗されたら、今のブラック羽川を取り押さえるのは、割と骨の折れる作業である。
「少し本気を出すぞ、お前様」
 そういうと忍はぴょん、と立っている僕に抱きつき傷口に牙を立てた。
「ぐっ」
 静止する暇も無かった。
 まあついさっき結構エナジードレインをされてしまったため、
 こうでもしないとただのお荷物なのは分かっているんだが。
「んっ……」
 不味い、唯でさえ弱っている所に血を吸われてしまったためか、何時もより立ちくらみが早い。
 いや、というか血を吸う勢いが何時もより速いのか。
 緊急時かつ時間が無いため荒っぽくなっているのかもしれない。
「主様よ、儂の血を吸え」
「は? いやそんな」
「つべこべ言うとる場合か! あの色ボケが来る前に早くするんじゃ」
「分かった」
 春休みの時したように、僕は忍の首に歯を立て失った血を補うように忍から血を吸った。
 その間も、忍は再び僕の首に牙を立て、血を吸い続けている。
「……!?」
 そうしているうちに忍の体が大きくなっていった。
 どういう事だ?
 ふとそうして血を吸いあっていると、忍の肩越しにブラック羽川が突進してくるのが見えた。
 僕が忍にそれを伝えるより早く、忍自身が振り向き、その勢いを利用して羽川の体を投げ飛ばす。
「ふぎゃっっ」
 地面に叩きつけられためか、ブラック羽川の鳴き声があがった。
「おい、あんまり無茶するな。羽川の体なんだぞ!」
「本当に面倒な相手じゃのう、じゃあどうしろというんじゃ」
「どうしろって……」
 確かに、本気で抵抗している怪異、しかも触れるだけで相手の精力を奪う相手を
 怪我をさせずに無力化するなんて、無茶な事かもしれない。
 しかしだからといって羽川に大怪我をさせる訳にはいかない訳だが。

「ってか、忍。その姿はいったい……」
「ん、これか?
 言うまでも無い事じゃがな、儂はお前様の血を吸えば吸うほど元の吸血鬼に近づいていくのじゃぞ?
 姿形とて、その例外ではないわい」
 そうだった。
 忍はやろうと思えば今すぐにでも、僕の血をそれこそ僕が立ちくらみどころか気を失う位に吸えば、
 元の吸血鬼としての存在に戻る事ができるのだ。
 今まで、例えば神原と戦う前に血を吸ってもらった時だって、かなり加減をさせていた。
 故に外見の変化は無かったがこれくらいの勢い、量の血を吸えば、その限りでは無いのか。
 15、6歳位、身長でいうなら月火ちゃんと同じくらいになった忍は、
 再度向かってきたブラック羽川を再度受け流すように投げ飛ばした。
 学習したのか今度は地面に叩きつけられる事無く、化け猫は綺麗に着地をきめる。
 そもままもう一度向かってくるかと思ったが、
 二度の攻撃をさばかれ、このままでは勝ち目が無いと判断したのか、
 ブラック羽川は公園に多数ある遊具の中に身を隠した。
「奇襲でも狙っておるのかの」
 忍が辺りの気配を探りながら呟いた。
 どうだろう、あの猫にそんな余裕はあっただろうか?
 そもそもどうしてブラック羽川はいきなり暴走し初めたんだ?
 性欲が溜まって、今回ブラック羽川は現れたのではなかったのか? 
 それなら多少とはいえ、その性欲を解消した直後に暴走するのはおかしいのでは無いだろうか? ――

「おいっ、何をぼーっとしておるっ!!」
「! しまっ!」
 思考に気をとられていた僕に背後からブラック羽川が飛びかかってきた。
 避けるまもなく、再び組み伏される。
「馬鹿者っ!」
 忍はそう叫ぶと、片方の手の爪をむき出しにして振り上げた。
「止めろっ!」
 今、忍は羽川ごと怪異を退治しようとしていた。
「しかしお前様」
「いいから、絶対に羽川を殺そうとするんじゃないっ!」
 言い争いをしているうちに、せっかく回復したエネルギーを持っていかれた。
 ブラック羽川は僕に体を密着させるように、こすり付けるように体を動かしている。
 僕と羽川の、むき出しの肌同士がこすれ合った。
 そしてさらにブラック羽川は自らの秘部に、僕のペニスを挿入しようとしてきたので、
 すかさず片膝を立ててそれを阻止する。
 そんな僕達の間に忍は手を入れて、とにかくブラック羽川の体を僕から引き剥がそうとしていた。
 しかしそうする忍も少なからずエネルギーを吸い取られているはずである。
 今、忍が無防備な羽川の血を吸ってエナジードレインを始めてしまうと、
 一番先にエネルギーが枯渇するのは僕だろう。
 忍にもそれは分かっているらしく、なんとか僕と羽川の間に体を割り込ませようとしている。
 一か八か、僕は羽川の肩口に歯を立てた。
「にゃあああっ」
 たまらずといった感じでブラック羽川の体が一瞬僕から離れる。
 その隙に忍が僕と羽川の体の間に割り込ませた。
 忍のように怪異を吸い出すなんて事は出来ないけれど。
 多少吸血鬼に近くなっているので、さっき忍に対してしたように血を吸うことはできる。
 ギリギリ、エナジードレインの勢いではこちらが負けているだろうか? ほぼ拮抗している感じだ。
 でもこの状態でなら、忍に加勢してもらえばあっさり均衡は覆る。

「あむ」
 !?
 いきなりブラック羽川に、耳を食まれた。
 そのままちろちろと舌を這わされ、クチュクチュという音が脳内にこだまする。
 そんなことをされたせいか、急に羽川も僕もほぼ全裸だという事実が脳によみがえってきた。
 生死の境をさまよっているというのに、血を吸わないといけないのに、
 僕の思考を被っているのは、羽川の体からする甘い香りだとか。
 僕のふくらはぎにこすり付けられている、未だ体液を吐き出し続けている羽川の秘裂だとか。
「欲情しとる場合かたわけっ!」
 忍の叱責。
 いやそりゃそうなんだけど。
 てゆうか忍、お前のせいでもあるんだぞ。
 なんだかたゆんたゆんしている二つの膨らみが、羽川のそれとぶつかり合って、
 二人分の膨らみ同士が淫猥に形を変えて僕の視界の端で踊っているのがいけない。
 なんか位置的にいい感じにかみ合って、羽川のブラと忍の服の描く境界線が、
 山、谷、山、谷みたいになってるし!
「馬鹿者がっ」
 そう叫ぶとなんと忍は、羽川との体の隙間から手を伸ばし、乱暴に僕のペニスをしごきはじめた。
「おい何をっ」
 ぐにゅぐにゅと、さおの部分から先端にかけてを、かなり乱暴な手つきでいじられる。
 痛みを感じるくらいの強さだったが、それすらも頭に血が上った僕には快感でしかない。
「何考えてんだ忍っ!」
「それはこっちの台詞じゃっ!」
 言い争いの間も、忍の指は忙しなく動き続けていた。
 人差し指が裏の筋を下から上になぞり、親指か円を描くように先端部分をなぶり、
 ときたま他の指が全体をしごくように僕のペニスをねぶった。
 加えてさっきから続いている桃源郷のような光景も相まって。
 僕はあっけなく忍の手の中に性を吐き出してしまう。
「はぁっ、はぁっ」
 肩で息をする僕。
「少しは頭が冷えたか!」
 いや、まあ冷えたけれども。
 冷えたけれどもっ。
 僕はなんとなく泣きそうになるのを堪えて、思わず離してしまっていた羽川の肩口に、再び歯を立てると血を吸いはじめた。
 忍も、反対側の肩に噛み付きそれに続く。

「にゃああっ」
 劣勢に気がついたのか、羽川は僕らを振りほどいて再び距離をとった。
 正直、あの素早さでヒットアンドアウェイの戦法で戦われたらかなり面倒だ。
 こっちには既に、そんなに長時間戦えるほどの体力は残っていない。
 それとは別に、先ずは原因である。
 距離の離れたブラック羽川に、僕はさっき感じた疑問を問いかけた。
「おい猫! 一体どういうつもりだ。お前は性欲をもてあましていたんじゃないのか?」
 なのにどうして、解消されるどころか、急に我を忘れたように僕に襲い掛かったりしたんだ。
「やっぱり結局はお前なんだにゃ」
 興奮を隠し切れないといったふうに、しかしどこか冷たさを感じさせる声でブラック羽川は続けた。
「お前への想いが、不安が、つのりに募っていたのが原因だったにゃ。
 俺が出てきたのはもちろん性欲が引き金ではあったけど、結局お前が原因である事にかわりはないにゃ」
 僕を睨みつけるブラック羽川。
「あの女と付き合いだしてからも、お前はご主人に対して、他の女に対して、態度を全然変えにゃかったにゃ。
 お前がそういう奴だっていうのは、ご主人だって理解していたにゃん。
 けれどここ最近特に目に見えて、お前はお前の彼女と仲良くなっていったにゃ。
 この前ご主人がお前の身内を助けた時だって、結局最後お前が頼ったのは、あの女の方だったにゃん」
「あの時は羽川を選ばずに戦場ヶ原を頼ったっていう訳じゃない、
 あれは結局うちの妹と、戦場ヶ原の家族としての問題だったわけで――」
「そんにゃ事はどうでもいい、関係無いにゃん。
 ご主人としては、とにかくお前に頼られていたいんにゃ。
 そうでないと、お前の近くに居る事が出来ないにゃん。
 そんな風に悩んでいる時、偶然運悪く、俺の発情期と重なったにゃ」
「そんな」
 そんな事を考えていたのか、羽川は。
 僕のそばに居る為に。
 たとえ彼女でなくとも、友達として僕の近くに居る為に。
 僕に頼ってもらわないと、僕のそばに居てはいけないなんて。
 そんな悲しい事を考えていたのか、お前は。
 全然人の事を言えないじゃないか羽川翼――!

 僕の家庭教師をしてくれている戦場ヶ原と僕が仲良くなっていくのを一番近くで感じていたのは、
 もちろん当然のように、僕のもう一人の家庭教師である羽川だった。
 ――1から10まで、全てその女の仕事だにゃ。
 そうブラック羽川は言った。
 それが家庭教師としての意味合いだけでなく、もっと大きな意味での居場所としてのニュアンスを含んでいたとしたら。
 羽川の悩みは、どこか怪異のそれを思わせるものであった。
「ご主人がはっきりお前を諦めないのと同じように、お前もご主人に、現に今だって優しすぎるにゃ。
 お前がはっきりとご主人と距離を置いてやれば、ご主人もこんなに中途半端な立ち位置に悩んだりはしなかったにゃ」
「それは重々承知してる。ごめん。
 けどな化け猫、いや羽川。僕はそれでもお前と友達でいたいんだ」
「……本当に、お前は我侭な奴だにゃん。」
「ああ、自分でもそう思うよ。
 だから悪いけど、今回も荒っぽい方法で解決させてもらう」

 僕がそう言うと遠くから僕を睨みつけていたブラック羽川は、ふいに再び手で目を覆うようにしてうつむいた。
 泣いているのか? それとも、またさっきの頭痛か?
 いや違う、さっきも頭痛とは言っていない。
 目を押さえている……目?
 ――そうか。
「主様、このままでは不味いんではないか? 正直アレを無傷で抑えるのは少々無茶だぞ。
 ここは多少あの女に怪我をさせてでも」
 確かに僕も忍も、さっきの組み合いで精力は3割くらいといった所まで減らされていた。
 対して向こうはその吸収分でほぼ全快である。
 しかし。
「大丈夫、何とか突破口は見えた。
 僕が隙を作るから忍はあいつの体を抑えてくれ」
 なんて不敵に笑う僕に対して、もう本日何度目かも分からないブラック羽川の突進。
 その四つ足をまるで本物のケモノの様に駆使して駆け抜ける速度は、
 とても人間や、多少ドーピングした程度の僕に対応できるようなものでは無い。
 が、その攻撃に対して僕は、少し体を後ろに下げるだけ、
 ただそれだけで完全にブラック羽川の覆いかぶさるような突進を避けた。
「にゃっ!?」
 すかさず忍が、飛び掛ったモーションのまま一瞬無防備になっていた羽川の体を馬乗りになって抑える。
 そして僕がなるべく羽川の体に触らないようにしながらその首筋に噛み付いた。
 ブラック羽川の悲鳴が上がる。
「にゃあああ、にゃあああああっ」

 こんな事が出来たのは僕に彼女の動きが完全に見えていたから、というわけではなく、
 今のブラック羽川側の視力、遠近感の方に理由があった。
 いめちぇん。
 羽川が髪を切り、眼鏡を外したことは、ブラック羽川にも分かっていたんだろう。
 しかし彼女は、眼鏡の代わりにコンタクトレンズが目に入れられている事に気付かなかった。
 もしくは、分かってはいたがそれを外す事が出来なかったのだろう。
 幼いころから図書館に通いつめていた羽川は、かなり近視が進でいたらしい。
 その為眼鏡、コンタクト共に度の強いものを使っている。
 度の強い近視用のコンタクトレンズ。
 遠くの物に焦点が合わない症状を緩和する為、
 目に入る光の屈折角を調節して、遠くにある物を近くにある物と同じように見るための道具。
 それを正常な視力の持ち主がつけたらどうなるか。
 前回前々回共に、ブラック羽川が現れた際、眼鏡は外されていた。
 もちろん、ブラック羽川自身が外したのだろう。
 視力が正常な人に対し、そんな物は視界を妨げるだけの邪魔物に過ぎない。
 さっきから度々ブラック羽川が立ちくらみのように目を押さえていたのは、
 決して邪気眼や頭痛なんかではなく、
 合いもしないコンタクト着用による、目の疲れを訴えていたのだった。

「ごほっ」
 羽川の血を吸ってはいたが、口の中に血が溜まってむせてしまった。
 やはり本物である忍のように、上手くは出来ない。
「忍も、もういいよ」
 僕と同じように血を吸っていた忍に止めるように言う。
 さっきから羽川の血を吸いすぎたような気もするし、
 見るともう殆ど元の羽川の髪色に戻っていたので、これくらいで十分だろう。
 僕は羽川の首元から口を離すと、出血していたそこをハンカチで拭いてやる。
「お前は」
 もう、体を起こす気力は残っていないのか、
 ブラック羽川は顔だけをこちらに向けて言葉を紡ぎ始めた。
「お前はどうしてそんなに誰にでも優しいにゃ」
「何だよ、またその話か?」
「阿良々木君は無自覚に他人に優しくし過ぎるにゃ。
 お前に本当に好きな人がいるのはこの前も聞いたけれど、ちゃんとその人を他の人と差別してる?」
 口調がだんだんと羽川のそれに戻りつつある。
「ちゃんとしてるよ」
 僕はそんな猫耳の生えた羽川の頭を撫でながら答えた。
「確かに僕は戦場ヶ原だけじゃなくて、お前の事も好きだし、近所の小学生や、戦場ヶ原の後輩、妹達やその友達、
 いつも一緒に居る吸血鬼の事も好きだと思う。愛しているのかもしれない」
「それの何処が差別してるっていうのよ?」
「まあそうなんだけど、でも僕が愛を受け取るのは、受け取る事が出来るのは、
 戦場ヶ原ひたぎだけなんだ」
 僕は皆大好きで、周りからは誰にでも気があるように見えているのかも知れないけれど。
 いざ戦場ヶ原以外の人から好意を向けられても、僕にはそれを受け取る事は出来ない。
 精々、オタオタと戸惑う事ぐらいしか出来ないだろう。
 どうしてなんて問われるまでも無い。
 自分で認めるのは嫌だけれど、つまり僕という奴は、そんな都合のいい我侭な男だと、
 ただそれだけの事だった。


  後日談というか、今回のオチ。
 あのまま気を失った羽川と自分の分の衣服を回収し、色々と事後処理をすませたのが金曜の深夜。
 翌土曜日は羽川が僕の勉強を見てくれる当番だったのだが、彼女の体調不良という事でお休みだった。
 まあ、あんな事があった後だし、前回と違い、
 かなり体に無理のかかる運動を、羽川の体はしていた訳で当然と言えば当然。
 ちなみに今回も羽川の記憶は失われていたようだったが、ただそれも内容が内容。
 羽川の演技なのかもしれなかった。
 しかし今は夏休み、曜日の概念なんてあって無い様なもの。
 土曜日に勉強が無かった事実が戦場ヶ原に知れて、
 今日、8月4日日曜日は彼女の家で急遽勉強することになった。
 特にこれといった理由も無く、二日連続で勉強を休むこと等許されないらしい。
 午前9時50分、何時もどおり僕は戦場ヶ原家のチャイムを押した。
「開いているわ、阿良々木君」
 中から戦場ヶ原の声がしたのでドアを開けると、見知らぬショートカットの少女が僕を待っていた。
「…………」
「どうしたの、阿良々木君? そんな所に突っ立って」
 見知らぬ少女、いや戦場ヶ原はそんな僕の様子を気にする風でもなく、勉強道具を広げ始めた。
「あ、ああ」
 ギクシャクと、僕は戦場ヶ原の向かいに腰掛ける。
 いや、めっちゃ可愛いんだよ?
 シャギーの入った前髪は意外な程よく似合っていたし、
 ロングだった髪がショートになった事により首及びうなじ周りが露出し、物凄く魅力的だった。
 だったんだけどさ。
 羽川とああいう事があった後、最初のコンタクトで彼女の髪がばっさりと切られていたというこの状況は、
 何だか深読みさせるだけのインパクトがあった。
 戦場ヶ原に金曜の事はまだ話していない。
 正直、僕としてはどちらにしようかかなり迷った。むしろ今も迷っている。
 今回の羽川のストレスの原因は、一度3人で話し合うべきものの様な気もするし、
 今度三人の都合がつく日にでも打ち明けようかと思っていた。
 だから、僕にやましい気持ちは無いんだけれど。
 でも例えば、こんな複線あり得ないんだろうけれど、あの髪の長さが僕の寿命を示唆するものだったりしたら。
 つい一昨日まで腰まであったそれが、今や首筋に届くかどうかである。
 今僕の人生はどの辺りなんだろう。
 もしかしたらもう盆の窪の辺りだったりするんだろうか――。

「阿良々木君」
 自分の世界に入ってしまっていた僕を戦場ヶ原が呼び戻した。
「流石に反応待ちだったのだけれど」
「あ、ああ」
「さっきからそればっかりね。もしかしてあまりお気に召さなかった?」
 そういって毛先をいじる戦場ヶ原。
「いや、そんな事は無い。凄く似合ってるし、その……可愛いよ」
 あれ、自分の彼女に可愛いって言ったの何時以来だっけ?
「本当? どの辺りが似合ってる?」
 そういうと、戦場ヶ原はテーブルを乗り越えて僕の前に顔を突き出してくる。
「どの辺りって……」
 髪型を変えてどの辺りって言われても。
 おっかなびっくり、さっきまで戦場ヶ原が弄っていた前髪の先に触れる。
 うわっ、すっげえドキドキする。
 辺りの音がやたら五月蝿く感じられるし、視野もどんどん狭くなってきた。

 戦場ヶ原の方も僕の手を避けるどころか、目を伏せて僕に髪を突き出すようにしてくる。
「他には?」
「あとは、うなじとか」
 言いながら僕は戦場ヶ原のうなじに手を回す。
 そうしても、戦場ヶ原は無防備に目を閉じたままだ。
 ――、本当に最近の戦場ヶ原は丸くなったなぁ。
 髪型はギザギザになったけれども。
 僕はその目を閉じたままの戦場ヶ原の後頭部に手を回し、自分の顔を近づけ――
「ちょっと、阿良々木君も戦場ヶ原さんも電話にも出ないし、チャイムにも出ないけど何かあっ……」
 玄関の戸を開けた、羽川と目があった。
 え、何々どういう事?
「羽川さん、一体どうしたの?」
 珍しく動揺している戦場ヶ原。
「私が休んだ分の埋め合わせを、戦場ヶ原さんだけにさせるわけにはいかないと思って、
 二人共に連絡したけど両方共から連絡が帰ってこないから」
 そういえば、さっきから着信音やチャイムがなっていたような気がしたけど。
「へえ、ふうん。
 勉強と称して二人は普段そんな事をしてたんだ。これはちょっと、三人で相談する必要があるわね」
「ちょっと待って羽川さん、これは違うの、今日は少し浮かれていただけで……」
「全くそういう事をするなとは言わないけれど、今日は勉強をするはずだったんでしょう? 戦場ヶ原さん」
 言い訳を許さないと言った風な羽川の雰囲気に負けて、
 僕達は三人で机を囲むことになった。


 ――この後、僕達三人は3時間にも渡る『相談』、話し合いを行い。
 その協議の末、戦場ヶ原は暫くの間僕の家庭教師の資格を剥奪され、盆が終わるまでの間父方の田舎へ強制送還。
 僕はその間、羽川一人に勉強を見てもらう事になった。
 なんだか、今戦場ヶ原と長時間会えなくなるのはかなり寂しいんだけど、
 羽川の言う事は本当に尤もだったので、反論する事は出来なかった。


 こうする事によって、羽川のストレスは溜まりにくくなるのかもしれない。
 それとも、僕と一緒の時間が増えて逆にストレスが溜まってしまうかもしれない。
 でも今回は割りと羽川は自分の思いを抑えずに僕達にぶつけていたし、
 羽川自身ストレスを溜め込まないように注意しているのかもしれなかった。
 しかしだからと言って、以降ブラック羽川が現れない保障なんて全く無い。
 また、もしブラック羽川がまた現れたとしても、僕が再び原因になるとも限らない。
 それは家族の事かもしれないし、全く関係ない別の何かの可能性だって十分にあり得る。
 まあつまり箱に入れられた猫の生死と同じように、
 そんな事、蓋を開けてみないと分からないのだ。
 でも、どんな理由で再びあの化け猫が現れたとしても、僕は可能な限りその解決を手助けしようと思っている。
 僕は出来るだけ長く、羽川の友達で居続けたいから。






 おしまい。


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最終更新:2010年01月02日 08:31
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