ひたぎドランク

001

 僕が苦労してお持ち帰りをした女、いや、連れ帰った女は、もう
べろんべろんで、僕の苦労なんておかまいなしの好き放題、やりたい
放題だった。
 うーん……この酔っぱらいとも、もうかなり長い付き合いだけれど。
 ――彼女のことを知り尽くしていたと思うほど僕は思い上がっては
いなかったつもり……いや、あるいは思い上がっていたのかもしれない。
けれど、こんな状態のひたぎを見るのは初めてだった。
「こよみー、もう、寝るろ」
「普通こんなになるまで呑むか? ――大体、羽川に呑みで勝てるわけ
ないだろう……」
 久しぶりに羽川が帰国したので、みんなで呑むことになった。
 本当に楽しい時間――
 ――羽川も綺麗になってたな。
 よくわからないけれど、ちょっと目を離した隙に、いつの間にか、
ひたぎと羽川の呑み勝負になっていた。
 まわりは面白がって囃し立てるし、もう、酷いことになって……
 まあ、楽しかったから、たまには、いいか。
 ――なんてちょっと思ったけれど、僕はすぐに後悔することとなった。
この酔っぱらいを連れて帰るのは、僕が今まで体験したどんな罰ゲーム
よりキツくて……
 大体、もうまともに歩ける状態ではなかったし、おんぶしてやったら
最初は喜んでいたくせに途中からだだをこねて嫌がるし、かといって
放っておくわけにもいかないし、延々と僕に絡んでくるし。
 この、絡んでというのは、絡み酒とかそういうのではなく、物理的に。
 この女は――完全に、スタイルの良い、長い手足の使い方を間違っていた。
ていうか、外でそんなにじゃれつくなよ――
 やれやれ……。
 せっかくお洒落して、いい格好してるのにこれじゃ台無しじゃないか。
まったく――クールビューティなんて呼ばれていた頃が懐かしくなる。
あるいは深窓の令嬢なんて呼ばれていたっけ。ああ、今は令状が欲しい。
誰か逮捕してくれ、この女……
「んふふ。らって二勝したから、三勝したかったんらよ? あれ?
四勝かにゃ? 勝ち負けじゃないわね……んふ、そこのところ、どう、
おもう? こよみくん!」
「もう意味がわからねえよ! いいから顔だけでも洗って、寝ろ!」
「らからこよみは馬鹿なんら! あはは。おやすみ! ぐう」
 馬鹿の部分で格好良く、びしっと僕を指差した直後、ふにゃふにゃと
僕が用意した布団に、ぱたん! ぽふっ。と倒れこんでしまった。
「ぐうって……まあいいや。いや、よくない! ほら、服を脱いで!」
 動く気配がないので仕方なく、ひたぎの服を脱がし、無理矢理パジャマを
着せようとする。
「んっ……んんー……」
 ――何この無意味な可愛い声。
 布団の上で無抵抗な女を、しかも自分の奥さんながら美人の類を脱がせる
シチュエーションなのに……なんでこう――色気もなにもないのだろう?
 いや、それは嘘――色気がないわけじゃない。むしろありすぎる……
昔の僕なら、いや男なら誰だって、絶対に我慢なんてできない。断言できる。
 僕も随分と成長したものだ――
 って、こんなに酔っぱらってたら、どうしようもないけれど……


 つうか、この女、やりたい放題だな……パジャマ着せるのも面倒に
なってきた。とりあえず服だけは確保できたし、布団かぶせとけば大丈夫
だろ。このまま放置するか――
 うーん、化粧を落とすのも無理だな。あきらめよう。
 掛布団の上に寝転がったままなので、酔っぱらいを一旦転がして、
布団をセッティングし直す。
 風邪をひかれても困るし、毛布でも一枚追加しておくか――
「こよみ。すけべらな。ん?」
 ゆるみきった顔で僕を見つめながら、勝手なことを言うひたぎ。
口元が掛布団の下に隠れているので、ちょっとこもった声。
 つうかそれ、口紅が布団に付かないか?
「なんだよ。起きてたのかよ! じゃあ自分でやれよ!」
「いいの。すけべなこよみもすきよ?」
「それは光栄の至りだな」
「んふふ。きょうはひさしびりに二人きりなんらよ?」
 ひさしびりってなんだ。
 ――二人きりというのは、娘を実家に預けていたから。
 僕達に用事があると、すぐに親と妹達に奪われてしまう……というか、
むしろ用事を作るよう催促される。初孫だから可愛いんだろうなあ。
いや、本当に僕達は助かるけれど、ちょっと複雑な気分だったりもする。
なんだか育児放棄してるんじゃないかって気になってきたりして――
「なに無理矢理ムード出そうとしてるんだよ。そんな状態で。僕も眠いから、
すぐに寝るよ」
「なあんだ、つまんないのー。まあ、いいかあ……ほりゃほれ、こっちゃこい
こっちゃこい」
 どこか残念そうなニュアンスを見せたと思ったら、ちょうど僕一人分くらい
掛布団を持ち上げて、可愛い甘え声で手招きをするひたぎ。
 僕はすぐにでもそこに潜り込みたい衝動をなんとか押さえ、酔っぱらいを
無視して片付けをする。
「しょうがないな。もう今日はシャワーはいいや……」
 パジャマに着替えて、必要なものはハンガーに掛け、洗うものは洗い場の
カゴへ持っていき、顔を洗って、歯を磨いて……
「うう、さすがにこっちの部屋は寒いな」
 エアコンの付いてる部屋から出ると、もう、本当に寒い。長い時間
この格好で居たら凍え死ぬかもしれないくらい。
 なので、できるだけ早く、ちゃっちゃと済ませ、暖かい部屋へ戻ってくると、
僕のために開けられていた空間は閉じられていた。僕の、僕だけのお姫様は
すやすやと眠ってしまっていた。
 んー、ちょっと寂しい――
 エアコンを消し、すぐに電気も消そうとしたけれど、ちょっとだけ、
眠っている可愛い顔を見せてもらってから――
 これくらいの役得はあってもいいよね?
 そして――電気を消し、眠り姫を起こさないよう、そおっと布団に入った。
僕の身体は冷えちゃってるだろうから、暖かく、やわらかい身体には
触れないように――そおっと。
 そんな僕の気遣いを台無しにするよう、無意識に抱き付いてくるお姫様。
やっぱり僕の身体が肌に直接触れるのは冷たかったのだろう。くっついた
瞬間、ひたぎは身体をちょっとピクっとさせていた。それでもすぐに、
ぎゅーっと密着してくれる――
 ――うわ、暖かい……
 暖かくて、やわらかいひたぎに感謝をしながら僕は目を閉じた。
「おやすみ」
「んー、おやすみぃ」
 寝言かな?
 僕も、すぐ睡魔に負けてしまったので、それを確認することはできなかった。
 真冬の寒い深夜に、こんなに、こんなにも暖かくてやわらかい幸せな空間で、
誰が眠らずにいられるだろう?


002

「お、おはよう……」
「ん、おはよう。大丈夫か?」
 ――僕達は一緒に目が覚めた。妙なシンクロ。
 窓から入る光が少し柔らかい、もうすぐお昼になる時間――二人とも、
見事な寝坊をしていた。
「ご、ごめんなさい。だめかも……」
「とりあえず、水、持ってくるな? 朝ごはんは――無理そうだな。って、
もうお昼だけどな」
「ご、ごめんなさい……」
 恥ずかしそうに布団へ潜ってしまうひたぎ。顔が真っ赤になっているのが
見なくてもわかる。
 普段、きっちりとしている分、恥ずかしさも倍増なんだろう……
「実家には夕方にでも行こう。それまではゆっくりしようよ」
「ごめんなさい……」
 水を持ってきた僕は、すぐに布団へと潜り込む。お昼になっても、
やっぱり寒い。
 ついでにエアコンを付けようか、ちょっと悩んだけれど、付けなかった。
布団の中に居れば暖かいし、その方が幸せだろう。
「色々とあったから、お酒はやめようと思っていたのだけれど――
んー、頭痛が……」
 こめかみのあたりを押さえながら、ちょっと辛そうなひたぎ。
「一緒になってから本当に呑まなくなったもんな。でも、たまには
いいんじゃないか? 二日酔いするほど呑むのはどうかと思うけど」
「つ、ついね。羽川さんとはしゃいじゃって」
「お前はすぐ羽川と張り合うからなあ」
 僕は、やわらかい髪を、やさしく撫でていた。
 二日酔いのひたぎは髪も顔もひどいけれど、なんでこんなに可愛いんだろう?
「んー、張り合うのとはちょっと違うのよ。昔みたいにコンプレックスは
ないし。でも、やっぱり、どうしても、ね」
「そっか。ん、コンプレックスだったんだ?」
「それはそうよ。自分の男を取られるかどうか、ビクビクしながら過ごさなきゃ
ならないなんて……どれだけよ」
 え? 意外な話。僕は、付き合い出した頃から、ずっと尻に敷かれていた
つもりなんだけれど――
 確かに、羽川には頭が上がらないところはあった。でもなあ……
「でも僕は……」
 ひたぎは身体を密着させてきた。そしてキスで口を塞いでくる。ちょっと
お酒くさいぞ――
 でも、僕からもキスをする。ぎゅっと抱きしめて。はは、僕もお酒くさいかも――
 昔なら、暴言のひとつも飛んでいたところだろう。
「わかっていたけどね。でも、けれど、あなたの羽川さん信仰は異常だった
わよ? そんな男を前にした美少女がコンプレックスを持たないわけがない
でしょう?」
「でも僕は……そっか、ごめん」
「いいのよ。暦に対する心配はそれだけじゃなかったしね。今は私だけの
暦だから」
 気になる台詞とともに、きつく、ぎゅーっと、痛いくらいに僕を抱きしめて
くる。ちょっと怖いけれど、気持ちいい。
「ごめん」
 あれ、なんで僕はこんなに謝っているんだ。昨日のこと、文句の一つも
言ってやろうと思っていたのに。
 あれ、なんで僕はこんなに幸せで嬉しい気持ちなんだ?
 まるで、美味しいお酒を呑んだ後のように。気持ちよく酔っぱらった
ときのように。


003

「で、この話、どうオチを付けるつもりなんですかね? 忍さん」
「オチは付かないじゃろ。あの酔っぱらい共が、そこまで気にするはず
なかろう」
「それもそうですね」
「酔っぱらいはの、いつでも周りなんておかまいなしの好き放題、
やりたい放題じゃ」



おしまい



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最終更新:2010年02月01日 15:51
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