がはらレッスン

001

 八月六日。今日は、日曜日。
 ここのところ、僕は戦場ヶ原と羽川に勉強を教えてもらうという、
受験生としては……いや、そうでなくとも幸運といえるであろう毎日を
送っていた。
 二人とも学年トップクラスの成績、いや、羽川はトップクラスどころか、
本当にトップの成績だったのだから、これを幸運と言わないのなら、
何を幸運と言ったらよいのだろう。
 それは、勉強以外の色々な意味においても勿論そうなんだけれど、
まあ、そのあたりは、あまり深く突っ込まないでおこう。
 勉強を二人から同時に教えてもらう……というわけにはいかないので、
偶数日は戦場ヶ原、奇数日は羽川といった具合で分担してもらうことに
なっていた――でもこれは月曜日から土曜日までの話で、日曜日は休みの
はずなんだけど……
 それは、惰眠をむさぼっていた僕を起こした戦場ヶ原からの電話により、
急遽決まったスケジュールだった。「おはよう。お寝坊さん。ところで
今日は偶数日だから私の担当よね」「え、今日は日曜だけど」「あらあら、
嫌だというの」「そそ、そんなことないよガハラさん」「そ、それなら
いいわ。用意できたら来なさいな」――といった具合で。
 不自然な会話。ソワソワしていた戦場ヶ原。電話口でも、なんとなく
わかるくらいに。いや、ソワソワしていたのは僕もだった。
 何故なら。
 そう、それは、あれ以来初めての休日だったのだから――
 でも、折角の日曜なんだし、勉強じゃなくてもいいんじゃないか。
普通に会えばいいのに――
 それでも僕は嬉しくて嬉しくて、急いで色々と用意をし、自転車で
戦場ヶ原の部屋に向かってしまうのだった。

 ――階段を昇る。
 カンカンカンという古いアパートによくある鉄板製の階段の足音。
 戦場ヶ原の部屋は民倉荘の二階の端、二〇一号室。
 ここ以外では見ることのない錆た手すりと階段の音が、僕の中では
民倉荘のイメージになっている。即ちそれは、学校の外で彼女と会うことが
できるということを意味するわけで――僕はそれだけで嬉しい気分になって
しまう。
 戦場ヶ原は僕の足音に気付いたらしく、階段を半分くらい昇ったあたりで
扉を開け、優しい笑顔を見せてくれた。
「いらっしゃい。早かったのね、阿良々木くん」
 彼女はTシャツに長くないスカートという、この季節らしいラフな
格好だった。
 短かいわけではなく、あくまでも長くないという感じだけれど、私服は
長いスカートしか持ってないものだと思っていたから、ちょっと意外
だったりして。
 あ、でも、八九寺と出会ったときの、あの可愛い至福の瞬間を味わわせて
もらった私服は――ああ、あれはキュロットか……
 スカートの丈が少し短かくなったように――あれから彼女は少しずつ、
明るく、可愛い表情をすることが多くなった。ただ、それもまだ慣れて
ないようで、たまにはっと気付いたように恥ずかしそうな表情をする。
 恥ずかしがることないじゃないか! 別に自然なことなんだし。
 僕は正直、嬉しくてしようがなかった。
 ツンツンの戦場ヶ原も、それは魅力的(言っておくが僕はそういう
特殊な性癖は持っていない……つもり)――だけど、やっぱり女の子は
自然な方がいいと思っている。
 まあ、もっとも、あくまでも昔――というか出会った頃に比べてという
だけで、基本はツンツンの鉄仮面なんだけど。
 って、鉄仮面なんて(僕は)言ってるけれど、クールで……綺麗
なんだよな――出迎えてくれた戦場ヶ原の顔を見ながら、見つめながら、
そんなことを考えていた。
「……なによ」
「ん、なんでもないよ」

002

 彼氏彼女という関係で、休みの日に彼女の部屋に二人きり……
 ――特に何があるでもなく、当然のように僕達は勉強をしていた。
「はあ、このままじゃダメね」
 ちゃぶ台を挟んだ位置で、戦場ヶ原は言う。
「ええっ、いきなりなんだよガハラさん」
「はあ、このままじゃダメね」
「だから、何がだよ」
「阿良々木くんの全てを――脳みそから足の先まで私が管理してあげる
つもりだったのだけれど、正攻法ではダメみたいね」
「――監禁されたときのことを思い出して怖いんだけど」
「だから、今日は特別レッスンをします」
 相変わらず聞いてねぇな。人の話を……
「聞いてるわよ」
「心の声には地獄耳か!」
「ひたぎイヤーは地獄耳よ! ふふ――そうね。耳といえば、耳なし芳一
って知ってる?」
「ああ。あの、お経を全身に書いたっていう、昔話だろ」
「そうよ。こんな感じかしらね」
 戦場ヶ原はちゃぶ台の正面から、ちゃぶ台の横に移動した。少しだけ
二人の距離が詰められる。そして自分のシャツをちらっとめくってみせた。
「ちょ! ガハラさん?」
 その柔らかそうな、いや、実際に柔らかかったそこには、僕の苦手な
物理の公式が書かれていた。正確には公式が書かれたテーピングテープが
いくつも貼られていたのだけれど、それは、戦場ヶ原の綺麗な肌、余計な
ものはなにもない美しい部分にはあまりにも似合わない、ちょっと異様な
光景だった。
「本物の耳なし芳一とはちょっと違うけれど、それは勘弁して頂戴。
さすがに肌に直接というのは汚れちゃうし、何よりも……書き辛かった
のよ」
「試したのか……」
「ええ、試したわ。その後、テーピング用のテープではなくてセロハン
テープでも試したのだけどね。でも、やっぱり文房具は身体に使うものでは
ないでしょう? 私の玉のようなお肌が荒れちゃいそうで……」
 そっか、それでテーピングテープか――この女、頭がいいのか悪いのか……
付き合っている僕にも、たまにわからなくなる。
 ていうか、ガハラさん? 身体に使うものじゃないというその文房具を、
僕の身体に対しては色々と使ってくれたことは……もう、お忘れなので
しょうか――
 そんな僕の心の声を都合良く無視して、彼女は話を続ける。

「ふふ。よくあるシチュエーションじゃない? 男の子は、こんな漫画
好きでしょう?」
「いや好きだけど! ていうか夢だけど!」
 なんか変な漫画を読んだのか……濫読にも程がある! なんだか偏りすぎ
じゃないか?
「前に読んだ漫画にこんな場面があってね、阿良々木くんとやってみたく
なったというわけなのよ。ええと……タイトルは何だったかしら。
『いけない! ○○先生!』だったかしら? それとも『○○○の
プライベイトレッスン』だったかしら」
 なるほど。やっぱり。
 まあ、わかる僕も僕だけれど……いや、男なら、みんなわかるよね?
 ……よし、それなら!
「じ、じゃじゃじゃあ僕は、ガハラさんのお胸にある円錐の体積を知りたい
です! できれば手で測りたいです!」
「……阿良々木くん――頭大丈夫?」
「えっ?」
 あ、あれ? このシチュエーションはこんなノリで返すべきじゃないの?
あれ? どこか間違った?
「馬鹿じゃないの?」
 馬鹿って言われた――
 体中に耳なし芳一のごとく、テープを貼ってる女に馬鹿って言われた。
 蔑むような、まるで虫でも見るような冷たい目と声で、冷静に自分の
彼氏を罵倒する戦場ヶ原。ま、いつものことだから、いい加減慣れてきた
つもりだけれど――このシチュエーションで言われるのって、なんだか、
すごくショックだ……
「ええと……ごめん」
 謝ればいいのだろうか。そんな疑問を持ちつつ、どう対応したら良いか
悩みつつも、まずは謝っておいた。
「だって、あなた数学は得意でしょう?」
「……」
 なるほど――ええと、まあそうだけど。もう意味がわからないけれど、
ガハラさんなりのルールがあるんですね。
「じゃ、まずは物理のお勉強からね」
 何事もなかったように、話を続けだした。
 うーん、僕の発言とガハラさんの行為、どっちが馬鹿なんだろう――
 そんなことを考えながら、ガハラさんのプライベイトレッスンは始まった。

003

 ちゃぶ台の横から僕の隣へ、真横に移動してきた戦場ヶ原。
「まずは……私のかわいいおへそを隠してる公式を覚えなさい。それから――
私のことは、今からひたぎ先生と呼びなさいな」
 ひたぎ先生は、僕の目を見つめながらそう言った。
 なんだか、すごくクールな大人っぽい顔。本当に先生みたい。
 おへそのちょっと上までシャツはめくれていた。この体勢だと、スカートの
上からでも腰の悩ましいラインがよくわかる。はあ、ガハラさんの腰は
いいなあ――このくびれがなんとも……
 いやいや。今は物理の時間だ!
「わかりました! ガハラさ……いや、ひたぎ先生!」
「んふふ。いい子ね」
 よかった……今度は間違ってなかった。よし、このノリでいいんだな。
 いい笑顔で僕の頭を撫でるガハラさん。なんだろう。ちょっと――いや、
かなり嬉しいかも。
「じゃ、今覚えた公式を使ってこの問題を解いてごらんなさい?」
 もうなんだかノリノリなガハラさん。よし、今度はうまく合わせないと――
「はい! ひたぎ先生!」
「んふふ。いい子ね。正解よ」
 いい笑顔で僕の頭を撫でるガハラさん。なんだろう。ガハラさん、嬉しい
のかな?
「正解したら、もう剥がしちゃっていいわよ。んあっ――こら。ちょっと。
もっと優しく……丁寧に剥がしなさい」
 ごっ、ごめん! つい、緊張して、手が……
「次は――その上。おへそのちょっと上ね」
「はい! ひたぎ先生!」
 少しずつ、勉強を進める僕達。
 少しずつ、テープを剥がしていく。
 少しずつ、シャツをめくっていく僕。
 少しずつ、ひたぎ先生の綺麗な肌が露出してくる。
 少しずつ、扇情的な姿になってくるひたぎ先生。
 ――もはや戦場ヶ原は扇情ヶ原(このフレーズは何回使われたのだろう?
とうとう言っちゃった!)だ。
 それにしても、物理の勉強がこんなに楽しいなんて思わなかった!――厳密
には物理の勉強じゃないような気もするけれど……
「すごいじゃない。阿良々木くん。あれだけ苦手だった物理がこんなに
できているじゃない?」
「ひたぎ先生のおかげです!」
 実際、自分でも驚くくらい暗記できていた。あれだけ苦手だったのに……


135 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2010/02/06(土) 19:04:49 ID:yERGTivB
「ちょっとだけ公式を覚えてしまえば簡単でしょう? あなたの得意な
数学と重なるところも多いわけだし。それにしても――ふふ。羽川さんには
このやり方はできないでしょう」
 ちょっと自慢気な、勝ち誇ったような表情のひたぎ先生。その可愛いのに
クールな顔と、このシャツを胸の半分までめくった姿の対比が、あまりにも
悩ましい。
「ひたぎ先生。でも、僕――」
 僕は理性を保つため、必死に頭を使って公式を暗記していたのだけど、
でも、それもそろそろ限界が――
「もう少しだけ我慢なさい。今はお勉強の時間よ。さ、次はあなたの大好きな
おっぱいよ」
 そして、次々と問題を解いた僕は、とうとう先生のシャツをほとんど
めくってしまった! 戦場ヶ原のかっこいい――綺麗な胸は、かわいいブラに
守られつつも、その姿を全てをあらわにしていた!
「ああっ、ひたぎ先生! もうテープがありません! それにシャツも、
これ以上めくれません!」
「ごめんなさい阿良々木くん。ここでテープなくなっちゃったのよ」
 ――用意周到なんだか、適当でいい加減なんだか……ひたぎ先生!
僕は、もうわからないよ!
「じゃ、じゃあ、そんなわけで、このシャツは脱いじゃうわね」
 なにがじゃあなのか、何がそんなわけなのか――全くわからないけれど、
するするとシャツを脱ぎ、ちょっとだけ乱れた髪を手でかきあげる彼女。
 上半身はブラだけ。そして戦場ヶ原にしては、珍しい長くないスカート
という姿。そして――何かを言いたげな目で僕を見つめる。
「戦場ヶ原っ」
 その姿と表情に我慢できず、思わず抱き締めてしまう僕。ブラの上から
だけど、やわらかい胸が僕の身体に密着する。
「ふふ。よくここまで我慢したわね。えらい阿良々木くんにはご褒美を
あげます」
 頭を撫でながらキスをしてくる戦場ヶ原。
「ぼ、僕……僕!」
「じゃあ、最後の問題。今度は物理じゃないわね。いえ、ある意味物理
かも――このブラの外し方は覚えているかしら?」
「勿論だっ! 戦場ヶ原っ」
「――でも、お願い。阿良々木くん。優しく、よ……優しくしなさい」

004

 その後の話というか、今回のオチ。
「あの――ね。その……抱いて……って言うのが、恥ずかしかったのよ。
というか、ええと、あの……」
 僕の横で、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言うガハラさん。
「初めてのときは、その……理由があったでしょう?」
「そっか。そうだね――」
 僕は彼女の長い綺麗な髪を撫でながら、頷く。
「でも、理由なんて、いらないんじゃないかな」
 ちょっと、キザな台詞。普段だったら暴言が飛んでくるような。
「――ふふ、それもそうよね」
 柔らかな、恥ずかしそうな笑顔は、誰も知らない……いや、僕だけしか
知らない笑顔。
 僕だけのものにしておきたいけれど、やっぱり普通の女の子のように、
自然に笑えるような日が来て欲しい――
 そんなことを思いながら、僕は……いや、僕達は、幸せな時間を過ごして
いた。

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最終更新:2010年02月06日 22:07
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