『戯言遣いの非日常』2

 ふと。
 目が覚める。
 落ちていくような、
 或いは昇って行くような不思議な感覚。
 重力を感じない
 無重力のような。
「…………」
 虫の鳴き声が、どこからともなく聞こえてくる。
 真っ暗な部屋。
 静まり返った空気。
 それが、わずかに震える。
「…………っあ」
 小さな小さな、空気の震え。
「ん…………ふっ」
 徐々に頭が覚醒する。
 と共に、鼓動がどんどん早まっていく。
「…………っ、………はぁっ……」
 これは、
       これって。
   もしや、
            あれですか?
 顔が熱く火照ってくる。
 いけないとは思いつつ、ついその姿を想像してしまう。
 そしてそれだけで、昂ぶってくる自分。
「うそだろおい……」
 息を吐かずに口を動かすだけの発言。それだけですら、相手にまで声が届くのではないかと少し不安になる。
 相変わらずベッドの方からは荒い息遣いが聞こえてくる。それは心なしか少しずつ大きさを増しているようにも感じる。
 伊織ちゃん。
 ……伊織ちゃん。
 部屋中の空気が、全く違う質を帯びてきているような錯覚。
 伊織ちゃんの密な吐息が、この部屋に充満しているような。
「……ふぁあっ…………」
 五分。
 十分。
 二十分。
 伊織ちゃんの行為は終わらない。
 ぼくはその空気に酔ってしまっているのか……おかしな方向へ思考が寄っていった。
 ……伊織ちゃん、普通にかわいいよな……。
 ぼくの鼓動が更に高鳴る。
 ぼくの中の悪魔が、「行っちまえよ」と囁いている……
 ぼくの中の天使、も「行っちまえよ」と囁いている……


 …………結論は出た。


 暗闇の中、ゆっくりと体を起こす。
 衣擦れの音に、或いは気配に反応したのか、聞こえていた息遣いがぱたりと止んだ。
「…………」
 ぼくは黙って歩き出す。
 トイレへ。
「…………」
 と見せかけて、くるりと方向を変えてベッドに向かう。
 そして、そっと腰掛けた。
「……伊織ちゃん」
 声をかける。
「…………」
 しかし、沈黙を続ける伊織ちゃん。
 ……今更眠ったふりか?
「一瞬、安心したでしょ?」
 悪戯っぽく言うと、
「うにゅー……」
 布団の中にずりずりと潜っていった。
 ぼくは布団を少しめくって、伊織ちゃんの頭を撫でてあげる。
「伊織ちゃん……」
「…………」
「してみたい?」
「…………」
 沈黙する伊織ちゃんの髪を手櫛で梳きながら、ぼくはもう一度問う。
「そういうこと、してみたい?」
「……う、うなー」
 よくわからない唸り声をあげる伊織ちゃん。
 ぼくは伊織ちゃんの手を取る。
「……指先、ふやけてるね」
「…………」
「何、してたのかな……?」
 言いながらぼくはその指をくわえる。
 甘く噛んでみたり、舌で味わってみたり、しばらくそれで遊ぶ。
「…………っ!」
 ピクリと、伊織ちゃんの体が震える。

 やがて指を離すと、今度は伊織ちゃんの耳に顔を寄せる。
「……伊織ちゃん?」
 再び、ビクリと体を震わせる。
 耳たぶを唇で挟み、唾液をたっぷりとまぶすように舐める。息を吹きかけたり耳の裏側をぺろりと舐めたりするたびに、伊織ちゃんが
一々小さく反応するのが可愛い。そのまま今度は首へ、うなじや鎖骨をついばむようにキスをする。
「……はっ……あ……」
 伊織ちゃんは最早隠しようもなく声を吐いていた。
「伊織ちゃん?」
「…………」
「気持ちいい?」
「…………」
 しかし往生際悪く、まだ話しかけても答えはしない。
 ぼくは手を胸に伸ばした。
 服の中に手を入れると、下着はつけていたものの、ホックが外れたままだった。さっきの行為の途中で自ら外したのだろう。その手間
が省けて、ぼくはそのまま伊織ちゃんの胸を揉む。
「い、お、り、ちゃん?」
「…………ふぁっ……!」
 一層深いため息と共に小さく声が漏れた。
「返事してくれないの?」
 もみもみ。
「っ…………! ……あ……っ……」
 調子に乗って胸の頂をつまむ。
「やあっ…………」
 ぼくは伊織ちゃんの服をまくり上げ、胸を露出させるとそれを口に含んだ。
「きゃうっ!」
 反射的にだろうか、伊織ちゃんの両手がぼくの頭に添えられる。ぼくは構わずに舌でその小さなしこりをもてあそぶ。
「……ああっ……」
 吸ったり甘く噛んでみたりするたび、伊織ちゃんは切なげな吐息をついて身をよじらせる。
 そしてぼくは、そっと下に手を伸ばした。

 下着は膝の辺りまで下げられていた。
「……下着、汚れるもんね」
「……うにゅー……」
 伊織ちゃんは恥ずかしそうに唸りながら顔を手で覆う。なんだか、その照れた仕草が可愛かった。
「スパッツは?」
「……お風呂上りに普通履きませんよう」
 そりゃそうだ。ぼくは伊織ちゃんの頭を撫でる。
 そして、その部分にそっと手を這わせる。
「濡れてる……、ね」
「…………っ」
 伊織ちゃんは真っ赤になって顔を背ける。
 ぬふふふ、愛い奴め。
 伊織ちゃんの手をつかんでそっと下ろすと、伊織ちゃんと目が合った。
「あ…………」
「……伊織ちゃん」
「やっ……その、だから……えっと……っ!」
 しどろもどろにあたふたする伊織ちゃんの口を、口付けをして強引にふさぐ。最初は驚いたようだった伊織ちゃんも、そのうち大人し
くなる。
 唇を離すと、恍惚とした表情でぼけーっとしていた。
「……どうしたの?」
「きす…………」
「……?」
「きす、はじめてしました……」
「…………そっか」
「はい…………」
 ここまでしておいて何を今更とも思ったが、女の子にとってファーストキスというのは大きな意味があるのだろう。
 伊織ちゃんはすっかりとろけてしまったので、ぼくは黙って行為を再開する。
 人差し指と中指を唾液で濡らし、そこを撫でる。
「ふぁあっ!」
 大きく体を反らせる伊織ちゃん。そのまま指でその辺りをこするように刺激を与える。指が陰核にこすれるたびに、伊織ちゃんはびく
びくと体を震わせた。そしてぼくは、そこに指を挿れる。
 つぷ……
「ふぁ、あ、あっ……」
 中の愛液をかき出したり、指を二本挿れてみたりする。伊織ちゃんの声が、どんどん高くなっていく。
「伊織ちゃん……そろそろ挿れても、大丈夫?」
「ぁ…………」
 伊織ちゃんは不安気にぼくを見つめていたが、やがてこくりと頷いた。

 ぼくのものが、ゆっくりと伊織ちゃんに入って行く。
「あ、あああっ……!」
「……んっ……」
 十分濡れていたおかげか、初めてにも関わらず伊織ちゃんのそこはあっさりとぼくを受け入れた
 何かを突き破った感触はあったが、伊織ちゃんもそんなに痛くはなさそうだった。
 ……普通、こういうものなのかな。
「でも、少しは痛いでしょ?」
「……ちょっとだけ……」
「痛みが引くまでちょっと待ってようか」
「…………はい」
 伊織ちゃんは涙目になりながら荒い息を吐いていた。それが収まってきた辺りで、ぽつりと言った。
「その……」
「ん?」
「お兄さんは、成り行きで、したかもですけど……」
「…………」
 何かを言おうとしたが、しかし言葉にならなかった。
 その通りでした……。
「あたしは、その……別に、いいかなーなんて」
「…………」
 ごにょごにょと続ける伊織ちゃん。
「そりゃあたしも、普通の女の子みたいにずっと好きだった人に思い切って告白して、半年くらい付き合ってからクリスマスに彼の部屋
で『プレゼントはあたしよ』とか言いたかったですけど……」
「そりゃまた随分と夢のある理想だね……」
「でも、あたし、零崎ですから」
 そう言ってあはは、と笑う伊織ちゃん。
 その笑みは、何かを諦めた顔だった。

「まあ、理想とは程遠いですけど……でも、お兄さんは知り合って間もないですけど、あたしが『この人ならいいや』って思えたし。こ
ういうのって、感覚なんですよ?」
「……伊織ちゃん」
「そ、そんな顔しないで下さいよ。ほら、昨日の夜もあたし、めっちゃ誘ってたのにお兄さん乗って来なかったじゃないすか」
「え?」
 そうだったのか?
「ベッド入ってから一時間は起きて待ってたですよ……」
「そうだったのか……」
 なんてわかりにくいサインだ。
 できることなら直接言って欲しかった。
「い、言えるはずないじゃないですか」
 恥ずかしげに顔を下に向ける伊織ちゃん。
 ……そりゃそうか。
「だから、あたしはこうなっても、別に後悔してないのですよ」
 そう言って、再びあははと笑う。
 ……諦めた笑顔。
 でも、それでいいじゃないか。
 人生には、時には諦めだって必要だ。
 むしろ諦める事の方が多いかもしれない。
 でも、それは決して後ろ向きではなく、前を向いた感情でもあるのだ。
 伊織ちゃんは、強い子だった。

 問題は話しこんでいる間にぼくのものが萎えてしまったことだった。
「どうしたものか……」
「あ、それではあれをやってみましょう」
 あれって何、と訊く間もなく、伊織ちゃんはあろうことかぼくの尻の穴に指を突っ込んだ。
「い───っってぇ!」
「あっ痛かったですか? 大丈夫すか?」
「…………っ」
 答えるどころじゃなかった。普通に裂けたかと思った。
 肛門にいきなり指を突っ込まれるというのは初めてだ……。
「えっと、じゃあ、とりあえず」
 伊織ちゃんが肛門の中で指をくいっと曲げる。
 なんとも奇妙な感覚。
 ……と、急にぼくの物が元気を取り戻していった。
「……?」
「気持ちいいですか?」
「いや、気持ちよくは……」
 むしろヒリヒリする。
 しかしぼくの物は、ぼくの意思とかとは無関係に膨張していく感じだった。
「さあ、大丈夫です」
「……どこで知ったの?」
「はい、週刊誌を立ち読みしました」
「そう……」

 ムードも糞もどこへやら、だった。

「よ、っと」
「……っん……」
 伊織ちゃんとつながったままぼくはベッドに腰掛け、伊織ちゃんをぼくの上に座らせる。いわゆる背面座位というやつだ。
「伊織ちゃん、体こっち向けて」
「んっ……はい…………っ」
 これで対面座位。
 ……いや、別に詳しすぎるだなんて、そんなことないですよ? 昔ヒューストンで……って、ま、まあいっか。
 そしていよいよ行為を始める。
「あっ……」
 伊織ちゃんがぼくに抱きつくように腕を回してくる。ぼくも伊織ちゃんを強く抱きしめる。
「はあっ……あぅ、…………はっ」
「伊織ちゃん、気持ちいい?」
「んっ……あっ、……ああっ……」
 言葉にならず、こくこくと頷く伊織ちゃん。背中に回された指が、ぎゅっと肉に食い込む。
 たまらなく愛おしくなって、伊織ちゃんの頭を撫でる。きつい締め付けがぼく自身を限界に追い込んでいく。
「伊織ちゃん、そろそろ、いくよ?」
「はぁっ、はあ……ああっ」
 激しい息遣いが部屋を満たす。
 ぼくは空いた手で伊織ちゃんの陰核を軽くつまむ。
「ふあぁああっ?!」
 途端に更に締め付けを増す伊織ちゃん。
「くっ……」
「あっ、ああっ! ふああああっ!」
 どくん、と、精を吐き出す。伊織ちゃんはそのまま、くてっと、ぼくに倒れこむ。




 一週間後。
「人識くん、見つかりませんねえ……」
「……そうだね」
 ぼくは半分呆れながら言った。
 というか、この広い日本の……いや、世界の中で、そんな簡単に探し人が見つかるわけもなく。
 ましてや相手は零崎人識だ。僕達程度の力では見つかるはずがない。
「……伊織ちゃん」
 ぼくは重い口を開く。
「前から色々考えてはいたんだけど……」
 これは、なんというか、最終手段なのだ。
 しかし、こうする他どうしようもないのである。どうしようもないものはどうしようもない。
「はい、なんですか?」
「鴉の濡れ羽島って知ってる?」


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最終更新:2010年01月02日 01:50
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