「君は本当は腐女子なんじゃないのかな?」
ある日、秋葉原のドンキホーテ五階にある喫茶店に呼び出された。
そこに居た知人は、ボクが目の前に座ると間髪をおかずにそう尋ねてきた。
「ボクは男ですし、夢見る乙女をやっていませんよ」
「そりゃ夢見る乙女に対する差別発言かい?」
「…それでこんなところに呼び出して一体何のようなんですか?」
「あぁ悪い、どうも君の作る文章を見ていると一つ気になる事があって、その真偽を問いただしたかったのだよ」
彼は近くに居た店員に「いつものを2つ」と頼むと程なくして「メロンソーダ」を店員は持ってきた。
「なに、俺は心のそこからメロンソーダが好きなだけで、《害悪細菌/GrennGreenGreen》に掛けているわけではない」
そう、一人で笑いながら答えていた。
「さて君のターンだ、何か質問は有るかな?」
「じゃあ──」
と、ボクは言葉を繋ぐ。そしてぐるりと、この何の秩序もない部屋を見回した。
「──よくここに来るんですか?」
「おっと。一旦矛先を矛先を変えてきたな?成程、俺の油断を狙う─(略)─答えはシンプルだよ、単なる趣味だ。
いや、この場合は俺の趣味ではない、《一群》メンバーのMの家賊がこういった萌えというのに大変興味を持っていてね、彼とは親しくしたものだ。
なんならこの店のオーナーに君の事を紹介しようか?本来なら許されないが、特別扱いしてもらえるぞ」
「えんりょしますよ」
ボクは彼の申し出を断る。
「そうか、残念だ。」
彼は本当に残念そうだった。
「さて俺の番」
「お手柔らかにお願いしますよ」
「質問、異性に対してどのくらい興味が有る?」
「人並みに、ですね」ぼくは相変わらずのセクシャルハラスメントに耐えつつ、答える。
「当然でしょう?そんなこと」
「ふふ。そういう意味ではないよ。」彼はそんなボクの心中を知ってなのか知らずなのか、更に時代掛かった感じで言う。
「ここでかつての《作品》キャラクター、《大野加奈子》の言葉を引用する─略─」
「どんな言葉を引用するんですか?」
「ホモの嫌いな女子なんていません」そう、彼は店内で、満席状態の店内で両手を天にかかげて叫んだ。
店内は静寂に包まれ、しばらく時が止まった。
「冗談は置いといて、君は百合は読むし薔薇も読む、だけれどだからと言って男に尻の穴を掘られたいとは思わない」
「……」
「それをふまえて聞こう」
彼は直ぐには言わず、いくらか間を置いて、それから言った。
「君は──」
僕に向かって訊いた。
「────きみは──」
ぼくの脳内をじっくりと、えぐった。
「きみは西東天のことが本当は好きなんじゃないのかな?」
朝日、何時の時代も、何処の国も、魔を払うとされている聖なる光。
ただし、いかなることにも例外ということは存在する。
例えばこの世界には麻雀ルーチンが組み込まれていない脱衣麻雀ゲームが存在すると言う。
そんな物は麻雀ゲームとは呼べるはずがない、だけれどもそれはれっきとした麻雀ゲームなのだ。
その関係者はこうも言っている。「『フリテンにしかならない?』ふん、そんなことは大した問題ではない」
さて、今回における例外というのは朝日によって消滅せずに、露呈する魔の存在だ。
自分が服を着ていないこと?そんなのは問題ではない。
見覚えの無いクローゼットがあること?それも問題ではない。
ちがう、今この状況で、現れる魔というのは──
隣にいる狐が、狐面を被った誰かが──同じ布団に入っていると言うことだ。
「……」
《話術師/Spell Master》として2階に住む《抱き枕/Servant》の《暗殺者/Assassin》を呼び出すべきか考えるが、とばっちり、否、攻撃が全て自分へと向けられることが既に何度と無く体験しているのでやめる。
だとしたらやるべきことはタダ一つ、気がつかれぬ様に布団から抜け出し、台所から包丁をとりだす。
事後処理は玖渚に任せれば良い、一人死んだと言うことはあの時の半分の半分に過ぎない。それにこいつは既に死んでいるはずの人間、亡霊だ。
包丁を振り上げたところで一つの可能性に思い至る。
「もしも別人だったら、ただ狐面を被って、人の布団にもぐりこむ。ただそれだけで判断できない訳が──あるあるwwwねーよwww」
最短の軌道を、最少の動きで、最大の力をこめて、最速の速さで振り下ろす。が、そこに居るはずの狐面の男は居ない。
「もし別人でしたらどうするおつもりで?」
さっきまで誰もいなかったはずの方向から女性の声が聞こえた。
「これで七度目です、そんな可能性を考えるだけムダでしょう、木の実さん?」
「何だ、何があったんだ?」
ガタガタと暴れるクローゼット(恐らく彼女が寝てる間に仕掛けた)の方へ歩き、クローゼットを蹴る。蹴る。蹴る。そして前に倒す。
「おい、ちょっとまて俺の敵。出れねぇじゃないか。木の実、そこに居るんだろ。ちょいと起こして──」
ゲシゲシ、と更に蹴り続ける。
やばいな、今の騒ぎでアサシンが目覚めてしまうかもしれない。慌てて服を探すが見当たらない、何故?
「いーちゃんの服なら離そうとしなかったから、一緒にそこの中ですよ」
そう、彼女の指差す先はやはりあの箱。
「それと今この部屋には誰も入ってこれません、もちろん二階に居た少女も」
空間製作─狐面の男をクローゼットに保護した時に一緒に入ったらしい、だがここに崩子ちゃんが入ってこれないのは助かった。
「もっとも、気が付かれないように竹取山へ運ぶのは難儀しましたが」
空間移動だった。
「とにかく、毎回毎回布団に入ってくるのをやめてもらえませんか?」
「『やめてもらえませんか?』ふん、そんなことは──」
「一、二─」と箱を蹴る。
「三、四、五──っと、一旦ストップ」
「・・・…」
もう、反論も制止の言葉も、聞こえない。…あれ、既視感?
「耳が聞こえなくなったらどうするんだ!おい木の実」
ガン!
「木の実さんも、こんな人についていくのをやめたらどうですか?」
「耳が聞こえなくなったらどうするんだ!おい木の実」
ガン!
「木の実さんも、こんな人についていくのをやめたらどうですか?」
「それは心揺さぶられるお誘いですが、わたくしは狐さん以外に仕えるつもりは有りませんから」
それ以前に、諦めが肝心じゃなかったのかよ。
「狐さんを助けるのに手伝って頂けないでしょうか、戯言遣いさん」
「いやです、何でぼくが助けないといけないんですか!」
「仕方ないですね、力仕事は好きじゃありませんが」
と、言って倒れていたクローゼットをヒョイと片手で起こしてしまった。
そうして中からヨロヨロと出てくる狐面の男、まるでハサミ男の如く。
「最悪な目覚めだぜ、まったく。俺の敵」
「それはこっちのセリフですよ、狐さん」
「『狐さん』。ふん、もう名前で呼んでくれないんだな」
「…じゃぁ西東さん」
「俺の事を苗字で呼ぶのは敵だけだ」
「思いっきり敵じゃないですか!」
それにそれは哀川さんのセリフだし。
「さて、今日のところはコレくらいにして引き下がるとして、後の事は任せたぞ、木の実」
「はい、分かりました」と彼女が頭を下げているのに一瞥もせず、かつん!と、狐面の男は踵を鳴らして──
ぼくの脇を通り過ぎた。立ち去るつもり、らしかった。
見送る気など、更々無い──振り向く気すら、ぼくにはなかったが、しかし──
「そうそう──」
扉を開けて出る際に、狐面の男は言った。
「ベッドの下の──」
ことのついでを告げるように、気の抜けた声で。
「エロ本のことなら──」
昨日の晩飯でも報告するかのような、適当さで。
「──俺が、貰った」
「………………てめえっ!」
振り向いて、走った。狐面の男の後を追って、扉の外へ出るが、しかしもう真っ白なポルシェに乗り込んでいた。
「縁が合ったら、また会おう」
そう言って逃げるように、逃げて行った。
「…………」残されて呆然と立ち尽くすぼくと、
「♪」何事も無かったかのように後始末をする木の実さん。
もう、見慣れた光景だった。これで7度目だ、嫌でも慣れる。
自分の名誉のために言っておくなら、ベッドの下に有ったのは魔女が貸してきた春画だ。
魔女に返そうにも旅行にいっているらしく、その間崩子ちゃんの目に入らないように安直だがベッドのしたに隠していた。
ちなみにそれは歴史的にも学術的にも価値が有るらしく、「無くしたら片手じゃすまないから」と言われている。
片手…5万、じゃないだろうなぁ。
「さてと」
彼女はぼくが意識を外している間にクローゼットを分解してしまっていた。
クローゼットが今まで在った場所には不自然な空間がポッカリと空いていた。
「それでは失礼したいと思いますが、何かご用件はありますか?」
「狐さんに、もう止める様木の実さんからも言ってもらえませんか?」
「それは、狐さんの行為にわたしくしが口出しできることは出来ませんので。
ただわたくしから見ればあなたの立場が羨ましくて溜まりません、代わってあげたいくらいです」
「ぼくも代わってほしいですよ」
ジェイルオルタナティブ…、ぼくの代用品は木の実さんではなく、人間失格の零崎人識以外は存在しないらしい。
だから、小唄さんに頼んで探してもらおうとしているが、連絡が取れない。
「それでは失礼いたします」と、書き置きが机の上に置いてあった。
気が付けば既に木の実さんは居なかった。
部屋には何も残っていない、まるで何事も起きていなかったかの様に、昨日までと変わらない風景。
「ガシャン!」と窓が割れ、何かが部屋に入ってくる。
「お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない!」
息を切らせ、擦り傷を創り、誰も居ない虚空に向かってナイフを構えているのはボクのサーヴァントだった。
「あれ?お兄ちゃん魔女は一体何処へ」
「奈波ならまだ旅行から帰ってないけど?」
「違います!私を山奥に隔離した魔女です!!」
「……木の実さんならもう帰ったよ」
そうですか、と背負っていた筍を数本足元に置いて
「それではお兄ちゃん図書館へ行ってきます、息災と、友愛と、再会を」そう言って、先ほど入ってきた窓から何処かへと飛び去っていった。
そこで一回思案する、思考する、思索する。
一体ボクは何処へ向かおうとしているのか、誰の元へ行こうとしているのか、何をしに何をされようとしているのか。
主たる登場人物は殆んど登場している、残っているのと言えば玖渚機関で目下検査中の友、小唄さんに付きっ切りの真心、そして─
「らいらーい、暇だから遊びに来てやったぞ~」
そんな言葉に続けて、玄関前で爆発でも起こったかのような勢いで、青年のいる部屋の扉が一つ、内側に向いて吹っ飛んできた。
そのドアはそのまま先ほどぶち抜かれたままの窓へと衝突し、更にそのまま向こうへと抜けてしまった。
そして。
扉が吹っ飛びぽっかり開いたそこから──
一人の人間が、部屋の中に乗り込んできた。
威風堂々、それが当たり前のようにして。彼女は─『彼女』は、すらりとした─略─
『彼女』は──『彼女』は、『紅き正妻』、違う『紅き制裁』と呼ばれる。
「遊びに来たぜ──いーたん」
火炎のように紅く紅蓮の如くに赤い。
地獄そのままに緋く流血さながらに赤い。
鞭で打たれた後の如く痛々しいほどに美しく赤い。
請負人が皮肉な笑みを浮かべて。
ただ単純に、存在していた。
「おうおう、相変わらず暇そうだな、いーたん」
突然の来訪者は玄関口に立って、笑顔でつまらない挨拶をする。
「実はさ、ここに来る前に事故に出くわしてさ。駅前の交差点でさ、白いスポーツカーにのった中年が交通事故。
多いって聞いてたけど実物に遭遇するとは思わなかったな。────ほいこれ、冷蔵庫」
玄関でブーツの紐をほどきながら、手に持ったコンビニのビニール袋を投げてよこす。中にはハーゲンダッツのストロベリーが二つ。解ける前に冷蔵庫に封入しろ、という事らしい。
冷蔵庫……三日前に誰かの手によって分解と言う分解を分解され、破壊と言う破壊を破壊されてその機能を完全に停止させられていた。
「あぁ、また嫌がらせをされたのか。いやー、いーたんモテルね。羨ましいよー」
全く持って羨ましそうに見えないのは気のせいだろう──いや、羨ましいと思う奴の顔が見てみたい。
「それで今度は何のようです?また何か問題でも起きたんですか」
「はん、クソ親父がここら辺に居るって斑鳩から情報が入ってさ、一発殴ろうかと思ってそのついでにいーたんの所に寄ったわけ。
それでだ、よかったら大好きなお姉さんに何か知っていることがあれば、教えてくれないかな?」
猫撫で声を出しつつ、ぼくの顔に指を這わそうとする哀川さん。
「多分、駅前で事故ってるのが哀川さんの──」
「潤だ!」
「潤さんの探してる人だと、思いますよ」
大方、読むのに熱中して事故ッたんだろう。江戸時代において、禁忌の存在で、禁忌の伝説で、禁忌の神話で、禁忌の奇跡なヤオイ春画。……製作者の罪口ぎくるって何者だよ、おい。
「あぁ?そういや事故ってた奴見覚えのある仮面をしてると思ったら、あのクソ親父、性懲りも無く変装してたのか!」
だから、アレの何処が変装なのか小一時間(ry
そう言ってかつん!と、請負人は踵を鳴らして──
ぼくの脇を通り過ぎた。立ち去るつもり、らしかった。
止める気は無い、止まるつもりも無いだろう。ぼくは彼女を黙って見送り、彼女は黙って見送られる。
これでもうだれも残っていない。
白き人類最悪、紅き人類最強、橙なる人類最終、蒼き聖少女、主たる登場人物は居ない。
だが、何か足りない、狐さんの言うところの、運命という名の物語りに記載されている登場人物には、決定的な何かが───
そこで、思考を変える、…………寒い。
取りあえず服を着るかな。確か押入れに服が有ったはずなのに、おかしいな、何処に入れたっけな?
「…………」この前、即売会で一括購入したばかりなんだけどな。
「─── 。」おっかしいな、まさか狐さんが全部持っていったことは無いだろうし。
「─────です。」ん?何か聞こえた気がするんだけど、耳がオカシクなったかな。
「オカシイのは、あなたです」
狐さんの言う、運命という名の物語の作者が何を望むのか、その読者が何を望むのかをぼくは知らない。
知らないはずなのに、この再会はぼくにとって5年前から予想がついていたかのように明確で、十年前から知っていたかのごとく、そして生まれる前から知っていた──
確認するまでもなくとも──この目で確認したい。
腰まで届く──整った黒い髪。ダークネスの半袖、胸元をしめるようなスカーフ。ブリーツスカートに──いや、そんな、そんな図抜けた馬鹿な説明なんて要らないだろう。
けれど、
けれど、彼女は、
けれど、彼女は、死んだのだ。
このぼくの──目の前で。
最小の糸に巻かれて。かんぷなきまでに──死んだのだ。
だけど、だけど、だけど、彼女は、生前と変わらぬ黒髪をたなびかせ、あの時と同じような鋭い目つきでぼくを睨んでいる。
「私の名前は萩原子荻。私の前では悪魔だって全席指定、正々堂々手段は選ばず 真っ向から不意討ってご覧に入れましょう」
「あはは、少年。あはははははははは。あーはははは」
会うなりいきなり彼女は、ぼくに向かって大爆笑した。今更もう、それを失礼だとは思わない。季節の変わり目の一風景みたいなものだ。
「あはは。少年。メイドにやり込められたみたいだねぇ。あー、もう。おかしい。やーい。やーい。ざまーみろ」
「……どうして生きているんですか」
「今更それをあたしに訊くのかい?中々面白い番組だったよ、素直な嘘吐きくん。退屈しない人生だね、きみは。羨ましいよ」
居た、羨ましいと思う奴がここに。
「言ったろ、私が死ぬのは二年後の三月二十一日、午後三時二十三分。それが私の命日と死亡時刻ってさ。
それともその自慢の記憶力とやらで忘れたのかい?」
「…………」沈黙するしかなかった。
「変な奴が奇妙な奴がいたから身代わりをね、影武者って奴だよ、少年」
納得。あの時ひかり(またはてる子)さんが死んだと言って来たのは狐さんに生きている事が露見しないようにか。
「それでそこにいるレイヤーさんは」
「れ、レイヤーとは失礼ですね、私の名前は―――」
子荻ちゃんの口調で。
子荻ちゃんの態度で。
子荻ちゃんの物腰で。
喋る彼女は、まるっきり、萩原子荻だ。ただし、背は阿呆みたいに背が高くて、阿呆みたいに足が長くて、そして阿呆みたいに似ている。
「呼びにくいなら赤音さんで構わないよ、きみの驚いた顔が見たいからこの格好をしているだけで、今はまだ、そう名乗っている」
「それで、一体何の用ですか?隠れているならこんな所にいちゃ駄目でしょうが」
すると名もなき彼女は何かに気が付いたらしく「少年」と言って土足で部屋に入ってきた。
「ハーゲンダッツのアイスは中々おいしいから一つの私にくれ」
さっき哀川が持ってきた袋をあさって中からアイスを取り出してそんなことを言った。
ぼくは黙って首肯した。赤音さんは嬉しそうに取り出した一つ、袋に入れて袋ごと持って行ってしまった。
どうせそんな所だろうとは思っていたし。
それからして、二人は予定調和の如くアイスを食べ終えると
「それじゃ私達はこれで失礼させてもらうよ、いやいやめずらしいものをみせていただいて。眼福眼福」と名もなき彼女は意味不明な言葉を残し、
「中の上、あはははははははは。また来週会おう、息子」
と、人類最低な占い師はやはり理解不能な不吉な予言を残していなくなった。
「…………」なんだか、ねむたくなってきた。
最終更新:2010年01月02日 02:36