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佐渡狐 - 第十二回 狂言の会 大蔵流山本家三兄弟とともに 10.01.24 @川崎市麻生文化センターのパンフより

佐渡狐
SADO GITSUNE
 【あらすじ】
 越後の国のお百姓と佐渡の国のお百姓が、年貢を都まで運ぶ途中、道連れになりました。越後は今の新潟県、佐渡はそこから海を隔てた島。いわば二人はお隣同士。さて、越後のお百姓がこんなことを言いました。「佐渡は遠く離れた島国だから、いろいろ不自由なことも多いでしょうね」。その言葉にカチンときた佐渡のお百姓、「よその国にあって佐渡にないものなど一つもありませんよ」と答えます。さらに「佐渡に狐はいないよね」と越後のお百姓が言えば、「狐なんてたくさんいるよ」と佐渡のお百姓。二人とも引っ込みが付かなくなりました。
 結局、二人は腰に差している刀を賭けて、年貢を納める都のお役人に判断をしてもらおうということになったのですが…

 【解 説】
 中世では「百姓」という言葉は、農民、商人、職人、漁民、山人など多様な職業人をさす言葉でした。なおかつ、農民ならば自分で田畑と屋敷を持ち、年貢の納入責任を持っている人とされています。この曲に登場する百姓はたった二人ですが、実際にはそれぞれ人足を指揮し馬や荷車、船などで年貢を都まで運ぶ責任者だったと考えてよいでしょう。お互いが「お百姓」と敬称で呼び合い、腰に刀を差しているのも、彼らがただの農民ではないことを示しています。二人が着ている装束は掛素襖(かけずおう)。都の役所で年貢納入という公的な役目を行うための正装となっています。
 さてせっかく旅の道連れとなった二人が、ちょっとしたお国自慢のために仲たがいをしてしまいました。自慢したい、人から馬鹿にされたくないという誰にでもある気分が、賄賂を使ってでも賭けに勝ちたいと思うところまで佐渡のお百姓を追い込んでいきましたが、こんな話、今でも私たちの周りにたくさんありそうですね。











最終更新:2010年01月29日 01:33
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