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<<30枚の銀貨>>


  我らの手に握るは銀貨30枚。

  銀貨30枚が如何なる値段か、俺は知っている。
  ガキの頃にたいそう不思議で、調べたことがある。
  イスカリオテのユダは、金に目がくらんだか。

  たかだか、人足一人分。
  たかだか、給料一ヶ月。

  ユダが課された仕事は、一行の会計係。
  おそらく上と下から、大量の我が侭が舞い込んできたことだろうな。
  そう。
  今俺が座する、13課と同じように。
  俺が毎度迷惑をかけている、お前のように。
  小言を言いながら、毎日文書に埋まっているのだろうな。

  そう思うとなんだかほほえましくなって、俺は小さく笑った。

  会計係が、通貨の価値を知らぬはずがない。
  ユダはその値段がいくらなのかを知っていて、神の子を売り飛ばしたのだ。
  その程度の金額で、大事な恩師を敵に売り飛ばすか。
  可愛さあまって憎さ――と言うやつだろうか。

  俺なら。
  俺ならどうするだろう。

  自問自答しても答えは出ない。
  同じ立ち位置にいる訳ではないのだ、それは仕方がない。
  だが。
  手に入らぬほどの高嶺の花だったのなら、
  飽くまで眺めても決して手に入らぬ、檻の中の鳥だったのなら、
  いっそ我が手で終わりを告げる    だろうか。

  抱きしめても、抱き締めきれない人がいて、
  あたためても、あたためきれない人がいて、
  満たしても、満たしきれない人がいて、
  もしもその人が苦しんでいるのだとしたら。

  やはり俺はユダと同じように、はした金でお前を売り飛ばすだろうか。
  お前に安けさを与えるために、
  お前に笑みを与えるために、
  俺が、俺自身の腕でおこなえる最後の一振りで、
  お前に引導を渡すだろうか。

  同志を売り飛ばしたユダは、きっと天国へは永久にいけない。
  自ら首をくくったユダは、きっと天国へは永久にいけない。
  俺もまた、どこかその辺りをさ迷ったままで、
  ああそうだ、お前はきれいだ。
  とても、とても、きれいだ。
  お前だけ、さっさと天へと召されてしまうのだろうな。

  残るものは罪悪感。
  祈祷所に投げ込んだ後悔は、どこへも行き場がない。

 「何を考えているんだ?アンデルセン」
  透き通る哀しい顔をして、お前が薄く微笑む。
 「何でもありませんよ、マクスウェル」
  昏い考えを読まれないように、俺は曖昧に首を振る。
  そうか、
  そう言ってお前はまた机の上に目を戻した。
  こなす仕事はいくらでもあるのだ。
  無造作に束ねた金糸が、まるで光に濡れたようで、俺は思わず目を細める。
  腕を伸ばして、握りつぶしてしまおうか。

  俺の内奥から、ひそやかな声がする。

  我が手に握るは銀貨30枚。


あなた、なのか、お前、なのか。神父の司教への呼び方に毎度悩みます。
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最終更新:2008年05月25日 22:34