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一体どうなっちゃっているのか――とか、
とにかく言っている意味が判らないから説明してよ――とか、
言いたいことは、ハチきれそうなほどたくさんあったけど、ひとまず、ハルアをお風呂に押し込むことで、ボクは自分の気持ちを整理しなおした。
家に上げたハルアは、あんまりにも、メタメタな格好をしていたからだ。
追われているときに(ハルアの「俺はやっていない」発言が本当なら、「追われている」って表現もなんだかおかしい、けど)、あちこち引っ掛けたのか、お高そうな生地でできた服はカギザギがたくさんで、見られたものじゃないし、藪の中でも這ったような、引っかき傷がたくさんあるし。
消毒するにも、とえいあえずきれいにしなくちゃ消毒できないしね。
本当は、シラスの「やっつけ便利魔法(:ボク命名)」で、ボクの傷を治してくれたときみたいに、ささっと治してくれるのが一番なんだろうけど、どう頼んだって、シラスがハルアのキズを治してくれるとは考えにくい。
いや別に、ハルア限定――ってワケじゃあないな、この場合。
好き好んで「他人」で、しかも「男」のキズを、シラスが無条件で治してくれるとはボクには到底思えなかったし、なんだかんだ条件出されちゃうとまーた
「喰う」の「喰わない」の話になるから、ボクとしちゃあ出来れば避けたかったし。
いざ本当に命に関わるキズだったら、多分……、きっと……、おそらく……、シラスが治してくれ……
……ないかもしれないなぁ。
ヘソ曲がりなヤツなんである。
ううむ。
憧れの魔法介護士である、斜向かいのミヨちゃん呼ぼうか、とも一瞬思ったけど、夜も遅いし、小さい頃の遊び仲間で顔見知りとは言え、ハルアのこの姿を、あんまり一目に見せないほうがいいんじゃないか――とも思って、ボクはミヨちゃんを呼ぶのはやめた。
まあ、ボクの目から見ても、ハルアの身体はそうひどい状態ではなかったから、ボクなりの手当てでもきっと、いけるだろう。
ハルアが転がり込んだ、窓下辺りの泥と血で汚れた床を雑巾でふき取りながら、どうしたもんかと溜息をついたところに、ハルアが悄然と浴室から出てくる。
腰にタオル一枚な姿は、普通のお年頃の女の子なら
「きゃあ!」とか
「はれんち!」って騒ぐのかもしれないけど、
あいにくシラスで見慣れているボクは、何の感慨もない。
強いて言えば、「寒くはないかな。風邪ひかないかな」程度のものだ。
「お茶……飲む?」
「飲む」
顔色を伺いながらボクが訊ねると、心配していたよりもしっかりした声で、ハルアが答えた。
席に陣取って、黙ってワイングラスを傾けてる呑んべぇの分も、ついでに淹れてやる。
「どうぞ」
「ああ……、ありがとう」
濡れてひとつにまとめた髪から、ぱたぱたと滴が滴って、受け取ったハルアが少しだけ笑う。
「濡らしちまうな」
「気にしないでいいよ。後で拭くから。……で。それよりもどうしたの」
なるべく落ち着いた声で聞くと、笑いを収めたハルアが首を静かに振った。
「風呂に入りながらいろいろ考えてみたんだが。やっぱり判らないんだ」
「……『王さまが、暗殺されかけた』。そうオジさんたちは言っていたよね」
「ああ。それは間違っていない」
「……『ハルメリア大司祭がやった』、って」
警備兵のオジさんの言葉を反芻して、ボクは言う。
ハルアがやったの、だなんてとてもじゃないけど聞けなかった。
聞いたハルアが顔をしかめて否定する。
「馬鹿な。俺が親父を手にかける?どうして」
「さっき、お風呂はいる前に言った言葉。どういう意味なの」
俺じゃないのに俺がやったんだ、だとか何とか。
そう、ハルアは言っていた気がする
「つまりだな――……」
そうして、ハルアはハルアなりの解釈を交えた、一部始終を語ってくれた。
聞いたボクなりにまとめると、こういうことになる。
ボクが神殿から帰ってしばらくして、一月後に迫った夏の大祭に向けての打ち合わせで、ハルアは王城の式典係の面々と会う約束をしていたんだそうだ。
場所は、王城の一室。
表向きは勘当されたとは言え、まだまだ幼い次期国王継承者の弟くんよりも、
ちゃらんぽらんながら、神殿で大司祭として勤めを果たしているハルアに向ける王城の期待は、それなりに大きいものがある……みたいだ。
で。
打ち合わせも滞りなく終わり、王城へ出向いたついでに、勘当宣言を告げちゃった王さまはともかく、義母の王妃さまや、弟、妹にちょこっと顔を見せてから、神殿へ帰ろうと、ハルアはそう思ったらしい。
案内がなくたって、勝手知ったる元我が家。
先に弟妹のところへ顔を出して、その後に向かった王妃さまの私室に向かう廊下。
なんだか判らないけど、イヤな気配がしたそうだ。
「はっきり何なのか、俺にはわからない」
ハルアはボクにそう言った。
でもほら、たまにうす暗がりを歩いていると感じる、「あ、なんか今イヤな感じ。早く帰ろう」みたいな、そう言うもんだとボクは納得することにした。
霊感だとか霊媒?の能力はあいにくボクには皆無なので(……と言うよりゾンビとホネで手一杯ですこれ以上出てくるのは勘弁してください)、それでも判る気配、と言うものはある。
ゴソゴソと、音がした。
すっかり日も落ちて、廊下のところどころに燈されたランプ以外は光源のないそこに、ハルアはワケの判らない黒い塊を見たそうだ。
最初、影かと思ったらしい。
ランプに照らされた、自分の影なんじゃないかと。
だけど、それにしてはやたらはっきりとその黒い塊は動くし、
そもそもランプを背にした自分の影が、足元にしっかりとあることに気付いたハルアは、思わず黒い塊に近付いたらしい。
影じゃないとすれば、次に考えられるのは人間――と言うことになる。
それも、二種類の。
ひとつは、何かの用事、もしくは不意に気分が悪くなって、城の誰かが柱の影にしゃがみこんだ場合。
ふたつめは、城に住んでいる以外の誰かが、不埒なことを考えて城に侵入していた場合。
いくら1000年戦乱のない、太平の世の中とは言え、王太子と言う、危うい地位の上で過ごした経験のあるハルアは、さすがに世の中の人間全部が善人ってワケじゃないことを知っていたから。
ひとつめならともかく、二つ目の理由だった場合、王妃狙いというコトも考えられる。
人をあやめることで、何かが変わると期待する人間もいるんだ、とどこか達観した口調でハルアはボクに言った。
そうして、
廊下に飾られていたレプリカの剣を手に取りながら、その影に近付く。
研がれて刃は付いていないとは言え、オドシぐらいにはなるだろう、そう思ったそうだ。
「誰か」。
言ってずいと近付いたハルアは、そのままぎょっとする。
目の前に立ち上がった黒い塊は、別に柱の影にいたから黒く見えていたわけではなく、そのまま真っ黒な人型――だった。
凹凸のないのっぺりとした顔。
同じように、やわらかいのやら固いのやらさっぱり質感のつかめない、四肢。
「お……前、は」
なんだ。
思わず後ずさったハルアの前で、ゆらゆらとその黒い塊は形を変える。
ぼんやりと人の形を成していたモノから、
徐々に指が生えそろい、
細やかな髪が生え、
やがて目鼻立ちがはっきりと整う。
「鏡を見ているようだった」
そのときの様子をハルアは言う。
黒い塊だったモノは、いつのまにかハルアと瓜二つ、どこを比べてもそっくりな形になって、ハルアの前に立っていた。
ひとつだけ違うのは、驚いて引き攣ったハルアとは対照的に、その元黒い塊のハルアにそっくりさんは、ニヤニヤと笑っていたというコトだ。
「ジ・キ・コクオ・ウ」
そいつは不意に口を利く。
「ジキ・コクオウ・ハ・俺ノ・モノダ」
「お……前は……なんだ?」
「俺ハ・オウ・タイ・シ・ハルメリ・ア」
「お前は――なんだ?」
人間にしろ、人間でない別の生き物にしろ、穏やかな分類ではないと判断したハルアは、剣を低く構え、戦う姿勢を示しかけたところで、
「殺ス」
「え?」
そいつの発した言葉に動揺する。
「殺ス・コロス・コロス!」
そうして、げたげたと笑いながら、そいつは急に方向転換して駆け出し始める。
王妃の部屋へ向かうのではないかと、先読んだハルアは、まるで真逆の方向へ向かったそいつへの対応に一瞬だけ、遅れた。
「待……てッ」
力任せに投げつけた剣も、そいつを逸れて壁へと突き刺さり、不快な高笑いを発しながら、ハルアの形をしたそいつは真っ直ぐに、国王の執務室に飛び込んだ。
途端に上がる、苦痛の声。
いくつか上がるその中に、聞き覚えのある父親の声を聞きとり、心臓をわしづかみにされる恐怖を覚えて、ハルアは死に物狂いで執務室へ駆け込む、
そして。
「警護していた数人や侍従は即死――だった。親父も血だらけで机の上に伏していて……、俺の顔をした”アイツ”だけが、気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、どろどろと溶けていく……いや、黒い塊に戻る、とでも言うのか?よく判らないが、消えていく最中だった」
「……」
「声を聞きつけた辺りの人間が、次々に執務室へ駆け込んで、倒れた侍従たちと親父と――俺を、見た」
「……」
「累々と横たわる王城の人間と、唯一無傷で部屋に立っている、王城を追放された俺と」
「……」
言ってハルアは再び頭を抱える。
「辺りはえらい騒ぎになり――言い訳は一切効かなかった。悲鳴と怒号。部屋から逃れようとするものと、部屋に入って俺を捕まえようとするものと」
俺は、無我夢中で逃げ出したんだ。
抱えた中からハルアは言った。
「あのさ。抵抗しないで、その場に残って。たとえその時は捕まっちゃったとしても、きっと落ち着いたら、ハルアの話を聞いてくれる人の一人や二人、いるわけでしょ?」
いくら破天荒な王子だからって、ハルアの深層を理解してる人間は、きっと城にもいる。
ボクの疑問に、
「ああ」
ハルアが短く頷いた。
「逃げたらますます、コトが大きくなるじゃないか。……誤解を解こうとは……思わなかったの?」
今さら、
違います。
と言ったところで聞いてくれるとはボクにも思えない。
「真相を知っているのは俺一人で。城のものが犯人だと判断した俺を、捕まえちまったら、きっと安心して警護を緩めるだろう?」
「それは、そう……かもしれないけど」
言われてそれもそうだと、ボクは頷く。
「次に狙われるのは、義母上か、弟妹か。……いずれにせよ”アイツ”の目的が何なのか判らない限り、無駄に家族を危険にさらす手はない。俺が逃げ回っている限り、警護の手は緩まないだろう?」
「まったく」
本当に家族思いのイイヤツめ。
ついつい、テーブル越しに俯いた頭をわしゃわしゃとかき混ぜたくなり、だけど、タオル一枚の男にそれもどうかと、さすがにボクは思いとどまる。
自分の立場がどうなるのはさておき、追い詰められた状況で、考え得る最有効な手段を必死に考えて、ひとり、逃げたに違いないのだ。
もし、捕まってしまったら、二度と言い訳が聞かないのも承知の上で。
「”――”だな」
「え?」
思わず、その存在を忘れかけてしまうほどおとなしくグラスを呷っていたシラスが、不意にぼそ、と何か言った。
「なに?」
ボクの耳に、シラスの発音は聞き取れない。
「ああ……そうだな。『こっちの』発音で言うと、”アドグ”と言ったトコロか」
聞き返すと、面倒くさそうに宙を睨んだシラスは、しばらく考えてそう言った。
「……あど、ぐ」
「それが……あの塊の名なのか?」
繰り返したボクの声に被せて、ハルアが身を乗り出して訊ねる。
「まあ、そう言ったところだ」
付き合いの長いハルアは、もちろんボクのうちに何度も遊びに来ているわけで、それとなく、シラスが「人間じゃない」ことも、知っている。
「人間では、ないんだろう?」
「魔物だな」
「……魔物、か」
ふうむ、と深刻そうな顔でハルアが繰り返す。
「知能はそう高くない。喧騒を嫌う種類だから、本来なら深山幽谷あたりにチラホラといる程度で……、たまーに、サーカスの見世物代わりに飼われていたりもするが、まあ、かなり珍しい部類だろうな」
さすが歩く百科事典。
感心しかけたボクの耳に、
「王城へ侵入したというのは……どう受け取ればいい」
相変わらず真剣なハルアの声が飛び込む。
「えらく大人しいタイプの魔物ではあるから、自分の意思で国王暗殺を企てたとは考えにくいな。……つうより、魔物の思考で暗殺を思いつくとは思えねぇ。誰かが仕組んだと、考えるのが一番妥当なんじゃねぇか」
「……魔物の思考、と言うのは」
「魔物は、人間サマの都合では生きていないってコトさ」
「個人主義、てコト?」
「そうだ」
ボクが口を挟むと、シラスは頷いてよこした。
「基本、人間が何をしようと、俺らには一切関係がない。関係がないというより――興味がないんだな。ウザけりゃその場から離れるし、気にならなけりゃそのまま居座るし。まあ、その程度のことだ」
その姿勢は、なんとなく、普段シラスから感じることではある。
「大陸の地図の形が変わろうが、治めている国王の名前が変わろうが、対象外。そう言ったものを気にするのは――人間同士だけ、だろ」
「……裏で糸を引いているヤツがいるってことか……」
突き放したような言い方に、ハルアの顔に苦渋の色が浮かぶ。
勘当されようと、天下り的に神殿にすっ飛ばされようと、根っからの「第一王子」なんだなぁと、ボクは思わず感心した。
「姿が変わるのはどういうわけだ」
「アドグはな。擬態が得意なんだ」
「ぎたい?」
またまた口を挟んだボクに、シラスが視線をずらす。
「前に。バブーンのときにチョコっと説明したろ?」
「あー……えーと。血の色が変わるとか、そう言う話だっけ」
話を振られて、ボクは眉間にシワを寄せて考え込んだ。
記憶があやふやで、実はあまり覚えていない。
と言うよりもあのときは、シラスがいっぱい血を出してびっくりしたのと、消えてなくなったらどうしよう、と思ったのと、そっちの方に意識が行って、説明はいまひとつ、判っていなかった……ような気がする。
「はい、レイディ君復習」
「……えーと。一口に魔物と言っても、魔物と魔獣は違くって。えーと。魔獣なんかは、あんまり野生の動物と変わらない」
「そうそう」
「で。えーと。一般に”魔物”と呼ばれるほうの、獣よりもうちょっと賢い中にもランクがあって、そのランクが上のほうに行くにつれて、確か姿かたちが自在に変えられる……とか。そう言う話だった……かな」
「よくできました」
よしよしと伸ばした手のひらで、シラスはボクの頭を撫ぜた。
「ば、馬鹿にするなってば」
慌てて払いのけてボクは否定してやる。
「木を隠すには森の中。アドグが隠れるにはその土地に適した――大体は、動物なんかが多いんだが――人間が多いなら、人間にだって化けるだろうさ」
「何が、目的なんだ」
「そればっかりは、裏の黒幕フン捕まえねぇと判らねぇんじゃあないか?」
そうだな。
頷いて再びハルアが考え込む。
「心当たりは――あるのか?」
「あるにはあるんだが……いまひとつ、確証がない」
「そうか」
そう言って軽く頷いたシラスは、急に顔を上げると、
「まあ、今晩はここに泊まって、明日からの宿を探すといい」
えらく突き放した口調で、言った。
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「な……なんてこと言うんだよッ?」
驚いたボクが、当然抗議の声を上げると、
「大司祭サマにも判っているだろうさ」
ボクを見下ろしたシラスの視線は、いつになく冷たい。
「俺は今回、深入りするつもりはない。レイディ――キミもだ」
「シラスッ」
「言っておくけどな。キミ、ちょっとは冷静に考えたほうがいい。――国王の安否は不明。下手人と思われている大司祭は街に逃げ込んで行方不明。王都カスターッズグラッドは、いつになく警護の目が厳しくなるだろう」
「そ、そんなの」
「『判っている』とでも言いたいのか?キミ、大司祭を匿ったことがバレたら、一体どうなるか考えてるか?」
畳み掛けるシラスの言葉に、ボクはかっと頭に血が上る。
「なんだよ!そんな打算で生きてるわけじゃあないだろ?!ハルアはボクの、大事な友達なんだよ!」
「大事な友達の一大事に、キミが一生懸命になっている姿は可愛いと思うが、それとこれとは話が別だ」
「それもこれも、ボクにとっては一緒の話だ!」
「レイディ」
あのな。
カタン、とシラスは椅子から立ち上がり、
「一生、牢暮らしがしたいか?」
「な――」
淡々とした物言いに、ボクは思わず絶句する。
「腐りかけたコッペパンと、ウジの湧いたスープを啜って、生き延びるか?」
「――」
「キミの好きなお日様も二度と拝めないような、暗く冷えた地下牢で、痩せ衰え。慢性的な飢えと寒さで流行り病にでもかかって、コロっといきたいのか?」
言っていることは、まるで突き放し口調なのに、シラスの瞳は真剣だった。
「バレたらどうなるか考えてみたか?大勢に囲まれ、剣だの槍だのを突きつけられて、城に行くまで街中を引き回されて。キミのなりたい魔法介護士の夢も、僧侶のタマゴの仕事も、ぜーんぶパア、だ」
「――」
「キミが大司祭に手を貸すというコトは、それだけのリスクを負うというコトだ。言い出したら聞かないキミのことだから、キミはそれでもイイ、とかなんとか言うのかもしれないけどな。俺は」
俺はキミがそんな目に遭うのはごめんだ。
あまりに静かにシラスが言うので、ボクは一瞬どう反論したらいいのか判らなくなって、
「でも――だって――だって――」
ああ。
シラスの言っていることに間違いはないんだろう。
シラスがボクのことを考えて、そう言ってくれているのも判る。
だけど。
言い返せない悔しさで、なんだか涙が滲む。
「……シラスの言うことが正しいと、俺も思う」
しばらくして。
気まずい沈黙の中、黙りこくっていたハルアが、ぽつ、と口を開いた。
「ハル……ア」
「後先考えずに、何故か手を借りれるような気がして、この家に飛び込んじまったが。さっき、風呂に入りながら考え直したんだ。見返りもなしに、手を貸してくれ――だなんて、都合が良すぎるよなあ」
「そ……」
そんなことない、と喚きたかった。
だって、友達でしょう。
お金だのお菓子だの。そんなのなくても、一緒にいるだけで幸せ、それが友達でしょう?
だけど。
シラスの言葉に舌が麻痺したようで、上手くしゃべれない。
違う。
シラスが、ボクのことを心配してくれているのが判ってしまったから、無下に否定が出来なくなってしまったんだ。
ちがう、ちがう、と小さく呟いてボクは俯く。
涙がこぼれそうだった。
「――シラス。だから、頼みがある。見返りがあるなら、手を貸してくれるか」
ニィ、と口端を吊り上げてハルアが笑った。
「ふん」
ほんの少し、興味を惹かれたようにシラスがハルアに顔を向ける。
ハルアと似た笑みを、シラスも浮かべていた。
「面白い条件提示だな。そう来るとは思わなかった」
どんな見返りを思いついたんだ?
立ち上がった椅子にもう一度腰掛けながら、シラスが訊ねる。
「金も力も名声も、俺ァ欲しくはねぇぞ、『王子サマ』」
「……今度の大祭の前夜祭のコトは、レイディから聞いたか?」
「前夜祭?」
怪訝な顔でシラスがボクへ振り向くのを、
「説明しようとしたら、ハルアが来ちゃったんだよ」
場の流れが飲み込めないボクは、とりあえず脱力しながら応えた。
無理だ。
シラスが、ボク以外の命令を聞くとは思えないし、
さっきの言い分を聞いてしまったら、ボクには無理矢理、力尽くでシラスに命令を聞かせるなんてできっこない。
「実はだな。いろいろあって、前夜祭の舞代役に、レイディが抜擢されたんだ」
「ふむ」
「夏の大祭まで、もうあとひと月を切っている。……このままじゃ、前夜祭どころか、大祭自体もツブれちまうだろうな」
困ったなあ。
まるで困った様子のないハルアに、黙り込んでいたシラスが、
「舞と言うのはあの――奉納の舞、か?」
「そう。衣装も貸し出し済みだ」
低い声で訊ねると、得たりと言うようにハルアが頷いた。
「……衣装か」
「そう、あの衣装だ」
「……」
「……」
な……なんのことだろう。
「衣装」って、あの袋に入ってた可愛いヤツのことだよね?
何を言い合っているのか、ボクにはさっぱり判らない。
そもそも、「ボクが踊るから」程度の理由で、シラスがハルアに手を貸しそうに思えない。
「見たくはないか?」
「……否定はしないな」
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
だのに不意に二人、顔を合わせて、なにやら企んだ顔でうんうんと頷きあい――含み笑いをしている。
気味が悪い。
「あ、あの……シラス?ハルア?」
さすがに声をかけないとダメなような気がして、おずおずとボクが二人へ向かってそう言うと、
「――せっかくの、レイディの晴れ舞台をツブす手はない。そうだよな?」
ざっと音がしそうな勢いで、シラスが立ち上がる。
「そうだ!それには下手人を捕まえて、事件を解決しないとな!」
握りこぶしを作って、あからさまに力説したハルアも続いて立ち上がった。
……。
絶対、
絶対怪しい。
ジト目で眺めるボクを尻目に、突然に意気投合した二人は、
肩を組みながらなにやら、今後の相談を始めた。
「……」
なに、この疎外感。
熱くなって一人で泣いたのがまるで……まるで馬鹿みたいじゃないか。
ちょっとでも、シラスがいいヤツだ――だなんて見直して、損をした。
すごく悔しかったので、とりあえず、
「馬鹿ッ」
手近にあった台布巾を、シラスの後頭部へ向けて投げつけて、ボクは一人で、すっかり冷えた夕ご飯の続きを再開したのだった。
最終更新:2011年07月28日 07:32