「――おやすみ?」
「ああ、はい、おやすみ……ってなんだよ、その布団めくりあげてポンポン、つーのは」
「ダイン卿に注意されてね」
「……オッサンが?なんて?」
「あからさまに不審な顔をするのだね」
「そりゃアンタ、日頃の行い胸に手を当てて考えてみろよ……」
「何も思いつかないが」
「……ですよね。で、オッサンが何てアンタに悪知恵入れたんだ」
「悪知恵限定か」
「良い予感が9割方しねェもんよ」
「お前に部屋も与えず、床に転がしておくのは飼い主としてどうなのかと」
「部屋はともかく小っさいのでいいから寝台を一つ拵えてもらえると助かるかな、オレは」
「だから、――おやすみ?」
「……」
「……」
「……………………頭の中で曲解と深読みを、三遍ほどしてみたらアンタの思考が、理解できたような気がした」
「ほう」
「ダインのオッサンにそう言われたアンタは大変に反省し、でもって何故か自分の隣で寝ることをオレに提案してるわけだよな」
「おおむね、間違っていない」
「……あのな。オレが寝ると思ってアンタそういう事してんの?」
「寝たくないかな」
「直球で聞くなよ。思いっきり寝たくないに決まってんだろ」
「直球で打ち返すとはすばらしいね」
「……アンタに遠回し表現使ったって、都合のいいように解釈するだろうが!」
「よくよく嫌われたものだ」
「判ってんなら聞くな……ってその手にしている縄は何だよ」
「縛ろうかと」
「……あえて聞いてやるけど、誰を」
「お前以外に誰かいるかな」
「なんで縛るんだよ!」
「言うことを聞かないのならば実力行使に出るしかないだろう」
「アンタね。横に寝るのを最大限嫌がってるオレに、そういう事したらますます嫌がられるとか、そういうアタマ、ない訳」
「何、少し拘束するだけなのだよ」
「縛るに沢山も少しもねェ!」
「拘束は好みではない」
「当たり前だろ。何考えてんだアンタ」
「では、大人しく横に来て寝なさい」
「イヤだっつってんだろ」
「縛るよ」
「なんでそんなに究極の二択なんだよ!」
「何をそんなに嫌がるのかが理解出来ぬ」
「なんでそんなに強引なのかのほうがオレには理解できねェよ」
「――取って食うと言う訳でもあるまいし」
「ほぼ似たような状況じゃねェか」
「またお前が体調を崩しても困る。来なさい」
「……」
「……」
「…………はぁ。判ったよ。寝ればいいんだろ寝れば」
「観念したかな」
「縛られて転がされるよりか、幾分マシだろ……ってだからって寄ってくんなよ!何もしないと言った口で抱き枕にすんな!ベッド広いじゃねぇかあっち行けよ!」
「――お前はあたたかいね」
「アンタが冷たすぎんだろ!話逸らしてんなよああもう!……すげェ冷てェし」
「冷たいかな」
「氷みたいじゃねェか。ほら……手貸せ」
「手?」
「あっためてやるって言ってんの」
「――あたたかいね」
「今だけだからな。あったまったら向こう行けよ」
「お前は――」
「あ?」
「こうして誰かと共寝することに慣れているのかな」
「……慣れてるって言うか……、昔は姉ちゃんとくっついて寝てたぜ。隙間風は吹くし、雨漏りはするし、上掛けはペラい毛織物一枚だし。くっついてないと寝てられなかったって方が正しいけどな」
「寒かった――?」
「……そうだな……すげぇ寒かったな。家つったって戸板の間から雪が入ってきたりして、朝になると枕元に積もったりしてたしな。寒かったし、ひもじいことが多かったけど、でもなんかくっついてるだけであったかかったな」
「――」
「寝ちまえば、取りあえず腹減ってても忘れるしな」
「幸せだった――」
「……かもしれねェなァ」
「――」
「……。なに」
「うん?」
「人の顔、アナ空きそうなほどじっと見て、なに?」
「いや――」
「……?」
「泣きそうな顔をしている」
「オレが?」
「涙を零れる寸前に湛えて笑うのは、とても良い手だ」
「え?……あれ」
「時折見せる――、お前の傷ついた目は何かな」
「は?オレ?」
「その傷は癒えぬものなのだろうか」
「……皇帝?」
「――お前を悲しませるものは何なのかな」
「何にもねぇよ。……強いて言えば今のこの究極の状況じゃねェか」
「そう」
「……ておい。そこは華麗に無視かよ。人を抱えたまま寝るなよ」
「あたたかいだろう」
「いや。確かにあったけぇよ。あったけぇけどそういう事じゃなくて」
「あたたかさを、幸せと思い違えることができるかもしれぬよ?」
「……どういう理屈だよ」
「おやすみ」
「……アンタほんっとに人の話聞いてないのな」
「――おやすみ?」
「……おやすみ。」
(20101231)
最終更新:2011年07月28日 07:07