秋雨のような人だと思った。
ふわふわとしていて、ひやりと冷たく、次の瞬間にもすうと何かにとけて消えてしまいそうな。
時雨のように激しい物ではなく、朝露のようにひそやかな物でもなく、霧と呼ぶほど覚束ない物ではなくて、だからやはり、秋雨のような人だとチャトラは思った。
「鬱陶しいとこもそっくりだよな。洗濯物はかわかねーし。外では遊べねーし。憲兵は濡れて風邪引くし。ろくなもんじゃねぇよ」
もう一週間、一向に晴れ間を見せない秋の曇天を恨みがましそうに見上げ、チャトラはだらしなく窓辺に寄りかかった。
「詩的であると……思ったのだがね」
「何が?」
下唇を突き出したまま振り向くと、先ほど秋雨に例えた男が長椅子に寝そべったまま本の頁をひらりと捲る。
皇帝である。
目は文面を追ってはいなかった。ちりばめられた言葉を齧って頁を繰るだけの手遊びだ。
「私は秋雨なのだろう?」
「夏の豪雨って感じじゃねえだろ?」
「で、あろうね」
しゃららと、皇帝の肩から髪の束が滑り落ち、はらはらと本の頁に降りかかる。
これも雨のようだとふと思い、チャトラは窓から離れて皇帝の近くに歩み寄ると、ぺたりと床に座り込んだ。
「あのさ」
「うん?」
「髪、編んでやろうか?」
「編む」
「そう。ほら、下働きの姉ちゃんとかでさ、編んでる人いるだろ? あれすげーよな。だって髪だぜ? それをするするするーって編んじゃうの。で、この前編み方教えてもらってさ。たぶん上手く出来ると思うんだけど……」
ほう、と一言こぼしたきり、皇帝は答えずチャトラを見下ろす。
「鬱陶しいだろ、長いと」
「秋雨のように?」
今度は間を置かずに皇帝が言った。
「あ? あー。ああ、だな。そう、だらだら長くて鬱陶しいんだ」
けど、とチャトラはいいつなぎ、皇帝の髪をひと房手にとってさらさらともてあそんだ。
「嫌いじゃないよ。俺。秋雨」
「では……好き、であるのだね」
「うん。まあ、そうね。わりと好き」
「私が」
「はぁ!?」
「私は秋雨なのだろう?」
言われてチャトラは大きく息を吸い込んで、何も言えぬまま見る見る表情を険しくさせた。
「言ってろ馬鹿皇帝! 誰が髪なんか編んでやるか!」
怒鳴って乱暴に立ち上がり、チャトラは皇帝から一番遠い窓まで走っていって憤然と腰を下ろした。
皇帝はその、ぴんぴんと跳ねるチャトラの髪に目を細める。
その髪は癖が強くて、どうにも自分勝手に跳ねるから、どう頑張ってみても雨には例えられそうもない。レンガに跳ねる雨脚と言えるかも知れないが、秋雨に比べれば大分情緒が薄れるという物だ。
ふと、雨上がりが楽しみになった。濡れた葉や水溜りに反射する、キラキラと賑やかな日の光が、今無性に見たいと思う。
ああ――と。皇帝は吐息のように呟いた。
「鬱陶しい雨だ」
そのまましばらく、二人はしとしとと降りしきる雨を無言で眺め続けた。
ただ、気まぐれな秋晴れを待つ。
そんな静かな午後だった。
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【逃げの一手】のN氏から送られてき……ッ……k……ッなにこr滾る!!!
チャットしてた時に、「一度でいいから誰かが書いた兄さま読みたい」ってダダこねたら、N氏がこんなもの送ってき……っ…・・・ヒャッホーーーーーウ!!
この路地裏を裸足で駆け出しながら、YES!YES! とヘヴィメタルばりに叫びだしたい衝動はどこにぶつけたらいいのか。
もう眼から嬉しすぎて汗でてきた……。
Nさん本当にありがとうございました!!
最終更新:2011年10月13日 08:32