噎せ返る程の熱波の中を、ダインは歩いた。
陽炎の中を、豪く無様によたよたと歩いた。
辺りは一面焼け野が原で、視界に移る色は赤と黒の二色である。
熱い。
他に人の気配は無い。
逃げ延びたのか、それとも炎に飲み込まれたか、
最期に見せた、腐れ縁の友の笑顔を思い出して、鼻の奥が痛んだ。
――悪ィ。
心中きつく瞑目する。
現には見開いたままの瞼の横を汗が伝い落ち、
それが何故か涙に思えて、腹立たしく唸りながらダインは歩いた。
熱気に朦朧とする意識の中、彼を支えているものは背に負う女から伝わる優しい鼓動。
まだ、生きている。
食い縛った唇の脇を、また汗が流れ落ちた。
倒れ伏したミルキィユに、突き刺さっていた矢をひとまず引き抜き、
傷を検める間もなく、炎に追われるように歩き出したダインである。
胸騒ぎに急かされながらも皇都を出発し数日、
途中で見かけた完全武装の騎馬隊に、嫌な予感を抱いた。
そのまま、偶然と言おうか、後を追った彼の目に飛び込んだのは、
矢来の集中射撃を浴びて立ち往生するミルキィユの一隊であった。
目を走らせて直ぐに彼女を見つけた。
戦場に垢染みて、黒光りする敵味方の中で、一人だけ白く長い髪が見えたから。
途方に暮れた顔をして、敵のど真ん中に立ち尽くしていた。
置いてゆかれた子供の顔をしていた。
或いは、祭りで親とはぐれた子供のような。
鬼と呼ばれた将軍の、虚勢の仮面はそこには見当たらない。
どうしたらいいのか本当に判らない。
そんな顔をして、周囲の血飛沫から孤立して、たいそう孤独そうだった。
月明かりの下で摘んでいた、名も無い花に良く似ている。
思わず胸が締め付けられた。
この息苦しさは、何だ。
駆け寄りながら呼んでいた。
声を聞いたか、振り返った瞬間の、少女の瞳は尚も真っ直ぐで、
「……ミルキィユ」
肩越しに、意識を失ったままの少女に、掠れた声で語りかける。
「アンタ……本当にずうっと一人だったんだなァ」
熱気とは確かに異なる温もりが、今のダインの支えである。
脹脛に受けた矢傷が、じくじくと血を垂れ流し、踏み込む足がようよう二人の重さを支える。
背負うというよりは、前屈み。
ダインの背に辛うじて彼女が伏し乗る格好であった。
支える力は余り無い。
地獄と言うならそこは地獄だ。
先に逝った傭兵と同じだなと、ふと思いついて苦笑った。
やがて、苦笑ついでに顔を上げると、遠くに熱気の起こす蜃気楼に霞みながら、小さな小屋が見えた。
火勢もそろそろ治まり気味。
その小屋を目指して、ダインはよろめき進む。
薄明かりに目を覚ますと、日も落ちているようだった。
今は正午過ぎではなかったか。
むしろ、ここはどこだ。
疑問を感じ、ダインは頭を振って起き上がり、背伸びをしかけて、
伸ばした腕が、痛みに見事に硬直した。
体の節々が軋み、数呼吸遅れて鋭い痛みがやってくる。
「……い、でェェええ……」
塞がりかけた体のあちこちの殺傷が、プレストアーマーに生乾きの血と共にこびり付き、
それが一気に剥がれた痛みであった。
目尻に涙が滲む。
命にたいした支障が無いのが、唯一の救いといえば救いかもしれない。
そこまでぼんやり体を見改めて、ダインは唐突に跳ね起きた。
跳ね起きようやく、寝ていた場所が小屋の中だと気付く。
眠りと言うよりは、はっきりと気絶。
小屋の中に入り込んだ瞬間に、前後不覚にぶっ倒れた。
ような気がする。
よく覚えていない。
視線を上げると、手足を投げ出し、
壊れた人形よろしく、壁に凭れてこちらを眺めている一対の瞳を捉えた。
「……お嬢、」
呼ばれた大きな栗色の瞳に、感情が揺れる。
水面のようだと思った。
ダインが目覚めるより早く、意識を取り戻していたものらしく、
煤けた頬に、長い髪をなぶらせ、静かに虚空を眺めている。
腹部の矢傷に、ダインの手巾がきちんと巻かれていた。
と言うことは、小屋に倒れこみ、後は人事不省に陥ったと自身は思ったものの、
朦朧とした意識の中で、どうやら手当てだけはしたようだ。
「お嬢」
少女の瞳に悲哀が満ちている。
足を僅かに引き摺りながら、近づきダインはその名を呼んだ。
「具合はどうだ」
反応は無い。
頓着せずに、彼はミルキィユの腹部に顔を寄せた。
ざっと見たところ、体表に酷い出血は確認できないものの、
昨日一度見せた吐血は、おそらくどこかの内臓器官が傷付いている徴である。
――楽観はできねェな……。
傷だらけの指で手巾を撫ぜると、ダイン自身の血で布が汚れた。
「……互いに……満身創痍、……か」
その赤を目にして、初めてミルキィユが呟いた。
自嘲。
酷く掠れた声である。
絞り出したような声だった。
「……すまない」
痛ましい顔をして、ダインの腕を取る。
所々にまだ出血の見られる彼の腕を。
「また傷つけた」
そうして力無く眉を寄せる。
「……アンタ、根っからのお姫さんだなァ」
「……え?」
「水でも飲むか」
問い返された言葉を遮り、腰に下げた皮袋をまさぐって、
ダインがそう尋ねると、ミルキィユはゆるゆると首を振った。
「そうか」
差し出した皮袋を引き下げ、代わりにダインが飲んだ。
喉が鳴る。
乾きに引き攣れた口内に、水は豪く甘い。
そうして体を起こし、戸口に立つと、外の様子を確認する。
「……根っから、とはどういう意味だ」
「アンタは他人の心配し過ぎだっつんだよ」
繰り返された背後の問いに、ぶっきら棒にダインは吐き棄てる。
「心配……、」
「もっと辛ェ、痛ェって喚いていいだろうがよ」
燃え尽き終えた森の残骸は、とても静かで、昨日と変わらず人の気配は無い。
「自分のことを棚に上げて、すぐに俺の心配してくれるのァ嬉しいが、
我慢も過ぎたら苦しいだけだぜ」
大地は灰で真っ白で、日が落ちてもその白さが抜けてよく判った。
雪の日の夜にも似ている。
あの炎では、おそらく敵軍もかなりの被害を被ったはずで、
戦術も戦法も何も無しに、ただミルキィユとその一隊を壊滅させようとする残忍な考えに改めて憤る。
「……そんなもの」
忘れてしまった。
ぽつと、ともすれば聞き逃す小さな声で、ミルキィユが呟いた。
空耳にも思えるほどの小さな小さな囁き。
いつの間に立ち上がったのか、隣に並んでいた。
外を眺めて少女は嘆息を一つ吐く。
「可愛げが無いな」
しみじみとした声である。
「いや……、らしいっちゃあ、らしいけどな」
そうか。
ダインの慰めにもならない言葉に、しかし俯いた長い髪の影で、幽かに彼女は笑ったらしい。
気配が和らぐ。
そのまま立ち尽くして、虫の音一つ聞こえない夜の気配に、耳を澄ませているようだった。
何へ思い馳せるのか。
巧い話題も特に無く、同じくダインも黙り込む。
時折静かに吹く風に、小さな風の渦を描いて灰が宙に舞い踊った。
呆と目にするダインである。
「貴様と……仲の良いあの大きな男」
優に半時は立ち尽くしたろうか。
名残の薄明かりも今は無く、代わりに半月が空に顔を出している。
その月を見るとも無しに眺めながら、ミルキィユが口を開いた。
「ヤオのことか」
「……そうだ。わたしは彼の名を最後まで知らなかった」
ふら、とまるで憑かれたように彼女は歩き出す。
制止しかけたダインの横をすり抜けて、戸口をくぐると表に出た。
「文字通り命懸けで助けてくれたと言うに、薄情なことだ」
両手を広げて月を浴びている。
後姿であったので、彼女の顔は窺えない。
――月が似合うな。
淡い黄白色が、彼女の細い体の線を際立たせ、眺めたダインの肌が粟立つ。
見蕩れた。
「ヤオと言う名だったのか」
不意に彼女に込み上げたのは、激情だ。
焦げた大地を何度も何度もミルキィユは蹴り上げて、
先の虚が嘘のように、ぎらぎらと熱情の篭った狂気を煌かせ、振り返った。
「彼も。その横の男もその横もその横もだッ」
そうしてしゃがみ込んでは両手一杯に、白く燃え切った灰を握り締め、癇癪を起こして撒き散らす。
何度も、何度も。
末期の水だとダインは思った。
ここには、花も水も無いから。
無心に散らす白の灰が、ベールのように纏わって、月に照った彼女の姿はたいそう美しい。
「死んでいった彼らの名を、わたしは知らないのだ!なのに何故庇う?無下に命を捨てて誰が喜ぶというのだ!
わたしはあの場で死んでも良かった。むしろ、死んだ方が良かった。ようやく死ねると嬉しかった!
だのに貴様らがまた、邪魔をする。死ぬなと言う。そうしてわたしの許よりいつも先に去ってゆく!
勝手にも程がある!何故助ける?何故わたしの前に出る。可惜次の無い命を!」
歯を喰いしばり、悔し涙を滲ませて、鼻息も荒くミルキィユはダインに詰め寄った。
「……そりゃあ」
燃え盛るような瞳に射られながら、目を細め、ダインは応える。
ミルキィユは真剣に怒っていた。
怒っているのに美しい。
怒っていたから、かもしれない。
「……そりゃあきっと、みんなアンタが好きだからだろう」
うわぁぁああん。
聞いて瞬間、ミルキィユが火の点いた様に泣き出した。
空を見上げて滂沱と頬を濡らし、大声をあげ、地団太を踏んで泣いた。
分別の付いた大人の泣き方ではない。まるで幼児の泣き方である。
――ああ。
拳を握り、真っ赤な顔を、ぐちゃぐちゃに歪めて泣きじゃくる少女を眺め、
「アンタ、ようやく泣けたんだな」
ダインは静かに呟いた。
彼女の声が聞こえるか。
半月を振り仰ぎ、逝ってしまった仲間達にダインは胸の内で語りかける。
”死んでも泣いてくれる者がいるかどうか。”
そんなことを昔誰かが、戦場で冗談交じりに口にしていた。
世間話ついでの戯言のはずだったのに、眼差しだけは真剣だった。
本気で怯えていたのだろう。
己を覚えている者が無くなることは、とても怖いことだから。
――泣いてもらえたな。
今日逝った彼にも彼にも彼にも。声は届いただろう。
――面倒見が良すぎる。
泣きながら面倒見の良い目の前の傭兵ににも、八つ当たり気味に腹が立ったミルキィユだった。
抱きしめて宥めるでもない。
慰みの言葉一つかけてくれるでもない。
男はただ、彼女が泣いて気の済むまで辛抱強く立っていただけだ。
こう言う時、自身と彼の歳の差を感じて悔しいミルキィユである。
歳の差と言うよりは、経験の差、なのかも知れない。
何一つ自身を責めないダインが憎らしかった。
おそらく豪く仲が良かったはずの、悪友の死を見止めても、
そのきっかけを作ったであろうミルキィユにも、何も言わない。
どころか、包むように柔らかな眼差しを、彼女に投げかけてくる。
――そんなに何もかも判っているような顔をするな。
悔しい。
悔しくて、そして悲しい。
涙は後から後から溢れて、溢れるほどに、昔の自分に戻るような気がした。
四半時ほど、大声で泣いて泣いて泣き尽くして、
そのうちに何が悲しくて泣いていたのかよく判らなくなって、気持ちが落ち着きかける。
鼻を啜り、小さくしゃくるミルキィユに何かを言いかけて、
それからダインは彼女に腕を伸ばし、ようやく彼自身の胸に引き寄せた。
はずであった。
勢いよろけて腰から後ろに引っくり返る。
立ち続けるにはとっくに男の体力は限界だったらしい。
「ァ痛つつつつ」
腰をさすって半身を起こすと、
「……どうしてこう、決まらねェかね」
ぼやく。
腕を引かれて同じく引っくり返ったミルキィユは、
その表情にまずは驚いて目を見張り、次に笑いが込み上げた。
男の情けの無い顔が、豪くおかしかったので。
泣きべそをかきながら、彼女は笑った。
「あんまり笑うなよ」
照れ隠しか、不貞腐れた声に、息を切らせてミルキィユは涙を乱暴に拭う。
「……貴様が、笑わすのが、悪い」
言い掛かりにも程がある、そう自身で思いながら、
男がどこまで耐えるのか、確かめるように彼女は語を紡ぐ。
「俺のせいか」
「そうだ。みんな貴様のせいだ」
「……みんなか」
「そうだ。わたしを助けたのも、わたしを弱くしたのも、わたしを女に戻したのも。
みんなみんな貴様が悪い」
「そりゃ悪かった」
肩を竦めてダインがおどける。
難癖をつけたミルキィユの言葉に、気分を害した様子は無く、
それがまた無性に”聞き分けの良い”大人の態度を見せ付けられたようで、
「責任を取ると良い」
拳を固めて胸のプレートを軽く殴った。
「どうやって」
「それ位自分で考えられないのか馬鹿者」
調子に乗って捲くし立てると、それまで大真面目な顔をして聞いていた傭兵が、ふと黙り込んだ。
「……ダイン?」
――怒ったの、だろうか。
無言になった男の様子に、急に不安に襲われて、
言い過ぎた言葉を反省しながら、ミルキィユは俯いたダインの顔を覗き込む。
謝ったほうが無難かもしれない。
けれど、覗き込んだ男の顔は、意に反してどこまでも優しかった。
苦笑していたようだ。
頬を歪めて笑った彼と、覗き込んだ彼女の、視線が不意にかち合う。
その至近に何とは無しに、ミルキィユは慌てて体を離す。
放すところを引き戻された。
「ダイン?」
何故か声が震えた。
不機嫌面ではないことを、たった今確認したばかりだというのに、
目の前の彼がまるで得体の知れない生き物のようで、
「お嬢」
戦慄する。
抱き寄せられた耳元に、低く抑えられた声で囁かれ、
ぞく。
ミルキィユの背に、恐れではない何かが這った。
「な、な、な、な、」
うろたえる彼女の頬に、不器用に指がそっと、壊れ物に触れる時のように添えられる。
泳いだ視線がふとした拍子に、男の視線と再び交差した。
漆黒の瞳は闇に似ている。
暖かく己を包む闇である。
半月に反射した男の視線に、知らずミルキィユは捉えられた。深遠を覗いた心が、吸い込まれるようで、
「……俺が思いつく責任の取り方って言やァ」
男の顔が近づいた。
半ば伸びかけた無精髭に、なんだだらしの無い、だとかどうでも良いことが頭に浮かんで、
男の唇が頬に触れる。
幼い頃に母のしてくれた、就寝前の淡い挨拶を思い出した。
ひんやりと冷たい。
もしかすると自身の熱が上がっているだけなのかも知れない。
額に、鼻先に、泣き腫らした瞼に、小鳥の啄ばみにも似た、掠めてゆくだけの微かな口付けが降る。
安心する。
そうして最後は、戦慄く彼女の口唇に。
――あ。
来なかった。
果敢ない期待は裏切られる。
最後の最後で、きつく瞼を閉じてしまったミルキィユが、恐る恐る薄目を開けると、
触れるか触れないかの寸前の位置で、男が不敵に見下ろしていた。
「なァ。お嬢。アンタ、鞘は必要ないと言っていたな」
意地が悪いのだ。
吐息が口唇に触れる。
口を利けば、そのまま男と触れてしまいそうで、ミルキィユは無言である。
「今でも要らねェか」
「……何を言って欲しい」
思わず期待をしてしまった分、悔し涙が込み上げて、終には顔を背けて彼女は呟いた。
今夜は妙に感情が乱れる。
言葉に棘が篭る。
「異形の醜さを、貴様も眼にしただろう。物好きはやめることだ」
「そいつァごめんだな」
乱れかけた彼女の気持ちも、疾うにダインは見抜いていたのだろう。
応えを聞いて、かっとなったミルキィユの振り上げた拳を、片方の手で難なく受け留めた。
そのまま彼女の皮手袋を外し、さらけた拳に口付ける。
赤く引き攣れた文様が、のたくり這うその拳に。
そんな仕草に目が離せない。
「出会った晩から鬼に魅かれた」
言いつつ少し照れたのか、低く掠れた男の声。
「身も弁えずにベタ惚れだ。アンタがどんなに突き放そうと、俺ァもう離れるつもりはねェぜ」
――貴様はいつも狡い。
耳にしたミルキィユの鼻の奥が鋭く痛んで、
一粒。涙。
気付いた男が、指の腹で転がった滴を拭う。
そうして得たりと言わんばかりに笑って、今度は躊躇無く彼女の口唇を奪った。
不意に吹いた突風に透明質の髪が舞う。
舞い上がった草灰が、月光に照らされて落ちてくる。
雪かとも思った。
幾度も角度を変えながら、浅く深く求めてくる男の唇に、
経験の無いミルキィユは豪く翻弄され、何がなにやら判らなくなって、
名残惜しそうにダインが離れて行った時には、すっかり息が上がっていた。
「煩わしい舞台袖がいなくて、豪く好都合な状況で俺としちゃァ非常に残念だが、
……今日はここまでだな。傷に響く」
傭兵はミルキィユを眺め、愛おしそうに目を細めて、ぺろりと舌を出す。
「……よい」
その声を聞いてゆると首を振り、その手の平に自身の手を重ねたミルキィユである。
温もりを離したくなかった。
「その程度で開く傷なら、皇都までどうせ保たない」
「お嬢」
軽く目を見張り、次いで眉を顰めたダインだった。
「縁起でもねェ」
「……上官と呼べ」
今は既に合図のようにもなった口癖を繰り返し、
それから先の口付けに濡れた口唇を、ミルキィユは無意識に指でなぞる。
「今なら死んでも良い」
本心だった。
「……怒るぞ」
「ダイン」
じれったい男に責める気持ちを込め、ミルキィユが軽く睨むと
「……やめろ」
苦笑と共に、かさつく手の平が彼女の視界を覆う。鉄錆の臭いが鼻を掠めた。
飽きるほどに浴び、撒き散らした感のある血の香り。
それでも彼女はいつまでも馴染めない。香ると必ず誰かが死ぬから。
だが、男のその臭いに、嫌悪は不思議と沸かなかった。
「あんまり煽るな。惚れた相手が目の前にいて、俺だって聖人君子じゃねェ」
呻く声に、ミルキィユは静かに目を閉じる。
「よいと……、言ったろう」
「アンタの体の方が心配だ」
「ダイン」
ミルキィユは僅かに苛立ち、手の平の覆いを外す。
言葉とは裏腹に、大がつくほど糞真面目な眼差しに出遭った。
拍子抜ける。
力みかけた体が緩み、
「後悔、するぞ」
挑むように囁く彼女の言葉に、眉尻を下げたダインだった。
実は。
そう告げる。
「今現在。体にぴったりとこびり付いた鎧を、剥がす度胸が俺には無ェ」
「……まあ、確かにそのままでは……無理……だな」
しげしげ眺め回したミルキィユに、不意に再び笑いが込み上げた。
「剥がすときが見物だな。是非わたしも呼んでくれ」
ダインの膝に抱え上げられ、鎧ごと抱き締められながら、声を立てて笑う。
「互いに鎧越したァ、色気も何も、あったもんじゃァ無ェなァ。
次に口説く時にゃァ、もう少し時と場所を選ぶわ」
本気で反省している風のダインの声に、
「楽しみにしている」
心からそう言ってにっと笑ったミルキィユだった。
そうして。
おおィ。
静かに明け闇を待ち、ダインと二人、寄り添い無言で空を眺めていた彼女のその耳に、
闇夜から聞こえるはずの無い誰かの声が聞こえてくる。
多数。
弾かれたように顔を上げ、見えない中で一瞬男と顔を見合わし、
「真逆、」
敵の捜索部隊かと、思った一瞬の緊迫は直ぐに溶けて消え失せた。
立ち上がり、口唇を戦慄かせて、巧く言葉にならない。
名は知らない。
しかし、見知った顔が泥と煤に塗れて、半月の下に笑っている。
決して見かけた全てとは言えなくとも、それでもいくつも。
いくつも。
「ようやく見つけたぜ。姫さん」
あの、火勢と矢来をくぐった顔の一つがそう言った。
ミルキィユの堪えた膝が、見っとも無く震える。
立っているのがようやくで、無様だと思う。
だのに震えが止まらない。
――この込み上げる熱いものは何だ。
視界が不意にぼやけて、涙が溢れそうになっている事をミルキィユは知った。
「お嬢」
肩に手を掛け、励ますようなダインの声が耳に響く。
半泣き顔を手の平で覆いかけて、見つめてくる視線に背筋が伸びた。
自身は部隊の指揮官である。それを忘れてはならない。
この喜色溢れんばかりの視線の期待に、応えられねば意味が無い。
であったから、塊を飲み込んだように痞える喉を無理に押し開き、頬に力を入れる。
こんな虚勢の使い方なら、悪くないと思った。
「皆、ご苦労だった」
無理矢理にミルキィユは笑って見せた。
「……また……生き残ってしまったな」
笑んだ頬にとうとう、堪え切れない涙が滴り落ちて、泣き笑いながら男達の顔を見回す。
ありがとう。口にはせずとも万感の思いを込めた。
「皇都へ還ろう」
花が散る。
両脇より、二階のテラスより踊り場より。
前が見えなくなるほどに後から後から降り注いで、
こんなに撒いては直ぐに残り尽きるのではないかと、ふと要らぬ心を配るミルキィユである。
祝いの席に相応しくないと、頭を振って打ち消した。
せいぜい派手にやればいい。
そうも思う。
元来、祭りは大好きだ。意味が無くとも心が浮き立つ。
皇宮の尖った屋根の向こうには、おそらく大広場で行われているのだろう、
昼間から豪勢に花火が上がるのが見える。
昼の花火はどこか間が抜けている。
光よりも音が目立って、それもどこか微笑ましい。
小さな笑いを浮かべながら、中庭を渡り、第一回廊を早足で過ぎ、第二回廊を闊歩して、
外の喧騒とはやや隔別された、第三回廊に足を踏み入れる。
今日は皇都上げての祝いの日である。
建国記念日。
であると共に、この一年戦場で政治で或いは文化で、それぞれに功績のあった者が、
皇帝より直に祝される日でもある。
体が弱いのも相まって、日ごろ皇居よりそうそう外出しないエスタッド皇帝を、
招待客自身の目で万遍無く鑑賞できる、数少ない機会の日でもあった。
特に、招待された来賓の女性は、ミルキィユが垣間見て驚くほどに美々しく麗々しく、
これ人生一番の晴れ舞台と言わんばかりの、飾り付けの気合の入り方である。
寝る間も惜しんで着こなしたに違いない。
あの服飾は、半日やそこらで着込めるものではない。
――あんなに着飾って重くないものか。
妙なところに気の行ったミルキィユであった。
祝いの席でも彼女自身、普段と大して変わることはない。
軍職と言う肩書きもあって、質素なものである。
公式の場にて陰口を叩かれない程度の、こざっぱりとした上下。
高立ち襟の黒の長袖に、同じく黒の長パンツ。色気とは程遠い軍靴を履いて、朱のサッシュで腰を包んだ。
腰に細工物の細剣を差す。
サッシュの下には、未だ解かれないきつく巻かれた包帯もあるにはあったが、
それも塞がりかけて、今では痛みも感じない。
その他の擦過傷は、かさぶたと共に剥がれて先日。
唯一普段と異なる飾りは、白の髪に挿されたガラス細工の髪飾りだ。
エンゼルランプ。
花の名前は聞いていたものの、先日まで意味は知らなかった。
トルエ国領より皇都に戻り、治療と称してミルキィユは皇居に謹慎処分に科せられた。
暇つぶしに何気に訪れた温室で、改めて園丁に意味を尋ね、一人思わず赤面したミルキィユだ。
――顔に似合わず。
ちりちりと微かな音が耳に届く。悪態をつきかけた口唇が綻ぶ。
白い髪は嫌いだった。
母と暮らした小さな村で炎の洗礼を受ける以前は、瞳と同じ栗色であったから。
生き延びてより色が変わり、それが彼女は悲しかった。
気に入る気に入らないの問題ではない。
ますます自身が異形に思えたからだ。
けれど。
贈られた透明色のそれは、白によく映える。
透明の中にうっすらと朱。
小さな鐘の形を成した花だ。
寄り添う花弁を見ても、もう淋しそうだとは、ミルキィユ思わない。
きっと、一人でいるより、誰かが側にいたほうがずっと素晴らしいから、
だから彼の花は、寄り添いあっているのだろう。
そう思った。
無意識に腹部の傷の上を撫でながら、第三回廊の行き止まりの部屋の前に辿り着くと、
呼吸を整えて、それからノックもせずに無造作に、扉を開け放った。
「……よォ……」
不意に開いた木扉に驚きもせず、
心底疲れ果てた顔をして、ミルキィユを見止めたのは勿論、守銭奴傭兵ダインである。
「なんだ。辛気臭い」
十日ぶりに会った割に、覇気の余りに無い声に、彼女の喉から呆れた声が漏れた。
「……辛気臭くもなるだろうがよ……」
がりがりと頭を掻いてダインはげんなり背を丸めた。
彼の纏う鎧は今日は白銀。
未だどこにも傷の無いそれは、今日初めて身につけたもの。
数多の功績者に混じって彼もまた、本日皇帝より祝される一人になる証である。
第五特殊部隊、通称鬼将軍ミルキィユの配下の騎士。
片腕と言い換えても良い。
「よく似合っている」
薄く笑って眺め回すと、そうか、と蚊の鳴くような声。
ふてぶてしいいつもの様子とは余りにかけ離れている。
「なんだ。……騎士の叙勲がそんなに嫌だったか」
気勢のなさに不安になって、ミルキィユまで声が萎むと、
「ああ……違ェよ。騎士になるのが不満とか、そういう問題じゃ無ェんだ」
手を振る動作も切れが無い。
「では、どうした。元気が無い」
「……。……元気も何もかも失せるだろうがッ」
唐突に頭を抱えて、ダインは喚いた。
「アンタの兄貴は一体何なんだ。皇都にアンタと戻ってからこっち、延々延々延々延々、
アンタをケガさせた事に対して、俺ァ毎日ひたすらに厭味垂れられたんだぜ。
それも、遠回しに突っ突いて来るのが、また始末に負えねぇ。
どうせくるなら真正面、直球勝負ならいいものを、遠くから針を投げるように、チクチクチクチク!
聞き様によっちゃァ厭味に取れないから、タチが悪ィよ。
こっちが悪ィと謝ったって、素知らぬ顔して”何がだね?”だ!
背後に国一番の大剣使い従えて、こっちゃァいつ何時、無礼者扱いで首がコロリかと冷や汗モノだったんだぜ。
それもついでに何なんだ?騎士の叙任に際して、皇帝自らその志に付いて指導するとか何とか、
勝手のいい理由コジつけて、朝から晩まで、一対一でどうでもいい話根掘り葉掘り聞きやがるしよ。
それも一週間!毎日!飯の時間まで!俺ァ最後にゃ皇帝と添い寝かと、恐怖したんだぜ?!」
言い募るうちに腹が立ったのか、地団駄踏み始めたダインと、その内容に思わず呑まれ
「それは……大変だった……な」
呆気に取られながらようよう呟いたミルキィユである。
「大変なんてモノじゃ無ェよ……」
守銭奴傭兵は肩を落とす。
よほど鬱屈していたのだろう、目尻に涙まで浮かばせていた。
「しかし……、陛下は気に入った人間をいびるのがご趣味であるからな。
可愛い相手は苛めて苛めて苛め倒すご性格だ。貴様が慣れるよりない」
「無理です。絶対無理です。慣れません」
「側近のディクスは耐えているが」
「じゃ、神なんだろきっと」
大袈裟に溜息をついて、そうして鬱憤が少しは晴れたのか、顔を上げたダインだった。
「なんだァ」
そこでようやくミルキィユの頭に目が行ったようだった。
「よく似合ってんじゃねェか」
嬉しそうだ。
見つめられて羞恥らい、ミルキィユは躊躇いがちに微笑んだ。
「……しかし、良いのか」
改めて回廊に並び歩きながら尋ねる。
「何が」
「貴様は本来規律の少ない傭兵であったろう。騎士を務めるには少し、」
「窮屈だってかァ?」
そんなことは無ェよ。
いつもの調子を取り戻し、肩を竦めて見せるダインだった。
皇帝の雅なお楽しみを除いて、と付け加えることも忘れない。
白銀の鎧を纏っても、そんなところは全く変わりが無いのだ。
何故か少し、ミルキィユは安心した。
「そうか?」
「窮屈そうに見えるか?」
「さあ。どうだろう」
本心から悩んで首を傾げるミルキィユの手を、おもむろに取る。
祝賀の席の最後の準備に奔走し、皇居内には殆ど人の無いのを良い事に、その手に口付けるダインだった。
「な、な、何を」
「死さえも二人を分かつことなく」
慌てたミルキィユに、そこは余裕の三十路の笑顔を見せ付けて、
「我が主。一生アンタの側にいよう」
元守銭奴傭兵は言い切った。
仰々しく静まり返った祝賀の席にて、華々しくも荘厳に皇帝が出来すると、来賓より感嘆の息が漏れ出でた。
呼ばれの掛かった女性と並べて、大した装飾は身に着けていないと言うのに、
エスタッド皇帝はあまりに華厳で果敢なげで、それはもう全くもって近づき難かったからだ。
艶姿。
これほど似合う言葉は無い。
整えられた玉座に着くと、肩に羽織った青磁色の絹が、さりさりと音を立てて滑り落ちる。
高雅に顎を高く上げ、伏せた睫が震えながら満座を眺めた時など、
ダインにとっては豪く驚いたことに、隣の女性客は有難がって涙ぐんでいた。
――騙されている。
暴露の誘惑に、打ち負かされかけたダインであった。
右後ろに設けられた楽団が、邪魔をしない程度に演奏し始め、
それを合図にゆるゆると、滞りなく式辞は進んでゆく。
やがてダインの名が呼ばれると、ミルキィユがダインを見上げて唾を飲んだ。
呼ばれた名前の本人よりも、嬉しそうで、緊張の顔をしていた。
安心させるように目配せを一つ送って、ダインは御前に進み出る。
この一週間と言うもの、耳にタコが出来るほど言い聞かされ続けた立ち居振る舞いを、
若干の皮肉と共に、頭の中で反芻しながら、ではあった。
皇帝の前に進み、膝を付き頭を垂れる。
ダイン肩に抜き身の長剣を軽く当て、型通りの文句を詠唱した後に、
「……それはそうと」
片眉を聳やかせて、皇帝はふと、思いついたように
「盾と槍を渡すは良いが、困ったことに叙任に際して足りないものが一つ」
――またこんな時になんだよ。
胡乱な思いで顔を上げたが、流石に満座の前で思いをそのまま口にするほど、
ダインは常識を欠いていない。
貴賓席が、型から外れた皇帝の口上にさざめいた。
「……それは」
であったから、鹿爪らしい言葉でダインは皇帝の先を促した。
「うむ」
見下ろす薄茶の瞳が、心底楽しそうだった。
いびる気が満々である。
「騎士である君に、授与する領地が無くてね。今あるエスタッド国内は殆どが分割されているし、
旧アルカナ王国領土も、今回の叙勲でそれぞれに割り振ってしまった。
私とした事が、ついうっかりしていて、君の分を残すこと失念したようだ」
――絶対に、絶対に、嘘だ。
ダインは喚いてやりたかったが、拳を握り締めてその衝動を堪えた。
皇帝の後ろに控える黒鎧が、無表情の仮面の下、たいそう気の毒そうな視線で、ダインを見遣るのが判る。
「……それで」
不穏な色が含まれるのはこの際勘弁して欲しい。
「……そこで考えたのだが。トルエ国の名は覚えているか?」
忘れるはずが無い。
弾かれたように顔を上げたダインは、鋭利な視線にぶち当たる。
酷薄な瞳が煌いていた。背筋の凍る思いがする。主と構えた鬼よりも、よほど凶つ鬼が一人。
「彼の国を征した暁には、君にその一部を分け与えよう。腕が鳴るだろう?
……ああ、感謝の言葉は良い。口に出さずとも君は今とても嬉しい。そうだね」
畳み掛けて一人皇帝は納得し、それから長剣を下ろすと、刃を持ち替えダインに差し出した。
「……有難き、幸せ」
明日にでも、出陣の書簡がミルキィユを通して届くかもしれない。
――それでも、この兄貴のいる皇居よりマシだ……。
ぎりと奥歯を噛み締めながら、なけなしの平静心を総動員して、ダインはもう一度首を垂れて剣を受け取る。
下げた頭に皇帝がすうと近づいて、
何事か、囁いた。
目を見開いて硬直したダインであった。
その彼に、皇帝は実に艶然と微笑んで見せたのだった。
「流石に今日は疲れた」
礼服から普段着に戻り、伸びをする皇帝の顔色が口調ほどには冴えない。
述べている以上に主の体に、負担は重く伸し掛かっていると見て取れたので、
無言でディクスは、扉近くに控えた従僕に目配せる。
心得たもので、従僕は意味を瞬時に理解し、深く腰を折りすぐに廊下に歩み去った。
薬湯を取りに行かせたのである。
「ディクス」
「……は、」
「何事か聞きたそうな顔をしている」
直立した背筋がいっそうに伸びた。
読まれていた。
内心舌を巻くディクスに背を向け、ベッド脇に腰掛けた皇帝はくすくすと笑いながら、本を開いた。
かなり厚くなった感のあるディクスの無感動の仮面であったが、それでも皇帝相手には、未だ足りないらしい。
未熟を恥じる。
からかう事が生き甲斐と、豪語して憚らない皇帝は、表面人の良い笑顔を浮かべる。
――ロクなもんじゃねェ。
あの守銭奴ならそう言ったろう。
「……しかし君は大してからかい甲斐が無いね。
あの虎は楽しかったが、明日には出陣命令を出さねばならない。また退屈する」
臙脂を乗せたように紅色の唇が、笑いを模った。
この一週間、新しい玩具を弄んだ皇帝が、かなり上機嫌であることをディクスは知っている。
相手が嫌がれば嫌がるほどに心地良くなる趣味は、凡人の彼には到底理解が及ばない。
食事の匙の上げ下ろしまで、難癖つけては楽しんでいたのだから相当に性質が悪い。
付き合わされていた傭兵の、目の下の隈を思い出して、同情したディクスだった。
「昼間、あの者に何を仰られました」
であるから、代わりにディクスは正直に疑問を口にする。
「ふむ、」
頁を繰りながら思案気味の皇帝である。
「何と言ったのだったか」
薄茶の瞳が物憂げに伏せられ、片頬突いて皇帝は書に耽る振りをする。
覚えていても素直に応えた試しが無い。天邪鬼であった。
「で。なんと言われた」
時を同じくして。
見咎め、疑問を抱いたらしいミルキィユがダインに尋ねていた。
卓に突っ伏し、自棄酒を煽っているのはダインである。
向かいで付き合うミルキィユは、既に相当口にしているにも拘らず、やはり今夜も乱れが無い。
「……思い出したくもねェ……」
傭兵から騎士となり、実際に格上がったのか下がったのか、ダインは今ひとつ理解できないが、
こうして、ミルキィユと皇居で酒を酌み交わすことが出来るのだから、それなりに上がったのかもしれない。
にしても、あの皇帝と顔を突き合わせる機会が格段に増える今後、
自棄酒の量が、妙に増えそうな予感を覚えるダインだった。
「何が」
興味心身に身を乗り出すミルキィユに、頭を掻き毟りながらダインは喚き散らした。
「”兄と呼んでも構わない”だァッ?!」
当然、二人の仲を見透かした上での発言だったのだろう。
聞いたミルキィユは丁度酒を呑みかけていたので、軽く噎せた。
「……あんの皇帝は絶対腹黒いぞ。腹黒い上に心臓に毛が生えてるぞ!
監視してる。四六時中監視してるに決まってる。皇都で俺ァ息が詰まりそうだ!」
早く戦場に戻りたい。
いつに無く里心のついたダインだった。
膝を抱えて鼻を啜る彼を、呆れ半分眺めるミルキィユが、
「だから……あの時。しておかないと、後悔するぞと言ったのに」
悟った口調で宥めるのを、聞こえない振りをしてダインはもう一献、呷ったのであった。
今宵も恐らく地獄に落ちる。
以下、後談。
旧アルカナ王国領を呑み込み、その後もトルエ国及びに、近隣同盟諸国を、
堅実ながらも獰猛に吸収合併を繰り返したエスタッド皇国は、
やがて大陸全土一の巨大国家としてその名を轟かせることになった。
政治的手腕を、余すことなく発揮したのは、切れ者と噂されるエスタッド皇帝その人。
皇帝随一の信頼を寄せた、「鬼将軍」との異名を持つ、皇妹ミルキィユもまた、
右腕として傍らに控えた白銀の騎士と、縦横無尽に戦場を駆け巡り、敵には豪く畏れられたようだ。
出する際にはその白髪に、必ず朱の髪飾りが挿されていたと云う。
透明質の飾りは、風を纏った花にも似ている。
繋ぎとめる術は無くとも風自身が、花の辺りを漂うことを望んでいたようだ。
花の名はエンゼルランプ。
彼女の好んだ花だった。
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最終更新:2011年07月21日 11:06