<<Le voile>>


「今日ね、教会で結婚式をしたんだよ」
「へぇ」
 残業もとくになく、家に帰ってお夕飯の片づけをしているときに、ふと思いだしてボクは隣で皿を拭いていたシラスへそう話を振った。
 今日は、ボクの勤務先であるサンジェット教会でひと組、結婚式が行われたのだった。
 退魔したり、除霊ばっかりしているように思える司祭の仕事だけど、やっぱりモトのところは「教会」なので、普段から週に一度のミサとか、そうじゃなくても朝から夕方までは誰でも礼拝堂には入ってお祈りできるようだとか、その管理をしたり日常業務に支障がないようスムーズに進めるのが基本の司祭のお仕事なんである。
 結婚式だけじゃなくてお葬式だとか、あとこれはどっちかって言うと教会よか神殿の仕事になるんだけど、王さまの戴冠式みたいな国の重大儀式、も教会のお仕事なんである。
 で、普段は上司のネイサム司教にアゴでコキつかわれて、お手紙を届けたり、パンを買いに行ったり、図書館へ本を返しに行ったりしているボクだけど、ボクも一応「司祭」見習いではあるので、今日は猫の手も借りたいてんやわんやの結婚式の裏方のお手伝いをしたのだった。
「花嫁さんっていいよね、」
 なんというのか、うまく説明できないのだけれど、見ているだけでほんわかな気分になるというか、ちょっとした得をした気分、幸せのオスソワケをもらった気分になる。
 そうか?だとかまったく興味のなさそうな声で返すシラスは、情緒がない。まったくもってない。嘆かわしい。
 まぁ男だし、ドレスだとかフラワーシャワー見て心ときめかす年齢でもないし、そもそも人間じゃないので、彼に情緒ってもんを求めるボクが間違っているのかもしれない。
「どのあたりがいいんだ」
「うーん」
 聞かれてみて改めて考えるとどの辺りって言うのは難しい。
「初々しいあたり……とか?」
「初々しい」
 へぇ、と皿を拭く手をとめてシラスがボクを見た。
「……なに」
「文献じゃいくらでも読んだが、正直人間の結婚式だとかいうものを、真面目に眺めたことがなかった」
「あー」
 なべの底のおコゲをごりごりと削りながら、ボクはまぁねぇって答える。
「自分に関係なかったら、あんまり興味もたないよねぇ、普通は」
「レイディは結婚したいのか?」
「え?」
 そう正面切って聞かれると、「したい」と短絡的に答えるのもなんだかなぁって思って、ボクは一瞬口ごもる。したいかどうかの前に、まず相手を探すのが先だろうとかそういう問題はさておき。
「判らないけど、機会があればしたいよね」
「結婚」
「結婚っていうか……とりあえず『式』はあこがれるかな」
 周りの結婚している大人たちを見れば、ホレたハレたくっついたの離れたのけっこう普通にやっていて、だから反面教師ではないけど、あちらこちらから見て学ばせてもらっている状態だ。
 式なんて一瞬のもので、あとに続く生活の方がずっと重要でずううっと長いことはなんとなくわかっていたけど、司祭見習いをやっていて触れる機会もある式の方に、ボクは今のところ目がいっちゃうんである。
「式、ねぇ」
 しばらく考えていたシラスは、そのうちどんなことをするんだってボクに聞いた。
「どんなことって」
「『式』なんだから、なんか手順みたいなものがあるんだろ」
 なんか女が長い布被ってたよなってシラスが言った。
 布。ヴェールのことを布って言いますか。
 まぁ布っていえば布なんだけど、そう言ってしまうと夢も希望もなーんもない。
「そうそう」
 台所の棚に折りたたんでいたテーブルクロスが丁度うすい白だったので、ボクは適当に頭にかぶった。
「こんな感じでかぶるんだよ」
「それから?」
「えーっと……入口から男のひとと女のひとが並んで入って、ゆっくり歩いて真ん中の司祭が待ってる祭壇に行くんだよね」
 じゃまぁその食卓あたりが祭壇で。
「で、最初、こうしてヴェールは顔の前に垂らしてて……、司祭が聖句を唱えたり、結婚とはうんたらかんたらって説法をしたり、あと聖歌歌ったりしたあとに、男のひとと女のひとそれぞれに、『この人と人生を共にする覚悟はありますか』って聞くんだ」
「ほー」
 人生を共にする覚悟。
 繰り返してシラスが小さく呟いている。
 それから。
「で、男のひとと女のひとがそれぞれ『はい』っていうと、約束……契約っていうのかなぁ……が成されましたってことで、男のひとは女のひとのヴェールを捲って、」
「こう」
 契約と聞いたシラスが、言ってる傍からボクがヴェール代わりに被ったテーブルクロスをやけに丁寧にめくって、
「で?」
「で、司祭が誓いのキ、」
 ……キ。
「キ?」
「……や、ちょっと待て」
 そんな間近でテーブルクロスめくってボクの顔をアナが開きそうなほど眺めないでほしいです。どうでもいいのにどきどきします。というかこれ、うっかりキスするんだよとか言ったらへぇとか言いながらブチュっとされちゃわないですか。考えすぎですか。大丈夫でしょうか。
「キ?」
「……誓いのキ……。えっと……キ……、キックを」
「はぁ?」
 男が女にキックかますのか?
 言いながらこうだよなって言って、テーブルクロスの下のボクに顔を近づけて、シラスはほっぺたぎりぎりの、唇の横に軽いキスをした。ノーカン。今のノーカンだから。
 いやよく考えてみれば、じっくり見たことはないって言ったって、本で読んだりしたことあるんだし、ひと通りの流れは知っているわけで、つまりはただ単にボクは彼に翻弄されただけって話になる。
 からかわれたともいうのか。
「うん」
 とかひとり満足そうに頷いて、ごちそうさまだとか言っている。キスのついでにちょっぴり生気も吸い取っていきましたよね。判らないと思ってるんだろうか。
「……男のひとは女のひとに指輪を贈らないといけないんだよ」
 黙って見過ごすのも癪だけど、そのまま吸った吸わないの話に持ち込んでもしょうがないので、ボクはそう言って彼を見上げた。


(20120321)
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最終更新:2012年03月22日 00:04