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<<特別な力を君に>> 


 幸せな物語はいつも口付けで終わるのだと、ある日突然気が付いた。
 コロカントである。
 深い森に閉ざされた塔の中に隠遁する身では、絵本の類を手に入れることもままならない。
 それでも彼女の従者達がどうにか手に入れてくれる物語は、すべてがそうとは言わないまでも、ほとんどが口付けで幕を下ろしていた。
「レヴ、レヴ」
 絵本を抱えて、コロカントはラルヴァンダードへと駆け寄る。彼は外で薪を割っていたのだけれど、幼いコロカントには薪割りは手伝えない。
 せめて割り終えた薪を積み重ねるくらいの手伝いはしようと努力してみたが、抱えた薪が重すぎて転び、膝をすりむいて大人しくしているようにとラルヴァンダードに諭された。
 手伝いのつもりが、擦り傷の手当てと言う余計な手間をかけさせてしまったことで、コロカントは悄然として部屋へ戻った。
 そして何度読み返したか分からない本をまた読み返して、口付けの法則に気付いたのである。
「どうなさいました、姫」
 傷が痛むのですかと、心配そうな顔をする。
 ちがうのですと答えて、コロカントは絵本のページをラルヴァンダードの眼前に突き出した。
「どうして口付けをするのですか」
 ラルヴァンダードは仰け反った。
 絵本のページには、化物を倒した騎士が捕らわれの姫に口付けをしている場面が描かれている。
「どうして、ともうされますと」
「お話はいつも、口付けで終わるのです。王子様とお姫様も、騎士とお姫様も」
 村娘と王子様もそうです、とコロカントは言い連ねる。
 自分の発見に興奮していた。そして抱いた疑問の答えを、ラルヴァンダードはいつだって持っている。
「なるほど……」
 ラルヴァンダードは神妙な顔をして、薪割りの手を休めてその場にかがみこんだ。
「口付けとは、幸福の象徴だからでしょう」
「幸福の」
 ラルヴァンダードは頷く。
「化物を倒したり、死んだはずの姫が生き返ったりして、悲しい事がなくなると、嬉しいでしょう」
「はい。とても」
「そうすると、その嬉しい気持ちを人は口付けに込めるのです」
「抱擁のようなものですか」
 ラルヴァンダードは頷く。
「とても近いですね。けれど口付けは、基本的に男女の間でだけです」
「そうなのですか?」
「絵本でもそうでしょう?」
 コロカントはラルヴァンダードに示した絵本を覗き込み、確かにそうだと破顔した。
「レヴもしたことがあるのですか」
「自分ですか」
「はい」
 さあ、とラルヴァンダードはどこか困ったように笑う。
「どうでしたかね」
「忘れてしまったのですか?」
「そのようです」
 コロカントはがっかりして肩を落とした。
 そして、ぱっと名案をひらめいてまた笑う。
「レヴ」
「はい」
 頷き返した男の口に、コロカントは伸び上がって口付けた。
 ちゅ、と軽い音をたて、すぐに離れる。
 ラルヴァンダードは笑顔のまましばし硬直し、見る見る青ざめて立ち上がった。
「姫!?」
「おもいだしましたか」
 コロカントは笑う。
「昔のことを忘れてしまった王子様は、口付けでおもいだすのですけど」
 おもいだしましたか、と重ねて聞くと、ラルヴァンダードは眉尻を下げてひどく情けない表情になった。
「姫、自分は王子様ではありません」
「では、思い出せませんか」
 情けない表情のまま、ラルヴァンダードはコロカントに笑ってみせる。
「いえ……おかげで、すっかり思い出せました」
 コロカントは全身で微笑んで、よかったですと頷いた。
「やはり口付けには、特別な力があるのですね」
「姫」
「はい」
「口付けの力は特別で、とてもとても強力なのです」
 いつになく真剣な顔をして、ラルヴァンダードはコロカントの前に両膝をついた。
「ですからもう二度と、軽率に口付けなどしないと約束してください」
「だめなのですか? たくさんすれば、たくさんみんな幸せになるのでしょう?」
 ラルヴァンダードは表情を険しくし、困り果てたように低く唸った。
「口付けは……するたびに力が弱まるのです」
 コロカントは目を見開いた。
「ですから、姫の一生を左右する本当に本当に大事な時のために、口付けは大事に守っておくと誓ってください」
「レヴが思い出せるようにと、口付けをするのはだめですか」
「だめです」
 そうですか、とコロカントは溜息を吐いた。
「わかりました。本当に大事なときのために、口付けはとっておきます」
 絵本で唇を隠すようにして、コロカントは凛として誓いを立てる。
 ラルヴァンダードはようやく安心したように笑って立ち上がった。
「あ、レヴ」
「なんですか?」
「ハナにも口付けをしてはいけませんか」
 ああ、とラルヴァンダードは空を見上げる。
「ハナになら、問題ないでしょう」
 コロカントはぱっと笑って、それでは、ハナに口付けしてきますと言い残して走り出し――転んでまた膝をすりむいた。


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【逃げの一手】のN氏よりいただきました。
ありがとう!そしてありがとう!ニヨニヨがとまりません。
最終更新:2012年06月12日 00:01