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 なにを思いついたか、こうしてはいられないと張り切ったコロカントが、図鑑と、もうひとつのまるくやわらかな包みをかかえて二階へ上ってゆく。それを何とはなしに目で追いながら、私は背嚢から残りの行商道具をひとつひとつ取りだし、皿の片付けられた台所の卓の上へ置いていった。
 人里はなれて生活するラルヴァンダードとコロカントが、いくら自給自足を基本とはしていても生活必需品といったものはどうしても必要となってくるわけで、
「塩と……、こっちが頼まれていた帆布と針と糸ですね。それと懇意にしている食料店の親父さんが珍しく手に入ったのだと言って、蜂蜜をふた瓶」
「ありがたい」
「……娘」
 ぼそ、とかかえてきた山羊の縄目痕をこすりなだめてやっているグシュナサフが呟いて、私は軽くそちらへ睨んでやった。
「お前、俺の手妻のネタを全部バラす気か」
 確かに彼の言う通り、懇意にしているのも品物を横流してくれたのも主人ではなく、その娘であるのだけれど、
「泣かせるなよ」
 グシュナサフだけでなく、彼の発言を聞いたラルヴァンダードからもあきれた視線を向けられてしまった。泣かせませんよ、と私はかえす。
「ご婦人方に優しいことで有名なんです」
「……どうだか」
「お前、ちょっと黙ってろ」
 普段こちらの話しかけにはほとんど応じないくせに、こうしてちくちくと突けるところでは的確に突いてくる同僚はいい性格をしていると思う。
「これはいつものですね」
 言って私はインクだの羊皮紙だのを渡したあとに、湿気防止に油紙を巻いた布袋をふた包み手渡した。ああ、と頷いて彼は受け取る。ぷんとたちのぼる空煎りした数種の香草のにおい。朝晩食後に茶代わりに彼が煮出して飲んでいた。
「あとは、」
 必需品ではないけれど、町でしか手に入らない嗜好物。酒だの煙草だの、姫には飴玉だのと言った、言ってみれば贅沢品だ。なければないで諦めもするが、あると生活が豊かになると私は思う。物資量ではなく、気持ちの問題で。
 それも頷いて受けとって、いつもすまないなとラルヴァンダードは頭を下げた。殊勝な仕草に私は眉を上げる。
「なに言ってるんですか」
「潤沢に資金のない中で、目立たず、これだけ揃えるのは至難だったろう」
 執念深いハブレスト国の監視の目は、旧シビラにもセイゼルにも、ハブレスト本国にもいまだに巡らされていた。なかでも、旧シビラに属したとされる人間への追及は厳しい。すこしでも不審と思われたら、公安警備隊がうむを言わさず引き立ててゆく。
 帰ってこられる確率は低い。
 巻き込まれることをおそれ、密告にはしるものもいる。
「自分はもともと戦場よりも諜報です」
「しかし」
「それこそご婦人方の興を買って褒美をいただくのが得意なんです」
 シビラは小さな国だった。肩書きは楽士でも兵士として駆り出された経験もあったので、剣のひとつも持てないと言うわけではなかったけれど、
「笛を吹いたり歌を歌ったり、とばりで甘い言葉をささやく方がよほど性に合っているんですよ」
 月単位で屋敷を空ける夫。顧みられることのない婦人たち。どこも突けば大小それなりに不満は持っていて、その不満のはち切れそうな場所を嗅ぎつけ近付く。寝所での彼女たちは尻も口も軽かった。
 あるいは自分の漏らす情報を私が知りたがっている、と理解した上で両腕をひろげて招き入れたか。
 開示するのは野暮と言うものだ。
「それよりも、現状報告ですが」
「……ああ」
 にわかにラルヴァンダードの顔が引き締まり、手にしていた土産を脇へ置いた。椅子の背にからだを預けていたグシュナサフもぐいと前に乗りだす。
 ふた月に一度の定例報告は、生活雑貨を運び入れるという物資的な意味もあったけれど、本題は姫を匿うラルヴァンダードへの詳細な現状通達だった。簡単な文書を飛ばすこともできるが、書面上では伝えきれないことがらもあるし、なにより他の人間の目に触れたときがこわい。暗号密書のたぐいも限界がある。
 隠れ住まいを暴かれる危険性を考慮してそれでも、直に伝えることがいっとう安全だった。
「いくつある」
「悪い報せと、」
「良い報せもあるのか」
「……いえ。悪い報せと、悪い報せと、もっと悪い報せがあります」
「頭が痛くなる話だな……」
 ラルヴァンダードが溜息をついた。予想していなかった訳ではないと思う。草臥れた顔になっていた。
「で」
「はい。ひとつめですが、姫擁護再興一派の核のおひとりであらせられたアヌ侯がなくなられました」
「亡くなられた……?」
 訝しんだ顔を上げ、彼が私を見る。
「はい」
「急に過ぎる」
「自分もそう思います。病と発表されていましたが、どうでしょうね」
 十ほど上の侯爵の顔を思い浮かべて、苦い思いで頷く。ここへ来るあいだグシュナサフに話して聞かせながら同じようにきな臭いとは思っていた。
 そもそも自身でいくさ狂いと発するほどの昔気質の、よく鍛えられた体をしている軍人だった。どこかが悪いだとか聞いたことがない。現に数か月前に会ったときにも元気な様子で、コロカントの暮らしぶりを何かと心配して聞きだしてきた。なにかご入用のものはないか。不自由はされていまいか。健やかに成長あそばされておられるか。
 アヌ候自身、ハブレスト国のおこなった幼児虐殺に巻き込まれ、三人の実子を失っている。その三の数字には遅くに授かった跡取り息子の首もあった。
 悲嘆は相当のものだったと思う。目の前で愛息を八つ裂かれた夫人は、気がくるって死んだ。
 それでもあらがうことはできなかった。ハブレストの勢力は日ごと拡大しており、アヌ候は滅ぼされたシビラと言う国の一候主でしかなかったからだ。
 跡取りを失い、後添えを断った彼は養子をむかえた。養子はすでに成人しており、こちらはあいにく亡きシビラ公にたいした恩義を感じていないらしい。斯くとした発言はしないものの、なにかとハブレストやセイゼルと手を組みたがる節がある。しかし、シビラ再興の旗頭にコロカント姫をたてたいアヌ候が首を縦に振らなかった、というのが今までの流れであったのだが、
「葬儀は内内に済ませたと」
「真相は闇の中か」
「はい。擁護派の中には疑問に思われた方々もおられたでしょうが、父は生前から簡素な葬儀を望んでいた、死に顔を人にさらすは恥と遺言した、と公表されてはそれ以上突き込むわけにもゆかず」
「跡取り殿は……メイダレク候と申されたか」
「はい。今はまだ父君の喪に服されて表立った行動は控えておいでですが」
 屋敷には顔を隠した人物が複数出入りすると聞く。
「……早急にご子息の意向を確認する必要があるな」
 それは十中八、九、よい意向ではないのだろうけれど。
 判りましたと頷いて次に、と話を進める。
「マルゴイ管区大司教がいよいよ床に伏せ、起きあがることができないそうで」
 失礼ながらそう長くはありますまいと私は言った。
「あのとおりご高齢にあらせられますので」
「九十……」
「九十三と伺いました」
 旧シビラ公が信仰していたラグリア教は、いまだ大陸では新興のたぐいながら、年年歳歳、版図をひろげ、いずれ大陸きっての大教団となるだろうことは誰の目にも明らかだった。政治と宗教は切り離して考えられないとよく言うけれど、ラグリア教は実に権力を持った人間の懐に入ることがうまい。なにしろ教戒の第一人者である主教からして七人の側室を持ち、それぞれが各王家だの公家だのとつながりがあるというのだから相当なものだと思う。
 ラグリア管区として、シビラ国へ派遣されてきたマルゴイ大司教は、今年で九十三歳になる。高齢ながらこれでもまだ数年前までは矍鑠と教務をこなしていたけれど、さすがに寄る年波というものには勝てないようで、ここ数年は病に伏し、平癒と広めてはまたすぐに伏せるということをくりかえしていた。
 彼の息子の一人が、セイゼル公の娘を正室にむかえている。ハブレストに侵攻されたのちも、なにかとシビラとセイゼルの国交を取り持つための口利きをマルゴイ大司教に頼むところがあった訳で、
「……一気にセイゼルがハブレストへと傾く……か」
「先手をうたねばなりますまい」
 考え込み、口元へ拳をあてたラルヴァンダードが低い声で呟いた。頷いてかえす。かえした私にごきごきと首を回し、
「他に」
 彼は言った。
「それと、セイゼルとハブレストの友好条約が現実のものとなりそうです」
「……」
 脇のほうで黙って聞いていた同僚から、奥歯を噛みしめる音が聞こえた気がした。ぎり。空耳かもしれない。空耳だったほうがよいと思った。
 ハブレストに侵攻された旧シビラにたいして、セイゼル国が同情を示しているというのは以前述べた通りで、けれどそれはあくまでもセイゼル公の個人的感傷によるところが大きい。館を中心になにもかも燃えたシビラの残党と、興隆めざましいハブレストの、どちらと親交を深めたほうがセイゼルにとって「得」であるかは考えるまでもないことだ。
 それでもここ数年のあいだ休戦協定以上のものにならなかったのは、シビラ陥落の際、ハブレストの一方的な条約破棄があったからで、セイゼルはこれを警戒していままでハブレストとの条約締結をしぶってきた。友好条約とやらを結んだ「ついで」に油断した寝首をかかれてはたまらない、というのが本音だろうと思う。
 生き残りたければ奪え。ハブレストはそれを実であらわしている。
 そうして、ハブレストとセイゼルの友好条約は、シビラの生きのこりにとって最後通牒以外のなにものでもない。死罪判決にひとしいものだ。ハブレストとの友好を深めてゆきたいセイゼルはおそらく簡単にシビラを切り捨てる。
 シビラの再興にセイゼルの協力は欠かせなかった。国単位の後ろ盾は強い。背後につく強固な支援はそれだけ人心を呼ぶ。それがなくなってしまえば、再興を誓っている旧臣一派の結束すら、なさけないことに危うい。
 すでにアヌ候は亡く、後継者のメイダレク候はハブレストやセイゼルに視線を向けている。
 シビラの生きのこりが、仮に二国どちらかに「付く」と決断した時にまず何をするか。
 売名するために一番効果的な手土産とはなにか。
「……ここも潮時かもしれないな」
 苦み走った声でラルヴァンダードが呟いた。引き上げるということだろうか。どこに。
 すこし驚いて私は彼を見る。消極的な彼の科白を耳にするのははじめてだった。
 ……わたしはレヴのお嫁さんになれますか。
 たずねたコロカントの顔を思い、楽天的なこたえをかえすことのできなかったラルヴァンダードを思い、それからあらためて目前の顔を見た。
「なんだ」
 なにかついているか。
 私の視線に気づいた彼が不審気な目を向ける。
「いえ」
 あわててそらして何でもないですと私は言った。大人になったら。彼女は言った。大人になったらお願いするのですと言った。
 ……大人か。
 じわじわと全身に毒がまわるようなこころもち。胸に澱が積もってゆく。
 暗い気持ちで私は思う。
 大人になるまで彼女は生きていることができるだろうかと。

               *

 グシュナサフの持ってきた近況もかさねて報告し終わるころには、いつもと同じように深更を過ぎていた。そろそろ寝るかといわれて頷いたものの、すぐに横になる気にはなれなかった。軽口のひとつでもたたいて場をなごませればよかったのだがあいにく品切れだ。
 重たい胸をかかえて外に出る。
 よだかが時折夜気の向こうからきょ、ききょ、きょきょ、と鳴き交わす以外に音はなく、つんぼになったかと思うほどに静かだ。
 そう言えば今日は珍しく、コロカントが就寝前に降りてこなかったな。今頃気付いた。行儀良い彼女は夜着に着替え、おやすみなさいとかならず顔をのぞかせるものなのだけれど。もしかすると階下での陰鬱とした空気を感じ取って降りてこなかったものかもしれない。気をきかせたともすこし違う、しかし自分が口をはさんでよい話題でないときじっと黙って会話が途切れるのを待っている。聞いて理解できているかは判らないけれど、小聡いわけ知り顔でわたしはこう思いますだのと出しゃばることはない。
 身の丈を知っているということだろうか。
 ……それもすこし違うか。
 しばらくじっと闇の中で息を吸い、吐きする。初夏とは言え、森の闇はわりと冷えて私はぶるりと震えた。すずしいというよりは寒かったけれど、すぐに部屋に戻りたくはなかった。
 ふたたび森の無音に耳をすませ、深呼吸をくりかえすうちに肺が冷えてなんとなしにましな気分になる。
 夜が明ければ発つ。
 すこしでも横になり休んでおいた方がのちの行程が楽になることは判っていたけれど、どうにも頭がさえて眠気が訪れない。これでは明日の復路が思いやられる。酒でも何杯か呷って眠ってしまえば良いのかもしれないが、ここでは酒精のたぐいは貴重品だった。せっかく二日かけて運びこんだものを、運びこんだ自分が消費しては本末転倒だと思う。
 どうしたものかな。
 すうと何十何度目かの呼吸で冷えた空気を吸いこんだとき、
「ホゥル」
 ちいさくよびかけがして戸口の辺りを振りかえる、聞こえるはずのない、眠っているに違いない声の主。うすく漏れる明かりを背にした彼女の姿に驚いた。こんな時間まで、どうして、
「こんな遅くにどうしました」
 思わず中腰になる。自然とがめた口調になっていたようで、ちいさな影が身をすくめるのがわかった。
「……ごめんなさい。夜更かしはいけないってわかっていたのですけれど。……ホゥルとガシューが、もう朝には帰ってしまうと聞いて」
 どうしても渡したかったのです。
 言ってコロカントはためらいがちにこちらを窺い、怒っていないことを確認したのだろう、尻を浮かせたまま中途半端な姿勢の私の隣に近寄り、座った。
「……朝には帰ると聞いて?」
 こちらも座りなおす。
「ホゥルが、お願いしていた荷物を今日持ってきてくれたでしょう。いそいで仕上げたのですけれど」
 朝に私たちがここを発つことと、彼女が今まで起きていたことの関連性が理解できなくて私が首をひねると、はい、と彼女がてのひらの上になにかかたまりを乗せてこちらへ差し出した。
 差し出されるままに取りあげ、それからこれは何だろうと暗がりで目をすがめて私はてのひらの上を眺める。つまんだ感触がやわらかいなとは思ったものの、細かなかたちまでは判らなかった。
「姫、これは」
「おまもりです」
 コロカントが言った。
「おまもり」
「よくないことを避けてくれるんですって」
「厄を、避ける」
「レヴやホゥルやガシューに、なにかお礼がしたかったのですけれど、なかなか思いつかなくて」
 わたしにできることは数えるほどしかないから。
「……姫が作ったのですか」
 私は呟いていた。
 うすく開いたままの戸口の光に照らしてみる。いびつなかたちのはなびら。赤色にそめた木綿生地の縫い目あいだからすこし綿がはみだしていて、ああ間に合わせようと急いで縫ったのだなと思う。笑んでしまった。
「きれいですね」
 ありがとうございますと私は言った。
 赤色と黄色の布地。それと綿花をすこし。以前ここを訪れたときに、急ぎでなくともよいから手に入ったら持ってきてほしいとねだられたふたつだ。なにに使うかだとか考えもしなかった。きっと、彼女のぬいぐるみを飾る色に使うのだろうなと、思ったのはその程度だ。
「大事にします」
 やさしい感触のかたまりを懐に入れる。熱は持っていないはずのそれが妙にじんわりとあたたかかった。
 ぬくもりを思い、それからぬくもりから連想してそういえば夜気は冷えるのだと、寝間着一枚の彼女を見下ろす。寒いに違いないと思ったからだ。
 見おろしたコロカントは、拳を目にあててごしごしと擦っていた。ごしごしと擦り、そうしてかくんと首がうなだれ慌てて引き揚げている。間に合わせなければと半ばせっぱつまって縫い上げたまではよいものの、渡し終えた途端に眠気が一気に訪れたのだろう。
「寝床にまいりましょうか」
 私は言った。
「ここでは風邪をひいてしまいます」
 私は言った。
 応えようとした彼女が言葉にならない言葉を口の中で呟いて、それからぼうとふやけた顔でこちらを見上げる。思考がほとんど止まっているのだと気付いた。
 からだへ腕を伸ばし、すくいあげるようにして私は立ちあがった。彼女の睡魔が伝播したかもしれない。横になってもよいような気持ちにようやくなっていた。
 かかえるようにしてうながし、部屋のなかへ戻ると、暖炉の前にわらを敷き陣取ったグシュナサフが、物音に反応してこちらを見た。彼もまだ眠っていなかったらしい。
 半分寝ているコロカントに気付いて片眉を上げ、それから胸元のかくしをさぐり、彼女がグシュナサフへ渡しただろうおまもりの端をのぞかせた。
 ああ、と私は嘆息する。
「おそろいか」
 ぞっとしないと呟くとそれはこちらの科白だと言われてしまった。まったくだと思う。
 ちいさな子供がそろいのおまもりを身に着けていたとして、それはほほえましい光景以外なにものでもないが、不惑をこえた自分たちではさまにならない。さまにならないというよりは見れたものじゃあないと思う。
 しかし、コロカントはあくまでも善意で私やグシュナサフに作ってくれたのだろうと思う。思い、針を刺し傷だらけになった指先を見ては、身に着けざるを得ない。
 というより、
「俺が着けるからお前は遠慮しろ」
「……そのまま返す」
 そろわなければ良いのだと気付き、彼にそう言うと嫌な顔でかえされた。
「親父さんは」
「もう休んでいる」
「そうか」
 肩を抱き、二階の彼女の寝床へ誘導し、上掛けをめくりあげてどうぞ、とさし示すとおとなしくコロカントは敷布のあいだへもぐりこんだ。ごそごそと身動きこちらをむいて、ホゥルはどうするのですかと言う。
「俺ですか」
 朝までそう間はないが、それでも横になり休息をとれるだけとるべきだろう。下で寝ますと言うと、
「一緒に寝てください」
 見上げられた。
 思わず、悪いことをしたわけでもないのに、反対側のラルヴァンダードの寝姿をふり返ってしまう。寝姿は動かない。
「……せまいですよ?」
「せまくてもいいです」
 どうぞと寝床の半分をゆずられて、しばらくその洗いざらした布のおもてを眺めたあと私は彼女の隣へ滑り込んだ。
 うれしそうにすり寄せてくるからだが夜気に冷えていて、私は腕を伸ばし母鳥が羽の下で雛をあたためるようにして彼女を引きよせた。
「おやすみなさい」
 見上げる彼女の髪をかきあげ、額にちいさく口付ける。
 ふわ、と幸せそうに笑い、すぐに眠りへおちてゆく彼女の顔をうす暗がりにながめながら、口づける魔法の効果というものは「うける」ほうだけでなく「あたえる」側にも有効なのだなとどうでもよいことを思った。
 急速に眠りに落ちるまえの意識の落下が訪れる。
 暁の気配がした。


(20120621)
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最終更新:2012年06月20日 23:41