寝具どころか家具というもの人間の生活のにおいがするすべて必要なものをとっぱらった広く寒々とした部屋のなかでけもののようにからみあうひとつとひとつの影がありどちらの顔も杳として知れないだから俺は突くがわも挑まれるがわも判り得ないと言うのになぜだか双方見知っているようなこころもちになりいったいこいつらは誰だだとかいう出歯亀心で近付いてみる近付くな近付いてはあとがないぞとどこか片隅のほうでけたたましく警鐘を鳴らすやつがらがいるような気もしたけれどなにより顔をのぞきこんでみたいという好奇心がはたらいて考えてみれば下卑た話だ交接し合う人間のつらをおがもうとする俺の興味というやつはいったいどこから湧いてでてきたというのかそもそも俺はこうした行為がひどくきたならしいと思い反吐がでるほど厭なはずで学生時代に同じ部屋のやつがどうだお前も見るかと差しだした女の股倉ひらいた裸に本気で吐き気がした饐えたにおいまで鼻先に突きつけられたように思っただから目の前ではっはと舌をだし息をつぐそいつの顔はどう考えてもあの女と同じような顔をしているはずで醜悪なものだ俺が見たいと思うはずがないのに俺はそのふたつの肉から目を離すことができず呼気とともに吐きだす突くがわの快感にみちた唸り唖とも云ともことなる言葉にならぬ溜め息にどういうわけかずくずくと心が浮き立って貴様こんなところでなにをしていると不意に怒鳴りかけすんでのところでこらえきるのだあぶない声を出してはこいつらに気が付かれるおそれがあるそう思いながらけれど俺はこいつらが俺の存在というものにたいして見ることも聞くこともできないことを絶対の自信を持って知っているのだった要するに俺はただの傍観者で俺がこいつらに関与できない代わりこいつらも俺を感知しないだから安心してずかずかとその汗みずくのふたつに近付くどうして俺はこんなにもこの爛れたやつらのことが気になるのかと思ったなおも背後からうがたれその衝動のままにゆらゆらと四肢をついた体が揺れて挑まれるがわのうなじから尾骨まで細かな漣が幾度もはしるのが判る気持ちがよいと口に出さずとも呻いているのだ声を押し殺した分だけじわと汗が浮きでてつるつると肌のおもてをすべってゆくそのさまを目にした俺の耳殻に爛れきった挑まれるがわのけものの喘ぎが飛び込んで思わず膝を着いたそいつの尻肉が歓喜に震えるこれは女ではなく男だった男と男が互いに征服し圧し掛かられて愉悦に耽っているのだった俺はこいつの声をどこかで聞いたことがある気がすると思った腹立たしいほどなじみがあってけれど聞きなれない吃音に眉をしかめ胸のうちが警鐘どころかさらに激しい鼓動を刻んでいることを突如に自覚する不整脈というやつかもしれない見てはいけないとどこかで俺にいさめる声があるのを俺は知っている見てはきっと戻れなくなりつるよとけれど俺はその交わり合う体と体のつなぎ目はらわたの色の見えるめくりあがった肉の縁はっとするほどの朱にじみ出る白濁がぬちゃぬちゃと音をたて泡立ちしたたるあちこちについばまれ赤紫色に変色した肌にわななきが奔り俺はたまらずそいつの頬を掴むと無理矢理に俺のがわへと差し向けた見てはならぬいっとう強い心のうちの声がしたけれど箱を開けたのも知恵の実を口にしたのも結局はひとの素朴な知り得たいという欲求のひとつにしか過ぎないのだなにが罪なものか後時罰を受けることを十分理解していたとしても魔が差すのがひとという生きものでそうして俺がそいつの顎を掴んだはずみに鋭く息を吸い食いしばられた奥歯そいつはびくびくと腰をうちふるわせあ、あ、あ、あ、鼻にぬけた泣き声を漏らししばらく硬直したのちに弛緩する糞こいついきやがったと思いげんなりとなった次の間にそいつが俺のほうへとひょいと視線を向けたのだ揺らぎ焦点のしまらないまぬけな顔快楽にゆるみきって潤んだ瞳それがうつろに俺の顔をとらえ数度まじろぎ俺はそこではじめてそいつの顔を見止め瞬間あっと仰け反り絶叫する堕ちたそいつは俺とそっくり同じ顔をしていたのぞきこんだ昏い青さすらうりふたつの俺のかたわれだった。

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------
> next

最終更新:2020年09月02日 11:01