アットウィキロゴ

 

(CAPCOM社から発売されているDoragon’s Dogmaと言うゲームの主人公→司教、ポーン→先生、でクリエイトしてプレイした感想文です。ゲームのネタバレを若干含みます。あとたぶんゲームプレイされてない方にはさっぱりかもしれません。ご注意ください。)
 

*
 

 誰かに呼ばれている気がして男は顔を上げたのだった。
 おのれの名は忘れた。
だから、きっと、呼ばれているのはおのれの固有名詞ではないのだろうと男は思う。そもそも記憶はおぼろになりすぎて、いったいおのれというものがなんと呼ばれていたのかとっくに無辺のかなたにあった。ただ懸命に、誰かが、呼びかけている気がしたのだった。
――誰か。
 混沌と澱む頭上に一陣の光が射しこみ、それがあまりにまぶしかったので男は手を上げ視界をさえぎる。届くと思った。腕を伸ばされたような気がしたのだ。途端、ぐいと引き上げられるような感触があって、気がつくとどこか別の場所に降り立ち、男の目の前にひとりの人間がいた。
 見知らぬ、おぼろな記憶の中にも、おそらく一度もまみえたことのない若い男だった。一期、袖をかするかすかな縁、そのまったくささやかな機会すら互いになかったように思う他人で、無論男はその若い男の名を知らない。
 ただ不遜な目をしていると思った。それが初めの印象だった。
 そうして不遜な目をしているくせに、同時に、妙にたよりない、寄る辺ない子供のような印象を与える人間だなとも思った。歩きはじめたばかりの、足元のおぼつかない若い男。その相手が視線をあげおのれをまっすぐに射抜くので、男は目を逸らすことができないのだ。
ほうっておけない、手を差しのべずにはいられない、焦燥感にも似たなにか、保護欲というにはなまぬるい、独占というにはありきたりすぎる、自身にも理解できない感情が赫々と男の身を焦がして、男は思わずだらんと下がった相手の手を取りその甲へ口付けた。
自然な衝動だった。
うん、とちいさく息を飲んだあとに、相手が安心したようにうすく笑う。
 それから形のよい唇がほころんで、低めのアルトが男の耳へ届いた。
 アンデルセンと相手は言った。
短い単語のくり返し、それが彼の名づけたおのれの名であることを男は即座に理解し、こうべを垂れる。
 アンデルセン。くり返し、その不遜な若い男はいましがた名づけた名をくり返し、くしゃくしゃと腰を深く折った男のこわい髪を掻き撫ぜる。
 なつかしい気がすると彼は言った。遠いむかし貴様とどこかで会っていたような。
 そうだなと男はこたえた。まったくの初見の、まだ名も知らぬ相手だったにもかかわらず。
 不思議そうな声を頭上に聞きながら、アンデルセンと呼ばれた男は、あのとくになにもない空間の片端で、おのれはこの若い男をひたすら待ちつづけていたのだということに気がついたのだった。
 
 
 ポーンと呼ばれる民なのだと言う。
 マクスウェルと名乗った若い彼が、男に男の出自をそう告げた。説明しながら彼もどこか首をかしげるところがあって、つまりはよく理解していないのだろうと思う。聞くところによると、マクスウェル自身も辺鄙な海沿いの村の住民で、船を繰り、魚を獲って、日々をつつましやかに暮らしていたのだと言った。
「そこに、大きな怪物がきた。」
 日も暮れ腹も空いたので、手ごろな岩陰に焚き火を熾し、向かいあわせた男へ彼は言う。
「竜だとかいう生きもののようだった。」
 自分はおとぎばなしに興味がないから、実際物語の竜と、目の前にそびえ立ったそいつがどれほど違いがあるのか、そっくりなものであるのか、さっぱり判っちゃあいなかったが、そう言う。
「――竜、」
 男がくり返すと、つまるところ大きとかげだなと言って彼は薄く笑った。
「鱗が生えていた。乾燥してかさついた皮膚が目の前にあって、すこしめくれていた。こんなでかい図体でも脱皮をするものなのかと思った。頭だけでおとなの両腕で回しきれない大きさだった。まるで家だった。罅割れた皮膚の筋に赤いてらてらとしたぬめりがしたたっていて、最初それがいったい何のしたたりなのか俺には理解できなかった。模様なのかと思った。しばらく眺めて、それが竜のくらった獲物から垂れ流れた血なんだということに気がついた。」
 恐怖はまるでなかったと彼は言った。
 現実感の伴わない恐怖は、恐怖たりえぬのだと言った。ただ呆気にとられて巨大な生物をながめていることしかできなかった彼の胸もとへ、竜が爪先を伸ばす。とん、とささやかな衝撃がからだに走ったのだと言った。じつに血滴ひとつ垂れることなく、あまりにも簡単に、竜の爪先にそれはあった。鼓動を規則的に繰り返す、拳よりすこし大きな、生命維持活動に於いて欠かすことのできない臓物。「それ」がおのれの胸のうちよりとりだされたものであることを、しばらくぽかんと眺めるあいだ、彼は思い当たることができなかったのだと言った。先に述べた通りに恐怖はなかった、痛みもなかった、あっさりと引き抜かれたので驚きすらなかった。
 ただ理解ができなかったのだと言った。
 語る彼の胸もとにアンデルセンは目を動かす。野宿の夜は冷える、着込んだ彼の膚は何重にも覆われ、そこに無残に刻まれた爪痕をみとめることはできなかった。
 だから夢想した。
 見たいか。
 視線に気づいて彼が言った。気を魅かれた男を面白がってとるように眉が上げられ、挑発し、いざなう動きの彼の言葉だった。どうだろうか、男はこたえた。そうしてこたえきるよりさきに、ぐいと彼が彼自身の胸もとを開き、どうだと男へさらけ出す。
 漁村に生まれたと言う、だのにその膚は思いもよらず白かった。冷ややかな、まるで磨がれた墓石のように、物騒に白い。生きている感を感じさせない、それは竜に心臓を抜き取られた人間だからこその死のない、また生のない青白さなのか、それとも元来のものなのか男には判別できなかった。ああ、と男はうなった。これはみてはいけない白さだと思う。
そのひどくいけない膚に、まるでそぐわない赤黒い傷跡がある。ぬらぬらと光り、いまなお血を垂れ流しているようだ。ほんとうに痛みはないのか。信じられない気持ちで男は腕を伸ばす。指先がかすかに彼の膚に触れると、彼がかすかに目をすがめた。試すようなそれだったので、ぞくと男の背筋に電流が奔る。
まいったな。あわてて指を離した。
これは生粋の魔性だ。
 
 
覚者、と呼ばれる属性の人間に彼は「なった」のだそうだ。
竜に心臓を抜き取られなお生きる人間をそのように呼ぶらしい。
覚者はポーンと呼ばれる民と接触を持ち、そのうちのひとりと契約をかわす。つまりは男と彼との関係で、けれど男は彼とおのれの関係をいったいどう言う間柄で言い表したものか、いまだに適宜な言葉を思いつくことができない。主従というにはあいまい過ぎた、従えるもの、従うもので言えば、彼は生来の前者ではあったろう、けれど男は彼にいのちを救われたわけでもなかったし、これといった彼につき従う明確な理由に欠けた、だったから主と従の関係というにはあいまいすぎた。同僚でも連れでも相方でもしっくりこない。一番に近しい語呂で思い付いたものと言えば配偶者ではないかと思いはしたものの、あいにく彼も、男も、「男」であったので、その言葉もそぐわない。
だったから、結局、マクスウェルと名乗った彼と、アンデルセンと呼ばれる男のつながりは非常に不安定なものだった。
あの亜空間より呼び出されたから彼に命をささげると言うには、どうにも説得力のない言だったし、だからといって彼を放ってどこかへゆく気は男にはさらさらなかったのだ。
彼は自由で、奔放で、気分屋だった。つかみどころのまったくない性格をしているくせに、神経質で厄介だった。その気まぐれな彼に振り回され、へとへとにされて、何度も男は腹に据えかね、どうして自分はこんなどうしようもなく面倒くさい人間と行動を共にしているのだろうと思った。
置いていってしまうことができたらずいぶん楽だったろう。
けれど男には彼を置いてまでゆきたいような場所もこの世界にはなかったし、そもそもおのれがいったい世界に於いてどう言った立ち位置なのか計りかねた。もとの空間へ戻ることだけは勘弁だと思った。あの暮明はいまの場所よりも退屈だ。
横を歩く人間へ、アンデルセンはちらと視線をやった。頬が削げている。疲労の色が濃い。都を中心にあちらの砦、こちらの古塔へとたらい回され、まともに寝台で眠ったのも、十日は前のできごとだ。屈強だけが取り柄の男はともかく、もとのつくりが細い彼には、移動をくり返しながら土の上で眠る、それだけのことでもこたえるようだった。ほんとうに、漁師の暮らしを営んでいたのだろうか。不思議に思う。あの腕で網を引けるのか。尋ねてみたい気もしたけれど、聞いたうえでどうしてそんなことが知りたいのだと逆に聞きかえされたら男には返す言葉がない。
だから聞かなかった。
 
 
なりゆき、という言葉があるのだとしたら、たしかになりゆきだったのだと思う。
覚者と呼ばれた彼は、彼自身のゆきざまをさぐるうち、権力者に都合のよい使いものとしてあつかわれ、強大な竜を退治した英雄に仕立て上げられ、領王を弑した反逆者として追われ、そうしてどういうわけか世界を統べる不死になった。
――どうしてこんなことになったのだろうな?
彼が笑う。彼自身が一番に不可解だったろう。
頬だけをゆがめた疲れた笑いにしたがうのはもはや男ひとりだった。色味のない空間。そこは、男が以前に彷徨っていたあのたまり場とすこし似ていた。固い玉座へ腰をおろし、はるか高みの合間から下界を眺める。
それは神と呼ばれる力だったのだろう。しかし男は彼を神と決して思うことができないのだ。
これほどなまなましい神がいるか。
彼は男が出会ったいっとうはじめからなにも変わらない彼でしかなかった。卑小で醜状な一個の人間でしかありえなかった。土が湿っていると言ってはケチをつけ、寝具が臭いと不機嫌になる我侭な人間でしかなかった。のぞんで手に入れたわけでもない、ただなりゆき上おしつけられたあまる力を扱いかねて途方にくれているただのひとりの人間でしかなかったのだ。
男と彼は実にふたりきりだった。
最初のうちはそれでも物珍しかったのか、彼は何度か町や村へ足を運んだ。彼と男に許されたのは、ただ、眺めるということだけだった。
触れることはできない。
そのうち彼は下界へゆくことをやめた。玉座へ腰をおろし、下の様子を眺めることもしなくなった。眺めたところで一切の干渉を許されない。
許される。
誰に、と男は思う。世界を統べる力を持つ人間以上に力を持つ人間がいるものか。
呪われているとしか思えなかった。日に日に色味をなくし、倦んだ瞳になってゆく彼の姿を男はただ黙って見続けた。たとえ皮肉が多分にまじりあっていたとは言え、それでも彼はこうなる以前はたいそう表情が豊かであったのだと、ほとんどの感情をなくした廃人のような彼を見て男ははじめて気がついた。いまや彼はただ息を吸い、吐くだけの無機物にひどく近しい生き物だった。
その彼が時折緩慢に眼球を動かし、男の姿を目に入れる。そのときだけ、彼のおもてにほんのわずかな生気が戻るのだった。だから男は彼の側にいた。男が彼のもとを離れてしまったら、きっと彼は彼でなくなってしまう。たまらなくなると男は彼の傍らへゆき、手を伸ばし彼に触れた。廃人の彼のからだはそれでもほのかにぬるいのだ。そうして彼が、彼自身の力で取りもどした、脈を打つ臓器が胸のうちにはおさめられていた。
男と彼のほうりこまれた空間には時間と言う概念がない。だから、男も彼も決して汚れることがなかったし、腹が減ることも眠くなることもなかった。
その無意味な空間の中で鼓動を打つ彼の臓器が不思議だと思った。胸へ顔を寄せる。最初のころはそれでも顔をしかめて見下ろしていた彼は、今ではすっかり無反応になった。とめどなく男は彼の脈拍を数え続ける。永遠の責め苦。顔を歪めた男の頭を静かに撫ぜる指がある。
こわい男の毛を梳くように、あやすように、何度も何度も撫ぜ、そうして唐突に灰色の唇を動かしてアンデルセン、と男の名を呼んだ。彼の付けた男の名だった。
応とこたえる男の唇に、マクスウェルのかさついた唇が重なった。しずかに下唇を食み、しばらくたしかめるように弄ったあとで、まるで何かのスイッチが入ったように、唐突にそれは熱のこもったものへと変わった。性的なにおいのまじる口づけ。角度を変えなんども吹きこまれる熱情に、男はああやはりこれは魔性だと思う。
――そうして俺は魔性に魅入られた。
それも悪くないと思った。
 
 
耳元でなにかささやかれた気がして、男はうっすらと瞼を開く。寒暖のない空間で、精根互いに尽き果てるまで弄りあい、触れあったあとの気怠さに身を任せ、転がっていたはずの彼がいつの間にか隣にいなかった。
肘をつき上体を起こした男の目にまず飛び込んだのは、ひどくおだやかなマクスウェルの顔だった。そんな顔をお前は持っていたのだな。いまさらながら驚いて、男はぽかんと口を開ける。慈愛。先まで貪り赤く腫れた唇が、小さく動いて男になにか語りかけているが、男の耳には届かない。聞こえない、聞きたくない、いったいお前はなにをしていると手を伸ばした先で、彼がゆっくりと剣の切っ先を彼自身のからだへ向け、もう一度、男へ目をむけた。
やさしい顔だと思った。まて。やめろ。言葉は喉をついては出なかった。制止することはいくらでもできた、けれどそのあどうしたらいい?
彼の存在の是非を問わず、世界は勝手に営みを続ける。世界を統べるもの。なにひとつ手を下すことはできず、なにひとつ運命を変えられず、そうしてまつりあげられた彼がかつえるほどに望んでいたことは、ただもとの平凡な生活に戻ることだった。力がほしかったわけじゃあない。こんなものは望んじゃあいなかった。彼が笑う。わるいな。だが私は往くよ。
そうしてなんのためらいもなく、拍子ぬけるほどあっけない動作で、彼はリディルをおのれの胸に突き立てた。飽きたらず、深々とくいこませ、背を破りちょうど肩甲骨の合間からめりめりと切っ先が顔を出して、それでも彼は笑っていた。
男の喉からようやく喚声がほとばしり、けれど言葉の意味をなさないままがくりと前のめりに倒れた彼に駆け寄った。すでに絶命していることは明らかだった。みごとなひと突きだった。細いからだのどこにそれほどの膂力があったものか、それともいままで彼が隠し続けてきたものか、いずれにせよ彼はたったひとりでけりをつけ逝った。
抱き上げた彼の口もとから水のように朱い滴が滴り落ちて、こと切れてなお彼は笑っていたのだった。
どうするのだ、男はうろたえながら呟いた。お前、俺を置いて勝手にひとりで逝ってどうするのだ。
そうして恨んだ。
なぜ俺にとどめを刺してくれと頼まなかった、俺が情に負ける人間だと思ったか、くたびれきったお前をずっとそばで眺めていた俺が一番にお前を楽にしてやりたいと願っていたのが伝わらなかったか。
ああ、だが、判っていた、男は彼のからだを抱きしめる。
お前にとどめを刺した人間が、次のお前になる。だからお前は俺に自分を殺せ、とは言わず、さっさと世界の連環を断ち切って逝くことを選んだのだ。おのれの尻拭いをおのれで済ませて、たったひとり、せいせいした顔をして、
「――マクスウェル。」
 彼の頭を胸元へ寄せ、男自身の鼓動を聞かせてやりながら、出会った最初から何度も彼が男の名を呼んだように、くり返し、くり返し、睦言のように男は彼の名を呼ぶ。宿へ泊まるとき、洞窟へ踏み入れるとき、十数人の敵に襲われ絶体絶命と思われたとき、いよいよ竜と対峙したとき、そうして最後に剣を突き立てるときですら、彼は男の名を呼んだ。おのれはいったいどんな顔をしてその声を受けただろう。
拗ねたような彼独特の音が、男は好きだった。
「――マクスウェル。」
 ひとは鼓動を止めたとしてもしばらくは、五感の働きが残っているのだという。
 俺の鼓動や俺がお前を呼ぶ声は聞こえるか。
 ああ、そうしてもし次があるのだとしたら、次のお前の人生は、お前が望んでいたような、退屈な人生だといいな。
 力の抜けたからだが徐々にぬくもりを失い冷えてゆく。
「――マクスウェル。」
 男は呼んだ。
 微笑んだままの彼のまなじりからつうとひとしずく涙がこぼれて落ちた。
 

→ new game
   continue

-------------------------------------------------------------------
> next

最終更新:2020年08月08日 23:30