すごくばかばかしいことなんだけど、わたしはずっと、そのひとは人間だけど人間じゃあないと思っていた。

 人間じゃない、と口に出していってしまうと、もっとちがう表現があるかもしれない、もっとしっくりくる言葉がある気もしてくる。そうして人間じゃないとわたしは言ったけれど、それは別にそのひとがどこかばけものじみているとか、ひとを超越したなにかとか、そういう意味合いではなくて、単純になんとなく、生きている感が薄い気がしたから。黙ってうす暗がりに立っていると、彫刻のように思えるときがある。いつだったか、わたしが報告書を提出しに部屋に行ったとき、そのひとが部屋の隅っこに立っていた。そのときたぶんそのひとが部屋のなかでいちばん静かだった。あまりにも静かに静かに立っていたので、わたしはそのひとのことが生きものではなくて、ただの置き物、書架のとなりに設置された、わたしにはよくわからないアートとか言う木石のたぐい、そんなものかと勘違いして部屋には誰もいないとか思ったりして、いないんだったら執務机の上に報告書を置いて帰ってしまおうか、でもたぶんこっそり置いて帰ったら絶対後からお小言を食うにちがいないから待っていようか、だとかそんなことを思ってぼんやりしていたら、いきなり由美江、と声をかけられたものだから、飛びあがったことがある。飛びあがって驚くとかいう言葉があるけど、本気で驚いたときって本当にからだが跳ねる。わたしがぎゃあ、とか色気のない悲鳴を上げて飛びあがったものだから、そうしてそのあと腰を抜かしてしまったので、そのひとは呆気にとられていた。ふだん報告書を提出しに行くと決まって、始末書の多さをぐちぐち言われるのだけれど、わたしがあまりにびっくりしたのでめずらしく心配してくれたりもした。あたま大丈夫か、とか。そういえばそうして眉をひそめるときだけ、ちょっと生きもののにおいがする。

生命の強さ、とでも言ったらいいのかしら。

でもそんなむずかしい言葉を探さなくても、単純に生活臭とか言うものかもしれない。

 わたしたちの上司のことだ。

 薄いと言ったけれど、でもマクスウェルにはきちんとにおいがある。いらいら髪を掻きむしっているときとか、石鹸のにおい、それも教会の生活部から支給されているあのゴツいだけの石鹸、フローラルもへったくれもない、廃油と苛性ソーダを一斗缶で混ぜて型に入れて固めただけのあれ、のにおいと一緒にマクスウェルのにおいがしてくるときがある。いいにおいか悪いにおいかはよく判らない。ただ、ああマクスウェルのにおいだな、とわたしは思う。わたしは嫌いじゃないにおいだけれど、口に出して言うのはやめた。前に一度だけ、局長のにおいがする、とか言ったら、なんだかいきなりすさまじい目になって、しばらく近くに寄せてもらえなくなった。たぶん体臭を気にしたとかそういうのではなくて、単純に自分のテリトリーに踏み込まれるのが厭だったんだなと思う。

そうして歩み寄られるのがなによりいやだということを、わたしはフェルディナントルークス孤児院のときから判っていたはずだったのに、うっかり口を滑らしてしまったものだから、おまえもう鼻の孔塞げ、わたしの近くで呼吸するな、とか言われたし、寝ていた犬の尻尾を踏んでしまったみたいで、さんざんだった。

犬の尻尾。犬っていうよりは猫寄りだけれど。

わたしは結構、においでひとを判断することがあって、においと言っても使っているシャンプーとかにおい袋とかそういうのではなくて、ひとりひとりが持っている雰囲気、とでも言ったらいいのかしら、マクスウェルのまわりに流れている空気、冷たいようでいてぬるい、静謐で透徹したようでいてごちゃごちゃと詰めこんだ、用具室の埃くさくてもう一年も、それ以上も窓を開けて入れ替えていないみたいなきらきら舞うほこりまみれの空気、そんなめた混ぜのにおいが好きで、それはわたしの好きなハインケルやアンデルセン先生とも違う、混ぜるな危険、取り扱い注意、の、ややこしいにおいで、でもそれを口に出してうまくひとに伝えられる自信はないし、正直たぶん一番わたしの気持ちを判ってくれるハインケルにも理解されなさそうな気がする。

由美江って変わっているね、とか言われるのがオチだ。

話がにおいのことでだいぶそれてしまったけれど、だからわたしは、マクスウェルが生きている感が薄いと思っていた。このひと汗とかかくのかなって。

なんか汗腺が極端にすくなさそうというか、なさそうな気がする。まあ局長はもともとデスクワークのひとで、外にでることも滅多にないほど、なんだか見ているこちらが気の毒なくらい十三課の執務机にカンヅメだったから、外出する時というのはほとんど公務のことで、移動も車とか飛行機とか、そんなのばっかりで、だから外気に触れるとか日光を浴びるとか、現地任務の多いわたしたちとは正反対の仕事だったから、額に汗して労働、なんて言葉、マクスウェルから一番遠く離れている言葉の気がしてならない。

そうして仕事をしているときは司教服をかっちり着込んで、夏でも首のカラーまでしっかりとめていて、窮屈じゃないのかなって思うほどだったから、なんか、汗をかかない生き物なんじゃないかなって思っていた。そういう体質のひとだって。

 

 

フェルディナントルークス院で、宵祭りがあった。

宵祭り、と言っても、そもそも慈善福祉事業の善意の善意、それもローマ市民のみなさんの奉仕と募金の上に成り立っている孤児院の赤字経営だから、子供たちにすこしだけご褒美、のお祭りなのだった。

全部、手作り。院の庭に吊り下げるセロハンの提灯とか、色紙を切って貼ったモールとか。大きな画用紙に、絵の具で店の名前を書く手伝いをした。

店と言っても、院の子供たち向けの店だから、魚釣りとか、水風船とか、かき氷とか、それとケバブ。こだわりらしい。なんでケバブなのか聞いたら、孤児院の大人で模擬店の内容を決めるとき、だれかが日本のお祭りをテレビだかで見たことがあって、そこで串焼きを焼いて売っていたから、お祭りには串焼き、でも日本の串焼きはよく判らない、バーベキューにすると意味が違う、じゃあケバブ、だそうで、力説したのはアンデルセン先生なんじゃないのかなと思ったけど、もしかすると違うかもしれないので、聞かなかった。

子供たちは、数日前から飾りをつくるのを手伝っていたそうで、わたしが当日手伝いにいったときは、もう朝からそわそわ浮き足立ってしまって、お祈りもこころここにあらずって言う感じで、でも今日はしようがないねって、椅子に座っているだけでもよしと、先生たちも目をつぶっている感じだった。院にいる子供たちは、くり返される日常が常で、娯楽のたぐいはほんとうに制限されていたから、だからこの日は大目に見ましょうって言うことらしかった。

わたしは、ハインケルと一緒にずいぶん前からこの日は休暇を申請していて、うまい具合に飛び入りの任務もなくて、簡易の修道服ってやつで手伝いに来た。だってもう連日うだるような暑さだったし、厚地の長いぞろっぺえを着ていても、汗がぼたぼた垂れるだけで、とてもじゃないけど手伝いなんてできないからだ。

そうして行ってみたら、名前だけの応接室にマクスウェルがいた。

そこはほんとうに、名前だけは応接室、となっているけれど、あるものと言えばソファだけで、それもどこかのごみ捨て場から、粗大ごみの日にまだ使えるからと言って先生が拾ってきた、スプリングコイルのはみだしたソファだけで、座るとぎしぎし鳴るようなしろものだった。

そのソファにぐしゃりとつぶれたみたいになって、そのひとがいた。えーって。なにそれ聞いていない。わたしたちの所属する十三課は、福祉事業とはもっとも遠い位置の部署で、だからそのひとが仕事でここにいるっていうのは考えられなかったし、でもマクスウェルが休暇をとるなんて言うこともあり得なかった。仕事の虫、というよりは、仕事していないと死ぬみたいな勢いで机に向かっているすがたから、どうやったって、わざわざ、院の子供たちのために、しかも彼の言葉を借りると、「うざくて暑苦しいギャーギャー騒ぐだけの低能な猿ども」のために、休みを取ってここにやってくるなんて思えない。でもじゃあどうしているのかって考えても、よく判らなかった。わたしはもうずっと前にここを卒業したけれど、ここの手伝いをするのも、子供たちと一緒に遊ぶのも好きだったし、顔ぶれの変わらない院のマルコ先生やアンデルセン先生たちに会うのも好きだったから、年に一度か二度は訪れていたけれど、誰かに会いにきたとか、手伝いにきたとか、たぶん一番そうした狎れあいをきらっているひとだと思うから、でもどうしてここにいるんですかとも聞けなくて困った。

そのひとが一番自分がどうしてここにいるのか皆目見当がつかない、みたいな顔をしていたから。

にがい顔でもしていてくれたら、揚げ足取り交じりにつつくこともできたかもしれない。きっとそのひとは、ぐさぐさ辛辣ないつもの返しをしてくれるはずで、そうしたらそのひとを傷つけずにすむと思った。でも、そのひとが浮かべていたのは泣きべそ顔だった。途方にくれた子ども。

ハインケルもきっと同じように考えたんだと思う。もともとハインケルはさわらぬ神にたたりなし、みたいなところがあるから、わたしのようにうかつに踏みこんで、痛いしっぺ返しを食らうなんて言うことは、ほとんどなかった。器用というか、上手に世渡りしているのだ。だから、二人で困った。そうして二人で応接室の扉を開けたはいいけど、そのまま無言で立ち尽くしていたら、のたのたと視線をこちらにめぐらせたマクスウェルが、息をちいさく漏らした。嘆きの壁。ああもういっそ死にたいって思っているのが、なんとなく判った。ここにいるわたしたちがわるもののように思えて、御免なさいと言いたくなって、いっそう、わたしは困ってしまった。

「暑くないですか。」

 隣にいたハインケルが急にそのひとに言った。扉を開けたまま、困ってへどもどしているわたしをなんとかしようとして、藪をつついているのだと思った。

でもこの蛇は聡い。

「――暑いかな、」

 はたして、マクスウェルはどうでもいい話題にわざわざ乗ってくれた。体裁をたもつため、彼を知らないひとは安直にそう言うのだろうけれど、困ったわたしに救いの手を差しのべるために、たいそう面倒くさそうにいらえてくれたのだと、わたしには判った。ハインケルと同じ。

 そのひとはいつもと同じ服装だった。つまりは一式しっかり着込んでいて、空調のない部屋なのにやっぱり汗ひとつかいていない。ソファにしなだれている格好は億劫そうで気だるげだったけれど、身なりと風体がすずやかだと、それなりにきちんと見えるのはすごいと思った。

「ガキどもに、呼ばれてな……、」

「呼ばれて、来るタマですか、」

 課長が。これは見せるための演技じゃなくて本当に驚いたのだと思う、ハインケルが素の声を出した。もっともだと思った。

「呼ばれたって、お前……、言っとくけどな、電話で呼び出されて俺が来るか?」

「来ませんよね。」

「来るわけがないだろう。」

 そういってマクスウェルは、くしゃくしゃに丸めた紙をわたしに投げてよこした。取りそこねて床に落ちたので、あ。慌てて拾う。皺を伸ばしながら広げると、教皇庁のスタンプが見えた。

「これ……、」

「すこし前に俺がここにいただろ、」

 口の端をゆがめてそのひとが言った。いましたね。ハインケルが言う。閊えたような口調だった。すこし前まで。

マクスウェルがここで寝起きをしていたことは、わたしも知っていた。

ローマを離れての公務中に彼は襲撃を受け、ボディガードともども連れ去られて、行方知れずになった。ヴァチカンの情報網をもってしても、居場所を突きとめるまでに数週間かかってしまった。重なる不在日数に、十三課のほとんどがもうだめだって思っていたように思う。こんなに時間がかかるってことは、もう無事じゃいないだろうって。わたしたちは現場で生きている。ひとのいのちなんて鳩の羽毛より軽い。大丈夫、絶対に元気で助けられるのを待っているなんて、とうてい、思えなかった。骨のかけらか、衣類の端きれが見つかったらもっけの幸い、それくらいの感覚だったように思う。壁に貼られた日めくりを見るのが辛くて、わたしははずして捨てた。

数週間後に、奇跡的に、ほんとうに文字どおり奇跡的にそのひとは五体満足で見つかったけれど、ひととして色々だめになっているのが、傍から見ていてもよく判った。時間をかけられて芯を抜かれて、ぐにゃぐにゃした、ただの肉の塊になっていた。かわいそうなぐらいだったけれど、同じ日に拉致されたボディガードはただのひとりも、体の一部もなかったことを思えば、戻ってきたというだけですごいことだった。

裏でどういうやりとりがあったのか判らないけれど、マクスウェルは、そうしてフェルディナントルークス院に預けられた。子供たちが交替で世話をしていると聞いたけれど、その時わたしは別の任務で忙しくて、院に来ることはなかった。でも、見なくてよかったように思う。

裏も表もない、まっさらな笑顔をマクスウェルから向けられたとしたら、わたしは悲鳴を上げて逃げ出すにちがいないから。蛇のように聡かれ。けれど、鳩のごとく無垢であっては許されない、わたしたちの上司。

復帰したのは、つい最近のことだ。

「――そのときのガキどもに受けた奉仕を奉仕でかえせだとか、連名だの嘆願書だの、まァ、正式な依頼手続きだとか言う、余計な助言を与えた莫迦がいたらしくてな、」

 それがたまたま彼が逆らえない上のひとの目に留まってしまった。

 回ってきた任命書に目を通したときの、そのひとの気持ちを思うと、悪いけど、ちょっとおかしくてでもかわいそうになってしまった。うわぁ死にてェ。そのくらいは言ったと思う。上からの命令に否と言えないのが、わたしたちの辛いところだ。

「俺は仕事。お前たちは休暇。」

 いいか。いいな。変なすごみで念押しされてわたしたちは頷いた。マクスウェルは、わたしとハインケルと話すときだけ、俺って言う。仕事にしろ休暇にしろ、結局やることは子どもたちの宵祭りの相手だったから、違いは塵ほどもないように感じたけれど、その線引きがマクスウェルには重要なことのようだったから、黙っておくことにした。それを言ってしまったら、今度こそ、藪をつついてしまうから。

 

 

 日が落ちても、蒸し風呂のような暑さは変わることがなくて、さすがに、わたしでも、すこし閉口した。暑いのは嫌いじゃあないけれど、それでも度を越している。熱帯低気圧が来ているとかで、ものすごい湿気で、庭の空気は澱んでいた。庭で走り回る子どもたちの顔はみんな上気して茹で上がっていて、倒れないのかってはらはらする。

 色セロハンの明かりに照らされた顔は真っ赤で、汗びっしょりかいているのに子どもたちは元気で、わたしは変なところですごい、とか感心してしまった。若さって言うのかしら。溢れている、だなんて月並みな言葉じゃとうてい言い表せない。だって走り回ることにまず理由がない。褒められるでもなし、むしろヘバって倒れて保健室にでもはこばれたりしたら、先生たちを困らせるだけなのに、体が動いてしかたがないのだ。動きたくて仕方がないのだ。ものすごいエネルギーだと思った。圧倒されてしまう。わたしも院にいたころ、こんなだったのかな。

年に一度の宵祭り、庭で先生たちが模擬店をだしてくれて、それだけで特別な日だったような気もする。でも院を出て、十三課に配属されてから今日まで、わたしなりにもいろいろあって、楽しかった思い出はあるけれど、細かなところまでは忘れてしまった。ハインケルと一緒に模擬店を回ったこと、それとマクスウェルは騒ぎを抜け出して図書室に籠もって、アンデルセン先生に見つかってたしなめられて、ふてくされて庭に戻ってきた。いつものことだった。それだけおぼえている。でもそれで十分な気もした。

そうしてわたしは、宵祭りにとりかかった。わたしの担当はケバブの模擬店で、そこでわたしは肉を焼いた。こだわりと言うだけあって、結構な量あった。鉄網のあいだから、煙と一緒にちろちろ舌なめずる炎がこちらを炙って、暑いというよりは熱かった。そこまで熱いと、わたしも妙に開き直るようなところがあって、ようし、そっちがそこまでやるならこっちだって、さあ勝負、がむしゃら、一心不乱に串に刺さった肉だけを見てひたすら焼いた。

無心、というと思いだしてしまうのだけれど、いつだったかの朝礼で、眠そうな顔した名前も知らない司教に、無心の奉仕の尊さを説かれたことがあった。顎と首の境目がどこだかよく判らないほどぶくぶく太って、それなのにカソックのカラーを締めていたから、お肉が襟の上に乗って、まるで屠畜だった。見返りをもとめない行為ほど美しいものはない。自分の言葉に酔いながらそいつが言っていた。あなたがたにその尊さがお分りだろうか。

見返りをもとめることと、無心、とは別の気がして、あとでハインケルに聞いてみようとして、結局忘れた。

見返りをもとめない行為なんて本当にあるのかしら。

ひと月後に豚は十三課が始末した。配属されていた地元の企業から、売り上げの何割かを受けとって私腹を肥やしていた、というのが表向きの理由で、出自のよろしくないシンジケートと人身密売取引していたというのが、ほんとうのところ。自分がまずセリにかけられるべきだよね。駆り出されたハインケルがぼやいていた。グラムいくらで叩かれるか、わからないけどさ。

一応司教クラスの弾劾だったので、マクスウェルも同席していた。彼の前の床に頭をこすりつけて、命乞いをするそいつと彼を、まじまじわたしは見比べてしまったりして、顎なしと対照的に、そのひとの鋭利な顎の線に見とれたりした。くっきり、という言葉を知った気がした。

さわってみたいと思うけれど、さわったりしたらどうなるか、考えただけでおそろしい。おそろしいというか、なにかの任務ついでに、一緒に始末されてしまいそうだ。すくなくとも、もう二度と、マクスウェルの側には近寄らせてもらえないにちがいない。

そんなどうでもいいことを考えていたら、気がつくと、宵祭りが始まってから結構時間が経っていて、盛況だったケバブをもらいにくる人数もまばらになっていた。お腹がふくれた子どもたちがてんで勝手にあたりで遊びはじめて、わたしはすこしガスの火をしぼる。今日一日の達成感、やりきった。肩の力が抜けて、ほっと息を吐いたら、猛烈に顔がひりひりとした。上手に焼けました。移動中の機内で流れたじゃぽねのCMフレーズがふと浮かぶ。ケバブと一緒に炙られたようだった。はやくシャワーを浴びたい。

そのまま、なんとはなしに顔をめぐらして、そこでわたしは頭が真っ白になった。

見たものを信じられないと言ったらいいのか、あれ、え、あれ、どういうことって、しばらく理解できなかったっていう方が正しい。そうして理解してから、がつんと遅れて衝撃がきた。とにかくとんでもないと思った。うわあ、て声が普通に口から出た。

マクスウェルが、わたしたちと同じように、模擬店のがたぴしいうパイプ椅子に腰を下ろして、子どもたちを相手していた。彼が割り振られたのは水風船のお店で、お腹がふくれた子どもたちが次に向かう場所、そこでひとりで風船を膨らませて口しばっては、子どもに手渡していた。カソックの上はめずらしく脱いでいた。袖口や裾を蛇口の水で濡らすのをきらって、脱いだんだなと思う。

風船を渡すそのひとの表情は仏頂面で、迷惑そうにしていて、けれど一度手をつけた仕事は、なにがなんでも完遂しないと気がすまないタチのひと、だから、途中で隙を見て抜け出して、油を売るだなんて考えおよばないひと、そうして、

「ちょっとまずいよねェ、あれ……行って言ってきてよ、由美江、」

 うしろから声がした。ハインケルだった。彼も自分の担当の模擬店にひと段落をつけて、煙草をふかしていたのだった。

「やばいわー、局長、無駄にエロいわー、」

「や、や、やっぱりそう思う?」

 くわえ煙草のハインケルにわたしはひそひそと返した。とてもじゃないけどおおっぴらに言葉にするのは、はばかられたからだ。

 そのひとはシャツ一枚の姿だった。脱いだカソックの下の、見慣れている綿のワイシャツ。教会に従事する人間だったら、誰でも、支給される同じもの。ハインケルだっていつも着ている。だからとりたてて珍しいものじゃなかった。いまでも、そのひとはきちんと前を全部しめていたし、袖の釦すら、嵌めたままだった。着崩したところなんてどこにもない。だのにハインケルの言葉を借りると、ほんとうに「無駄にエロ」かった。

この折りからの湿気を含むだけ含んだ、べとべととした、不快な空気は、そのひとにもまとわりついていた。まとわりついて、はなれない。そのひとは汗をかいていた。わたしはずっと、そのひとが、汗をかかない生き物、血の通わない、どこかつくりもののような生きもの、そう思っていたところがあったけれど、彼はきちんと一個の生身だった、それだけのことだった。

けれどその生身はじつにむっとしたにおいのする、みだらな生身だった。

全身しとどにかいた汗を吸って、シャツが濡れていた。濡れたシャツはぴったりと膚にはりついて、体の線があらわだった。もともとそうだぶついたシャツではないから、彼の細身は普段から想像がつくのだけれど、濡れて透けた生地から下の膚の色が見えるのだ。暑さに辟易し、肩で息をし、喘ぐ。それがセロハンの灯りに照らされて、陰影が妙にくっきりして、なんだか幻灯を見ているような気分になった。それも、見てはいけないほうのフィルム。手の甲で拭った汗が、ぬぐいきれずに、そのひとの顎からぱたぱたと滴った。縊れそうな首筋に髪がはりついて散っている。へばりつく髪をうるさそうにかきあげて、そのひとがまた息を漏らした。からだの位置を変えた拍子に乳首の色まで透けて見えて、なんだかおかしな声がでそうになる。

「ハ、ハ、ハインケル、」

 マクスウェルを見ていたのは、当然わたしだけじゃない。別に覆いで囲われていたわけではないから、誰でも、その幻灯を、盗み見ることができるのだ。院の庭のあちこちで、上の学年の子たちが固まってそのひとを見ていた。視線でねぶられている。マクスウェルは気付かない。

 そのひとは一生懸命なのだった。不器用に風船の結び目をつくろうとして、ほどけて、悪戦苦闘しているのだった。

 そうして無頓着なのだ。一見神経質で、そう言うところはがさつだと思う。前々から思っていたけど、周囲からのそのたぐいの好奇心に自覚がうすい。うすいというか、ない、のだ。俺は男だから、そう思っているようなふしがある気がする。そもそも、自分がわりと整った顔立ちをしているというのすら、ほんとうのところ判っていない気もした。

「無自覚の公開ストリップって、罪作りだなぁ。困るなあ。」

「ま、ま、まずいよ、局長、今夜のデザートだよ、」

「デザートって言うよりオカズじゃないかな。」

上級生のひとりが、彼のところに風船をもらいに行って、そうして「わざと」風船をつついて破る。風船の中に籠められていた水が一緒になって弾けて、飛沫になってそのひとにかかった。マクスウェルが反射的に身をよじらせて顔をそむける。盛大に頭から浴びたものだから、びしょぬれになって、膚がいっそうなまなましかった。

子どもは無垢じゃない。子どもは無邪気なんかじゃない。

ただ自分の欲求に忠実だから、それをうまく言いわけして隠してしまう大人より、幾分まともに見えるだけ。

お前な。むっとなったそのひとが愚痴をこぼす。くそ。パンツまで濡れたろうが。

 神さま。そんなことで天にまします方に呼びかけてはならないことを知っていたけれど、それでも思わず呟いてしまった。透けて見える上だけでもう充分破壊的なのに、水に濡れて腿のかたちまであらわになるとかもうとんでもないことだと思った。神さま。目を閉じてなかったことにできないわたしをお許しください。

 今ここに居合わせるのが、院に従事する先生方と、それと子どもでよかったと思った。こんなの、町中にいたら、絶対その手の人間に連れて行かれてしまう。そうしてマクスウェルが務める先が、ヴァチカンの隠匿された地下で本当によかったと思う。これは表に出してはならないものだ。こんなみだらできれいなもの、ひとの目にさらしてはいけない。

 唐突にマリアに聖油を頭からかけられた主を思いだした。上から下まで油にまみれた主の姿、十二の弟子に視線で犯されてマリアの髪でぬぐわれたその体、もしかするとこんな風だったんじゃないのかしら。

 ――ああ、だからユダは主を売ったんだ。

 不意にわたしは納得した。見てはならないもの。そのままにしてはいけなかったから。

「どうする?」

 ハインケルに言われてわたしはうろたえた。たぶん、本当だったらそのひとのところに行って、教えてあげたらいいのだと思う。けれどさっきも言ったように、そのひとは自分自身がまわりに与える影響、というものにとんと無関心で、ちょっと着替えたらどうですかと言ったって、どうして、とかえされるのがオチだ。どうせ着替えたってまた汚れるんだから、この仕事が終わる間でこのままでいいだろうって言うにちがいなかった。いっそマクスウェルが女だったらよかったと思う。女だったら、透けててまずいから着替えようって言えたから。

 でもマクスウェルは男だった。それも「そう言う目で」自分が見られているってことにまったく思い当たらない男のひとだった。女ならともかく、って言うだろうと思った。女ならともかく。俺、男だぞ?

彫像が裸身でもまったく色味を感じないのは、あれはやはり生きものではないからだ。

 ハインケルは面倒くさいみたいだった。この場で現状を伝えたところできょとんとされて、そうしてたぶん、そのひとはあとでとても傷つくということが判っているからだと思う。

 わたしたちがどうする、とおたおたしていると、大股でつかつかと、汗みずくのマクスウェルに近付くひとがいた。大柄なひと。アンデルセン先生。なんだかこわいような目をしていた。口を一文字に結んで、怒っているのかな、とわたしは思ったけれど、いったい、なにに対して怒っているのかよく判らなかった。

 先生は、そのひとの腕をぎゅっとつかんで無理矢理椅子から立たせた。おわ、とか声を小さくあげて、そのひとが瞬間宙に浮いた。そのひとだって結構背があって、けっして小さいひとではないはずなのに、宙に浮いた。立たせる動きは雑だった。先生は縦にも横にも大きくてがっしりしているけれど、十三課に属する武装神父隊の誰よりも動きがきれいだということを、わたしは知っている。無駄がない、というのかもしれない。任務にかぎったことでなく、毎日の生活の中でも最小の動きできちんきちんとしている。だから体は大きいけれど、ぼうという感じはまったくない。でも先生が考えてそうしているのかというとそうではなくて、自然にそうなるみたいだった。野生の捕食者。わたしは先生の動きを見るのが好きだった。きれいだと思うから。だから、いつもの先生じゃあ決してしない、力まかせの、なんだかやけくそみたいな乱暴な動きにすこしびっくりした。

 そのまま先生は引き立てるようにして、マクスウェルをどこかに連れて行ってしまった。途中で仕事を投げだせないそのひとが抗議の声をあげていたけれど、まったく聞く耳持たないようだった。

 引きずられてマクスウェルがいなくなって、やれやれ、とハインケルが煙草の煙と一緒に溜息をついた。

「青少年の目にはちょっと毒だもんねェ。」

「……そうだね。」

 肯いてわたしは、でも先生が彼を連れて行ったのは、ほんとうに教育上よろしくないという理由だったのかしらとふと思った。吸血鬼を目にした時でもない、異教徒を目にした時でもない、なんだかこわいような目。

 あんな目をする先生を、わたしははじめてみたように思う。

 

 

夏だった。

世界のはざまとはざまがあまりにはっきりしすぎてまるで白黒の写真、閃光弾をばらまけたような、くらくらめまいのする、どこかこころを落ち着かせなくさせる、夏だった。