ひとは「もの」じゃない。
そんなことは判っている。
おのれにも意思があるのだから、相手にも意思があるのは当然で、もの扱いされると不快だと感じるのは正常な感覚だろうと思う。自分だって厭だ。
だから、普段男は、意思のある人間を「もの」だとは思わない。当たり前のことだ。
だが、こういう場合、この女は俺のものだと主張してもいいものだろうか。
主張は女を、もの扱いしていることにならないだろうか。
いがみ合っているロワジィと小男イーヴを前にして、男はしばらく考えた。
きっかけは、十数日の野宿を経て、宿に泊まった晩のことだ。
街道からすこし離れたところにある、小さな村だった。
離れているとはいえ、それでも街道筋を旅する人間が、屋根のある宿を求めて村を訪れるらしく、こじんまりとしながらも、清潔な構えの宿が一軒、村の入り口近くに建っていたのだ。
――内風呂もあるって。
宿の人間と世間話を交わしていたロワジィが、そう言って嬉しそうに部屋に戻ってきた。
ああ本当に風呂が好きなんだな。そう思う。
それが、女自身が綺麗好きだからこその風呂好きなのか、巷間の女と言う種自体が風呂が好きなのか、男にはよく判らない。
沐浴だろうが行水だろうが、とにかく水さえあればふやけるまで浸かっている。
もちろん、男自身も身綺麗にするのは好きだ。
だが、垢や汚れを流し、自身が気分良くなるよりも、風呂があると知って女がうきうきとしたり、洗い髪の艶やかさを見るほうが、もっと好きだった。
村にひとつきりしかない宿の部屋は、相部屋である。個室はない。
今日は他に泊り客もなく、男と、女と、小男の、実質三名の貸し切りだった。
帳場と話し込むロワジィに一言告げて、先に男は部屋へ入る。あ、俺も、だとかで、小男も付いてきた。
部屋に荷を下ろし、それから手持無沙汰なので、食堂の間へ行き、酒を頼んだ。例に漏れず小男もやってきていて、すこし離れた卓でちびちび舐めている。
互いに無言だ。話すこともない。
と、言うよりも、ギィはまだロワジィと小男の関係を、うまく把握していない。把握してない状態で二人きりというのは、気まずい。これがまったくの赤の他人なら、目礼で済ませ、あとは手前勝手にくつろぐところなのだが、そう言うわけにもいかず、距離をどうとったらいいのか判らない。
五年前、トルグで女と別れるすこし前、小男は既にいた。男が誤認で留置所に連れていかれたあたりで、どうも行動を共にしたようだ。聞くと、一応世話になった、という返事が女から返ってきた。
一応。おそらく男が解放されるのに一役買ったのだと思うが、そもそも小男が女に手助けして何か恩恵を得たのかも判らない。ただ、見返りもなしに手を貸すような男には見えなかった。
そうして見返りのうまみがあったとして、それはその場での話だったはずだ。その後も悪態を垂れながら、小男は付かず、離れず、近くをうろついていたし、それは男が離れていた五年の間もそうだったようだ。
では相方だったのだろうか。それとなしに男がたずねると、
「天地がひっくり返ってもそれだけはありえない」
ものすごい真顔で、女と小男双方から否定された。
一緒にいると不快になるだけなのだと女は言う。心底厭そうだった。女はそうなのだろう。
だが、小男は。
好意を寄せる牡の直感で、小男が、なにがしかの興味を彼女に抱いているということは理解できた。それがちょっかいなのか、好奇心なのかは判らなかったけれど。
面白くない。
――俺の女に手を出すな。
すごめたら、いっそすっきりするだろうとも思う。
けれど男は、いまひとつ、彼女がおのれのもの、と言っていいのかどうかの確証が持てない。女がおのれへ寄せる好意に疑いはなかったし、四六時中言葉にしなくても、自分はきちんと好かれていると思う。
思うが、
「――なあなあ、俺の探求心を満たすためにちょっと聞いてもいい?」
不意に話しかけられて、男はゆっくりと思考から浮上し、小男へ目を向けた。
男は多言な彼が苦手だ。ぺらぺらと繰り出されるモグラの言葉のどれが本心で、どれが冗談なのか、よく判らないところがあるからだ。
「何か」
「あんたら、再開してから、まだ一発ヤってないだろ?」
「……、」
思考が顔にでも出ていたのだろうか。それにしてもあけすけもいいところの質問で、自分はこれに答える義務があるだろうか。
卑猥な指の仕草もされて、男は渋面になる。
答えたくない。
だが、そうなのだった。
五年ぶりに再会して以来、男はまだ彼女に触れていなかったのだ。
場の流れで手はつないだし、肩を並べて歩いてはいる。
共にいる、だが「それだけ」なのだ。
それ以上に、ことはなにも進んでいない。
十代も前半の、はじめて付き合う男女が、手をつないで以降に進まないとしても、可愛いものと映るかもしれないけれど、自分も彼女ももう十二分に大人で、恋だとか愛だとかに夢を見る年齢でもない。
そうして、男が女に対して何か遠慮しているだとか、触れるのが今さら怖いわけでもないのだ。
ただ、機会がなかった。
トルグでロワジィと再会し、それから一週間ほどの間、男は組合やら職場やらを行き来して、仕事を辞める手続きに忙しかった。
男に関わったものどもは、みな、男がトルグを離れることを惜しんだけれど、男の決意が固いこと、そうして男が職を辞してまで行動を共にしたいロワジィの存在を聞いて、強く引き留めるものはいなかった。
――お前の決めたことだ。俺は止めねぇ。だが、まあ、市民登録だけは残しておけ。
頭を下げに行った組合長は、男の話を聞くと一言そう言った。
――腐るもんでもねぇし、のちのち、なにか役に立つときがくるかもしれないからな。
社員寮は引き払った。
ほとんど私物らしい私物は部屋に置いていなかったので、片づけはあっさりと済んだ。それでも五年の間に買いそろえた、鍋釜茶碗など要らないものは、同じ寮に住むものに譲るなどして処分し、そうして旅装をととのえ、男が女と共にトルグを発ったのは、もう半月ばかり前の話になる。
その半月、常に男は女の傍にいたけれど、
「ねぇねぇ、なんで?なんでヤんないの?なんか勃たないとか、そういう系?」
「……、」
ため息で返す。下劣な質問に、頭痛がする。
どこにそうした機会があったのだ。男は言いたい。
ここまでのだいたいの夜は野宿だった。
夜になるたび、小男は手ごろな枝ぶりを見つけ、器用に樹上で鼾をかいて寝ていたが、ロワジィはともかく、男は体格のよさが仇になった。山でもない限り、なかなかおのれの体重を乗せられる大木がない。
そうして地面に夜具を敷いて眠る場合は、交代で不寝番に就いた。たいした荷物はなかったけれど、ごろつきどもが路銀を狙ってくる場合も考えられたし、夜行性の獣もいる。
食事と睡眠と排泄、そうして交尾は、生き物が無防備になる瞬間だ。それは人間も変わらない。
一度見かけた馬宿は、街道を往来する旅の人間と雑魚寝の相部屋だった。
多人数の中では、当然触れることもできない。
それこそ衝動に駆られて手あたり次第、あたりの藪やら路地裏やらにしけ込むほどがっついてもないし、そうして最大の問題としては、
「そっかー、勃たないのかあ。かわいそう」
あんたがいるからだろ。
ロワジィならそう言ったかもしれない。
時折りふらっと姿を消すこともあって、どうもモグラ個人の仕事をこなしているらしいが、それも推測でしかない。今までの小男の性格を考えると、必要以上に頭の回る男だと思うから、周囲から離れないのは、これは気を使えないのではなく単なる嫌がらせだろう。
馬に蹴られろと男は思っている。
「まだ若いのに使い物にならないとか気の毒だから、じゃあこれ上げるね」
おかしな同情を寄せられて、小男はふところから小瓶を一本取り出した。
「――それは、」
小瓶を目にとめて男は眉をひそめる。見覚えがあった。
「あれぇ?絶対知らないと思ってたのに、……知ってた?意外。超意外。あんたがこれ知ってるの?」
「知っている。使ったことはないが――、効能は見ている」
小男が取り出したのは薄ピンクの液体が入った小瓶だ。山から下り身ぐるみはがされた男が回された売春宿で、売春婦が使っているのを見たことがある。
俗にいう惚れ薬――媚薬である。酒に数滴垂らして使用する。通い客がこっそりと飲ませる場合が多い。
聞きたくなくても、壁のうすいちゃちな造りの宿は、声が筒抜けで、摂取させられた売春婦たちが、みなひどく乱れるのも知っていた。
触れただけで達きまくるそうだ。女たちからの評判は悪かった。彼女らは好きで体を張っているのではない。商売なのである。
「え、なんで?使ってないのに効果知ってるとか、なにそれ興味ある」
相変わらず下種な嗅覚で言葉尻をとった小男がなになに、聞き込んできたが、男は首を振った。話すつもりもない。
「まあいいや。じゃあ使い方は知ってるよね」
言ってモグラが男の卓に小瓶を置いた。使うつもりもないので要らないと男はもう一度首を振ったが、いいから、と変な気遣いを見せられる。
「いいから遠慮すんなって。俺からの、なんていうの?志?俺まだ持ってるから。……ね?ほら、蓋開けといてあげるから」
誰にどうして使うのかは聞く気にもなれなくて、男はどうしたもんかと酒をあおり、ため息をついた。
そうしていっときほど経っている。
「――ちょっと」
内風呂に入っていたはずの女が、足音も荒く戻ってきて、頬杖を突きうつらうつらとしていた男は顔を上げたのだ。
濡れた頭のまま適当に一枚シャツを羽織った姿で、小男へ詰め寄るロワジィがいた。
「あんた、風呂覗いてたでしょう」
「うわ、なんだよいきなり」
詰め寄る彼女に、たいして驚くそぶりもなく見上げた小男が、厭そうに眉根を寄せる。
「ちょっと。ちゃんと拭いた?タれてんじゃん。あんまり寄るなよ俺が濡れるだろ」
「いま話してる問題点は、そこじゃない」
「……なに?冤罪?ありもしない罪に、俺問われてる?」
「冤罪じゃない。とぼけないで。覗いてるあんたと、目がしっかり合ったじゃないの」
「えええー。あるの?俺だって確証あるの?別人の可能性は?」
「……貸し切り状態の宿で、別人が覗く可能性なんてものすごく低いだろ」
ロワジィの語調が荒くなる。
「そっちのデカブツの仕業かもしれねぇじゃん」
「あんたと一緒にしないで」
顎でしゃくられて彼女が男へ一瞬目を流す。即答されて小男が舌打ちした。
口をはさみはしなかったけれど、思いあたるふしがある。女が風呂に向かってしばらくして、しょんべん、言って小男がしばらく食堂から姿を消したことを、男は知っている。
……覗いたのか。
眉間に皺が寄った。
だいたいさあ、モグラは小馬鹿にした笑いで口を歪めながら、言い訳を始める。
「だいたいさあ、誰得?あんたのハダカ見て誰得?俺が見て嬉しいと思う?」
「あのね、思わないし、判るよ。天使ちゃんとはうんぬんって言いたいってのはさ。判るけど、でも、見てただろ」
きっぱり返した彼女へ、モグラは肩をすくめて言った。小憎たらしい。
「それにさ。減る?正直、見てたとか見てないとか、どうでもよくない?減らないでしょ?」
「減るとか減らないとかそういう問題じゃ、」
「だろ?……むしろさぁ、見られてありがとうって言うべき年齢だよね」
「年は、こそこそ隠れて覗いていい理由にはならない」
「どっちかっていうとさぁ、見せてしまって申し訳ない精神じゃねぇの?」
「……あんたね、」
からかい、しれっと言い逃れようとする小男に、ロワジィの声がいっそう低くなる。
その彼女を抑えるように手で制して、
「見たのか」
男は小男に体の向きを変え、不意に問うた。彼女以上に声にドスが入るのは否定しない。
「え、」
男の参戦に、小男が下卑た笑みを引き攣らせる。
「先ごろあんたは中座した。その時に、見たのか」
「いや、見たのかとか、そういうの、」
「見たのか」
「……、」
「見たんだな」
「……まあ、だって、ほら、見たって言っても、……、ほんのちょっと、ね?」
じっと見つめる男へ上目遣いになりながら、モグラは笑ってごまかした。覗きにちょっともクソもあるか。女が口の端を歪める。
「えー……、だって、気になるじゃない?好奇心?……頭赤いやつって、下の毛まで赤いのかなあ、とか、そういう、」
「最低」
冷たい目で吐き棄てるロワジィと、相変わらずへらへらとした顔のまま悪びれるふうもない小男を見比べて、
捥(も)ごう。
男は唐突に決意した。
ゆっくりと立ち上がる。
その男の仕草に身の危険を感じたのか、今までニヤけて彼女をからかっていたモグラが腰を浮かせた。
「あ、ちょっと、なんかいま、捥ぐとかなんとか、ものっそい不穏な言葉が聞こえた気がするんですけど、」
「捥ぐ」
「え、ちょっと、捥ぐって、捥ぐってなに、」
「オスが捥ぐところなんてひとつしかないだろう。脱げ」
「え、いや待って、あんたが言うとシャレにならないって言うか、ちょ、ちょちょちょ」
「下を脱げ」
「きゃああ」
情けない悲鳴を上げて、小男は飛びすさる。
「おい!おいてめぇ!こいつ止めろよグロ光景見たいのかよ!」
先ごろ裸を覗いた女に対して、小男は怒鳴り助けを求めた。恥も外聞もないらしい。
「てめぇ、ねえ、……、」
軽蔑そのままに息を吐く彼女へ、慌てて小男は手を振った。
「いや違いますてめぇとかそんなまさか言う訳ないですロワジィさん!ロワジィさんってば!」
「捥がれた方が世の為じゃないの」
「そんな冗談よしてくださいよ!ねえ!危機ですよ!俺のタマの一大事!俺のキンタマなくなったら、涙で枕を濡らす少女たちがどれほどいることか、考えてもみてよ!」
「ない方がよさそう」
「やめて!マジやめて!やめて!」
情けない声を上げるモグラを引っ掴む。
脅しや冗談ではなく、本気で小男を去勢するつもりだったギィは、腕を伸ばし小男の襟ぐりを掴み、
「だめ!暴力だめ!絶対!いやあああ――……………………………あ、」
「あ、?」
逃がすまいと抑え込みかけ、死に物狂いで暴れていた小男が、急にぎょっとした声を上げたので、男も思わず視線を辿り、見返してしまった。
「……え、?」
二人の男の視線の先には女がいる。
手には小瓶があった。
「え」
「え」
二人同時に間抜けな声が出た。
「……あれ、これ、お酒……じゃない?え、もしかして、飲んじゃダメだった?」
甘いにおいがしたし、木苺とか、桃とかのお酒かなって思ったんだけど。凝視する二人の男に戸惑いながら女が言った。
「いや、……あんた、それ、あの、一気にイったの?中身カラ?」
「え、だって、喉乾いてたし、……、え、え、え、ごめん、なんか大変なことしちゃった?」
風呂上がりで、しかもモグラと言い合いし、頭に血が上り……、男とモグラの悶着に、やれやれまあこれで溜飲がいくらか下がると一息ついて、ロワジィはおそらく小瓶に気がついたのだ。
男が飲んでいた卓上にあり、空になった数本の酒瓶と共に並んであって、しかもご丁寧に蓋まで開いている。
これは彼女でなくとも勘違いするだろう。
ガン見する二人を交互に見くらべて、それから女は口を押さえた。
「え、これ、飲み物じゃなかったとか、……?あの、大事なものだった?なんか、塗り薬とか、そう言う」
「いや、飲むんだよ、飲むんだけどさ」
歯切れ悪く小男が言った。
通常は数滴酒に垂らすのだ。さすがに、あんたが飲んだのは媚薬だよと、ぶっちゃけるのは気が引けたらしい。
その小男を吊り上げたまま、男は女から離れた食堂の壁際へずかずか移動し、……聞くが、と女には聞こえないよう低く抑えた声で囁いた。
「あ、はい」
「過剰摂取で毒になるということは」
「……ならねぇと思うよ。イき狂うかもしらねぇが」
「吐かせた方がいいか」
「いや、……薬って言っても、精製したものじゃない生薬のたぐいだし、ほら、マムシ酒とか、ああいう系?」
「……そうか、」
モグラの答えに男はしばらく考え、それからぼそぼそ話し込む二人を不安気に眺めているロワジィへ、何も問題はないから飯でも食っていてくれ、そう声をかける。
売春宿で使用されているのを見たときも、即効性はなかった。半時ほど後に、効いてくるたぐいのものだ。
そうして、
「まだ持っていると、言っていたな」
小男を見下ろす。
「いや、まあ、ありますけど」
「もうひとつ出せ」
「あ、はい」
「それから、明日の晩まで、この村の半径一里に近づくな」
「はい」
どうやら男が見逃してくれそうだと察し、神妙な顔をしてモグラはふところから薬を取り出す。しかし彼の場合、この神妙さがどこまで演技か知れたものではなかったので、
「――約束をたがえて覗いたら、どうなるか、判っているな」
「ややややだなぁ旦那。そんなこと、こと、するはずないじゃありませんか。俺、言われたことはきちんと守るタチよ?」
薬を受け取りながら念を押す。引き攣った顔で笑いながら小男は答えた。
「そうか。……では行け」
「くっそ、」
解放された小男が、舌打ちしながら急ぎ足で出て行った戸口あたりを眺めていると、
「ギィ、」
言われた通り、厨房へ夕飯を頼んだらしい女が、まだ不安な目色で男を見ている。
「ええと、さっきから急に話の流れがよく判らないんだけど、あたし、なんかしでかしちゃったってことなのかな」
「いや」
首を振って男は女に近づき、小男からせしめた二本目の小瓶を示して見せた。
「それ、」
「毒じゃない。大丈夫」
「うん、……、」
不安を消せないロワジィの前で、振った小瓶の蓋を開け口をつけると、男は彼女と同じように一気に飲み干して、そのとろとした喉を焼く甘さに顔をしかめる。
「甘い」
「うん、」
「これであんたと俺は一蓮托生だ」
「うん、……?」
言葉の意味にいぶかしむロワジィへ、腕を伸ばし彼女の頬にかかるくせ毛を指で払いながら、食ったら部屋に戻るといい、男は言った。
「俺も風呂に行ってくる」
「うん、いいけど、でも、一蓮托生って、どういう……、」
「言葉の綾だ。なんでもない」
ぽんぽんと安心させるように頭を数度撫で、そうして男は釈然としない女を食堂に残して、風呂場へ向かったのだった。
そうだ。俺は、身勝手で、独善的で、反吐が出るほど自分本位だ。
頭から水をかぶりながら男は思う。
とどのつまり、自分はたぶん早く女を抱きたかったのだ。
ことあるごとに女は、男のことをいいひと、だとか、やさしい、だとか表現するけれど、それは全くの過大評価だと男は思っている。
――俺はそんなにできた人間じゃない。
言われるたびに内心申し訳なく思う。
今度のこともそうだ。自分は本気で小男の明後日方向な気遣いを、拒む気があったのか。
結局のところ、どこかで、勝手都合のいいものが(不本意とはいえ)、手に入ったと思ってはいなかったか。
額から滴り目に流れる邪魔な水を、掌で拭いながら男は自問する。
――俺は卑怯だ。
もし本気で使用する気がなかったなら、あのときどんなに小男が気を損ねたとしても、突っ返してしまえばよかった。そうでなくてもすぐ蓋をして、あとでそっと、どこか藪にでも流してしまえばよかったのだ。
――卑怯だ。
自分はそのどちらもしなかった。ただ流された体で、差しだされた薬をそのままにした。
風呂上がりの女が、手に取ることは予想できた範囲ではないか。
……それはどこかで彼女が間違うことを、望んだからではないか。
ぐしゃぐしゃと濡れた手ぬぐいを丸め、くそ、と唸って放り投げる。おのれのあさましさが厭だった。
小男のことを下種だと思い、一発ヤるだのヤらないだの、直球に聞かれて迷惑な顔をしながら、そうして自分は、結局この状況を利用するのだ。
本当に彼女を案ずるのなら、水を飲ませて吐かせ、そうして寝かせてひと晩近づかない。
だが、チャンスだと思っただろう?
猪退治の折に触れた、しなやかな彼女の体を思い出す。
渋面を作りながら廊下を歩いて部屋へと戻り、戸を開ける。男の鬱々と回る思考は、けれど部屋の中のロワジィを目にした途端、文字通り吹っ飛んだ。
食事を済ませた女は部屋へ戻っていた。
部屋の隅に膝を抱え、目をこすり、鼻をすすりあげている。
え、え。
ぼろぼろこぼれる涙を目にし、男はみっともなくうろたえ、そうして、ロワジィ、彼女の名を呼んだ。
「どこか、気分でも、」
「違う」
「痛いところでも」
「そうじゃない」
女は首を振る。そうして涙に濡れる声で、思いだしたのよ、呟いた。
「あたしがさっき、食堂で飲んだやつ、……、飲んだって知ったとき、なんであんたたちすごい顔したのかなって思って、それにあの瓶、どこかで見たことあるなって、……、……。どこで見たんだろうって考えてたら、あれ、お酒じゃなかったって思いだした」
「え、」
「ずっと前に、天使バカに、売り流してるんだって見せられたことがあって、……。たくさん仕入れて、酒場とか、宿とかで、欲しがってそうなひとに売りつけて、小金儲けるんだって言ってて」
「……、」
「結構需要あるんだって、なんか大威張りしてて……。酔わせて、薬でぐっちゃぐっちゃにして、そうしたら、あっちから股開くとか言ってて」
聞いているうちに男の頭から血の気が引く。
女が小瓶の中身に思い当たったとして、その場合、続いてどういう思考になるか気づいたからだ。
小男は媚薬を欲しがっている人間に売っていた。そのまま普通に考えれば、女がいないうちに、男と小男の間で「そうした」取引が行われていたということになる。
――ではこれは、軽蔑の涙か。
男が小男から薬を買い、彼女の飲み物に混入させるつもりで卓上に置いていた。彼女がそのまま直に中身を干してしまうのは想定外だったが、場の流れで怪しまれないよう、そのまま小男を追い払い、彼女を安心させるために故意に男も薬を飲む――、
「い、いや、その、」
おたおたとうろたえながら男は意味もなく手を振った。一気に汗が吹き出る。
そういう意図はなかったとここは言い訳しておくべきか、いやいっそ開き直って、悪いがそう言うことだから諦めてくれだとか言うべきか、だがしかし彼女はおそらく男に失望と嫌悪を抱いたはずで、当たり前だ、隠れて薬を飲ませ自分をどうにかしようとする相手に対して、不快を感じない方がどうかしている、だからこその涙だと思った。
「す、」
すまない。土下座の勢いで頭を下げかけた男に、ごめんね、女の涙声が押しかぶさった。
「え」
「ごめんね」
驚く男に女は言った。
「あたし、本当に、あんたに迷惑ばっかりかけてて、……、前も、一度、なんか気の進まないあんたに、抱いてとか頼んで抱いてもらって……、……、今度のだってあたしが莫迦だから、確認もしないで勝手に薬をお酒だって勘違いして飲んで、……、それで、あんたにも薬飲ませて、一蓮托生だとか言わせて、……、あたしひとりが色気違いみたいになっても可哀想だとか思ってくれたのかなとか、……ごめんね」
「待て。違う」
鼻をすすりながら謝る女に唖然として、それから男は慌てて彼女の手を握った。
「違う。迷惑じゃない」
「だって、……だって」
「薬は関係ない。俺が、あんたを抱きたいんだ」
「え、」
男の言葉に女は目を丸くする。
俺は牡だから、男は言った。
「牡だから、好きなあんたが目の前にいると、その体に触れたくてしようがない」
「……、」
「隅々まで触れて、あんたに突っ込んで、気持ちよくなりたくてしようがない」
「……、」
軽蔑するならしてくれ、上等だ。くそくらえ。それが本心だ。
ああ今自分は小男と同じような下種に落ちたなと自嘲しながら、男は許しを請うように泣いて赤くなった女の目を覗きこんだ。
「あんたに触れたい」
「……でも、」
「抱きたい」
手を握ったまま静かに告げると、しばらく視線を左右にしておろおろしていた女が、それからうつむき、判らない、と小さくぽつりと呟いた。
「だって、……いいの?」
「いいのとは、」
「だって、あたし、……あんたより年上で、若くなくて、大きいし、重いし、固いし、それに、」
「……それに?」
涙声で言い募る彼女を引き寄せる。
「他の女が若いとか小さいとか関係ない。俺はあんたがいい」
「……、」
「あんたがいい」
言って男は、女の頭をおのれの胸に当てた。
「聞こえるか」
「うん、……、」
「俺はこんなだ」
「……うん」
言われて男の胸におずおず耳をあてた女が、すごい音、とかすれた声で囁いた。
「うん、」
「どくどく言ってる」
「うん。あんたが傍にいるからな」
「……、」
なにそれ。言ってそこではじめてロワジィは小さく笑った。
「……なんか、ギィじゃないみたい」
「うん、?」
言いながら胸に耳をあてたまま離れない。その彼女の、まだすこししっとりと湿る髪を撫ぜながら男は感触に陶然とする。
「あんたじゃないみたい、って言うのも、言い方変だけど、……。なんていうのかな」
「うん」
「……なんかそんなふうに……、慰める?口説かれる?……、とは思わなかった」
「そうか」
「あたしの中のあんたのイメージって、こう、もっと、寡黙っていうか、淡白っていうかさ」
「むっつりなんだ」
あっさり自白すると、今度は声を立てて女が笑った。ああこの鈴を転がすようにころころ笑う声がよいなと男は思う。
「厭か」
「ううん。厭じゃない」
首を振ってこたえた女の顎をそっと取って、男はやわらかに彼女の唇に重ねた。
女は抵抗しない。
形のよい唇を押し当て返し、男の舌が侵入するのへ、歯列を開いて迎える。
舌をからめ、甘く噛みつく。こぼれる唾液をすするうちに、先まで軽く高揚していただけの体に、不意にずん、と踵から脳天にかけて感電したような痺れがはしる。
遅れて快感だと理解した。
薄く閉じていた瞼を開き、女を見ると、彼女も驚いて目を開き男を見返している。
「ギィ」
「うん」
「……どうしよう、なんか来た……怖い」
「大丈夫」
男の袖を握り訴える彼女の首筋に、唇をすべらせる。女が口にした怖い、というものが、行為にむけてではないことを、男は知っていた。
「大丈夫」
頸動脈に沿って軽く食むと、女の体がびく、と大仰なほど反応する。
「え、え、え、なに……、?」
「大丈夫」
「だって、あたし、こんな、」
「おかしくない」
混乱しかける彼女の背中へ、手を当てがい宥めようとさするが、その刺激すら快感に変わってしまうようで、女の息が跳ねた。
「……ええー……、」
薬の効用であるということに彼女は気づいている。気づいているが、体の反応が止められない。
情けないやら恥ずかしいやらで困惑する彼女の手を男は取り、男は自身のまたぐらへ女の手を導いた。
「俺もこんなだ」
「え、え、……、うわぁ」
男の陰茎に触れたロワジィが声を上げる。うわぁ、の素の声に思わず苦笑した。またぐらは、先ごろ快感がはしった瞬間に、一気にそそり立っていた。
「あんたと同じだ。恥じる必要はない」
「うん、……、」
誘導された手を女は引っ込めなかった。そうっと下履きの上からなぞり、形をたしかめている。
「あの、……なんかさ」
しばらく生真面目な顔で男のそこをさぐり、それからおずおずと女は顔を上げる。
「うん」
「流れ壊して悪いんだけど、」
「うん」
「――大きくない?」
真剣に訴えられて今度は男が声を立てて笑ってしまう。ちょっと。にらみを利かせる女に、
「そりゃあ」
笑いを収めて男もくそ真面目に答えた。
「五年ぶりだからな」
「え、あ、……、」
言われて思いあたった女が顔を赤らめる。
「気分は」
「え、気分、?」
「妙に気分が悪いとか、どこか苦しいとか、ないか」
男は念のため女にたしかめる。薬の効用には個人差がある。数滴で快感を拾えるものを、規定量以上を口にしているのだし、悪酔いや副作用が出ていないとも限らないからだ。
ちなみに男自身は、先ごろ体の中心へ電気がはしったときから、一定間隔で下から上へ、突き上げるような痺れがあった。すでに下履きが濡れている自覚はあった。触れないでも果てそうだと思う。
首を振り、大丈夫だと示す彼女の、今度は鎖骨あたりにむしゃぶりつき、唇をすべらせると、漏らす女の吐息に鼻声が交じる。
「うわー……本当に、シャレにならないわなにこれ」
体の芯に力が入らないのか、ぐんにゃりとなったロワジィは、ねぇ、と最後の悪あがきで男に呟いた。
「うん」
くんくんと女のにおいを嗅ぎ、それを徐々に下へずらしながら、男は声だけで答えた。
「あの、解毒薬、みたいな、いっぺんに効果消す薬……、そういう便利なもの、やっぱりないのよ……ね?」
「ない」
生成りのシャツをめくり、あらわになった乳房に顔をうずめて深呼吸する。
「水たくさん飲んで、吐くとか、……、」
「今さらだな」
男の掌にちょうどおさまる形の乳房をやわらかに揉みしだき、へそを辿った。
ため息をついてようやく諦めたらしい女は、彼女へ覆いかぶさっている男の背中に手を回す。
「うん」
男の体を両手で撫ぜ、どこか満足そうに頷いている女へ、噛み痕を肌へ残しながら、どうしたと男は声をかけた。
「あたし、あんたの体、好きだなぁって」
「俺の体」
「硬くて、熱くて、でも、安心するの」
「抱き枕か」
「そうかもしれない」
くふん、と鼻から息を漏らし女は笑う。
笑う体が定間隔で小刻みに跳ねている。彼女にも快感が奔っているのだ。
「気分は」
はやく突っ込んで、前後不覚にどろどろになりたいのは山々ではあったけれど、思わず律義に再度たずねる男の肩口へ、不意に女が歯を立てた。
「あのね。こういうときは、心配してくれなくていいから、もっとがっつり前のめりに来てよ」
「ロワ、」
「……駄目。どうにかなりそう」
言いながら女は男を押し返し、その膝の上にまたがった。
男の屹立を上下にしごきながら、女は下履きを膝まで下げた。脱ぐには余裕がない。気の急く腰を上げ、陰唇にあてがうと、そこは触れてもいないのに厚ぼったく膨らみ、ぬるぬると愛液が溢れていた。
「あーもう」
男の肩口にかじりつきながら、女が呻く。
「いつもはこんなんじゃないのに」
恥ずかしい。泣き言を言いながら、久しぶりに異物を迎えるらしい女の肉壁は、もの欲し気に収縮し、馴染ませなくとも難なく男の先端を飲みこんでゆく。
すごい眺めだなと思った。夢かもしれない。なかなか機会が訪れないので、欲情したまま夢を見ているのかもしれない。
……ああでも夢でもいいか。
そうも思った。
またがる女の太腿のはざまから、男は目が離せなくなる。おのれのがちがちにおっ立った陽物が、女の狭隘へめり込む様に眩暈がした。
堪えきれず、
「ちょっと、……、は、あ、あっ」
男も腰を揺らして手助けし、すべてを収めると、抗議しかけた女がちいさくのけ反った。軽く達ったらしい。
「ロワジィ」
「――ちょっと待って、待って、……、お願い、いま動いちゃ、……ひぁう、」
男の肩を上から制し、小さく震えながらなんとか絶頂を逃そうとする女の腰を男は掴み、いきなりおのれのペースで突き上げた。できれば女の要望を聞く形で一連を進めたかったが、同じく薬を飲んだ男も間断なく痺れが体をはしり、残念ながらほとんど余裕がない。
力任せに押し伏せて、獣のように突き入れるのを抑えるので精一杯だ。
古びた床がぎしぎし悲鳴を上げる。
小男は遠くへ追いやったが、これでは宿の人間に何をしているか丸判りだなと思った。あとで迷惑料を払っておこう。そう思う。
「や、あ、あ、駄目だって言っ……あ、あっ」
思わず、男の突き上げからずり上がって逃げようとする女の体を荒く引き戻し、
「ひああああんっ」
ずん、と奥の女が善がるあたりを擦ると、それだけで全身を震わせ、呆気なく女は達した。
達した瞬間猛烈に女の肉壁が蠕動し、注ぎ込めさあ早くと勢い持っていかれそうになる。ぎりと奥歯を噛みしめ、男はなんとか波を逃した。
意識が吹っ飛びそうに気持ちがいい。
「う、動いちゃだめっていってるのに、い、っ」
許容を越える衝撃に、女はぼろぼろ涙をこぼしていた。度の過ぎる快感は、苦痛となって認識されることを男は知っている。
彼女が泣いている。常ならそこで止まれるのに、すぐに律動を再開してしまう。深酒をし、悪酔いした以上に頭が痺れ、女の声が聞こえているのに、それが意味のある言葉となって脳髄まで届かないのだ。
女の側も、だめ、動いちゃだめと口で制止しながら、腰をくねらせ、男の動きに同調し、快感を貪りはじめている。
「気持ちいい」
両腕を男の背中へ回し、男の耳元へ喘ぎ声を吹き込みながら、ロワジィが言った。
「すごく気持ちい、……、い、……あっ」
あっさりと女は二度目の絶頂へ到達し、はずみで男は耳朶を食まれた。瞬間それが引き金になって、引き攣れるほどの痺れが陰嚢からせり上がり、
「――く、」
男は慌てて女の内部からおのれを引き抜く。引き抜いたぎりぎりのところで男も達した。噴出するたびに、尿道の内管をじれったいくすぐりのような快感がちりちりと這って通って、
――やばいなこれは。
額からしたたり、目に流れる汗に息を吐く。
飛びかけた頭で、達き狂う、と言った小男イーヴの言葉を思い出した。文字通り狂いそうだ。
そうしてそのまま、びくびくと痙攣する女の体を寝具に手を添え倒し、すぐに肉棒を挿しこんだ。挿入前に一度、彼女に平気かどうか、確かめようとも思ったが、先ごろがっつり来ていいと言われたばかりで、また具合はどうか聞くというのも、怒られるような気もする。
つい今しがた出したばかりなのに、まったく硬さが変わらない。
「は、……あ……ひっ、」
高く尻を上げ、男を迎え入れたロワジィが、一瞬息を止め、また大きく震えた。三度目か、――四度目か。数えることに意味もないのに思わず数えた男の手へ、絡めてくる指がある。
「ギィ」
「うん、どうした」
顎に伝う汗を肩で拭いながらこたえると、お願い、そう言って女は男の掌を、快感にひくつく下腹へ導いた。
「お願い。次は、抜かないで」
「……、」
「ここ、あんたで、いっぱいにして」
男は思わず息を飲む。肩越しに振り返る女の目は、熱に浮かされうるんでいる。
目眩む。これは蛇の誘惑だ。
「だが、」
持って行かれそうになり、こめかみにおかしな力を入れながら、男は躊躇する。
「それは、あんたが、」
精を注ぐということは、
「……いや?」
薬のせいなのか、妙に舌足らずな声で女がたずねた。うるんでいた女の瞳が、いまにも零れ落ちそうなほど涙をたたえている。
やめてくれ。卑怯だ。ぐらぐらする頭を抱えて男は唸った。
「あたしじゃ、いや……?」
「ロワジィ」
「あたしじゃ、迷惑?」
「そうじゃない。違う。そうじゃないが、」
男は否定する。うまく言ってやりたいのに、頭が回らない。心臓の鼓動がそのまま頭に回ったようで、視界が明滅している。突きたい。もっと突きたい。それしか考えられない。
「ああ、くそ」
まじろいだタイミングで、ぽろ、と快感とは別の涙が女の頬にこぼれるのを見て、男は何度も頭を振った。
「違う。そうじゃないんだ」
頼むから泣かないでくれ。
後ろから覆いかぶさり、女の涙に口をつける。
「厭じゃない。だが、こんなお互い、ぶっ飛んでいる時と場合ではなくて、俺は、もっときちんと、あんたに、……ああもう、」
考えがなにもまとまらなくて、男はがりがりとおのれの頭を掻きむしった。それからひとつ大きく息を吐いて、
「泣かないでくれ」
背中に散った赤毛に口づけを降らせながら、男は言った。
「頼む。厭じゃない。泣くな」
告げるとふ、と女の目が細められる。猫のようだなと思った。感情が高ぶって瞳の緑が薄くなり、虹彩は黄味を帯びている。
「そんなふうに誘われると、どうにかなりそうだ」
「……ギィ、」
「ここに、出したくてたまらない」
女の胎を掌で愛撫する。軽く上から押さえると、その刺激で内壁まで絞まって、男は呻いた。
たまらず、止めていた律動を再開する。
「あ、」
尻を上げていた女が硬直する。女の内部の、ちょうどへその裏側のあたりを男の竿先が突いたのだ。
「そこ、」
ゆるゆると腰を前後しながら、男は雁口で女が感じる箇所を捏ねてやる。膣口に当たるその部分はひどく熱を持ってすぼまり、そうしてざらつきがあった。突き上げる男へもどうしようもなく快感を伝えてくる場所だ。
「いいか、」
「うん、……、うん、気持ちいい」
女の鼻にかかった声が次第に抑えきれずに大きくなる。その声に比例して、男は前後に振りたてる動きを徐々に荒いものへ変えてゆく。
床がいっそう軋んだ。
「気持ちいい……、いい、……ギィ、だめ、いっちゃう」
「うん」
「だめ、いっちゃう、……いっちゃ、」
「いってくれ」
善がる部分を突き上げ促してやると、女は小さく首を振って、いや、と呟いた。
「いや。……いっしょ、……ね?ギィといっしょがいい」
「――くそ、」
舌足らずに懇願するロワジィの腰を掴み、男は不意にがつがつと彼女を穿ちはじめた。そんなふうに言われて、抑えがきかない。
擦りたて、もうほとんど摩擦のないほどどろどろに熱した女の内部から、愛液が滴り、陰唇がてらてらと光る。後ろから突く男にはそれが丸見えで、その光景に余計煽られた。
一息一息唸りながら突き入れていると、女の声が切羽詰まったものに変化した。
「ギィ、も、も、無理、いっちゃう、……いっちゃう、いっちゃう、い、あ、あ、あ、」
「ああ、……出すぞ」
言って男は彼女にかぶさって、耳元に吹き込んでやる。
「あんたの中に」
「……っ、……っ!」
ささやくと、四つん這いになった手足を固く突っ張って、女が声もなく達する。すると、先だってと同じように、ぎゅうぎゅう内壁が蠕動し、男の屹立に絡みつき、絞り上げ、容赦なく射精を促した。
「ふ、」
今度は抵抗しなかった。自制を手放し、促されるがままに男も快感を貪る。恥骨を痛いほど密着させて勃起を押し込み、彼女の最奥に向けて白濁を放ち、果てた。
音のするほど脈動し、女の内部で暴れる男自身をさらに数度前後させてしごいて、最後まで注ぎ込む。
あまりの心地よさに呻吟が漏れてしまう。まるで麻薬だ。
がくがく震えながら男を受け止めていた女の体が、ぷつんと糸が切れたように肩から崩れ落ち、寝具にうずもれる。
「あっ、……ぁっ、」
余韻にひくつく女の口元に指を伸ばすと、女はゆるく唇を開いて、男のごつごつとした太い指を迎え入れ、甘くしゃぶった。夢見心地というやつかな。男は思う。
夢というには、まだ寝かせてやれないが、
「ロワジィ」
その崩れた女にのしかかり、男は納めたままの肉茎をず、ず、と二、三度揺らしてみると、女の肩が揺れた。
「……ちょ、ギィ、……ちょっと、」
「うん」
本当なら、そのまましばらく虚ろでいたかったのだろう女が、不穏な動きをし始める男にさすがに身の危険を感じたのか、鼻を鳴らし、小さくとがめた。
そのとがめる声にすらそそられる。末期だなと思う。
「ちょっと、なんで動いて、…………――っていうかなんで元気なのよ?……いま!いま出したでしょ……!」
「出した」
「出したばっかりでなんでこんなに臨戦態勢になってんの、」
「あんたの中が気持ちいい」
「気持ちいいって、……気持ちいいったって、限度ってもんが、」
「うん、」
蕩けてしまうな。耳朶にささやくと、女の背中がびくんとわななく。とがめはしたものの、高まった彼女の快感の方も、絶賛継続中なのだ。
「ええ……これ、いつまでこうなの……」
経験したことのない快楽をもてあまして、女はとうとう泣き言を言った。寸断なく襲ってくる衝動と痺れに、体がついてゆけないらしい。
まあ、朝には治るだろうな。うなじに噛みつきながら男はこたえてやる。
「……ほんと?朝まで?朝になったら治る?」
「ああ」
多分。
確信が持てない時点で、ものすごいはったりをかましているような気もしたが、そのあたりのことは深く考えないことにした。男は大真面目な顔で頷いてかえす。
「だから、朝まで、俺とつながっていよう」
「え、ちょ、……あう」
ぐり、と腰を回すと、女はのけ反って喘いだ。
「朝までとか、そんな、壊れちゃ、」
「壊さない。大事にする」
「だ、大事にするとか、しないとか、そういう、問題じゃ、……ひぅ」
「もう一度ここに出したい」
うつ伏せになった女の胎の下に手を差し入れて男は言った。言われた女は一瞬きょとんとなって、それから一気に赤面する。先ごろは自分でねだったのに。不思議に思って男が問うと、
「あのね、違うの。そういうことじゃ、ないの。違うの」
茹でたように真っ赤になって女は薄掛けに顔をうずめた。自分の口からほしいということと、相手から請われることとは、恥ずかしさの次元がすこし違うらしい。
「何度も何度も、ここに注ぎ込んで」
前後に陰茎を動かしただけで、先に放った白濁が泡立ちながらじゅぶじゅぶと漏れ出し、寝具を濡らした。ああすぐに補填しなくては。妙な焦りを覚えてしまう。
「待って、ギィ、ねぇ、待って」
「――待たない」
待ちたくないのか、待てないのか、どちらかな。思いながら男は再三、注挿を開始する。ちょっと。大事にするって今言ったじゃないの。女が抗議の声を上げたが、喘ぎ交じりのそれでは、男を余計に煽るだけだった。
「……ギィ、待って、ねぇ、お願い、もうおかしくなっちゃうから、ぁっ」
「おかしくなってくれ」
女の体を仰向けに引っくり返して、男は彼女の目を覗きこみうっとりする。緑の目。森の色。森の木の葉の色。
「きれいだ」
「ちょっと、ギィ、……!」
「好きだ。ロワジィ。あんたとずっとこうしたかった」
許しを乞うように鼻づらを寄せ、睦言を囁くと、まったく聞く耳を持たない男への抵抗をとうとう投げたらしい女が、
「……、」
諦めたように大きくひとつため息を吐き、
「莫迦」
男の腰に足をからめ首へ腕を回して、揺すりたてる動きに同調し、ひたすら朝まで快楽を貪り続けたのだった。
(20180730)