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 あれから結局夕方どきまで飯屋を占領していた。

 半日近く居座ったことになる。

 ロワジィとしては、先に乱痴気騒ぎから抜け出してもよかったのだけれど、モグラと共に店を出て行ったギィが戻るまで待っていよう、そんなつもりで長居になった。

 男がなかなか帰ってこなかったからだ。

 宵の口からの商売になる娘たちは、一度は売春宿に戻らねばならぬとかで、日が傾いたころに現地解散になった。

「おねぇさん、また遊ぼおね」

「おねぇさん、おじさんにお店に来てねって言っておいてねぇ」

「おねぇさんもお店来てねー」

 手を振り、かしましい彼女たちが去ると、急に静かになる。

 ロワジィはそのまま、店の出入り口の横で、壁にもたれて待っていた。

 

 半時程待っていて、日が陰り、ようやく男は戻ってきた。ひとりだった。ちょろいおじさんはどこかに置いてきたらしい。

出て行った時と同じような複雑な顔をしていると思う。

「……ロワジィ、」

 男は、待っていた彼女に気がつき、嬉しいような悲しいような笑いに頬を歪める。

 泣いているのを我慢しているようにも見えた。

「ギィ、?」

 そのまま腕をとられて歩き出す。

 宿場通りに向かっているのかとも思ったが、そのまま大人しくついてゆくと、入り組んだ水路の路地影へと連れ込まれる。

 日中はここを多くの荷船が行き交うのだろうが、仕事終わりのいま時分は、人気もなく閑散としていた。

 

「ここ、なに、」

 人気のない場所に連れてこられた意図がさっぱり判らなくて、男に問おうと口を開きかけたタイミングを制するように、男は彼女を力任せに抱きしめた。

「ロワジィ」

「ちょっと、なにやって、」

「ロワジィ」

「ちょっと。……ギィ。やめて、苦しい」

「ロワジィ、……、」

 息苦しい腕の中で彼女が身もがくと、男は抱きしめる力をすこし弱めてくれはしたが、放さない。

 そのまま首筋に口づけを落とした。口づけというよりは、噛みつく動きだ。

「な、」

 口づけがきっかけで、男の動きは不意に性急なものに変わった。片腕で彼女を拘束しながら、もう片手で体をまさぐりはじめている。

「ちょっと、」

「ロワジィ――、……、」

 興奮にかすれた名前を吹き込まれる。

 そぞろ歩きでも道に迷ったわけでもなく、はっきりと性的な意思を持つ男の動きに気づき、ロワジィはあらためて逃れようとした。暴れる。とんでもないと思った。

 もし通行人があったら、という焦りよりは、合意もなしに一方的に行為におよぼうとする男が信じられない方が強かった。

けれど、人並み以上に体格もよいし、商売柄、そこそこ自分の力というものには自信があったはずなのに、男の拘束はがんとして解かれない。

 万力にはさまれているようなものだ。

 そうしてロワジィが逃れようと暴れているのをいいことに、男は乱暴に路地の壁に押し付け、彼女のズボンを下ろすと、閉じようとする狭間へ太腿をぐいと差し入れた。

 互いの下半身が密着する。男のそこは兆しはじめている。

「ちょっと……!」

 今度こそ彼女は本気で抵抗する。これではただの通り魔と変わらない。

 だが腕は揺るがなかった。

「――俺の、」

 急ききる男の口から言葉が漏れて、思わずロワジィは顔を上げ息を飲む。

「俺の、――俺の、――俺の、――俺の、」

 男の目は酔ったように潤んでいる。

 瞳孔が開き気味になり、熱に浮いた黒目は、とり憑かれたようだ。

「俺の、っ……っ」

 せわしなく腰を押し付け、服越しにまぐわう形になる。男は舌打ちし、荒々しく乳房を揉みしだき始めた。

 力が強くて、痛い。快感を得るには程遠い。

「ロワジィ、ロワジィ、ロワジィ……、」

 からめとられていたのは主に上半身だ。下半身は弄るために比較的自由が利いた。だから彼女は、やろうとすれば渾身の力をこめて、男の金的に膝蹴りを食らわせてやることもできたのだ。

 人間には急所というものがある。狙いやすいのは主に七つで、股間もそのひとつだ。

どんなに鍛えている人間でも、その部位だけは鍛えることができない。できないからこその急所である。ふざけるなとロワジィが全力で蹴り込めば、いくら男の他の部分がぶ厚い筋肉におおわれているとはいえ、隙はできるはずだった。

 その隙に逃げればいい。

 

「ギィ」

 

 けれどロワジィが実際にしたことと言えば、男の動きを止めるための凄烈な反撃ではなくて、

「どうしたの。大丈夫」

 自由になる手を伸ばして、荒い息を吐き彼女の膚にむしゃぶりつく男の頬に、手を当てることだった。

 犯している男の顔が、泣きだしそうで、途方に暮れているように見えたからだ。

「ギィ」

 膚に落とす口づけが、そのまますべて噛み痕だった。行為の最中に、興奮した男がいくらか噛み痕を残すことは珍しくもなかったけれど、最初から、すべての口づけにその意図があるというのは、

「――ロワ、」

 虚を突かれたらしい男が、彼女の体をまさぐる動きを止めた。じりじりと視線が動いて、見上げている彼女の視線とぶつかる。

 獣じみた欲の中に、置いて行かれた子供がいると思った。

「どうしたの」

「……――」

 先ごろまでの勢い任せの愛撫が止まったので、ロワジィはあらためて男を眺めることができた。そうして、店にいた時分の男を思い出す。

 モグラと一緒に店を出て行った。出て行くときは、若干凄みのある表情をしていたが、そこまで普段と変わりはなかったはずだ。

 おかしかったのは、戻ったときからだ。

「話したくないなら、あたしが勝手に想像するけど」

「……、」

「あの天使狂いのヘニャチン野郎に、なんか吹き込まれたでしょう」

 言うと、ひく、と男の肩が僅かに揺れた。図星らしい。

 思わず大きくため息が漏れた。

「死んだって口だけ動いてそうなアレのことだから、……そうねぇ、……あんたがこうなったってことは、あんたと離れてた五年の間の、あることないことツツかれたとか」

「……、」

 男は無言だ。無言だからこそ、そう言われたのだろうなと彼女は確信した。仮にモグラが吹き込んだことが別のなにかなら、男はちがう、と否定するはずだ。

 もう一度ため息を吐く。以前にも、男が不在の間をからかってやろうと何度かモグラが仕掛けたことがあった。寝食を共にしたとか、つかず離れずだとか、物は言いよう、男は口で彼には敵わない。店を出てゆくときの険悪な雰囲気から察するに、口先三寸で、さんざん良いようになぶられたのだろうなと思った。

 

「あのねぇ。恥ずかしいから、一度っきりしか言わないけど」

 ロワジィは男の頬をはさみなおし、気まずそうに視線をそらしかける男の顔を、こら。逃げるな。言ってしっかりとおのれの前に固定して覗きこんだ。

「あたしは、あんただけよ」

 口にするには照れがあった。だからずっとなぁなぁで済ませようと思っていたけれど、口に出さないと伝わらないものもあるのかもしれない。

 ――だってこのひとは、あたしが逃げても、聞こえないふりをしても、誤魔化しても、何度も何度も、あんたといたいって言ってくれてた。

「はじめて市場で会ったときからずっと、あたしはあんたしか見えないの」

 そう言って男におのれの唇を重ねる。ちゅ、ちゅと軽い音を立て、ロワジィは男の唇を食んだ。

困惑しながら迎え入れるのがおかしい。男の舌先を探り当て、つつき、吸いしゃぶって、

「大きい手も、ごつい肩も、クマみたいな雰囲気も、飛びついたってよろめかない体も、かすれたみたいな声で、あたしの名前を呼んでくれるのも」

 あんただけなのよ。彼女は囁く。

 小男に言われた嘘なんて、吹き飛んでしまえばいいのにと思う。

「どうでもいいようなことも真面目に考えてきちんとこたえてくれるところも、嘘がつけないところも、こうやって、自分勝手にヤろうとしてるのに、いきなり突っ込めないとことか。全部」

 莫迦ねぇ。彼女はちいさく苦笑する。

「そんなふうに甘いから、足元掬われるの」

 力で男は勝っている。強引に彼女を路上へ押し倒し、潤っていようとなかろうと、直ぐにでも突っ込むこともできたはずなのだ。

 彼女が暴れて泣き喚いても、無理矢理固定してのしかかり、勝手に腰を振りたてて果てることもできたはずなのだ。

「そんな必死にならなくたって、こんな売れ残り、欲しがってくれるのあんたしかいないわ」

「……、」

「あんたのよ」

「……、」

「持ってって頂戴」

 そう言ってまたちゅ、と唇をついばみ、

「ねぇ、」

 お酒のせいじゃないよね、彼女は一応確認する。男の息は酒くさくはなかったし、そうではないと思ったけれど、

「……酒、」

「このあんたの行動は、ヤケ酒でも一気に呷って、その勢いで、とかじゃないよね?」

「違う」

 男が首を振る。その目に先までの狂乱はなかったものの、濡れた情欲は熾火のように残っている。

 すがめた目がまずいな、と思う。そんな目で見られたら、なにもかも許してしまう。

「あいつにこないだの媚薬とか、もらったからでも、ないよね?」

「違う」

「そう。じゃあ、いい」

 言ってロワジィは男を軽く押しやり、手早くズボンを上げ腹帯を締め直して、ほら、と男の手を取る。

「ロワジィ、」

「なに」

「俺は、俺はあんたに」

「何言ってんの。――行くわよ」

「ど、どこに」

 中断され頭がすこし冷えたらしい男は、おのれのしでかしかけたことに思い当たったらしく、戸惑い、狼狽していた。

「邪魔されないところ」

「邪魔……、」

「だってここじゃ、ゆっくりできないでしょう」

 言うと男が口を開き、また閉じる。彼女の言葉を推し量っているようにも見えた。

「石は固いし、落ち着かないし。もっとちゃんとあんたの顔が見えるところがいいわ」

「ロワジィ」

「なによ。今さらやめるなんて言ったって、やめてなんかあげないわよ。火を点けたのはあんたよ」

 煽られたのはお互い様だ。

 

 

 水路まで連れてこられたときと逆の形で、ロワジィは男の手を引き、迷いなく目的地に向かった。歓楽街の円宿である。

 円宿――連れ込み宿のことだ。

 帳場に金を支払うと、渡された木札を受け取り、札に書かれた番号の部屋へ向かう。宿の部屋は、部屋と言っても小さな一間で、それも二人分の寝床が設えてあったから、部屋の余白はほとんどない。

入り組んだ階段を上がり、薄暗い廊下を歩いていると、うすい壁のあちらこちらから獣になった男女の呻きが漏れ聞こえてきている。

なんとなく、男を振り返ると、同じように目が合った男も、居心地が悪そうな顔をしていた。これから自分も同じようになるのに、この他の人間の声を聞くと、尻座りが悪くなるのがおかしいと思った。

 

部屋に着き、戸を閉めるのもそこそこに、互いの服に手をかけた。気ばかり逸って、結び紐がうまく解けない。解きそこねて堅結びになり、舌打ちしながら無理やり上着をめくりあげ、あらわにした膚に手を這わす。太腿を絡ませ、下肢を押し付け合いながら唇を貪った。

「ねぇ」

 唾液が絡まり糸を引く。

「うん、」

 一度なりをひそめかけた男の焦れた色が、いままた前面に滲み出ている。これはあてられるなぁ。内心ロワジィは苦笑した。

 ぞくぞくする。

……こういうの、男の色気って言うのかな。

「さっきの、もう一回言って」

「……さっきの、」

「俺の、って」

 そんな場合ではなかったはずなのだ。力任せに壁に押し付けられ、開かれている最中だったはずなのだ。だのに言われた瞬間、体の芯にじんと痺れがはしった。正直に言う。興奮したのだ。

「――ロワジィ」

「うん」

「俺の」

「うん」

「俺の」

 かすれた声で囁かれる。

「俺の……、」

 言って男が不意に体を屈め、彼女の体を寝台へ押し倒す。そのまま押しかぶさり、噛みつくように唇を奪われた。

我慢させていた。そう思う。

 先だって、モグラが二、三日ふらっと姿を消したことがある。街道筋を旅している中途のことだ。

野外だった。慌ただしく藪の中で、着衣のまま絡み合ったのが最後だ。

 それから半月は経っている。

 相手が常に感じられる近くにいて、触れてもいい相手、そうして触れたい、触れたくてたまらない、だのに人目があるから手を出すことができない。

 生殺しだ。

 ロワジィですら、ぶっちゃけむらむらしていたのだから、牡であるギィはいうまでもないことだったと思う。

「……ぁふ、っ」

 唇が首筋へ落ちる。先ほどと同じ所有痕をひとつひとつなぞられて、ロワジィの膚が粟立った。

 押しあてられた布地越しの男自身に煽られて、知らず、膝を立て、男の体をはさむようにして腰をくねらせる。

 男がゆっくりと顔を上げ、すくい上げるようにロワジィを見上げた。その目は欲情を隠しもしていない。

「……湿っている」

「ぁっ……、」

 ズボンの内股に手を差し入れて男は言う。判っているなら早く脱がして直接触ってほしいのに、ゆるゆると指を前後させるばかりで、じれったいばかりだ。

「ね、ちょうだい、……」

「もうすこし、」

 男はまた彼女の膚に顔を落とした。乳房の形をたしかめるように両手で包み込み、乳首を舌でつつき、舐めしゃぶる。くすぐったい。くすぐったいのに気持ちがいい。

 くすくす笑いながら、ロワジィは男のこわい髪へ手を差し込みかき混ぜる。

「立ってきた」

 言って今度は脇腹へ所有痕を付けはじめた。徹底して痕をつける気らしい。

「やめ、」

 脇腹から下へ行く気配を感じて、ロワジィは身じろいだ。男に抱かれることに今さら是非もないが、旅の汚れを落としていない。何度か見かけた川で行水はしたけれど、

「どうして」

 不思議そうに眉を寄せる男へ、くさいから、言って彼女はその顔を押しやった。

「くさくない。あんたのにおいだ」

「……だからその、あたしのにおいとか言うのが、もうすでにくさいでしょうが」

「くさくない。いいにおいだ」

「……、」

 男はうっとりと彼女の手首に舌を這わせ、二の腕に向かって舐め上げる。唇で食み、軽く歯を立てた。

食われてしまいそうだなと思った。

「無理無理無理無理。今度にして。今度」

 体に疼きがはしっても、やはり汚れた体を舐められるのは抵抗があった。男が気にするか気にしないかだとかは、この際関係ない。

 ロワジィの羞恥心の問題である。

「俺は舐めたい」

「駄目。今度。お風呂入ったあと」

 臍から下へも舌を這わせる予定だったらしい男が、不満げな声を上げているが、そこだけは絶対に譲歩できないと思う。

 懇願に屈せず首を振ると、再び鎖骨あたりに頭を落としながら、やっぱり、戸建て、だとか男が何やら呟いている声が聞こえた。

「……なに?」

 戸建て?耳慣れない言葉にロワジィが聞き返すと、

「いや、」

 男がしまったなという顔をした。そのまま彼女のズボンの紐をゆるめ、下穿きの中へ手を入れる。

「ぐちゃぐちゃだ」

「……ちょっと。あ、……話、そらさ……ん、ふ」

 陰唇の入り口へ、男が人差し指と中指をそろえて擦りつけると、すでにぬめりを帯びていたそこは卑猥な泡立ちを始める。

「あんたは怒るかもしれないと思って」

 言いながら男は体を伏せ、ロワジィの唇をついばんだ。

「ぅ、ん……怒る?」

 機嫌を伺う動きにも見えて、誤魔化されないわよ、そう思うものの、体は正直だ。快感に蕩けはじめた思考の半分は動かない。

……もしあんたが厭でなければ、男は前置いて彼女に告げた。

「うん、」

「もし、あんたが厭でなければ、ゆくゆくは定住したいと思って」

「定住……、」

「その、……、……。もし、子ができたりしたら、落ち着いて暮らす場所が必要だろう。つまりその、……家とか、」

「え、」

 子供。そうして当たり前に帰るべき場所。彼女が過去に一度手にして、ある日唐突に掌からこぼれていってしまったものだ。

この目の前にいる男ともう一度、そんなようなことを、思い浮かべたことがないと言えば嘘になるけれど、今のままでも満足なのだから、これ以上は高望みではないかと思っていたし、男がどう考えているのか、はっきりと確かめたこともなかった。

 それが、子供ができたら。照れくさそうに男の口から告げられて、どう言うわけか胸がいっぱいになってしまって、彼女は口を閉じる。

「ああ……その、こんな場所で、こんなことを言われるのは、不本意だと思うが、」

 黙り込み、目が潤んだロワジィをどう見たのか、男がおろおろとなって彼女の背を撫ぜる。

「すまん。泣くほど厭か」

「……ちがう。そうじゃない……、厭じゃない……厭じゃない。うれしい」

 彼女はそう言って男の背に手を回し、すがりついた。

「うれしい」

「ロワジィ、」

 言ったはずみで目尻から涙がこぼれる。

「うれしい――……、」

「ロワジィ、」

 涙を見止め、困り顔になった男が、彼女の頬に唇を寄せた。べろんと舌で涙を舐めとられ、泣かんでくれと弱った声で吹きこまれる。

「あんたに泣かれると、どうしていいか判らない」

「うん」

「泣かないでくれ」

「うん」

 その弱り切った声が嬉しい。

 

 そのまましばらく男に抱きついて、困り果てる男を堪能していたロワジィは、でも、とすこし悪戯心が湧いて、男の顔を見た。

「取らぬ狸って言うじゃない」

「狸」

「そう。狸。子供ができるかどうかなんて、そんなの判らな……うぁ」

「できる」

 ちゅ、と彼女の耳朶を甘噛みし、また首筋へ舌を這わせはじめた男が、妙に自信のこもった声できっぱりと彼女の言葉を否定する。

「ちょ、ちょっと、揉まな、」

「孕むまで、俺がここにぶち込む」

 やわやわと下腹を揉まれ、膚の上から子宮のあたりを軽くたしかめられて、ロワジィは思わず息を飲んだ。先までうろたえていた男の目が、獣のそれに戻っていたからだ。

 いつの間にか彼女の下穿きは取り払われていた。

「どろどろに濃いのを、たっぷり注いでやる」

「ギィ」

 欲しいんだろう?言外にたずねられて、ロワジィは白旗を上げる。

 だめだ。降参だ。

壮絶な色気のある目で射抜かれて、体から力が抜けた。体というより腰が砕けた。もうどうとでも好きにしてほしい。そう思う。

 むき出しになった男自身が、ロワジィの陰唇を前後する。ぬちゃぬちゃ淫猥な音が聞こえる中、早く全部入れて欲しくて、彼女は自ら腰を浮かせてねだった。

「ねぇ、……、」

 つぷ、つぷと男の先端だけが僅かに出入りして、余計にもどかしい。

「ロワジィ」

「うん、」

「ロワジィ――、」

 深くため息をつくようにして、男が彼女に覆いかぶさり、ぐっと腰を突き上げた。

「は、ぁ、あ、あ……んっ」

 欲しくてたまらなかった刺激が体の中心を割りひらいて、ロワジィはたまらず反り返ってその硬い芯を迎え入れた。

 熱くて硬くて太い。

 ああ、奥まですべてを収めた男が、呻きと共に詰めていた息を吐き出す。

「締め付けすぎる」

 参った、これではすぐいってしまう、手前勝手な男のぼやきが聞こえて、いいのよ、彼女は頷いてみせた。

「すぐいってもいい……、何度もしてくれるんでしょう」

「ロワジィ」

「こないだみたいに、して」

 彼女の言葉に意外そうに男が眉を上げる。酒と間違えて媚薬を呷ったこのあいだ、たしかに朝まで快感が続き、足腰立たなくなるほど彼女は男と交わったが、あくまでも愉悦は薬によって生みだされたものだったと思う。苦しいほどに強烈で、だのに一過性だった。快楽以外の他の感覚神経がまるで鈍ったようだった。薬の効能が切れたころには、全身の倦怠感の方が勝って、それから半日泥のように眠った。

 いまはずっと近い。

「あのときより、ずっと気持ちいい」

 強制的でない快楽は、内部にそそり立つ男の存在をしっかり感じ取れることができる。それが時折りびく、と脈動するのも、

「動いて」

 自分から腰をくねらせて、ロワジィは言った。その声に、ふ、ふと短く息を吐いていた男は、試すように数度ゆっくり前後に動かして、それから徐々に叩きつけるように、彼女の内壁を擦り立てはじめた。

 ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ。

 突きこみの激しさに、寝台の足が床の上で軋み、それが何故だかおかしくて、彼女は声を立てて笑う。

「ロワジィ、」

「すごい、ギィ、気持ちいい」

 いぶかしんだ声を出した男の背に爪を立てて、ロワジィは笑いながら喘いだ。その声に男の目が凶暴なものに変わる。不意に彼女の膝裏をすくい上げ、繋がった部分を上に掲げるようにしながら、男は低く唸り、がつがつと彼女の最奥を穿ちはじめた。

「一度、出す」

「ひ、ぁ、あっ、あっ」

 苦しくて恥ずかしい体勢のはずなのに、ぞくぞくと快感が駆け上がる。ぶっちゃけもう何をされても気持ちがいいのだ。

「俺の、」

 耳の中を肉厚の舌で舐めしゃぶり、うわ言のように男は何度も俺の、と繰り返す。その声にますます煽られて、締めるつもりもないのに胎内がうねり、男を締めてしまう。

 その頭に火花が散る一点を、もっと擦ってほしいのに、体は勝手に暴走し、びくびくと収斂して最奥へ吐精をねだった。

「だめ、いく、いくいく、いっちゃう……っ」

「ぐ、うっ」

 苦鳴を漏らした男がぎり、と奥歯を噛みしめるのが判り、反射的にロワジィは男へ両足を回し、駄目押しのように腰を押し付けのけ反った。

「――っ」

 びゅくびゅく男の屹立が胎内で跳ねるのを感じる。熱い。

感じた瞬間、いつの間にか閉じていた瞼の裏にちかちか星が飛んで、そのまましばらく彼女は体を小刻みに震わせ、硬直した。

 

 

「……ひ、あ、は……は……。……なに、このすごいの……、」

 どれくらい気をやっていたのか、ようやく口が利けるようになって、ロワジィはぼんやりと目を開ける。体はまだ甘く痺れていて、思う通りに動かせそうにない。

 男はまだ彼女を放すつもりはないらしく、膚へ口づけを降らせながら様子をうかがっていたようだ。

「うん、」

 口づけと一緒に男の汗も滴ってくる。ぼたぼた滴り、膚の上をすべって落ちるそれに、くすぐったくて笑うと、男が彼女を見上げた。

「ロワジィ」

 その目はやさしい。

「うん、……?」

 うやうやしく手を取られ、いったい何をするのかと見ている彼女の前で、男は五本の指ひとつひとつに口づけたあと、

「……ギィ……、?」

 五年の間に幾度もちぎれ、色褪せぼろぼろになった飾り紐の結び目を、そっと解いて枕元へ置いた。

「それ、」

「うん」

 白茶けたそれは、もうもとの鮮やかな橙色ではなかったけれど、男と離れていた間、ロワジィがどうしても外せなかったものだ。

 見ていると、男もおのれの結び目を解き、同じように枕元へ放る。

「とっちゃうの」

「ああ」

 どうして。言いかけたロワジィの口が、そのままあ、と言葉にならない声を上げる。

 替わりに男が服の隠しをまさぐって取り出した小さな布包み、たたんだそれを丁寧に開けると、広げた中に華奢な茶色の円環が見えた。

「……それ、……」

 円環。並んでふたつ。小さな輪と、それよりすこし大きな輪。

「本当なら、夜景の綺麗な場所だとか、こじゃれた酒場とか、雰囲気のある場所で渡せたらいいと思うんだが」

 言いにくそうに男は言った。旅の空、しかも同行者がしつこく付きまとっている中で、機会をうかがっていたのだろうと思った。

「次に、あんたと、邪魔の入らない場所で、ふたりきりでいられるのがいつになるか、わからないから」

 言って男は嵌めてもいいかと神妙な顔をしてたずねた。つられて思わず神妙な顔になって、ロワジィはうん、と頷く。

 ふたつのうち、小さいほうの輪を取って、男は彼女の指にはめる。木に詳しくない彼女は、それがいったいどんな名前の木なのか判らなかったけれど、やさしい温かみのある木製のそれは、彼女の指にしっくりとおさまった。

「うん、」

 彼女の指に収まったそれを、満足そうに眺めて男が頷く。

「ギィ」

「俺のだ」

 よほど小男に陰険にねぶられたらしい。

 俺の。所有痕と同じ、形に残る証。優しい束縛とでも言うのだろうか。それが厭などころか嬉しいことに、ロワジィは気づいてしまった。

 残ったもうひとつの輪へ指を伸ばして、ロワジィは男の指へ、その円環を差し込んだ。

 武骨な指。太い指。その手は奪う手ではなくて、なにかを生み出す手だ。

「うん」

 同じように掌を合わせて、互いの指を見比べる。それから妙におかしくなって、ロワジィと男と、どちらからともなくくすくす笑い出し、笑ったまま指をからめ合うと、唇を重ね、そうして夜は更けていったのだった。

 

 

 

(20180810)

最終更新:2018年08月10日 00:48