「やーなんか立派な我がお城建っちゃったじゃん。二年足らずで建てるとか、すっげぇ。まじすっげぇ。どういう神経回路してんの。突貫工事なの。手抜きしてんじゃないの。あんたの旦那の執念半端なくて怖い。あと木の香り超いいですね。あ、これ、新築祝い。おめでとうございました」
「あら……、これはわざわざどうも」
つまらないものですけど、かしこまって手持ちの袋から祝儀を取り出す小男イーヴに、つられてロワジィは頭を下げた。
この男とも、それなりな年月、付き合いがある気がするのだけれど、お気遣いができるのかできないのか、たとえば、こういう節目の挨拶は律義にするくせに、時々、馬に蹴られてしまえと思うほど、ひたすらしつっこく付きまとっていたりする。
目立った害はないから、はっきり迷惑だとも言えず、けれど家族の枠ではない他人が、いたりいなかったりで、頻繁に出入りしているというのも落ち着かないものだ。
いまだにどこが気に入られたのか、よく判らない。
――まぁ、でも家族みたいなものか。
それからこれ、だとか言って、荷物を探っている小男を眺めながら、ロワジィはひとりごちる。認めたというよりは諦めの境地だ。
家族と言っても、隣人の、従兄の、従兄の、また従兄の親戚の叔父、くらいの位置取りだとは思うものの。
血は水よりも濃い、だとか言うけれど、中には別のものが濃くなる場合もあるのだろう。そう思った。
そんなことを思っているうちに、目当てのものを見つけたのか、包みを取り出し、小男はロワジィに差し出した。
「あとこれ、良かったら使ってね」
「なに、?」
「いやあ、こないだ行った町で、特産品なんだーってそこの天使ちゃんが言っててさぁ」
小男の声を耳にしながら彼女が包みを開くと、思いがけず瀟洒な刺繍を施されたタペストリがすべり出た。
「え、なにこれ、うわ、」
手に取り、広げながら彼女の口から呻きが漏れる。
「ええ……。……これ……、高いでしょう……」
土産物屋で観光客相手にさらされているような派手な安物ではなく、専門の店で、職人がひとつひとつ、手間暇かけて織り上げられた品物だというのはすぐに判る。まず周囲の幾何学模様がありえない。その上、丁寧に刺し込まれた刺繍の細かさ。これをひと模様でも刺繍しろと言われたら、ロワジィは真顔で無理、と答えるだろう。
「しかもこれ、金糸使ってない?ええー……、これ、めっちゃくちゃいいものじゃないの」
工芸品の一流もののように見えるのに、
「そうなの?俺、相場よく判んない。なんか店入ったら、これが一番人気なんですよだとか勧められて。天使ちゃんも素敵って言うし」
「……、……、……。おじさん、……、」
カモだ。受け取っておいて言うのもなんだが、この男本当にカモだ。
連れの娘の前でいい格好をするために、きっと言い値のまま買ったんだろうな。すこし憐れんだ目でロワジィは彼を見てしまった。
「でも、ありがとう。大事にする」
「うん。イヤじゃなければ食堂にでも飾ってよ」
「ええ……、勿体ない」
「なんで。しまっとく方がもったいないだろ」
不思議そうにモグラに言われて、何とはなしにロワジィはカウンター越しの向こうを眺めた。
いま、彼女らが座っているカウンター。それから、樫の一枚板テーブル。それから椅子。壁沿いにも長椅子が並んである。奥にある石積み暖炉の上に、見た人間が必ず二度見する大きさの猪の毛皮も張ってあった。
食堂から二階の天井へは吹き抜けになっていて、手すり越しにぐるりと並ぶ部屋の戸口が見えた。
「いいじゃん。泊まりに来るムサ苦しいヒゲ面どもしか、見ないって言うのがちょっとアレけど」
ロワジィが、ギィと共に腰を据える場所に選んだのは、皇都へ続く主街道の脇だった。
宿場である。
元も馬宿であったのだろうが、管理する人間がいなくなり、廃屋になっていたところを買い取った。土台以外はみな腐れ落ちていたので、手入れするというよりは、ほぼ一から建て直す形になった。
そこからが怒涛だった。
男と自分で近くに仮小屋でも建て、ちまちまと数年がかりで建て直していくのだろうなと思っていたら、いつの間にか大工が二人やってきていた。男が木工組合(ギルド)に所属していたコネを辿ったらしい。
男自身も木工仕事ができるので、都合三人で取り掛かったことになる。
見ているうちに、あれよあれよと木材が手配され、柱が立ち、屋根ができた。大工三人の仕事の前に、素人の自分が手を出しても余計手間を増やすだけなのは判っていたので、ロワジィは仮小屋で彼らの食事を作り、汚れ物を洗う側に徹することにした。
自分たちが暮らせるだけの住居部と、それから泊り客が使用する宿の部分。表には馬留めを備えた。街道筋なので衛兵も往来し、足を休めに寄ってゆく。
周囲十五里に、めぼしい宿場がほかにない。新しく宿場ができるとどこで聞きつけたのか、鍛冶のできるものが流れてきて、鍛冶設備まで併設された。
なかなかの規模になったと思う。
ロワジィの生まれた村を発ってから、男と幾晩も幾晩も話し合って決めたことだ。
男が工房で貯めた金と、ロワジィが村へ仕送っていた金を合わせると、かなりの額になったのだ。これを元金に、馬宿を経営するのはどうかという流れになった。
――町よりも山にほど近く、山よりも町にほど近くて、この曖昧具合がちょうどいいのではないか。
男は言う。
とくになにも考えず、普通に町中で集合住宅の一室を借りて暮らすのだろうなと、彼女は思っていたので、男の提案が若干意外だった。
「町じゃ、ダメなの」
疑問に思って何の気なしに尋ねると、男はなぜか真剣な顔で首を振った。
「町は駄目だ。町で、戸建ては、難しい」
「……なに、その戸建てへのこだわり」
「戸建てじゃないと駄目だ。戸建てじゃないと駄目だ。戸建てじゃないと駄目だ。戸建てじゃないと駄目だ。戸建てじゃないとあと内風呂」
こぶしを握り、ぶつぶつとなにやらおのれに言い聞かせている男に、申し訳ないがロワジィはちょっと引いた。血走った目が怖かった。
「――なんかねぇ、聞いたけどはっきり言わないし、いまだにはぐらかされるんだけど、なんで町住まいじゃダメだったのかなぁ。いや、いいのよ?別にここで宿をやってくことに、不満はないんだけどさ、でも、なんかそのこだわりってなんなのっていうかさ。隣近所に気を遣うのが煩わしいって思うほど、人嫌いのひとじゃあない気がするんだけど」
向かいでモグラのジョッキにエールを注いでやりながら、ロワジィはぼやいた。
あのあと、何度か男にたずねる機会があったが、
「町だとあれが隣に来るかもしれないから……」
だとか、
「あれに覗かれないために地下室……」
だとかで、語尾をぼかされたままだった。
だいたい「あれ」ってなんだ。来るだの覗くだの言っているので、生き物だとは思うが、お化けのたぐいだろうか。
さっぱり判らない。
とにかく、町住まいは避けたいのだなとロワジィは理解した。男と共に暮らせる場所であるならどこでもいいと思ったので、それ以上の追及はやめた。
「あんた、判る」
「ぼくぜんぜんわかんない」
「なにその棒読み」
まったくこたえる気のない小男に呆れながら、彼女はいま貰ったばかりのタペストリを暖炉横に掛けてみる。
「――うん」
眺めていたモグラが、満足そうな声を出した。さすが俺、だとか言いたかったのだろうと思う。
聞くとむかっ腹が立つので、それ以上の追及はしない。
そうして向かいで茶をすするロワジィに、
「ねぇねぇ、俺の姫ちゃんは?」
ジョッキを呷ると、彼はあたりをきょろきょろと見まわし、たずねた。
「勝手におかしな名前で呼ばないでくれる。……あのひとと一緒に、近くの村まで買い出しに行ってる」
「旦那と?二人で?危なくない?」
「危ないって、もう三つよ。荷台に大人しくしてることぐらいできるし。……、もう帰ってくると思うけど」
噂をすれば影が差す。ロワジィが言いきる手前かそのあたりで、ただいまぁ、と表につながる戸口から、はずんだ幼い声がした。
「姫ちゃん!」
聞いた瞬間、母親であるロワジィより先に小男が反応した。
「モグラのおじちゃん!」
両手に村で購入してきた雑貨用品の入った紙袋を抱え、戸口にぱたぱた足音を立て姿を現したロワジィの娘は、モグラの姿を見るやいなや、ぱっと頬をほころばせた。
頻繁に顔を出し、菓子をしこたま仕入れてくる彼に、娘はよくなついている。
買収された、と苦い顔で男は呟いていたけれど。
いつの間にかカウンターから娘の近くへ移動していた小男は、久しぶり、だとか言いながら、彼女の体を軽々と抱き上げていた。
「わぁ姫ちゃん大きくなった?なった?髪の毛伸びたねぇー。おさげ可愛いねぇー」
「おじちゃんおじちゃん、いらっしゃい!明日もいるの?おじちゃんいつまでいるの?ここのお部屋に泊まっていくの?」
「うんうんおじさん、すこし前にちょっとおっきなお仕事してきて、しばらくお仕事お休みなんだぁ。お土産も買ってきたよ!姫ちゃん一緒に遊ぼうねぇ」
「ほんと?うれしい!」
「――おかえり、サラ。お父さんは?」
放っておくといつまでも盛り上がっていそうな二人に、ロワジィは声をかける。数え三つになる娘はともかく、その娘と同じレヴェルで盛り上がるモグラのテンションってどうなの、と思いつつ。
「ただいま。……お父ちゃん、おうちの後ろに驢馬(ロバ)連れて行ったよ。お水飲ませるって」
くりくりと目を動かしながら、娘は答えた。そう、と頷きながら、その娘を抱き上げてでれでれと崩れているモグラの顔は、とりあえず見ないようにする。その方が、精神衛生上よさそうだ。
ロワジィが、ギィと一緒になってからもう四年になる。最初の一年を迎える前に、娘が腹に宿った。
え、もう、というのが、子ができたことが判ったときの、ロワジィの正直な気持ちだ。
いまはもうない一人目も、思えば普通にできたのだから、自分が産める体であるのは判っていたけれど、なにせ最初のときは数年暮らしてなかなかできなかったのだし、これは運のようなものだろうなと思っていた。
それも、最初と違って、自分はもう三十を超えている。聞けば、年が上がれば上げるほどできにくくなると言うし、まあそのうち一人でもできたら儲けもの、そんな程度に考えていたので、まさか即妊娠、の流れになるのは考えていなかったのだ。
……まぁあれだけ毎度毎度ぬか六してりゃあねー。
という思いがないでもないけれど。
比べるものでもないとは思うが、一人目の夫と現夫は、もう基礎体力からして違う。若さなのか、そもそもの鍛え方が違うのか、一度や二度で萎えたことがない。考えてみれば恐ろしい。
そうして毎回、ロワジィは翌朝ひとりで立てなくなるほど、ぐずぐずに突かれた。それが功を奏したと言えば、功なのだろう。
気持ちが良いのは嫌いではないが、限度というものがある。自分は体力がある方だとは思うが、途中で代わってもらえるのなら、誰か代わってほしいと時々思うこともある。
惚気では決してない。
子ができた、と告げたときの男の反応も印象的だった。
まずしばらく硬直し、それが次第にへにゃへにゃと崩れて、あのいかつい面に笑みを浮かべて、本当か、本当にできたのかと、何度もたしかめ直したのちに、喜声を上げながら外に飛び出して行った。
戻ってきたのは半日後だ。
ずっと野外を走り回っていたらしい。
聞いてあきれながら、まあ喜んでいるようだしいいか、とロワジィは思った。
そんなことを思い出す。
とにかく、思いもしない速さで子ができた。こうなると、いつまでも先が決まらないとふらふらしているわけにもいかない。
馬宿を建てるといっても時間はかかる。慌てて仮住まいを決め、そこで産み月を迎えた。産声の元気な赤ん坊だった。男と同じ黒髪と、彼女と似た緑の目の娘だった。
「……姫ちゃん、もうすぐおねぇちゃんになるねぇ。立派なおねぇちゃんになれるかなぁ」
「なれるよ!サラ、赤ちゃん好きだもん!」
ぼんやりと二人を眺めていると、そんな会話が耳に入り、ロワジィは我に返る。知らず下腹に手が行き、撫でていた。
胎には次の子がある。
「いつだっけ?来月?」
さりげなく、小男がそれを見止めて尋ねてくる。
「今月末。でもなんであんたがそんなこと聞くの」
「え、だって、産前産後いろいろと人手とか、入り用でしょ?宿開業して、あの、人間対応不器用な旦那だけじゃ、どう考えたって回していけないでしょ?しばらく規模縮小するって言ってもさ、お愛想ふりまけるキャラじゃないでしょ?……俺、さすがに産婆はご遠慮したいけど、役に立つよ?姫ちゃんの遊び相手とかさぁ」
「でも、」
「報酬は、そうだなぁ、向こう三か月ここに泊めてもらえればいいわ」
「でも、それはいいけど、でも、」
「いいのいいの遠慮すんなって。二人目って言ったって、あんた、もう若くないんだからさぁ。年増の冷や水って言うの?あんた、誰かが言わないと限界まで頑張っちゃうタチだろ?無理するとあとでガタくるし。産後の肥立ち大事だから。マジで。あ、でも、赤ん坊におっぱいあげるとき、俺の前でポロリしないでね。俺の目腐っちゃうからね」
「しないわよ」
多分だいたいは親切で言ってくれているのだろうな、そうは思うものの、一言どころか二言も三言も多い小男の言動に、いちいち腹が立つ。
そもそも、
「あんたが、娘の世話するのって、いろいろリスク高いと思うの」
「なんで?未来の花嫁だろ?」
「それ本当にどこまで本気で言ってんの」
娘が生まれてふた月ほどたったある日、いつものようにひょっこり顔を出したモグラは、娘を抱くなり、
「運命だと思う」
なぞとたわけた言葉を、ものすごく真面目な顔で口にした。
ああこんな男でも、赤ん坊を抱く手はおっかなびっくりなんだなぁ、だとか、ぼんやりと眺めていた場の雰囲気を、一気に凍らせる発言だった。
計算づくだとしたらたいしたものだと思うが、
「よろしくお願いしますねお義父さん」
「厭だ。俺は厭だ」
駄目だ、ではなく、厭だとこわばった顔で即答するギィが印象的だった。本当に厭だったのだと思う。
「ね、姫ちゃん大きくなったら、俺と結婚しようね!」
「しなーい」
あ、そこは断るんだ。
素っ気ない娘の一言に、浮かれていたモグラは一瞬で撃沈した。
「ええー……なんでー……。……姫ちゃん、俺のこと好きじゃないの?俺じゃダメなの……?」
「ごめんねモグラのおじちゃん。……サラ、おじちゃんのこと好きだけど、けど、お父ちゃんが一番好きだから、おおきくなったらお父ちゃんとするの」
「ええー……」
しょんぼり肩を落とすモグラに、よしよしと娘は頭を撫でて慰めている。本気で落ち込んで、三つの子に慰められる中年はすこし物悲しい。
それを横目で眺めながら、
「おかえりなさい」
「……ただいま」
裏に荷車と驢馬を置いてきたギィが、戸口に姿を現したのへ、ロワジィは声をかける。
娘に頭を撫でられている小男に、一瞬ちら、と目をやる。また来たのかというような顔をして、それから諦めたように小さく嘆息しながら、男は彼女に近づいた。
ちゅ、と頬をかすめる口づけ。そうして、
「これ」
手に下げた荷物の中から、ちいさな袋を取り出し、彼女に差し出した。
「途中の道端でなっていたから」
あんた好きだろう。暗に言われて、彼女は小袋を開ける。中にはつやつやと黒光りする黒スグリが入っていた。
互いの重さでつぶされかけて、そのさわやかな芳香が袋からただよい、ロワジィは思わず深呼吸する。
「いいにおい」
「ああ、」
どこかに出ると、こうして彼女に手土産を持って帰るのも毎度のことだ。嬉しくもあるし、本当に変わらないな、とも思う。
夜、娘を寝かしつけると、あとは夫婦二人の時間になる。
「……でもこの静けさも、あとちょっとだと思うと、名残惜しいのかも」
近く雨が降るのか、河鹿(かじか)の声が夜気に響くのが、窓の外から聞こえる。
壁際の長椅子に腰を下ろし、黙ってジョッキを傾ける男の横に腰を下ろし、ロワジィは呟いた。
うん、と男が彼女に目をやり、そのまま肩を抱き寄せられた。
「客でうるさくなる……、?」
「それもあるけど、『ここ』の中身が出てくると、こうして夜、のんびりもできなくなるでしょう」
朝も夜もしばらくなくなるわよ、膨れた腹を撫ぜながらロワジィが脅すと、ああ、と男もつられて薄く笑って彼女の髪に鼻をうずめた。
「にぎやかになる」
「まぁ、そうだけども」
待ち遠しいな。
目を細めて男が呟き、腹を撫ぜる彼女の手の上に自身の手を重ねた。
「こうしてあんたと一緒にいるのが、夢だった。今でも夢みたいだ」
「……今さら」
――子供二人作っておいて、なにを言っているんだか。呆れて彼女は笑った。
「夢じゃないし。消えない」
「うん、」
男の側を向くと、こちらをじっと見ている黒い目とかち合う。
この四年で男も年を重ね、いかつい顔に磨きがかかったと思う。貫禄と言えばそうかもしれないが、初対面の人間に十二分に威圧を与える顔ではある。
けれど角度によってはひどく男くさい角度があって、実はひそかにロワジィは気に入っていた。
「名前つけなきゃねぇ」
暖炉の炎を映す黒い目をじっと見つめながら、彼女は言った。
「……名前、」
「宿の」
「ああ」
彼女の言葉に合点がいったように頷いて、それから、実はもうサラと二人で考えてある、男がこたえる。
「サラと?なんて?」
「大イノシシの鼻づら亭」
「あー……、」
言われて思わず暖炉の上へロワジィは目をやり、そうして苦笑いした。だいぶん前に、農場で仕事を請け負い、男が抱き潰した猪の毛皮だ。大きさはかなりのものだった。
大きさは立派でも、猪の毛皮は固い。使う用途が限られる。町へ持って行ったものの良い値も付かず、しかし大きいゆえに捨て値で売るのも惜しい気がして、持ち歩いているうちにそのままあったので、宿に飾ることになったものだ。
「……まあ、……、それでいいか」
ちょうど目立つところにあるし。
苦笑し、了承する彼女の頬に静かに手を当て、男が目を細めた。愛おしくて仕方がない、口には出さずとも、動作が物語っている。
そのまま唇を近づけて、
「――ちょっと。いちゃつき遠慮してよー。俺いるんですけどー」
辟易した声に、一瞬動きを止め、彼女は視線だけそちらへ向ける。離れた場所で暗がりに埋もれるように、酒を飲んでいたらしい小男イーヴの姿が見えた。
「ひとり身に当てつけか」
「あんたが遠慮しなさい」
月日が過ぎれば年を重ねる。けれど年月はすこしのことでは動じない面の皮も作ってくれるようだ。
前だったら照れくさくて離れただろうな、思い、それからロワジィは目の前のギィの頭を引き寄せ、今度はしっかりと唇を重ねたのだった。
(20180829)