ぐふ、と喉奥でくぐもった苦鳴をあげ、襲撃者がもんどりうって倒れた。

身を引いて巻き添えを避け、引け腰で一人を相手している同僚をグシュナサフは見やる。見やる余裕がこの男にはあった。

 

町の通りからやや離れた路地裏である。剣戟の音は狭い壁にくぐもって、ちょうどよく大通りまでは聞こえない。

グシュナサフが見たところ、バラッドの剣の腕は中の下だ。本人はかなり身軽で、躱す動きに無駄が少ないので、まだある程度の伸びしろがあるように思う。真面目に習えばもうすこし行くのではないか。そう踏んでいる。

踏んではいた。だが同僚はやる気がないらしい。三十六計逃げるが勝ち、そんな言葉を勝手に作って、いつの間にか敵を巻いている。逃げ足が速いのだ。

俺はね、騎士じゃあないです。楽士ですから。

酒の席だったか、彼が以前そう言ったことがある。……真面目に戦わないんです。

だから、こうして面と向かい合う姿はわりとめずらしい。

 正面へ視線を戻す。グシュナサフと対峙するこちらは、いまもんどりうった一人をひいて残る三人、真横に並び、どうにか隙をうかがって彼の背後をとろうとする。多対一の利をうまく削ぎながら、右に片手斧、左に外套を手にし、腰を低く構えた。相手が気圧されているうちに、もう一人減らすつもりだ。

 

 もともと傭兵だったグシュナサフは、だいたいの武器を使いこなす。

配属されると、雇用側から武器が支給されるのだが、これがいつも同じ種類とは限らない。

 剣の場合もあれば、槍や斧を渡される場合もある。いいものは先に取られてこれしか残っていないと、金棒を渡されたこともある。勿論おのれの命がかかっているのだから、自前の刃物も用意していくが、生身の脂は刃がすぐに鈍った。両手剣や戦斧や戦槌のような、相手を重量で叩きへし折るならともかく、普通の剣なら切れ味は数人ともたない。

 だから手持ちの武器は、多い方がいい。

ただ、この支給される剣が曲者だった。

剣、と同じ名前かたちはしていても、使いこなれた自前のものとは、なにもかもが違う。

手触りが違う、重量が違う、長さが違う、重心が違う。

ほんのかすかなブレが、戦場では決定的な誤差になる。誤差は命にかかわった。

であるから、手にする度に感触がかわるというなら、おのれの体を即座に獲物に対応させる柔軟さが必要になる。動線変更の素直さ、といってもいいかもしれない。器用にならざるを得ないのだ。

器用でないものから死んでいった。

 だから覚えた。

これは頭に覚える知識ではなく、文字通り体に叩きこまれ技術だった。くわえて、もとより武器の手入れが好きだったものが、異様に刃に執着を抱くようになった。

グシュナサフは刃を磨くのが好きだ。柄のあたりに蔓を巻きつけるのも好きだ。背に刻まれたへこみ跡を撫ぜるのも好きだ。鞘のすり切れた表皮を張り替える作業も好きだ。

 むつむつと刃を手入れし、気が付けば食事をとるのも忘れ日が暮れていることもある。飽きることがない。

自身でもこの趣味はどうかと思った。俺はおかしいのだろうな。自覚はある。

 ――まともじゃあない。

思うが、しかし嗜好と言うものは理屈ではどうにもならないもので、手にしているととにかく「落ち着く」のだ。安心する。どうにもしようがない。

バラッドからは、鍛冶職人にでも転向したらどうかとからかわれた。

鍛冶職人。

悪くないかもしれないが、それで満足するおのれでないことも、グシュナサフは判っていた。手入れするだけでは不十分なのだ。

手入れし、それを振り回したいのだ。

戦場を駆り、手入れした刃物を振り回して、切れ味をたしかめないと気が済まないのだ。

たしかめ、得て、そうして次第に鈍ってゆく切れ味に苛々したい。そうして戦を引き上げると、また手直しに没頭するくりかえし。

やはり、逸している。

しかし怪我のひり当たりとでも言おうか、剣や斧や槍の手入れの程を見るだけで、対峙した相手の技量がそこそこに判るようになった。それだけは役に立っていると思う。

 

向かい合う三人の刀身はくすんでいる。こまかな錆がまだらに浮いている。たいした手入れをしていない証拠だ。おのれの手にした武器に愛着のない証拠だ。

腕の立つ人間なら、錆を浮かせることはしない。あんな風に刃先を曇らせない。

なってない。

いつだったか、馬宿で賊に襲われたときと同じ、物騒であきれた文句が頭に浮かんで、それから彼は一見無造作に見える足取りで、三人へ向かって踏みこんだ。

どん、と不意に踏み込んだので、相手は動揺し、構えが大きく揺らぐ。

その揺らぎがいっとう大きかった向かって左の男へ、グシュナサフはななめ下から戦斧を斬り上げて、剣先へぶつけた。手首をひねり、かえす。無駄のない小さな動きだ。

一周ぐるり剣を巻きこむ動きになって、支えきれない相手は剣を取り落とす。

信じられねぇ、そう言った風の相手の顔に、勢い、石突を突き入れた。ぶ、と顔面がひしゃげて、折れた歯が数本中に吹き散る。

そうして、脇の人間がまたたくまに突き倒されたことに動揺した真ん中の男を、グシュナサフは見逃さない。突いた動きをそのままに、ひらの部分で脇腹へ打ちいれた。単純に見える、ひどく力を強いる技である。突きの力を殺さず、一旦宙で停止させるように見せて、瞬時逆手に持ち替えた右腕と、添えた左腕で、思い切り叩きこむのだ。

鉄の塊を、横腹へ力任せに叩き込まれる人間はたまらない。ごきごきとあばらの折れる音とともに、勢い右の人間も巻きこんで、二人目と三人目は吹っ飛んだ。

もがき慌てて顔をあげた無傷の三人目を、斧の柄で殴り、昏倒させる。

頭はすこしへこんだかもしれないが、死ぬには至らないだろうと思われた。

 

三者三様の転倒音に、こちらへ目をやったバラッドと、向かい合った男がどちらも目をむいた。見た光景に飲まれかけ、しかしおのれを取り戻したのはわずかに同僚の方が早い。

我に返った瞬間に手にした剣を男の腹に突き刺す。

……骨の隙間をうまい具合に避けて刺すもんだな、おのれに割り振られた人数をひとまずこなしたグシュナサフは、暢気に眺め、そんな感想を抱いた。

 

「こいつらは、ハブレストの人間じゃない」

「……ああ、」

 殺気に興奮し、普段は緑灰色の同僚の瞳の色が、薄くなっている。グシュナサフが頷くと、同僚は意外そうに片眉を上げた。

「判りますか」

 あちらも、はなから判ってやり合っていたらしい。

「……判る。こいつらはセイゼルの手のものだ」

 人気のない路地裏を選んだとはいえ、剣戟の音にいつ衛兵が駆けつけてもおかしくない。打ち倒した襲撃者に用はなかった。さっさと路地裏を後にする。

「どこで」

 判ったんですかと同僚が尋ねた。猫のように目を細めている。説明することが大の苦手なグシュナサフは、がりがりと頭を掻き、

「剣」

 短くこたえた。同僚は首を傾げている。

「……刃物フェチのあんたが言うからそうなんでしょうけど、刃を見ただけで、セイゼルのものか、ハブレストのものか、判るもんなんですか」

「判る」

 グシュナサフは頷いた。

 

国と呼ばれる共同体が必ずかかえる設備のひとつに、鍛冶組合(ギルド)があった。

自領で産出される鉄、もしくは他国から仕入れた鉄を打ち出し鍛え、かたちにする施設

のことだ。

鍛冶鋳造所には武具専門の職人が常駐する。技術は職人同士で引きつがれたから、各鍛冶それぞれにわずかな違いが生じた。

武具防具には、それぞれ細かな決まりごとがある。重さ、長さ、使う鉄の質。

それぞれの国でくりかえし生産されてゆくうちに、ところどころに差が生じる。差を見分けられるかどうかは、結局のところ経験でしかなかったけれど。

「セイゼルはミランシアに協力的だった。……協力的だったはずですね?だのに俺たちの後を付けて問答無用で襲い掛かるって、一体どういうことですか」

「俺に聞くな」

 表通りに出る前に、ざっとおのれの服をたしかめる。もともと暗い色の上着を着ていたし、汚れてくすんでいるので、そうそう返り血も目立たないと思うが、

「おい、」

 見とがめてグシュナサフは声をかける。

「なんです」

「……顔の血は拭っておけ」

 同僚の頬にはねた血しぶきを指摘した。巡回の兵に見とがめられても困る。

「ラルヴァン様が回復して、ようやく教会との会談も取り付けることができたっていうのに、やれやれと思ったところでこれでしょう。……厭だなぁ。幸先悪いなぁ」

 服の袖でごしごしと返り血を拭いながら、取れました?バラッドがボヤいた。

「保守と革新はかならず派閥を作る」

 相手も当然判っていることをグシュナサフは呟いた。

 旧ミランシアに同情的である流れがある一方で、ミランシアを切り捨て、ハブレストと協定を組み直した方がよいと主張するものがある。そうして、ミランシアともハブレストとも組まず、三国協定を諦め、独立せよという声もある。

 それぞれの主張はそれぞれの理に沿ってあげられていて、正しいものはない。

 コロカントを立て、ミランシアを再興する。それもまた彼らの理だ。

 

「……、ところで、やつらがセイゼルだとお前も判っていたんだろう」

「まあ、そうですね、」

 鉄の鍛錬の違いで、グシュナサフは襲撃者がハブレストの人間ではなく、セイゼルの人間だと判断した。同僚は刃の違いには判らなかったらしい。そうすると、いったいやつらの何をもってセイゼルの人間と判断したのか。気になってグシュナサフはたずねた。

 匂いかな。

 同僚がちいさく呟く。

「……匂い、」

「えぇと説明しろと言われると、どうもうまく言えないんですけどね、……。あるんですよ。国の匂いってやつが」

「匂い、」

 聞いて首をひねる。さっぱり判らない。

「うーん……、……匂いとは言わないですかね?……でもまあ、鼻から判断するんで、匂いって言っていいと思いますけど。あんた、経験ありませんか。よそ様の家に呼ばれて、玄関戸をくぐったときの、自分の知らない匂い」

「ああ、」

 なんとなく理解したふうなこころもちになって、グシュナサフは頷く。

「食いものなのか、使っている洗濯石鹸なのか、香り袋なのか、体臭なのか、俺は無学ですからね。難しいことはよく判りません。とにかく、そういうごちゃまぜの匂いです。……個人の家じゃなくてね。それが広がって国になっても、そう違いはないように思いますよ。今のやつらは、ハブレストの匂いじゃなかった。セイゼルでよく嗅ぐものだった。だからセイゼルの人間かなと」

「そうか」

 まるで獣だな。

 ふとグシュナサフは笑った。口に出したら噛みつかれそうだったので、言葉には出さない。

 

「……そういえば、不肖の義理の息子殿はどうなったんだ」

「ラルヴァン様のろくでなしのご子息ですか」

 通りを歩きながら、思いあたってグシュナサフはたずねた。養父を監禁し、毒を盛って家督を奪いかけた男の話だ。

「殺したわけじゃあないんだろう」

「そうした方が後々面倒がないですよって、俺は言いましたけどね。できた養父を殺そうだなんてロクなもんじゃない。命を助けたって、恩に着るなんて知らない連中です。スキを見て、また手を噛むに決まっている」

「許したか」

「機を見て、ハブレストの生家へ戻すそうですよ。戻したところで、こちら陣営になにか利になるとも思えないんですがねぇ」

 のんびりとした見た目に反して剣呑な思考を持つ同僚が、頭を振っている。憂慮の芽は早いうちに摘む、彼が言いたいのはそういうことだろう。

「だが、そうした方だからこそ、教会との話を取り付けられたのだろう、」

「それは、そうなんですけども」

 グシュナサフの指摘に、むうと唸りながら同僚はふと足を止め、彼の袖を引いた。

「なんだ」

「腹が減りませんか」

「飯か」

「あんたのおごりでいいですから、一緒にどうです、」

 ぬけぬけとそんなことを言っている。相変わらず集る気まんまんの同僚に、グシュナサフはため息をついた。

 ため息をついている間に、無言は肯定とばかりに、露店の売り子へ寄っている。

 ――まあ、いいか。

 やれやれともうひとつため息をつきながら、彼は隠しから金入れを取り出し、こちらを窺った同僚へ投げた。

 

 売り子は若い娘だった。バラッドはさっそく言葉を交わしている。

 ここで働いているのかい。いいね。君はなんて可愛いんだろう。こんな可愛い子がいるなら、毎日ここへ通っちゃおうかな、だとかなんとか。

その場の勢いの世辞と言おうか、心にもないおべっか。

露店で売り子をしている人間なら、若い男からのそうしたからかいは言われ慣れているはずなのに、娘は悪くないといった態で、それがグシュナサフには不思議でしようがない。

口下手な彼は、逆立ちしてもそんな歯の浮くセリフを言える気がしない。もうこれは口から生まれた同僚の性(さが)のようなものだと思っている。

真似をしたいかどうかは、また別の話だ。

「あんたは何食います」

 露店の前に数脚並べられた椅子のひとつに腰を下ろして、バラッドが尋ねた。

「とりあえずエール」

 彼が答えると、頷いた同僚は、

「じゃあエールを大きいのでふたつと……それからその、今日のおすすめとやらもふたり分、あとはこれと……うん、?これ?揚げたやつ?それもおいしい?じゃあ、それもふたり分」

木の板に書かれた品書きを適当に指差し、そうして娘が席をはなれるとグシュナサフの方へ顔をむけた。じっと見ていた視線に感付いたらしかった。

「……たまに思うんだが」

「なんです」

「女衒(ぜげん)でもやっていけるんじゃあないか」

 冗談でもなくわりと本心だった。彼が言うとえええ、と同僚はのけぞり、不本意な声を出す。

「それは俺のことを大いに誤解している」

「ほう」

グシュナサフは頷く。反論する気はあまりおきなかった。

この赤毛の同僚が、口先ほどに人好きのする性格の男ではないことも承知していた。初見ではおそらく気付かない。長年の付き合いのたまものだろう。

たぶん同僚は偏屈で、人間嫌いだ。人見知りが激しい。他人がおのれの縄張りに踏みこんでくるのをなにより嫌う。

だから、愛想をふりまく。

縄張りのラインを越えられないように、常に自身から相手の胸中へ押し入るのだ。

これは一種の攻め手である。

先手を打てば、かならず相手は守勢にまわる。攻撃は最大のなんとやら、だとか頭の中に思い浮かべながら、グシュナサフは娘が運んできたエールに口を付けた。頼んだおぼえのないつまみも置いてある。娘が去り際にバラッドへ目配せをしていったので、これは彼女の心付けと言うことになる。

……なるほど、攻撃も時には便利なものだな。素直に感心した。

 

 

「これから、どうします」

「どうする、とは」

乾いた喉を潤した同僚が、グシュナサフを見た。先だっての血腥さに興奮していた目の色が、すっかり元に戻っている。

それがいい。なんとなしにほっとして、グシュナサフは呟いた。

「……お前、いつもそうしているよう心掛けろ」

「は、?」

 言われた同僚が怪訝な顔になる。鏡でも見ないかぎり、おのれの目の色はおのれでは見えないのだから、きっと彼はなにを言われているのか、さっぱり理解できないだろう。

だが、あの目の色はいただけない。彼が、常日頃隠している穏やかでない部分がもろに表に出て、物々しさしか与えない。自分はともかく、主である少女にあの色を見せたくはなかった。

怖がるだろう。

彼女は怖がり、そうして、怖がったことで相手を傷つけることをおそれて、きっと辛抱してしまう。

「……なんでもない」

首を振ってグシュナサフは答え、それからお前はどうするんだとバラッドにたずねた。

「さっき言ったとおりですよ。幹部と会って、できれば教会管轄区であの方を保護してもらえるように話を進めます。あの方が今いる場所も、いつまでも安全って言うわけじゃあない。足が付いたら一貫のおしまいでしょう。それから……、セイゼルの動向も、すこし探っておきたいですね。このまま周囲を嗅ぎまわられたら厄介だ。……あんたは、」

「俺か」

 そうだな。伸びてきた無精髭をざらざら撫ぜながら、グシュナサフはすこし考えこんだ。

「同胞団のいくつかと連絡を取りたいが――……、それから、一度あの方の様子を見に行こうと思っている。しばらく行っていないからな」

「ああ、」

 答えると同僚がぐしゃぐしゃと前髪を掻き毟り、くそ、と唸り声を上げた。

「……なんだ、」

「いいなぁ。森行くとか。……いいなぁ。俺はシミの浮いた老人にゴマすり。あんたは姫とキャッキャッウフフ。うらやましい。ねたましい」

 うらめしい顔で睨まれた。

「代わってやりたいが、俺は、お前のように相手の隙につけ入るだとか、おだててうまい具合に交渉を優位に進めるだとか、器用なことはできんぞ」

「判ってますよ。俺は調略。あんたは実働。最初に決めたことでしょう。こっちだって荒仕事はできんですよ。これはただのグチです。聞き流してください。……でも、いいなぁ」

 椅子の上に片足を引き上げ、膝を抱えてよよよと泣く真似をしている。彼らの主がやれば可愛いだろうが、三十路近い男が泣き真似をしても、まったく可愛いらしさを感じない。

「とにかく、時間がない」

「……ああ、」

 グシュナサフの呟いた声に、泣き真似をやめ、同僚が暗い目になり頷いた。

 

 ミランシア領がハブレストに攻め込まれ、落ちたのがもう五年ほど前の話だ。三国協定を結んでいたもう片端のセイゼルが、その時点ではミランシアの肩を持つと声明を発表した。

だが、それがいつまで続くのかは誰にも判らない。

時が経てば経つほど、心境も損得も流動する。ミランシアの旧臣ですら、五年前に再起を誓ったからと言って、その都合がそのまま続いているとは限らない。

ラルヴァンがそのひとつの例だ。

義憤を保ち続けるには、五年と言う時間は長い。

ひとは老いる。そうして新しい世代へ権限がうつってゆく。それは当然のことで、止めるすべはない。

「今回襲撃してきたことも含めて――……、セイゼルに過度の期待はしたくはないな」

 無茶をするなよ。言外に念を押すと意外な顔を返された。

「心配してくれるんですか」

「お前の心配じゃない。だが、何かあったら、姫が泣くだろうが」

「俺の心配はなしですか」

「お前は自分でなんとかできるだろう」

 剣技は自信がない、そう公言してはばからない同僚は、先ごろの襲撃の際も、逃げてばかりでまともに構えはしなかった。

だからほとんどの人間は、彼が弱いと思っている。旧ミランシアの人間で、彼がそれなりにつかえると知っているものがどれくらいいただろうか。グシュナサフはちらと思う。

 暴力に訴える人間は怖いから逃げるんです。

そう周囲に言いふらす彼の目に、実は恐怖はないのをグシュナサフは知っていた。だいたい、どこまでが本気か、よく判らない男なのだ。

 たしかに腕前だけで評するなら、中の下だ。

 だが、腕前が中の下である。だから弱い、と一概に言えないと思っている。

グシュナサフは、彼とまともにやり合ったことのある、数少ないひとりだった。

だから知っている。

無意識におのれの右瞼に触れていた。瞼の上にうっすらと、同僚の切っ先がかすめた痕がある。

 逃げられない状況まで、グシュナサフに追いつめられた同僚が、一瞬だけ必死の形相になった。それまで、なんとかいなそうとしていた構えをだらりと解いて、無防備になる。

刺突は、何の前動作もなしに、真っ直ぐグシュナサフの眼窩を狙った。

 避けたのはたぶん偶然だ。ぎりぎりのところでグシュナサフは躱した。紙一重、の言葉があるが、まったく紙きれ一枚の差で、目玉を片方失わずに済んだ。

 同僚が手にしていたのは、突剣だった。まさかいきなり顔面を狙ってくるとは思わなかったので、躱したのちに、ひどくぎょっとなった覚えがある。

 殺す気だなと思った。……こいつ、容赦なく相手を殺す気だ。

 腹を刺し、痛みでもって相手の動きを鈍らせるのではなく、眼窩から脳髄を突き刺して仕留めようとする動きだ。

 怖い男だと思う。

「参った」

 白旗を上げたのは、グシュナサフが先だったはずだ。このままやり合って、どちらかが死ぬ羽目になるのは、どうにも面白くないと思ったからだ。

 どちらにしろ、昔の話だった。そこからどうして腐れ縁まで発展したのか、よく覚えてはいない。

 

「そういえば、あんたはどうやって日銭を稼いでいるんです、」

 右瞼をなぞる動きに何か察したのか、こちらへ視線を一度やって、同僚が尋ねた。いつの間にかジョッキは空になっていて、ちゃっかり娘に二杯目を頼んでいる。

「俺の懐具合を心配するのか」

「いえ、壮絶な決闘の末の報酬とかだったら、あんたに集(たか)るのも気が引けるので」

「……お前の頭の中が心配だな」

 壮絶な決闘とやらが、日常のそこかしこに転がっていてたまるものか。冗談口だとは判っていたものの、どういった具合の思考回路を辿ると、日銭を稼ぐのに決闘、という式が出来上がるのか、グシュナサフは不思議になる。

「港の荷おろしだとか……あとは荷運びだな」

日雇いや週雇いのそれらの力仕事は、探せばいくらでもあたりに転がっていたし、雇う側も雇われる側も、わりと適当なものだ。

とりあえず木賃がほしければ、港か市場にゆけばいい。

「仕事をしたいのだが」

グシュナサフが頼むと、たいがい忙しそうにしている雇い主たちは、ざっと上から下まで彼を眺めまわし、それからいいだろうと顎をしゃくって招くのが常だった。

あからさまに悪人面でもなければ、断られることはまずない。

言われた通りに木箱を運び、粉袋を積む。日が暮れるころに、その日の賃金を受け取る。だいたいの場合、明日もまた来いと誘いを受けた。

あまり顔なじみになることは避けたかったので、せいぜい数日通う程度で河岸を変えた。だが、中には妙に気に入られて、一緒に船に乗らないかと船主から話を持ちかけられたこともある。若い時分、傭兵の仕事で半年ほど船に乗っていたことがあった。縄捌きの手際を見止められたらしい。

――ありがたいが、今はいけない。

断ると残念がられた。

 

「荷おろしねぇ」

「……悪くないぞ。荷物だから、相手におべんちゃらを言う必要もない。黙っていたって手を動かしていれば金がもらえるし、体のあちこちをほど良く使う。鍛錬にもなる」

「あんたには鍛錬かもしれないが、俺には重労働ですよ」

「お前はもうすこし体を鍛えろ」

 同僚はグシュナサフのことを筋肉だるまと莫迦にするが、グシュナサフからすれば、彼の方こそ細すぎると言いたい。

「鍛えておけば、お前の寒がりも少しはましになる」

「嫌ですよ。――重いものもって、筋でもおかしくしたら、楽器をやれなくなるでしょう」

言って同僚は手首あたりをこすった。

ああそうか、お前の本業は別にあったな。言われるまですっかり忘れていたことに、グシュナサフは気がついた。向かいの男が顔をしかめる。

「まさか忘れていた訳じゃ、」

「すまん。本気で忘れていた」

……ああもう。本当に脳味噌まで筋肉は困る。ちくりと嫌味を言われたが、まあそれは仕方がないかと黙って流すことにした。

 

あとは大した会話もせずに料理を平らげ、混雑してきた露店を出る。

会計の際には金入れを出したのはグシュナサフなのに、娘が連絡先をそっと握らせたのはバラッドと言う、どう考えてもおかしい流れになった。

「連絡先」

「はい、?」

「聞いてどうする」

グシュナサフは、タラシの才能がない。まるでない。自覚もあった。

なので、才能に満ち満ち溢れている同僚がどう言った具合に使うのかと気になって尋ねると、……いつか何かに使うかもしれないでしょう、書き付けを胸元にしまいながら彼が答えた。

「いつか、」

「追われたときにちょっと匿ってもらうとか」

「……お前、そんなことに使っているのか」

 じろりと横目でにらむと、使っていませんて。手を振って否定される。

「例ですよ。例。あくまでたとえ、の話です」

「女を巻きこむなよ」

「判ってます。やめてくださいよその怖い顔。……、……ああそうだ、」

 念を押すグシュナサフへ、肩をすくめて返したバラッドが、ふと思い出した態で声を上げた。

「そういえば、もうひとつ付きあってほしい場所があるんですが」

「なんだ、」

「あんた、森へ行くんでしょう。姫に、年越しのお祝い持って行ってくださいよ」

 仮に次同僚と落ち合うにしても、どこかの馬宿か、そうでなければ廃屋じみた人気のない場所に決まっている。土産を見繕うには少し早いが、次の場所では品そのものがない。事前に買っておきたいので付き合え、ということなのだろう。

「構わんが」

「あんたは一緒にいてくれりゃいいんです。そうしたら、ふたりで選びましたと胸を張って言えますからね」

「……まあ、それも、構わんが」

「市場はあっちです」

安心してください、折半で俺もだしますから。言って表通りへ歩き出す。懐にまったく持ちあわせがない訳でもないらしい。

おそらく露店に引きとめたのもただの口実で、主への品物選びが本題だったのだろう。だったら最初から市場へいざなえと、昔のグシュナサフなら言ったかもしれないが、

「そういうんじゃ、ないんですよ」

だとかはぐらかされるのがオチだ。

腹が減っていたのも事実だった。腹は満ちた。回りくどい同僚との付き合いは、それはそれでいいのかもしれない。

今のグシュナサフは思う。

 

 

彼らが今いる町は主要街道に設置されたひとつだ。

であったから、仲見世もまた軒先をずらりとつらね、日用使いの金物や布や野菜や果物や、土産もあれば花もあり、中にはちょっとした金銀細工の店もあった。

「なににするかは決めてあるのか」

「まだです。適当に、なにか良いものがあれば買いたいなとその程度で」

たずねたグシュナサフも、こたえたバラッドも、色の氾濫に目を奪われる。

あちらこちらをのぞくうち、主の少女への品物選びのはずが、乾物屋の前で足が止まった。つるされた燻製肉やら煮干しやらを眺めて、次に森へゆくときは、中年女から頼まれた以外にも、いくつか品数を増やしてもよいかもしれないと、考えめぐらせる。

うれしそうに包みを開けるコロカントを見るのが、グシュナサフは好きだ。

……ああでも、彼女を喜ばせるのならば肉や魚ではないな。

ひとつひとつ軒先を丹念に眺め、色紙に包まれた菓子を無意識に探す。

しかし、本当は、

「――こうした場所に連れてきてみたいが」

見ているうちについ本音が口を衝いた。衝いたついでに、どうせなので連れてきたところまで想像する。

きっと、あの山ぶどうの目をまん丸にすることだろう。

またたきもせず、まあ、とひとこと息をのんで、ひとつひとつの店をのぞいていちいち驚いて、……それから。

考えてグシュナサフはすこし悲しくなった。

彼女はこんな風に町に来たこともないし、通りを歩いたこともない。森の奥で中年女とふたりの暮らししか知らない。

不自由だと思う。だがその不自由な暮らしは、彼女が望んだものではなく、周囲が強いたものだ。

再興だとかの大人の都合で、彼女はミランシアの旗頭として定められている。それを、

「当たり前のこと」

と割り切るにはグシュナサフは人非人ではなかった。だからといって、同僚のようにあからさまに顔に出すこともない。

バラッドはときに心苦しい顔をする。体面と建前と、そうしたものがどうでもよく思えてしまうときがあるのだろうなとグシュナサフは思う。

グシュナサフの本音に、すこし先に立っていた同僚が、

「え、」

ふり返る。雑踏にまぎれてよく聞こえなかったらしい。

聞こえなくてよかったと思った。

「なんでもない」

頭を振って返して、それからグシュナサフは彼が手にしていた品に手をやり、ぎょっとなった。

 

「……おい、」

「なんです、今ちょっと取り込み中です」

「いいからちょっと待て」

肩に手をかけ強引にこちらを向かせる。迷惑そうに眉を寄せる赤毛の同僚の顔を見上げ、

「……念のため聞くが、それは姫への土産ではなくて、どこかの奥方の興を買うためのやつだな?」

確かめたくもなかったが、しない訳にはいかない。言われては、と同僚がさらに眉間に皺をよせる。

「なに言ってるんですか。ここにきたのは、あの方の年越し祝いの土産選びだと」

「まてまてまて」

一度それを下に置け。

言いかけた不平を視線で押さえ込み、ついでに何か言いたげな店の親父も牽制して、グシュナサフはぐいと相手の袖を引き、同僚を軒下から連れ出した。

「なんだよ、放せって」

「あのな。お前、姫の年齢いくつだか知っているか」

通りのど真ん中で向かい合う男二人の横を、荷駄が邪魔くさそうに避けて通る。馬喰の舌打ちも聞こえた気がしたが、聞き流した。

「莫迦にしないでください。知ってますよ。年を越えたんだから、七つでしょう」

「……あのな。じゃあ、どうして七つの子供の祝いに、下着を選ぼうとするんだ」

お前、オゥルに絞められたいのか。

咎める声がでた。

男が指を突きつけると、意味が判らないと言った風に同僚が鼻を鳴らす。

「いけませんか」

「いかんもなにも、いかんだろう」

はっきりと否定してやる。

たとえば、バラッドが手にしていたのが木綿晒しの下穿きであるとか、ちいさな刺繍が入ったシャツであったなら、ホルミスダスも、それを選択肢のひとつとして認めただろうと思う。

思う、が、

「七つの子供が、レースの飾り下着を貰って喜ぶと思っているのか?」

しかも彼が手にしていたのは、紫のてらてらとした生地に黒の縁取りがなされているものだった。相手が商売女でもありえない。

「お前、もうちょっと、真面目に考えて選べ」

「俺はものすごく真面目ですよ」

「なお悪い。――とにかく、下着はなしだ。下着以外で選べ」

往来の真ん中で、下着、下着と連呼する自分もどうかと思うが、ここではっきり却下しておかないとどうなるか判らない。

祝いの品だと言って渡して、中年女が卒倒するのは避けたい。いやさすがに卒倒はないと思うけれど、

「……下着以外ねえ、」

ぞんざいに呟きながら、先に立つ同僚が、ふたたび仲見世をのぞきはじめる、目を離さないことにしようと決めて、グシュナサフもあとに続いた。

 

仲見世にならぶ中には、わりと粗悪品と言おうか、悪趣味と言おうか、いったいどこのどいつがこうしたものを買うのか、グシュナサフが昔から不思議に思う、品ぞろえの店があった。

ものには良し悪しと言うものがある。

最低限の「良し」を満たしていない商品は、果たして商品と呼ぶに値するか。

どう考えても誰も買わないだろう。そう思っていた。

仮に何かの気の迷いで買ったとして、それをもらった人間は確実に喜ばない。そんなものをどうして店で売るのか。需要と供給という視点で考えれば確実に赤字ではないか。

ここにきて、ようやく長年の疑問がとけた。

目の前の男のような人間が買ってゆくために、こうした店は存在するのである。

グシュナサフが後ろに着いてゆく中で、赤毛の同僚が選んだもの。

近隣諸公の家紋の旗。模様が大雑把で、間違いが多い。

安物の匂い袋。強烈でくらくらするにおいは、芳香と言うよりは悪臭だ。虫よけにはいいかもしれない。逆に寄ってくる可能性もあるが。

木彫りの熊。

東の方向に置いておくと、金が溜まるだとかいう壺。

粒のふぞろいな首飾り。

着るはしから糸がほつれてゆく夜着。

 

ああ、そうか。

グシュナサフは唐突に理解する。

こいつには、絶望的に感性というものがないのだ。

前々から、奇抜な服装を好む相手であるとは思っていた。思っていたが、まあ、趣味というものかな、そう思っていた。

それに、こいつの役柄上、すこし目立つ格好であった方が、女に好かれ安いのかもしれない。そうも思っていた。鳥のメスは、派手な模様のオスにひかれるというのもあるし。

おおいに誤謬のある解釈であった訳である。

自分が特に感性に優れているともグシュナサフは思わない。自信もない。せいぜいがところ、ひと並みのすこし下ぐらいではないかな、と思っている。

戦場暮らしが長い分、そうした感性は鈍いものだと思っていた。

だがすくなくとも彼のそれは、同僚の感覚よりも、まともだったらしい。

心底不思議になった。

グシュナサフよりもはるかに貴族の館に出入りし、職人の手による絨毯だの寝具だの、手の込んだ細工を目にする機会も多かったはずだ。

同僚がかなでる音楽は、実際美しいものが多いと思う。だというのに、

「天は二物をなんとやら」

「なんです、」

いい加減、手に取るはしから首をふられることに倦んだバラッドが、選ぶことをやめてグシュナサフの方を向いた。

「あれも駄目、これも駄目。これじゃあ姫の年越し祝いに、なにも選べませんよ」

「全部がいかんと言っているわけじゃあないだろう」

ただ彼が手にしたどれもが悲惨なものだっただけで。

「……じゃあ、あんたなら、何を選ぶんです」

肩をすくめたグシュナサフへ、挑戦するように目をすがめ、バラッドが問うた。

「俺にばかり選ばせないで、あんたも選んだらいいじゃないか」

「――そうだな」

一緒にいるだけでいいと同僚は先にそう言った。譜面通りに受け取ってグシュナサフは付いてきたが、却下するばかりではらちが明かない。

では。

言って実は先ほどから目星をつけていた店先へ、グシュナサフは歩を進める。

「色気は、ないが」

黄ばみ、色褪せた書物が重ねられている。古本屋である。

「……本?」

候補になかったのだろう。目に留まってすらいなかったのかもしれない。

意外な声を出す同僚へ、ああそうだとグシュナサフは頷いた。

「森の植生を、もっと知りたいと前に言っていた」

「ああ、たしか、まあ」

言われてみればそんなことを言っていた。曖昧に頷く同僚は、テント下へ同じように首を突っ込み、みっしり積まれた背表紙の文字をしばらく追ってやがて、

「これかな」

一冊の分厚い本を抜きだした。大陸の植物分布の図鑑だ。

開いてみると、乾いた革と埃のにおいが立ちのぼり、鼻がむずむずとした。

無造作に選んだように見えた図鑑のつくりはしっかりとしており、装丁もよい。各頁に二色で書かれた植物図は細かだ。日に焼けて黄ばみがあるが、眺める分に支障はない。

「いいんじゃあないか」

つづられた説明文は、子供が読み下すにはずいぶんと固く、むずかしい文章だろうなとは思ったが、読み手はそばにいる。文字を覚えると言う点でも使えると思った。

「じゃあ、これにします」

たいして値段も確かめず、包んでくれと手にしていた図鑑を店の主人に差しだした。

「……バラッド」

「はい?」

「お前、その、良かったのか?」

たとえば砂糖菓子であるとか、色紙であるとか、子供が喜びそうな品はほかにもたくさんある。そちらを選んで株を上げなくてもいいのか。言外にたずねると、

「責任はあんたにあるからちょうどいいんです」

肩をそびやかされてしまった。

「責任、」

「姫が喜んでくれたら、俺が選びましたと言うし、あまりうれしそうでなければ俺が選んだんじゃない、あんたが選んだんだから仕方がない、そう言う」

どちらに転んでも俺に損はないです、言われてまあそれでもいいかとグシュナサフは思った。ここで反論して、悪趣味な下着だのと振出しに戻るよりいい。ずっといい。そう思ったからだ。

油紙でまず包み、それから亜麻布をかぶせぐるぐると紐で巻いて、店主が図鑑を差し出した。金を手渡し、受け取る。

「気に入ってくれるかなぁ。気に入ってくれるといいなぁ」

子供のようなわくわくとした顔になって、バラッドが呟いている。そうしておもむろに顔を上げると、持ち重みのするそれをさり気ない動作で同僚はグシュナサフへ押し付け、

「そろそろ、お開きですね」

唇を動かさずに囁いた。

ゆるみ、呆けた表情の中で、目が笑っていない。ああ、とグシュナサフも首を動かさず声だけで返した。

「……煩わしいと思っていたところだ」

「どうします。ふたつに分けますか」

「それが一番都合がいいだろうな」

 往来を歩いていた中途から、視線を感じていた。おそらくはハブレストの放った追手だとは思う。旧ミランシアに属していた人間が、ふたり並んで歩いていれば悪目立ちもする。

このまま人気の少ない場所へゆけば、態のいい口実をつけられ、呼び止められるに違いない。

尻をまくって逃げるなら、今のうちですねぇ。同僚が呑気に呟いている。

「――七:三くらいであんたに行くといいんですが」

「俺か」

「荷は分かち合う。いい精神じゃあないですか」

勝手なことを言い置いて、ついと身をひるがえしたバラッドは、そのまま表通りの人の波を縫うようにして駆け出した。彼の動きに一瞬殺気が膨らみ、ふたりを付けていたうちの七:三の「七」の人数が慌てて後を追いはじめる。

希望通り、分かち合ったじゃあないか。だとか、こちらも呑気な感想をいだいて、グシュナサフは同僚の背を見送った。この人混みを、すいすいと躱してゆくさまは見事だと思った。

望んだ人数対比の逆が追いかけていったが、まあなんとかするだろう。

そうしてありがたく残りの「三」が走っていった同僚に気をとられているうちに、グシュナサフもさっさと小路に身を滑らせ、彼とは逆の方向へこちらは鷹揚に歩き出した。

追い付かれたあとのことは、そのときに考えようと思う。

抱えなおした包みの油紙が、手の内でさかさかと鳴っている。

 

最終更新:2018年10月26日 00:58