ぐいぐいと痛いほど強い力で掴まれて、ララはグシュナサフに引きずられていった。

 

「ちょっとやめてよ痛い放して」

 軽く男の脇腹をこぶしで小突いてみるものの、男は一向に介さない。手を放す気配もない。

 無言で先に立つその肩は、とくべつ機嫌が悪いふうでもなさそうだったので、しぶしぶ抵抗を諦めて、彼女は男に従うことにした。

 

 母屋から離れたので、納屋脇に留めてある幌車にでも行くのかと思ったが、その方向でもなく、結局向かったのは、住居の建物からだいぶん離れた、小屋の裏手だ。

 刈り取った干し草を、冬に備えて蓄えておくために使われる小屋である。

 日中でもなく、まして今夜は、野盗退治の慰労を兼ねた宴会があるのだから、みなさっさと仕事を切り上げ、あたりに作業するものの姿はない。

 そこまできてようやく男は、彼女の腕を放し、こちらに体を向けた。

 無理やり連れてきたのは男だ。なのに、やれやれ、だとか肩を回しほぐしている。その素振りにむっとなって、

「本当なんなの。見てよこれ。指のあとついたじゃないの。この脳筋」

 思わず脛を蹴り上げてやるが、男は鼻で笑うばかりで痛がりもしない。蹴った自分の爪先の方が逆に痛くなって、結局、余計にムカついた。

「なんでどこもかしこも硬いのよあんた。ばかにしてる。ひとのこといきなり黙って連れてきて」

 掴まれていた手首にふうふう息を吹きかけ、不平を述べる彼女へ、男はおかしそうに身を屈め、その厚い舌でもって、べろんとしめした箇所をいきなり舐めた。

「え、なに」

「ほら、もう痛くない」

「あのね」

「心配だったか」

「心配?あたしが?あんたの?するわけないでしょう」

「そうか、心配したか」

 は、と鼻先で笑ってやったのに、代わりにぐりぐり頭を撫でられた。てんで話を聞いていない。

「なんなのよ。そもそも、何しにここに連れてきたのよ」

 やめて。髪の毛ぐちゃぐちゃになるでしょう。撫でる手のひらから逃れようと彼女が頭を振ると、どんと壁に手をつかれ、その腕の中に閉じ込められる。

「惚れた女が不安な顔をして待っていたら、抱きしめて安心させたくなるもんだろう」

「不安な顔とか。あたし、してないし」

「してた」

「……寝ぼけて、見もしないもの見てるんじゃないの」

 このひとこんな性格だったっけ、ため息をつきながら、ララは男の背中に腕を回した。背中は広くて、硬い。

 そうして、腹立たしいほどに熱かった。

「あたしはちがうわよ。あたしはちがうけど、けど、姫ちゃんは心配してたわよ。もうずうっとそわそわしてたし。一日中、誰かさんが乗り移ったみたいだった」

 この男とひょんなことから知り合って、四年だ。

 ……そうか、もう四年か。ぶ厚い筋肉質の肩に爪を立て、あらためて彼女は思った。

 男の呼びかけが、あんた、から、お前、に変わったのは、その四年の、いつからだったろう。

「あたしはほら、……あんたが強いって知ってるし。ちょっとやそっとじゃ死なないって思ってるし」

「信頼されて光栄だな」

「信頼って言うのこれ」

 呆れながら降りてきた口に唇を合わせる。苛立ちはいつの間にかおさまっていた。

 うすく唇をあけて男の舌を迎え入れると、数度、確かめるようについばんでいた動きが、不意に性的で荒々しいものに変わる。同じように応えて吸いしゃぶりながら、ララは男の舌に弱く歯を立てた。

「ちょっと」

「うん、」

「宴会、はじまるんでしょ。ゆっくりもしてられないんじゃないの」

「あとから合流するからいい」

「……主賓がいなかったら、探しに来るに決まってるでしょうが」

 ばかね。

 心底呆れて呟くと、男が喉奥でくつくつ笑う。なにがそんなにおかしいのか、責める目で見上げると、

「では、急ぐとしよう」

 言って、性急な手つきで、男は女の服のあわせから手を差し入れる。手のひら全体で乳房を揉み込み、すでに立っていた乳頭を、太い指がやわやわとつまんで、こねくり回しはじめた。

「……あ、」

 武骨な手をしているくせに、男は器用だ。痛みを感じない、ちょうどのところで、快感の引き出し方を知っている。

 ぴく、と小さく背を震わせながら、興奮を適度に逃そうと彼女が口を開けると、その口へ二本、指先が突っ込まれた。しゃぶれということらしい。

 しかたなく、舌をからめる。おかげで逃がそうとした快感がそのまま高まって、毛穴がぞわぞわ開いていく気がする。

 気持ちがいい。だがこれでは男の思うつぼだ。

 応戦一辺倒は癪(しゃく)だった。男の皮鎧の留め具へ手を伸ばしてはみるものの、留め具は固く留められていて、指先にどうにも力が入らない自分には、分が悪いようだ。

「……前から、聞こう聞こうと思ってたけどさ」

 揉んでいた乳房の谷間へ、今度は顔をうずめて深呼吸している男へ、ララはふと思い出してたずねてみた。

「なんだ」

「あんた、ミランシアの従属騎士さまだったんでしょう」

「一応な」

「騎士さまって言うのは、なんか、閨房術(けいぼうじゅつ)とか習ったりするわけ」

「なんだそれ」

 娼婦の自負というものがある。ならず者から、商家の次男坊まで、ろくでもない男どもを日夜相手に咥えてきて、快感への耐性も、一般の婦人方より高いはずだった。

 だのに、グシュナサフにはそれが効かない。いつもいいように翻弄(ほんろう)されて、ぐずぐずに溶かされ、気がつけば鳴かされている。

 悔しい。

 わりと真剣に尋ねたのに、返ってきたのは怪訝な視線だけだ。

「よくないのか」

 そのうえ、彼女の問いを、明後日の方向でとらえたらしい。ばかね。今日二度目に顔をしかめてみせて、ララは男の前立てに手を伸ばした。

「よくないんじゃないの。よすぎるから問題だって言ってるの」

「ふむ」

 下穿きの中の男の陰茎は、すでにゆるく首をもたげていて、服の上から上下に擦り立ててやると、男が軽く呻きを上げた。

「……煽るな」

「仕返しよ」

 男が呻いたのへ気を良くして、彼女はそのまま屈みこみ、膝を衝く。慌ただしく下穿きの紐を緩めた男にうっすら笑って、口を大きく開け、芯を持ちはじめた男自身を咥えこむと、呻きが本格的に堪えたものになった。

 数回前後に吸い上げただけで、みるみる屹立の質量が増す。こうなると先端はともかく、全部口中に納めようとするのは無理だ。そこで一旦口を離し角度を変え、棒キャンディを舐める要領で、じゅ、じゅ、と横から陰茎に浮き出た裏筋に舌を這わせた。

 張り出したカリ首も入念に吸い上げる。

 口でする、というのは、彼女のそれまでの仕事の上で、ただ一度抜いて勢いを削ぐための手段だった。ひと晩で何人も相手にすることもあったわけで、凶悪にそそり立ったものを、その勢いのまま受け入れては自分の身が持たないから、一旦なだめるためのものでしかなかった。

 好きも嫌いもない。演技はするが、作業的なものだ。

 だのに、この男とは演技でない。

 においも味も、厭でない。触ってもないのに、自分の股の間がじっとりと湿りだすのが判る。

 しばらく無心に舐めしゃぶっていると、もういい、と欲に濡れた声で、男が彼女の動きを止めた。

「べつに、口に出したって」

「俺だけはいやなんだ」

 立たせた彼女の服の裾をたくし上げ、男ががちがちに勃起した自身を彼女の太腿にゆっくり擦りつける。

「俺は、お前で気持ちよくなりたいわけじゃない」

 向かい合わせたララの上着をすべてくつろげて、首筋へ唇を落とす。

 ちり、とかすかな痛みが走って、その甘い痺れにララは背を反らした。
「お前と気持ちよくなりたいんだ」

 吸い上げている間に、十分濡れそぼっていた陰唇へ、男がなぞるように二度、三度屹立の先端を押し付けると、すぐにでも奥に全部欲しくなって、彼女は男の腰に手を添え、ねだった。

「ねぇ、」

「うん、?」

「時間ないんでしょう。焦らさないで、来て」

 急かしたつもりのその手を取られ、指を口に含まれる。含まれてそうして、

「心配してたんだろう」

「ええ、……、」

 話をぶり返される。

「なんなのよそれ。どれだけ言わせたいの」

「ものすごく言わせたいんだ」

 そう言う男の口元がニヤけている。これだけ自分の入り口がヒクついて、男の突き入れを待っているのに、男もそれを判っているのに、答えなければ腰を推し進めないつもりらしい。

「聞いて楽しい、それ」

「俺は楽しい」

「はー、」

 ため息を吐いて、彼女はさっさと降参することにした。子宮がきゅうきゅうと疼いて、正直、我の張り合いはどうでもよくなっていたのだ。

「心配してた」

 意地を張るのを諦めて、彼女は呟いた。

 そわそわしているコロカントが側にいて、自分まで心配をおもてに出しては、余計に不安を煽るだけだと思って、平気な顔をした。大丈夫、なにも心配いらないわよ。そんな言葉で少女を慰めて一日を過ごした。

 男の強さをララは知っている。打たれ強く、機転が利いて、窮地を脱する地力があることを彼女は知っている。

 ただ、知っていることと、不安でないかどうかは別の話で、

「あんたの顔見るまで、気が気じゃなかった」

 ほらこれでいい、ぶっきらぼうにこぼすと、男がぐ、と滾(たぎ)りの先端をめり込ませ、

「ちょっと、待っ……、いきなり、あ、ふっ、」

 強引に割りひらかれ、彼女は悲鳴を上げる。いきなり襲った強い快感に、体はともかく頭がついていかない。

「あ、あ、あ、あ」

 軽く絶頂し、がくがく震える太股を折り曲げるようにして男が抱きあげると、自重で剛直が奥にまでとどいて、ララは呻いた。

 乱暴に突き入れるふうで、奥まで達すると、男はこちらを窺っている。彼女が落ち着いて受け入れられる準備ができるまで、そこから無理をしてこないのだ。

 ……ぎんぎんにおっ立ててるくせに。

 そういう気遣いをしてくる相手だからこそ、惚れたのかもしれないなとも思う。

 抱えられた足を男の腰にからめて、ねぇ、と彼女は目の前の暑苦しい胸板に爪を立てた。

「邪魔が入って中断されるのは厭」

「うん、?」

「誰かが呼びに来る前に、さっさとめちゃくちゃにして」

「……そうだな」

 頷いた男が、かぶさるように前屈みに体を倒し、力強いピストンで彼女の膣壁を擦り立てはじめる。今度は焦らすつもりはないらしい。

 ぐぽぐぽと規則的に響く音に、頭がいっぱいになってすぐに何も考えられなくなる。

 探しに来た誰かに聞かれたらどうしよう、だとか言う懸念は、熱い息を漏らす男の唇に噛みついた瞬間、どうでもいいものになった。

 

 

 

最終更新:2019年08月07日 23:55