水音が次第に粘度を増し、ぐちゃぐちゃ泡立つ音になるころには、コロカントの内部は男の指を二本許すようになっていた。
ほら、うねっているのが判りますか。
男がまた、いちいち口に出して知らせてくるのだから、どうしようもない。
恥ずかしさに男の腕を押さえようとしても、ふ、と含み笑いで逸らされ、動かされてしまう。ものすごく恥ずかしいのを知っていて、知っているのに煽るのだ。
やめてほしい。でもやめられたらとても困る。
じっくり舐(ねぶ)られた入り口はほぐれ、男が指先をわずかに曲げて壁を掻きながら引き出す動きに、ひくひく震えた。
そのひくつきを自覚して、もう十分混乱している頭にまた血がのぼる。
痛くはありませんか。
時折り男がたしかめるように尋ねてくる。そのたびにコロカントは首を振った。
痛みはまったくなかった。ないどころか、
「バラッド」
「はい」
「……その、」
痛くない。気持ちいい。
……でも、足りない。
ちょうど臍(へそ)から拳ひとつぶん下のところ、その裏側が疼いてしかたがない。
……足りない。足りない。
頭が次第にその言葉だけでいっぱいになってしまう。
そこに触れてほしかった。けれど、指の第二関節あたりまで埋め込むと、男はまた指を引き戻してしまう。
入り口の浅いあたりを、ふたつの指がばらばらに蹂躙する動きも悪くはなかったけれど、もっと直接的な刺激がほしくて、彼女はちいさく身をよじった。
「痛いですか……?」
「ちが、」
だというのに、勘違いしたらしい男は、つぷ、と指を引き抜いてしまう。
そうじゃない。もっと突っ込んで引っ掻いてほしい。
言葉にするには恥ずかしすぎて、コロカントはもじもじ膝をすり合わせた。
どうしようもなくなって、自分の手のひらを臍の下にあてて押してみる。けれど、ちがう。刺激が違う。やっぱりちがう。
ほしいのは、外側ではなく内からの愛撫なのだ。
きっとバラッドは、彼女がはじめてなのを心配してくれているのだと思う。最大限、痛みがないように、怖くないように、気遣ってくれているのだと思う。
それは判る。でも。
欲しい。
ねだりかたが判らなかった。
どろどろに溶かされた頭で思ったことと言えば、ああ、やっぱり事前予習くらいしておけばよかった、とか、そんな益体もない後悔ばかりだ。
「大丈夫ですよ」
腹に手を当てたコロカントの動きを、破瓜の恐れから来るものと男は読んだらしい。
「いきなり突っ込む無粋はしません。……ゆっくり慣らしますからね」
気が遠くなるようなやさしくて残酷な宣告を、男は口にする。
そうして彼女を敷布に横たえ、ちゅ、ちゅ、と額からまぶた、鼻から顎へ口づけを落としていきながら、すり合わせていた膝のあいだに、体を割り込ませた。
「あ。……待、」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないです。待って、待ってください、」
男の体の幅だけ、ぐいと左右に広げられた足に、彼女はうろたえた。
彼の目には濡れた陰部があらわに見えているはずだ。
いたたまれなくて、ぎゅっとコロカントは目をつぶった。
男女の行為をするためには、そうした態勢にならなければならないことは知っていたけれど、知識として知っているのと、実際に自分が股をひらくのでは、天と地ほどの差があると思った。
恥ずかしすぎて顔から文字通り火を吹きそうだ。
「大丈夫」
震えるコロカントをなだめるように、男は彼女の上にかぶさって、鎖骨から胸のあいだ、臍の周りにも口づけの雨を降らせ、そうして恥丘に頭をずらす。
何をするつもりなのかと、結局目を開け、様子を窺った彼女の目に、狭間に顔を埋めようとする男の動きが見えた。
「バババババラッ……!……っ!っ!!」
本気で慌てる。
この際、四の五の言っていられないので、太腿で男の頭をはさんで固定した。
局部をさらす恥ずかしさより、男のその先の行為を止める方が勝ったからだ。
「だめです。そこは、だめです。そう言うのはだめです、」
「……どうしてです」
太股で押さえられた瞬間は驚いた顔をしたものの、その目から情欲は消えていない。不満げな声で男が唸った。
「こう押さえられちゃあ、舐められませんよ」
「ななな舐めるとか、……、舐めるとか、いいです。なしです。舐めなくていいです。舐めちゃだめ」
「なんで」
「なんでって、……なんでって、そんなところ、だって」
混乱した彼女が言葉を選んでいるあいだに、男は挟まれているのをいいことに、すりすり彼女の腿に頬を寄せ、あああすべすべ、だとか呟いている。
「ほら、足ひらいて」
「……だめ。だめだめだめ」
頬を寄せうながしてもコロカントが締め付けをゆるめないことに焦れたのか、あぐと口を開けると、男は彼女の腿に軽く噛みついた。
痛みはない。ただやわやわ甘噛みするだけだ。
「バ、バラッ、」
「……やめてほしい?」
弱り果てた彼女を、男はじっと見つめた。
「いやだ。やめろ。さわるな。離れてあっちへ行け。いやなら、そんなふうに仰ってください。言ったら、まだ俺は止まれると思います」
「ちがうんです。さわるなとか、離れろとか、そう言うのじゃないんです」
そんなひどいことを言えるはずがない。そもそもコロカントにしたって、男とじゃれあっていたいのだ。
触れられるのも、触れることも気持ちが良い。ただ、
「ぁ……、あ、っ……」
男が自由になる手の平で、まんべんなく撫ぜるように恥丘の全体を刺激する。
くすぐったさと快感が、突き抜けた。
似ているようで異なった感覚が、ぞくぞくぞくぞくと尾骶骨(びていこつ)のあたりから脳天まで突き抜けて、一瞬、彼女の太股の力がゆるんだ。
男はそれを逃さない。
するんと頭を落として舌を出し、ふっくらと膨らみはじめたなだらかな丘をつついて舐めはじめた。
「ま、待っ……っ!……っ」
「待ちません。というか、待ちたくありません」
快感中枢へ直結する刺激に、コロカントの腰が抜ける。
それでも何とか制止の声をあげようとした彼女へ、男の息を荒げた声が覆いかぶさる。
「姫」
「な、……なに?なに……、な、……」
すみません。
器用な舌先になぶられ、知らない快感を引き出されて、一瞬恐慌状態になる彼女に、申し訳なさそうな男の声が響いた。
「すみません、前言撤回します」
「え、なに、なに、な」
「止まれそうにない」
「なに、ひぁ、……っ」
とどめようとした動きもむなしく、つぶ、と肉厚の舌が赤いひだを割り、肉芽を舐め上げて最後、強引にコロカントは悦楽へ引き上げられたのだった。
ず、ず、と涙まじりの喘ぎが聞こえる。
鼻にかかった吐息だ。
それを発しているのが自分だということを認識できるか、できないか、もうぼんやりした頭をコロカントは引き寄せた敷布にうずめ、ゆるゆると振った。
いつ袖を抜かれたのかよく覚えてないのに、いつの間にか全裸だ。
夜明けに従ってしんしんと気温の下がる室内に、体の表面は冷えてゆくのに、芯だけが熱い。
尻のあたりの敷布も冷たく湿っていた。きっとそれは、自分が感じて垂らしたものが原因なのにちがいなかった。
もうあまり深く考えたくなかった。
ただ顔のあたりを覆って、男が与えてくる快感に身をまかせていた。
がっちりと太股に手を当て固定し、男が飽きもせず、恥丘を舐(ねぶ)っている。
そんなところ、舐めていて楽しいのかな。ぼんやり思ったが、よく判らない。
聞いてみたい気もしたけれど、言葉がうまくまとまらず、諦めた。
好き、可愛い、きれいだと、熱に浮かされた声で囁かれながら、音を立て吸いしゃぶられるうちに、だんだんに恥じらいの感覚が麻痺し、代わりに腰が痺れたようにじんと疼くようになった。
「ラ、……バラッ……、」
許しを乞うように男へ手を伸ばすと、……どうしました。気付いた男が固定していた手をはなし、彼女の手に重ねてくれる。
ぎゅっと握り返したいのに、指先に力が入らない。
「姫、?」
そこでようやく男がつついていた肉芽から離れ、ずり上がって彼女を覗きこむ。
その顔が、涎と愛液でべとべとに汚れていた。もうどうしようもなく恥ずかしくて、コロカントは寄せてあった敷布を引き上げ、男の顔を拭った。
秘部を直に見られ、舐め啜(すす)られることも十分恥ずかしかった。けれど、自分が感じた跡を形として見ることの方が、何倍も恥ずかしかったからだ。
「うまかったですよ」
「そそそういうのは言わなくていいです……!」
むきになってごしごし拭ってやると、あいたた、と男が口だけ痛がって笑った。
泥んこになって、得意満面の、子供のような顔だ。
ああもう深く考えるのはよそう。
つい今しがたまでされていたことを考えるだけで、いろいろ脳内が沸騰しそうだと思った。
気を取り直し、肘をついて身を起こすと、男の反り立った陰茎が、いやでも目に入る。
痛そう。がちがちに張ったそれを眺めて思った。骨もないのにどうしてあんな硬度を保てるのか不思議だった。
「どうしました。……怖くなった、?」
彼女の視線を同じように追って、男がおのれの股間へちらと目をやる。
「いえ、あのそうではなくて、……、」
「うん、?」
「あの、……、わたしも舐めて、いいですか」
言うと、男が一瞬顔をこわばらせた。でろでろにとけていた顔に、さっと緊張のさざ波が走ったのだ。
何かまずいことを言っただろうか。いきなりコロカントは不安になる。
男と「やる」ときには、女も男の陰茎を口に含んで刺激したりする、と年上の女たちの会話で聞いて知っていたけれど、それはあくまでも流れで男の側からうながされるもので、女の方が積極的に提案するものではなかったのかもしれない。
どきどきしながらバラッド表情を窺うと、こわばった表情をすぐに解いた彼が、あのですね、とくそ真面目な声で言う。
「そういうの、言ったらダメですよ」
「……そ、そうですよね、はしたないですよね。ごめんなさ」
「いや、そうじゃなくて」
とんでもないことを口にしてしまった、一瞬で後悔しかけた彼女に、そうじゃない、と男が頭を振りながら言葉をさえぎる。
「そんなこと言われたら、出ちゃいます」
「……っ、え、」
出る?言われて一瞬意味が判らなかったコロカントが固まると、
「姫が俺の舐めるとか考えただけで、さわらなくてもイケそう」
「え、え、え」
男が追撃した。
もう十分真っ赤で、登るだけ上ったはずの頬に、いっそう血がのぼるのが判る。
かあああとなった頬を男は愛おしげに触れ、それからゆっくりと腰を揺らめかせて彼女の内股に擦りつけた。
「舐めてもらうのは、今度のお楽しみにして」
言いながら体を伏せ、バラッドはコロカントの耳元に唇を寄せる。
「俺は、姫の中に入りたいです」
ささやかれる声で頭の中がいっぱいになる。
「……だめかな」
ああもう本当に勘弁してほしい。
この状況で、こんな体勢で、こんなふうにどろどろにされて、いやだというと思っているのだろうか。
半ば焼き切れた頭で、コロカントは男の頭を抱きしめた。そんなふうに、切なそうに、苦しそうに、乞い願うのは、
「ずるい」
力を入れて抱きしめた赤い頭にぼやいてやると、頭がうふふふ、とくぐもった笑いをたてた。
「ずるいですよ。俺はずるいんです」
でもそんなずるい俺が好きなんでしょう、なにやら世迷言をほざいているので、そのまま彼女は男の頭を、ぎゅうぎゅうと胸に押し付けた。
「苦しいですよ、姫」
「苦しくしてるの」
もがもが文句を言う頭を余計に押し付けながら、もう、と大きくひとつ息を吐いた。あきらめと、覚悟の入り混じった深呼吸だ。
「早く入れてください」
もが、とふざけていた声が、すると急に途絶えて、コロカントはぎょっとなって見下ろした。もしかすると、力をこめすぎたのかも。息が詰まったのかもしれない。
慌てて男の頭を両手で持ち上げると、みょうにしんとした顔になった男が、彼女を見返していた。
「……いいんですか」
おずおずと、恐れるように男が言った。入れたい、だとか言って大胆に楔を擦りたててきながら、こうしてすぐに臆病な面も見せる。
交互に内面が入れ替わる。それがきっとバラッドと言う人間なのだろうなと、彼女は思った。
「そうならないように、最大限、努力しますが、でも、もしかしたら、痛くしてしまうかもしれない」
「いいです」
「俺ばっかり気持ちよくなって、姫はさっぱりかもしれません」
「いいです」
「期待はずれで、ただ生々しいだけの行為かも」
「バラッド」
すこし笑って、コロカントは一気に弱気になった男の頭をよしよし、と撫でてやる。
「大丈夫。わたし、経験はさっぱりありませんが、覚悟だけは決めたつもりです。こういうの、当たって砕けろとか言うのかな。……どんと来い、と言うのかも」
「わあ、男前」
言うと男が弱気を隠して今度はおどけてみせた。引け腰になったり、おどけたりしながら、それでも下半身の猛りは一向に萎えを見せない。
現金なものだ、コロカントがすこし笑うと、男もばつが悪そうに笑った。
「どうぞ」
言って彼女は自ら男に足をからめる。冷静に考えるとものすごい行為をしている気もしたが、彼の弱気の背を押すためなら、まあこの際いいかな、と思ったのだ。
うん、と男が急に色に濡れた目になった。ゆるゆる擦りたて、彼女の内股で主張していた男根に手をやる。それから大丈夫かな、また不安な声を出して首をかしげた。
入るかな、だとか呟いている。
「どうしよう、壊しそう」
「壊れません。大丈夫」
促しながら、妙におかしかった。ふつう、怖がるのは女の方で、男の側が強気で突っ込む気がするのに、まるきり逆の展開だ。
「大丈夫。だいじょう――っ、んぅ」
くちくちと音を立て、切っ先を彼女の割れ目に何度か前後し、様子を窺っていたバラッドが、く、と腰をわずかに進め、体の内へ押し入ってくる。めり込むような感覚に、思わず息を詰めると、たちまち心配そうになった彼が腰を止めた。
「姫」
「……、だいじょうぶ。ちょっとびっくりしただけ」
うすく笑って先を促すと、またおずおずと先端が彼女の内を割りひらいて、その圧倒的な質量に、してはだめ、と思いながらもコロカントは我慢できず口を開いて息を漏らした。
じりじり内部を男が推し進むたびに、ふっ、ふっと息も押し出される。
切っ先が入り込むのに、痛みはなかった。彼が十分にほぐしてくれたからだろう。
けれど、本番はこれからなのだと思った。思わず唾を飲む。
はじめての時には破瓜の痛みというものがあって、それは体内への異物の侵入を防ぐための膜が破られるからで、おまけにものすごく痛いのだそうだ。ぶちんだとか、ばちんだとか、破ける音が聞こえたり、たらたら出血したりするのだそうだ。
だから、なるたけ力を入れてはいけない、大きく息を吐いて、楽にして、楽にして、楽にして……、鋭いのだか、鈍いのだか、全く未知の、外科的な痛みを思いっきり覚悟していたコロカントは、
「……ああ、全部入りましたよ」
どこかほっとしたような男の声にえ、と驚き、いつの間にか瞑っていた目を開いた。まるで痛くない。信じられなかった。
「……全部?」
「はい。根本まで全部です。……痛いですか?」
「いいえ、……いいえ」
あっけにとられて男の顔を見つめる。測ったわけではないけれど、男の立ち上がった陰茎は、コロカントが想像していたよりも長く、太かった。やすやすと入り込める大きさではないように思えた。
現に、ぎちぎちに、限界まで開かれていると突っ張った彼女の入り口が主張している。だのに、
「痛くないです」
押し開かれ、内部が広がるすこし苦しい充溢感はあっても、覚悟した痛みはどこにもない。
「……どうしました」
釈然としない顔をしていたのかもしれない。見下ろした男が目をすがめて、いぶかし気にたずねた。
「痛くありません」
「そうですか。よかった」
「あの、」
「はい」
「……あの、……、血は、」
血、と言われておとこは結合部分に目を落とし、うすく笑った。
「出てませんよ。大丈夫です」
「そうですか……、」
がっつり覚悟した分だけ、なんだか肩すかしのような、がっかりしたような、ほっとしたような、そんな気分で呟くと、よくないですか、と男が思わし気に聞いた。
「よくありません」
すこし拗ねる思いで、コロカントは口をとがらせる。
「どうして」
と言って彼はちょっと驚いたふうになる。驚くと、相変わらず猫のように目が丸くなるのだなと思った。色が緑だから余計にだ。
「痛くないなら、ないに越したことはないでしょう。……、……。ええと、それとも、もしかして、痛くされちゃうとちょっと喜んじゃうとか、あの、姫ってそういう」
「そうじゃなくて。……そうじゃないですけど」
そう彼女が言いかけたとき、すいませんちょっと限界、だとか勝手にそう言って、男がゆっくりと押し込んでいた腰をずるずると引きはじめた。
限界ぎりぎりまで押し開かれていた内部からずるりと男が抜け、抜けたと思うとまた押し入ってくる。
「バ、ちょっ、バラッ……!」
まだ話が途中なのに、そう思って不満を述べようとした口を、強引に男の口づけで塞がれた。
「……姫がいま、なんだか納得できないこと、中ててみましょうか」
口中を長々と蹂躙され、彼女の眉間の皺がうすれたあとで、ようやく唇を放したバラッドが笑いを含んだ声で言う。
「……知りません」
ぷいと顔をそむける彼女の耳朶を、男はやさしく噛む。くすくす笑いが吹きこまれた。
「痛くもなし、出血もなし。それじゃあ純潔の証がないように思えて、なんとなくもやもやしている。……ちがいますか、」
言い当てられてコロカントは目を見張った。どうしてそんなに考えていることが判るんだろう。
ふて腐れることも忘れて、男の顔を眺める。
だって顔に書いてありますもん、再び陽物を押し込み、探るように中で腰をひねった彼が続けた。
「前に言ったでしょう。どれだけまっさらな女性だって、最初から気持ちよくなれるって。……そうでしょう?せっかくなにもかも初めてなのに、痛いのを堪えるだけじゃあ、それじゃただの我慢大会です。もったいないじゃあありませんか。痛いなら、そりゃ、男が悪い」
言って男がぐいと彼女の腰を持ち上げた。すると、繋がっている部分がはっきりと目視できてしまって、理解した瞬間、頭が真っ白になる。
「ね、?」
目に入った光景が信じられない。恥じらったらいいのか、やめてくださいと怒った方がいいのか、とにかく太い杭が刺さったように、男自身が彼女の内へ差し込まれているのだ。
屹立は、それだけでひとつの生き物のようだった。
自分が物理的に猛り立った男根を飲みこんでいる、あらためて確認したとたん、不意にずくんと胎内が疼いて、意図せず、彼女の内壁がバラッドを締めあげた。
くっと男が一瞬息をつめる。それがなんだか壮絶になまめかしくて、コロカントの鼓動が早くなった。
目の毒だと思った。こういうの、なんて言ったらいいのか、もうとにかく心臓に悪い。
……ああもうどきどきだけで死にそう。
腕を伸ばして、男の落ちた髪をかき上げる。いつの間にか赤毛はしっとりと汗をふくんでいた。確かめるようにぺたぺたとさわる彼女に、男はちいさく笑ってみせる。
「ものすごく格好がつきませんが、実は冷汗です」
「冷や汗……、……バラッドも、緊張するんですか」
意外に感じてコロカントはたずねた。百戦錬磨のような顔をして、何を今さら女を抱くのに緊張するのだろうと思ったからだ。
「しますよ。……こんな醜悪なもの見せたり、突っ込んだりして、平気かとか。こっち来ないでって嫌われないかとか。あと、暴発しないかとか」
「……暴発って」
出し入れの反復運動をゆっくりと行いながら、くそ真面目な顔で言うのへ、思わずおかしくてコロカントは笑った。
「だって姫の中、もうものすごく熱くて。もってかれそう」
余裕のないのはどちらも同じだ。そのことに気づいてほっとしながら、彼女はバラッドの目尻の泣きぼくろへ手をやり、親指の腹で撫ぜた。
ひどく特徴的な二連のそれ。男の容貌をいっそう脂下(やにさ)がったものに見せているもの。
その目がまっすぐ自分を見つめている。それだけで背筋へぞくぞく快感がはしった。その快感で、また男を締めつけたのかもしれない。
「ああ、……気持ちいい」
彼女の上に覆いかぶさって、男がうっとり目を細める。情欲の色が濃い。声も上ずり、かすれていた。
体温の変化のせいだろうか。緑灰色の緑が薄れ、やや黄みがかっている。
「……バラッド」
「はい」
「もっと、してください」
今度は彼女から口づけをねだる。下から引き寄せ、噛みつき、唇と唇を合わせて、何度も何度も急くように求めた。唾液に濡れたバラッドの薄い唇が気持ちいい。
煽られた男が腰をひらめかせはじめ、コロカントは口から息を漏らす。
正直、はじめて割りひらかれた体は、痛みはなくても違和感があった。押し込まれる異物感がどうしてもぬぐえない。これは仕方ないことのかもしれない。
男の嵩張(かさば)った屹立で内壁や肉芽を刺激されても、それはそれで気持ちが良かったけれど、慣れていない体は上手に快楽だけを拾うことはできなかった。
だから狂ったように咽び、肉欲に没頭することはない。
できなかった代わりに、コロカントは自分の上で腰を慎重に前後させるバラッドを眺めていた。うっすらと開いた唇から息を漏らす様子や、わずかにしかめた眉間、じんわり噴いた汗がこめかみに流れるさま、色味の替わった瞳の、その一本一本の筋まで。
ぬちゅぬちゅと抽挿するごとに、泡立った粘着質な音が聞こえて来たから、彼女自身は慣れてなくとも、体は、きちんと男を受け入れているらしい。
目の前の男の胸板を手のひらで愛撫する。がっしりとした厚さだなと思った。
普段細く見えるのに、こうして肌を見せると、きちんと男性の体つきだというのが、なんだか不思議に思える。
その彼の動きが、次第に早くなる。
ず、ず、と内側を男が行き来しているのが、感触でわかる。見てもないものが感覚だけで判るなんて、それもなんだか不思議だと思った。
とても原始的で、だのに決していやでない。
熱に浮かされたようにいい、すごくいいとくり返す男の声にうっとりとする。
「わたしも、いいです」
上ずった声で、自然に返していた。
ずばりな快感はなくても、こうして組み伏せられ、男が反復していると考えるだけで、ぞくぞくと気持ちが良い。
「……くそ、」
ぐっと深くえぐったバラッドが険しい顔になり、彼女の肩口に顔を伏せた。
「くそ……、ヤバい、イキそう」
「イって、」
くぐもった声が耳に飛び込んだ瞬間、体が反射して、ぎゅっと収縮し、男の形をもろに感じた。
ああこうすればいいんだ。
即座に理解し、意識的に下腹部を何度か締め上げると、う、と降参の声が上がって、男の腰が突きだされる。彼女の内で、びくびく暴れる熱のかたまりを感じて、また背筋に快感が走った。
「……あー……」
しばらくして、詰めていた息を吐きだしたバラッドが、彼女の内から自信を引き抜き、情けない、と呟くのが聞こえた。
「もっとこう、いろいろ頭の中で、模擬してたんですよ。手順とか、段取りとか。してたのに。……、……くそ、ぜんぜん、もたなかった」
男の額からつうつうと汗が滴って、それがコロカントの顔に降りそそぐ。涙みたいに大きな汗だなと思った。
「またしてください」
言っているうちに胸がいっぱいになって、不意にコロカントは泣きそうになる。
男に抱きしめられて、こんなに幸せなのに。
幸せなのに泣きたくなるなんて、今まで知らなかった。
ごろんと隣に体をうつした男が、涙ぐんだ彼女に目を止め、片眉を上げ、それから目尻の涙にそっと唇を落とす。
「弱ったな。泣かんでください」
「……ごめんなさい。どうして涙が出るんでしょう」
抱き寄せられたまま、彼女は泣き笑い、そうして思いをこめて、目の前の体をぎゅっと抱きしめ返した。