4 

  聞いた夫人の顔が更に歪む。
 「弁の立つガキが!これを見ても、嫌だと言い張れるかい!」
  そこで夫人は扉の外に合図を送り、すると階段上の踊り場で待機していたらしい三人が、なだれるように室内に姿を見せる。
  両脇を屈強な兵士に固められた、トルエのラグリア司祭長。
 「……グラーゼン」
 「へ、へ、陛下……!」
  老司祭長を見たキルシュの表情が僅かに変化する。
  動揺したのである。
  黙らせるためだったろうか、老人の顔のあちらこちらにはひどく変色した痣があった。
 「陛下!公女陛下!よくぞご無事で……」
  人の良い司祭長は、痛めつけられた己の身を省みず、ただキルシュを案じていたのだろう。彼女の姿を認めた途端に、両眼から溢れる涙が頬を伝う。
 「只今の陛下のお言葉、しかと拝聴しまいた。なんと言う……なんと言う、大慈悲慈愛。聞いてこのグラーゼン、仮にも上に立つものとして如何ほどの思慮を重ねたか、ただ恥じ入るばかりでござりまする」
 「……」
 「しかれど、なりませぬ。何も約してはなりませぬぞ。このラグリア信者の皮を被った非道者の声に耳を傾けてはなりませぬぞ。陛下は、陛下は何も間違ったことをおっしゃってはおりませ……ぐぅッ」
  言葉の途中でグラーゼンは身を二つに折って苦悶する。
  両脇の兵士から、鳩尾に容赦ない一撃が加えられたからである。
 「貴様ら……ッ」
  思わず怒りにかっとなったキルシュが、椅子を蹴立てて立ち上がると、
 「頭の良い公女さまには、何をどうすれば良いか……判っているだろうねぇ?」
  睨めつける視線で、ハルガムント侯爵夫人が小指を唇に加える。
  淫靡だ。
 「要求は至極簡単なことだ。……違うかい?」
 「陛下。なりませぬぞ。この老骨のことはどうかお見棄てくだされ。せいぜい生きてもあと数年、その数年と陛下のお志とをお比べくださりませ……!」
 「こなた、」
  噎せた呼吸の下から、グラーゼンが鋭い瞳で制する。
  腐っても司祭長だ。
  駆け寄りかけたキルシュの足が止まった。
 「どうする。アンタの策のために利用したこの老人を、見棄てられるのかい」
  ハルガムント邸に同行を頼んだのはキルシュだ。
  何故なら、トルエとラグリアとのつながりを、よりはっきりと見せ付けてやろうと思ったからである。
  噛み締めた唇から、血の味がする。
 (……捨てられぬ)
  切り捨てられる性格であったなら、苦悩の少ない人生を過ごすこともできただろう。
  老いぼれ一人の命がなんだと、鼻で笑って流すことも出来たのだ。
  仮令、目の前で老人がいかに痛めつけられようと、どこ風吹く顔で、座っていることも出来たのだ。
  トルエ一国を背負うものであるなら、もしかするとそちらの方が正しい姿であるのかもしれない。
  しかし、
 「やめろッ」
  夫人の合図で拳を振り下ろした兵士の一人を、キルシュは横合いから全力で突き飛ばし、
 「陛下……ッ」
  気が付くと、胸にグラーゼンの頭を抱きしめて庇っていた。
 「陛下」
 「やめろ、やめてくれ」
  それでもやはり、棄てられない。
 (駄目だ)
  抱きしめた老人の身体が、見たよりも遥かに傷めつけられていて、思わずキルシュは涙を零した。
 (わたしは……駄目だ)
  ぱっくりと口を開けたキルシュの記憶の傷口から、紅の血が滴り始める。
  膝が無様に震える。
  虚勢が――保たない。
 (助けてくれ)
  浮かぶのはただ一人。彼女の側に付き従っていた男の姿だ。
  そのままで良いと、そのままのキルシュで良いと受け止めてくれる唯一の存在。
 (助けてくれ)
  思いが万里を駆ける。


  陽光に照らされた、異国から来た騎乗者の姿を遠目で確認しながら、ミルキィユは小さく息を吐いた。
  じっと動かず馬に乗ったまま佇む姿は、まるで彫像のようで、
 「なんだお嬢、恋わずらいか」
 「……上官と呼べ」
  目敏く気付いた配下の男が、いつもと変わらない軽口を叩いて近づいてくる。しかし返す彼女の声に、いまいち張りが戻らないことに気付いて、眉をしかめた。
 「疲れたか」
 「……いや」
  心配そうな声に、首を横に振る。
  銀白の髪に挿した硝子の髪飾りが、ちりちりと小さく音を立てた。
 「じゃあ、どうした」
 「何でもない」
 「『何でもない』ってぇ顔してねぇだろうが。どうした」
  力なく振られた顔を、無理矢理下から覗きこんでダインは更に問うた。
 「……彼の男が、な」
 「あん?」
 「あのトルエの男が、一体どのような心境であるかと思うと……やるせない」
  前方に小さく目配せしながら、ミルキィユはぽつと漏らす。
  見やって同じく頷いたダインだ。
 「あの参謀殿か」
 「ああ。トルエ公女が囚われて既に一週間。その間、ハルガムント邸からの連絡は一切無し。アルカナ残党からの要求も……今のところまだ無い。まさか大事な人質を殺しはしないとは思うが、それにしても安否が気遣われることだ。増して、公女の側に仕えてきたものならば余計に……とな」
  この一週間、ろくに食事も睡眠もとらず、だのにミルキィユの特殊部隊の強行軍に、弱音も吐かずに付いて来たトルエの長身の男を、彼女は少し見直す気持ちになっている。
  鍛えられた軍兵ですら、時には悲鳴を上げるほど、ミルキィユの隠密行動は忍耐を必要とした。
  えらく、厳しい。
  おそらく率いるものが彼女でなければ、兵の半分は付き従ってはいないのではないか。
  不満も言わずに従っているのは、ひとえに彼女の求心力だ。
  また、彼女が傭兵を多用するのもその辺りに起因する。
  一口で説明するならば、「貰った金の分は働いて返す」。それが、傭兵と言うものだ。口だけがうまいものや、そもそも耐性力の無いものは生き残れない。実力世界の厳しい掟である。
  破格の報酬を払う代わりに、それ相応の動きをミルキィユは要求した。
 「鬼将軍」と呼ばれるのも、その辺りにひとつあるのではないか。筆者はそう邪推したりもする。
  武が立つだけでは、人は付いてはこない。
  それだけの魅力と言おうか、統率力、がミルキィユには備わっていたのだろう。
  傍らに控えたダインも、惹かれたその一人だ。
  その、厳しいことに自覚だけはあるミルキィユの行軍に、まるで戦には素人と見える優男が、必死であろうと無かろうと付いて来たのは、事実だ。
  正直、最初に同行を求められたときに、途中で脱落するのではないかと、心配したミルキィユだったが、
 「足手まといになったときには、遠慮なく棄ててくださりませ」
  その言葉に、断るものも断れなくなったのだった。
  必死の形相をしていた。
  とは言っても、男の顔の半分は瞼にあてがわれた白布のせいで、窺えなかったのではあるが。

       5

  男は、盲目だった。
  トルエの参謀だと、ミルキィユは兄である皇帝から聞いた。
  困惑した。
  先日、協定を破って彼女自身がトルエ公国の軍勢に襲われたことは、まだ記憶に新しい。
  その際、手傷も負わされている。
  実際に指示を出したのが、囚われたトルエ公女や、目の前の参謀では無いと頭では判っていたし、彼らの待遇を一考してほしいと皇帝に願い出たのも、自分だ。
  ミルキィユにしてみれば、故ルドルフ公の行いは悪業以外の何ものでもない。
  だが、面と向かって目の前で紹介されるとは思っていなかった。
 「何故、わたしに」
 「ミルキィユ皇妹将軍。お願いでございます。どうか私も此方さまの行軍の一員にお加えくださりませ」
 「トルエ公女が、捕らえられたのだ」
  面食らったミルキィユに、トルエの男の声と、兄の声とが同時に飛び込む。
  息を呑んだ。
 「公女が、」
  うまく言葉が続かない。
 「……ハルガムント侯爵家は、どうあっても私から皇位を奪い取りたいようだ。ルドルフ公が鎮圧されてもまだ懲りていないのには呆れかえったが。アルカナ残党と手を組み、更にはラグリアを後ろにつけて、狙うはエスタッドの……覇権、だろうね。内輪で騒いでくれる分には、そうそう問題は無いのだが、まんまとトルエ公女を質に取って、万々歳の様子を見ると、祝砲でも上げてやりたくなるね」
  不穏な色が混じった皇帝の声を聞いて、ミルキィユははっと顔を上げる。
 「陛下」
 「私はね。邪魔をされるのは嫌いだが、面子を潰されるのはもっと嫌いだ。エスタッドとトルエ、どんなに国力が異なろうと、国土の広さに差があろうと、公女は統治者であり、最も持て成さねばならない、大事な主賓でもあるのだ。また今回、二国はお互いの統治者同士の婚姻と言う形で、和議を結びかけている。彼の公女が、平穏無事にこの訪問を終えるまで、私の責任は問われると言うことだ。それを、我が国内のゴタゴタに公女を巻き込むとは、本当に……本当に、あの女帝を褒め称えたい気持ちで一杯であるよ。名家ハルガムントも、ぬらりくらりと逃げおおせて来たが。今回ばかりは私に手加減は……無いよ」
  ぞっとするほど低い声である。
  透徹の氷炎が、皇帝の瞳に揺れている。
 「陛下」
  であったから、ミルキィユはそっと兄の名を呼んだ。
 「では、わたしはどのように動いたら」
 「うん、」
  憤懣が浮かんでいたのは一瞬だ。
  すぐさまその色を消して、再び冷静な顔に戻った皇帝は、
 「本軍十個隊を、アルカナ残党兵殲滅の名目で、ハルガムント領地へ出兵させる。これは勿論、陽動作戦だ。まぁ……、叩き潰す分にはどちらでも構わないのだが。大軍ゆえ、機敏な動きは期待できない。ミルキィユ将軍、君には自軍を率いて半日後に都を出立し、別行動を取ってもらいたいのだよ」
 「トルエ公女と、ハルガムント侯爵と夫人……、三人を無事に保護すればよろしいのですね」
 「いいや」
  皇帝がゆるゆると首を振ると、金糸が風に揺れた。
  練り香水が甘く薫る。
 「『保護』するのは、一人だけで良いよ。残る二人は……逃さなければ、良い」
  兄皇帝の怒りは、深い。
  背筋を凍らして、ミルキィユは小さく頷く。
 「……して、」
  もう一度困惑の表情になって、ミルキィユは対面するトルエの参謀へ視線を移した。
 「あなたは」
 「どうか、連れて行ってくださいませ」
  左胸に手を当てたトルエの参謀は、
 「後生でござります」
 「……しかし。兵士でもないものに、我が軍の動きが耐えられるかどうか。物見遊山ではないのだ。これは、戦略である」
 「言い聞かせても聞かないのだ」
  呆れたような声を出しながら、どこか楽しんでいる皇帝の目が、ミルキィユに注がれる。
 「参謀殿は強情だね」
  兄皇帝の声を背に聞きながら、ミルキィユは困って眉をしかめる。
 「楽な行軍では、ない」
 「それでも。連れ行ってもらわねばなりませぬ」
 「失礼だが、目の不自由なあなたに付いて来られるとは思えない」
 「――国一つの、危機にございますぞ」
  困惑声のミルキィユに、咎めて男は言った。
 「エスタッド皇もご承知の通り、我がトルエには、もはやキルシュ公女以外の血統者がおりませぬ」
 「……」
 「公女が滅すれば国もまた滅しましょう。統治者のいない国は、餓鬼亡者どもの格好の餌にござりまする。しかし、それでは我が国はどうなります」
 「……」
 「親が子を失くし、子が親を失くす哀しみが、いつまで続けばよいと言うのでござりましょうや?他愛も無い日常に平安を見出す暮らしをいつ取り戻せましょうや?」
 「創ると、言うのかね」
  感心した声でエスタッド皇が呟く。
 「あの小さな国に、それを実現すると言うのかね?」
 「言わいでも」
  皇帝の声を受け、はっきりとトルエの参謀は頷いた。
 「ゆえに。公女にはまだ生きていて頂かねば」
 (忠義か。忠愛か)
  頷く男を眺めながら、ミルキィユは内心呟く。
  皇妹将軍、、誠心誠意、誰かに仕え尽くされた経験が無い。
  皇都では、周りは全て敵である。
  彼女の地位を利用しようと近づくものたちばかりだ。
  生死を共にした戦場は、肩書きも性別も関係なく、常に平等だった。
  皇妹だろうと一兵卒だろうと、関係が無い。剣を交えれば同胞である。
  自分に、好意と尊敬を寄せてくれるものは多くいたし、また、自分が好意と尊敬を寄せたものも多くあったが、それは「仕える」感覚とは、大分違う。
  目の前のこの男が、どんな心持ちで公女に仕えているのか、ミルキィユには判らない。
  おそらく、一生理解できない世界かもしれない。
 「判った」
  であったから、嘆息一つ吐くと共に、了承の声を上げたのだった。
 「付いてくるが良い」

  そして男は脱落することなく、ここに至る。
  バートと名乗った、こちらも寡黙な初老の部下が付いているとは言え、全く視界の利かない身体で、よくもここまでと、ミルキィユは内心舌を巻いた。
 (わたしには、おそらく出来まい)
  それは傍らに立った男も同じだったようで、
 「俺にぁ出来ねぇ芸当だな」
  ぽつと内心を漏らした。
  見上げてミルキィユも頷く。
 「以下、ただの好奇心で尋ねるのだが、あのトルエの参謀殿な」
 「……ん?」
 「公女を助けるに、トルエの国を賭す言葉。はたして本心か」
 「……どうだろうなァ」
  がりがりと短髪を掻いて、ダインが首を捻る。
 「トルエからの道中、二人で話し合っている様子も何回かは見たが。色恋ゴトと引っ括ってもいいもんかどうか」
 「……」
 「暇だったし、デバガメさせてもらったがな。見てるこっちが恥ずかしいほど、至近距離で丁々発止とやりあってるかと思うと、何日離れて口を利かずともけろっとしてやがる。互いに思いやっているようで、突き放している。男女の仲は複雑だな。……何でそんなことを聞く?」
 「……深い理由はよく知らぬ。だが、もしわたしがあの男の立場であったら、と思う」
 「やるせねぇって話か」
  ダインの言葉に、ミルキィユは足元に視線を落とした。
  真っ直ぐな長い髪が、表情に陰影を落とす。

       6

 「味方のいない祖国は、遠く何百余里。辺り一面、いつ愛想の仮面を殴り棄てるか判らないエスタッドの面面。皇帝の心も、杳として知れない。『和議を破約する』と宣言されれば、小国トルエはそれまでだ。頼りのラグリアは、トルエよりもハルガムント家を後援するだろう。肝心のトルエ公女は城砦の中で生死不明。……泣きたくなるな」
 「お嬢」
  気に入った者に入れ込んでしまうのは、もう生来の癖だ。
  肩を落としたミルキィユに、慰めの言葉でも掛けようとしたのだろう、ダインが口を開きかけたところへ、
 「将軍!」
  走らせていた先見の兵が、駆け寄ってくるのが見えた。
  血相を変えている。
 「何事だ」
  即座に憂う仮面を脱ぎ捨てて、ミルキィユは将軍にたち返る。
 「申し上げますッ。ハルガムントの城砦の偵察をしておりますうちに、邸の一番高い建物の天辺……つまりは尖塔の小窓より、何か合図と思われる光が見えますッ」
 「合図の……光」
  それは、どんな。
  伝えられた情報に頭が付いてゆかなくて、ミルキィユが尋ね返そうとしたところに、彼女と兵卒の動きに気を向けていたのだろう。トルエの参謀が馬の首を返し、
 「……それが。判りません。定期的に、長い光と短い光がチラチラと見」
 「長い光と短い光。公女に違いありませぬ」
  伝令の言葉を遮って、男が口を挟んだ。
 「その根拠は」
  口を挟んだ行為にも特に咎めることも無く、ミルキィユは馬上の男を振り返る。
  物事の手順だとか、身分の上下だとかに拘らない。
  必要なのは情報であり、実力だ。
  ただし、礼儀を知らないものには、容赦なく鉄槌を食らわす。
  さばさばとして、飾りが無い。
  ミルキィユが、下のものから好かれる所以でもある。
 「心当たりがあるか」
 「はい。以前公女に、教えたことがござります。大陸に古くから伝わる通信手段の一種……、アルカナより発祥したと聞いております。王国の諜報活動にも多く用いられました。おそらく、公女よりの何らかの情報にござりましょう」
 「情報。……今、我々が一番に必要としているものだな」
 「はい。大陸の言葉は、45の文字からなっておりまする。そのうち、母音は5。残る40が子音。短い光で子音を、長い光で母音を表し、文章を作りまする」
 「ほう」
 「公女と私で、丘の上と下で鏡を使って光を反射させ、幾度もやり取りいたしました。区切れば良いのですから、どのような長文でも送ることが出来ます。鏡でなくとも、夜間ならば松明の灯りでも、音でも良い訳です。……その時は、遊びでございましたが」
  当時を思い出したのか、男の顔が僅かに曇った。
  ともかくも、公女は生きている。
  その事実を知っただけで乱れ立つ、己を抑え必死で冷静さを保っている。そう感じたので、ミルキィユは頷くにとどめた。
 「そうか」
 「あの時公女は未だ7つ。……覚えて」
  覚えておられたのですね。
  であるから、次に男が小さく呟いた言葉は、彼女は聞かない振りをした。
  代わりに、
 「その、光は記したのか」
  伝令へ問う。
 「はッ。ここに」
  かしこまった兵士が、胸元から一枚の紙切れを取り出し、ミルキィユに手渡した。ちら、と手元を見やって、彼女は顔をしかめる。
 「さっぱりだ」
  これが光の長短だったと言うなら、よくも気付いて記録しようと思ったものだ。
  先見の兵は、持ち前の注意力が無ければ勤まらないとは聞いていたし、判っているつもりでもあったが、うかとすれば、見過ごしてしまいそうな小さな光の羅列である。
 (多分、わたしは気付かないな)
  自嘲した。
 「……どれ」
  興味をそそられたのか、横から覗き込んだダインも、同じくしかめっ面になる。
 「こりゃ、なんだ。暗号か。……って、そういや暗号なんだな」
 「あなたは、この解読の仕方が判るか」
  端から期待はしていない。要領を得ないダインは、放って置くことにして、ミルキィユが男に尋ねると、彼は頷く。
 「はい。覚えております。……ただし、そのときと違って、今、私は目が見えませぬ。どうか何が書いてあるのか、教えてくださりま」
  胸に手を当て、切迫した声でミルキィユに頼み込んだトルエの男が、不意に咳き込み――、
 「参……エン殿?」
 「おいアンタッ」
  目を見開いたミルキィユが、息を呑む。
  慌てて、傾きかけた男の身体を押さえようとした、ダインの動作が凍りついた。
 「エン殿ッ」
  がっ。
  大きな血の塊を撒き散らし、胸元を掻き毟った男は、
  変異に驚いて棹立ちになった馬の背から、ずるずると力を失い、落下した。


公女と参謀にモドル
最終更新:2011年07月21日 21:01