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 この世は常に怪異に脅かされている……そう言ったのは彼だっただろうか。私たちの生活は常に、100余名にも満たない『彼ら』に守られていることを、どれだけの人が知っているのだろうか。少なくとも私は、あの時彼に会わなければ、そんなことを知る由もなく普段通りの生活を送っていたのだろう。  私が能力者高校に来たのはある夏の日だった。その日はとても蒸し暑く、何となく、何かが起きそうな日でもあった。転入生である私は、先生に言われるがままに広い広い校舎の探索をしていた。1500余年の歴史あるこの高校は、ドイツの古城を改築した校舎、13階建ての学生寮、旧校舎、陸海空に対応した演習場、各種の格納庫にエアポートまで完備したとんでもないマンモス校だ。広く古い回廊にも似た校舎の廊下をあてどもなく歩く私は、ふと校庭に目を向けてその歩みを止めた。校庭に描かれていたのは何かの魔法陣、なぜか不穏な気配を発するそれにゾクリと背筋に悪寒が走る。そんな予感を的中させるように、空からは轟く様な雷鳴が降ってきていた。  校庭に描かれた大きな魔法陣はある人を蘇生させる為のものだったのだという。流石天下に名だたる能力者高校、なんでもありなのだ、ここは。転入生らしくらしく野次馬根性を発揮し階下に降り、校庭へと急ぐ私を誰かが追い越して行った。スーツ姿のその細い背中に何となく、本当に何となく目を止めた。ふわりと蛍光灯の光を孕んで揺れた白銀色の髪が何故かひどく印象に残った。  勝手ながら私に細く儚い印象を持たれたその人は、先の魔法陣によって発生した次元の歪みを浄化するのだと言って、地面に小さな魔方陣を書き始めた。銀色の、恐らくは水銀であろう細い液体を垂らし、繊細で綺麗な線を書いて行く。くるりくるりと、幾重にも重なる線、精緻な紋様、次第に出来上がってく美しい魔方陣に思わず目を奪われる。そうしていって完成した魔方陣と先ほどまで死者召喚が行われていたという砂で描かれた大きな魔法陣を繋げる。途端周りの空気が湿ったものに変わり、ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。雨はだんだんとその足を速めていき、ついには本降りへと変化していった。そんな雨を物ともせず、スーツが濡れるのも厭わずに、その人は魔法陣の上に宝石をちりばめる。高価で美しいそれらを無造作に、しかし作為的に置いていく彼の姿を見て、感嘆の声を漏らした私にその人はふ、と綺麗に微笑んで口を開いた。 「欲しいなら後でいくらでもあげますよ」 そんなに物欲しそうな顔をして見ていたのだろうか、それとも思わず声に出してしまっていたのだろうか、間違いなく私に向けられて言われたその言葉に私の顔は羞恥でかっと熱くなる。同時に、そう軽口をたたいてくる彼に一層の興味を持った。意外と見たままの性格ではないのかもしれない、そう思った。そして余談ではあるが、すぐにいりません、と言えなかった自分が何となく嫌になった。まあ、あげる、といわれたのは綺麗な宝石だ……いらないかと聞かれれば欲しい。そりゃもう欲しい。だって宝石だ。だがこの話はここでは置いておこう。  宝石を恐らく定石通りにちりばめ終えた彼はそっと魔法陣から退く。 「では始めます」 静かに、しかし厳かにそう言って彼は陣の真ん中に手をつく。 「Anfang!」 刹那、美しい銀の明かりが空に立ち昇り、その後辺りを包む嫌な気配が霧散したように感じた。 降り頻る雨の中、中空へと聳えた光の塔に私はふたたび目を奪われた。 「綺麗……」 無意識にそうつぶやいていた私に彼が微笑んだ。どこか幼くも儚くもみえるその笑顔に、本当に綺麗な人だなとそう思った。ほうっと見惚れる暇があればこそ、柔和な笑みを浮かべたその人が言葉を紡ぐ。 「綺麗でしょう。なかなか見れませんよ、アレ」 そうどこか自信ありげに言った彼は、す、と私の前に色とりどりの宝石を差し出した。 「女性には宝石が似合いますし、いくらでもどうぞ」 先ほどのあれだろう。断るのも悪い気がしたので一つだけ、深い青色をした宝石を一つだけ貰う事にした。その宝石は深い海のような色をした静かな静かな石だった。  土砂降りの雨の中、作業していた彼は濡れ鼠のようだった。 それでは、と折り目正しく一礼して去り行こうとする背中に、待って、と思わず声が出ていた。その背中があまりにも細く、儚げだったから。声をかけていないとそのまま消えてしまいそうな気がしたから。何故そんなことをしたのかは分からない、ただ、この人をそのまま行かせてはならないと、そう思ったのだ。びしょ濡れの彼に私が差し出したのは薄いピンクのハンカチ。そんなものではもうどうにもならない位に濡れているのを知っていて、それでも差し出した。彼は一瞬驚いたような表情を見せた後、笑ってそれを受け取ってくれた。 「ありがとうございます。あとで洗って返しに来ますね」 丁寧な声だった。 これが私と彼、フロスト・ユリアス・シェパードとの出会いだった。 この時の私はまだ、この彼との出会いが深く昏い怪奇の淵への誘いに続くのだとは夢にも思っていなかったのである。 - GOOD! -- 通りすがりU (2012-08-03 21:30:20) #comment
 この世は常に怪異に脅かされている……そう言ったのは彼だっただろうか。私たちの生活は常に、100余名にも満たない『彼ら』に守られていることを、どれだけの人が知っているのだろうか。少なくとも私は、あの時彼に会わなければ、そんなことを知る由もなく普段通りの生活を送っていたのだろう。  私が能力者高校に来たのはある夏の日だった。その日はとても蒸し暑く、何となく、何かが起きそうな日でもあった。転入生である私は、先生に言われるがままに広い広い校舎の探索をしていた。1500余年の歴史あるこの高校は、ドイツの古城を改築した校舎、13階建ての学生寮、旧校舎、陸海空に対応した演習場、各種の格納庫にエアポートまで完備したとんでもないマンモス校だ。広く古い回廊にも似た校舎の廊下をあてどもなく歩く私は、ふと校庭に目を向けてその歩みを止めた。校庭に描かれていたのは何かの魔法陣、なぜか不穏な気配を発するそれにゾクリと背筋に悪寒が走る。そんな予感を的中させるように、空からは轟く様な雷鳴が降ってきていた。  校庭に描かれた大きな魔法陣はある人を蘇生させる為のものだったのだという。流石天下に名だたる能力者高校、なんでもありなのだ、ここは。転入生らしくらしく野次馬根性を発揮し階下に降り、校庭へと急ぐ私を誰かが追い越して行った。スーツ姿のその細い背中に何となく、本当に何となく目を止めた。ふわりと蛍光灯の光を孕んで揺れた白銀色の髪が何故かひどく印象に残った。  勝手ながら私に細く儚い印象を持たれたその人は、先の魔法陣によって発生した次元の歪みを浄化するのだと言って、地面に小さな魔方陣を書き始めた。銀色の、恐らくは水銀であろう細い液体を垂らし、繊細で綺麗な線を書いて行く。くるりくるりと、幾重にも重なる線、精緻な紋様、次第に出来上がってく美しい魔方陣に思わず目を奪われる。そうしていって完成した魔方陣と先ほどまで死者召喚が行われていたという砂で描かれた大きな魔法陣を繋げる。途端周りの空気が湿ったものに変わり、ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。雨はだんだんとその足を速めていき、ついには本降りへと変化していった。そんな雨を物ともせず、スーツが濡れるのも厭わずに、その人は魔法陣の上に宝石をちりばめる。高価で美しいそれらを無造作に、しかし作為的に置いていく彼の姿を見て、感嘆の声を漏らした私にその人はふ、と綺麗に微笑んで口を開いた。 「欲しいなら後でいくらでもあげますよ」 そんなに物欲しそうな顔をして見ていたのだろうか、それとも思わず声に出してしまっていたのだろうか、間違いなく私に向けられて言われたその言葉に私の顔は羞恥でかっと熱くなる。同時に、そう軽口をたたいてくる彼に一層の興味を持った。意外と見たままの性格ではないのかもしれない、そう思った。そして余談ではあるが、すぐにいりません、と言えなかった自分が何となく嫌になった。まあ、あげる、といわれたのは綺麗な宝石だ……いらないかと聞かれれば欲しい。そりゃもう欲しい。だって宝石だ。だがこの話はここでは置いておこう。  宝石を恐らく定石通りにちりばめ終えた彼はそっと魔法陣から退く。 「では始めます」 静かに、しかし厳かにそう言って彼は陣の真ん中に手をつく。 「Anfang!」 刹那、美しい銀の明かりが空に立ち昇り、その後辺りを包む嫌な気配が霧散したように感じた。 降り頻る雨の中、中空へと聳えた光の塔に私はふたたび目を奪われた。 「綺麗……」 無意識にそうつぶやいていた私に彼が微笑んだ。どこか幼くも儚くもみえるその笑顔に、本当に綺麗な人だなとそう思った。ほうっと見惚れる暇があればこそ、柔和な笑みを浮かべたその人が言葉を紡ぐ。 「綺麗でしょう。なかなか見れませんよ、アレ」 そうどこか自信ありげに言った彼は、す、と私の前に色とりどりの宝石を差し出した。 「女性には宝石が似合いますし、いくらでもどうぞ」 先ほどのあれだろう。断るのも悪い気がしたので一つだけ、深い青色をした宝石を一つだけ貰う事にした。その宝石は深い海のような色をした静かな静かな石だった。  土砂降りの雨の中、作業していた彼は濡れ鼠のようだった。 それでは、と折り目正しく一礼して去り行こうとする背中に、待って、と思わず声が出ていた。その背中があまりにも細く、儚げだったから。声をかけていないとそのまま消えてしまいそうな気がしたから。何故そんなことをしたのかは分からない、ただ、この人をそのまま行かせてはならないと、そう思ったのだ。びしょ濡れの彼に私が差し出したのは薄いピンクのハンカチ。そんなものではもうどうにもならない位に濡れているのを知っていて、それでも差し出した。彼は一瞬驚いたような表情を見せた後、笑ってそれを受け取ってくれた。 「ありがとうございます。あとで洗って返しに来ますね」 丁寧な声だった。 これが私と彼、フロスト・ユリアス・シェパードとの出会いだった。 この時の私はまだ、この彼との出会いが深く昏い怪奇の淵への誘いに続くのだとは夢にも思っていなかったのである。 - GOOD! -- 通りすがりU (2012-08-03 21:30:20) - 巧みな描写に感嘆しました。古めかしい言葉選びが、さらに不可思議な空間へと読者を誘うかのようです。 -- ミモリ (2012-08-04 00:55:21) #comment

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