道徳の樹海 (ショート・ストーリー)

by Asaki No'9

「もう死んだ? ねぇ、死んだ?」
枯れ木のてっぺんで羽を休めていたカラスが尋ねてくる。
私は無視する。

もう何時間この樹海を歩き回っただろうか…
全く同じ景色が続いている。
遠くを見渡そうとしても霧が視界の邪魔をする。
空は灰色に覆われ、黄色い枯葉のじゅうたんは歩く度にサクサクと鳴り、
その度に何故か私の不安を掻き立てる。
辺りの木々は全て枯れている。
枝は白色と紫色が入り混じった不気味な存在感を醸し出している。

それにしてもいつからこんな樹海に彷徨ってしまったのだろう?
私は歩みを止めて空を見上げる。そして思い出すように考えてみる。

私は風呂から上がると直ぐに布団に潜り込み、眠りが訪れるのを待っていた。

それが私の最新で最後の記憶だ。
その記憶が正しければ、この樹海は私の夢の中になる。
この樹海が私の夢ならば、この不気味な木々は私の何を表しているのだろうか?

「もう死んだ? ねぇ、死んだ?」
随分と歩いたはずなのに、気が付くとカラスは私の頭上の枝に止まっている。
悪びれた様子も見せず首を傾げるが、鋭い視線は私から逸らさない。
私は無視をする。
そして再び歩き始める。

枯葉や枯れ木の具合から見てこの世界は冬なのだろう。
私の世界も冬なのだろうか? 
最近私の周りで起きた事を考えてみれば、そう言われても納得できてしまう。
私の心は冬なのだろう。

しかし人間なのだ。
誰もが多少なりとも悩みを抱え込みながら生きている。
私は、私だけが特別な悩みを抱え込んでいるとは思わない。

だからこの樹海を彷徨う理由なんてないのだ………………… 駄目だ。
それでもこの樹海から抜け出せない。

気が付くと辺りは黒い雪のようなものが降り始めていた。

黒い雪のように見えた物体は言葉だった。
今までに私に浴びせられた言葉たち。
今までに私が浴びせた言葉たち。
悲しい知らせ、激しい罵声、醜い陰口。
思い出したい言葉たちは先に溶け、忘れたい言葉たちだけが積もり始めた。

私の目から涙が流れていた。悲しいと心に感じるよりも先に涙は頬を伝っていた。

「もう死んだ? ねぇ、もう死んだ?」
私はカラスを睨むと同時にどんよりとした空を仰ぐ。



Q&A


1、(九年三ヶ月前)(二月十九日)
動画に出たこの時間の意味は何ですか?
この時間の意味は、動画内での演出の一種ですね。歌詞で言う部分の「いつからか決められた 他人に決められた
私の個性では誰も慰められない」で出てくるのですが、今から九年三ヶ月前が丁度、二月十九日で、その日に自分の個性を決められた出来事があった(もしくは言葉を浴びせられた)という演出です。

2、あの日々を大切に 彷徨えば
「大切に」するのは、日々ですか?それとも彷徨える?
大切にするのは「冷めた雨と無に包まれた日々」ですね。
「冷めた雨と無」というのは、人生を振り返って(動画でいう九年三ヶ月前くらい)あの頃は無駄な時間を過ごしていたとか、もっと遊んでいれば良かったなとか、たくさんの後悔があると思います。そんな後悔も実はとても大切な時間なんだよ。という風に解釈して頂ければ幸いです。
最終更新:2009年05月16日 17:25