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「冬の人魚」


冬の人魚



不思議なもので、自分に絶望すると、自分以外の人間が鬱陶しくなるのは性なのか、 @
それとも、また別の期待なのか。 @
僕がそれを見たのは、何よりも自分に絶望した冬の夜の海。 @
もう通うこともない、昨日までの職場の、 @
ビルという名のジャングルジム程の小高さの、崖の上で。 @


それは、人魚だった。僕の絶望と対比するものを具現化するような自由さで、 @
海面を楽しそうに飛び跳ねていた。 @


ぴょい、ひゅうい、しゃぷん。 @
ぴょい、ひょうい、しゃぷん。 @


冬の人魚はこのリズムを繰り返す。 @
まるで鞠つきに飽くことのない童女のように。無邪気に。 @


ぴょい、ひょうい、しゃぷん。 @
ぴょい、ひょうい、しゃぷん。 @





ふと。リズムが止まる。 @
自分の軌跡を確かめるように振り向いた人魚と目が遇った。 @
人込で、鞄がぶつかった時のような表情で人魚は笑う。 @
そして、禁じられていた何かを開放するような、懐こい笑みに。 @


「人魚もこういう顔で笑うんだな」 @


愛想笑いが仮面のように張り付いた哀しみは、波で生じた泡のように、 @
ぽよぽよと、心のどこかに、降り積もる。 @
思えば、心から笑えたのは、いつが最期だったろう。 @
それすらも意味のない愚問に思ゆる。 @


そんな記憶は誕生からこっち、持ち合わせてなどいないのだから。 @


冬の海は、まだ、そんな世間よりも暖かいように思えた。 @
少なくとも、僕には。 @


そして、僕は、暖かそうなところを目指してダイブしたのだ。 @


視界の隅で最期に捉えた世界は。 @
意地悪にほくそえみ、汚物から逃げ出すように泳ぎ去る人魚の姿だった。 @
最終更新:2010年12月26日 04:23
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