アットウィキロゴ

「ちょっとだけ食い込みかけたブルマの裾を人差し指で直す人魚~冬バージョン~」

 冬の波は格別だというのが俺の持論である。夏でも秋でも春でもだめだ。 @
 冬の太陽に照らされた白波の光り方は他の季節とは違うのである! と力説しても賛同を得られたためしはないが、これは信念だから譲ることはできない。 @
 断っじて譲れない部分なのである。 @
 何がいいのかと考えてもわからない。とりあえず砕けて散る独特の波濤の光り方は、日光に影響されているという仮説を独断果断にも立てた。それが俺は好きなんだ。たぶん。 @
 仮説は証明しなければならない。潮風とデジタルカメラの相性なんか気にしたら負けだ。 @
 なるべく晴れた日の昼間をねらう。要は他人の審美眼にかなうような波が撮れたら仮説は証明される。 @


 絶好の日和は思ったより早くやって来た。冬の海は風が強い。しかも寒い。鼻が冷たくて潮の匂いもわからないほどだ。体感温度はどうなっているのか。 @
 むろん、海岸には誰もいない。季節にはレジャー客でいも洗い状態だが、今はひたすら海原と砂が広がるだけだ。 @





 かじかんだ指でカメラを取り出す。穏やかでも叩きつける波でもない。絶好の風と天気に恵まれたことに感謝しつつ、シャッターチャンスを待つ。 @
 量販店のセールで買った安物のデジカメだが、こうやって構えていると気分が出る。我ながら子供っぽいとは思うが、なんとなく格好をつけてしまう。 @
 まさにシャッターボタンに指をかけた時。 @
「あの、何をしているんですか?」 @
 俺は固まった。収めようとした波は虚しく返って。 @
 黒い髪がなびく。眼を奪われたのはその女性が美人でどストライクだったからでもあるが、何よりも服装が異様だったからである。 @
 紺色のブルマに、体操服ではない白いダボダボのTシャツ。 @
 なんだその格好は。 @
「いや、写真を撮ってるんですよ」 @
 平静を装って答えた声は震えていたが、それは寒いからだ。別に若い女性と話すから緊張しているわけではない。それに風の音ではっきりは聞こえないはずだ。ちなみに脚も震え気味だったが、それも寒いせいだ。 @
「しゃしん?」 @
「は、はい。海が好きなんですよ」 @
 ああ変な人間だと思われないだろうか。まあこの人も他人のことをとやかく言えた義理でなさそうなので気にしないでおこう。 @
 デジカメを見つめる眼に好奇心がありありと浮かんでいて、何か違和感を覚える。 @
「私も海は好きです。でも、しゃしんで何をするのですか?」 @





「写真を撮るんです。海の写真を。冬の海の波が特に好きなんですよ」 @
 不思議そうな表情をしている。これは電波な人ではないのかという疑惑が確信に変わりつつあった。 @
「しゃしんを見せてくれませんか?」 @
「いや、まだ一枚も撮っていないんです」 @
 俺がそう答えると、彼女はあからさまにがっかりした表情をして黙ってしまった。 @
 いや、そんな顔をされたら何か悪いことをしたような気分になるじゃないか。実際には何もしていないのだけど。 @
 無言の静寂のうちに風と波の音だけが響いて、言語を絶する気まずさである。 @
 どうしたものかと思案している俺を気にもかけず、彼女はやおら立ち上がって海へ歩きだした。 @
 何をするのだろうと見ていると、海に足をひたし手で水をすくいあげ匂いを嗅いでいる。寄せる波は膝上まで濡らすくらいある。心底から楽しそうな笑顔が印象的だった。 @
 非現実的な光景にあっけにとられていたが、よく考えれば真冬の海である。太平洋側とはいえ、いくらなんでも風邪をひく。ついでにシャツが透けそうだ。 @
「あの、冷たくないんですか」 @
「ええ、大丈夫です。私は人魚ですから」 @





 電波発言。これは真性と見て間違いない。とにかくどこかに連絡して保護を頼んだ方が良いのかもしれない。 @
「やっぱり信じてもらえませんよね」 @
「いや、あの風邪ひきますよ。海から上がりましょう」 @
 俺の言葉を無視して彼女は続ける。 @
「今日で海に戻るんです。この姿とも今日でお別れです。だから一人ぐらいには話しておいてもいいかなって」 @
「えーと、保護者の方とかいないんですか」 @
 海から上がると、唐突に彼女は俺に抱きついた。瞬間的に心臓が縮みあがる。彼女は人間の体温をしていなかった。 @
 服の上からでも伝わる。冷えた人の体ではない。これは元から冷たい生き物の身体だ。胸が当たったとかそういうことでささやかな幸せを噛みしめている場合ではない。 @
「これで信じてもらえますか?」 @
 こくこくとうなずく。ひやりとした身体は不快ではなかったが、正直反応に困る。吐息が白くならないのにも、この距離で初めて気づいた。 @
「良かった。あなたは私が地上にいた記憶です。忘れないでくださいね」 @
 にっこりと微笑む表情に寂しげな蔭が落ちていた。 @
「あの、写真を撮りませんか。記憶だけじゃなくて、形にも残るように」 @





 また不思議そうな顔をする。俺は海に向けてシャッターを切り、彼女にデジカメの画面を見せた。 @
「こうやってしゃしんは絵に残るんですね! すごいすごい!」 @
 幼い子供のようにはしゃぐ。俺は彼女にカメラを向けた。 @
「あ、ちょっと待ってください。海がいっしょになるように撮って」 @
 そういうとちょっとだけ食い込みかけたブルマの裾を人差し指で直し、海水と戯れるように波打ち際で踊ると、そのまま海の中に入った。 @
 水と一緒に踊る跳ねる舞う飛ぶ。いつの間にか下半身は本来の姿に戻っていた。しぶきが傾きかけた陽に当たって光る。彼女は急に腕を上げた。俺はそこでシャッターを切った。 @
 結局写真は一枚しか撮らなかった。 @


終わり @
最終更新:2010年12月26日 04:17
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。