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「戦争03」

「ん……」

Aは目を開けた。一瞬どこだか分からなかった。しかし、身じろぎをして、身体に走る
痛み。上体を起こし、周りに配置された無機質なパイプベッドに横たわる5人のけが人と自分に
Aはどこであるかを理解した。

(ここは病院だ)

Aは今まで起こった出来事を思い出した。班長が死んだこと。命からがら後方に逃げて、
また戦わされたこと。

(私……あんなに弱かったんだ)

AはBに泣きついたことを思った。泣いた。班長が死んで悲しくてではなく、怖くて泣いた。
自分も死ぬのだと思った。班員の皆、戦闘になっても死なないと、気楽に話していたのに、
生き残ったのはAとBだけだった。

(Bに助けられたな)

Aは、胸になんとも言えない感情が渡来した。全然格好良くないB。Aの手を握って逃げるだけ
しかできないB。

(だけど、私は生き延びれた。逃げるだけで全然格好良くなかったけど、手を繋いで逃げてくれた。Bってあんなに、そう、私より強かったんだ)

Aの瞳から涙が出た。Bより自分の方が強いと思っていたA。でも蓋を開けてみれば、助けられた
のは、守られたのはAの方だった。



(そういえばBは)

Aはベッド脇にあったナースコールのボタンを迷わず押した。

(しばらくすれば看護師がくる。そうすれば、Bのことが聞けるはずだ。私達の後ろの建築材が
落ちてきた時、確かBに突き飛ばされたんだ。それから気を失って。ここまで、Bが運んでくれた
ってことだよね)

看護師が来るまでぼうっと考えるA。

(あーどうしよう。安全な場所まで来れちゃった。戦場だと何も考えずBに甘えてたけど、今考えるとめちゃハズイ。……このままBの彼女になっちゃおうかな)

Aは自分の思いつき、ではなく10日間の戦場で苛烈に内で生まれた思いを実現したい。

Bが好き。愛しい。守ってくれてありがとう。何でもしたい。何でもして欲しい。

Aはその思いを、Bに告げたい。

(Bはどうせ童貞だしね。私の身体で童貞卒業させてあげよう)

にしし、と笑みが溢れるA。Bと再会するのを待ち遠しく感じるAだった。

30歳手前の女性の看護師がAの元へとやってきて、簡単な質疑応答を行った。意識がはっきりと
しているか、自分が誰か、気絶前の状況を覚えているか。事務的なそれらを終えた後、
Aは看護師に尋ねた。

「あの、私を運んだのはだれですか」

「それはBという男性です。……ああそうか。ちょっと待っていてください」




看護師は手に持っているPHSで連絡を取る。Aが起きたので見てもらえないかセンターに問い
合わせたようだ。PHSからそうしてくださいとの連絡が聞こえ、看護師がAを見つめた。

「それではAさん。動けますか」

「あ、はい。ちょっと身体が痛いですけど大丈夫です」

「では付いてきてもらえますか」

足元にあったスリッパを履き、Aは看護師に続いて歩きだした。Bに会える。その思いがAの
胸中を占めていた。

看護師と連れ立って歩き、『診察室』とプレートが掲げられたドアの前にたどり着いた。

「Aさん入ります」

中からどうぞと声がかかり、看護師とAは中へと入った。

『診察室』には白髪が入ったおじさんの医者がいた。椅子に座って、こちらを見つめている。
看護師はその先生の前にAを連れていき、部屋の奥にある別室への扉の中へ引っ込んだ。

「君がAさんだね」

「はい、そうです」

「身体の方は擦り傷が大分あるけど、一応消毒しておいたから。骨にも以上はないみたいだから
何か問題があったら言ってもらえたら。化膿止めと抗生物質を出しておくからそれを数日は
飲んでて」

「はい」



「2日間は寝ていたベッドで休んでもらっていいからね。その後はまた軍の方に行ってもらう
ことになるよ」

「はい」

「それで……君をここまで運んだB君だけどね」

Aの怪我処置と今後の予定を話してくれた目の前の医者は、言い辛い事を話すのに語尾を濁らせた。
Aはもう、この医者が何を言うのかが分かった。

「B君はね、前線に出たトラックに辿りついたのだけど、ここ(病院)に辿りついた時は
手遅れでね。内臓の損傷が激しく、血を失いすぎていたんだ。私達も手を尽くした。でも、
昨日の23時46分にお亡くなりなった」

Aの頭は真っ白になった。何も考えられなくなる。

「遺体の方は軍が引きとっていってね。戦死者は合同で火葬するらしい。遺留品については
身内、もしくは親しい人が引きとってもいいらしい」

「B君はもう近しい身内がお亡くなりなっている。親しい人と言うと君ということになってね。
よければ遺留品を受け取ってくれると嬉しいのだが」

そうでなければ廃棄に回されるからね。無表情に淡々と告げる医者を、Aは無性に腹が立った。

「はい、受け取ります」

「そうかい。ではこれを受け取ってくれたまえ」

医者は手元の机に置いてある手帳と安物のボールペンをこちらに差し出した。






「これだけ、ですか」

「うん、身につけていたのはこれだけみたいだ。衣服は血がべっとりとついていて、処分した。
前線の訓練施設の方にはまだあるだろうけど、取りに行けないからね」

まったく、支那人達の勢いは怖いね。医者はぼやきながらAに手帳とボールペンを渡した。

「確かに渡したよ。君は元の場所に戻ってそれを読むといい。心の整理をつけるといい。
この街も、いずれは戦場になるのだから」

医者はそう告げ、手元のカルテに何かを書き、次の患者を呼ぶのだった。

終わり
最終更新:2010年12月12日 17:04
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