元の病室へと歩き、ベッドに入ったA。手にはBの手帳とボールペンが。Aはベッドの縁に
上体を預けながら、手帳とボールペンを見つめた。
しばし、そのまま手帳とボールペンを見つめ続けるA。胸が張り裂けそうだ。
Aは手帳を開き、何が書いているか見てみる。日記だ。訓練が始まってからの日記が、
散発的に書かれている。
2月の初め
徴兵されて訓練施設に連れてこられた。同じクラスのAと一緒の班になった。あいつキツイから
苦手なんだよな。顔は美人だけど。班長の自衛隊員マジで身体ゴツい。
(キツくて悪いわね)
5月のある日
訓練施設に来てから3ヶ月が過ぎた。とても苦しかった体力作りだが、意外となんとかなるもんだ。
6月の事件
班長とAがセックスをやってるのを見てしまった。マジ自重しろよ。オレ覗いてて射精しちまった。
情けねぇ。
(……バレてたんだ)
Aは班長と付き合ってたのを知られていないと思っていたけど、そんなことはなかったらしい。
(気まずい。それになんであいつは私を守ったのよ)
7月1日
明日あたりに中国人が攻めて来る。マジで緊張する。
7月5日
死ぬ。マジで死ぬ。これが遺書になりそう。リーダーが回ってきた。オレには無理だ。でも
やらないと。Aを連れて逃げ回る。逃げるしかない。オレみたいなガキがどうこうできる場所
じゃない。なんで戦場にいんだよ。くそ。
7月6日
班員が3人死んだ。マジやべえ。オレが殺した。指示ミスった。ミスるよな。なんでもっと
スゴイ奴が班長やんねえんだよ。くそ。くそ。
7月7日
あーまじくそくそくそ。ドウテイで死ぬわマジで。Aとやるか?こんな戦場でできるか、アホか
オレは。
7月9日
戦線崩壊する。オレたちの街守れんかった。くそ。Aを連れて逃げる。オレ何してんだろうか。
ホレられてもない女連れて逃げるとかアホか。オレは女守るような男じゃないのに。くそ。
日記は終わった。手帳の半分も使われていない。書きなぐったような文が綴られている。
「ひぐっ、ひぐっ、ううっ」
Aは泣いた。涙を流して泣いた。悲しくて泣いた。Bがすごかった。辛いことは全部ここ(手帳)
に吐き出してる。歯を食いしばって頑張っている。
「私は、私は、ひぐっ。ううっ。ううううう」
Aは幼稚園児のように、顔をくしゃくしゃにして泣く。
「こんなに、こんなの、ひぐっ、ひぐっ。うわあああああああっ」
Aは泣いた。ボタボタと涙が布団に落ちる。無性に悲しい。BがAをどう考えているのか分かる。
生きたい。生きたい。自分は何もしてない。遊んでない。セックスしてない。女に愛されたこと
がない。人を愛したことがない。人に愛されたことがない。
でも死んだ。死んだんだ。
「ひぐっ、ああああ、ひぐっ、あああああああ」
Aは悲しくて泣き続けた。
泣くこともいずれは止まる。同室の人がこちらを見るが、何も言わない。便乗して、つられて
泣く人がいる。悲しいことがあるのだろう。辛いのだろう。泣いて、泣いて楽になる。
「ひぐっ、B、ごめん、ごめん」
Aは謝る。Bに謝る。
「馬鹿にしててごめん。好きじゃなくてごめん。気絶してごめん」
もういない人に謝る。意味がなく、届かないが、人は自分のために、死者に言葉をかける。
「今は好き。Bが好き。B、B」
戦場から戻り、傷ついていたとしても、何日か後にはまた戦わなければならない。まだ、日本
は戦うだろう。どこまで戦うのか。中国に屈するのか。それとも逆転するのか。加速度的に
悪くなる状況が、どうなるのか。
戦場から戻り、傷ついていたとしても、何日か後にはまた戦わなければならない。まだ、日本
は戦うだろう。どこまで戦うのか。中国に屈するのか。それとも逆転するのか。加速度的に
悪くなる状況が、どうなるのか。
「B、B」
戦後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は全兵の6割に上った。これらは、若年層の心ができ
あがっていない状況で、過酷な戦場を巡らされたためだと言われる。その患者たちを受け入れた
国が、日本であっただろうか。
(完)
最終更新:2010年12月12日 17:05