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京太郎「……おっす」

穏乃「ん、おはよう」


 あれからどことなく、穏乃との距離感が掴みづらい。

 彼女の存在を初めて知ったのはインターハイの決勝戦。

 そのときは、和の古い友人とは知らなかった。

 それから、和が夏休みのその後で高鴨穏乃たちの元に遊びに行っていることを聞いた。

 (楽しそうでよかったな)とか(また会えてよかったな)と、思ったぐらい。

 それ以上特に、追求しようとは思わなかった。

 和とは、そこまで仲が良いわけではないのだ。

 同じ部活の部員同士。それ以上のことは思われてはないのだろう。残念ながら。

 まあ、昼飯に混ざっても嫌がられない程度には、嫌われてはないはずである。


 閑話休題。

 須賀京太郎と高鴨穏乃が出会ったのは、1年生の冬休みだ。

 そのときはすっかり、穏乃の顔など忘れていた。

 自分に関わらない人間に対しては、そうなっても不思議ではないはずだ。

 ちなみに、他の面子の顔も思い出せない。

 確か中々スタイルが良い人や、健気そうな人や、何か遊んでそうなお洒落な娘がいたなという認識である。

 故に、穏乃が彼女の部活の話題をあげても、念仏のように印象に残らない。

 一旦は紹介してくれるという話が出たが、冬休みということもあり、皆実家の手伝いで忙しい。

 わざわざそこに飛び込むというのは気が引けた。

 だから未だに、穏乃の話に上がる人たちの顔は判らない。名前だって曖昧だ。

 インターハイの映像を確認すれば直ぐなのだろうが、

 それをしないあたり、割れながらどこか几帳面でない適当な人間性が現れていると思う。



 ……あ。


 訂正しよう。

 新子憧は、ちゃんと覚えた。

 その例の、お洒落な印象を受けた娘だ。


 「遊んでそうな」という形容詞が抜けたのは、本人がまるで男が苦手だったから。

 穏乃の紹介で出会ったときは、まず穏乃の後ろに隠れ、

 次にハッとして穏乃を連れて走り出し、向こうで何やら言い合って、

 それからようやく、自己紹介をしてくれた。

 暫くは露骨に避けられ、メールでしか会話をしてくれず、

 こっちをやたらと睨み付けるものなのに、視線を向けたら身動ぎして目線を反らずなんてことをする始末。

 正直将来が心配でならない。

 なんでも、それまで穏乃とセットで元気枠……あんまり女っぽく思われてなかったのに、

 中学に入ったら入ったで、やたらと女として見られてそんな風に扱われるようになったから、とか。

 まあ、大変だなとは思う。

 頑張って欲しい。


 向こうはそれで不便な生活を送っているのかも知れないが、

 自分――須賀京太郎にとっては、そこまで不便なものではない。

 とりあえずは、不都合はない。

 今は辛うじて、3メートル圏内まで入ってくれるようになった。

 メールの返信は、普通にしてくれる。

 それで色々と、メールで相談に乗って貰っている。

 恩があるから、いつか返してやろうとは思う。「いらない」と言われること請け合いだが。


 ……さて、なんの話だったか。

 高鴨穏乃との出会いは、さっきも言ったように冬だ。

 両親が出雲に行くというのでくっついてきて、その帰り。

 島根の父と長野の母は、中間点の京都で出会ったそうだ。

 故に、長男の名前を――京都にちなんで京太郎と名付けたとか、

 正直、「名前の由来を調べよう」という宿題が出された小学生ぐらいしか、

 特段の関心や興味を示さないことを、散々聞かされたものだ。


 ……で、この両親。

 冬休み、実家に3日ほど戻ったと思ったら、京都に行きました。

 「よーし、パパ。有給休暇使っちゃうぞー」とか、アホかと。

 なんでも、結婚何周年かなんかで、当時を振り返ったデートがしたいらしい。

 そんなこんなで京都まで来ながら、京太郎は一人放り出された。

 しかも、溜まりに溜まった有給休暇を消化である。高校生並みの休暇である。

 必然的に京太郎まで、こちらに留まらざるを得ない。冬休み終了ぎりぎりまで。


 ……なお、カピバラについては本当に申し訳ない。

 事情を話したら、知り合いの執事の方が面倒を見てくれると、申し出てくれた。

 ありがたいが、やはり申し訳ない。執事さんに対しても、カピバラに対しても。

 寂しくしてないといいなと、思った。

 あと、向こうの執事さんになつき過ぎないといいとも思った。

 そんな風に見捨てられて離れられるのは、勘弁である。


 ……で。

 初めは中学の時以来の京都を楽しもうと考えたが、どうにも両親と遭遇する。

 はっきり言って、げんなりした。

 そんなわけで、父親から金を巻き上げて奈良の方に足を運んだのである。

 そのとき、「俺にとっての母さんみたいな人を見付けろよ」とか、

 「これでお前に息子ができたら良太郎だな」とか、煩かった。

 ……まあ、そんな両親の関係に憧れるというのは恥ずかしいから内緒だ。

 ついでにまあ、父親秘蔵のセーラー服の載った写真集のことも内緒にしてやろう。

 そう言ったら、もっと小遣いをくれた。やったぜ。


 まず、例によって東大寺を見た。ホテルも近くにした。

 それからタクシーや電車や足を駆使し、市内を回る。

 京都に比べたら、名前が「京都・奈良」と並べられる割に非常に静かである。

 有り体に言うと田舎である。

 ……と、長野の田舎者が言ってみるものである。


 それで、石上神社や大神神社を廻る。

 どっちも奈良市内からはクッソ遠かった。疲れたと言っておこう。

 それから、山が見たいと思った。

 やはり長野の田舎者であるのだ。山が恋しくなった。

 どこにするかと考えて――ああ、吉野があるかと思い至る。

 桜も凄いって聞くし、何よりも行く機会が殆どない。

 都落ちの地と言われるだけあって、奈良市内よりかなり遠い。

 京都や奈良への修学旅行では、まず間違いなく吉野へは向かうまい。

 時間はあるのだ。

 折角だから、吉野を見ようと思った。


 ……で。

 桜はなかった。冬なので当然である。

 或いは嶺上開花でもかましてくれたら、桜もプレッシャーに負けて、咲きはしないか。

 なんて、咲のことを考えていたときだ。


穏乃『う、おおおおあああああ――ああ――って、危なぁぁあ!?』


 猛烈に迫る謎の影に、弾き飛ばされそうになったのは。

 見たら、小柄なポニーテールの少女であった。

 なんでも何か、失しものをしたらしく、それを探していたらしい。


 ……まあ、これも何かの縁かなと思ったので付き合うことにした。

 あと、困ってる女の子を一人にするなんてのは、男のやることじゃあなかった。

 そうして失せ物を探している間に……彼女が麻雀を打つこと、自分と同じ一年生であることを知った。

 特に後者は驚きだ。

 和のような人間もいるというのに、一方で咲や目の前の少女のような人間もいる。

 不憫であった。残念であった。無惨であった。


 まあ、乳房の大きさがまるで範囲外だからといって急に対応を変えるほど、

 京太郎はグズでも、ある種突き抜けた変態でもない。

 そのまま普通に彼女を手伝い、失せ物を見付けた。


 そののち。

 それが 原村和からのプレゼントであること。

 暫く離れていたけど、今ではそれなりに連絡をとっていること。

 小学生から、中学の前半部の原村和を知っていることを、聞いた。


穏乃『こんなところで、和の知り合いに会うなんて凄い偶然だね!』


 そんな風に笑いかける彼女目掛けて、

 たった今言われたばかりの「なんでもお礼をするよ」という言葉の権利を、すぐさま切った。

 和について教えてくださいと、頭を下げた。

 京太郎の申し出に若干戸惑いの浮かべた穏乃であったが、


穏乃『あ、も、もしかして……和に恋してるって奴?』

穏乃『ふ、ふーん……なるほどなー。初恋かー』

穏乃『うぇへへ……い、言ったこっちが、恥ずかしくなってきたよ』

穏乃『……うん、なら手伝ってあげるよ!』


 ……と、すぐさま快諾してくれた。

 こうして、京太郎は高鴨穏乃と知り合ったのである。

 なお、和が穏乃に話した話題に、京太郎の京の字もなかったことに、

 その日、静かに枕を濡らしたのはいうまでもないだろう。


 ……で。


穏乃『それじゃあ、須賀さんの為にもこのことはさ――』

穏乃『麻雀部のみんなには、内緒だよね!』


 それから、今に至る。

 冬休みいっぱいを使い倒し、遥々春休み――今もこうして、遊びに託つけて話している。



京太郎「……」

穏乃「……」


 互いに無言である。無言であった。

 さて、去年の冬休み――つまり高校1年のときに、二人は出会った。

 ついでにいうと、新子憧とも出会った。

 この関係は、三人の内に留められている。

 というのも実に単純である。

 山登りだ川遊びだサッカーだ映画館だ……と、色々と交流を重ねてみたものの、

 この交流が始まったそもそもの理由が、京太郎の恋愛相談――原村和について――であるから。

 畢竟、原村和に打ち明けられる訳がない。

 然らば、彼女の友人である片岡優希と宮永咲もアウト。

 清澄勢、壊滅である。


 では、阿知賀はどうなるか。

 松実宥(顔が思い出せない)はプロとなってしまっており、忙しいので除外。

 松実玄(同じく)は、和に隠し通せるとは到底思えない(by新子憧)のでアウト。

 鷺森灼(同上)は信用できるけど、部長業で大変だろうし、

 須賀京太郎とかいう長野の片田舎の金髪で不良に間違われる少年には興味なさそうなので、除外。

 ちなみにこの不良に間違われるというのは、マジだ。

 新子憧がこの関係に割り込んだのも、その辺りに起因する。

 正直パンキッシュという点においては、もっとエキセントリックな頭髪色が存在するが、

 日本人の髪の色が黒髪であるとは決まっていない、というか地毛が様々ある以上、

 別にピンクだろうが緑だろうが紫だろうがオレンジだらうが、皆なんとも思わない。

 血液型みたいなものである。

 実際、頭髪占いというのもある。

 ではなぜ、金髪があんまりな扱いを受けるか。

 要するに、B型やAB型に対する印象と、同じであった。


 加えて言うのであれば。

 不良となる人間が、わざわざ髪の毛を金色に染める割合が非常に高い。

 雀蜂の警戒色みたいなものなのだろうか。知らんけど。

 着色技術が未発達な以前や、色分けが面倒だった昔の漫画で、

 解りやすく特徴付けする為に、不良などのある種アウトローを金髪にしていて、

 フィクション経由で、いつの間にかそんな認識が広まってしまったという説もある。


 ……まあ。

 とにかく、色々な理由で、『金髪=頭が軽そう+不良が好む』という観念から、

 須賀京太郎は、チャラ男だとかヤンキーに誤解されるのだ。Q.E.D.


 で、本題に戻ろう。

 異性に無警戒な高鴨穏乃が金髪の不良に騙されているのではないかと、そう考えた新子憧は、

 ありったけの勇気とちょっぴりの好奇心(むっつり)で、京太郎と穏乃の仲に割り入った。

 で、三人以外はこの関係を知らない。漏れてない。



 ちなみに京太郎と穏乃の繋がりの理由を聞いたときの憧は、

 自分の身体を抱き締めながら顔を真っ赤に吊り目を更に強調して、

 やっぱり男はケダモノだと言わんばかりに、毛を逆立てる猫がごとき警戒心を露にしながらも、

 恋愛というネタに対する多大な好奇心を隠し切れずにいた。


 こいつ、男に無理に迫られたら本当は嫌なのに断り切れないだろうな。

 なんて、他人事ながら京太郎は軽くその将来へと不安を抱いた。

 高鴨穏乃より、よっぽど危ないんじゃないだろうか。


 閑話休題。何度目だ。


 で、その新子憧はここにはいない。

 春休み、桜のシーズンということで阿知賀――吉野を訪れる観光客は多い。

 普段は手伝わないそうなのだが、急遽実家のヘルプに入っていた。

 松実玄、鷺森灼についても忙しさは同様。

 本来ならば、和菓子屋(土産屋)の娘である高鴨穏乃とてそうなのだろうが……。

 親御さんが、笑って送り出してくれたそうだ。

 年頃の娘が同い年の男と遊ぶんだから、もっと警戒してもいいんじゃないかな……親御さん。



 ……で。

 何故こうも長々と脇道ばかりの話を続けたのか。

 それは、須賀京太郎の緊張の現れだと思って欲しい。


京太郎「……今日は、さ」

京太郎「確か……お気に入りの桜の見える場所を教えてくれるんだよな?」

京太郎「前から――かーなーり前から、約束してた」

京太郎「そうだよな、穏乃」

穏乃「……っ」

穏乃「そ、そうだよ?」

穏乃「あ、アハハ……ゴメンね。ちょっと私も、忙しくて」

穏乃「きょ、今日は……その、約束だったからね」

穏乃「いや、その……あの、本当にごめん」

穏乃「ちょ……ちょっと、家の手伝いが忙しかったんだ」

穏乃「だからちょっと、遊べなかったって言うか……その」

穏乃「あ、あはは……ゴメンね?」


 たどたどしく言葉を切りながら、伺うような上目遣いをする穏乃。

 それまで何処と無く目線を反らされていたが故に、尚更これの破壊力は大きい。

 ちなみに今、ジャージだ。

 下はらスカートだ。阿知賀女学院の。

 きっと他に、スカートを持っていなかったのであろうことが窺い知れる。


 上滑りする乾いた笑いを浮かべる穏乃を見ながら、京太郎は思う。

 なんだよこれ。上ジャージ、下スカートとか反則じゃねえか。

 正直、京太郎としても改めて穏乃を意識せざるを得ない。

 本人に羞恥溢れる様を見ていると、眺めている側にもそれは伝染する。



 前回の一件。

 高鴨穏乃が、ジャージの代わりに丈が眺めなパーカーを。

 その下にスパッツを履いてきた一件から、明らかに彼女は京太郎を異性として認識していた。

 それは、京太郎にもはっきりと判った。

 ……いや。それ以前から、そうなっていたのだろう。京太郎が気付いたのがその時なだけで。

 どこか、避けられてるような気がしたのだ。

 あれほどされていた無邪気なスキンシップも、控えられるばかりか拒絶される始末。

 挙げ句――そんなスパッツ事件以来。

 会うことさえ、避けられていた。


 こうして今日、穏乃がここにいるのは……。

 京太郎が憧に、「穏乃との約束を非常に楽しみにしていた」と、それとなく伝えて欲しいと頼んだから。

 だから、穏乃はここに来ていた。

 それがなければ、居なかったんじゃないかとも思える。


京太郎「……」

穏乃「……」


 二人の間に、微妙な沈黙が訪れる。

 違和感という名の小石を挟んでしまった歯車は、上手く回らないのだ。

 最初が円滑だった故に、殊更その蟠りは大きく見える。

 やがて、沈黙を耐えかねた穏乃が、おずおずと口を開く。

 何とか間を持たせようとしている風にも、感じられる。


穏乃「え、えっとね……?」

穏乃「あの……その、今日は……さ」

穏乃「あの……」

穏乃「綺麗だから……えっとその、京太郎も、気に入ってくれると」

穏乃「気に入ってくれると……」

穏乃「気に入ってくれると、その、嬉しいなって」

穏乃「アハハ、ハハ……」

     ・
     ・
     ・

 互いに無言で、山を歩く。

 富士山などのように、観光客向けに整備されていない為か、その道は険しい。

 標高は、たかが知れている。

 が、足元に草が生い茂っていたり、木の根が群れていたり、急斜面があったりと中々にハードな道だ。

 なるほど。

 かつては修験道と言われていたのも、頷ける。


 京太郎は、高鴨穏乃からの山登りの『LESSON』を胸に土を踏み締める。

 穏乃はやはり師匠。脚馴れたもので、山道を躊躇なく登っていく。

 流石は穏乃だと、息を上げながら京太郎は漏らす。


京太郎「なあ、穏乃」

穏乃「……っ」

穏乃「な、何……?」


 京太郎に名前を呼ばれると。

 目に見えて、穏乃の身体が硬直する。

 ……先ほどは危なげなくと言ったが。

 やはりこれは、危なっかしいのではないだろうか。


 彼女の言っていた――『LESSON4』に引っ掛かる。

 今の様子で思ったが、彼女には……山への『敬意』が足りていない。

 京太郎の気のせいでないなら、注意力が散漫しているに等しい。

 『敬意』とは、『敬うこと』と『意識をすること』だ。

 山への『敬意』を持てば人は意識し、慎重になる。

 臆病と呼ばれるほどに怯えるのはまた異なるが――。

 恐怖を忘れずにいることは重要であるのだ。


 山は近しく感じられても、その内に危険を潜ませている。

 本来ならそこは、人里や里山を離れたそこは……異界であり、境界であるから。

 故の『LESSON4』。故の『山への敬意』。


 穏乃は明らかに、いつもより注意を欠いていた。


京太郎「……調子悪いなら」

京太郎「やっぱり、やめるか? そこに行くのは」



穏乃「――嫌だ!」



 あまりにストレートな大声に、京太郎は身を竦ませた。

 明確なる穏乃の拒絶。強固な意思。

 思えば彼女と出会って半年ほどであるが、このような表情を見るのは初めて――のような気がする。

 気圧されたというよりは……。

 ただ純粋に、驚いた。


 だけれども――穏乃は、違った。


穏乃「……あ」

穏乃「いや、違……っ」

穏乃「これは……あの……」

穏乃「わ、私……」

京太郎「……おい、穏乃」

京太郎「落ち着け。とにかく、落ち着けよ」

穏乃「きょ、京太郎と遊びたくて……」

穏乃「じゃなくて、京太郎は和のことが好きで……」

穏乃「私、私……」

京太郎「落ち着けって」

京太郎「深呼吸して、冷静になれ――」


 そう、声をかけながら手を伸ばした、その時だ。

 穏乃は、身を固くした。明らかに何かに怯えた。

 そのまま、後退りをして――


穏乃「あっ」


 足を、踏み外した。



京太郎「――ッ」


 瞬間、勢いよく地を蹴った。

 雑用他と、穏乃との山登りやそのための特訓で鍛えた両足の力をフルに活用する。

 普通ならば後が崩れているならば、落ちまいと勢いを殺すだろう。

 だがそれでは、穏乃を掴めない。

 だから京太郎は加速した。穏乃を拾えるギリギリの速度――ではなく。

 更に、それ以上に。

 そのまま、穏乃の身体を抱き抱えて、跳んだ。

 どちらにしても、彼女を掴むために出した速度では、二人一緒に落下するから。

 京太郎は、敢えて跳び――


京太郎(そこ、だ――!)


 崩れた急斜面の傾斜の先の、樹幹を蹴りつけた反動で舞い戻る。

 勢いがあったから。穏乃が軽かったから。彼女と鍛えていたから。

 だからこんな、スタントじみたアクションは成功した。


京太郎「――ぶはっ」


京太郎(危な、かった……)

京太郎(なんで俺はほのぼのと遊ぼうとしてんのに、こんなバトル紛いのシリアスなことしてんだ?)

京太郎(わっかんねー)

京太郎(穏乃とほのぼのいつも通りに過ごしたいのに、なんだこりゃ)

京太郎(……ったく)


穏乃「ご、ごめん……」

穏乃「私のせいで……ごめん」

京太郎「……全くだ」

京太郎「お前のせいで、俺の大事な友達の女の子が怪我するところだった」

京太郎「反省しろ。マジで」

京太郎「お前が教えてくれたこと、お前ができなくてどうすんだよ」

穏乃「……うん」


 しゅんと、俯き加減になる穏乃。

 さっきから思ってるが、誰だこりゃ。

 知ってる穏乃と違いすぎる。

 顔が濡れたアンパ○マンより酷い。元気が無さすぎる。


穏乃「あっ、痛……ッ」

京太郎「……訂正」

京太郎「その女の子、怪我してたわ」

京太郎「足か? 見せろよ」

穏乃「や、ちょ……」

京太郎「大人しくしろ。舌入れてキスするぞ、コラ」


 穏乃の腰を下ろさせて、その足をとる。

 どこからあの脚力が産み出されるのか判らない、柔らかい白い足。

 肉付きが良い訳ではない。脂肪はあまり乗っていない。

 でも、しなやかな軟らかさを孕んだ太股。

 体躯から考えるなら普通だから――一般的からは、細いものだろう。

 なのに、筋張った感じはしない。

 指が沈むくらいに、柔和で柔軟な白い脹ら脛。

 陶磁がごとき滑らかで決め細かな肌を持ちながらも、どこか力に満ちている。

 一瞬手当てを忘れるほどのものが、そこにはあった。

 彼女の顔を見上げようとすれば、そんな二本の足の付け根までを視線がなぞる。

 顔を真っ赤にした穏乃が、スカートを必死に押さえていた。


穏乃「きょ、京太郎……」

穏乃「や、これ、恥ずかしい……っ」

穏乃「恥ずかしいって……!」

京太郎「……」

京太郎「我慢しろ。手当てが終わるまで」

京太郎「足捻ってるんだから、仕方ないだろ」

穏乃「ううぅ……」


穏乃「……」

京太郎「……」

穏乃「……きょ、京太郎」

京太郎「……」

穏乃「あ、あのさ」

京太郎「……」

穏乃「もしかして、怒ってたりする……?」

京太郎「……『怒ってたり』ィ?」

京太郎「……あのな」

京太郎「激おこプンプン丸だっつーの、馬鹿!」

穏乃「あ、痛たぁ!?」


 一応用意していたバンデージテープと包帯で、応急措置を完了。

 そのまま穏乃の頭にチョップをかます。


京太郎「……あのなぁ」

京太郎「俺が間に合わなかったら、お前怪我してたんだぞ?」

京太郎「そんなん、怒らないわけねーだろ」

穏乃「……うん」

京太郎「山に来てんのに注意力はないし……」

京太郎「なんだかそわそわそわそわ、黙られると居心地悪いし」

京太郎「で、あれからなんつーかやたら避けやがってたし」

京太郎「怒る要素しか、ないじゃねーかん」

穏乃「ないじゃねー『かん』?」

京太郎「……噛んだんだって。流せっつーの」

京太郎「それぐらい、内心バックバクなんだってば」

穏乃「……うん」


京太郎「……ったく、もう」

京太郎「俺も楽しみだったけど……帰るぞ」

穏乃「えっ」

京太郎「『えっ』……じゃないだろ?」

京太郎「足捻ったお前を連れて、普段お前が通ってる路を通れるか」

京太郎「安静にしとけよ」

京太郎「この分じゃあ、筋も痛めてないだらし……」

京太郎「よっぽど酷くてもまあ、春休みが終わるより先には治るんじゃねーの?」

京太郎「大人しく、してりゃあさ」

穏乃「……」

京太郎「……んな顔、すんなよ」

京太郎「起こっちまったことはさ、しょうがねーだろ?」

京太郎「次は、気を付けりゃあいいっての」

京太郎「お前が、笑顔で居ろって言ったんだろ?」


 俯いた頭をワシャワシャと、掻き撫でる。

 今度ばかりは流石に抵抗はなく、されるがままになる穏乃。

 ……いつもと違うと言うなら。

 髪から伝わる穏乃の体に、力がないというくらいか。 

 流石にこの状態では、穏乃と言えども登山は辛い。

 大人しく、諦めざるを得ないだろう。

 運がよければ、こっちにいる間にまた登る機会がある。

 なけりゃあ――確かに残念だけど、穏乃が無事でいればそれでいい。

 そう、考えた。

 別にこれっきりじゃないんだから仕方ないものは仕方ないのだ。

 それよりは、穏乃の身体が心配なのだ。


 そんなつもりで言ったのに――。


京太郎「だから、戻るぞ」

穏乃「……」

京太郎「な?」

京太郎「今回は、縁がなかったんだよ」

京太郎「諦めろ。んで、気にすんな」

京太郎「山の天気と同じよーなもんだ」

京太郎「そーいう時もあるって」


 ――だというのに。


穏乃「……」

穏乃「ふ、ぐっ……!」

穏乃「う、ふぐっ……!」

穏乃「うぅ、ひっ……ぐう、う……っ」

穏乃「う、うぇえ……っ」


 穏乃は――泣き出してしまった。


京太郎「ちょっ、お前……」

京太郎「な、泣くほどのことかよ……!」

京太郎「なあ、おい」


 流石に、快活で涙などとは無縁に思われた少女の号泣を前に、

 冷静さを保っていられるほど、京太郎は大人ではなかった。

 宥める方法も、碌に判らない。

 ただ必死に、問いかけるしか術を持たない。

 対する穏乃は、顔を真っ赤にして……。

 ブンブンと、首を振る。

 馬の尾のように纏められた長髪と、涙の軌跡が半円を描いた。


 慌てる京太郎と、声を上げる穏乃。

 やがて、大粒の涙を溢しながら、穏乃は言う。

 鼻を啜りながら、袖口で必死に涙を拭いながらの言葉であった。


穏乃「ちが、違う……んだって……!」

穏乃「京太郎と会うと……なんか、嬉しくて、恥ずかしくて」

穏乃「和の話してたりっ、向こうの話されたら、苦しくなって……!」

穏乃「でもっ……!」

穏乃「もう、和についても……」

穏乃「教えられること、ほとんどっ……なく、てっ……!」

穏乃「そうしたら、もう、京太郎と……会うこと、ない……んだって」

穏乃「そう、思ったら」

穏乃「なんか、悲しく……なって!」

穏乃「胸、痛くて……っ」

穏乃「辛くて……っ、苦しくなって……っ」

穏乃「もう、頭の中ぐちゃぐちゃになって……」

穏乃「こんなの初めて、で……っ」

穏乃「どうしたらっ、いいのか……! 私がどうなってるのか……」

穏乃「どう……なっちゃう、のか……」

穏乃「もう、判ら……なくて……っ」

穏乃「訳、判んなくなっちゃったんだよぉ……!」



 京太郎を困らせたくない。

 そう彼女は、続けて漏らした。

 だけど、思えば思うだけ、溢れる泪に歯止めが効かなくなる。

 しゃくり上げて、ジャージの袖の色を濃くしていく。



 やれやれと、京太郎は息を漏らした。

 知ってか知らずか、穏乃が今行ったのは告白に等しい。

 流石にそんな直接的な言葉をぶつけられても黙殺できるほど、京太郎は鈍感でもなければ薄情でもない。

 深い息を湛えて、


京太郎「……穏乃」

穏乃「な、に……?」

京太郎「――バカか、お前」


 デコピンを一発、高鴨穏乃に見舞った。


穏乃「痛っ」

京太郎「痛くしたんだから、当たり前だろ」

穏乃「なん、で……っ」

京太郎「『なんで』ェ?」

京太郎「お前が馬鹿だからだっつーの」

穏乃「馬鹿って……!」

京太郎「馬鹿だろ」

京太郎「泣いたこととか、避けてくれてたことは割りとどーでもいい」

穏乃「どーでもいい、って……」

京太郎「どうでもいいんだよ、どうでも」

京太郎「……いや、どうでもよくはないけどさ。とりあえず、置いとく」

穏乃「でも……っ」

京太郎「……いいから聞け」


京太郎「『和についてもう教えられなくなる』」

京太郎「『だから京太郎と会えなくなる』」

京太郎「……あのなぁ」

京太郎「お前、俺のことどんな奴だと思ってんだよ」

京太郎「彼女できたら、『ハイそーですか』『僕は幸せです』って」

京太郎「聞くだけ聞いたら、『実に助かったぜ』『サンキューフォーエバー』って」

京太郎「そんな風に、それまでの人間関係ほっぽって……後ろ足で砂かける」

京太郎「そんな人間だって、思ってたのか?」

穏乃「違、う……けど」

穏乃「怖くて……不安、で」

京太郎「……」

京太郎「……ああ、確かに俺も悪かった」

京太郎「お前の女の子の部分、判ってなかった」

京太郎「……そりゃあ、不安にもなるよな。訳判んないんだもんな」

穏乃「……う、ん」


京太郎「……でもさぁ」

京太郎「メールで済む話題を、わざわざこっちに来てまでする……って」

京太郎「途中からほとんど、ただ遊んでるだけだったし……」

京太郎「そういうとこ、察して欲しいっつーかなんつーか……」


 いや、無理だな……と自認する。

 恋心というものに気付かず、自分の変化に戸惑っていた穏乃に、

 そんな機微に気付けというのは、輝夜姫もびっくりな難題である。

 高鴨穏乃がどんな人間かなんて、判っていた。判りきっていたのに。

 更には……その奥の奥まで気付けなかったのは、自分が悪い。


 ……でも、まあ。

 ちょっと察して欲しいと思うのは、女々しい男心と、許して欲しい。

 京太郎とて、不安であることには変わりないのだ。

 一歩踏み出したら、この心地よい関係が崩れてしまうかもしれない。


 思春期なのだ。

 高校二年生にそこまで求められても、困る。

 小学生のようなストレートさもなけりゃあ、大人みたく巧みに振る舞えるわけでもない。

 そんな、微妙なお年頃なのだ。


穏乃「えっ……と」

京太郎「あー、もう!」

京太郎「いいか? 一度しか言わないから、よく聞けよ?」


京太郎「お前と遊んでると、スゲー楽しい」

京太郎「一緒に走り回ったり、一緒に麻雀打つのが楽しい」

京太郎「見てるとコロコロと表情が変わって、こっちも気持ちが上向きになる」

京太郎「美味いもの食べたときの、幸せそうな顔見ると嬉しい」

京太郎「俺のことを、自分のこと以上に喜んでくれるお前は優しい。俺は幸せだ」

京太郎「ちっちゃい身体にある、ガッツがスゲーと思う」

京太郎「お前の前向きな顔を見てると、とにかく励まされる」

京太郎「男なのにお前に負けるのは悔しい」

京太郎「山登りで勝ったときの得意げな顔、軽くムカつく」

京太郎「それ以上に、可愛いって思う」

京太郎「正直お前のいつもの格好、心臓に悪い」

京太郎「改めてくれて、実はちょっぴりホッとしてる」

京太郎「普段は明るいお前が恥ずかしがる姿は、堪らなく可愛い」

京太郎「正直、反則的な可愛いさでやられそうになる」

京太郎「俺は、お前の『笑顔になれ』って言葉に救われた」

京太郎「まだまだ未熟だけど、なんとか笑って麻雀打っていこうと思う」

京太郎「そういうの……全部引っくるめて、だけどな」


京太郎「俺は――」





京太郎「――お前のことが、好きなんだよ!」





穏乃「――」


穏乃「へっ」

穏乃「えっ」

穏乃「ふぇっ!?」


京太郎「あー、もう」

京太郎「どうやって告白するか考えてたの、全部パァだ」


 その為に色々、憧に相談していたというのに……。

 デートプランも、破棄。

 スマートな告白台詞は、無駄。

 ロマンチックなムードなんて、ない。


 まさか、こんなムードもへったくれもない山で、

 自己嫌悪でボロ泣きしてる女の子を前にすることになるだなんて、

 全く全然完全に、予想していなかった。

 泥臭く、ただ感情をぶつけるしかできない。

 スゲー恥ずかしい。かつてないほど、赤面してると思う。


 ……まあ。

 こういうの、ある意味自分っぽいとも思うし。

 こうして一人の――大好きな女の子の泪を止められたのなら。

 悪くないんじゃないかな、って思う。

 ……顔真っ赤にはさせちまったけど。


京太郎「……ここまで、叫ばせたんだから」

京太郎「返事、聞かせろよ」


穏乃「……で、でも」

穏乃「きょ、京太郎は和のことが好きで……」

穏乃「そ、それに……」

穏乃「私、和みたいに女の子っぽくないし」

穏乃「憧みたいに、お洒落でもないし」

穏乃「あと……」

穏乃「私、皆みたいに可愛く――」


京太郎「――馬鹿たれ」

穏乃「痛たぁ……っ」


京太郎「だからな、そーいうの引っくるめたり」

京太郎「全部が全部考えた上でさ」

京太郎「それでも、お前のことが好きだって言ってんだよ」

京太郎「俺は、お前に惚れたの」

穏乃「京太郎……」

京太郎「……つーか」

京太郎「俺の惚れた女の子のこと、可愛くないとか言うな」

京太郎「……可愛いっつーの」

穏乃「う、うぇ……!?」


京太郎「ああ、くそっ!」

京太郎「二度も言わないっていうのに、言わせやがって……」

京太郎「恥ずかしいじゃねーかよ! ……もう」


京太郎「……」

穏乃「……」

穏乃「……えっと、あ、あのさ」

穏乃「その、私……さ」

穏乃「好きとか、付き合うとかよく判んなくて……」

穏乃「そういうの、女子校だし……全然身近じゃないから」

穏乃「あの、それで……」

穏乃「ちょっと、興味があって……京太郎の相談に乗ってたりして」

穏乃「人を好きになるって、こんな風な顔するんだな……って思って」

穏乃「その……」

穏乃「やっぱり……まだ、よく判んなくて」

穏乃「だから……さ」


 後半になるにつれて、どんどん言葉尻が弱々しくなっていく。

 手をもじもじ、視線を漫ろに動かしていた。

 スカートの裾をきゅっと握りしめたかと思えば。

 そわそわと、足を動かしたり。


穏乃「だからね……あの、さ」

穏乃「やっぱり……そういうの、私には難しいんだけど」

穏乃「それでも……えっと」

穏乃「その、ね……?」

穏乃「さっき、京太郎が……あう」

穏乃「私の事をどう思ってるか言ってくれて……さ」

穏乃「嬉しかったんだ」

穏乃「だって…………私も、そんな風に京太郎の事を考えてたから」

穏乃「だから、京太郎が私の事を好きだって言うなら……」

穏乃「多分この気持ちも、京太郎と同じなんだ」


穏乃「私は――」





穏乃「――京太郎のことが大好きで、一緒に居たい!」





京太郎「……つ、つまり」

京太郎「返事は……」

穏乃「えっと……」

穏乃「イエス、ってことで」


京太郎「……マジか?」

穏乃「……本当だよ?」

京太郎「……マジで?」

穏乃「……うん」

京太郎「……マジだ!」

穏乃「そう、何度も言ってるって!」


 ひゃっほぉぉぉぉぉぉおい!

 なんて叫びだしそうになって、思わずガッツポーズ。

 不肖、須賀京太郎。

 16年と1ヶ月ちょっとほどにして、ついに彼女が出来ました!

 有難う、お父さんお母さん!

 有難う、神様!

 有難う、皆!

 有難う、憧! 後でキスしてやろう!

 嘘だよ! 穏乃がいるからな! なんか奢ってやるよ!


 やったぜ。天にも昇る心地だ。

 いや、天には昇らないけどな。

 変わりに――


京太郎「よし、登るぞ。山へ」

穏乃「へっ」

穏乃「いやでもさ、私の足……」

京太郎「背負う。今の俺にはそれぐらい、情熱が溢れてるんだ」

穏乃「でも……大変だって」

京太郎「いや……」

京太郎「記念すべき日だから、穏乃とその景色を一緒に見たいんだよ」

京太郎「……駄目か?」

穏乃「……わ、私としては」

穏乃「そう言って貰えたら、その……すっごく嬉しいけど」

京太郎「なら、決まりだな。ちゃんと掴まれよ?」

穏乃「うん……」


穏乃「本当に京太郎、大丈夫?」

京太郎「任せとけって」

京太郎「さっきのアレ見てりゃ、判るだろ?」

京太郎「お前に追い付く為に、鍛えてんだ」

穏乃「……そっかぁ」

穏乃「でも、そう簡単には負けないから!」

京太郎「上っ等ッ!」

京太郎「そうじゃなきゃ、張り合いがないもんな!」

穏乃「そんなこと言ってる間に、私がぶっちぎる!」

京太郎「ハッ」

京太郎「彼女に置いてかれて、堪るかよ!」



京太郎「さーて、その場所に着いたらキスするぜー!」

穏乃「――って、えええええええええええええええええええええ!?」

穏乃「ちょ、ちょ……」

穏乃「タンマ! タンマ!」

穏乃「恥ずかしいよ! 恥ずかしいって!」

京太郎「嫌だね! 絶対にノゥ!」



京太郎「さあ、ショータイムだ――――!」

穏乃「きょ、京太郎――――!?」


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【高鴨穏乃との思い出が更新されました!】

【Gaea Memory『告白(高鴨穏乃)』を入手しました!】


※別にメモリが手に入ったから、だからどうという話でもない

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最終更新:2013年09月28日 23:44