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【ワールドイズマイン/君の知らない物語】



淡「げっ、須賀」

京太郎「『げっ』は、こっちの台詞だ。こっちの」


 果たして、偶然顔を合わせるのは何度目か。

 最早、数えるのも馬鹿らしいほどの回数である。

 単純なサイコロを使った偶然もさることながら、原子だ量子だ素粒子だと膨大な数の事象が混ざり合う実生活に於いては、

 論ずるのも愚かしいほどの稀有な事例として、偶然は発現する。

 そう。青くて裸の分裂するマンハッタン博士が感動するほど、まさに奇跡がごとき確率だ。

 それが何度も組合わさったなら――もう、どう表現したらいいか判らないレベルの奇跡である。

 知り合いの文学少女なら、『それは偶然じゃなくて運命だよ』などと嘯くであろうが、

 脳内に浮かんだ彼女のイメージにデコピンを一撃、黙らせる。


京太郎(こいつとそんな奇跡を引くんなら、それを麻雀にくれよ)


 そう思うのが、人情。

 以前のように気まずかったり、あからさまに嫌われたりしているわけではないが、

 然りとて好かれているなどとは到底言えない、そんな相手との邂逅で運を使ってしまうのは、

 この上なくやるせないものがある。運命の女神様のバカヤロー。

 嘘ですごめんなさいそんな失礼なことはいってません大好きですちょっとだけでもこっちに振り向いて下さい。


淡「なにいきなり黙りこんでんの?」

京太郎「お前の可愛さに言葉を失ってた」

淡「……。……命まで失ってみる?」

京太郎「遠慮しとく。死に方は、腹上死って決めてんだよ」


 勿論、運命の女神様の……だ。


淡「噴く上司……? コーラでも噴くの?」

京太郎「……血じゃねーのか?」

淡「なるほど! じゃあ、須賀は私で腹上死させてあげるから!」

京太郎「……それ、外では言うな。絶対言うなよ」

淡「?」

淡「私が須賀を腹上死させるとなんか不味いの?」

京太郎「死ぬだの殺すだのは、物騒だろ?」

淡「なるほどっ」


 プールでのアクシデントを思い出して、息を飲む。

 性格は子供っぽいが、身体は中々に中々であった。やわらかかった。

 いや、性格と一緒で生意気だった。うへへ。


京太郎(何考えてんだ、俺……相手は大星だ。落ち着け)


 大体、似たような感触だった新子憧のそれを思い出す。あれも事故だ。

 あれも中々だった。うへへ。

 恩人であるのにも関わらず、正直ちょっと……かなり惹かれるものがある。


京太郎(落ち着け。俺は発情期の犬か)


 やれやれと、ポップコーンに手を伸ばす。

 口に運んでみる。甘い。


淡「それ私の」

京太郎「わ、悪い……」

淡「別にいいよ。そっちので100倍は返して貰うから」

京太郎「えげつないレートじゃねえか!」

淡「うっさい。映画館だから静かにしなよ」

京太郎「なんだろうな……正論なのに、お前に言われるとすげームカつく」

淡「私はもっとムカついてますー。べーっだ」

京太郎「いい歳こいて、あっかんべーとかしてんじゃねーよ」

淡「なら、私にさせるようなことするなってのー!」

京太郎「……お前が勝手にしたんだろ」


 なんというか……こんな物言い、昔、誰かにしたような気がする。

 顎に手を当てて――ああ、と頷く。

 優希だ。片岡優希に対して、こんな物言いをしていた気がする。

 色々と懐かしいな、と灰色のスクリーンに目を落とす。

 上映まで、もう少しか。


京太郎「しかし、お前が映画を見に来るなんてな……」

淡「? どゆこと?」

京太郎「正直意外だった。こういう映画を見に来るなんてのは」

淡「……ああ。なんか、タイトルが気になって」

京太郎「『俺の妹が中二病で友達が少ないのはどう考えても魔王さまが悪いけど』」

京太郎「『モテモテの俺は出会いを求めて就職しましたら修羅場すぎてやはりまちがってるけど関係ないよね』」

京太郎「訳が判らん長さだよな」

淡「ねー」


淡(んーと)

淡(ところで……“噴く上司”って、別に死ぬとか殺すとか入ってないよね?)

淡(きょーたろーは、血を噴くって言ってたけど……うーん)

淡(ま、いっか)

淡(外で言わなきゃいいだけだしさ! うん!)


淡「だから、逆に気になって見に来ちゃってさー」

京太郎「……そういう策略なのかもな」

淡「ずっこいなー。ずっこいやつらー」

京太郎「騙される方が悪いんじゃねーか?」

淡「なんかそれ、犯罪者っぽい!」

京太郎「事実だろーが」

淡「この犯罪者! ちかん! きょーせーわいせつはん! ごーかんま!」

京太郎「事実って、そっちじゃねーよ! 人聞き悪いこといってんじゃねーよ!」

淡「だって、事実私の身体を弄ん……もがが」

京太郎「頼むから、映画館では静かにしろ。な?」

淡「んー! んー!」

京太郎「暴れんな! 暴れんなよ!」


 ママー、あのお兄ちゃんたちどうしたのー?

 しっ、見ちゃいけません。

 ……まさか、リアルにそんな謗りをされることになるとは思わんかった。

 つーか、子供にこんなラノベテーマみたいな映画見せんなよ。


淡「気安く触んな、ばか! ばか須賀!」

京太郎「馬鹿って言うやつが馬と鹿に蹴られて死ぬんだよ」

淡「なにそれ、怖っ」

京太郎「おう、馬鹿そのものな反応してくれてありがとう」

淡「?」

京太郎「二十歳過ぎた女が首傾げるんじゃねーよ。似合ってるけどさ」

淡「そりゃ当然! だって淡ちゃんだし!」

京太郎「アッハイ」


淡「私はいつまでも可愛いんだよねー」

淡「肌はもっちもちだし!お化粧とか、する必要ないし! 髪の毛はさらっさらだしさ!」

京太郎「……蛸の足みてーな髪型しやがって」

淡「誰がサザエさんみたいな髪型だって?」

京太郎「言ってねーよ。アワビ取ってそうな髪型っつっただけだ」

淡「なるほど! なら、許す!」

京太郎「……許していいのか? 同じことしか言ってないぞ?」

淡「?」

京太郎「いや、いい。なんでもいい」


 まあ、隣が大星淡だとしても……。

 前ほど邪険にされてないだけマシと言えよう。

 正直、会うたびにしかめ面されるのはかなり堪えるのだ。そのあとの冷淡な態度も(淡だけに)。

 相変わらずではあるが、まあ、今は可愛い悪態に留まってるのでよしとしよう。


淡「そーゆー須賀はさ」

京太郎「ん?」

淡「なんで見に来たの。この映画」

京太郎「ああ、そうだな……」

京太郎「単純に、もこさんのファンってのが一つ」


 彼女がどれだけ不器用なのか、そして努力家なのかは知っている。

 だから、応援したかった。どんな形でも。

 また加えるなら、それこそ単純に――彼女の演技に魅せられたからであろう。

 あの、思い詰めて精神が歪んだ演技。

 正直、本当に自分が狙われてるかと錯覚するほど真に迫っていた。相当身震いした。


淡「ふーん」

京太郎「あとは……監督の確認だな」

淡「確認?」

京太郎「この監督の次回作に出るかもしんねーんだよ」

淡「へー」

京太郎「タイトルは……『ヤンデレスレイヤー(仮)』とかだったか? まあ、ひょっとしたらな」

淡「ほー」

京太郎「なんか、またアクションとかさせられんのかなーって思うとな」


 鍛えている分、流石にただの人間よりは死ににくいだろうが別に、恐怖がないって訳ではない。

 むしろ、必要な程度の恐れはある。それを身体に反映させていないだけだ。

 勇気とは、恐怖を知らないことではないのだ。


淡(……! そうだ!)

淡(折角だし、須賀に取り入って私にもオファー入れてもーらおっと!)

淡(私くらいの可愛さなら、それをきっかけにブレイク間違いなしだよねっ)


淡「ね! ね!」

京太郎「なんだよ。顔、ちけーって」

淡「いいから!」

淡「ここに女の子がいます」

京太郎「あ、ああ……」

淡「どう思う?」

京太郎「いや、大星だな……だよな?」

淡「違くて!」

淡「ほら、他に何かあるでしょ!」

京太郎「他にっつーと……ああ、あるな」

京太郎「M.A.R.S.ランキング44位――蒼い血の死神」

淡「うんうん、そうそう死神ってイケてるよねー――じゃなくて!」

淡「ほら、私と言ったら!」

京太郎「ああ……あれだ。金髪だな」

淡「そうそう、須賀とお揃いなんだよね――じゃないってば!」

淡「他にあるでしょ? もっと、大事で、重要で、特徴的なのが!」

京太郎「あ、ああ……あるにはあるけど……これは……」


 いや、流石にこれは……。


淡「あれ? 言うのが恥ずかしい?」

京太郎「そりゃ、恥ずかしいだろ……つーかお前は恥ずかしくないのか?」

淡「私が? なんで? だって、事実じゃん」

京太郎「いやまぁ……事実は、事実だけどさ……。本当に言うのか? 言わなきゃ駄目なのか?」

淡「言ってよ。ね、ほら……言って?」

京太郎「あ、ああ……」


 ここまで言うなら、仕方ない。

 当人の許可も得たし、他に思い付かないし、これしかないだろう。


京太郎「おっぱいが柔らか――」

淡「――死ねっ! 100回っっっ! 死ねっっっっ!」

淡「破廉恥男っ! ドスケベ男っ! ヘンタイっ! セクハラ男っ!」

淡「死ねっっっ! ドヘンタイっっっ!」

淡「後ろから抱きついて! 人の胸、揉みしだいて! 何度も触ってっ! 耳に息吹きかけて!」

淡「変態の触り方してた、この……ドっっっっスケベ!」


 そんな、理不尽な。

 しかもその件、事故だし、水に流すってゆーたやないですか(プールだけに)。


 ・
 ・
 ・


京太郎「終わったな」

淡「うん」

京太郎「……なあ」

淡「……何?」

京太郎「俺さ、誰かと映画見終わったあとにいつもやってること……あんだよ」

淡「……私も」

京太郎「あー、その、なんつーかさ」

淡「……うん」

京太郎「……どうだ?」

淡「……仕方ないなぁ」

淡「いいよ。折角だし、須賀に付き合ってあげる」

京太郎「おう」

淡「感謝してよね。こんなに可愛い淡ちゃんを侍らすんだからさ!」

京太郎「へへー。謹んで御茶代を出させていただきます、お姫様」

淡「うむっ。よきかな、よきかなー」


 サングラスにハンチング帽の淡を連れて、喫茶店に向かう。

 どうでもいいが、一部ポニテである。ポニテである。

 やっぱり、ちょっとうなじが見えるのっていいよね。


淡「んで、あの女スパイかっこよかったよねー」

京太郎「ああ。ああいう美人、いいよな」


 ミントティーに。柔らかな午後の光と。

 さっき見た映画にうっとりする淡と。

 こうして見てると、あの恐ろしい魔物には見えない。


淡「……むっ」

京太郎「なんだよ」

淡「ジロジロ見すぎ。あんま、こっち見んな」

京太郎「へーへー、判りましたよ」


 と、思ってたらすぐに口を尖らせた顔に。

 やっぱりこいつ、よく判らん。

淡「それにしても、あの星空すごかった」

淡「CGってやつなの?」

京太郎「いや、CGじゃないだろ……ありゃ」

京太郎「山に行けば、あれぐらいは見えるな。冬なら特にさ」

淡「ふーん」

京太郎「つーかお前、名前に星が入ってるくせに星を見てないのか?」

淡「昔は見てたし好きだったけど、麻雀始めちゃってからはね」

京太郎「なるほどな……確かに、俺もそうだ」

京太郎(星、か――)


 実際に、満天の――などという形容詞では言い表せないほどの星空を見たことがある。

 あの瞬間、呼吸をしているものは星しかいなかった。

 虫も、木も、動物も、自分たちさえも――皆が星の海に飲み込まれていた。

 空に星が浮かんでいるのではなく、自分たちが星の中に浮かんでいた。


淡「ちょっと、聞いてる?」

京太郎「悪い……考えごとしてた」

淡「むー。ばか須賀。ばーか、ばーか」

京太郎「んだよ……そこまで言わなくてもいいだろ?」

淡「淡ちゃんと話してるときに、考え事をする須賀が悪いんですー」

淡「だから、没収! あむっ」

京太郎「ちょ、おい、てめえ……! 俺の野菜サンド!」


 手に持っていた、野菜サンドに齧りつかれた。

 なんてことしやがんだ。

 ほとんど、パンの耳のところしか残ってねーじゃねえか。


京太郎「なら、倍返しだ! オカルトスレイヤー、ナメんな!」

淡「あ、私のフレンチトースト!」

淡「何すんの、この鬼畜! 一番バター付けてたとこなのに!」

京太郎「やられたら、やりかえされんだよ!」

淡「この、馬鹿男……っ」

淡「ちょっとでもイイヤツだと思った、私が馬鹿だった!」

京太郎「俺は馬鹿じゃねーよ。そうだよ馬鹿はお前一人だよ」

淡「うっさい! この、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿男!」

京太郎「はい、白の淡さん。今、馬鹿って何回言いましたか?」

淡「うぇ!?」

淡「え、えっと……」

京太郎「はい、律儀に数える馬鹿が一人登場ゥ~~~~~~」

淡「~~~~~~~~~~っ」

淡「死ね! 馬鹿! 馬鹿男!」

淡「あんたなんて、次あったら腹上死させてやる! このごーかんま!」

京太郎「ちょ、お前……」


 近くにいた大学生が、コーヒーを吹き出した。

 すわ何事かと、視線が集まってくる。

 が、逸れた。痴話喧嘩や何かと勘違いして、関わっても面倒臭いと思ったらしい。

 舌打ちして、リア充死ねと呟かれた。お前が死ね。

 合コンだ、新歓だ、コンパだ、打上だと騒いでるお前らにリア充なんて呼ばれる筋合いはない。


 ……っと。


京太郎「おい、コーヒーが残ってる」

淡「えっ。今いく!」

京太郎「そうしろ。お店の人に、申し訳ねーよ」

淡「知ってるってば! うっさい!」

淡「んっ……」


 こちらを睨み付けながら、勢いよくカフェラテを飲み下す淡。

 大丈夫か、と思ったが――十分に冷めていたらしい。それなりに、話し込んでいたのだろう。

 そのまま、ことりとカップを置いた淡が手を合わせる。


淡「……ふう」

淡「ごちそーさま」


 色々と気が合わないというか――言い争ったり、喧嘩腰で及んだり、誂ったりする仲ではあるが、

 食事と料理人に対するこういう対応には、好感が持てた。

 でなきゃ、二回目の食事でカウロイを叩き込んでる。食事マナーが悪い奴、殺すべし。


京太郎「……って、おい」

淡「……なによ」

京太郎「口許にマヨネーズ付いてるぞ」


 他人の野菜サンドを強奪するからそうなるのだ。ざまあない。


淡「んと……どこ? どっち?」

京太郎「ちょっと待ってろ……。――っと、動くなよ」

淡「ん……んっ」

京太郎「よし、取れた」


 こういうとき、白地のハンカチじゃなくてよかったと思う。

 汚れが目立つし、機能性に欠ける。

 あんなもの、ただ清潔なハンカチをポケットに入れているという証明にしか使えない。


淡「それじゃあね……もう二度と顔合わせないといいけど」

京太郎「そりゃ、俺の台詞だ。んじゃ、俺の行き先には来るんじゃねーぞ!」

淡「うっさい! あんたこそ、私の行くとこにくんな! このドスケベストーカー!」


 騒がしく、淡が去った。

 なんだか無性に煙草が吸いたく――煙管だが――なってきた。

 まあ、影が薄いし……別に今更気付かれないとは思うが、


京太郎「……この席、禁煙席だったな」


 一々場所を動かすのも面倒で、結局諦めることにした。



◇ ◆ ◇



京太郎「……なんでだよ」

淡「……それはこっちの台詞」

京太郎「お前、俺の尾行してねーよな? いやマジな話で」

淡「それも私の台詞。須賀ってば、私のストーカーじゃないよね」


 あれから喫茶店を出て――。

 もし万が一にでも被りたくないと考え書店で時間を潰し、軽く服を眺めたあと、

 それからここに来たのだ。


淡「っていうかさ、ちょっと考えたら判るでしょ?」

京太郎「そうだよな。冷静に考えれば、判るよな。判るはずなんだよ」

淡「……はぁ」

京太郎「……はぁ」


 なんの因果か。

 二人揃って隣の席で、プラネタリウムにいた。


京太郎「聞いていいか? これって、どんな確率に成り立つ偶然なんだ?」

淡「私に言わないでよ。知るわけないじゃん」

京太郎「……だよな」


 ああ、でも――。

 全員の配牌が5シャンテン以下になって、ダブリーが発生する。

 それが毎局起こる確率に比べたら、些細なものなのかもしれない。

 数日以内に交通事故に遭う確率が数万分の一というんだし……。


京太郎「いやでもさ……」

京太郎「やっぱ、変だろ。ここまで偶然が続くってのは……」

淡「私に言わないでよ」

淡「そんなに言うなら、須賀がどっか行け!」

京太郎「はぁ? こっちじゃ、俺が先に席についてただろ」

淡「“れでぃーふぁーすと”って言葉知らないの?」

京太郎「レディが見当たらねーから、知・ら・ねー」


 確かに、映画を見た後に星の話をした。

 であるからして自分は、こうして、星を見に行こうと思ったのだ。

 当然ながら、会話対象である大星淡も同様のことを考えても不思議ではない。

 だが、そう思ったからこそわざわざ時間を調節した。

 短絡的思考の持ち主でありそうな淡なら、思ったなら即行動だろうと考えたのだ。

 ……だけれども。

 結果的に言うならそれは、不正解だった。

 あちらも、こちらと時間が被らないように時間を調節したらしい。

 なまじ馬鹿が頭を使うから、こうなるのである。


京太郎(……はて)


 それにしても、なぜ大星相手になると自分はこうも辛辣で雑に扱おうとするのか……。

 気遣いの男であるはずなのに、疑問である。


京太郎(って、そういや、高校の頃の俺って割とこんなんだったな)

京太郎(じゃあ、不思議でもなんでもねーか)


 相手がこちらに対して当たってくるのを、同様に返しているだけだろう。

 そう結論付ける。事実、優希や咲に対して望んでいる態度に程近いのだ。

 相手、同い年であるから。


京太郎(あー、やえさんと……)

京太郎(プラネタリウムは……うーん、どうだろ)

京太郎(……いや、逆にアリかもしんねー。いつもと違って、落ち着いた俺の態度にグッとくるかも!)

京太郎(松実さん……玄さん誘うってのもありだな! ほんわかしそうだぜ)

淡「むっ」

淡「須賀! 淡ちゃんを無視すんなー!」

京太郎「うるせー! だからお前、顔近いんだよ!」

淡「うっさい! 考え事して、無視する須賀が悪い! あとお前って言うな!」


 ズイと突き出される顔に、大きく仰け反る。

 思考の海に没頭していたらこれだから、本当に心臓が悪い。

 なまじ顔がいいだけ、タチが悪い。ふと見たら近くにいたら、色々と驚いてしまう。


京太郎「このアホの子が」

淡「アホって言う方がアホなんですー! あほー! あほー!」

京太郎「お前はカモメかなんかか!」

淡「?」

淡「カモメ? どして?」

京太郎「鳴き声がカモメだっただろ?」

淡「アホーはカラスか、アホウドリでしょ? カモメはにゃーにゃー鳴くんだからさ」

京太郎「そりゃ、ウミネコだ。ばーか」

淡「カモメとカラスを間違えるあんたに言われたくない! あほ! あほの須賀!」


 吐息がかかるぐらいの距離で、煽り合う。

 が、咳払いが響いた。斜め前の座席の老紳士から。

 これは、申し訳ない。公共の場所だということを忘れていた。


京太郎「すみません」

淡「ごめんなさい」


 老紳士に頭を下げて、シートに背を預ける。

 休みに来たはず。折角のリフレッシュである休日なのに、なんか疲れた。

 ある意味、気が晴れたところもあるが。

 そのまま無言で、上映の時を静かに待つ。




 ――あれが夏の三角形、デネブ、ベガ、アルタイル。


京太郎「あー」


 こうしてプラネタリウムにいると、癒される。

 周りに人がいるというのに、ここには自分ひとりっきりのような気がしてくる。

 星の光が、闇に恐怖を抱かせない。

 この薄暗がりは、やわらかな一つの個室になっている。


淡「ね、須賀」


 ――訂正。

 個室ではなく漫画喫茶のカップルシートでした。


京太郎「なんだよ」


 向こうに合わせて、小声で返す。

 流石に、他人の迷惑にならないように声を潜める程度の神経はあったらしい。

 周りの席には、聞こえてないだろう。


淡「何なの、あの蟹と蜘蛛」

京太郎「蟹ィ? 蜘蛛ォ?」

淡「荒川憩と、辻垣内智葉って奴ら」

京太郎「ああ、先輩たちか……」


 合点がいったと、頷いてみる。

 てっきり蟹座や蜘蛛座のことかと思って、夜空を見渡してしまっていた。

 夏を映すホロスコープには、どちらも映ってはいないが。

 というか、蜘蛛座は聖闘士星矢の中にしか存在しない。


京太郎「蟹と蜘蛛って何だよ」

淡「テルが、鏡で見たらそうなったんだってー」

京太郎「……ああ」

京太郎「蟹に、蜘蛛ねぇ……」

淡「やたら硬くて、鋏む力が強くて、千切れても直してきたり、自分から切り離したり……」

淡「周りの空気を把握して、特別な特技を使わないで、凄まじい速さを出す」

淡「だから、蟹と蜘蛛なんだってさ」

京太郎「ふーん。判るような、判らないような……」


 確かに、頷けるところも多い。

 流石はM.A.R.S.ランキングのトップランカーだ。

 その在り方というか実力は、ただの人間を遥かに凌駕しているのだから。

 重力や重量、骨格やら何やらを無視して論じてみる『全てが同サイズの生物だったら』――。

 それで言うところの、まさしく蟹や蜘蛛であろうか。彼女たちは。


京太郎「お前は?」

淡「蛸だって。うねうねしてて縛り付けるし、なんか海に沈められてる気持ちになるから」

淡「いくらテルでも失礼しちゃうよねー」


 と、蛸のように口を尖らせる淡。

 なるほど、蛸とは言いえて妙だ。

 すぐに顔を真っ赤にするし、髪の毛はなんだか触腕のように波打っている。

 うん、そっくりだ。


淡「私ぐらい可愛かったら、ウサギがぴったりでしょ」

京太郎「……いや、蛸以外の何者でもないだろ。お前は蛸」

淡「蛸ってゆーな! あと、お前ってゆーな! 私には大星淡って可愛らしい名前があるんだからさ!」

京太郎「そうだな。オオホシヒョウモンアワイダコさん」

淡「むー!」


 一応言っておくが。お互いに小声である。

 迷惑になるし。


京太郎「つーかよ、俺、ウサギ嫌いなんだよ」

淡「どして?」

京太郎「小学生の頃な、親に連れられて――たかどうかは忘れたが、牧場に行ったんだよ」

淡「ふんふん」

京太郎「んで、そこの牧場に動物触れ合いコーナーなるものがあったんだよ」

淡「それでー?」

京太郎「そこにウサちゃんがいたから、触ってみようとしたんだよ。ウサギ用の餌買って」

淡「ほーほー」

京太郎「『うわー、触るの初めてだー、可愛いなー』って思って、抱き上げてみたらな……」

淡「みたら?」

京太郎「すんげー勢いで引っかかれた。薄着で、しかもサイズが大きいシャツだったから……ズタズタにされた」


 実質的には、猫に引っかかれたそれよりもやや深いという程度で。

 熊や虎に遣られたかのごとく、肉が裂け骨が抉れ――のような惨状にはなっていない。

 ただし、あくまでもそれは肉体の傷である。


京太郎「なんか変な菌がついてたみたいで、膿んだ。んで、スゲー熱が出た」

淡「うわー」

淡「ごしゅーしょーさま」

京太郎「本当だよ……いや、マジで」

京太郎「しかも、ウサギ用の餌は600円という大金だった。小学生にとっては、大金だった」

京太郎「だから、俺はウサギが嫌いだ」

京太郎「無人島にアイツがいても躊躇なく捌いて食えるほど嫌いだ」

淡「ふーん。なるほどなるほど」

淡「ちなみにウサギって、食べてもあんまり美味しくないよ?」

淡「なんかやたらドングリ臭くて、とてもじゃないけど普通に食べたくはない感じ」

京太郎「なんでんなこと知ってんだよ! そっちのほうがこえーよ!」

淡「せーこが、PS2だかMMOで捌いて食べたことがあるって言ってた」

京太郎「……PMCな。つーかあの人、そんなことやってたんか」


 軍用サバイバル技術を習得した民間人なんて、最早民間人ではあるまい。

 恐ろしい人もいたもんだ。

 白糸台きっての常識人であるが、技術がまるで常識的じゃない。軽く引く。


淡「んー、うむむ」

京太郎「どうした?」

淡「んむむむむむむむむ……」

京太郎「……なんだよ」

淡「んー…………そうだ!」


 隣でいきなり腕を組んで、うなりを上げる淡。

 への字に結ばれた口と、眉間によった皺。

 何か悪いものでも食って腹を壊したのか。それとも、生理か。


淡「この後、暇?」

京太郎「何もしないをする用事がある」

淡「じゃ、暇ってことか」

淡「だったらさ――ペットショップにでも行かない?」

京太郎「は?」


 なんでまた、そんなところに。

 男女二人連れで行くなんて、仲のいいカップルでもあるまいし。


淡「もう、いい年こいてるんだしさー」

淡「怖いものがあるって、ダサいと思わない? ダッサダサ」

京太郎「……嫌いとは言ったが、怖いとは一言も言ってねーよ」

淡「ほんとにぃー?」

淡「実は、そのときのことを思い出して……怖がってたりしない?」

京太郎「してねえよ。してるわけがないだろ」

淡「だったらさ――」

淡「行けるよね、ペットショップに。ウサギを見に」

京太郎「……なんでそこまでウサギを推すんだ」

淡「んー? いつまでも怖がってるのってなんか、勿体無くないー?」

京太郎「だから、怖がってないっつってんだろ」

淡「苦手意識でも一緒だってば」

淡「いつまでもそーゆーのにウジウジしてんのって、なんか須賀らしくないじゃん」

京太郎「……そうかぁ?」

淡「そうだってば」


 どちらかと言えば、色々と抱え込んで引きずりやすい性質だ……と思う。

 最近はそこまで、いつまでも悩みこんだりせずに前向きに行こうとは思っているし、

 自分は根っこの方も軽い性質であると自己分析していたが、

 昔付き合っていた少女たちに、『根が真面目』『根を詰める』『気負いすぎ』と言われようものなら、

 どうにもそれも薄れてくる。


淡「だいじょーぶだって」

淡「いくら怖くても、所詮は相手は動物なんだからさー」

淡「こっちが餌をやらなきゃ飢え死ぬようなモンだって思ってればいいんだってば! ほら、怖くない!」

京太郎「なんつー恐ろしい思考してんだ、お前!」

淡「いや、流石に冗談だってば」

淡「須賀は、私のことをどんな風に見てるの?」

京太郎「ヒョウモンダコ」

淡「死ねっっっ! ばか須賀っっっ! 死ねっっっ!」


 いやまあ、流石に冗談ではある。

 麻雀を打っているときはあのように恐ろしい気配を漂わせてはいるが、平時はどうだ。

 この通りのぽんこつあほの子だ。

 まさか隠して動物虐待なぞは行ってはおるまい。


京太郎「つーか、そこまでしてウサギ嫌い克服しなくてもいいじゃねーか」

京太郎「別に、ウサギが嫌いでも損なんてしねーよ」

淡「損? すごいするよ?」

京太郎「何が?」





淡「――須賀が、私の可愛さに気づけないじゃん!」





京太郎「――」

京太郎「――」

京太郎「――」


京太郎「…………は?」

淡「さっき、私はどっちかと言うとウサギって言ったでしょ」

京太郎「言ったな」

淡「で、須賀はウサギの可愛さを知らないんでしょ?」

京太郎「そうだな」

淡「ってことはさ――」


淡「須賀がウサギの可愛さに目覚めれば、淡ちゃんの可愛さも理解できると思って!」


淡「どうだっ!」


 どやっ。

 ばばーん。

 どっちでも構わないが、そんな効果音が出そうな顔をしていた。


京太郎「……とんでもない算段で三段論法だってのと」

京太郎「お前がものすごい思考の持ち主だってのは、理解できた」

淡「でしょー?」


 褒めてないからな。一応言っとくと。


京太郎「……で、聞きたいんだけど」

淡「なにかなっ」

京太郎「俺に、ウサギの可愛さを理解させたとして……お前の可愛さを、俺が理解したとしよう」

淡「うんうん」

京太郎「……で、それでお前はどうするつもりなんだ?」


淡「?」

淡「んむむむむむむむ」

淡「むむむむむむむむむむむむむむ」

淡「んむむむむむむむむむむむむむむむむむ」

淡「!」

淡「それはさ――」










淡「――喫茶店で、奢ってくれたり?」


京太郎「……さっきも奢りましたよ、淡さんや」

淡「はっ……そうだった!」

京太郎「しかも、何で疑問系なんだよ」

京太郎「どうせお前、思いつきで言ってみてそれから後……何も考えてなかっただろ」

淡「……」

京太郎「おい……目ェ逸らすなよ、44位」

淡「うっさい。うっさいバカ」


 始めは、つっけんどんに扱われた。

 それから、喧嘩した。

 なんだかんだと仲直りした。

 ある程度、打ち解けたと思った。


京太郎「お前がアホだってのはよーく、判った。本当の本当に、よく判った」

淡「むー」


 そしたらこいつ、バカだった。

 やっぱり、魔物級の力の持ち主ってのはぽんこつらしい。


京太郎「つーかさ」

淡「何?」

京太郎「別にウサギの可愛さなんか知らなくても、お前の可愛さぐらい知ってるっつーの」

淡「――」

京太郎「じゃなかったら、わざわざ仲直りもしねーし」

京太郎「あの後遊びもしないし、一緒に飯も絶対食わねー」

京太郎「ただムカつくだけのバカだったら、こうして隣にも座ってねーって」

淡「――」

京太郎「だから俺はウサギなんてどうでもいいし、ペットショップには行かない」

淡「――」

京太郎「……おい、聞いてるか?」




淡「死ねっっっっっっっっっ、このろくでなし男っっっっっっ!!!!!」

京太郎「オレェ?」



  ◇ ◆ ◇


京太郎「なんなんだあいつ、まるで訳が判らん」


 結局あの後、プラネタリウムが終了しだい脱兎のごとく大星淡は去っていった。

 なるほど確かにそういう意味では、兎であろう。

 兎も角、この偶然・インシデントも終わりを告げたのだ。願わくば、二度と繰り返されないで欲しい。


 特に兎はいやだ。嫌いだ。

 別に怖いわけではない。

 ただあの、いかにも可愛いんですよーと人間にへーこら媚びを売っている態度に虫唾が走るのだ。


京太郎(あと……)


 ペットショップは、どうにも苦手だ。

 売れ残った犬猫がどうなるのかを想像してしまい、素直に楽しめない。

 可能なら、それら全てを引き取ってやりたいものだが――。

 金ならどうにかなるものでもあるが……。

 どうあがいても、自分より先に死んでしまうとあっては、手を伸ばしがたい。

 また、居住スペースの問題もある。


京太郎「……そういや、話が逸れて聞きそびれたけど」

京太郎「辻垣内先輩と、憩さんについて――あいつ、何を言おうとしたんだ?」

京太郎「……」

京太郎「この間確か、対局があったっつーけど……それについてか?」

京太郎「うーん、判らん」

京太郎「ま、ちったあ痛い目とか見せられて……それで柄にもなく凹んでたり、特訓とか考えたりしててな」

京太郎「ははは」


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【大星淡の好感度が上昇しました!】

【一定好感度に達したため、大星淡の能力強化フラグが立ちました!】

【大星淡との思い出が更新されました!】

【Gaea Memory『プラネタリウム(大星淡)』を入手しました!】


※別にメモリが手に入ったから、だからどうという話でもない

※能力強化フラグが成立すると、『蒼い血の死神』がアップデートされます

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最終更新:2013年11月03日 20:09