憩「あ、京くんやん」
試合会場に向かう廊下。
ゆったりと歩いていた女性はブーツの音を聞きつけ立ち止まり、振り返って笑いかける。
にこにこと、こちらの心まで和らげる笑み。
病は気からという言葉を聞くが、この人と一緒に居たらきっと病なんてのとは無縁だろう――。
憩「最近、目の調子はどうなんー?」
京太郎「バッチリっすよ、お陰様で」
憩「そらよかったけど、無理したらあかんよーぅ」
京太郎「ええ。眼精疲労っても、舐めたらヤバいってよーく判りました」
憩「ストレスもあるから、無理せんといてなー?」
などと笑いながら、顔を近く寄せられる。
患者――という呼び方はあまりに仰々しいが――の状態を確かめようと、言うのか。
別段意識していないからか、それとも接触にはストレスの軽減やリラックス効果があるからか、
――歯医者のやたら触ってくる助手なんかは特にそれだ――、荒川憩のスキンシップはやけに近い。
なお、柔和な笑みを浮かべた彼女も、柔道の有段者であるので、
奥襟をとられやしないかと、違う意味で心臓に悪い。
憩「嫌なことがあったら、ちゃーんと相談すること」
憩「おねーさんが、溜まってるものを楽にして上げるからなー」
京太郎「大丈夫っすよ、いい大人なんで」
憩「そーぉ? 京くん、鬱病になりやすい典型なんやって、思えてなぁ……」
京太郎「……確かにまあ、軽そうに見えるけど生真面目だなんだ言われますけど」
京太郎「流石に、何でもないのに鬱々なんてしませんよ」
実際、今は、高揚感に包まれているのだから。
ひりつく緊張感は、半ば焦燥感めいている。だが、それが寧ろ心地よい。
対する相手は全てが格上。
極端な片寄りに依存しない、上位も上位のランカーたち。
これに、気が昂らないのが無理というもの。頬がひくつき、自然と口角が吊り上がる。
憩「あ、ほら……またそんな怖い顔して」
憩「駄目やよーぅ。ほら、笑顔、笑顔」
京太郎「……無茶言わんで下さいよ」
やれやれ、と息を漏らす。
彼女は笑顔である。
ほんわか可愛い先輩で、大学時代は技の調整に付き合って貰った恩もある。
実に、愛らしい人だ。癒されると言おうか。
小走やえを、その実力がゆえに安心感を覚える相棒とするなら――。
この、荒川憩はその抱擁力や穏やかな雰囲気から、安心感を与える存在であった。
憩「……って、ごめんな?」
憩「これから試合なのに、ついつい京くんやーって思ってしもーて」
憩「緊張感、崩しちゃったら……それこそ大人失格やねー」
だが今は、敵だ。
闘わなければならない――いや、むしろ、純粋に戦ってみたい相手。倒すべきではなく、倒したい敵。
抱き締めたくなる。
この感覚は正に、愛というそれに近いであろう。
正面から組み合って、力比べをしてみたい――この手でその鎧を剥がして組伏せたい。
などと、冷静なる頭脳とは別の部分が騒ぎ出すのだ。
勿論、そんな風に正面から戦うのは無謀の極みであり、それは到底京太郎のスタイルからはあり得ない。
そんな自殺志願者でもなければ、況してや自分の正当なる全力を発揮しない愚行は、他ならぬ京太郎自身が許容できない。
だが、楽しい。
実に愉快に――昂るのだ。この心が。
きっとすぐにそれは、苦しさや辛さという感情に上塗りされる。膨大な情報量に追いやられる。
だけれども、楽しい。
こうして強敵と。実に困難極まりない相手と戦うこととなるのは――楽しい。
プロというもの以外、他に賭けるものがない決闘めいた勝負であるからこそ、純粋に麻雀の楽しさに触れられる。
ああ、麻雀というのは――楽しい。
胸が踊るのだ。恐怖もあり、痛苦もあり、屈辱もあり、勝ち負けがあるとしても――楽しすぎる。
元はと言えば、単純に勝負事が――麻雀が好きであったのだ。
勿論、それだけでなく色々と思っていることもある。誓っていることがある。
その全てが本気の真実であり、どれもが紛れもない本物だ。
だが、全てを取り払ってしまったら――。
取り払える場に着けたのなら――。
取り払ってよいのだとしたら――。
最後に残り、何より勝るのはこの感覚である。この、戦いへの怖気を伴った高揚感だ。
近頃は忘れがちであったが……。
あの、麻雀教室などを通じて実に色々とあった。お陰で多少なりとも吹っ切れた。
憩「楽しそうやね、京くん」
京太郎「……判ります?」
憩「それは、もうしっかりくっきり分かってまうよーぅ?」
憩「京くんのそんな顔、久しぶりやねー」
きっと、全て相手が格上で、そもそもが絶望的であるから。
だから、好き勝手に打てる。自分のやりたいように、全ての力を叩きつけることができる。
だからこうも、楽しいのだろう。
京太郎(……なーんて、大人しく玉砕なんて思わないけどな)
京太郎(『楽しみつつ勝ちを目指す』――大事なのはそこだから、俺は諦めないぜ)
京太郎(やるだけ全部、全力で、死力を振り絞って戦ってやる)
京太郎(大星にもああ言われたし、一さんも
ハギヨシさんも弘世先輩も――いるならファンも応援してくれてる)
京太郎(だから、自棄っぱちでも手放し運転でもない)
きっと、いざ打ち始めたら辛く悩ましいものになるのだ。スタイルからしてもそうであるから、仕方ない。
だけど、今は――。
純粋なこの、病み付きになりそうな真剣のひりつく感覚に浸っていたい。
智葉「……来たか」
照「ボディ」
智葉「は?」
照「……なんでもない」
智葉「……? ……そうか」
そのあとは、互いに無言で会場を目指した。
一歩一歩会場に近付くに連れて、余計な――日常生活でのしがらみが、削ぎ落とされていく。
地球の重力圏を脱するように、京太郎の身体からも勝負以外が刮げ落ちた。
それは、既に卓についていた二人とて同一である。
京太郎「お待たせしました」
憩「ほんなら、やろうかー」
智葉「遅すぎるんだよ、お前ら」
照「……」
ここは今、地球ではない。
ただ、皆が皆、戦いに挑む修羅の星。軍神の惑星。束縛から離れた赤い土地。
仮にこの場に立ち、寄るものがいたのなら或いは幻視したであろう。
全ての気配を体感し、全生物中で最速を発揮する網を持たぬ蜘蛛――。
あらゆる打撃を防ぎ殺し、両爪で万物を両断にかかる蟹――。
全てを打ち砕く暴風と雷電を両腕に纏う人型――。
そして、数多の生物の利点を装具として武装する飛蝗――。
久『さーて、いよいよ上位ランカー同士の対局のスタート』
良子『これは実にグレートな戦いになります』
恐竜がごとき力を発揮する雀士が居たとしよう。
或いは、紅蓮の腕を振り回す巨人めいた力を持つ雀士が居たとしよう。
例えば、奇怪な力を振りかざす蝦蟇じみた力を放つ雀士が居たとしよう。
――だが貴様らは、ただそれだけだ。
恐竜なんてのはただの蜥蜴で、巨人なのは風変わりな人間で、蝦蟇はちっぽけな蛙に過ぎない。
同じ規格で比べたなら、貴様らごときじゃ話にならない。
そうとまで言い切れるほどの圧力を発する、四人の雀士。これが、ただの人間と最高峰であるプロとの差。
勿論その中でも、強い弱いの差はあった。だけれども、こと麻雀の技量という意味では誰もが別格。
違いは、それが人の身で至れる普遍的な“技術”であるか。個々に明らかにことなる“特性”かどうかだ。
そしてついに、軍神の名を関するホールで――真剣勝負の火蓋が今、落とされた。
――東一局目。ドラ⑨筒。
京太郎(さーて、それじゃあ一丁行きますか)
不穏に漂う気配。
そのどれもが一級品の、殺意。一切の害意なき、純粋極まりない闘志の応酬。
あるいは感受性が高いものならば――静かに構えを取る最速を関する悪魔を殺傷せしめる蜘蛛や、赤き両腕を持つ甲殻の帝王の姿を感じていたであろう。
生憎と京太郎には、そんな能力はない。
これがあるいは純粋なら格闘ならば、相手の戦闘の気配を感じられただろうが……。
こと闘牌において、それは難しい。相手がプロともなれば特に。
京太郎(……どうなるか)
二三四八萬 ②⑦⑨⑨筒 14668索
京太郎(俺はまあ、無茶だな……こっから進めるってのは)
京太郎(いまさら驚いたものでもねーけどさ)
京太郎(⑨筒が対子、1索が浮いてる……タンヤオに行くなら邪魔)
京太郎(面子が一つできてるのはありがてーが、それ以外ははっきり行ってどうしようもない)
京太郎(八萬に8索……七萬や7索引きじゃなきゃ、三色が確定できるが)
京太郎(こっから三色なんてのは夢物語すぎるし、一気通貫なんてのは完全に不可能)
京太郎(できてリーのみ。運がよければ平和も付くってとこかな)
京太郎(最初も最初だしドラも乗ってるから、景気よく和了しときたいところだけどよ……)
京太郎(……無理だな)
京太郎(あんまりにも手が重過ぎる。慣れっこって言えば、慣れっこだけど)
京太郎(魔物相手に“それしかできないから”リーチをかけるってのは、ただの無謀にしかならない……この間、痛感した)
京太郎(ましてや、上位ランカー。無謀でもなくて、自殺にしかならねー)
この間、二秒弱。
そして
須賀京太郎は、己の手牌を鑑みた上で――場に並ぶ相手を見やる。
下家。鏡面がごとき瞳を持った宮永照。
親番一発目。これが或いはインターハイなどの、初見同士の戦いであるのならば、彼女はみすみすこの親番を捨てることになる。
だが、それはない。
既に彼女はこの卓の面子すべての“特性(のうりょく)”を把握済み――。
つまり、その暴風と雷雲は容赦なく効果を発揮する。
京太郎(……救われるのは)
京太郎(この場にいるのは全員、固有の型というのを持たないって事だな)
京太郎(精々が、憩さんが……その防御力を生かしての、ドデカイ和了をするタイプってことだ)
京太郎(俺と先輩は、場の動きによって対応を変える)
京太郎(だから、照さんが見たところで対策らしい対策なんてものはない)
京太郎(……つっても)
京太郎(俺の手牌読みを回避するために順番をごっちゃにするのもできるが……それはある意味こっちにありがたいから、『ない』)
京太郎(人間、やりなれないことをやると……どうしてもそれが表に出るからさ。却って俺の的になる)
ツモ切りと捨て牌を見れば、何が結びついて何が結びつかないかが判る。
相手の切り出し位置を睨めば、手の内に何の種類がどの程度置いてあるのかが判る。
相手のツモ動作と目線の移動、押し込んだ場所を読めば、引いてきた牌とその周辺が判る。
心拍数や瞳孔の変化で相手の攻撃への速度を読み、点数の状況からさらに手役を察せられる。
後はその牌譜から打ち筋の傾向を読み取り、場合による相手の嗜好を読み解き、手役を想像。
これを三人に対して行い――情報を統合して、それぞれへの読みを確たるものへと変える。
それを最後に彩るのが、相手の持つ“特性(のうりょく)”である。
これこそが、須賀京太郎が化け物と戦うための武器。
しかしながら、プロ相手にそれを常に十全には行えず、また、集中力も持続しきらない。
また、如何に回避技術に優れているとしてもこれは喧嘩ではない。
相手の攻撃をすべて躱せば、消耗して終わりになる格闘とは異なり――機会が来るたびに相手は攻め立ててくる。
躱していれば死にはしないなどというほど、生易しい世界ではないのだ。
京太郎(さて――ここでネックになるのが、憩さん)
京太郎(相手の有効牌を握りつぶすなんてのは当たり前。巧みに攻撃を食らわずに進んでくる)
京太郎(で、そうやって進んできて……本人はドデカイのを出せるからタチが悪い)
京太郎(そしてその“特性(のうりょく)”が故に、『彼女からの直取りは不可能に近い』)
京太郎(ドンドンと稼ぐくせに、こっち側の攻撃は受け付けないっつー鉄壁)
京太郎(……それは、二人もよく判ってるはずだ)
荒川憩は、他人の和了後に運が高まる――というような特性を持つ。
それを磨いて形にしたのが、現在のスタイル。
彼女は不運が高まれば差し引きで幸運があがるという、簡単に言ってしまうのなら――なんとも馬鹿らしいが――そんな人間。
であるが故に、直撃という憂き目を見てしまった彼女の運は低下し……。
そしてそれを取り戻そうと、振り返しを見せる。
“そもそも攻撃が通じにくく”、“打点が高く”、“直取りが不可能”――。
そんな、装甲戦車が荒川憩。
彼女を殺す方法はたった一つ。一撃で、再生が不可能なレベルの打撃を叩き込むこと。
そして宮永照は、そんな手段を所持している。
あらゆるものを手中に掌握し、そして破砕する神憑り的な砂嵐がごとき大技を。
だが――。
京太郎(辻垣内先輩がそれを見逃しはしない)
京太郎(あの人の神速は、他人の和了を叩き潰す)
京太郎(自分でやるか、或いは誰かを使って……)
京太郎(そんな中で、相手を一撃で叩き潰せるほどに打点を高めるってのは自殺行為だ)
京太郎(もちろん、引き次第じゃ打点も高く速度も速い――なんてのもあるかも知れないが)
京太郎(打点が高くなれば、役が限られて、手が読まれる可能性は格段に上昇する)
京太郎(辻垣内先輩に手を読まれたら――余計な事に気を割かないで言い分だけ、彼女はより一層速くなる)
京太郎(攻めようとしてるときってのは、防御が難しくなる)
京太郎(手が限られちまえば、それもそうなるってのは当たり前だ)
あれを行えば、少なくとも辻垣内智葉の手を最低でも五つ遅らせることができるが――。
問題はその後。
そこから、平常であるはずの大星淡に追いつき追い越せること。
一歩目から最速。それが、辻垣内智葉。
さて、では整理しよう。
この場での目下の懸念材料は荒川憩。
速度を無視できるほどの重さを持つ致死級の一撃を備え、さらに、彼女の作った間合いの差を用意に我が物にはできない。
叩き潰せる可能性を持つのは宮永照。
だけれども彼女のそれは、何の下準備もなしに打つのは難しすぎるが故に、ある程度流れを乗せる必要がある。
そこで障害になるのが辻垣内智葉。
平常でも高速。万全なら最速の女。彼女を追い越せるのは、流れに乗った15位ぐらいか。
……と、なれば。
この場にいる皆が、誰を対象にするかということ。
誰か一人から、奪えるだけ奪って闘いを終了させる。ほかの二名が優位を作らない状況で。
つまりは――。
京太郎(俺が、狙われる……ってことだよ)
一番弱っているものから――弱いものから叩く。
それが三つ巴以上の戦いにおける、セオリーである。
京太郎(格上全員からの攻撃を躱しつつ……)
京太郎(照さんの和了を上回り、憩さんに和了させることなく……)
京太郎(辻垣内先輩よりも速く――或いは邪魔をされずに和了する)
京太郎(俺に必要なのは、それだ)
最終的に稼ぎ勝てばいいというのが、麻雀という競技である。
だから、常に最速である必要はない。常に高打点である必要はない。常に和了する必要はない。
しかるべきときに、しかるべき打点で、しかるべき速度で和了すればいい。
後は、不用意な失点を避ければいいのだ。すべてで彼女たちに競り勝つ必要などどこにもない。
たとえ一撃を受けたとしても――。
そこで足が止まらなければ。膝を屈しなければ。立ち上がることをやめなければ。心が折れなければ。
勝つ可能性が残されているのが麻雀。
すべての始まりから勝利が決定付けられているわけではないのが麻雀。
そこが戦闘とは違う。喧嘩とは違う。試合とは違う。
だから、諦観に満ち溢れているわけではない――とは言っても。
京太郎(それが、許されるかどうか……って話だ)
京太郎(しかるべきときに勝つことができりゃあ負けないなんてのは、当然だよな)
京太郎(問題は、そうはならないってのがまた麻雀だってことだ)
唯一生きる道があるとしたら、とにかく躱し続けること。
須賀京太郎を沈めて終わらせられないというなら、彼女たちは戦法を変えてくる。
当てにならない必勝法を捨てて、自分自身が信じる行動をとってくる。
そこまで、粘る。粘って粘って、粘りきる。
京太郎がより厄介であるとか――。
京太郎を狙い続けるのは不利益がでるとか――。
そう思わせることしか、この場で定まりきった運命を破壊する方法はない。
いつだってそうであるが……。
切り札であるのは自分だけ。有用性を証明し続けることが、この場での延命につながり、延いては勝筋に繋がる。
実に、たった一つのシンプルなことだ。
京太郎(……ま)
京太郎(舞台が俺中心に回ってるっつーのは――悪い気がしないな)
宮永照の打牌は9索。手出し。
平常通り打つと決めたのだろうか。
まあ、どちらにしても恐らくは真っ直ぐ進めるほかはないだろうが。
以前にも論じたと思うが――須賀京太郎の知る、宮永照の技は4つ。
次局に、前局以上の点数を和了するという条件の元、速度を保証する『連続和了』。
前局以下の順目で和了するという条件の元、打点を保証する『連続和了』。
前局と同じ待ちを作成するという条件の元、和了を保証する『連続和了』。
そして――溜めれば溜めるだけ打点が上昇する『神砂嵐』だ。
さらにあれ――番組内で松実館を訪れた――以降知った、もうひとつの大技。超絶の魔技。
一体如何なる論理の上に成り立つのかは知らないが、筒子で出和了することで相手の“不運”を確定させる『連続和了』。
すなわち、『無限の振込み地獄』だ。
理論はまるでわからない。なぜそんな条件でそれが成り立つのかは不明である。
ただ、筒子で出和了したときに――宮永照がそのつもりであったのならば、『無限の振込み地獄』が開始される。
②筒なら二局。③筒なら3局。⑨筒なら九局。そして、①筒ならばまさしく“無限”だ。
永久に、点数が消えてなくなるまで宮永照に振り込み続ける。この運命からは逃れられなくなるのだ。
再び宮永照が、筒子で相手から直撃を奪わない限り、それは続く。
京太郎(つまりは、まあ……)
京太郎(この人の前では、余剰牌や不要牌の筒子を切り出しづらい――ってことになる)
京太郎(詳しい発動条件とか、わからねーけどな)
さて、宮永照がこの場で行う可能性がもっとも低い和了は『Act.2』だ。
打点が上昇していくのは、対荒川憩に向いているであろうが、この場には辻垣内智葉がいる。
ある程度自分自身のツキを高めた結果であればともかく、いきなり『Act.2』では智葉に速度で競り負けてしまう。
ゆえに、初手が『Act.2』というのは考えにくい。
並んで起こりえないのが『Act.3』。
同じ待ちの形を作ってしまえば和了できるというこれは、形さえできてしまえば他の者は相手にならない。
平常ならば、彼女とてそれを作りうるであろうが、この場にいるすべての人間が上位ランカー。
別の誰かを避けようとした結果か、あるいは攻めている場合でない限りは、
照の能力を知りながらもやすやすとそんな待ちに振り込まないであろう。
そして、全局と同じ待ちを作るというのが、同じく智葉相手ではいささか厳しすぎるのだ。
『Act.4』についてもこれは――辻垣内智葉が、幾度となく叩き潰した実績を持つ。
その異常な運の流れをしるのか、それとも強者が持つ第六感というものなのかは知らないが、智葉は照の技の兆候を見破る。
そして、その和了を叩き潰してきているのだ。技が出るよりも先に。
すべての行動のキーとなるのは、つまり京太郎にとっても益となる要は辻垣内智葉。
宮永照の動きを封じられる――。
であるがゆえに辻垣内智葉の異名は『悪魔の天敵』なのである。
京太郎(さて……とにかく、筒子は危険だ。そのはずだ)
京太郎(だが、あえて打つ)
打――⑨筒。
照「……」
果たして結果は、振りはしなかった。
ある程度の算段をつけていたとはいえ、これはあまりに心臓に悪かった。
食らってしまえば、その後九回は嬲られ続けることとなるのだから。
算段としては一つ。
彼女の能力を全て生かすための基点には運があり、そして、それに由来する速度がある。
神砂嵐を放つにしても、『Act.2』や『Act.3』を決めきるためにも、何よりも速度に直結する引きが必要となっていた。
特に、辻垣内智葉が存在するこの場では。
であるが故に、まずはその速度につながる運を高める――というのが宮永照の方法。
そのために彼女が『Act.1』を最初に使用する可能性が、この場ではもっとも高い。
⑨筒――ドラで打ち込んでしまうこの場面。考えられる形は以下。
⑦⑧筒両面待ち、あるいは⑨筒単騎か、⑨⑨筒シャボ待ち。
⑨筒単騎、⑨⑨筒シャボ待ちで宮永照が和了した場合、和了に必要な1役とドラを鑑みればそれぞれ最低3役と4役。
⑨筒単騎の場合なら、出和了で最低40符。親の40符3役は7700点。
『Act.1』で和了する場合で、これはあまりにも致命的なほどの打点だ。その後の打点上昇が極めて困難な道となる。
⑨⑨筒のシャボ待ちならば、親満確定。12000点。こちらも、その後を考えると不安。
もっとも今回で危険性が高かったのは⑦⑧筒の両面待ちであるが――。
そんなドラ絡みを果たして宮永照が、待つかという話である。
後々不要牌となったときのことを――そのときに相手の手が進んでしまっていることを――考えての、打⑨筒というのはあり得るだろう。
しかし、辻垣内智葉がいる。
彼女の平均聴牌速度を前にして、そんな初心者じみた打牌をするものはいない。
また、荒川憩の平均打点。
彼女は手を練るのも上手ければ、ドラを絡めることもある。とにかく打点が高い。
現時点で彼女がどのような手の進ませ方をしているのかは定かではない。
京太郎にとっても勿論であり、それは宮永照であっても同じ。
彼女の手の内にドラが飼われているかもしれない――というのであれば、辻垣内智葉と競り合わなければならぬ以上、
そんな、引きにくいところの牌で待つことは有り得難い。
それは智葉にとっても同様。宮永照と張り合わなければならない場面で、本来ならば出難いところを待ちにはしまい。
京太郎(アンタは、皆の強さを把握してる……それを元に戦術を組み立ててる)
京太郎(そんなの俺だって同じだけど――ここは敢えて、その実力を信じた上ではずさせて貰った)
京太郎(馬鹿馬鹿しくて、危険度が高くて、分が悪い賭けだと思うか?)
京太郎(俺もそう思う。馬鹿な賭けだって)
たった一巡で、待ちにするとかしないとか、そんなのは馬鹿げた話であろう。
少なくとも、普通はそう思う。
――だがこの場は平常にあらず。
ここはただの雀士が闊歩する平常の地球とは異なる軍神マルスの名を関する舞台であり、
京太郎と卓を囲むのは常軌を逸し、人間どころか魔物すらも凌駕する頂上にして超常の打ち手。
京太郎(でもな……あいにくと……)
京太郎(性悪の師匠の影響で――悪い賭けってのは、嫌いじゃないんだよ)
ここでのドラ打ちに含まれた意味はいくつか。
まず、宮永照のスタンスが『Act.1』である可能性の方が高いという証左。
そして次に、ドラの位置を知らせることである。
京太郎(あなたたちも、見ている側の人間だよな)
京太郎(つまりは――)
二三四八萬 ②⑦⑨⑨筒 14668索
ここからの、打⑨筒。ツモは2索。そして二順目京太郎は、九をツモり1索を打った。
切られた⑨筒は、向かって左側のものである。
つまりは――
■■■■ ■■↑★ ■↓■■■ 切り出された(↑)のは⑨筒
■■■■↓ ■■★ ↑■■■■ 切り出された(↑)のは1索
この形であり、これが綺麗に理牌されているとするのならば、★は⑨筒か1索であることを意味する。
そこにきて残りの三人は、京太郎の手牌にもう一枚ドラがある可能性が存在することを知るのだ。
勿論、繋がらないから⑨筒を切った――つまり⑨筒は対子ではないとも考えられるだろう。
ならば、★が1索であることを意味し、今度は京太郎は1索の対子から1枚落とした事となる。
対子であるドラを落とすことは不可解だ。
同時に、対子である1索を落とすことも不可解である。
あるいは刻子からの、頭を確定させるために打ったことがあげられるだろうが。
生憎と須賀京太郎が、これほどまでに早い段階で聴牌できるとは――打った事がある人間なら、知っている。
となれば、後は理牌は相手を混乱させる並べ方をしているというところであるが……。
京太郎(どうする……俺を信じるか、それとも信じないか)
京太郎(宮永照という、止めなければならない相手がいる状況で……辻垣内智葉という最速がいるというこの状況で)
京太郎(俺が無謀にも、ドラを落として勝負に行くと――思ってくれるか?)
あるいは、強力なプレイヤーに攻撃されてしまう。
攻めに向かっているときの京太郎ならばそれも有り得るだろう。
無理にでも攻めねばならぬ場合、京太郎はしばしば無茶をする。
だけれども、東一局目の最初も最初である。
宮永照の親番を速やかに流し、連続和了を止めなければならない理由があるとしても――辻垣内智葉がいるこの場面では。
それは、京太郎がする必要のないことである。
ならば、何ゆえに京太郎はそれを行ったのか――。
それは……。
智葉「――ツモ」
智葉「700・1300だ」
宮永照の和了を潰すために、他の誰かを走らせるため――他家の利用。
ドラの位置を明らかにすることで他家の打点を多少なりとも絞り込ませ――。
京太郎自身が攻められはしない重い手であるということを知らせ――。
宮永照がどのようなスタンスで東一局にいるかを知らせるため。
つまりは、援護のためである。
実に4順目。
辻垣内智葉が、まさにその名に相応しい速度の一撃を持って、宮永照の親番を蹴散らした。
久「辻垣内選手、流石の最速に相応しいスタートね」
良子「今のは、実にグレートなタッグプレイでしたね」
久「タッグって言うと……通しとか、そういう?」
良子「ノーウェイ、ノーウェイ。そんなイカサマじゃ、ありませんよ」
久「えーっと、どういうことなのかしら?」
良子「速度という面では、ある種の均衡を保っていた――つまりどちらがファーストアタックを取るかというのが今の局のポイントですが」
良子「須賀プロのアシストがあった為に、他の懸念材料が減った辻垣内プロが競り勝ったわけですね」
良子「そのアシストというのは――」
久「へぇ」
久(まあ、十中八九須賀くんが手を貸した形になっているってのは……あの打牌を見れば想像がつくけど)
久(一応、聞いとかなきゃいけないのがお仕事ってもんよねー)
久(今のは、美穂子から習ったってのと……あとは辻垣内プロから教わったののの、併せ技ってとこ)
久(自分自身の技能じゃなくて、他人に美穂子の“読み”の一部でも使わせるってのは……)
久(順目が早いから、他の人たちにもそれをし易かったってのがあるけど……)
久(卓のレベルが高かったことが、成功の一番の理由かしら)
久(……)
久(……逆に言うなら)
久(あなたは、そんなレベルの卓で戦わなきゃいけないってこと……)
久(炭鉱のカナリヤの真似をして走らせたのは結構だけど――)
久(檻に囚われているカナリヤは、逃げ出すこともできずに他人の都合で使われるだけってのを……)
久(ちゃんと、理解はしているわよね……須賀くん?)
宮永照を潰す――封じ込める。
須賀京太郎は、そのために自身の技能を総動員して、戦闘に臨んだ。
京太郎の狙いは実に単純であった。
まずは宮永照を封じ込めて、和了をさせずに運を上昇させない。
そして、走らせることで辻垣内智葉を疲弊させる。
その分智葉がリードをすることとなるが――彼女は、照に対抗するために、少しでもその速度を持続させるために、
打点を下げて、僅かでも速度を高めた。
しかし、この場で警戒すべきはもう一人いた。
その特性をわかりやすく能力という形として使用しているが――。
憩「ツモ、やね」
憩「6000・12000」
智葉「――ッ」
そもそもの実力からして超一級である、荒川憩という存在が。
ただの一撃で天秤を振り出しに戻す――どころか。
圧倒的な、差を生み出すものがいることを。
そもそも、オカルトというものは変わらない。
本質的にはなんら変化せず、新たに生まれることというのは有り得ない。
ありうるのは、原石を――大本をいかなる形に加工するか。
たとえば宮永照は『流れ』や『偏り』を司る能力である。
他人の持つ『偏り』を把握する照魔鏡。
己なりの理論の元に、『流れ』を引き寄せて『偏り』を大きくする連続和了。
自身の『偏り』を振り分ける神砂嵐。
『流れ』や『偏り』というのは要するに『運』のことであり――
彼女は、大きく分けるのならば『運を把握する程度の能力』の持ち主だ。
ある種、運を正確に把握できる。その点については間違いない。
確信を持って、宮永照は運気を高めるために連続和了を実行する。
ただし、常にその場で刻一刻と変化するそれを映し出す鏡ではない。
故に彼女は亜空間殺法のごとき力は使用しない。使用できないと言ってもいい。
あくまでも、局単位であるのだ。宮永照の把握は。
井上純のような即座の対応は難しい代わりに、彼女とは異なり『運』への明確なる信頼を持っている。
あとは、分析したそれを如何に効率よく振り分けるか。そんな技術を磨いた。
宮永咲や
天江衣、大星淡がごときある形を自在に使いこなすという存在は……。
その形で和了するために、副次的にいくつかの能力を会得している。
たとえば危険牌の察知であったり、配牌五向聴以下を決定付ける『絶対安全圏』であったり――。
要するに、自分の和了の邪魔となる形を削って収斂させていくための特性である。
プラマイゼロを調節するというのは、宮永咲が自分自身の能力をベースに技術を磨いた形。
嶺上開花を自在に使用できれば――つまり槓子を自在に使用できるのであれば、
他家にドラを乗せたり、あるいは自分自身の符をコントロールして、点数の調整を容易とさせる。
だからそれは、自分自身の“特性(のうりょく)”――『オカルト』を技術で補填した、スタイルである。
さて――大本であるオカルトは変化しないと言った。
どんな形に削り出すのか。原石を如何に仕立て上げるのか。
それこそが、雀士として彼女たちが発揮する“特性(のうりょく)”である。
あくまでも大元や本質は変化しない。
ペンギンが空を飛ぶことがないように、根本のルールは変化しないのだ。
で、あるが故に。
憩「ちまちまやるのもええけど……」
憩「そんなのじゃ、いつまでたっても勝負がつかないよーぅ」
荒川憩は、技術で加工する以前のそれを用いた。
“他家が和了するほど自分自身の運が高まる”――そんな能力を。
宮永照の攻撃を潰させるために、辻垣内智葉が和了を繰り返すということは……。
荒川憩への、遠まわしなアシストとなってしまっていた。
京太郎(――っ)
京太郎(これが――3位)
まずったと、内心で舌打ちをする。
荒川憩はその特性が故に、彼女から直取りができないという問題があった。
そこにきて、高打点の和了である。
彼女からトップの座を奪い取るには、点棒をかき集める必要が出てくる。
彼女以外の存在から。
さて――そうなったのなら。
京太郎(さっきまでと、バランスが変わった)
京太郎(今度は、照さんと辻垣内さんの目的は完全に一致した)
京太郎(オーラスまでで、如何に稼ぐか――そしてその相手は俺だ。完全に俺になった)
京太郎(彼女たちが食い合うことになるのは必然だけどよ……)
京太郎(今度は、明確に敵対関係が生まれてしまった)
京太郎(俺のアシストで、動いてくれるわけがない……!)
京太郎(いや、むしろ……)
京太郎(アシストを逆手にとって、俺を殺しに来る。もう俺は、用済みになったんだ)
対・宮永照の路線は崩れた。
未だに、智葉が照を上回らなければならず、照が智葉を上回らなければならないのは変わりない。
ただ、そこには“使えるならばその案に乗ろう”という要素が存在しなくなった、真剣勝負の奪い合い。
今まで放銃をしてこそいないものの……京太郎もまた、トップになるためには和了が必要。
これまでのようにアシストをしていては、勝てない。
勝つためには――。この点差をどうにかするためには――。
京太郎(俺自身が、真っ向から打ち合わなきゃなんねーってことだ)
京太郎(この二人を……相手に……)
当初の予定としては、極力序盤は温存して、後半から取り返すというものであった。
だからこそ耐えた。
目を活用し、神経をすり減らしてまでも後のためだと雌伏に徹した。
だけれどもこれからは、荒川憩との点数差を詰めるために――必要な打点を確保して、攻撃をし続けなければならない。
照「――ロン」
照「3900点」
京太郎「……はい」
辻垣内智葉の連荘。
そこでの荒川憩の和了によって、親は荒川憩に移行。
次は、宮永照の和了。京太郎からの出和了。
攻めの姿勢となった状況で、辻垣内智葉と宮永照の攻撃を躱し続けるのは、京太郎とて不可能であった。
良子「一気に場が傾きましたね」
久「そうなの? まだ東場のラストだけど……」
良子「ええ」
良子「まず、辻垣内プロが先行……得点はこんな形ですね」
宮永照: 25000 -1300 -1300 -1400 - 6200 +3900 = 18700
辻垣内智葉: 25000 +2700 +3900 +4200 -12200 0 = 23600
荒川憩: 25000 - 700 -1300 -1400 +24600 0 = 46200
須賀京太郎: 25000 - 700 -1300 -1400 - 6200 -3900 = 11500
良子「ここから、連荘を勘定しないでマイナスした場合の残り局数は5局」
良子「須賀プロは、トップと34700点。宮永プロが27500点。辻垣内プロが22600点」
良子「そして、荒川プロに直撃を加えられない――状況では」
良子「須賀プロは今後の局全てで5200、あるいは5800点を和了しなければトップに追いつけない」
良子「5800×2+5200×3+2000×2+1300×2+2600=35400というシンプリィな計算ですね」
良子「親なら30符3役、子なら30符4役が全局での最低限のラインになるわけで……」
良子「まあ、実際にはこれよりも高い局もあれば低い局もあるでしょうし」
良子「オフコース、そもそも全局和了できるとは限らない」
良子「となると、実際のミッションでは全て満貫手を狙っていく必要があります」
良子「宮永プロ、辻垣内プロにもそれぞれボーダーが存在しますが……実にシンプルでわかりやすい答えがあります」
久「何かしら?」
良子「これから先、一局でも自分が和了できなければ……インポータントなボーダーが変わりますんで」
良子「荒川プロを除く全員が全員、いっぺんたりとも和了の機会をあきらめちゃならないということです」
良子「つまり、今までのようにアシストを考えたり……重い手だからなるべく防御よりで進むのはハードなんですが」
良子「それでいて、攻めながらも直撃を受けてはならない……!」
良子「また、必要な点数が変わりますからね」
良子「荒川プロを除く皆が、足を止めてのラッシュの打ち合いって形です」
良子「まだ点数に余裕がある辻垣内プロは、多少なりとも避ける事ができますが……」
良子「宮永プロや須賀プロとしたら、アクチュアリィに無理ってもんです」
良子「あと2回親番が残っている須賀プロはともかくとして、あと1度しかない宮永プロはその点特に必死でしょう」
久「なるほど……」
久(須賀くん……私からしたら、あなたは相当な実力者)
久(正直、インターハイに放り込んでも地獄絵図を引き起こすとしか思えないレベルの技術の持ち主)
久(そんなあなたでも、流石にこれはちょっと無理かしら?)
久(予想以上の化け物のひしめき合い……これが、麻雀プロ――M.A.R.S.ランキングの世界)
久「ところで、戒能プロ」
良子「わっと?」
久「その、ルー語みたいのどうにかならないかしら?」
久「だからあなた、裏じゃ残念美人なんて呼ばれることになってるんだけど……」
良子「……」
良子「あ、あく……実際、その、癖でこうなっちゃうんだから……」
良子「ド、ドントマ……あの、気にしないでほしいです」
良子「……」
良子「……わざわざ、放送中にそんなことを言わないでもいいじゃないですか」
久「あらそう? ごめんなさいね、私ってば正直者で」
久「どうしても気になっちゃってるのよねー。戦いの趨勢以上に」
良子「そこまで!?」
久(……とは言っても)
久(ここでやられっぱなしで終わるほど、あなたは弱くないって――)
久(私は、信じてるわよ? 須賀くん)
東四局。ドラ4索。
親、須賀京太郎。
京太郎(ボーダーね。わかってる)
京太郎(ま、こっちに解説の声は届きはしねーけど……たぶん今頃俺が何点取らなきゃいけないとか)
京太郎(そういう話になってるんだろうな)
京太郎(……で)
二三【五】七八萬 ②②③ 23 発白東 ツモ②
京太郎(この形か)
第一打は自分。
場を見たところで、何が見えるわけでもない。早々に理牌を済ませた三者が、京太郎の打牌を待ち望んでいるだけ。
静かながらその、刺すような視線に京太郎は頬を吊り上げた。
そして――牌を打つ。
打、2索。
久「えーっと、今のは?」
良子「ソーリ……いえ、ごめんなさい」
良子「今のはエニグマティッ……不可解な行動ですね」
久「はい」
久「まあ、見ればわかりますけど……」
良子「確かに、この場面では両面待ちよりも、役牌の方が有効枚数が多いというのがあります」
久「どういうことかしら?」
良子「東・發・白はあとどこかを1枚ドロ……引けば、鳴いて使えますよね?」
良子「となれば、そういう意味での有効牌は9枚」
良子「ジ・アザー・サイ……いえ、その、もう一方では」
良子「両面待ちは有効牌が8枚。そういう意味では、3枚ある役牌を残しておいたほうが懸命といえます」
久(まあ、昔そう教えたから知ってるわ)
久(でも……打点が必要なこの場面で)
久(役牌を見切っていれば最終形はこうなる――)
二三四六七八萬 ②②②③④ 234
久(ま、一番高かったらって話だけど……これは結構お得よね)
久(タンヤオ・平和・三色・ドラ1――12000点で、もしもツモやリーチが入れば18000)
久(2索は、ドラの4索の受けであり……三色のキー牌)
久(どうして、それを見切ったのかしら?)
久(他のプロの手牌を見るに――4索が2枚、荒川プロの手の内にある)
久(それを見切ったとしても……それでも、これはあまりに不可解よ)
久(須賀くん……あなたは何を考えているの?)
久(まさかその手牌から、混一色一気通貫を目指すほど……馬鹿ではないはず)
久(……)
久(ま、何かしらの考えがあってのことなんでしょうね)
久(見せてもらうわよ――13位の、人間の意地ってものを)
久「……ところで」
良子「ワッ……いえ、なんでしょうか」
久「いつまでその不自然な喋り方を続けるの? 気になって戦いに集中できないんだけど……」
良子「えっ」
良子「だ、だってあなたが……」
久「嫌ねぇ……年上で麻雀プロなんだから、そんなアナウンサーの言葉に怯えなくてもいいのに」
久「“Care will kill a cat”って言うでしょ?」
良子「……」
良子「Damn ! you shit are fuckin' maggot... You bitch want me stomp your guts out, don't you?」
久「何か言った?」
良子「いえ、なにも……」
※わかりやすいメガン・ダヴァン先生の英語訳
メガン「えー、今ノハ……」
メガン「“この腐れ蛆虫が! そんなに内臓を抉り出して欲しいのか?”」
メガン「という感じですカネ」
メガン「“You Fucker”や“You maggot”など、相手を指す言葉の直後によくない印象の言葉を混ぜるノハ」
メガン「相手を罵倒するのにちょうどいいので、覚えておきまショウ」
※
良子「……私は、どっちで話したらいいんですか?」
久「別にどっちでもいいんじゃないかしら。視聴者に滞りなく状況が伝わるんなら」
良子「……はい」
良子(オーケー。つまりは、馴染みのないような英語は避けて日本語で喋れ、ということですか)
良子(なるほど……)
良子(確かに、私からしたら普通で……ある程度なら理解される程度の英語だとは自認していますが)
良子(コレクトリィ。ある程度であって、すべての人ではない)
良子(このアナウンサーは、そこまで見込んで……)
久「~♪」
良子(見込んで……いるんですかね?)
京太郎『――ロン』
京太郎『50符3役は、9600点』
二三四【五】六七八萬 [②②②②筒] 副露:東[東]東
久「――っ」
久「須賀プロが直撃させた!? 出和了したの!?」
良子「ええ。そうです」
良子「バット、その相手というのが……」
モニターに移るのは、驚愕の表情を浮かべる三者。
宮永照、辻垣内智葉、荒川憩――誰もが京太郎の和了に、意外と言う顔をしていた。
取り分けてその色が強かったのは、直撃を受けたもの――ではなく、それ以外の二人。
智葉『……!?』
照『……』
すなわち、須賀京太郎は――変則的な頭待ちで。
憩『はい』
荒川憩を、撃ったのだ。
二人の驚愕の表情も、その筈であろう。
荒川憩に対して、その特性が故に彼女を攻撃するものはいない。
それだけで、憩の和了をひとつ決定付けてしまうこととなるのだから。
しかし、須賀京太郎は撃ったのだ。荒川憩を。
久「……なんのつもりなの?」
良子「あなたでも、わかりませんか?」
久「……何のこと?」
良子「須賀京太郎を麻雀部に呼び込み、そして、彼のスタート――最初の基礎を作った」
良子「学生時代はインターハイでかなり名を鳴らして、『悪待ち』といえば一時は代名詞ともなった」
良子「そんな、あなたが」
久「……昔のことよ」
久「まあ、今でもこれじゃあアマチュアでも名が通っているほうだけど――」
宮永照: 18700 0 = 18700
辻垣内智葉: 23600 0 = 23600
荒川憩: 46200 -9600 = 36600
須賀京太郎: 11500 +9600 = 21100
久「――あの悪待ちは不可解よ」
良子「そうですか……」
久「そもそもが配牌からして、もっと高打点を目指せるものであったはず」
久「なのに、どうしてあんなおかしな形に持っていったのか」
久「今のだって……その気になれば、一気通貫もつけられた筈よ?」
久「辻垣内プロはやや失速気味……宮永プロも、今回に限ってはあまり速度が出ていない」
久「そんな状況で、もっと進めることはできたはず」
久「……まあ、私はあくまで基礎を作っただけだからね」
久「……」
久「っていうか、何で私が解説してるのよ」
良子「そ、ソーリー」
良子「須賀プロが多面待ちに構えて、和了をしやすくしたというのは分かります」
良子「これは実際すごいです」
良子「これは同じく彼の師匠でもある――弘世プロの狙い撃ちの技能と通じるものがある」
久「ああ、あの須賀プロのチームメイトで……魔法少女の弘世プロ」
良子「……それはやめてあげてください。プリーズ」
良子「もっとも、彼女のそれはさらに複雑なものと化していますが……基本的には同じ」
良子「張り替えても変幻自在に襲い来るそれは、まさに“魔弾”と呼んでもリアルに差し支えがないでしょう」
久「……戒能プロ。話逸れてってるわよ」
良子「そ、ソーリー」
良子「とにかく、その弘世プロは辻垣内プロと大学時代コンビを組んでいました」
良子「今の彼女はともかくとして――古い方のシャープシュートで、辻垣内プロをスナイプできるとは思えない」
良子「宮永プロは、須賀プロの不可解な打牌に若干懐を深くしていた」
良子「だから、状況的に荒川プロを撃つというのは不自然ではないですが……」
久「判断としては、おかしい」
良子「Exactly...!」
良子「その通りです」
良子「須賀プロほどの研究を重ねた人間なら、荒川プロの特徴を知っているはずなのですが……」
久「……」
久「まあ、当人にしか分からないわね」
良子「イエスです、ハイ」
久「……ま、これだけは言えるわ」
良子「ワッツファック?」
久「須賀京太郎が――」
久「オカルトスレイヤーが――」
久「『なんの勝算もなく、あんなにおかしなことはしない』ってことよ」
良子「……なるほど」
良子「バット、時々迂闊に相手から攻撃を受けてしまう場面も散見されますが」
良子「これについては?」
久「うっ」
久「……に、人間っていうのは日々成長しているのよ!」
久「私たちの知っている昨日までの須賀プロは、どこにもいないのよ!」
良子「……」
良子「アイ・シー。確かにあなたの言うとおりです」
久「でしょ? でしょ?」
良子「ただ、そんな奇麗事が通用するほどプロはイージーな環境ではないというのと……」
良子「あの、『天邪鬼』の竹井アナが弟子のことになると……こうも素直になるという、実にエクセレントな場面が見れたのは収穫です」
久「うっ」
良子「とてもキュートでクールなお弟子さんですからねぇ」
久「ぐっ」
良子「一緒に仕事をしたい麻雀プロ第1位のトップですし……」
良子「高校時代は、男子インターハイ2位の貫禄ですから……ふむふむ、アイ・ノウ。アイ・ノウ」
久「……」
久「アイノウプロにでも、名前を変えてみたらいかがですか?」
良子「そんな苗字の、素敵なパートナーが見つかったら考えますよ」
そして、続く東四局二本場――。
京太郎『――ロン』
京太郎『3900は4200!』
憩『はい』
再び、須賀京太郎は荒川憩からの和了を決める。
この時点で――皆が確信した。
須賀京太郎は、ある理論を元に何かをたくらんでいる……と。それが、自明の理であると。
久「また、荒川プロから直撃」
良子「今回は、打牌事態はストレートなものでしたね」
宮永照: 18700 0 = 18700
辻垣内智葉: 23600 0 = 23600
荒川憩: 36600 -4200 = 32400
須賀京太郎: 21100 +4200 = 25300
良子「これで少なくとも、狙えるから狙っているというシンプルな訳ではない」
良子「それが十分分かりました」
久「ええ」
久「須賀プロなりの算段が、明確に存在しているわ……それが何かまでは私には分からないけど」
良子「そうですか?」
良子「少なくとも、今の和了については私もアンダースタンドですよ」
久「結局ルー語でいくのね。……理由は?」
良子「シークレット、秘密です」
久「……」
久「実は分かってないから、あとでしたり顔で解説とかするつもりじゃないんですか?」
良子「ノーウェイ、ノーウェイ」
続く東四局二本場。
京太郎「――ツモ!」
京太郎「1000オールは、1200オール!」
須賀京太郎は、役牌にドラを絡めたもので速攻。
あるいは今の彼に、流れが来ているというものもいるだろう。
しかしそれは、絶たれた。
照「……ツモ」
照「1300・2600は1600・2900」
宮永照の静かな和了。
ここまでは、不本意ながらも先行を許してしまったが……。
これ以上、進む前にその流れを止めると言わんばかりの和了であった。
そして南入した次局。
照「ツモ」
照「500オール」
宮永照は和了を決めた。待ちは、前回――つまり東四局三本場と同じ形。
『Act.3』を利用して、速攻でその形を作ってしまった後に邪魔されずに和了する。
あとは、可能な限り『Act.3』を利用して、『Act.1』の速度を補強して運を高める――という算段である。
宮永照: 18700 -1200 +6100 +1500 = 25100
辻垣内智葉: 23600 -1200 -1600 - 500 = 20300
荒川憩: 32400 -1200 -1600 - 500 = 29100
須賀京太郎: 25300 +3600 -2900 - 500 = 25500
しかし――。
憩『――ロン』
憩『3900は、4200やね』
加速態勢に入った宮永照の攻撃は、叩き潰された。
潰したのは、不敵に微笑む第3位と――。
京太郎『はい』
当然とばかりに点棒を差し出す、須賀京太郎。
そのまま静かに、崩した手牌を自動卓へと押し込んでいく。
取り立てられるというのは必然であろう。それが、荒川憩の“特性(のうりょく)”なのだから。
だが――これは。
良子「二度目の直撃については、今の通りですね」
良子「そろそろスタミナが切れたのか……それとも温存しているのかは知りませんが」
良子「辻垣内選手は、走れない」
良子「まあ、走らせようとしたのなら――アクチュアリィ、その隙を突かれるだけでしょうが」
久「なるほど……だから、須賀プロは利用したって訳か」
良子「ええ。荒川プロの打牌を鑑みて、今度は荒川プロに宮永プロの連荘を止めさせるように仕向けた」
良子「……自分の貴重な和了のチャンスを潰すことにはなりますが」
良子「宮永プロに連荘をさせないことをとったのでしょう」
久「ふぅん」
良子「……コレクトリィ。竹井プロの言うとおり、須賀プロは変わりました」
良子「読みの正確さも去ることながら、その大胆さ――彼が今の場を、静かに支配している」
良子「今までの須賀プロとは、違っている。ヴァージョンアップです」
久「でしょう?」
良子「ただ……やはり彼の親番、最初の和了はマジにミステリスです」
久「……」
久「……ま、今は静かに楽しみましょう?」
良子「楽しむのはやまやまです……ただ、クワイエットを保たないでちゃんとアナウンサーとして働いてください」
久「……。……バレた?」
迎えた、南二局。
最初の和了から沈黙を保っていた蜘蛛が、動き出した。
智葉『――リーチ』
大星淡のお株を奪うような、ダブルリーチ。
それから直後――。
智葉『――ツモ!』
智葉『4000オールだ』
一二二三三四萬 ④⑤⑥⑦筒子 789索 ツモ:⑦筒
ダブルリーチ、一発ツモ。
これこそが最速。これこそが辻垣内智葉。
彼女は、他家を使用してその和了を叩き潰すことが多い。更には、自分自身が跳ねることで他家のお株を奪うこともある。
だがその本質は、速さ。
大星淡のダブルリーチに後発で5順目にリーチをかけ、彼女から一発で直撃を奪い取る。
そんな芸当が可能なのは、辻垣内智葉のほかにはいない。
久「えーっと、辻垣内プロの平均聴牌速度は……」
良子「いわばスタミナ……という問題があるので、平均速度はおよそ8~9巡ほどとなっていますが」
良子「速いときの彼女は、平均聴牌速度が1~3巡目です」
久「……何それ」
良子「以前、副露が得意な選手がいたのですが……それがフルに副露をしても、辻垣内智葉には上回られる」
良子「それこそが辻垣内智葉――『悪魔の天敵』です」
――これが、9位。
宮永照: 25100 0 - 4000 = 21100
辻垣内智葉: 20300 0 +12000 = 32300
荒川憩: 29100 +4200 - 4000 = 29300
須賀京太郎: 25500 -4200 - 4000 = 17300
そして、続く南二局でも辻垣内智葉が和了する。
その温存していた“特性(のうりょく)”か、彼女は止まらない。
智葉『――ツモだな』
智葉『2600オールは、2700オール』
五六七萬 ②②⑤⑥⑦筒 56索 ツモ:7索
久「……今のは、リーチをかけていても良かったんじゃないの?」
良子「ノーですね」
良子「リーチをしたら手に蓋をすることになりますし、場の空気を読み行動する彼女のスタイルにはあまり合わない」
良子「打点を上昇させることより、この場で下手にパンチされて失点するリスキーな選択を嫌がったのでしょう」
良子「宮永プロという、スピードで並ぶ相手もいますから」
久「そういえば、牌符を見るに彼女は割と慎重なタイプだったっけ」
良子「イグザクトリィ」
今の和了で、辻垣内智葉の点数は8100点が上乗せされて、40400点。
一方の荒川憩は、26600点。
ここに須賀京太郎からの9600点を取り返すとしても――合計で36200点。
つまり、荒川憩がその“特性(のうりょく)”を発動させたとしても、トップにはなれないのだ。
下手に満貫12000点――3900点を深追いをして痛い目を見るよりも、堅実な手法をとったということだ。
久(……さて)
久(また、結構な点差がついて更には9600点の手形を抱えている……)
久(どうするの、須賀くん?)
南二局一本場・結果
宮永照: 21100 -2700 = 18400
辻垣内智葉: 32300 +8100 = 40400
荒川憩: 29300 -2700 = 26600
須賀京太郎: 17300 -2700 = 14600
京太郎(……そろそろか)
京太郎(ほとんど後のアレは――賭けだな。ある程度、勝算はあるけど)
京太郎(連荘大歓迎だぜ? その分、俺が手牌を開けるチャンスも増える)
京太郎(だから――まあ、こんなのも来たりする)
三三七七七萬 【⑤】【⑤】⑦⑦⑨筒 3索 北 ツモ:【5】索
京太郎(……で、だ)
京太郎(その速度も多分……そろそろ抑えられるだろう)
京太郎(辻垣内先輩の親番を除けば、あと最短で二局)
京太郎(内一回は憩さんが和了する。親番で和了、連荘って形だ)
京太郎(ただでさえ引きが恐ろしいあの人……しかも、あんまり和了したら東場の繰り返し)
京太郎(その連荘を潰すためにも、あなたは体力を温存する必要が出てくる)
京太郎(そろそろ、だからその神速も限界だ)
京太郎(あと、ヤバさを知った憩さんが――俺か照さんを走らせにくる)
京太郎(残りの局数から言って、照さんはそろそろ速い手を作りづらいだろう)
京太郎(ってことは多分、後々回収可能な俺を使う)
段々と頬が釣り上がってくる。
おおよそのアウトラインに沿って、これまで行動していた。
ある程度の確信やあたりこそあっても、すべてが完璧に理論で補強されている訳ではない。
だが、だからこそ――
京太郎(麻雀って楽しいよな)
京太郎(自分が思い描いた通りにことが進まない。運の勝負だっつっても、やっぱ実力はある)
京太郎(でも――)
京太郎(ここまで、ワクワクした気持ちになるのはやっぱ、すげーよ)
京太郎(本当にこんなに強い人たちと打てて、まだ噛み付いていられるってのが……楽しい)
京太郎(今なら、胸を張って言うよ)
京太郎(俺――麻雀のことが、大好きだ)
京太郎「チー」
京太郎「それで――」
三三七七七萬 【⑤】【⑤】⑤⑦⑦筒 副露:3[4]【5】索
京太郎「ツモ」
京太郎「3000・6000は、3200・6200」
南二局二本場・結果
宮永照: 18400 - 3200 = 15200
辻垣内智葉: 40400 - 6200 = 34200
荒川憩: 26600 - 3200 = 23400
須賀京太郎: 14600 +12600 = 27200
そして、南三局目。
憩『――ロン』
憩『9600点やねー』
京太郎『……はい』
五六六六萬 ③③③⑧⑧⑧筒 777索 ロン:四萬
久「……やっぱり、そうなるわね」
良子「あるいは彼女の力をストップさせる手立てでもあるのか――と思いましたが」
良子「それもナッシングでしたね」
久「ええ。確かに、そう」
久「結果としてみたら……須賀プロは必然の上に落っこちただけ」
良子「でも……でしょう?」
久「ええ。分かるかしら?」
良子「須賀プロの目はまだ、デッドマンには程遠い」
久「むしろ今のを、喜んでいるのかもしれないわね」
良子「喜ぶ? ワッツファック?」
久「……勘よ。ただの、勘」
良子「アイ・シー」
久「まあ、こんなのはプロでもないアナウンサーの戯言だと思って聞き逃してくれてもいいけど」
良子「いや、覚えておきますよ」
久「そう? ならもうひとつ覚えておいてほしいことがあるんだけど――」
良子「ワット? 何でしょうか?」
久「あなた、さっきから放送禁止用語を言いすぎよ!」
良子「それ!?」
そして、南三局一本場においては辻垣内智葉が2300点のツモ和了を決める。
舞台は、オーラスへと突入した。
南三局~南三局一本場・結果
宮永照: 15200 - 0 - 600 = 14600
辻垣内智葉: 34200 - 0 +2300 = 36500
荒川憩: 23400 +9600 -1100 = 31900
須賀京太郎: 27200 -9600 - 600 = 17000
京太郎(さて――俺の勝利条件は親っ跳をツモる)
京太郎(もしくは、親満のあとに、3900――4200点の和了だ)
京太郎(手牌は……)
三三三七七萬 ②②⑦ 24568索 ツモ:六萬 ドラ表示:六萬
京太郎(速さって意味じゃ、悪くない)
京太郎(ああ、速さって意味じゃあな……これだけじゃ、打点が僅かに足らない)
京太郎(だけど――これで構わないんだ。むしろ、いい)
須賀京太郎は、その性質を称して雲と呼ばれる。
人為的に作り上げた雲であり、それが結果的に何を呼び起こすかは知れない。
だけれども、彼は雲だ。なるべくして雲になったのではなく、雲になろうとしてなったもの。
打――⑦筒。
三三三六七七萬 ②② 24568索
京太郎(9600点というあの点数……アレが実現するのは、親の50符3役に限る)
京太郎(変則的だけどよく見るのは、七対子での25符4役ぐらい)
京太郎(他にありえるのは、100符2役――そんなレアケース、咲でもなきゃ起こせない)
京太郎(子で、一番近い点数は8000点か12000点)
京太郎(親で他に近いのは……7700点か11600点)
京太郎(今のところ――直撃した以上にあなたが稼ぐってのは見たことがないから、12000点と11600点ってのはほぼ除外)
京太郎(なぜ俺が親の12000点じゃなく、9600点で和了したのか)
京太郎(それは――あなたの、親番での手を決定させるためだ)
12000点では、子の跳満と同じ。
それでは、荒川憩に――彼女が子のときに、跳満を和了するチャンスを与えてしまう。
そうなれば先ほどのように京太郎に頼ることなく場を流せるだろうし……。
また、親番では本来の容赦のない打点での攻撃が行われていた。
9600点という、親でしか生み出せない数字で――京太郎は憩の和了を限定させた。
京太郎「――ポン!」
三三三六七七萬 4568索 副露:②②② 打:2
京太郎(あなたが見切りをつけて、9600を8000点として和了したならこうはならなかっただろう)
京太郎(だけどそれは、この場では難しい)
京太郎(宮永照と辻垣内智葉を目の前にして、その打点の差分ってのは結構に致命的だ)
京太郎(故に、あなたは親番で9600点を和了する)
時には、空を包む雲めいた飛蝗の大群――すべてを食い荒らす群生相となる。
あるいはにわか雨も呼べなければ、たた方々に散ってしまうこともありうる。
しかし、その雲は星を隠し、太陽を覆い、月を穢す。
それこそが須賀京太郎。
その身に秘めたる思いと、13という不吉を表す数字が意味する“鬼札”。
京太郎(そんで、50符なんて変な数字は――相当に暗刻や槓子をためなきゃできねえ)
京太郎(あなたが和了して、次に局を挟む)
京太郎(そこで和了されたら、俺の計算は狂うが……一応、自分自身で対策もしておいた)
京太郎(曰く、自動卓ってのは結構偏るらしいな)
京太郎(対子場が続けば、洗牌のときに偏りを生む)
京太郎(これは――あの日の咲が証明した。淡と戦ったときの、咲が)
三三三六七七七萬 456索 副露:②②② 打:8索
京太郎(そんで――今だ。今、分かった。俺の手牌を見て分かった)
京太郎(やっぱり、場は対子に傾いているって)
そして今須賀京太郎は、その身に電気を溜め込んでいた。
必然なる雷。
決して折れないという心が、感情が唸りを上げる雷雲。
神憑り的な運を持つもの以外を、即死させるという電撃の鞭。
京太郎「――カン!」
三三三六[七七七七]萬 456索 副露:②②②
ドラ表示――六萬。
京太郎(ドラが、そいつなら――また、そこも偏ってる)
京太郎(だから俺は……そいつを、ツモれる――!)
しかし、忘れてはならない。
雷雲が出来上がるそのときには、ファーストガストと呼ばれる吹き降ろす突風が巻き起きるのだから。
ある歌人は、こんな唄を残した。
京太郎(嶺上を――!)
――吹くからに秋の草木のしをるれば。
京太郎(山を――!)
――むべ山風を嵐といふらむ。
山に吹き、草花を吹き散らす風を――。
照「――ロン」
1199索 東東東 南南南 西西西
照「24000点」
――人はそれを、嵐と呼んだ。
京太郎「……はい」
京太郎「……」
京太郎「王牌を、確認しても……?」
照「……私は構わない」
智葉「……いいんじゃないか?」
憩「ええよーぅ」
もう一度カンをした場合、捲られる表示牌。
嶺上牌と、ドラ表示牌を挟んだ反対側。
それは――六萬であった。
京太郎(ああ――クソ)
京太郎(ネットにぶつかったボールは、そっち側だったのか)
対子場であると――自分で、言った。
ならば、気付いてもよかった筈なのだ。ここまでで、風牌が殆ど表れていないことの不自然さに。
宮永照は恐らく、狙っていた。
智葉が疲弊して、動けなくなることを。
京太郎(……あるいは俺はツモった牌を切り替えるべきだったのかもしれない)
京太郎(だけど、あれを手の内に抱えてしまったら俺は和了できなくなる)
京太郎(タンヤオにドラを乗せた手……ヤオチュウが入ったらどうにもならない)
京太郎(トイトイに手を変えようにも……)
京太郎(この人たち相手じゃあ、それは遅いんだ)
京太郎「……ありがとうございました」
照「ありがとうございました」
智葉「ありがとうございました」
憩「ありがとうございました」
頭を下げて、席を立つ。
最後の嶺上牌、あれをツモってしまったときに、もしも打たなければどうなっていたか。
多分、負けていた。
ここで、あれを抱えても勝てる――と思えない以上は、負けるのだろう。
その為の紙一重。故の、ネットに弾かれたボールの行方だ。
結果
宮永照: 14600 +24000 = 38600
辻垣内智葉: 36500 - 0 = 36500
荒川憩: 31900 - 0 = 31900
須賀京太郎: 17000 -24000 = -7000
◇ ◆ ◇
淡「きょ……須、賀――」
控え室近くの廊下で待っていた淡は、俯く須賀京太郎の姿を視界に納め、声をかけようとし――。
結局は、やめた。
いかなる慰めも、効果はない。
雀士である以上は淡も心得ていた。敗北したものにかける言葉など、全てが上滑りをする。
須賀京太郎は強い。
こと、闘牌においてその精神性は人間を超えた――超人である。
先程、覗き込んだときに気付いた。彼に何かがあって、また彼は強くなったと。
だから、その強さを信じる。
人間の強さではなく――須賀京太郎の強さを。
淡(……ま)
淡(お疲れさま、須賀京太郎)
◇ ◆ ◇
菫「……」
静かに、目を閉じる。
須賀京太郎の闘いを。その意地をしっかりと脳裏に焼き付ける。
あれが自分の後輩で、チームメイトで、弟子の――オカルトスレイヤー。
あの卓の上位ランカーを相手に一歩も引かなかった。それどころか、紙一重の差こそあれ――あと一歩まで追い詰めた。
結果としてはトビ終了であるが、その打ち筋はその一言で終わらせられるものではない。
菫(……須賀)
菫(ランカーに、無駄死にはない。お前の闘いは立派だった)
菫(おかげで見えたものもある――お前のおかげで)
菫(……よく頑張ったな、京太郎)
◇ ◆ ◇
一「……」
ハギヨシ「……」
テレビから放映されたそれを見て、二人は静かに息を漏らした。
最後の最後で、須賀京太郎は競り負けたのだ。
対局後に王牌を捲っていたが、彼の当り牌は逆側に埋まっている気がした。
そうであって欲しいという願望ではなく、きっとそうであるというある種の確信めいた感覚である。
ハギヨシ「……なんて、声をかけたらいいのか」
こういうとき、見ていることしかできない自分が辛い。
萩原は、尋常ならざる卓について知っている。かつては幾度は、天江衣のために。
つい先日は、須賀京太郎とともに魔物級と卓を囲んだ。
であるから――彼がどれほど頭脳を酷使したのか、精神を消耗させたのかは理解できる。
そして、今回の卓の相手はあのときの魔物よりも上を行く打ち手。
あのプロたちでなければ、最後に須賀京太郎は勝っていたであろう。
それほどの実力を持つ相手にあそこまで喰らいついた彼が誇らしくもあり、悲しくもあった。
彼の力が一歩届かなかったこともそうだし、また、結果だけで全てを語る者が少なからずいることに。
一「まあ、いいんじゃないの? 言わせたい奴には言わせとけば」
ハギヨシ「ですが……」
一「アナウンサーはあの人だし、ちゃんとフォロー入れるよ」
あっけらかんと笑う一に、萩原は呆然とした。
ハギヨシ「京太郎くんのことが、心配では……?」
一「いや、全然?」
などと言いながら、携帯電話を取り出す一。
やはり、ケアをするつもりなのではないか。
一「ま、似たようなものかも知れないけど……ちょっと違うかな」
ハギヨシ「どういうことですか?」
一「ボクたちの知ってる須賀京太郎は、強いってことだよ」
ハギヨシ「……」
一「そりゃあ、人間だからたまーに鬱っぽくなるときもあるし……」
一「昔、あんな状態にもなって……それに付き合ってた、萩原さんの心配も判るけど――」
一「人間は――先に進めるんだよ」
一「だから、京太郎くんもいつまでも同じ轍は踏まないよ」
ハギヨシ「……そうですね」
一「あとはボクたちが、彼の格好つけに付き合ってあげればオッケー」
一「変に避けなくても、不自然に構わなくてもいいんだよ」
ハギヨシ「……ええ」
ハギヨシ「あの日の彼も、立ち上がった。彼はいつだってそうだ」
ハギヨシ「たとえ挫けそうになったとしても、また笑って前を向いて歩き出せる」
ハギヨシ「それが――須賀京太郎でしたね」
このメールが相応しいんじゃないかなと、画面を差し出してきた。
それを見て、萩原も小さく笑いを零す。
ハギヨシ「ああ、確かにぴったりですね」
一「だよねー」
◇ ◆ ◇
京太郎「ああ――くそ」
控え室に戻って、大の字に転げる。畳とに挟まれた金髪が、音を立てた。
緩慢に身を起こして、目薬を刺し、ゲル状の冷却シートを頭に貼る。
ケアは、いつも通り欠かせない。欠かさない。
例えば運動の前後に柔軟を行うように、須賀京太郎にとって、それらの作業は必要不可欠であるのだ。
京太郎「また――勝てなかったか」
京太郎「ごめんな……」
応援してくれているであろう人たちへと、謝罪を口にする。
確かに自分はあの場で最後まで喰らいついたし、勝てる算段もあったけれど――。
結果として見れば、二度も放銃した。最後までトップに立つこともなければ、おまけにトビ終了だ。
口では惜しかったと言えるかもしれないが……。
牌符や結果を見れば、逆転を狙っていた3位が最後に直撃を受けて吹き飛ばされた形となる。
プロフェッショナルである以上、その結果には責任を伴う。
それこそが、プロである。誰がなんと言ってもプロとなったことへの対価だ。
これについての批判や罵倒は、受け入れねばなるまい。
京太郎(ああ……)
京太郎(悔しい……悔しいよな)
そんな対価云々にしても、京太郎はあれを“負け”だと理解している。
最後の最後で、勝ちを掴み損ねた。
宮永照が上手だった。そしてきっと、辻垣内智葉と荒川憩も。
逃げていたら――宮永照が四暗刻をツモ和了したか、残る二人から和了を受け敗北しただろう。
そこが、自分と彼女たちの壁。
人間の意地だなんだと言っても、結局はその壁を超えることが叶わなかったのだ。
ただ……。
京太郎(だから……)
京太郎(次は――次は、負けねえ……!)
京太郎(今度は、読み勝って決めてやる! 運の女神を、こっちに振り向かせるくらいに!)
決して、腐りはしまい。
結果として見れば、自分は敗北である。相手との差を思い知らされるものとなった。
だが、過程が無駄になった訳ではない。
今こそは届かなかったが、この意志を持って進む限り、また同じような場面に出会すだろう。
そこで、今度こそは勝利するのだ。本日の教訓を活かして、経験を胸に。
壁が超えられないというのなら、蹴り砕いてしまえばいい。
道がないなら、邪魔なものを退かせて作ればいい。
諦めなければ――勝利に向かおうとし続ける黄金の意志があれば、不可能ではない。
京太郎(……っと、メール?)
京太郎(発信は……一さんだな。なんだろう)
京太郎(――)
京太郎(はは、あの人らしい)
タンヤオ嶺上開花ドラ8と、混一色混老頭対々和ダブ南三暗刻の――差。
それは、須賀京太郎には正確には判らない。
自分は完璧に積み上げたつもりだったが……まだ、足りなかった部分があった。
そうは思う。特に、不穏な静寂を保っていた宮永照に関してもう少し注意を払うべきだっただろう。
甘い部分があった。
だから今回、積み上げきった上で――運で敗北したなどとは言うまい。
京太郎(ああ……腹減ったな)
京太郎(糖分補給も兼ねて――なんか、食いに行くか)
しかし、祈らずにはいられない。誓わずにはいられない。
次こそは――。
ネットに弾かれたボールがどちらに落ちるか、そこを『祈り』、最後に清らかな心で『納得』できる闘いに。
そうなりたいものだし、そうしたいものだ――と。
『
From:国広一
件名:ドジだな、京太郎くんは
内容:京太郎くん……
ショータイムって言うの、忘れてたでしょ?
』
__ __ __ __ __ __ __ __ __ __ __ __
【宮永照の好感度が上昇しました!】
【辻垣内智葉の好感度が上昇しました!】
【荒川憩の好感度が上昇しました!】
【大星淡の好感度が上昇しました!】
【ハギヨシの好感度が上昇しました!】
【国広一の好感度が上昇しました!】
【竹井久の好感度が上昇しました!】
最終更新:2014年02月16日 17:26