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   【みゅーじっく・あわあわー/マシンガントーク】



「――なあ、付き合ってくれないか」

「へっ」


 突如、振って沸いたような須賀京太郎の発言に、大星淡は当惑よりも先に硬直した。

 誰が。いや、何が。どうして。何で自分に。何考えてるんだ、こいつ。

 とうとう頭にまで筋肉が回ったんだろうか。

 夏に入ったぐらいから色々壊れ始めてたけど(番組の発言を確認してるんだから間違いない)、ついに……。

 残念である。本当に残念なイケメンだ。


 黙ってればかなりのものである。

 正直、ちょっと――いや、かなりイケてると思う。まさにイケてるメンズ。略してイケメンだ。

 清涼飲料水のCMなんかで爽やか一直線な顔もするし、かと思えばドラマでは凛とした顔もする。

 麻雀を打つときのあの真剣そのものといった表情に、獰猛な笑み。最近では心底楽しんでいるのであろう快活な笑みまで。

 ほかには、挙げるとするなら……他人を気遣っているときの穏やかな顔とか、困りながら満更でもなさそうな苦笑とか。

 まあ、自分に見せるのは大抵が呆れ顔とか怒り顔とかしたり顔とか調子ぶっこいた顔なので、そこらへん実に腹立たしい。


「誰? 私?」

「……お前以外、誰がいるんだよ」

「……ね、それさ。人にものを頼む態度?」

「ぐっ……。……俺に付き合ってくれませんか、大星淡さん」


 “俺に”――つまりはどこかへ行くのに、同行してほしいということだろう。

 紛らわしい言い方をするヤツである。実に腹立たしい。

 相手が須賀とは言え――そう、須賀とはいえ、この残念なイケメンとはいえ、生意気な馬鹿男とはいえ――ちょっと一大事な台詞である。

 そのあたりの誤解を招くのは、こう、なんというか、やめろというものである。いや、本当に。

 本当に腹立たしいヤツだ。

 思えば、色々なことをされたもんだ。もう関わるなとか、そんな言葉を投げつけられたり……。


 それは、いいとしても――。

 プールでは後ろから胸を揉まれた。最終的には直。抱きつかれる形である。

 そんで首筋に息を吹きかけられたり、耳元で囁かれたりした。ふざけんな。

 麻雀勉強会のときは押し倒された。そんでキスされた。

 ……いや、事故であるが。断じて事故であるが。事故であるが、いつか取り返してやろうと思っている。取り返せるものなのかは知らない。

 こいつはなんと言うか、乙女の純情を弄ぶ鬼畜である。大馬鹿男である。


 こんな美少女――というのは年齢がちょっとあれなので――美人、こんなかわいい女の子を前にしても毎度毎度ぞんざいに扱う、素気無い態度。

 舐めてんのか。お前の目は節穴なのか。

 眼科行け。目を使う麻雀だから尚更行け。何か異常があったらどうすんだ。後々大変なことになると困り者なのだ。

 とにかく、この須賀京太郎という男は色々癪に障る奴だ。

 身長が大体頭一つ分くらいか、それとももっとか高いから……いちいち喋るのに上を見上げることになって、非常に首が痛い。

 まあ、間違いなくありえないであろうがもし仮に万が一まかり間違って何かの手違いで冗談めいた巡り合わせで恋人になったとして、キスするときどうするというのだ

。

 背伸びしても届かない。この、ウドの大木め。アホノッポめ。デカブツめ。


 今までの長いとも短いともいえない人生の中で、ここまで腹立たしいと思った男はいない。

 女を含めても――実に稀だ。

 あの高鴨穏乃とか。宮永咲とか。あとは、最初に出会ったときに宮永照なんかにもそう感じた。


「別にいーけどさ。何? 喫茶店? 映画? 美術館? ケーキ屋さん?」

「いや、買い物」

「ふーん、買い物かぁ……。なになに? 服とか選ぶの手伝ってほしいの?」

「んー……似たような感じだけど、なんつーか」

「なにー?」

「プレゼントを買いたいんだよ、誕生日に送る奴。後輩の、女の子に」

「……ふーん」


 ……。


「なんていうか、大切な奴だからさ……失敗したくないって言うか、そんな感じでな」


 いや、誰も聞いてないから。

 聞いてもしょうがないし。知っても意味ないし。別にどうでもいいし。興味ないし。

 ……ほんっと、どうでもいい。どうでもいいったらいい。


「それでさ、プレゼント選ぶの手伝ってくんねーか? お礼ならなんでもするからさ! な?」

「何でも、って……本当に何でも?」

「ああ。できる範囲内なら、なんでもいいぞ。ビルから飛び降りろって言われてもやる」


 ……。

 いや、やらせないから。怪我とかされても困るし。

 怪我したらどうするんだろう。ファンに迷惑かかるとか考えてないのかな、こいつ。

 というか、もっと自分の身体労わればいいのに。馬鹿か。

 ……いや、馬鹿だった。知ってた。


「……」

「ほんっと、頼むよ! こーいうの頼めそうなの、お前しかいなくてさ! な、お願いしますって!」

「……別にいーよ」

「本当か!? いや、ありがとう……本っ当に、助かる! ありがとう、淡様!」

「……うっさいばか」



 ◇ ◆ ◇



「……で、今日か」


 別にいいけど。そりゃあ、一番近かった休日だから他意はないのだろうけど。

 それにしても、よりにもよってこの日か。何の因果なんだろうか。

 ……。

 仕方ない。気にしない。考えない。気付かない。

 なんて考えながら、待ち合わせ場所に向かう。駅から少し進んだところにある喫茶店だ。

 別に、喫茶店が大好きという訳でもなければ、昼前から須賀京太郎と顔を付き合わせてコーヒーを啜りたい訳ではない。

 ただ単純に須賀京太郎が、


「駅前で人探すのって時間かかるし、立って待つのも辛いだろうから……喫茶店で待ち合わせしないか?」


 などと、宣ってきたのであるから仕方がない。断じて自分の趣味ではない。ないったらない。

 ただまあ、言うのは尤もである。特に否定するつもりもない。

 というか、『立って待つのも辛いだろうから』とは――初めから人のことを待たせる前提なのだろうか。

 気に食わない。


 こう……なんというか、その――人と待ち合わせなら早く来る努力をするべきではないだろうか。今の自分みたいに。

 別に、楽しみだから早く来たとかそんな素敵な理由などはない。

 ただ、時間が勿体ないからだ。お互いに時間ギリギリ限度いっぱいに来るのでは、結局として無駄が生まれる。

 だから、早く来た。それだけだ。

 ちょっと早く来て、丁度起き抜けのコーヒーを飲む。そうしたかっただけである。


 ――悪いな、待たせた。

 ――別に、今来たとこだから。


 なんて、少女漫画チックなことに憧れているわけではない。ないのだ。ないのである。

 ただ、須賀京太郎が遅れてきたら……というか、向こうが時間通りに来たらなんと言ってやろうか。

 一応、考えておいてもいいかもしれない。

 本当に、全然時間に余裕はあるのだし、だから、そういう完全に無駄でどうでもいいことを考えてもいいだろう――。


「あれ? 早いな、大星」


 ……空気読め。

 そこには、コーヒーを啜る須賀京太郎が居た。

 待ち合わせ時間の、四十五分前のことである。


「ねー、須賀」

「なんだ、大星?」

「一口そっちのと交換しない?」

「別にいいけど……ってお前、皿のそれはなんだよ。それ」

「ピーマン」

「……ああ、だよな。ピーマンだよな」

「見て判んないの? ついにピーマンと人参の区別もつかなくなった?」

「……確かに区別つかないな。両方とも退けてあるし」


 皿の端には、ピーマンと人参とピーマンと人参のスパゲティ(パスタ抜き)。

 我ながら力作である。作り方は簡単。ナポリタンからピーマンと人参を取り除くだけ。

 ……訂正しよう。

 ナポリタンからパスタを取り除くだけ。実にお手軽である。本当はちょっと面倒だけど、この自分の手にかかれば慣れたものだ。


「お前なぁ……、野菜は体にいいんだぞ? 特にピーマンとか」

「えぐい。口の中がうぇってして、うじゅってなる」

「……人参は?」

「私、悟空よりもべジータの方が好きなんだよね」

「……ベジータだと、人参も含むことになるけどいいのか?」

「あー、じゃあ悟空抜きのベジータで。カカロットに拘ってないときのベジータの方がかっこいいしさ」


 実はサイヤ人というのは野菜のアナグラムで、悟空――カカロットは人参:キャロットだと知ったときは、我ながら凄いことだと思った。

 翌日、部室でそれを言ってみたら、『お前今頃気付いたのか?』なんて言われた。

 あの堅物め。硬いのは胸だけじゃないらしい。


「おおむね同意だけど……『お前がナンバーワンだ』のところは、名シーンだろ?」

「んー、確かに」

「映画観たか? 神となんとかっての。ベジータ活躍するらしいんだけど……」

「あー、観たかったんだけど……なーんか時間が合わなくて」

「俺もそうなんだよな。見たかったなぁ、ベジータ」

「DVDかBDでも買えば? 私は買ってもいいかなーって思ってるけど」

「マジ? 買ったら教えてくれよ! な! 借りにいくからさ!」

「いっそうちで観てっても別にいーよー」


 それから、ドラゴンボールと、スラムダンクと、ジョジョの奇妙な冒険などの話で少し盛り上がった。

 少し。少しだ。


「――で、そのとき菫はこう言ったんだよね。『私の後輩を可愛がってくれたな。覚悟しろ』って」

「へー、んなことあったのか」

「結構いろいろあったんだよねー。見た目と眼付き通りな感じだったけど」

「それでいて、あの人はどっか抜けてるよな」

「うんうん。なんか知らないけどこっちに連絡よこさないから、放課後親睦カラオケに来ないこともあったしー」

「……なんだ、それ」

「『親睦深めるためにカラオケでも行こう』って話になって、それから、居なかったから電話したのに出ないんだもん」

「あぁ、あの人なんかタイミング悪いもんなぁ……」

「そうそう。で、いつまでも返信しないからしょーがなく置いてくよね? そしたら、あとから『電源切りっぱで、起動してもサイレントにしてた』ーとか言っちゃうの」

「……あぁ」

「こっちもマックとかで時間潰してたのに、全っ然! 返信来ないから、仕方なく四人で行くよね? 『あ、行きたくないから寝た振りしてるのかなー』って」

「ま、確かに。思うよな」

「そうしたら翌日、カラオケの話してたらさ。『聞いてないぞ』って言い出すんだもん、菫先輩。それまで電源落としっぱなし」

「あぁ……」


 なんて、適当な会話をしてみてから、当初の時間になったので店を後にした。

 会計は、一度お手洗いに行ってたときに須賀京太郎が纏めて払っていた。

 理由を聞いたら、「付き合せちゃってるから、払わせてくれよ」だそうだ。なんだそれ。


 かっこつけ男。ナンパ野郎。けーはく。しきじょーま。

 そんなこと迂闊に言って、こっちが『今日一日の分全部奢れ』とか言ったらどうする気なんだろうか。プレゼントの買い物もあるだろうに。

 まあ、カードも持ってるのだろうけど……。

 カードで買って渡されるプレゼントとか、なんか重くて気持ち悪い。そこらへんをちゃんと理解してほしい。


「で、何買いに行くの? 去年まではどーゆー感じのを送ってたのかなっ」

「大学生だから、あんま大したもんは渡してないな……飯奢ったり、そんなぐらい。去年は忙しくて会えてないし」

「ふーん。相手のタイプは?」

「……守ってやりたくなる系っつーのか。ちょっと……いや、かなり天然入ってる。『先輩、先輩!』みたいな感じ」

「私と一緒かー」

「……は?」

「……何? なんか、文句あるの?」

「い、いや……別になんでもない」


 歯切れが悪い。失礼な奴である。

 かなり先輩には丁寧で慇懃に接していると思う。百人が百人、理想の後輩として自分の名前を挙げる程度には。

 外見も儚げである……と、思うので、守ってやりたくなるタイプなのではないか。自分は。


「で、なんかプレゼントのお勧めとかあるのか?」

「もっと、詳しく聞かないとなんとも言いようがないけど……うーん、その子って恋人とかそんなんじゃないんだよね? 一応聞いといてあげるけどさ」

「……違うな」

「うん。じゃあ、服はNGかな」

「駄目なのか?」

「恋人でもなんでもない奴から服とか貰っても気持ち悪いじゃん。靴下とか、そーゆーのならいいけど」

「そんなもんか」

「そんなもんだって。考えたら分かるでしょ?」


 やっぱこいつ、馬鹿なんだな。哀れな奴だ。


「恋人だとしても、なんとも言い様がないけど……まず、高い。貰ったらちょっと悪いって気持ちになる」

「なるな」

「んで、欲しがってた奴ならともかく……相手に選ばれるって、ちょっとあんまりかな。そーゆーのはさ」

「そうなのか?」

「だってさ、相手が送ってくれたってことは……相手は自分にそれが似合うと思ってるんでしょ? それで、自分の趣味と違ったらどー思う?」

「あー」

「で、『貰った以上は悪いから着ないわけにもいかないかなー』なんて思うかもしんない。そーゆーの、貰っても困るよね」

「なるほど。服はNGか」

「相手が恋人とか親友とかで、前々から欲しがってたならともかくね」


 ……で。


「そうなんですよねー、アウターまでレイヤー前提だと秋春以外は辛くて」

「どうしても、夏冬だと店内だと脱がなきゃいけなくなりますもんね」


 今、服屋。

 当の須賀京太郎と言えば、洋服屋の店員との会話に興じていた。


「特に飲み会とかなると、絶対脱ぐことになるから……レストランとかだといいんですけどね」

「そこらへんなんかは、中の方のバランスも考えとかないと」

「だから俺結構、雑誌でチェックするときはアウター取っ払ったらどうなるかな……って、想像してるんですよ」


 プレゼントを選びつつ、なんとなく良さそうな服屋に入ったのが運の尽きか。

 かれこれ十数分。いや、数十分になるかもしれない。

 須賀京太郎は、店員との歓談に興じていた。馬鹿馬鹿しい奴だ。


「でも、お客様なら……雑誌のものをそのまま使えますよね? 俳優さんとかモデルさんみたいですもん、スタイル」

「マジっすか? そう見えます?」

「見えますよ。海外の俳優のコーデをそのまま着ても、十分着こなせますよね」

「んー、まあ、確かにそうっちゃそうかも……」


 アホか。

 ちょっと相手のスタイルがいいからって、デレデレしちゃって。


「いやー、でも、ちょっと微妙にアンバランスなんですよね。あんまりタイトなの切ると、ちょっと引っかかって……」

「あー、何か、スポーツとかやってました? 身体つき、結構しっかりとしてますよね」

「ちょっとサッカーとかやってましたね。後は、格闘技とかなんかも齧ってたりして」


 それで齧ったレベルとか言ったら、全人類の大半は赤ん坊同然だから。

 馬鹿か。大馬鹿男。

 そーゆー、へんに見栄っ張りのところが気に食わないんだ。

 それをともかくとしても、こんな風に、人を待たせるところとか。全然気遣いとかできてない。


「……悪い。時間かかった」

「ほんとーだよ、アホの須賀ー。随分待たしてくれちゃってさー」

「面目ない。いや、真面目な話、すまん」


 結局手持ち無沙汰だから店を出てから数分、須賀京太郎は来た。

 その手の荷物。

 買ったのか。買ってしまったのか。プレゼントを買いに来ながら、自分の洋服を。

 やっぱこいつ馬鹿だ。自分勝手だ。阿呆だ。気遣いとか欠片もない奴だ。

 多分、見てたら何となく欲しくなってしまったんだろうけど、それはどうかと思う。

 目的を忘れてるんじゃないだろうか。この馬鹿男。

 いや、でも包みが小さいし自分の物じゃなく、さっきのアドバイスに従って何か小物を買ったのかも――。


「で、結局何送ることにしたの?」

「あー、これは……その、自分用っていうかなんつーか……」


 ――そんなことはなかった。

 やっぱり、こいつは駄目男だ。知ってはいたが、そうであった。

 別に、買いたいものを買うことを否定はしないが……。それなら最初に、普通に買い物をするつもりと言ってほしい。

 こっちはこっちで、会ったこともない誰かへのプレゼントを真剣に考えているのだから尚更。


「相手の子、年はいくつ?」

「俺より……二つ下だな。今、大学生で就職活動考え中って奴」

「んー、だったらさ。手帳とかどう?」

「手帳?」

「メモとか、そんなのに使う奴。システム系じゃなくて、ちょっとデザインが洒落てるようなので」

「……そんなんでいいのか?」

「飾り気ない奴もらっても嬉しくないけど、ある程度可愛くて実用性ある奴ならいいでしょ? あとはポーチとか、そんなの」

「なるほどなぁ……」

「他には……。うーん、写真立てとか? あんまり高すぎないで、ちょっとおしゃれ系なのがいいと思う。後は花とか贈ったりも、結構嬉しいよね」

「そうなのか? 確かに、花を贈ったことはあったけどなぁ……」

「なんだかんだ、やっぱり嬉しいって! 花とか、さ。どういう人に向けるものか言えば包んでくれるしー」


 なるほどな、と頷いてみる須賀京太郎。

 なんだか、こういうのは実に気分がいい。この間抜け男をフォローするのも、悪くないかもしれない。

 結構楽しい。

 ひょっとしたら、あんまり個人的に誰かを祝うというのをこの男はやってこなかったのかもしれない。

 あるいは、どっかに遊びに連れてったりとかそんなの。


「……でも、意外だったな。大星がこういうのに詳しいだなんて」

「須賀はさ、私のことどーゆー目で見てるわけ?」

「麻雀馬鹿。というか馬鹿麻雀」

「それ、そのまんま須賀のことだからね?」


 訂正。

 やっぱりこいつ、失礼な奴だ。楽しくない。


「私だって……テルとかー、たかみ先輩とかー、せーこ先輩とかー。ちゃんとみんなの誕生日にプレゼント贈ってるんだからね?」

「マジか……。というか約一名の名前が挙がらなかったの、ちょっと不安なんだけど」

「菫先輩? ちゃんと送ってるに決まってんじゃん! お世話になってたんだしさー」

「すっげえ……。大星から、お世話になってたなんて言葉が飛び出すなんて」

「……張っ倒されたいの?」


 この無神経男が。

 誰だ。こいつを気遣いの男とか言い出した奴は。

 仕事で気遣いができても、私生活でどっかがズレてるって、結局しょうがないじゃないか。馬鹿男。


「お、こんなとこあるんだな」

「公園かぁ」


 都市部の片隅にある公園というのは、どこか心を安心させてくれる秘密基地のようなものだ。

 それまでどうにもこうにも密集していたものばかり見てきたおかげか、こういうちょっと広々としたものを見るとなんとも落ち着く。

 子供のころ、同級生の暮らす集合住宅やマンションの吹き抜けで遊んだころを思い出す、というようなものか。

 なんだか、心が引かれるものがあった。


「そうだ! 昼飯、ここで食わないか?」

「……エア弁当?」

「いや、さっき屋台みたいのあっただろ? で、お前それ見てたし……あれを食べるのとか、どうですかね」

「……」


 気が利かないけど、変なところに目ざとい男である。

 一個一個のパーツは十分なのに、組み立て方を間違えてしまったような奴だ。

 果たしてどうしたらそんなものが出来上がるのかは、ちょっとよくわからない。


「んー……ま、いっか。たまにはそーゆーのもさ」

「だろ?」

「でも、この場所選ぶってのがまたセンスの欠片もないよね」

「……は?」

「よく見たらゴミ箱いっぱいになってて景観阻害してるしー、あっちのベンチには酔いつぶれた大学生いるしー」

「注文多すぎないか、それ……」

「さすがに、なんだかカラスが集ってる人を眺めながらご飯食べる趣味とかは、ないってば」

「……死んでないよな、あの人」

「さあ?」


 一応、死んでるか死んでないかの確認をした須賀京太郎は、それから先ほどの屋台へと蜻蛉返り。

 やらせようと思ったら、本当に蜻蛉みたいに反転するんじゃないだろうか。あの男。

 無駄に身体能力高いし。


 しかし、たかがプレゼントを選ぶといっても時間がかかるものだ。

 主な原因というのは、寄り道のせいであったりする。

 やっぱり、初めから目的を決めなければどうしても冗長になってしまうだろう。今の自分の独白のように。

 それにしても、こうして待たされるというのはなんだか手持ち無沙汰で落ち着かないものである。

 何となく、携帯からラジオをつけてみる。

 関西弁の司会者が、リスナーのお便りに答えながら曲を流すという趣向のものだ。


 などとしていると、包みを二つ持った須賀京太郎が帰還した。


「ほい。あと、これ」

「なに?」

「ん? コーンポタージュだけど……」

「……いや、見れば分かるんだけど。須賀ってば、馬鹿なのかな?」


 こっちが猫舌だってことを、忘れてはいないのだろうか。

 暖かい飲み物とかは非常にNGである。「ないわ、ギリギリじゃなくて」というのを略してNG。

 第二位がお汁粉。あの粘り気が舌へのダメージを加速させる。

 堂々の第一位はコーラ。なんの間違いか、暖かいコーラが飛び出してきたことがあった。当然爆発した。


「いやさ……。お前、なんか指先寒そうにしてたろ? これで暖めれば飲みやすくなるし、一石二鳥じゃないかなって」

「……ありがと」


 相変わらず、変なところに気が回る奴だ。

 でも、どこかズレている。仕事とかそういうのでなければ、ちゃんと発揮されないのだろう。

 どことなく鈍感なのだ、須賀京太郎という奴は。本当に。

 まあ、憎めない間抜けといったところだろうか。実際のところ、自分はこいつのことをしばしば憎憎しく思ったりするが。


「んー……む。んー、んぅ、んっ」

「……何やってるんだ」

「気にならない? こーゆー、缶に残った最後の一粒とかって」

「ああ、確かになるなぁ」

「それが、なっかなか落ちてこなくて……もう! あー、はやくしろーっての!」


 傾けたり、舌を動かしてみたり、軽く揺さぶってみたりするが缶にへばり付いたコーンは下りてこない。

 とうもろこしの癖に、実に生意気な奴だ。

 他の仲間はやられてるのに、何を最後まで意地張って残ってるんだろう。諦めたらいいのに。


「そだ!」

「なんだよ」

「私がこうしとくからさ、須賀が叩いてくれたらちょーどいいよね!」

「……そこまでする必要、あるのか?」

「なんか、気持ち悪いじゃん! 缶に一粒残ってるのって!」


 画竜何ちゃらかんちゃらというか、こーぼーも筆の誤りというか、ひょーたんから駒というか。

 なんかどれも違う気がするけど、とにかく、最後の一粒残っているという状況は気に食わない。

 自分はこう見えても、几帳面な性質なのである。

 CDを聞き終わったら、ちゃんと棚に戻す。アーティスト順、五十音順に並べるのだ。……中身はバラバラのごっちゃごちゃだけど。


「ほら、はーやーくー」

「別にいいけど……ちゃんと支えとけよ?」

「いいから! ほら、首痛くなってきちゃうからさ!」

「……いくぞ」


 須賀京太郎が、缶のそこを軽く叩いた。

 いい音がした。実に、いい音がした。


「いひゃい」

「だから、ちゃんと支えとけって……」


 前歯に缶が当たった。それも、割と勢いよく。

 結構、頭の中に音が響いてくれた。実にいい音である。


「……ちょっとは手加減してよ。ばか」

「お前がちゃんと持っておかないのが悪いんだって……。手加減なしなら、前歯全部折れてるからな」

「なにそれこわい」


 なにそれこわい。


「で、取れたのか?」

「ん? んー、どうだろ?」

「俺に聞かれても……」

「どーなんだろ。わかんないかな、これじゃ……見えないし、触った感じでも……んー」

「なら、もういいんじゃねーの?」

「でもー、なーんか歯切れ悪いんだよねー」


 缶の入り口から指を突っ込んで探ってみるが、どうにもあたるところにはないらしい。

 プルタブの切れ込みに擦れて切れそうなので、あまり奥まで入れられないが。

 もう少し指が長かったら、探せるのだろうか。


「大星、結構手ぇちっちゃいな」

「そう?」

「ほら……っと、何だ。意外に指はそこそこ長いな」

「そりゃー、手入れを欠かしたことはないからねっ! ……手入れっていうか、指入れ?」

「……なんか違う単語に聞こえるな、それ」

「?」

「……いや、なんでもない。というか、手入れして指って伸びるっけ?」

「さあ?」


 手を離してみる。

 そういう須賀の手のほうこそ、意外に指が長かった。それに、整っている。

 ただ、やはり男の手というものであり、とこか無骨である。ちなみに麻雀タコはない。よほど牌に触っている証左だ。

 須賀の手のひらから伝わった温度が、なんとなく気恥ずかしい。


「うりゃ!」

「うおっ、お前、なにすんだよ!」

「コーンスープがついて、ベタベタするんだよねー」

「おい、馬鹿、やめろ! 本当にやめろ! 冗談でもやめろ!」

「ははっ、馬鹿って言われたらもう……やるしかないよね!」

「やめろって!」


 いや、もちろんコーンスープがついた方とは逆の指だけど。

 流石に、そこまで常識はずれなことはやらない。相手が、いくら須賀だと言っても。


 で。

 昼飯も食い終わって、しばしゲームセンターなどで時間を潰したのち、そこからは解散の流れである。

 流石に目的を果たしたのに、いつまでもつるんでいるほど、物好きではないのだ。二人とも。

 京太郎が先導。淡は、それに続く形である。


 夕暮れにはまだ早いが、そろそろ日も傾き始めていた。

 楽しい休日というのは――いや、別に楽しくもなんともなかったのであるが――これで終わりである。

 冬というのは、どうにも日が短くて困る。

 自分の誕生日がなければきっと、好きにはなれないであろう。


「それで、その後輩の子っていつが誕生日なの?」

「20日。一応、予定空けとくようには頼んだ。俺の方も、なんとか時間空けた」

「ふーん」


 階段を下る。

 誰かが気まぐれに設置したのだろうか、それともそういう趣向なのかはしらないが、ラジオが流れていた。

 モルタル作りの壁。そこに吊るされたスピーカーと、その向こうの空。

 あと数時間もすれば、日は完全に沈んでしまうであろう。


『えーっと、ペンネーム。恋するウサギちゃんからのお便りかー』


 良く見れば、まだ染まりきっていない空に星が輝いてる。

 あれは確か――金星だろうか。

 太陽の中にあっても、ただ輝きを放つ星。だから、しばしば色々な国で「反逆者」の説話を与えられる星だ。


『「悪い奴じゃないと思うんだけど、実際会ったら会ったで悪態をついてしまいます」』


 美の女神。ルシファー。天津甕星。イシュタル。ケツァルコアトル――色々な名前で表される。

 ちなみに、淡たちが行っている麻雀のランキングは、その略称がM.A.R.S.ランキングであるため、火星での制圧力などと揶揄されている。

 コラージュ画像も多い。主に、背景に様々な動植物の画像を当てはめたものであるが。

 失礼なことに、淡はタコであった。ヒョウモンダコというタコらしい。なんでも、危険な毒をもっているとかいないとか。


『「相手もそうしてくるからってのもあって……確かに気に食わないところはありますが、別に凄く嫌いという訳じゃなくて……なんだろ」』


 このコラージュ画像、一体誰が見つけてくるのだろうか。誰が考えているのだろうか。甚だ疑問だ。

 ただ、あの荒川憩や辻垣内智葉なんかはそれぞれカニとクモで、小走やえもクワガタだったりするので、まあざまあみろという感じだ。

 他にも、ワシだのハチだのシャコだのと、実にバラエティに富んでいる。

 とりあえず地球上の生命体の中で、恐るべき力を持っている生物をそれぞれの麻雀のスタイルに合わせて、当て嵌めているようであった。


『「いろいろと張り合うことが多い相手だから、こっちも無意識のうちに張り合ってるのかもしれないけど……」』


 その手の画像の纏めでは、嫌というほど、それぞれが人間大で戦ったらどの生物が一番強いのかという論争がなされていた。

 麻雀の話をしろ。麻雀の。

 なんでいつの間にか、全世界ビックリ生物ショーになっているのだろうか。

 それとも、M.A.R.S.ランキングの麻雀は最早人間のそれとは違うと暗に言いたいのだろうか。失礼な奴らだ。


『「でも、なんとなく気になってしまって、それで、口喧嘩をしたあとは“やっちゃったー”って思ったり」』


 おまけに驚きながらこの画像、宮永照が彼女の“特性(のうりょく)”で覗き見たイメージと一致している。

 偶然というのも、あるものだ。

 いや、自分はタコではないと主張したいが。本性がタコって、一体どういう生物だろうか。


『「なんか、相手のことを考えると苦しくなります。もう少し仲良くなってもいいかなと思うけど、相手が邪険にしてくるのでこっちもそうしちゃいます。で、その繰り返し」』


 須賀京太郎は――なんだったか。こいつが一番安定しない。

 というのも、麻雀にスタイルらしいスタイルというものが存在していないから。

 当初は、獰猛な笑みを浮かべていて脚力が凄まじい割に体が柔らかいから、リオックとかいうコオロギが当てられていたがそうでもない。

 最近は、シャコであったり、スズメバチであったり、バッタであったり、ウナギであったり良く分からない。

 “どの生物が強いのか”と並んでなされるのが、“須賀京太郎にどの生物を当て嵌める”か議論である。


『「今まで出会った異性に対してでこうなるのは本当に初めてなんですけど、どーしたらいいんでしょう」』


 何となく、話題が消えた。気まずい沈黙である。

 特に気にしたことはないが、須賀京太郎を前にしたときは別だ。

 何かしら話して、場を持たせなければならない――という、そんな気になってしまう。


『いやー、初々しいメッセージですねー』


 特に、このラジオの話題。

 あんまりよろしくない。なんだかとってもよろしくない。

 そんな気がした。


『……というか、自分で恋するって言ってる時点で気付こうか。それとも、高度な自虐ネタなんやろか?』



 ふと、思い出したように須賀京太郎が顔を上げた。

 それから、振り返る。


『んー、でも、なんやろ。もっとシンプルな気持ちで行ってもええんやないかなー』


 その手には――――マフラー?

 なんだろうと伺っていると、唐突に手が伸ばされた。

 そのまま、されるがままにマフラーをかけられる。髪がフワリとアーチを作ったのがわかる。

 何となく何をしたらいいのか分からないでいると、須賀京太郎のポケットに、先ほど彼が持っていた包みが捻じ込まれているのが分かった。

 あの中身は、これ――だったのだろうか。



「ほらよ、これ。プレゼントな」

「……。……知ってたの、私の誕生日」

「知らない仲じゃないからな。とりあえずは押さえといたんだよ」

「……ありがと」

「ま、付き合わせちまったからなー。普段もなんだかんだ、よく話してるしさ」

「……ん」

「誕生日おめでとうってとこかな、大星」

「……」


 あそこで、やたらと待たせていたのは……自分を店外に出すためだったのか。

 で、先に出た自分に気づかれないように、マフラーを購入した。

 それからずっと、それを持っていた。


 ……。

 つまりこの男は最初から、そのつもりであったのである。


「……」

「けっこー似合ってるな、うん。自分のセンスが恐ろしいかもしんねー。これ益々美人度アップしてるんじゃねーの?」


 なんて、悪戯っぽく笑いかけてくる彼。

 相変わらずどこか、飄々とした調子で軽快な男だ。

 自分の近くにいると、コロコロと表情が変わる。


「……って、服とかって駄目だっけか? やっぱ返してくれるか?」

「……別にいいよ、嫌じゃないから。心配しなくていいって」

「そっか?」

「うん」


 マフラーならそこまでご大層なものでもないから、服には入らないだろう。

 手袋や何かと一緒である。きっと。


「……にしても、大星って誕生日12月15日なんだな」


 ふむ、と……彼が顎に手を当てた。

 こんな感じに。どこかこの男は、子供のように表情を変化させていく。


「その分だと、親からのプレゼントもクリスマスと一緒にして一つしかもらえないんじゃないか?」

「んー……まあ、その、みんなそうなんじゃないの? 冬生まれの奴ってはさ」

「そうか? んー」

「なに……?」

「まあ、クリスマス会うことがあったらちゃんと別にもうひとつ、プレゼントやるからさ」


 「なーんてな」と、須賀京太郎は茶化した笑みを浮かべて前を向いた。

 実際のところ、彼がクリスマスまで仕事の予定を入れていることを知っていた。というか、そう漏らしていた。

 20日の予定の埋め合わせとして、24日と25日にもスケジュールが入ってしまったらしい。


 つまりはこれもお得意の冗談とか、お茶らけである。

 初めから彼は、プレゼントを渡す気なんて――たぶんきっと――ないのであろう。

 それとも、口約束だけはタダであると思っているのか。


(……んなわけないよね)


 そのまま須賀京太郎は、踊るように階段のステップを下っていく。

 思った以上に広い背中。

 実際のところ、彼は色々と約束の上に成り立って、背負い込んでいる男である。

 自分との約束もそうだ。

 かつてのタイトル戦。あのリベンジを果たす――というのが、大星淡と須賀京太郎の間に紡がれた糸。


「須賀」

「ん? なん、だ――」


 階段の一段下に居る須賀京太郎。

 その広い背中に抱きついて、それで。


「――ん、むっ」


 振り向いた彼の唇に、唇を合わせて。

 たっぷりと角度を変えるように押し付けるようにして、それから引き剥がす。


「お、おま……、え……?」

「前に取られたとき、取り返すって約束したよね?」


 なんだか、上手く言葉が出てこない。

 でも、出てこないことが嫌でもないし、悪いこととは思えない。

 いつもならもっと口が動いて、気まずい沈黙を作らないようにしたり、色んな話題を振ったりしてしまうのだけれど。

 今は妙に落ち着いているのか、特に喋り出そうという気にはならないのだ。

 シンプルな気持ち。なるほど、確かだ。


「利子つきで――唇、返して貰ったからっ!」


 ……まあ。

 別にこいつに対して、そんな気持ちとかは特にはないんだけど。

 とりあえず、取り返せる約束手形はさっさと引き取っておいてもいいんじゃないだろうか。


                                                                                                       ――了

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最終更新:2013年12月31日 13:31