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【アノニマスに花束を/夢乃マホは電気鰻の夢を見るか】



「……迷惑がってないよな? いや、大丈夫だ。大丈夫」


 焦げ茶色のライダース風のPコートに、青いデニムというカジュアルな出で立ちの青年は、何度目かも判らない溜め息を漏らした。

 青年――須賀京太郎

 今日は、デートである。

 とは言ってもそれはお互いが「デートですねっ」「ああ、デートだな」と、軽い言葉で交わされたものであり、

 当人たちには、額面ほどの男女意識は垣間見えない。

 ……少なくとも須賀京太郎はその認識であるが、

 誰がどう見てもその言動というのは、差詰め初デートに不安を抱く少年のそれだ。


 あっちへふらふら、こっちへふらふら……とにかく、落ち着かない。

 貧乏揺すりをしたかと思えば、今度は吐息を漏らし、頭を掻いて、何の気なしにショーウィンドウを鏡代わりに。

 それからまた、時計を見る。

 言うまでもないだろうが、待ち合わせ時間にはまだ遠い。

 それでも実に驚くことにこの男、今から三十分前には現場にいる。

 今が、待ち合わせ時間の二十分前というあたりから――実に、察して然るべき待ち惚け時間だ。

 というか、あんまり早く来すぎるのも考えものだ。


「ま、マホに限ってドタキャンとかはないよな? でもアイツ、可愛いし、彼氏の一人や二人……」


 その場面を想像して、唸りを上げる。

 別に、マホを自分の女と思っている訳ではない。

 むしろ、彼女にも好い人が見付かって、大切にされながら幸せに暮らしてくれたら実に祝福すべきこと。


 でもそれが、半端な男ならどうなるか。

 まず、殴る。次に、殴る。それから、殴る。

 そして、殴る。更に、殴る。おまけに、殴る。

 重ねて、殴る。加えて、殴る。連ねて、殴る。

 トドメに、殴る。駄目押しに、殴る。もうひとつ、殴る。

 殴るのフルコースである。

 殴ると殴ると殴るが被ってしまったというレベルではないが、フルコースだ。


 京太郎はマホのことを大切な妹分であると考えていた。

 俺の妹が可愛すぎて異世界がヤバいけど愛があればいいよね――というレベルに。

 誰だって、いい格好をしたい相手はいる。守りたい、裏切りたくない相手がいる。

 京太郎にとって、夢乃マホはそんな少女であった。


 もう、先輩がどうこう、兄がどうこうを通り越していた。かなり、父親に近かった。パパだ。

 夢乃マホほどの少女にパパと言われたら、何か色々な意味でヤバい。児童うんちゃら、青少年うんちゃらでヤバい。

 長野なら大丈夫だろうが、生憎ここは東京である。つまり、ヤバい。

 “ヤバい、ヤバい、実際ヤバい”の謳い文句でヤバい東京である。要するにヤバかった。


「す、すみません京太郎先輩っ! お待たせ――」

「――っと」


 それから、五分後。


 慌ただしく肩を上下させて走り寄るマホが蹴り躓いたのを、苦もなく受け止める。

 ここで、京太郎の胸にすっぽり収まるのならロマンスの始まりだろうが――。

 悲しきかな、身長差である。

 中学二年時よりも成長が見られるとは言え、いかんともし難い背丈の差。


「わぷっ」


 大体おおよそ、鳩尾付近かやや上あたりの位置に鼻先が埋まるのだ。可愛い。

 このまま、頭を撫でぐりたい気持ちに駆られるが、そこはそれ。彼女もいい年齢だ。

 一部の、自己主張をする年齢相応の部分が子供じゃないと京太郎に告げる。


「ご、ごめんなさい……マホ、またやっちゃいました……」

「ったく、バランスとるのが大変なんだから気を付けろって」

「? バランスですか?」

「……ああいや、なんでもない」


 さきほど、京太郎の胸にすっぽり収まるのなら――と、言ったが。

 夢乃マホの胸も、すっぽり収まらなかった。大体、クッションになるし半ば反発材染みている。

 思わずその感触に口笛をならし、やに下がりそうになるのを堪えて、京太郎は笑う。

 努めて冷静に。

 クール・アズ・キュークである。


(これはマホ、これはマホ、これはマホ。マホはロリじゃない、マホはロリじゃない、マホはロリじゃない)


 もとい。

 やっぱり、冷静じゃなかった。


(違う。マホはロリ、マホはロリ、マホはロリ……。これも、どうなんだ……?)


 そんな先輩の葛藤を知ってか知らずが、夢乃マホは京太郎の背中に――というかほぼ腰――に、手を回す。

 申し訳なさ半分、嬉しさ120%だ。


「でも、京太郎先輩なら……マホのこと、受け止めてくれるって信じてました」

「嬉しいこと言ってくれるけど……アホ。なにかあったら、どーすんだよ。気を付けろって」

「ご、ごめんなさい……」

「……まあ、俺が絶対受け止めてやるけどさ」

「……はいっ!」

「っと、引っ付くなよ。そーいうとこも、直そうな」

「えへへっ」


 抱き締められた腕に胸が当たる。緊張する。

 初めて出会ったそのときは、中学二年生という年齢でも幼いのではないかという容姿であったが……。

 いつの間にか、成長していた。主にある部分が。

 女ってスゲー。人体の神秘である。


 ……どこぞの回転使いや海底使いにもこの成長があれば良かったのにな。


「京太郎先輩、その格好……」

「ああ。どうだ? 大学生っぽいだろ?」

「はいっ! 京太郎先輩、若々しいです!」

「マホに合わせて、って思ってな。……これで良かったか?」

「京太郎先輩は、どんな格好でも……すっごくすっっっごく格好いいです!」

「ははっ、ありがとな」


 ぽんぽん、と頭に手をやる。

 しまった。子供扱いしすぎたか――と思ったが、当人は嬉しそうだったので、よし。

 やっぱり、後輩というのは可愛い。いい子なら、尚更。

 それは――今この場にはいない――室橋裕子にしてもそうである。


「んじゃ、行こうか」

「出発しんこーですか?」

「ああ。で、色々考えてきたけど――マホは、どんなのがいい?」

「えっと、えっと……京太郎先輩となら、どこでも……」

「嬉しいけど、ちゃんと決めてくれよな? 学生コースから社会人コースまであるからさ」

「社会人コース……な、なんだかアダルティな響きです」


 そんな純真な少女の視線を受けつつ、須賀京太郎は苦笑する。

 社会人コースなんて銘打ったものの、内容は学生コースのマイナーチェンジだ。

 要するに使える金が増えた代わりに、時間が減った。

 翌日や翌々日への疲れを残さないようにする。妙ちきりんなテンションで騒がない。


 遠出をすることもあれば、自宅で過ごすことも多いし……。

 洒落た料理店に行くこともあれば、学生のようにボウリングやカラオケにも行く。

 バイクの代わりに車を出したり、電車でアウトドアに興じたり、街をブラついたり、アウトレットに行ったり……。

 せいぜいが、そんなところだ。

 ただ、情熱の代わりに安定が追加されただけ。


 ……なお、これは一般論だ。

 何故ならば須賀京太郎は、社会人デートというものをしたことがない。

 社会人になってから、恋人がいないのである。女友達や知人は居ても。

 ちなみに、以前行った大星淡とのあれは京太郎のイメージする社会人デートに程近いが、


(プレゼント選びだから、ノーカンだよな)


 ので、ある。


 まあ、ラストもキスをして別れたのであるから、デートといえばデートかもしれない。

 ただ普段の態度があれである以上、疎まれこそはしないが若干嫌われているような気もするので、あれは何かの間違いではないかと思う。

 唇を奪われたが、そもそもそれ以前にアクシデントで接吻した形となったことはあるし、

 大星淡はとても子供っぽく負けず嫌いであるために、本当の本当に彼女が言ったような意味もあるかもしれない。

 或いはなんとなく、あの場の雰囲気に流されたか。

 しかし、それでも態々嫌いな男にやらかすか――という話であるが……。


(だって、大星だからな。バカっぽいし、負けず嫌いだし)


 とにかく、とりあえず、キスの意味については深く考えないことにした。

 一々女の言動に舞い上がってそっちに結び付けていたら、命がいくつあっても足りない。


 これは――大学のいつだったかあったのだが、まあ、麻雀部以外でなんとなくそういう雰囲気になったと思っていた女がいた。

 ボディタッチが多い。距離が近い。飲みに行ったときに、頬っぺたにキスをされたりもした。

 これは、ひょっとしたら――というかあからさまにアレじゃないかと思った。

 にこやかに笑いかけられれば、「俺に気があるんじゃないか?」と思ってしまうのが、悲しきかな男の性だ。

 それとなく――あくまでも京太郎としてはそれとなく、その彼女に、問いかけてみた。

 が、そういう察しはいいのが女だ。

 直に京太郎の問いかけの意図を見抜き、完全否定を叩き込まれたのだ。やんわりとしていたが、思いっきり。

 「勘違いするな、童貞野郎」と言う旨の言葉だった。

 念のため彼女と自分の名誉のために言わせてもらうなら、もっとオペラ歌手のビブラートレベルにオブラートに包んであったし、自分は童貞ではなかった。

 が、まあ、否定されたというのはどうしようもない事実だ。

 それから、なんとなくそういうことがあったのでどちらともなく避ける結果となった。有り体によそよそしい訳ではないが、どこかぎこちないのだ。

 京太郎は学んだ。

 女からは確信的な言葉が出るまでは、まるで信用してはならない――と。


 で、やや傷心の京太郎は、新子憧に酒に付き合ってもらった。

 そこでもされた。キスを。

 翌日なんとなく伺ってみたら、まるで憧には記憶がなかった。愕然とした。記憶にも留めないくらい、軽いんだと。

 中には、酔っぱらうとその場のノリでキスをしてくる絡み酒の新子憧のような人間もいるのだ。

 キスというのは、京太郎が考えているほど特別なものでもないのだろう。ないのかもしれない。嘆かわしいが、貞操観念は本人の自由だ。

 まあ、京太郎も酔って友人の唇を奪いそうになったので、そこらへんはノーカンとしておこう。


「どうしました?」


 首を傾げる夢乃マホに、何でもないと笑い返す。

 さすがに一緒にいるときに別の女の話題を出さないのは、マナーだ。

 個々人にルールがある恋愛観念はよく判らないが、全体としてのルールの把握は得意である。


「それで、決めたのか?」

「え、えーっと……」


 目の前で首を傾げる少女を見て、このまま穢れとは無縁でいて欲しいなーと思う。

 いや、別に処女性がどうこうとかはまるで気にしない性質であるし、後輩の貞操をじっくり見張るような変態ではない。

 でも、夢乃マホが、平然と男の唇を奪う女だったらどうだろうか。

 かなりショックだ。ショックだろう。

 正月に帰省をしたら、可愛く懐いてくれていた親戚の子が、いつの間にか金髪染色ギャルに汚染されていたくらいショックだ。

 まあ、結局は大本の性格的には変わっていないから、気にするべくもないが、やっぱり多分誰でも多少なりともショックを受けるのではないだろうか。

 つまりは、妹分に対するショックである。そういう。


「マホ、悩んじゃいます……京太郎先輩と遊びに行けるならどこでもいいと思いますけど、あだるてぃな雰囲気も気になりますし……」

「はは、マホは欲張りだな」

「あぅ、すみません……」

「いや、別にいいからな。ただ、どれかは選んで貰わないといけないけど」

「う~~~~ん……むむ、むむむ」


 まあ、人のこと言えないよな。自分も。

 プレゼント選びだのプレゼント渡しだので、こうして女の子と二人っきりで出会っているし。

 小走やえには、冗談なのか本気なのか判らない(割と本気だ)求婚や告白を数えきれないほどやっているし。

 唐突に唇を奪われても、そのときは動じても後々までは深く考えないようになってるし。

 電話帳には、男よりも女のメールアドレスの方が多いのだ。

 もしも親戚のお姉さんとか、幼馴染のお姉さんとかいたら、「昔はあんなに可愛かったのに……」と言われていることは請け合いである。


 ちなみに幼馴染の宮永咲には……。

 「中学の頃も、京ちゃんって裏で結構格好いいって言われてたんだよ?」とか、

 「歳をとっても変わらない部分ってあるだろうけど、完全に変わらなかったらそれはそれでどうかと思う」とか、

 「M.A.R.S.ランキングには女性の方が多いから仕方ないんじゃないかな」とか、

 「また私にご飯作らせるの?」とか、

 「今度はこの本がおすすめだよ! 京ちゃんにも読みやすいようにライトノベルなんだけど、サイバーパンク要素もある近未来のSFみたいなお話でねっ!」とか、

 「ライトノベルだから、女の子に囲まれてるしそういう如何にもなやり取りもあるんだけど、話はシビアでシリアスでね!」とか、

 「事件ごとに、戦う相手のバリエーションが見られるのがまた面白いんだよ! 敵側としての、主人公とヒロインとの立ち位置みたいなコンビとの戦闘とかっ!」とか、

 「市街地での対銃撃戦の、主人公単体の戦闘とか! チーム戦で怪物退治とか! 社会的に追いつめられるとか!」とか、

 「あ、名前はこれ。ブラックブレットって言うの。今度アニメ化もするんだよっ!」とか、

 「他にも他にも、ちょっと古いけどブラッドリンクってライトノベルがあって、京ちゃんはもっと女性心理について伺ってもいいんじゃないかな」とか、

 「あ、ハードSFが読みたいんだったら、『年刊日本SF傑作選』っていうのがお勧めだからね。大体、ハードSFがどんなものか触りを知りたいなら丁度いいよ」とか、

 「これは短編を集めてるから、いろんな題材のハードSFが読めて、ジャンルとして自分に合ってるかあってないかがわかるんじゃないかな」とか、

 「『結晶銀河』『極光星群』『量子回廊』『拡張幻想』『超弦領域』って名前が表紙になってるから、そっちで探した方がきっといいと思うんだ」とか、

 「きっと読んでれば、この話は好きでこの話はあまり好きじゃないとか……。これは面白くて、これは面白くないとかあると思うけど……」とか、

 「ハードSFがどういうものかわかってもらえばいいから、これでいいんだよ。とりあえず、誰か知ってる著者の名前で選んでみたらどうかな……?」とか、

 そんなことを言われた。帰るときには荷物が増えた。

 途中から本の話になってた。割といつものことだった。



 ◇ ◆ ◇



 まあ、そんな、本のこととなると人が変わったように多弁になる幼馴染は置いておこう。

 で、青年少女移動中。


「……本当に、よかったのか?」

「はいっ! あだるてぃなのにも興味があったんですけど……マホは、こういう風なのがいいなって」


 ところ変わって、ゲームセンターである。

 もう一度言おう。ゲームセンターである。

 デート場所にゲームセンターってどうなんだろうか。でも、テーマパークに行ってもその中のゲーセンに入って興じたりするし、ありなのだろうか。

 というかそもそも、デートじゃなかった。


「なんか、こうしてると高校生の頃に戻った気分だよな」

「駄目でしたか……?」

「いや、俺から選んだんだし……駄目も何もないって。それより、マホの方こそこういうところでよかったのか?」


 どうせ、社会人の自分と会っているのだし……。

 多少なりとも、金がかかるプランでもよかったのだけれど。そのつもりで、財布にも用意してあったから。

 だけれども……。


「高校生のときの京太郎先輩と、こういうところに来たことがなかったから……マホは満足ですっ」

「あー。……まあ、マホがいいならそれでいいけどさ」

「はいっ! 大・大・大満足ですっ!」


 手の前で拳を握ってリボンを揺らして力説する後輩に、なんだか悪いことしたなという気持ちになる。

 何度目だろう、女の子を連れてゲーセンにくるの(主に大星淡である)。

 小走やえと来たときは、「いい度胸じゃないの……!」と、中々取れないプライズに熱中された。こっちをそっちのけであっちに。

 話しかけられたのは、一万円札の両替を頼まれたときである。俺は泣いた。


「で、どれをやる?」

「えーっと、あのホラーゲームとか……」

「えっ」

「どうか、しました?」

「アレ、ゲームなのにR15レベルの奴で、一時期問題視された奴なんだけど……」

「? マホは、もう二十歳――いえ、今日で二十一歳ですから、だいじょーぶです!」

「あ、いや……マホがいいなら、それでいいけど」


 両替したコインを卓に置いて、ゲームスタート。

 おどろおどろしい雰囲気とともに現れる、異形の怪物/怪物/怪物。

 クトゥルフめいた怪物だったり、人間から異形のあれが生えている化け物だったり、足がなくて両腕で歩く化け物だったり、

 火炎放射器を持った片足のフラミンゴ風男だったり、あーうーあーうー言ってるゾンビだったり、眼孔から血を滴らせる怪物だったり……。

 正直怖かった。

 撃った時のエフェクトも。主人公たちの移動がすっとろいのも、合わせて。

 あと、妙にリアル嗜好というか撃つ度にコッキングがされて、リコイルショックを味わうことになった。

 大体、目の前から人に肩を押された程度の衝撃だが、連続されると馬鹿にならない。


 亦野誠子が……。

 「7.62mmのライフルなら、大体歩いている最中に前から人に押されたぐらいの衝撃だよ」と言っていたが、それから考えるとかなりリアルなのだろう。

 というか、そんなことを知っているあの人が改めて怖い。ロシアこわい。


「楽しかったですねっ!」

「お互い、ビビりっぱなしだったけどなぁ」

「そーゆーのも、全部です!」


 流石に、3DCG技術の粋を極めた化け物と銃撃戦とか、京太郎でも驚く。

 下半身が吹っ飛んだのに這ってくるゾンビに足を捕まれてキャラクターが倒されたときなんか、本気でどうしようと思った。

 あの作中のキャラクターより自分の方が動けるから、どうせならそこらへんも再現してくれないかなぁと思うあたり、末期だ。

 まだまだ完成には程遠いが、なまじそのあたりのアクションゲームのキャラクターよりも動けるなんてのは、誇らしくもあり悲しくもある。

 たぶん、軽く引かれるだろう。正直自分でも引く。


「先輩、あれ! あれやりましょう?」

「あー、パンチングマシーンか? キック力測定もあるのか」


 正直こういうのは、どうやって数値を出しているのか知らないからどうかなーと思う。

 ちなみに、成人男性の平均的なパンチ力がおおよそ100キロ。キック力が300キロ。

 これがヘヴィ級のキックボクサーになると、パンチ力が300キロ。キック力が1トン。

 で、マイク・タイソンクラスになると、パンチ力が拳銃弾と同じ威力になる……らしい。

 ちなみに、モンハナシャコのパンチ力は大体、自重の2500倍と言われる。

 人間大に直すとしたら――京太郎は76キロなので、おおよそ190トンとなる。シャコやべえ。マジやべえ。


「あんまりこういうのは得意じゃないけど……まあ、可愛い後輩の前だし格好付けるぜ」

「ファイトです! 京太郎先輩!」


 ふぅ――と、息を漏らす。

 そのまま、正拳突きの構えに移行。

 止まっている相手に対して、気合を入れた一撃を打つのならこれが一番丁度いいと感じた。

 パンチングマシーンごときに、何を本気になっているのだろうと思える。これで、碌でもない点数が出たら赤面必至だ。

 ただ、ちょっと格好つけたい。男の性だ。


 そのまま、息を吹くと同時に、全身を稼働させて一撃を繰り出す――。


「うそぉ……」

「200トン……すごいですっ、京太郎先輩!」

「うそぉ……? オレェ?」


 なんだこのパンチ力。いつの間に自分は、シャコになったのだろう。

 寝ている間に改造手術とかされてないよなぁ……なんて、自分の体を確認してみる。

 生身である。


「あ、すみません……その機械、故障中で……!」


 しばし呆然としていたら、『使用禁止』の張り紙を持った店員が現れた。

 流石に、そうだと思った。

 生身でそんなのを繰り出せるのもさることながら、それを受けて壊れないパンチングマシーンが怖すぎる。


「びっくりしましたね」

「な。あんなの本気で出してたら、俺ボクサーになってるよ」


「先輩先輩っ! これこれ!」

「あん? 『雀士格闘ゲーム』……なんじゃこりゃ」


 2D対戦型格闘ゲーム。

 登場キャラクターは、実在するプロ雀士(によく似ている)。M.A.R.S.ランカー。

 ゲームのストーリーはこうだ。


 ――一般には認知されていないが、とある地球の未来に関わる麻雀の一戦があった。

 ――それによりナチスドイツ残党軍は壊滅したが、その研究が残っていた。

 ――A.E.(エイリアンエンジン)ウイルス。

 ――一定の雀力を持つもの以外を殺害せしめる、脅威のウイルス。

 ――発症した人間は多臓器免疫不全に陥り、やがて死にいたる。

 ――この研究施設が、火星に存在していた。

 ――人類の未来のためにも、火星に向かい、このウィルスのワクチンを調達してもらいたい。

 ――生物兵器戦略には、必ず対になるように「ワクチン」が存在しているのだから。


 ――本来ならば、首相級の雀力の持ち主が向かうべきであろう。

 ――しかし、先の戦いで各国ともに疲弊しきっており、このウィルスの対策にも追われている。

 ――A.E.ウィルスが蔓延り、ある“生物”が跋扈する火星では並みの人間は生き残れない。

 ――そう。一定の、雀力を持つもの以外は。

 ――雀力を直接戦闘能力に変換するという、M.O.(モザイクオーガン)。

 ――その“生物”から採取された臓器を移植した雀士たちに、ワクチンの奪還を頼みたい。

 ――作戦の成功率を高めるために、麻雀の上位ランカーがメンバーとなることが、望ましかった。

 ――そして彼らは、戦いに挑む。地球の未来を守るために。


「……なんだこれ」

「先輩、実は改造人間だったんですね! ふわ~~、マホ、憧れちゃいますっ」

「マホ、ここにフィクションって書いてあるからな? 実在の団体とかには関係ないって……」


 プレイアブルキャラクターを見てみる。

 やっぱり、どこかで見たようなキャラクターばかりだ。


「ムエタイ、柔道、拳法、プロレス、ボクシング、喧嘩術、スローイング、マーシャルアーツ……なにこれ」

「いっぱいいますねっ」


 近くにあった、店内据え置きの解説表を見てみる。

 器用貧乏と書いてあった。ほっとけ。


「じゃあ俺、憩さんで」


 柔術・サンボ使い。投げ技が多彩なタイプである。

 コマ投げが多く、さらには投げ抜け時に相手を投げ返す使用となっていた。投げ間合いはさほどでもないが、掴みモーションもほとんどない。

 打撃技に近い。また、ほとんどすべての技がガーキャン対応だ。

 しかも硬い。単純なキャラ自体のダメージ耐性もさることながら、多くの技が発生時スーパーアーマーである。

 ぶっ壊れてんじゃないだろうか、このゲーム。バランスどこ行った。

 ただ、移動速度がさほどでもないのと、打撃同士でコンボが繋げにくいのが難点である。

 ちなみに必殺技。ゲージ消費で体力回復。バカか。


「いや……やっぱここは、小走先輩だな。それしかない」


 近、中、遠の全レンジ対応。トリッキーな設置型仕様。飛び道具持ち。

 ちなみにガード時は、どこからか相手を引きずり出して盾にする。バカにしてるのか。

 煙幕で当たり判定を小さくできる。刃物持ちのために、若干レンジが勝る。ガード相手の削り幅が大きい。

 さすが七位だ。本当に尊敬してる。


「じゃあ、マホは京太郎先輩で行きますね!」


 近、中レンジ。ジャンプ技がやりやすいタイプ。

 こいつだけエアロターン実装。空中での移動速度が速い。こいつだけ三段ジャンプ。ジャンプやステップの移動距離が大きい。

 移動技が多い。移動技キャンセルで通常ステップに移行可能で、その際のラグがない。

 ただ、ピヨりやすい。非常にピヨりやすい。


「よし、小走先輩のためにも……俺は、勝つ!」

「京太郎先輩のためにも、マホ……頑張りますっ!」


 絶対に負けないと、画面の中で小走やえが走る。

 ……。

 ……それにしても、小走先輩のためとはいえ、画面の中の自分をボコボコ殴るのは泣けてくる。すごい悲しい。

 なんで、自分をボコボコにしてるんだろう。なんで、自分をナイフで攻撃してるんだろう。……あ、ピヨった。


「やっぱり、京太郎先輩は強いですね!」

「ああうん、ごめん。なんか俺、そっとしといてくれ」


 試合に勝って勝負に負けたのか。試合に負けて勝負に勝ったのか。

 どちらかは判らないが、なんか、とにかく悲しくなった。

 「一億年後に出直しなさい」って勝ちセリフが流れているとき、色々本当に気力が折れた。

 とりあえず、その後のアーケードで、自分を使ってコンピューターの大星淡をボコボコにしておいた。ざまあ。


「先輩、じゃあ、あっちに……」

「おう、クレーンゲームか。よしっ、気分転換だな!」


 お菓子。フィギュア。ぬいぐるみ。時計。ポスター。なかなか、色々なものが揃っていた。

 こういうのを見ると、取ろうと注ぎこむお金よりも、ネットオークションで買った方がお得なんじゃないかと思ってしまうあたり、社会人的な嫌らしさが見える。

 ただ、やり始めると負けっぱなしで終わりたくなくなる。人情だ。

 麻雀プロには、どうにもその手の連中が多い。

 そもそも自分には取れそうにないと諦めるか、或いは、やり始めてしまった以上は何が何でもとってやるという人間か。

 仮にも勝負事を生活の糧とする人間が、そんなんでいいのだろうかと思う。引き際間違えるとは何事だ。


「先輩、どれがいいですか?」

「いや、俺よりもマホがやりたいのがいいだろ――っと」


 何の気なしに見かけた先。

 姉と、歳の離れた弟か。よくは知れないが、それぞれ似ている二人でクレーンゲームをしている姿が目についた。

 ここからでは会話は窺い知れないが……残念そうに、肩を落としていた。


「……悪い、マホ。ちょっと、空けるわ」

「先輩?」


 本当に悪いとは思うが……。

 どうにも、見てしまった以上は放っておけなかった。

 その二人の隣を目指し、同じ景品が設置されたクレーンゲームにコインを投じる。


「ほら、これ」

「そ、そんな……悪いですよ!」

「いいんだって。こーいうのは、大人の特権って奴だからさ」


 その後、何とか1000円以内に収めることができた。

 2ゲームを見に使って、4ゲーム目で取りにかかる。あとの3ゲームは細かな調整と移動である。

 クレーンゲームは苦手とも得意とも言えないが、キチンと“見”を行って調節すれば、絶対に取れないという話でもない。

 センスがある奴か、上手い奴なら、こうとまでも時間を弄さずに景品を取ることができるだろう。


「でも……」

「いいんだよ。俺も、あっちの前で格好つけたかっただけだからさ」


 笑って、親指で後方を指差す。

 少女が、首を傾げて京太郎の先を覗き込んだ。

 少年はと言うと、果たしてこの突然の贈り物を受け取っていいのか悪いのか、姉と京太郎に交互に目を向けていた。

 やがて、少女が頷いた。

 人からの行為を受けろと教わっていたのか、京太郎への警戒をなくしたのか、弟の喜ぶ顔を見たかったのかは知れない。


「それじゃあ……ありがとうございます」

「おう」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「おう。お姉ちゃんと仲良くな。おっきくなったら、ちゃんとお姉ちゃんのことを守ってやるんだぞ?」

「うん!」


 身体全体で喜びを表す少年に手を振って、やれやれと笑いを漏らす。

 財布に麻雀牌のキーホルダーを付けていたからひょっとしたら……とは思ったが、やはり気付かれない。

 まあ、別に、ここで須賀京太郎と判ってもだからどうしたという話であるし、別に今は自分自身、須賀京太郎と認識されたい訳ではないから構わない。

 一杯のかけそばかは判らないが、まあ、物事には名乗らぬが華というのもあるのだ。


「……悪いな、マホ。なんか、ほっとけなくてさ」


 結果として僅かな時間とはいえ、デート(と呼んでいいかはともかく)をおっ放り出したのは事実だ。

 夢乃マホへの隣に戻り、素直に頭を下げることにした。


「別に、マホは気にしないから大丈夫です!」

「そうか? 知り合いとかには『そういうお節介とか、しすぎじゃないの』って言われるんだけどさ」


 そのあとに、ま、ボクは気にしないけど――という言葉が続くが。

 ちなみに高校生の頃、大体今と同じようなことをして碌に取ることができずに、結局彼女がフォローに回るという事案が多々発生。

 その件もあって、なんだかんだと頭が上がらない。

 国広一なら、今のも鮮やかに決めていただろう。一発で。

 潜在能力★5は伊達じゃない。


「そうですか? 先輩のそーゆーとこ、ヒーローみたいで格好いいですっ!」

「マジ? 俺、かっこいい?」

「はいっ!」

「ヤバイ、久々に言われた……」


 夢乃マホ以外の口からその言葉が飛び出すことは、まあ、ない。せいぜいがあとは、高鴨穏乃と新子憧に言われたぐらいか。

 格好いいと、顔がいいとの間には天と地ほどの差がある気がする。

 可愛いと美形の差、とでも言うだろうか。

 そういう意味だと、雰囲気イケメンというのは羨ましい。つまり外見よりも、中身が現れているのである。

 それが例え、ある程度の虚飾に基づいていようと――他人にそれを感じさせない程度には、ちゃんと振る舞えているのである。

 気付かれないということは、つまり、そうであることと殆ど同意義だ。


「だから、先輩は――」

「ん?」

「――マホがピンチの時もきっと助けてくれるって、信じてますよ」


 ――。


「……ああ。任せてくれ。何かあったら、俺が、お前を助ける」

「本当ですか?」

「ああ、約束する。俺が――お前の、最後の希望になるってな」


 麻雀が好きだ。

 魅せられていると言っても、過言でもない。生涯、最後の最後まで麻雀を打っていたい。

 でも、それだけで終わらないのは……約束があるからだ。

 それを重荷だなんて思わない。変な義務感も今はない。

 ただ、自分がやりたいからやっているのだ。打ちたいから打つし、打ちたくなかったら打たない。

 勝てばすれば、負けもする。

 ただ、負けっぱなしというのは――嫌だ。次は勝ちたいと思う。負けたままなんかで、終わりたくない。

 小さな安っぽいプライドかもしれないけど、それさえあればどこででも戦えると、誰かが言っていた気がする。


 オカルトだ、約束だ、能力だのは抜きにしても――負けたくない。だから勝ちたいというのは本音である。

 いつからか当然すぎて忘れていて、別の何かに拘ってしまっていたけど、負けるのは悔しいのだ。

 悔しいなら、勝つしかない。悔しいから、勝ちたい。


(……ああ。だから、俺としても――リベンジがしたい。なんかない方がいい。絶対その方がいいだろうが……あっても、望むところだぜ)


 拳を握りしめる。

 拘りは矜持となり、矜持は信念となる。

 信念を番えた撃針は――止まらずに狙いを貫く槍になる。それだけだ。

 その槍が太陽の槍だろうが、獣の槍だろうがどうでもいい。大切なのは、“信念を貫く撃針”であるその一点だ。

 時代遅れの技術だろうが、運という補強がなかろうが――そいつを使って勝つ。そこが重要なのだ。


 ……と。

 なんか、変にシリアスな空気を作ってしまった。


「ところで京太郎先輩……」

「なんだ? マホ」

「さっきから、別の女の子のことを考えてますよね?」

「えっ……いや、ははは、なんのことだかさっぱりわかんねーな。うん」


 露骨に目を逸らしてみる。

 あれ、なんかマホが怖い。マホってこんな子だっけ。


「マホだって、そーゆーのは判るんですよ」

「はは……いや、あの、マホさん……?」

「今日は、マホの誕生日なんですよ? だから……」


 やっべえ。これはあれか。フラグなのか。フラグなんだろうか。

 いつからだろうか。あれ、マホに男性として意識されてるんだろうか。

 どうしたらいいんだろうか。妹みたいに思ってたのに。


「今日だけは――」

「いや、あのな、俺、そういうのはまだ早いっていうかちゃんと手を繋ぐところから初めてあのアレ――」

「――マホだけの京太郎お兄ちゃんでいてください!」

「……。……あ、そっちですか」


 盛大にずっこけそうになる。

 妹が兄を取られそうになってるとか、そういうアレですか。あー、あー、そっちですか。……そっちか。

 いや、確かにそういう目では見てないけどね。確かに今、そうじゃなくて安心してるとこはありますけどね。

 でも、やっぱりあれだよね。まるで男性として意識してないって言われると、こっちはこっちでなんか悔しいものがあるよね。


「いや、初めからそのつもりだったんだけど……」

「でも、マホのお友達は『デート中にほかのことを考えるのは浮気』って言ってましたよ?」

「……それ、本当にお友達だよな? 実は男だったりしないよな?」

「? はい、そうですけど……」


 もしもそいつが男で、マホとデート(マホはデートだと思ってない)の最中に、集中してないマホに向けた言葉ならショックである。

 ……。

 ひょっとしたら自分は、シスコンの気があるのかもしれない。

 実際には、姉も妹もいないけど。

 姉のように振る舞おうとする妹みたいな、自分と同じく金髪の、微笑ましい麻雀プロを知ってはいるが――。


「もう、京太郎せんぱいっ」

「あ、悪い。悪い。今のはあれだ。その、ごめんだ」

「そーゆーのしてると、女の子にモテないって友達が言ってましたよ?」

「……そのお友達は何でも知ってるんだな」


 漏らして、苦笑する。

 そんな自分の言葉を聞いて、マホがキラキラと目を輝かせた。


「はいっ! 本当に本当に物知りで、大学では、いっつもマホのことを助けてくれてるんです! それでそれで――」

「……なあ、マホ」

「どうしましたか、京太郎先輩?」

「こうやってデート中に、『他の奴のことを考えるのは浮気』なんじゃなかったのか?」

「う……それは、ううぅ……。え~~~っと、えっと……」

「はは、何つってな。冗談だよ、冗談」


 言われたマホが首を傾げた後、頬をむくれさせる。

 からかわれたと、気づいたのらしい。

 ぷりぷりと効果音が出そうな感じで、リボンを揺らして大股に歩いていく。


「もうっ! 京太郎先輩、いじわるです!」

「わ、悪い! 悪いって、機嫌直してくれよ! ごめんな、マホ!」

「……マホはそんなスグに許すほど、安い女じゃないです!」


 マホでも怒ることがあるのだな、と頭を書く。

 先輩に対してはどこか遠慮しているというか、尊敬が強すぎる面があるので、別の顔を出してくれるのは嬉しくもある。

 大股と言っても所詮は彼女の体躯なので、こちらにとっては然したる問題ではない。

 それでもやや早歩きで、彼女の隣まで向かう。


「あ、京太郎先輩! タコス屋さんです!」

「おー、美味そうだな」

「マホ、あれが食べたいなーって。そうした美味しくて、きっと許しちゃうかも……」

「……やっすいなぁ」


 500円の価値しかないというのか、その怒りは。

 それとも、こちらに気を遣ってくれたのか、そもそもあまり怒ってなかったのかもしれない。

 まあ、お嬢様がこう言ってくれてるので――従うとしよう。


「了解しました。お待ちください、お姫様」

「はいっ! ……ってマホ、お姫様ですか!? かんどーですっ」


 後ろで目を白黒させる後輩に笑いを零しつつ、従者は急ぐといたしましょうか。


                                                  ――了

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最終更新:2013年12月31日 13:31