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【酒の席だからと言ってなんでも許されるはずはないはずである】


京太郎「……あー」


 グラスを片手に、壁に背中を預ける。

 部屋を見回してみる――目に付くかぎり女しかいない。さながら、女子高に性別を偽って通学する男子生徒と言えるほど。

 性別を偽ると言えば、かつてハギヨシと国広一から女装させられたことを思い出す。

 猫耳小悪魔メイド、京子ちゃんである。


 正直あのときばかりは二人と絶交したくなった。化粧までされたから、それはもう尚更。

 ロングスカートの端を持ってさめざめと泣いた。

 更に、その様子を眺めた龍門渕透華に「花を手折って涜した気分ですわ……フフ」と涎を啜られたからにはいよいよわりとガチ泣きになった。

 罰ゲームというのもほどほどにしなければ駄目だ。これは教訓である。


京太郎「……ちょっと酔ったな」


 そう言えば何でも、緊張していると酔いが回りにくくなるという話を聞いたことがある。

 だから外で飲むよりも自宅で飲む方が酔いやすいのだとか。

 そういう意味では以前の自分は緊張しっぱなしで、今の自分はだいぶリラックスしているのだろう。


 ……いや。

 やはりこう、女の園に紛れ込んでしまったカピバラのような気分だ。ちょっと居心地が悪い。

 ちなみにカピバラはストレスに弱い。


咲「京ちゃん、ここいい?」


 なんて心細さを感じていたら、グラス片手に幼馴染みの宮永咲が現れた。

 ホッとする…………反面、よりにもよってあのぽんこつ方向音痴の宮永咲に安心させられたのが、軽く屈辱的だ。


京太郎「……お前、無駄にタイミングいいのな」

咲「え……? 何て言ったの、京ちゃん?」

京太郎「うっせ。なんでもねーよ」

咲「そう?」

京太郎「なんでもねーったらねーの」

咲「ふーん?」


咲「そう言えばさ……」

京太郎「うん?」

咲「最近、京ちゃん変わったよね」

京太郎「そうか?」

咲「そーだよ」

京太郎「ふーん」

咲「うん」


 この、言わなくても判ってるんだとニヤつかれる態度が非常に気にくわない(実際ニヤついてはいないが)。

 やっぱり、咲の癖に生意気だ――なのである。


 お互いもう、子供でもないし、ましてや自分は今宮永咲の凄まじさというのを日々痛感している。

 他がいくらできなくても(だがちなみに咲は料理が得意だ。落ち着く暖かい味をしている)――その一点で、十分過ぎるほどに尊敬に値するほど。

 それでもやはり、どうしても心のどこかではそう接してしまっていた。

 或いは、そうするのが好き――いや別に咲のことなんてそんな風に思ってなんかいないし思うことなんてそんなんあり得ないんだからな――訂正、落ち着くのかもし

れない。


 彼女の凄まじさを知ってからよりも。

 知る前の方が、短いのだけれども……。

 やっぱり、京太郎の中での宮永咲との関係と言ったら、一番しっくりくるのがこれだ。


京太郎「で、どんな風に変わったんだよ?」

咲「……うん」

咲「えーっと、ね? 怒らないで聞いて欲しいんだけど……」

京太郎「ああ、なんだ。大丈夫だって」

咲「そう?」

京太郎「何言ってもデコピン喰らわせるから」

咲「どっちにしても怒るの確定なの!?」

京太郎「ハハハ。まあ、冗談だけどな」

咲「もう……」


咲「えーっと」

咲「前の京ちゃんを、お爺ちゃんの方のウォルターさんだとするとね?」

京太郎「……凄いの引き合いに出すな」

咲「今の京ちゃんは織田信長とか島津豊久って感じなんだよね」

京太郎「わお」


 信長はともかく、お豊はアカンでしょう。

 妖怪じゃん。妖怪首置いてけじゃん。

 ドリフターズとかいう、マジ糞漫画(文字通り糞塗れ・糞大活躍的な意味で)の登場キャラに例えられたらいよいよヤバい。

 咲の中の須賀京太郎像はどうなってるんだろうか。あれか、ヒラコーキャラなのか。狂人なのか。


 お前、オカルトだろ? なあ、点棒置いてけ。置いてけよ。なあ、オカルトだろ?


 これはアカンでしょう。

 でもちょっと面白そうだから、今度大星淡相手にでもやってみよう。

 あいつには遠慮の必要がないのだ。向こうも遠慮なしにやってくるし、ちょこちょこ悪態をつかれるからお相子だ。


咲「っていうか、巻末の黒王さまみたい」

京太郎「手厳しいなオイ」


 普通、女が男に変わったねって言うときって、いい意味じゃないのか?

 これは酷い肩透かしである。


咲「えー? 近頃の京ちゃんのキャラ的な厳しさに比べたら大丈夫だよー」

京太郎「なんで辛辣キャラ流行ってるんだよ……」


京太郎「うーん」


 自分のチームであの面子を当てるとしたら――。


 まず、那須与一。

 これは言うまでもなく弘世菫である。髪長いし、シャープシューターだし。

 次に、織田信長。

 これも言うまでもなく弘世菫である。髪長いし、遠距離武器使うし、超ガソ焼き討ちヒャッハーだし。

 そして、島津豊久。

 これも言うまでもなく弘世菫である。髪黒いし、銃って遠距離武器使うし、日本語(ひのもとことば)喋るし。


 スゲーな。流石はシャープシューター。伊達じゃない。


咲「京ちゃんって、最近普通に失礼だよね」

京太郎「……ああ、確かに。そうかもな」

咲「京ちゃんなりの不器用な甘え方だと思ってるけどね」

京太郎「……思ってろよ」

咲「うん」

京太郎「……」

咲「へへへ」

京太郎「……おりゃ」

咲「あ、痛っ!?」

咲「うう……不意打ちでデコピンなんて、酷いよ!」

京太郎「痛くなければ覚えませぬ」


 息を漏らして、グラスを煽る。咲はこくこくと、小さくグラスを傾ける。

 互いに沈黙していた。ここだけ、宴会の喧騒から切り取られたみたいに。


京太郎(……あーあ)


 なんなんだろうな、本当。

 ああ……でも、やっぱり……仲直りできて良かったよ。

 こうしてると、思うけど。

 こんな咲が――咲が麻雀の進退をかけて対局に臨んできたとしたら、どこかで手心を加えてしまうかもしれない。

 勿論、自分の実力で手心なんてのはあまりにも烏滸がましい話であるし……。

 そうなったら、あくまでもフェアに全力で、彼女の覚悟と向き合いたいと思う。

 けど――実際のところそれで、トドメの一発を“射抜ける”状態になったなら、どうするかは自分でも判らない。どうできるの、か。


京太郎(ま、辛気臭くなってもしょうがないよな。終わった話だし)


 それよりは、飲もう。

 大星淡のおっぱいもみもみ事件を皆にバラされたという、ストレスがある。

 大星淡のぽにぽにおっぱいもみもみ事件を皆に話されたという、ストレスがある。

 大星淡のぽにぽにむにむにおっぱいぽにょんぽにょんたゆたゆもみもみ事件を皆に打ち明けられたという、ストレスがある。


 皆、リアルに引き摺らない為にあんな硬質的な態度で、笑えるように受け流してくれたけど。

 やっぱりまあ、少なからず軽蔑されてるかもしれないし。

 飲もう。


咲「京ちゃん」

京太郎「なんだ、咲」

咲「ちょっと……酔ってきちゃったかも」

京太郎「そっか、お大事にな」


 >そっとしておこう。

 おもちを手に入れて出直したらいいと思うの。


 そんな、酔っちゃったから……なんてのは色気がなければ許されないのである。

 色気、即ちおもちだ。

 つまり、おもちがない宮永咲なんかにはこの手の誘惑なんてのは一億と二千年早いのである。


咲「……」

京太郎「……いや、本当に大丈夫か? 気分悪くなったなら、休んでてもいいんだぞ?」

咲「……へーき」

京太郎「無理すんなよ? お前、変に意地張るとこあるからな」

京太郎「辛くなったら、言えよ? なんとかしてやるからさ」


 だからって、放っておくというのは論外だ。

 これは別に咲が無理して潰れるのが心配とかそういう訳ではない。ただ、女性には親切にしようと思っているだけだ。

 そう。ないったらない。ないったらないのだ。繰り返すが、別に咲が心配な訳じゃない。


 そう、ましてや……。

 ちょっと額に張り付いた髪の毛とか。うなじとか。

 赤くなった頬っぺたとか。どことなく艶のある笑いとか。ちょっと寂しそうな肩とか。

 よく見たらこいつも普通に整ってるし可愛いんだよな。顔だけじゃなくて、とか。

 そういう風に色っぽさなんて、絶対に感じてなんかない。ないったらないのだ。


 ないんだからな!


咲「あーあ、引っ掛からないか」

京太郎「……引っかけてどうするつもりだったんだよ」

咲「京ちゃんと、二人で抜け出して……静かなところに行ってね?」

京太郎「お、おう」

咲「それで――二人で、一緒にね」

京太郎「あ、ああ」

咲「麻雀打つの」

京太郎「……。…………はぁ」

咲「あ、今ちょっと安心したでしょ」

京太郎「……。……してねーよ。ばーか」

咲「このヘタレ京ちゃん」

京太郎「うっせー」

やっぱり腹立たしい。

 目標だ、倒したい相手だ、なんだかんだと言っても所詮こいつは宮永咲である。

 咲の癖に。


京太郎「でも……いや、そのな? あの……」

咲「なに?」

京太郎「いや、なんつーか……その、お前が、あの、なんだかんだ心配っていうか……」

咲「ボソボソ過ぎて聞こえないよ、京ちゃん」

京太郎「……っ」

京太郎「お前は大事な奴で、なんかあったら嫌だから、本気で我慢とかすんなよ」

京太郎「俺に遠慮とか、そーいうのはなしだからな」

咲「……」

咲「……京ちゃんってさ」

京太郎「なんだ?」

咲「生きてて恥ずかしくないの?」

京太郎「この流れのどこに貶めるようそがあった!」


 辛辣キャラ、継続モード突入ですかい。


 ……と。

 そこへ。


豊音「きょーたろーくーん!」


 大 天 使 ト ヨ ネ フ ェ ル 降 臨。


豊音「きょーたろーくーん、バスケしようよー!」


 大 天 使 ト ヨ ネ フ ェ ル 混 乱。


京太郎「……」

京太郎「あのー、ボールはー」

豊音「ここにあるよー」

衣「ぼ、ボールではなく……!」

京太郎「わお」


 大 天 使 ト ヨ ネ フ ェ ル 乱 心。


京太郎「あのー、流石にそれはー」

豊音「あれ? こっちだっけー?」

淡「ううー、はーなーしーてーよー」

京太郎「Oh」


 引き連れられる二体の金髪の魔物。

 一体、どこをどうしたらこの二人がボールに見えるのか。超怖い。マジご乱心。

 勿論、バスケボールくらいの大きさなんてない。ハンドボールクラスもない。ソフトボールよりはマシだけど。

 怖い。


 ……あ。

 金髪と言えば、エイスリン・ウィッシュアートは……?


エイスリン「……キケン」 バッ


 やや離れた位置で、スケッチブックを広げてアピールしていた。

 どうやら彼女は無事らしい。

 或いは、知ってたか。こうなることを。


京太郎(……無事か)

京太郎(……)

京太郎(酔ってもなさそうだな。見た感じは)

京太郎(……)

京太郎(絵が三浦建太郎みたいになってるぅぅぅぅぅう!?)


 いや、確かに今の姉帯豊音はベルセルクだけど。

 大天使が狂戦士だけど。


京太郎「あのー、つかぬことをお聞きしますが」

豊音「なにかなっ」

京太郎「バスケのルールは御存知ですか?」

豊音「ボールは友達、怖くないよー!」

京太郎「それサッカー!」


 いや、違う。

 サッカーだけどサッカーじゃないし、そもそもこれはルールじゃねえ。


豊音「あはは、間違えちゃった」

豊音「友達はボール、怖くないよー!」

京太郎「怖いよ! その発想が怖いだろ! 極悪じゃねーか!」


 やっべえ。どっから突っ込んでいいのかわかんねー。

 この長身に長い手足、そして今こちらの元へと来た速度は侮れない。

 2点ラインから内側は、彼女の領域と言っても過言ではないだろう。


 ……。


 いや、違う。軽く自分も酔ってるらしい。

 今はそういう話をしてる訳ではない。


豊音「……あ」

豊音「思い出したよ! 勝ったら、相手の頭をボールにしていいんだった!」

京太郎「どんな世紀末だよ!」


 まさに世紀末バスケ。

 というか、信長もビックリ。最初にサッカーを発明したヴァイキングさんもビックリの鬼畜っぷり。

 蹴るよりもなんか趣味悪い。


淡「きょーたろー、たすけてよぉ……やだぁ、こんなのぉ……」

衣「オカルトスレイヤーなら……オカルトスレイヤーなら……」


 いや、無理だろ。

 オカルト殺しじゃなくてドラゴン殺し持ってきてくれないと無理だろ。

 両手を広げたらゴール見えなくなるんだけど。圧力半端ないんだけど

 ゴールどころか着地点みえないんだけど。酔っ払いとの会話の落としどころ判らないんだけど。

 リバウンドっていうか、リカバリーできないんだけど。

 スリーポイントっていうか、ムリーポイントなんですけど。


 実際、詰め寄って二人を引き剥がすのは無理。懐が深すぎる。

 なら、対話で――なんてのが通用しないレベルに酔ってる気がする。マジ無理。

 ……いや。


京太郎「モモ! 俺とお前のコンビなら……!」

桃子「失礼するっす。ステルっす」


 加治木ゆみの近くで酒を飲んでいた東横桃子は、微妙なギャグを残して消えた。

 ギャグにこちらが硬直する間に、その意識から外れたのである。ある意味ミスディレクションと呼んでいいのかもしれない。

 思考をズラすという意味なら、まさしくミスディレクションだ。


京太郎「……う」


 流星のダンク使ってもどーにもならん。

 そもそもこれ、バスケじゃないし……。

京太郎「あのー、豊音さん?」

豊音「あ、わかったよー」


 とりあえず対話を――なんて思ったんだけどさ。

 何が。

 というか、何を。


豊音「金髪をボールにして、ゴールに入らなかったらボールの勝ち!」

京太郎「もはや1on1ですらねえ!?」


 それ、ただのシュート練習でしかねーよ。

 体育の休み時間に、勝手に自分ルール決めてバスケやってもないのにソフトバレーボールでスリーポイント狙う中学生だろ。

 いるよね。それで、外したら心の中で「やっぱ今のなし。次が本気」って考える奴。

 トイレの鏡の前でボクシングポーズとったり、蛍光灯のヒモボクシングやって、しかも外しちゃって「今のなし」とか思っちゃったり。


京太郎(こうなったら……考えろ)

京太郎(豊音さんの行動パターンを読んで、分析して……蜘蛛の巣に絡めとるみたいに無力化するんだ)

京太郎(そうだ……分析を……)

京太郎(……)

京太郎(この人と飲むの、初めてじゃねーか)


 アカン。

 この恵まれた体格の人が酔っ払うと、こうも恐ろしいのか。

 至極普通に飲み会を楽しみたかったのに、やっぱり少なからず人数が多いと、凄まじい酔い方をする人間がいる確率も上昇するのか。

 こうなったら、実力行使しかない。


京太郎「……わかりました。俺がボールになります」

京太郎「だから……大星と……衣さんを放してあげてください……なんでもしますから」

淡「きょーたろー……」

衣「キョータロー……」

京太郎「大丈夫だ、安心しろよ。俺が、絶対助けてやるからさ」

京太郎「な?」


 まあ。

 実際、二人が解放されたら、自分も逃げ出すつもりなのは言うまでもない。

 酔っ払いに正面から、正当方法で向かう必要なんてない。適当に相手をして、寝かしつければいいのだ。

 だから、二人さえ解放されればいいんだけど……。


淡「きょーたろー」

衣「キョータロー」

京太郎「ん、心配性なんだな……二人とも」

京太郎「とにかく――俺が絶対に助けてやるから、待ってろ。約束は守る男なんだからさ」

京太郎「だから、安心してくれよ。なっ?」


衣「いや、それよりもだな……」

淡「ん、今……」

衣「なんでもするって」

淡「言ったよねっ!」

京太郎「おい」


 助けるのやめたろか。

 というか、この状況で冗談言えるほどタフなんですねあなたたちは。

 もうタフを通り越してラフですけど。須賀京太郎の精神を削ってく荒削り具合なんですけどね。

 そう言えば、高鴨穏乃がラフプレーのことを笑顔になるプレーと勘違いしてたことを思い出した。

 ラフはラフでもそっちのラフじゃねーから。

 ある意味笑ってるけどね。仕掛けた側は多分ほくそ笑んでるけどね。


京太郎「……あー、まあ、落ち着きましょうよ」

豊音「うん、叩き落とせばいいんだよね?」

京太郎「落ちるしかあってないです」

豊音「叩きつければいいんだねー」

京太郎「なんで間違ってる方を残した」


 その時。

 唐突に。

 須賀京太郎、姉帯豊音――両者揃ってその場に尻餅をついた。

 天江衣と大星淡はなんか二人で鏡餅みたいになってた。あんまりおもち要素がない二人だけど。


 これは――アンクルブレイク。

 なんやらかんやらが、なんやらかんやらして膝から崩れ落ちてしまう現象である。

 本来ならこれは重心移動などの関係で、“偶然”起こってしまう現象である。

 だけどこの場には、その身の“特性(能力)”と技術の昇華の為に、それを狙って起こせる人物が存在する。

 それは即ち――。


竜華「ほら、二人とも……座って飲まんと駄目やって」



 これが――8位。


 さて。

 麻雀の技能を日常生活で活用する――というと語弊があるが、現実歴然と使用される事例も存在する。

 麻雀に於いて作用する“特性(のうりょく)”はおおよそ3種類に分かれる。


 ひとつは、麻雀やテーブルゲームなどに於いてのみ作用するタイプ。

 これは例えば、松実玄。

 彼女は正にドラ――ドラゴンを統べる存在であるが、現実でもそうである筈がない。

 暗殺風水は使えないし、新宿でF‐15Jに撃墜されたりもしない。銀の竜の背にも乗れない。地上にある星はどっか行った。


 二つ目は、本人自身の“特性”を麻雀に落とし込んでいるタイプ。

 これは例えば、東横桃子。

 常識外れの影の薄さという本人自身の特性を麻雀に利用。

 他にもバスケットボールにも使用できるし、勿論日常生活にも適用出来るし――というか多大な影響も出る。


 三つ目は、日常的に使用できる基礎的な技能を、“特性”にまで昇華させたもの。

 この最たる例が須賀京太郎。

 論理的な思考能力や分析能力。心理学的な技術による挑発や揺さぶり、或いは観察力。

 記憶能力によるカウンティング。思考と根気強さによるトライアンドエラー。癖を読み、対戦相手の思考と打ち筋をトレース。

 そもそも誰もが持ち得て、万物に使用される基礎的な技能であるが故に、麻雀以外にも十分適用可能だ。

 なお、それでも女心と秋の空は読めない。


淡「むぎゅー」

衣「重い! 重い!」

淡「わたしはー、おもくなんてなーいー」

衣「ええい、うっとおしい! この金髪!」

淡「そっちも金髪じゃん」

衣「そうだった」

淡「んへへ、きょーたろーともお揃いー」


 ちなみに、弘世菫は三番目。辻垣内智葉は言うなれば二番目と三番目だ。

 その家柄故――と言おうか。

 勘が鋭く、気配に敏感であり、感性がずば抜けているが故に、辻垣内智葉のそのスタイルは成り立っているのだ。


 では、清水谷竜華はどうなるか。

 彼女の“特性(のうりょく)”も辻垣内智葉と同様、二番目と三番目に属している。

 アンクルブレイクというのは、サッカーやバスケットボールなどのスポーツに於いての切り返し(ターン)やその攻防の際に起きる。

 バックステップやサイドステップなどで相手のドライブに追従しようとする際、重心と軸足が当人の動きのイメージに釣り合わずに、

 バランスを崩して、吸い込まれるように崩れ落ちてしまう現象である。

 ある程度意図をすることはできるが――完全に狙って起こすのは、常人では不可能であろう。


 それを可能とするのは、清水谷竜華の“眼”。

 誰かの世話を焼くことが好きだった。優しく、ある少女の身を――親友の身を案じていた。

 元々、その素質があったのだろうが……彼女はそれを単なる観察眼ではなく、麻雀における武器として開眼させた。

 かつて、愛宕雅枝が「ゾーンに入った」と表したその力。


 闘牌に際し集中する清水谷竜華は、その瞳であらゆる肉体的兆候を見抜く。

 体温変化。心拍数変化。発汗。筋肉の収縮。瞳孔の変化。緊張。脱力。その他エトセトラ――。

 彼女にブラフは通用しない。使用者の肉体そのものが知らせてしまうから。

 意識では制御できない不随意。当人さえも気付かぬそれですらも、清水谷竜華は把握する。

 あとは、その情報を元に読む。ただそれだけだ。


京太郎(日常的に闘牌中レベルに使えないとは聞いてたけど……)

竜華「ほら、正座。正座ー!」

京太郎(酒飲んでゾーンに入っていらっしゃいますぅぅぅぅう!?)


 ちなみに。

 狙ったタイミングで声をかけることで。

 互いに緊張状態にあった二人の攻防のタイミング――重心の変化や呼吸の状態を――把握し、アンクルブレイクを起こしたらしい。

 京太郎の場合、更には視線誘導も食らった。(勝手に)

 反射的に清水谷竜華の方を振り向いて、おもちに眼を奪われてコケた。

 姉帯豊音は、動こうとして重心を移動させたタイミングで京太郎が転んだことに驚いた咄嗟の反射で転んだ。


 無駄に優雅で無駄に計算された無駄に鮮やかな、酔っ払いによる無駄な才能の発揮だった。

京太郎「あ、あのー、清水谷先輩」

竜華「ん、どーかした?」

京太郎「そのー、あのですね」

竜華「ちょっと心拍数上がって……これは興奮と緊張?――しとるな」

京太郎「いや……あの……」


 ちなみに、和に「気付いていますよ」と言われてから、おもちにそこまで視線を送ることはしなくなった。

 バレてるとか格好悪いし、それで女性を不快にさせるなど言語道断であるからだ。

 女所帯での生活が長いが故に、その辺りに気を使えるようにはなったのである。色を知って変にがっつかなくなったのもあるが。


 それに……。


 視るときは――。

 視るときはちゃんと、周辺視を利用している。

 視点をある一点に保ちつつ、その周辺に視野を広げるという技術――と呼ぶべきか判らない技能。

 サッカーやバスケットボールなどのスポーツには、コート全体の流れを把握する為に必要不可欠である。

 鍛えてたら、最近目の端を――視線を動かさずに視界の端を凝視できるようになった。なんでもやってみるもんである。


 胸元が開いた服とか、よっぽど気を抜いてるときじゃないと、おいそれと女性の胸に視線をやらない。

 だからこそ、嫌らしくなくて爽やかだ――なんて言われたりするけど。


竜華「まぁ、なんでもいいけど……」


 ズルいよ。

 ズルいよ(迫真)。

 だっておもちなんだもんこの人。

 それがしかも浴衣で微妙に肌蹴てるんだもんこの人。


竜華「んー、意外に快適」


 しかも、こっちの膝に頭乗せてるんだもん。

 仰向けなのに山があるんだもん。


 ズルいよ(慟哭)。


京太郎「あの、正座させたのって……」

竜華「うちが膝枕して欲しいからやけど」

京太郎「……なんで」

竜華「んー」

竜華「いつもやってるから、たまには交代してくれてもええかなーって」


淡「!?」

淡「それ、どういう意味――」

咲「あ、からあげ美味しい」

豊音「私は何を食べようかなー」

衣「衣はえびふらいー!」

淡「……」

淡「えっ」

衣「あ、衣がレモンかける!」

豊音「私も手伝うよー」

咲「は?」

衣「ひっ」

豊音「ひいっ……」

淡「あ、あれ……皆……?」


京太郎「人聞きの悪いこと言わんでください」

竜華「いけずー」

京太郎「いけずでもなんでもいいですけど……事実無根なのはちょっと」

竜華「けちんぼ」

京太郎「けちんぼでいいです」

竜華「京太郎くんが、そんなに冷たいと思わんかった……」

京太郎「清水谷先輩の方が、体温高いんじゃないっすか?」

竜華「……なんやん、その素っ気ない態度」

京太郎「酔っ払いは、甘やかすと付け上がるって聞きますんで」


 というか。

 こうして、素っ気ない自分アピールしとかないと色々と保たないのだ。

 心理が態度を作り出すように、態度が心理を作り出す。そういうフィードバックもある。


竜華「ふーん……」

京太郎「っていうか、清水谷先輩らしくないですよ……こんなの」

京太郎「いつも、もっとしっかりしてますよね? 膝枕もする側であってされる側じゃ――」

竜華「別に、うちがされる側でもええやん」

京太郎「駄目です」

竜華「けち」

京太郎「駄目ですったら、駄目です。駄々っ子みたいなのはやめてください」


 というか。

 したことは今が初めてであり、されたことも今が――――いや、高鴨穏乃と鷺森灼と新子憧にはあった。

 いや、したこともあった。小瀬川白望と新子憧に。

 つーか、憧率半端ない。もう、憧一色レベル。

 膝枕する(される)、ディープキス、おもちタッチ、対面座位的なサムシングで首筋の匂い嗅がれる、エトセトラエトセトラ……。

 なんだろう。この痴女確変モード。

 しかも当人は意識を失うから実にいい気なもんだ。悶々とするのはこっち。勝手に気まずさを覚えてしまっていたり、した。

 まー、今ではそんなことはない。気にするだけ無駄だと思った。

 飲みに行くと、大体こうなるから……まあ、他の男とも飲みに行くとこうなってるのかと思うと、軽く複雑な気分。


 そんな憧で鍛えられているのである。

 他にも今まで色々、結構ボディタッチあってもその気はなかった的なパターンを知っている。

 清水谷竜華のごとき眼力がなくても、これぐらいは見抜ける。


 ……ちなみに。

 勿論言うまでもなく、清水谷竜華の膝枕なんて受けたことはない。彼女曰く「特等席」である。

 なのに、これ以上吹聴されたら堪らない。


竜華「たまには……うちの方が甘えたくなっても、アカンの?」

京太郎「――」

竜華「ね、アカンことなんか?」

京太郎「……その手には乗りませんよ。ええ、俺はそんな手には引っ掛からない」

京太郎「清水谷先輩が甘えたくなる……って、今、たまたま俺が居たからですよね?」

竜華「じゃあ、逆に甘やかしてやってもええんやけどな?」

京太郎「……」


京太郎「……長考で」

竜華「ないなー」

京太郎「タンマは?」

竜華「あるわけないやん」

京太郎「……オーディエンスで」

竜華「ん、おっけー」

京太郎「なんでオーディエンスだけはオッケーなんですか!?」

竜華「じゃー、オーディエンスなー」

京太郎「ちょっ」


 呼吸と呼吸の間を読まれた。

 その瞬間に清水谷竜華は立ち上がり、言った。言いやがった。


竜華「京太郎くんを甘やかせるのに賛成な人ー」

咲「――あ、どうでもいいです――。ねえ、私さ、レモンかけていいだなんて言ったっけ……?」

衣「衣……そんなに悪いこと、しちゃったかなぁ……」

豊音「わ、私も一緒に謝るから! ね!」

淡「だめっ、そんなのぜっったいだめ!」


 うわーお。相手にされてない。

 いや、甘やかされても正直どんな顔していいか判らなかっただろうし、そういう意味では助かったかもさ。

 とりあえず、ありがとう大星淡。

 でもやっぱりちょっとムカつくわお前。須賀京太郎には甘やかされる資格はないと言いたいのかお前。


京太郎「えーっと」

エイスリン「……Not Approved」 バッ

京太郎「今度は楳図かずお風になってる!?」


 酔うと作風が変わるタイプなのか。

 可愛らしいなオイ。


エイスリン「……It's so fuckin' bad」

京太郎「今度はベクシンスキーの絵!?」


 ごめん。

 可愛らしくない。

 すげーなオイ。酒はやっぱり命の水だよ。

 基本麻雀のときしかゾーン入らない清水谷竜華がゾーンに入って、エイスリン・ウィッシュアートが超画力獲得してんだもん。

 こりゃアル中も増えるに決まってる。


衣「キョータロー!」


 と、いきなり抱き付かれた。

 軽くつんのめった。清水谷竜華のおもちが揺れた。

 目が奪われそうになるがなんとか我慢。酒に酔って無防備になった女性にそんな眼を向けるのはちょっと反則な気がする。

 いや。

 まあ、この状態の清水谷竜華に対してその手の目を向ける勇気がないだけかもしんない。


淡「……むっ」

衣「衣の勝ちー」

京太郎「子供か、あんたら」


 気を取り直して、天江衣を引き剥がす。

 別に深い意図はない。強いて言うなら、刺身が食べにくくなるぐらいだろうか。

 なんだよ。

 なんだけどさ……。


衣「キョータローも……衣のこと、嫌いなのか……?」

京太郎「……えっ、いや」

京太郎「……」

京太郎「ハギヨシさんに辛くあたるなら、嫌いです」


 ――なんて、言えたらいいんだけどな。

 勿論本心ではないし、女性に――というか純粋な少女(ただし20代)に面と向かってそんなことを言えるほど強くはないが……。

 これを機に、かるーくつけ込んで友人の助けになれないかな、と思う程度には強(したた)かになった。

 まあ、萩原自身がなんとかするだろうし……。

 そういう感じの策略や腹芸は、自分にはどーにも似合わないだろうからやらないが。

 あと、普通に天江衣が可哀想だ。


京太郎「えーっと、何があったんですか?」

衣「からあげにレモンかけちゃって……それで、咲が……」

京太郎「あー」


 からあげレモン事件か。

 わりと飲み会やネットでは、よくある話だが……。

 まさか、ガチで怒る人間なんて言うのは見たことがない。(ただし弘世菫と辻垣内智葉の口論除く)

 咲に限って、と思う。

 咲と酒を飲んだのはこれが初めてだが――あの気弱な咲が、まさかこの自分=須賀京太郎以外に強くあたるなどとは思えない。


咲「……京ちゃん、私も、別に怒ってるわけじゃないんだけど」

京太郎「だよな、お前に限ってそんな……」

咲「でも、いくらなんでもこれはないよ」


 咲の言葉に従い、唐揚げを見る。

 唐揚げを見る。

 唐揚げを……。

 ……。

 見当たらない。

 唐揚げどこよ。


咲「現実逃避しないでよ……」

京太郎「いや……俺の目の前にはレモンジュースにフライ沈めたものしか見当たらないんだけど」

咲「京ちゃん」

京太郎「しかもミキサーに突っ込んだみたいにレモンの皮がちりばめられてんのな」

京太郎「すげーな、最近のレモンジュース」


 すげーな、松実館。

 松“ミカン”なのに檸檬って……。伊坂幸太郎の小説かよ。東北新幹線に乗ってる殺し屋かよ。

 未来に生きてんな。

 吉野のレモンジュースってこんな最先端なのか。レモネードどうなるんだよ。


咲「……唐揚げだよ、それ」

京太郎「……」

咲「流石にこうなったら……私でも、言いたくなっちゃうよ」


 目を伏せる宮永咲。

 きゅっと服の裾を握りしめる天江衣。

 膝枕を堪能する清水谷竜華。

 ダリみたいな絵を描き始めるエイスリン・ウィッシュアート。

 背中に寄りかかってくる大星淡(無視)。


豊音「衣ちゃん、一緒にごめんなさいしたら大丈夫だよー」


 そして、右手をレモン果汁まみれにした姉帯豊音。


 ……。

 ……。

 ……。

 ……一緒にも何も、犯人あなたですよね。


豊音「?」


 見た目は天使。握力は戦士。レモンは圧死。

 何がどうしたらこうなるのか。

 そもそもなんでレモンがそんな量置いてあるのか。


 ……ああ。

 レモンサワー用の、レモン切ってある奴間違えて手に取っちゃった訳だ。

 で、その可愛らしい性格とは対照的な恵まれた体格からくる握力で握り潰してしまった訳だ。


 ……まあ。

 事故と言えば事故と呼べなくもなくもなくもないだろうな。うん。

 レモンと、レモンサワーからレモンを奪われた花田煌が涙目になってるくらいだな。うん。


京太郎「……」

京太郎「……うん。次からはね、ちゃんと、レモンは自分が食べる分だけにかけたらいいんじゃないっすかね」


 とりあえず、東横桃子を手招き。

 別に唐揚げを持ってきて欲しい旨を伝えて、生レモンサワーのレモンの追加もお願い。

 そして、生レモンサワーのサワー抜き唐揚げインに向き直る。

 ……流石に。

 食べれなくはない筈である。


京太郎(……酔うと、脳のリミッターが外れるって話はあるけど)

京太郎(危険だな。ああ、これはヤバい)

京太郎(本人的にはまるっきり悪気がないから、ちょっと気の毒なんだけど……)

京太郎(姉帯さんにはこれ以上酒を飲ませない方がいいな)


 咲に目配せ。

 判ったと、頷かれる。ここらへん流石幼馴染みである。安心する。

 ……それじゃあ。

 食べようか。うん。


竜華「な、京太郎くん」

京太郎「断ります」

竜華「まだ、なんも言うてへんやん」

京太郎「大体判るんでお断りします」

京太郎「っていうかそろそろ、退いて貰ってもいいですか?」

竜華「いやや」

京太郎「アッハイ」

竜華「こうやって京太郎の太股に、竜華ちゃんパワー注いだらもっと強くなれるんやないかー……って」

京太郎「アッハイ」


 ……おっかしいな。

 普段のあれはどこへ言ってしまったんだろうか、この人。

 なんで、須賀京太郎と接しているときの小走やえみたいな反応を須賀京太郎がしなければならないのか。

 世の中わかんねーもんだ。


京太郎「レモンって破壊力やべーから、他の味を殺しちゃうんだよな……」

京太郎「とりあえず、唐揚げはサラダの皿に移して、混ぜる」

京太郎「いや……レモン風なら、バジリコ使ったパスタでどうにかできるか?」

京太郎「ルッコラ……じゃないな。水菜か? そこらへん使って……あとは唐揚げをもうちょい細かくして」

京太郎「タラかヒラメか……そこらへんの白身魚とも、上手く合わせられそうだな。うん」


 問題は。

 ここがキッチンでも何でもないことである。


 しかも、膝の上には酔いどれ清水谷竜華(かわいい)。

 利き手側には天江衣。

 いっそとりあえず、焼いてあるホッケでもとってきてレモン汁をかけられたらそれで十分なんだけど……。

 動けそうにないのが、激しく問題だ。

 バスケ以降、なんだかんだ仲良くなった、こういうときに舞台の黒子がごときレベルに他人に気を使わせないで立ち回れる東横桃子はいない。

 宮永咲は姉帯豊音のマークをしている。


 ……自分で動くしかないのか?


京太郎「えーっと、衣さん? ちょっと、放して貰ってもいいですか?」

衣「やだ」

京太郎「……えっと、なんで?」

衣「今日の衣は甘え衣!」


 いや、甘エビ食いながら力説されても……。


淡「……むっ」

淡「ずーるーいー!」

淡「だったら私も、甘え淡だから!」

京太郎「なにも上手いこと言ってないし、脈絡ねーぞオイ」

淡「だって、そいつ金髪でしょー?」

京太郎「ああ、そうだな」

淡「私も金髪。きょーたろーも金髪」

京太郎「そうだけど…………いや、それがどうかしたのかよ」

淡「私の髪の毛の方が、きょーたろーの色に近い!」

淡「だから、私の方がきょーたろーに近くていい!」


 どんな理屈だよと言う間も与えられずに、背中にのしかかられた。

 そのまま、首に両手を回される。

 ちくちくするというか、ムズムズする。


衣「ず、ずるいぞ!」

淡「いいんだってば。だってコイツ、私のライバルだから!」

衣「こ、衣だって……」

淡「うっさい! きょーたろーのことをデビュー戦でミンチにしたくせに!」

衣「あ、あれは……」

淡「その点私はー、このばか須賀に狙い撃たれちゃってるからー、もー、本気さのレベルが違うんじゃないかなー?」

衣「うう……」

淡「こいつは私のライバルだもーん♪ へへーん♪」


 うわ。

 なんていうか……こう。

 有り体に言うと、面倒なタイプだ。かなり本気で面倒なタイプだ。


淡「ほらほら、匂い嗅いじゃったりー」 スンスン

衣「な、なんたる厚顔無恥……!」

淡「へっへーん! 嫌がらせのためなら……」 スンスン

淡「嫌がらせの……ためなら……」 スンスン

淡「ためなら……」 スンスン

淡「…………。…………」 スンスン


 無言になるなよ。


京太郎「……」

淡「なんだろ……これ……」 スンスン

衣「そ、そんなに凄いのか……?」

豊音「き、気になるよー」

咲「あ、座ってて下さい」

竜華「あー、充電されるなぁー」


 なんだろうこれ。

 なんだろう。

 なんていうか、動物園の珍獣にされた気分だ。


 背中に大星淡。

 右腕に甘え衣。

 太股に清水谷竜華。

 普通の人間なら、これはひょっとしてモテ期が来たかと勘違いするところだろうが……生憎、須賀京太郎はそうヤワな男ではない。

 あまりにも露骨すぎるスキンシップは、その相手を異性として認識していないに等しいのだ。

 何故ならば、恥じらいがないから。

 普通なら、多少なりとも恥じらいや躊躇いというものを持つ筈だ。好きな相手に、嫌われたらどうしよう……と。

 そう考えるのが普通である。


 或いは露骨なアピールというのは――ここがチャンスとか、このタイミングとか、我慢できないとかで使われるだろうが。

 残念ながら三人ともから、それまで男女間の恋愛を思わせる言動は飛び出してきていない。

 天江衣は当人の言う通り、気安い知人に甘えたくなったから。

 清水谷竜華は――飲むと多分こうなる。よくは知らないけど、深い意味はなさそうだ。

 大星淡はアホだから、天江衣に対抗して。

 ほらな。期待するだけ無駄なんだよ、こういうのはさ。

 折角だし、ちょっと探り入れてみるか。折角だし。


京太郎「清水谷先輩」

竜華「ん、どうしたん?」

京太郎「俺のことどう思ってます?」

竜華「……んー」

竜華「激しく運動してるのに固くなくて、いい太股やないんかな」


 やだ。身体目当てだった。


京太郎「衣さん」

衣「なんだ、キョータロー?」

京太郎「俺とハギヨシさん、どっちが好きですか?」

衣「……んー」

衣「そういうキョータローは、衣とハギヨシのどっちが好きなんだ?」


 答えられない。

 だって、答えたらこの人拗ねて、またハギヨシさんが傷付いちゃうし。


京太郎「大星、可愛いな」

淡「つーん」

京太郎「大星?」

淡「ふんっ」

京太郎「……?」


 そっぽ向かれた。何か、悪いことを言ったのだろうか。

 あからさまに機嫌が悪くなった。……感じがする。


竜華「んー、いい太股やなー」 サワサワ

京太郎「やめて下さい。セクハラですよ」

竜華「ええんやないん? 別に、減ったり無くなるもんでもないし……」

京太郎「あなたの社会的な信用が無くなります」

竜華「だってこれ……気持ち良くて癖になるんやもん……」


 しっかし……。


衣「キョータローは、どっちが好きなんだ?」

京太郎「強いて言うなら……ハギヨシさんと仲良くしている衣さんですかね」

衣「ん、判った!」

京太郎「皆仲良しが一番いいっすからね」

衣「そうだな!」


 こうしてる間にもレモンは唐揚げを侵食してるんだけど……。


淡「……前に、淡って呼んでくれるーって、言ったのに」

京太郎「あー……。淡?」

淡「ふふーん♪ きょーっ、たろっ♪」

京太郎「なんだよ?」

淡「呼んだだけー♪」


 どうしたもんかね。いや、マジ。


華菜「ん?」

華菜「何か騒がしいと思ったら……須賀かー」

華菜「飲み会で女侍らせてるとか、いい身分だし」


 池田ァ!


京太郎「池田先輩」

京太郎「そもそもここ、俺以外は男がいませんのですが」

華菜「あー」

華菜「……龍門渕の執事は?」

京太郎「裏方に徹するって……そう言って……」

華菜「あー、そりゃ残念だったな」

京太郎「ええ」

華菜「……」

京太郎「何か?」

華菜「……なんでもないし」


 女の園に男一人でブチ込まれるのって、割りとマジで居心地悪いんだよな。お互いに。

 なんか、変に気を使うって言うか……気疲れするっていうか……。

 多分、お互い様なんだろうけどさ。そーいうのは。

 ただ、せめてもう一人、この状態を共有してくれる人間が居たらいいのに――。


華菜「で、何?」

京太郎「え?」

華菜「さっき、なんか助けて欲しそうな顔してただろ?」

華菜「華菜ちゃんはやさしいから、条件次第で聞いてやってもいいし!」


 池田ァ!

 ありがとう!


華菜「大方、そこで顔を顰めて宮永が食べてるもん絡みだろーけどなー」


 池田ェ!

 お前が俺の光だ!


淡「むー」 ムニムニ

京太郎「おっぱい押し付けんな」

竜華「あーんしてくれたら、食べるんやけど」 サワサワ

京太郎「尻を触らんで下さい、尻を」

衣「池田が残飯を処分してくれるのか?」 ペタペタ

京太郎「その言い方は流石の俺でもブチ切れますよ」


 いや、まさか。

 こんなところに思わぬ援軍がいるとは。


桃子「あ、唐揚げとレモンここ置いとくっす」

京太郎「悪い。助かった、モモ」

桃子「これでかがみんには借りを……恩を返したっすよ」


 何故須賀京太郎が「かがみん」などと呼ばれているかを語るにはちょっとしたエピソードが必要だ。

 ちなみにガタックの装着者ではない。というか須賀京太郎は、アイツが嫌いだった。そう間違われたら地獄モードに突入する。

 同じクワガタムシの2号なら、断然小野寺ユウスケである。

 まず、察しがいい。基本主人公の邪魔をしない。煩くない。暑苦しくない。あと、なんか親近感湧く。

 あとは勿論、橘朔也。あの人は最高だ。逆転劇とか素晴らしい。


 閑話休題。

 要するにちょっとストリートバスケをすることになり、その時になんやかんや偽名を使うことになり……。

 いや、視界に鏡が映ったのでそう名乗っただけなんだが――それから、なんだかんだあって東横桃子と仲良くなった。

 で、なんだかんだ互いに親近感を覚えたので、渾名呼びの仲である。


桃子「じゃあ、イケメンさん。去らばっす」

京太郎「おう、さんきゅーな」


 ちなみに渾名は安定しない。


華菜「今うっすらと見えたの、あの鶴賀のかぁ……」

京太郎「加治木プロの付き人だそうなんで、その関係で」

華菜「へー」

華菜「……で、あたしはどうしたらいいんだ?」

華菜「あれを全部食べたらいいのか?」


 たいした奴だ……。

 まさか、自ら里のために犠牲になるなんて……。


華菜「んー、なるほどなー」

華菜「別にそれぐらい、驚くには値しないし!」

京太郎「本当っすか?」

華菜「年の離れたやんちゃな妹がいると、大概の強烈料理には耐性が付くんだよ」


 苦笑しながら、咲が涙ながらに頬張る唐揚げだったものの皿を、問答無用で受けとる池田華菜。

 同時に、東横桃子が置いていった唐揚げの皿を差し出す。更にはお口直しのお冷やまで。

 ……なんだろう。

 池田のイケはイケメンのイケなのだろうか。

 正直、後光が射して見える。やはり天才か。


華菜「まー、その代わりと言っちゃなんだけどさ」

華菜「サイン書いて貰えるか?」

京太郎「オレェ?」

華菜「お前以外に誰がいるんだよ……」

華菜「妹たちが、オカルトスレイヤーのファンで……できたらサインを持ってってやりたいんだ」

華菜「こっち来る前は反抗期気味だったけど……やっぱ、可愛い妹だからさ」


 たはは、と頭を掻く池田華菜。

 ……。

 やべー。酔ってるからかも判んないけど、この人のこと好きになりそう。


京太郎「ついでに、写真とかはどうっすか?」

華菜「そこまでは……どうなんだろ。とりあえず、サインくれたら万々歳だからなー」

京太郎「妹さんのお名前は?」

華菜「池田緋菜、池田菜沙、池田城菜……名前の漢字は――」


 やべー。

 なんかこう、家族仲がいい人とか。

 年下への思い遣りがある人とか。

 イケメンというか、男前の性格のいい女とか。

 かなりこう……ストライクなんだよな。こう、何故か……。


京太郎「そのー、池田先輩?」

華菜「ん、どした?」

京太郎「もしも良かったらなんですけど……」


 いやー、どうだろ。言い訳としちゃ、苦しいよな。

 どうせなら妹さんに直接会って――ってするには、ちょっと交流が足りない。逆に怪し過ぎて警戒される。

 ちゃんと段階を踏んでからの方がいいだろう。

 例えば、池田華菜に電話番号を教える。名目はこうだ。「オカルトスレイヤーと直接会話できる」。

 池田華菜の携帯を通して、生のオカルトスレイヤーと会話ができるという感じで。これならそこまで重くないし……、プロ同士が番号を交換してても不思議じゃな

い。

 お互い、オカルトを持たない打ち手として情報や技術の交換もできる。


 うん、これすっごく名案じゃないか?


華菜「勿体ぶらないで、さっさと言ってくれって」

京太郎「いや、俺と――」


 うぐえ、と首を絞められた。犯人は勿論、大星淡。


淡「きょーたろーは、私のライバルだからあげないっ!」

華菜「……あー、華菜ちゃんが欲しいのはサインだけだから別にいいし」


 しっしと、手で払われる。


華菜「それに、そいつの顔はあんま好みのタイプじゃないからな」


 ……。

 ……。

 ……。


 だよなぁ……。


 ……いつから、須賀京太郎にモテ期が来ていると錯覚していた?

 現実なんて結局こんなもんなんだよ。ハハハ……。


竜華「あー」


 清水谷竜華が、スッと立ち上がった。

 彼女の眼は、容易く須賀京太郎の状態を見抜いたのだ。


衣「ちょっとお小水」


 天江衣が、パッと手を離した。

 彼女もその独特の感性で、須賀京太郎の異変を察したのだろう。

 気付かないのは、背中から京太郎にしがみつく大星淡のみ。

 何だかやけに体温が高い。十中八九酔っているんだろう。


 ……まあ。だからどうした。

 先ほどまで、ロックでチビチビ楽しんでた焼酎を一息に煽る。それから、ウォッカ。勿論、一口で。


京太郎「フゥゥウ~~~~~~~~~」


 若干アルコール臭い息を漏らす。ライターでも置いておけば、火が点いたかもしれないがまぁいい。

 そのまま、大星淡の頭を掴む。

 引き寄せながら、こちらも反転。ちょうど京太郎の胡座の上に、大星淡の臀部が乗った。

 座ったまま、真っ正面から向かい合う姿勢である。


京太郎「なあ、淡」

淡「えと……な、なに……?」

京太郎「お前、どれがいい?」

淡「へ?」

京太郎「俺の指技で呼吸困難になるのと、俺の舌技で呼吸困難になるのと、俺の吐息で悶絶するの」

淡「え、えと……か、顔近いし怖いよ……きょ、きょーたろー……?」

京太郎「死に方を選ばせてやるって言ってるんだよ、大星淡」


 久しぶりにキレちまったよ……。


 まずひとつは擽り。

 限度いっぱいまでやる。酸欠で顔が真っ赤になるまでやる。絶対に容赦はしない。

 泣き叫ぼうが何しようが、呼吸の限度まで責め続ける

 二つ目はディープキス。

 正直、酒の席とは言っても、これはやりすぎだと思う。理性も警鐘をならしている。

 だけれども、良心の呵責というのはアルコールのお陰で薄れていた。

 三つ目は耳攻め。

 そう言えばこいつは以前、耳とか首筋とか弱いって言っていた。

 そこを只管、連続で、余すことなく、思いっきり攻め尽くしてやる。一切の加減などなしに、事件を後悔させてやるのだ。


 さあ――。

 絶望が、お前のゴールだ。

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最終更新:2014年02月02日 18:56