アットウィキロゴ
京太郎「ふー」

京太郎「ココアって、秋が一番美味いよな。気分的に」


 独り語散るが、返答はない。

 いつもならここらで大概誰かからツッコミが入るのだが――残念ながら、今日はコンビ戦でもないため不在。

 番組でもないために、誰かと一緒にいる――ということもない以上、京太郎に掛かる声はない。

 こうして、独り誰ともつるむことはないというのは実に久しぶりである。


 ……それにしても、我ながら思うが。

 毒にも薬にもならないそんな言葉を呟いて、誰かの反応を見るなど――どこまで自分は彼女に影響されているのだろうか。

 最近、特に顕著だった。悪癖として現れていると言っても過言ではない。

 一体自分は、いつからそうなってしまったのか。

 意識すれば止められるが、逆に言うなら無意識的にはそれが現れてしまうというもの。

 なんとも、しょうもない話であろう。


京太郎(……まったく、あなたは本当に酷い女(ひと)っすよね……)

京太郎(あー、本当さ)

京太郎(この性格どうにかしないと、気遣いの男じゃなくて天邪鬼須賀とか呼ばれるかもなぁ)


 ふと、思い返してみる――。


  ◇  ◆  ◇


 京太郎『うおっ……』

 久『あらあら、危ないねー』

 京太郎『うわー、びっくりした……ひょっとしたら怪我してたかも』

 久『まあ、小指を打つのが怪我の内に入るならそうなんじゃないのかしら』

 久『それにしても、もうちょっと気を付けたらどう?』

 久『注意一生、怪我一秒っていうでしょ?』

 京太郎『部長、それを言うなら「注意一秒、怪我一生」っすよ……』

 久『……』

 京太郎『……』

 久『ふふん、甘いわね……須賀くん! 甘々よ!』

 久『スイパラに通ってケーキをあーんしあう尼と海女のカップルくらい甘いわよ! ちなみに新婚!』

 京太郎『……ツッコミ難いボケしないで下さい。あんまり美味いこと言えてないっすからね?』

 久『ふむふむ……。須賀くんはスイパラのケーキを不味いと思ってるから、デート場所にしない方がいい……っと』

 京太郎『誰もケーキの話はしてないし、デートの予定もねーっすから!』

 久『いけずねー』


 京太郎『で、なんなんですか? 何が甘いって……』

 久『……?』

 京太郎『いや、言いましたよね……部長』

 久『あー』

 久『じゃあ、仕切り直していくわよ?』

 京太郎『……仕切り直すほどの内容でもないんだよなぁ』

 久『あわいわね、須賀くん! あわあわよ!』

 京太郎『しかも、仕切り直せてない!?』

 久『ふっふーん』

 久『須賀くん、雪のことを淡雪とか言ったりするわね?』

 京太郎『まあ――確かに、言いますね』

 久『ちなみに、淡い竹と書いて“淡竹(はちく)”と読んだりするわ。これ、豆知識』

 京太郎『誰も豆知識なんて聞いてないっすけど……』

 久『そうね。言うなればこれは……竹知識だったわ』

 京太郎『いや、そうでなくて……』

 久『竹井久の出す竹についての豆知識――即ち、略して竹知識よ!』

 京太郎『……もういいです』


 久『ちなみに何故淡いと言ったかと言えば――特に意味はないわ』

 京太郎『ないんですか?』

 久『と、見せかけて!』

 久『降ってきた雪にメープルシロップをかけたら、甘々っぽいという高度なギャグなの』

 京太郎『……高度過ぎて地球の熱圏を突破してますね』

 久『そこであえて外気圏と言わずに熱圏っていうなんて、流石は須賀くんね』

 京太郎『いや、あの……』

 久『辛うじてまだ人のところに近い――』

 久『理解できるギャグと言う意味と、自分が理科に詳しいというアピール。中々のエスプリね』

 京太郎『そのー』

 久『凄いわね。憧れちゃうわー』

 京太郎『……そこまで深いこと考えてなかったんですよ。ごめんなさい』

 久『あらあら、謙遜なんていいのに』

 京太郎『やめて下さいよ……いや、ホント。……っていうか、判っていて言ってますよね?』

 久『須賀くんの反応が楽しかったんだからしょうがないじゃない』

 久『特に誉め殺しにされてるときの、言い出しにくそうな気まずそうな顔とか』

 京太郎『鬼! 悪魔! ロッカー!』

 久『なに? またロッカーに入りたい?』

 京太郎『ノーセンキューで』


 京太郎『……で、何が甘いんですか?』

 久『ん?』

 久『注意一秒、怪我一生って……注意を一秒怠ったら、一生ものの怪我をするって意味でしょ?』

 京太郎『はい』

 京太郎『なんか深い言葉ですよね。色々、真理みたいな感じで……』

 久『その発想が甘いわ!』

 久『注意一生、怪我一秒という言葉は――』

 久『注意は一生続けなくちゃならない! 凄い怪我の所為で一秒で命が失われるかもしれないから、って意味なのよ』

 久『だから、須賀くんもちゃんと前に注意して歩きなさい。どこに危険が転がってるのか判らないのよ?』

 京太郎『なるほど』

 京太郎『……』

 京太郎『でも、部長』

 久『なにかしら?』

 京太郎『それ、あなたの生徒議会の書類運ばされて前が見えない俺の前で言います?』

 久『さあ?』

 京太郎『……』


  ◇  ◆  ◇


 改めて――ああ、なんかこう酷い。酷い人だ。人として酷い。

 いやまあ、それでいていいところはあるし憎めない人なんだけどさ……。

 具体的に言うと、犬を助けたり花を踏まなかったりするカーズくらいのいい人。

 元々肉の芽がない――というかカーズに肉の芽をブッ込んでも吸収されるだけになりそうなので――憎めない人だ。

 ……いや。

 岸辺露伴くらいにはいい人かもしれない。きっと。


 ――っと。


淡「ひゃっ」


 考え事をして歩いてたら、マジで“注意一生、怪我一秒”になりかけた。

 よろしくない前方不注意である。


淡「ご、ごめん!」

淡「でも、それにしてもそっちも前見てよ――」

淡「あ、須賀」

京太郎「あわあわ」

淡「!?」


 間違えた。

 竹井久との雑談を回想してたもんだから、間違えた。

 なんもかんも部長が悪い。

 部長は悪魔。ロッカーは魔物。狭いとこがおちつくのってなんだろうねあれ。

 ちなみに落ち着かなかった。

 ロッカーの立て付けが悪いから見てくれと頼まれて調べようとしたら即閉じ込めボンバーである。しかも独りで。

 なんかただ悲しかった。


京太郎「悪い。……大星?」

淡「――」

淡(なによこいついきなり人の名前を気安く呼んでくれちゃってっていうかむしろ渾名じゃん!)

淡(べつに私はあんたなんかと渾名で呼びあう関係になるつもりなんてないんだからねこのばか須賀!)

淡(っていうかー、私は渾名なんかよりも下の名前で呼びあう方がいいんだよねーだって名前ってちゃんと意味あるでしょ?)


京太郎「大星さん?」

淡「――」

淡(って、べつに須賀なんかのばかと名前で呼びあう関係になんてなりたくないよねっ、そんなの薄気味悪いし気持ち悪い!)

淡(ライバルなんだから勘違いすんなー)

淡(って! 私とあんたはあくまでもライバルだから馴れ合うつもりなんて全然ないっての!)

淡(で……でもでもー、須賀がどーしてもーって言うならちょっとは考えてあげてもいいかもしんないだってこいつ一応はライバルだし長い付き合いになりそうだし)

淡(な、長い付き合い……べつに意味なんてないから)

淡(ただのライバルであってそれ以上の意味はないし確かに格好いいしイケてるし根性あるけどそれ以上の関係なんて求めてないっ)

淡(だから、あんたなんて須賀で十分だよねっ)

淡(ばか須賀なんだから須賀でいーんだよ。そこまで気安くしてあげる理由もないからさ――)


京太郎「……おい、大丈夫か?」

淡「じゃ、じゃあきょーたろーって呼んだげる!」

京太郎「……何がだよ」


 ・
 ・
 ・


京太郎「つーか、お前もこの大会に出るんだな」

淡「んゆ? そだよー」

淡「だってほら、賞金多いじゃん!」

京太郎「あー」


 外資系がスポンサーとなる、この大会。賞金額が桁外れに多く、注目を集めていた。

 それを狙って、様々なプロが集まっていた。

 純粋に、大星淡のように賞金目当てのもの。そんな、通常の大会には中々出てこないフリーランスとの戦いを望むもの。

 そして、何より――


淡「そーゆー須賀はどーなの?」

京太郎「俺か?」

京太郎「俺は、そうだな……」


 最大の理由は――。

 これが少なからず、国民麻雀大会の選抜にも影響するのではないかという話。

 もう既に、開催日も近付いており――当に選抜は済んでいるだろうが……。

 これだけの賞金。ならば、必然的に注目を集める。

 だからひょっとしたら大会の結果如何では、国民麻雀大会の選抜も変更されるのではないか――という噂も出ていた。


 それまで、選抜されるに相応しい成績を残せなかったものは最後のチャンスとして。

 選抜されると確信しているものについては、いずれ闘う相手との前哨戦として。

 この大会に、臨んでいた。


京太郎「……まー、国麻の為だな」

淡「ふーん? 選ばれないから、挽回するってこと?」

京太郎「……。……言っとくけど俺、手酷い負け方はするけど基本的に堅実だからな?」

淡「ああ、そーかもね」

淡「だったら……なんで参加するの? 普段堅実でも、逆にこの大会のせいで手酷く負けたら台無しでしょ?」

京太郎「……ん、ああ」

京太郎「人事を尽くして天命を待つ――ってな」

淡「なにそれ?」

京太郎「これに出るか出ないか……出といて駄目なら、出なくて駄目よりもマシだろ?」

淡「……そーゆーもん?」

京太郎「そーいうもんだな」


 そう――“あちら”には、選ばれなかったし。選ばれてもどうにもならなかっただろうが。

 だから代わりにという訳ではないが、こちらには選ばれたかったのだ。

 そういう、約束をしたのだから。


淡「……ま、なんだっていいか」

京太郎「ん?」

淡「やるとなったら、全力で潰してあげるから――精々楽しませてよね」


 ふわりと、髪を掻き上げる大星淡。

 その金糸が、宙に翻った。一本一本が力を持つ触腕のような、それが。

 先程までの浮わついた雰囲気などどこにもない。

 大いなる輝きを放つ甕星――ランキングで隠した実力とは異なり、高校時代は魔物と称された姿がそこにはあった。

 瞳孔が拡がり、気配が静かな圧力を放つ。

 普段話している、無邪気で馬鹿で能天気で煩く明るいあの態度は、消えていた。

 戦闘モードということなのだろう。


京太郎「んじゃ、正々堂々いい勝負にしようぜ」


 笑いかけつつ、握り拳を出してみるが――意外にも、空かされた。

 そのまま、ぷいと反転し、背を向けて歩き出す淡。

 これ以上、京太郎と語ることなどないと――或いは、興味など失ったといいたげな背中。


京太郎(……なんなんだよ)


 僅かながらに戸惑いが生まれるが、それだけ。

 大星淡の訳の判らない態度なんて今に始まったことではない。気紛れな性質の女なのだ。

 普段のあのまるで阿呆な態度。麻雀における無慈悲な死神という面を持つ態度。

 どちらが本当の大星淡なのか――捉えどころのない女である。軟体生物か。


京太郎(……?)


 そんな、大星淡に曲がり角から現れた男が声をかける。淡も、それに応じる。

 自分にはあんな態度をとったくせに――――判らない奴だ。


京太郎(ま、いいか。たしか、予選はランダムで卓を作って、一定数試合だったよな)


 ◇ ◆ ◇


京太郎(やっぱ、賑わってんな)


 ふむ、と顎に手を当てる。

 アマチュア、セミプロ、プロ、M.A.R.S.ランカーと――中には見知った顔の雀士も参加していた。

 やはり、賞金だけあって規模も大きい。参加者も多い。

 予選は、東風戦のオカありウマなし。25000点の30000点返しの赤4枚。

 ダブル役満なし、嶺上開花は責任払いなど――あのときのインターハイ、M.A.R.S.ランキング戦と同じルールだ。

 まあ、ひっかかるとしたら、これだけの規模にも関わらず意外なほどメディア露出が少ないこと。

 イカサマ防止用のカメラを覗いて、中継用のカメラなど見えない。


 ……まあ、一般参加者もいるのである意味当たり前か。今更だが。


華菜「おっす」

京太郎「あ、池田先輩。お疲れさまです」

華菜「うんうん、ちゃんと敬語が使えてるようで何よりだし!」

京太郎「ハハハ」

華菜「あ、そうそう。うちの妹たちから伝言。『ありがとうございます。応援してます』だってさ」

華菜「……まったく。同じランカーなんだから、華菜ちゃんを応援しろし」

京太郎「あー、ほら、家族は別枠なんじゃないっすかね?」

京太郎「別にファンとして好きな雀士はいるけど……家族としては応援してる、みたいな」

華菜「そーかー?」

華菜「でも、あいつら反抗期だからなぁ」


 うむむ、と腕を組む池田華菜

 やっぱりかわいい。あと、なんだかんだ面倒見のよさが見えて素敵だと思う。


京太郎「それに――」

華菜「ん?」

京太郎「俺は、池田先輩の打ち方好きですね。ファンって言っても、いいかも」

華菜「御世辞はいらないって」

京太郎「いやいや! 引き付けての、ピンチからの逆転って格好いいと思うんだけどな」

華菜「ムラっけがあるだけ、なんて言われるし……」

華菜「自分より上位に言われても、嫌味みたいで嬉しくないし」

京太郎「あ……す、すみません」


 やっちまった、と思った。

 自分の場合は誰から認められても誉められても、それだけで嬉しいものであるが――。

 しかして他人が同じとも限らない。

 そういうところを忘れるなんて、実に初歩的だ。

 これでは宮永咲に「最近、いい意味でも悪い意味でも高校生の頃に戻ってない?」と言われる訳だ。

 どうにも、親しさや気安さを感じると気遣いというのが鈍ってしまう。由々しき事態である。


華菜「なーんてな!」

京太郎「へっ?」

華菜「流石に冗談だし! そんなのに気付かないって、らしくもなく緊張してるんじゃない?」

京太郎「……謀りましたね、池田先輩」

華菜「いやー、神算鬼謀のオカルトスレイヤーを騙せるなんて華菜ちゃんも中々だし」

華菜「お陰様でこっちも自信がついたよ」

京太郎「……そうですか」


 思わず、池田ァって叫びたくなった。

 やめてほしい。心臓に悪いから。


華菜「ま、それじゃあそっちもがんばれなー」

京太郎「俺の台詞ですよ、21位」

華菜「ランキングのことは言うなし! あとで覚悟しとけよ!」

京太郎「はい。また――後で」

華菜「おう!」


 ・
 ・
 ・


京太郎「……」

京太郎(トップには跳満直撃が条件……または倍ツモ)

京太郎(で、上家には筒子が安い。下家は典型的なタンピン気配)

京太郎(俺は――筒子が高いと見せかけた。それ以外は安いと)

京太郎(で、そんな条件の対面)


 ドラ:ニ萬(表示牌:一萬)

 捨て牌:一萬 西 ⑨筒 {2索} 東 七萬
      {9索} {西} ③筒


京太郎(さて……)

京太郎(俺の手牌は、こんな形で――)


 四 九九九萬 ④【⑤】【⑤】⑤筒 【5】7999索

ツモ:6索


京太郎(こうなった)

京太郎(俺は満貫出和了でトップなんだが……)



東四局
(東家)上家:25600
(南家)京太郎:29500
(西家)下家:37300
(北家)対面:17600



京太郎(四萬を切ってリーチは――しない。当然だけどな)

京太郎(真ん中の三色風味だけど、俺が⑤筒を三枚使いしている以上その可能性は薄い……ないとは言えないが)

京太郎(……)

京太郎(ツモで倍満にまで仕上げるなら、リーチをかける前提なら、面前でリーチ・ツモとは別に最低6役)

京太郎(タンピン三色、純チャンイーペーまたは平和、三暗刻対々和にあと2つ。面前混一色にあと3つ。一気通貫にあと4つ)

京太郎(他にはまあ、清一色か。あとの細かいのは考慮するが一応はいい)

京太郎(これはリーチツモの場合だ)

京太郎(リーチかけちまって、結局出和了でした。トップ捲れません……じゃあ、話にならない)


 ただしこれはトップ前提の話。

 相手の方針がラス回避なのか、トップなのか、プラス収支なのかによる。

 この予選においては、上位が本戦進出の為にラスになるのは致命的。ラスになってしまったら、浮上は難しい。

 トップはオカの分、明らかに有利であった。

 まあ、ここは無難に2位あたりでも良いかもしれないが――。


京太郎(違うな)

京太郎(アイツは臆病なタイプだ。臆病だからこそ――ここで勝っておきたいというタイプ)

京太郎(顔が僅かに緩んだ……チャンス手が入ったんだろうな。最初に)

京太郎(多分、裏期待や高目期待、ツモなどの条件がない――臆病な人が安心するってのは、そういうときだ)

京太郎(他には、臆病な人間の特徴としては……『過剰な防御』や『真っ直ぐに行かないこと』だったよな。部長曰く)

京太郎(あとは――周りくどく周到に、なにかを仕掛けて出和了を狙ったり)

京太郎(さて。ここまでが、単純な状況設定……)


 ふう、と息を漏らす。

 山をカウントする必要はないだろう。まあ、この順目では有効性が欠片もないし(オカルト持ちがいない限り)。

 つまりは、疲れる技能を使用する必要はないと言うわけだ。幸いなことに。

 とりあえずは習慣として身に付いている、些細な表情変化やツモ速度などの違和感の記憶。それぐらいで充分。

 一応は記憶したが、少し印象に残ったもの以外は捨てる。

 これが強敵相手だったら、初めから全開で覚えるか――それとも全力で思い出すかだが。


京太郎(あの安心の表情からして……配られた段階で高打点が保証されていた。たぶん速度もか)

京太郎(その後の手出しの数から考えると、役による打点が保証って感じはない)

京太郎(で、場には、二萬が見えてないから……誰かの手牌で使われている)

京太郎(……んで、この人の傾向から考えるなら――ドラの二萬が2枚あって、ドラを生かしたかったから)

京太郎(そこで一萬を打つってことは、三萬は二枚ないって事だ)


 『一二二三三萬』の形から、一萬を見切るのは考えがたい。あり得るとしたら四萬を二枚引いてきた場合。

 『一二二四萬』の形から、一萬が打たれるかというのは微妙だ。

 ただ、他に面子があるか速度を求めるなら三萬の二度受け嫌いはある。

 『一二二四五萬』こんな形なら、充分に一萬打ちもあり得るだろう。他の面子次第だが、ここに一萬があっても役に立ち難い。


 こんな風に、頭の中で様々なパターンを想像する。

 材料として、印象に残ったものを使用しながら。


京太郎(あの七萬は手出しだけど……空切りだ)

京太郎(七萬子は手牌にある――それも暗刻で)

京太郎(つまりは――こうだな。こうなる)


 手牌:■二二■■■■七七七■■■


京太郎(二萬は頭。もしくは暗刻)

京太郎(向こうから見て一番右に動きはない――③筒が左端から打たれたことを考えるなら、一番右にあるのは八萬または字牌)

京太郎(素直に並べてれば――だけどな。まあ、並べ方は判ってる。この場合は素直でいい)

京太郎(タンヤオ対々和三暗刻にドラ、タンヤオ三暗刻にドラと、面前混一色対々和三暗刻にドラ、面前混一色三暗刻にドラ)

京太郎(面前混一色対々和三暗刻ドラ3なら、リーチかければ三倍満で全方位から和了可能になる。……だから、恐らくこれはない)

京太郎(リーチの足止め効果は判る筈だ。ましてや……4位のリーチなんかかかったら、この親の人以外は引く状況だしな)

京太郎(タンヤオ三暗刻にドラ3だと足りない。……ま、ひたすら直撃狙いかもしれないけど)

京太郎(ってなると――)


 プロ棋士は脳内で数百通りを考えると言うが、今の須賀京太郎はまさにそれだった。

 勿論、プロ棋士には及ばない。

 それほどの可能性をシミュレートできるならば――麻雀が好きでなければ――棋士になっているだろう。

 しかし、京太郎は速い。


 ゾウの時間、ネズミの時間と言うが――生物は個別に、それぞれの心拍数に応じた時間の流れを持っている。

 それでいて、一生に打たれる鼓動の回数はどの生物とも似通っているらしい。鼓動の回数こそが寿命であり、その生物の一生。

 ここで、どの生物もそれぞれの生物が主観的には同じ長さの一生を送るとしたのならば。鼓動と鼓動を一単位と考えるのならば。

 一秒で十回脈打つ生物にとっての一単位は〇.一秒。一秒に一回鼓動を打つ生物の一単位は一秒。

 一単位が、その生物にとっての行動にちょうどいい時間だとするなら、前者は同じ時間で後者の十倍行動できる。

 つまり――相対的に見れば、身体の小さな生物ほど――速い時間の流れを生きていることになる。


 それは、昆虫も同じである。


京太郎(――よし)


 そんな、ある意味異なる時間の流れに生きるに相応しい彼の速度を言うなれば――

 “疑似神経加速(タキオン・エミュレート)”と呼ぶべきだろうか。

 須賀京太郎は、他者から見れば流れるような速度で、打牌を行った。

 一般に、段位が二つ違えば生物が違うとまで呼ばれるが――。


京太郎「――ロン」


 この場の誰もが、六段・須賀京太郎の思考と動きを把握できなかった。


 ◇ ◆ ◇


京太郎「ふぃー」


 予選を無事通過して、肩を撫で下ろす。

 いつもほどの消耗はない。

 思考もまた、肉体の鍛練と同様に、繰り返せば繰り返すだけ研かれる。

 即座に結果がでるものではないが、続ければ続けるだけ速度を増していくのだ。僅かながらでも、成長している。

 だから、以前ほどの消耗もなくなるのだ。


 なんて――それ以上に判りきっているのはある。

 単純に、いつも戦う相手が化け物過ぎるのだ。

 京太郎のそれには素質も必要だが、訓練次第では人として充分に到達可能なもの。

 だが、オカルトは違う。“特性(のうりょく)”

 素質などでは達し得ない、純然たるギフトのオンリーワン。

 或いはギフトではない、オカルトではなく技術を磨いた末のスタイルというのも多いが――。


 それでも、突き詰めてしまえばどちらも怪物だ。ただの人間には荷が重い。

 せめて自分にも他のプロのように運があればなー、と思わなくもない。


京太郎(ま、これが俺だし……これはこれで楽しいからいいよな)

京太郎(それに……)

京太郎(俺が泣き言言ってたら、しょーがねーもんな)


淡「……ふう」

京太郎「よ、大星。予選じゃ当たんなかったな」

京太郎「池田先輩もそうだったし、他にもランカーとは当たんなかったから……」

京太郎「ひょっとしたら予選の抽選も仕組まれてるんじゃねーのかな」

京太郎「なーんてさ。お前の方、どうだった」


 笑いかけながら、缶を差し出してみるが――冷たく一瞥されただけ。


京太郎「な、なんだよ。これ……お前が好きな奴だよな?」

淡「……」

淡「邪魔。どっか行ってよ」

京太郎「は?」

京太郎「お前、その言い方は――」


 思わず口を尖らせそうになって、黙る。

 この大会――規模も大きい。賞金も高額で、国麻への足掛かりにもなる。

 なら、集中して然るべきだ。

 集中の仕方は人それぞれである。大星淡と須賀京太郎のそれは、当然違う。

 なら、こうして京太郎が話しかけること自体が、彼女の邪魔となってしまいかねないのだ。


 普段があまりにも気安い為に、忘れがちだったが……。大星淡も大星淡なりの流儀があるのだ。


京太郎「ごめんな、俺……無神経だったよ。すまん」

京太郎「その、でもさ、これ……よかったら、飲んでくれないか? 折角買ったんだし……」

京太郎「じゃ、じゃあな。ごめん、邪魔して」


 缶を置いて、淡に背を向ける。

 なにか気まずかったし――それ以上に、居たたまれなかった。

 いつもの彼女の辛辣さや口煩さのそれとは違って、なんだか心を抉られるようであったのだ。


淡「……はぁ」

淡「……」

淡「どうしよーかなー、もう……」


 ・
 ・
 ・


京太郎(まずまずか)


 本選の立ち上がりの結果は、M.A.R.S.ランカーとしては及第点というもの。

 湯気が立つ風呂だと思って飛び込んだ先が、ドライアイスだらけの氷風呂だった――。

 そんな、傾奇者の悪戯に嵌まったような気持ちから一転、麻雀では平常を取り戻していた。

 ……が。終わってしまえば。

 やっぱり、気になるのが常である。あんな態度されたんだから。


 まあ、大星淡とは仲がいいという訳ではない。

 何だかんだとお互いをぞんざいに扱い、何だかんだと近寄ったかと思えば互いに突き放したりする。

 言うなれば、ト○とジェ○ーか。○ンパンマンと○イキ○マンではない。似てるけど。

 だから、ある程度打ち解けこそはすれ――さっきのような態度は当然なんだろうが。

 なんだろう。


京太郎(だけど……いっつも、あそこまで冷たくはないよな? 何だかんだ会話はしてくれたし)

京太郎(うーん、俺……なんか怒らせるようなことしたか?)

京太郎(……思い当たりしかないってのが困る)

京太郎(でも、いつもの怒り方とはなんか違うし……)

京太郎(まあ、集中……したかったんだよな。だったら悪いこと、してるかぁ)

京太郎(でも……それを言ったらアイツだってこの前、辻垣内先輩たちとの対戦前に俺の控え室に来たよな)

京太郎(自分はよくて――俺は駄目ってことかよ)


 そう思うと、怒りが沸々と沸いてくるが……消沈する。

 なんか、それが理由とは思えないのだ。


京太郎(……ま、いいか。大星にも事情があるなら、それで)

京太郎(……)

京太郎(別に俺はあんなぱーぷりんと喋れなくたって気にならねーよ。むしろ、静かで清々するよな!)


 ま、それは置いておこう。麻雀には関係ないし。

 とりあえず、今の自分のランクはどうかな――――と、ランキングディスプレイを探してみる。

 本選とは言え、たった半荘数回で結果は出ない。実力は出ない。

 だから、別に――


京太郎「な……ッ」

京太郎(池田先輩が、マイナス……!?)

京太郎(そんな……はは、なあ、4位って……マジかよ)

京太郎(確かに、麻雀には好調不調があるから当然だし、そういうのが普通だけど……)

京太郎(あの人、M.A.R.S.ランカーなんだぞ!? 戦ってるのも別に上位ランカーでもないし、何があったんだよ……)


 須賀京太郎はともかくとしても、それ以外のM.A.R.S.ランカーは上位に近付くほど圧倒的だ。

 単なる運・不運を、ものともしない力がある。運を制圧する。卓を制圧する。

 勿論、好調もあれば不調もある。同じ上位近くのランカー同士で戦えば、その辺りの影響もあって結果は絶対的ではなくなる。


 だけれども、M.A.R.S.ランカー。M.A.R.S.ランカーなのだ。

 上位近くでは、単純な技術では抗えないほどの引きの強さが露になるし、シューターが華麗に3Pシュートを決めるかのごとく、自らのスタイルを発現させる。

 明確に決まりのスタイルを持たないのは、精々が京太郎ぐらいだ。(対応すると言う意味での変幻は他にも多いが)


京太郎(……相手は)


 丁度、卓が終わったところなのだろう。実際に解散するのに先駆けて、結果が表示されたのだ。

 池田華菜。の、他には男性が三人。

 一人は予選前に、大星淡に声をかけていた男だった。

 特に強者特有の気配なるもの――京太郎にはオカルトあれこれは判らないが、目付きや所作で実力をある程度測る――は感じられない。

 だから、尚更信じがたかった。

 よっぽど綺麗に、ラッキーパンチが当たったのだろうか。麻雀である以上に、それは十分にあり得る。


京太郎(でも……)

京太郎(……残念だけど、こういうこともあるよな)

京太郎(だって……それが、麻雀ってもんだよな)


 目を閉じて、気持ちを切り替える。

 確かにショックであるし――実に残念であるが、麻雀とは得てしてこういう競技だ。

 M.A.R.S.ランキングという曲者揃いのランキングの中ではあまり起こらないが故に、失念しがちであるが……。

 むしろ、同卓した人間を讃えるべきだろう。

 上位ランカーでもないのに、上位近くのランカーに競りかったのだから。


京太郎(……4位になるとリカバーが大変だろうけど、案外池田先輩ならどうにかするかもなぁ)

京太郎(よぉーしっ)

京太郎(俺も頑張らないとな!)


 しかし、京太郎のそんな爽やかな気持ちは――ギャラリーが漏らしたある一言で、雲散霧消。

 ――否。

 そんな感情は、“裏返える”こととなった。


京太郎「“イカサマ(ぶき)”を持ったままで――構わない」


 この試合を目撃した、弘世菫は後にこう語る。

 今までかつて、あそこまで激しく静かに怒る須賀京太郎を見たことはない――――と。

 元々が温厚な気質であり、剽軽ではあるが真面目で誠実な性質で、陽気な男である。

 そんな須賀京太郎が、口を尖らせることや親しい仲での冗談めいたやり取りで声を荒らげることはあっても、正しい意味で怒ることは稀だ。


 だけれども、この場においては――。

 鷹揚に笑いはしない。気障ったらしい、緊張を解す諧謔や冗談もない。

 ひたすらに、静かに黙して卓についていた。

 これこそが、何よりの警告音であると弘世菫は告げる。

 その優しさが故に、これまで彼が見せたこともない――――獰猛さと凶悪さが顔を覗かせるのだ、と。


京太郎「一列に並べ……!! 外道ども」



                                                  ←To be continued...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年02月08日 14:25