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京太郎「よろしくお願いします」


 卓に着く京太郎と、その他三人――。

 ここでは仮に――火暴喜一、中谷高俊、鳥地真紀としておこう。

 オカルトという奇々怪々なる特性が故に、得てしてM.A.R.S.ランカーというのは女性が多い。

 そういう意味では、このように男性のみで卓が立つというのは非常に稀であろう。

 勿論、これは――M.A.R.S.ランキング戦ではないにしても、だ。


京太郎(……池田先輩が焼き鳥か)

京太郎(そんなこと――あるのか? 確かに麻雀って、『どんなことも起こるしどんなことも起こらない』って言えるけど)

京太郎(仮にも……上位に近くて、しかもあの“まくりの女王”の藤田プロに直接指導されてたのに)

京太郎(やられっぱなしで、終わるのか?)


 池田華菜はオカルトというものを持たないが――ある種の豪運を持っていた。

 彼女が諦めないかぎり、天から救いの糸が途切れることはない――と、言おうか。

 或いは、またある種不屈で前向きな彼女が、気合いで引き寄せると言うか。

 ピンチこそチャンスだとでも言いたげに、池田華菜はしばしば驚異的な逆転劇を発揮していた。


 もっとも、そこらのオカルト使いや魔物ならいざ知らず、それだけで上位ランカーに通用するほどこの世界は甘くはないのだが――。


京太郎(見た感じ……そこまで強い風には見えないけどな)

京太郎(ランキングも……そこまで、って程でもないし)


 京太郎は北家。

 火暴喜一が上家――西家。

 鳥地真紀が対面――南家。

 中谷高俊が下家――東家。起親。

 そのような形で、始まった。この対局は。


京太郎(さてと……まあ、“見(ケン)”しかないよな)


 手牌:四七七萬 ①①⑤⑨筒 579索 西北発
 ドラ:九萬(ドラ表示:八萬)


京太郎(相変わらず――っていうか、なんていうかな)

京太郎(ひょっとして、大星のオカルト食らってる方がまだマシなんじゃないか? これ……)


真紀「ポン」

京太郎(……っと、早いな。一巡目で鳴き入れますか、ふつー)

京太郎(あそこらへんを一鳴きしたいっていうと……三色同刻、混一色、その他手が早い)

京太郎(まあ、現時点じゃなんともなぁ……)


 南家:[五]五五 ■■■■■■■■■■


 手出しは、⑨筒。

 まあ、全ての可能性を絞るに値しない打牌である。

 そもそも、神ならぬ京太郎には、このなんの条件もない状態から相手の手牌を理解できるほど、狂気じみてはいない。


 そのまま、順目が進む。

 京太郎は、その他家にとっていずれ安牌になるであろう牌を確保しつつ進んでいくが――。


京太郎(駄目だ……全然、進まない)

京太郎(衣さんがいるんなら――これはあの人のオカルトだって、対応ができるんだけどな)

京太郎(今のままじゃ、単なる不運なのかそういう特性なのかが……全く判らないぜ)

京太郎(……やれやれだよな。データなしってのはさ)


 ボヤいても、始まらない。

 他家の状態を観察――彼らの視線の移動、思考時間、牌の整理から手の進み具合を計ってみる。

 だが、読めない。

 平常を保ったままとしか、京太郎には見受けられなかった。

 池田華菜を上回るなら――しかも彼女を焼き鳥にするなら――、そろそろ聴牌の一つでも出来るほどの引きの強さを見せてもいいと思うが。

 それとも、他家も総じて手が進まないのだろうか。

 そんな無風状態というのは、麻雀ではしばしば見られた。尋常な麻雀なら。

 M.A.R.S.ランキングに於いても、小走やえが全力で技能を発揮すれば、そんな状況も起こりうる。


高俊「リーチ」


 おいおいマジかよと、内心眉を上げた。

 聴牌気配がまるで読めない――とは、あの鹿倉胡桃のようではないか。

 彼女の、あのある種ステルスには目を見張るものがある。

 一番恐ろしいのは東横桃子に違いないが……。

 なお、バスケットボール以後、しばしば連絡をとっていたりする。ステルス談義で割りと盛り上がる仲だ。


 まあ、清水谷竜華とは異なり、彼女ほどの精度で見抜きが出来ない自分を上回る打ち手――なのかもしれないが。

 それがオカルトや特性なら、リーチを掛けねば和了できないか。

 或いは決め手にはリーチなのか。リーチをしたらより打点が伸びるのか。即リー派か。デジタルか。牽制狙いか。

 何にしても、データなしでは自分にとって確信に至る証明がないということなので――全ての案を想定しつつ保留する。



 東家捨て牌:(五萬) 西 1索 ②筒 {北} 7索
         6索 九萬 [⑤筒]


京太郎(うーん……)


 手牌:四七七萬 ①①①筒 579索 西北北発  ツモ:西


京太郎(安牌でオリる……か)


 そしてその後、数順の後に。


高俊「――ツモ。6000オール」


 高俊(東家)手牌:三四【五】六六 八八萬 ③④⑤筒 345索 ツモ:八萬


 リーチ、ツモ、タンヤオ、三色同順、ドラ1で親が和了した。

 開幕のインパチは、かなり痛い。


京太郎(……)


東一局
中谷高俊(東家):43000 (+18000)
鳥地真紀(南家):19000 (-6000)
火暴喜一(西家):19000 (-6000)
須賀京太郎(北家):19000 (-6000)



 続く、東一局一本場。

 須賀京太郎は静かに手牌を開いた――。


 手牌:二四六萬 ③③④⑤【⑤】【⑤】筒 89索 南西 ツモ:6索


 先ほどの牌に比べたら、言うまでもない。

 ドラを手の内で抱えられているのはよい。イーペーコーも見える。

 6索ツモによって、最終形はタンヤオ見込みがほぼ決まり。

 不満があるとしたら、聴牌時には弱点が残りやすいことだろうが――まあ、おまけのようなもの。


 打:南。この手牌は余計なことを考えず、真っ直ぐに進むべきだ。

 次順、ツモ5索。不要牌は西。二度受けペンチャンの89を先に見切ってもいい。

 ただ、ここでペンチャンを見切るには早い。


 手牌:二四六萬 ③③④⑤【⑤】【⑤】筒 5689索 西


 二度受けは痛いが、7索引きで打③筒の亜リャンメンとリャンカンの一向聴。

 多分、これが最速だろう。最後に急所が残るのがいただけないが。

 理想としては、六萬や③筒に何かがくっつくこと。

 先にリャンカンが埋まるか、或いはそれらにくっついたなら89索を見切ればいい。

 ここで、後の為に西を温存――などというのは、臆病風に吹かれて見誤っているだけ。

 京太郎は、他者から見れば突っかかるとも呼べぬ早さで、牌を打った。


 打:西


喜一「――ポン」


 火暴(西家)手牌:■■■■■■■■■■■ 西西[西]


 応えるように、鳴きが入る。

 上家と下家を飛ばして回ってきたツモは五萬。

 ありがたいと手牌に入れて、打:8索。

 次順、掴んだのは4索。さして迷うことなど欠片もなく、打:9索と手を進める。

 それから二巡、南引きと9索引きによる無駄ヅモを挟む。


 手牌:二四五六萬 ③③④⑤【⑤】【⑤】筒 456索


 一・三・四・七萬。①・②・③・④・⑤・⑥筒にて、聴牌となる一向聴。

 続くツモは――③筒。


京太郎(五面張か。早目だってのに、ありがたいぜ。ツイてるな)

京太郎(リーチ掛ければ、最低でも満貫確定)

京太郎(高めなら跳ねるし……ああ、幸先が悪くない手だぜ)


 手牌:二四五六萬 ③③③④⑤【⑤】【⑤】筒 456索


京太郎(……)

京太郎(……確かめるか)

京太郎「――リーチ!」


 須賀京太郎(北家):南 (西) 8索 9索 {南} {9索}
              [二萬]


 はたして、その結果は――。


高俊「聴牌」

真紀「ノーテン」

喜一「ノーテン」

京太郎「聴牌」


 和了できず、場に供託立直棒を提出したにとどまる。

 高め、速度十分、待ちが広い手牌が結果として潰れてしまったのならば、誰もが嘆息するだろう。

 勿論、常識外れの怪物の集い、M.A.R.S.ランキングの末席に身を連ねる須賀京太郎とて――それは同じ。

 ある種確信めいた打牌を行う彼女たちとは異なり、須賀京太郎はあくまで普通の人間である。

 何となくという切っ掛けで誘われて麻雀を始めて、麻雀自体の面白さに魅せられ、麻雀が好きになり、牌に悩み――紆余曲折の末に再び麻雀の楽しさを取り

戻した。

 だから、全力で悔しがりつつ、これも麻雀だと己を納得しようとさせ、やはり残念であると息を漏らす。

 京太郎は、そんな人間である。


京太郎(……はぁ)


 ――それが、“結果として潰れてしまったのならば”。


京太郎(……ああ)

京太郎(そういうことか……)

京太郎(よくわかったぜ――ああ、“よくわかった”)


 京太郎は確信した。

 ここで今まさに、イカサマが行われている――と。

 池田華菜は、この、イカサマでありコンビ打ちにいいように弄ばれたのだ――と。

 須賀京太郎は、確信した。

 それと同時に京太郎は、例の注射器――型のペンを取りだし、首筋に当てた。電流が、神経を刺激する。


 ――チキ、チキ、チキ。


 何かの音が聴こえた。

 牙を打ち鳴らすような――大顎を噛み合わせるような、音が。

 それが己の心が鳴らす/変容する――怒りの音だとは、京太郎は気付かない。


京太郎(……イカサマか)


 残酷なことを言うかもしれないが……。

 プロである以上、M.A.R.S.ランカーである以上、たとえイカサマを使われようが何しようが、勝たねばならない。

 そんな気持ちは、池田華菜に対しても変わらない。誰が相手だろうと――小走やえ相手だろうと――きっと須賀京太郎はそう思うだろう。

 自分自身、派手に負けるが故に人のことを言えた義理ではないが――。

 プロというのはつまり、そういうことだ。


 だから、イカサマで負けた池田華菜に対してまず思うのはそれだ。

 残酷であるかもしれないが、M.A.R.S.ランカーであるというのはそういうことだ。

 高々イカサマ風情に負けるというのは、「恥ずかしい」と悔やみこそすれ、「卑怯だ」と憤るのは筋違いである。

 火星の名を――軍神の名を冠するランキングにおいては、それこそが真実である。

 辻垣内智葉はその卓越した感性と経験から。弘世菫はその視野と判断から。

 清水谷竜華はその眼力で苦労なく、小走やえはその技術で他愛なく。

 南浦数絵は、荒川憩は――本気を出した彼女たちは、たかがイカサマ程度では止められない。


 しかし――そんな常識や真実を噛み締めた上で。心で強く握り締めた上で。


京太郎「“イカサマ(ぶき)”を持ったままで――構わない」


 須賀京太郎は、怒りを露にした。

 場末の賭場ならいざ知らず、こいつらは、麻雀を愚弄した。

 日本の麻雀に関わる、全てのプロ雀士を愚弄した。

 何よりも――


京太郎「一列に並べ……!! 外道ども」


 今このとき、日本の麻雀界を背負い――単身世界に赴く宮永咲を愚弄した。

 許せるはずが、なかった。

 須賀京太郎が違和感を感じたのは、あの五萬打ち。

 それまでのツモによる手牌への挿入と、解答――つまりツモでの手牌の開示を合わせると、始めの手牌はこうなった。


 高俊(東家)手牌:四五【五】六六萬 ②④筒 13456索 西
 ツモ:7萬 打:五萬


 これから打五萬というのは、明らかな異常である。

 そしてその後の手牌の変化についてであるが……。

 京太郎は、牌が中央の奈落に飲み込まれるまでの隙に除き見た。

 残りの七萬は王牌に二枚。四萬も王牌に。

 2索、5索、8索は場と他家によって使いきられていた。


 さらに二度の対局にて立て続いた、早い順目の副露。

 あれによって須賀京太郎には、上の段の牌が当てられた。

 本来の北家なら、ツモは下。東家と西家が、上をとる形となるのである。

 さらに加えるのは――あの、五面待ちの立直。

 早い順目であり、京太郎は実質四種類の牌しか出していない――おまけにあの時点でドラの所在が明らかにもなっていないに関わらず。

 誰一人として、心底慌てなかった。

 須賀京太郎が和了不可能なことを、知っているように。


京太郎(……ガンパイだよな)

京太郎(三人が三人、揃いも揃ってガンパイ使いで……しかもコンビで打っている)

京太郎(ここは――そういう卓だ)


高俊「並べなんて言われても、座ってるしなあ?」


 中谷高俊は、残る二人に笑いかけた。

 相手の待ちが完全に判り、ズラしてやればその後のツモが判る以上、負ける筈がなかった。

 互いの手牌が判るということは即ち、極めて効率的にピンポイントで鳴かせあえるということで、攻撃役の人間以外は妨害も容易い。

 下段の牌が見えないという点は問題ではあるが……どの色か判る程度には細工が施されているし。

 普通に打つよりは、余程容易く一人を陥れることができる。


 須賀京太郎の手牌が判っている以上、彼が鳴けるところを出さなければよい。

 そのまま永遠に、彼は削られ続けて負ける。

 適度に稼いだら親を変わり、全員が――須賀京太郎を残して、ある程度均等に和了すればいい。

 そうすれば、須賀京太郎は一人沈む。


京太郎「……」


 ――否。

 須賀京太郎だけではなく、全ての上位ランカーを沈めさせるのだ。

 今現在他の卓においても、これと同様の行為が実施されていた。

 M.A.R.S.ランカーとの闘牌を想定――というより、彼らを殺す為の対人ならぬ対ランカーとして。

 高俊ら、フリーランスのランカーは雇われていた。

 そもそもこれは、大会側の仕込みである。

 フリーランスの麻雀プロたちは、この大会に出てきた上位ランカーたちを敗北させる為に集められた。

 ただし、その為に、余計なオカルトや特性は必要ない。

 代わりに、誰にでも扱える“武器(イカサマ)”を与えられた――――と言っても与えられた彼ら以外には使用不可能だが。

 故に全員、馬鹿正直にガン牌などしている筈もない。

 そんな傷や仕組みを作ってしまったら、ともすれば逆手に利用されるかもしれないから。


高俊「まあ、トラッシュトークはともかくとして……続行しようか」


 勝てないまま、嬲り殺されるのが相応しい。

 上位ランカーたちは、この場においての贄であるのだから。

 この大会の、最初から仕組まれていたのだ。そもそもの大会からして、その為に作られているのである。


高俊「さて、じゃあ、二本場だ」

京太郎「……」

高俊(何をしたって、無駄だよ。あんたじゃなにもできない)


 運やオカルトを、『不確定を支配する力』――――と呼ぶのならば。

 技術は、『正しき道を選択する力』である。

 道無き道を、暗闇の荒野に進むべき道を、切り開く力――それが技術だ。

 可能な限り、経験と判断で――『失敗』を削っていく。正解に近付いていく。そんな力。

 須賀京太郎にオカルトはなく、運はいい意味でも悪い意味でも際立ったものではない。

 彼は、如何に正しき道に近付くかで進んできた男である。


 さて――この場には、正しき道などない。


 卓の上に最早不確定は、ほとんど存在していなかった。

 上に積まれた牌は、高俊ら三人が全て知るところである。

 まさに文明の利器と言おうか――。

 牌の背に描かれた特殊インクと、そのインクの効能を発揮させる特殊な光を放つ照明。

 あとは、それを読み取ることを可能とする特製のコンタクトレンズの力で――彼らフリーランスの雀士は、山のほぼ全てを把握しているのである。

 オカルトなどの特殊なワンアンドオンリーではない。

 誰にでも、使える技術である。この道具さえあれば。


 不確定を支配する豪運があるなら、彼らも苦労をしただろう。

 あの、池田華菜。

 山の並びを見たときに愕然とするくらい、その山は彼女の為に積まれていると錯覚するほどの牌勢を見せた。

 しかし、互いの手牌を把握している三人がかりなら封じ込める。

 技術的な限界で側面にまで完全な細工を施せなかった故に、明確に把握ができない下段と異なり、上段は完全に高俊らの手の中。

 まずそもそも、手牌が判っている時点で間違いなく振り込まない。

 更には互いの手牌を把握した的確な副露で、ツモをズラせる。

 上段に追いやってしまえば、碌に動けもせずに沈黙する。副露さえ許されないが故に、獲物がツモをズラすことは不可能だからだ。


 須賀京太郎は、不確定を支配する力が乏しい。

 一般人の平均値程度だが――麻雀プロとしては、上位ランカーとしては、無に等しい。

 その点では、池田華菜の方が余程強敵となるだろう。

 正しき道を行く技術など、この場では何の役にも立たない。

 後から答えを好きに変えられるのだから、当然である。


高俊(手牌は……)


 捨て牌:9索 {南} ①筒 {九萬} 7索 ④筒
      {1索} 四萬 {北} 6索


 須賀京太郎(北家)手牌:■■■一三萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 24索
 ドラ:五萬(表示牌:四萬)


 ガン牌をされていることを薄々勘づいてはいるのだろう。

 理牌せずに(便宜上並び替えたが)、その左端の牌を、左手で被っていた。

 マナー違反だが……追求したら、イカサマだなんだと騒ぎ立てるかもしれない。

 なまじ有名であるが故に、須賀京太郎がそう叫んだら厄介なことになる。


高俊(さて……)


 あれほどメディア露出も多い須賀京太郎が騒ぎ立てることで、この大会にケチが付く可能性も否めない。

 それでは困る。

 高俊たちフリーランスのランカーに依頼した大会の運営者は、何も、賞金惜しさに彼らを雇った訳ではない。

 事実、イカサマありきとは言え、最終的に勝利したのなら高俊らに賞金を支払うと言っている(口止めという意味も含まれるが)。

 その先を見た上での、投資である――と。

 この計画への参加者を集めて、主催者は言った。


高俊(そうやって隠して……大方、読み合いに持ち込みたいんだろうが)


 イカサマの構造上、配牌の下半分は見えない。

 であるが故に、須賀京太郎がその手で隠すことで……隠せる限度まで、ブラインドを作ることができる。

 あとは、それを待ちに絡めての――頭脳戦に持ち込ませる算段なのだろうが。


高俊(……)


 須賀京太郎の手牌の運びは、こうだ。


 ■■■ 三四萬 ①④⑥⑦⑧筒 469索 ツモ:7索 打9索
             ↓
 ■■■ 三四萬 ①④⑥⑦⑧筒 467索 ツモ:⑧筒 打①筒
             ↓
 ■■■ 三四萬 ④⑥⑦⑧⑧筒 467索 ツモ:⑦筒 打7索
             ↓
 ■■■ 三四萬 ④⑥⑦⑦⑧⑧筒 46索 ツモ:⑥筒 打④筒
             ↓
 ■■■ 三四萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 46索 ツモ:一萬 打四萬
             ↓
 ■■■ 一三萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 46索 ツモ:2索 打6索


 ブラインドされた部分の変化を除いて、こう運ばれていた。

 高俊は須賀京太郎ほど並外れた技術の持ち主ではないが――流石に、見えてる牌について暗記できない訳ではない。

 理牌されて居ないために、些か並べた際の兵牌を想像するのには骨が折れたが、そこは腐ってもプロだった。

 何故9索から落としたのか。

 ブラインド部分を考えなければ、まず初めは①筒でも良さそうである。

 46索のカンチャン、79索のカンチャンと①筒。どちらが上かは決まっている。

 つまりは、9索と①筒が同じ価値か、①筒の方が僅かに価値が高いか。

 それは即ち――①筒に結び付く何かがあったか、4索に既に何かがついていて9索が余ったかだ。


 その後の①筒打ちから、①筒に何かが結び付く可能性というのは除外してよい。

 更にその後の7索打ちから鑑みるに――――恐らくは何かが4索につき、そして、■4索と67索で面子を比べた。

 リャンメンを見切るというのは、役の確定か二度受け。この場合で考えるのならば二度受け拒否であろう。

 つまりは、34索と67索――5索の二度受け。


 ■■ 三四萬 ④⑥⑦⑦⑧⑧筒 3467索


 面子オーバーから、67索を見切ったのだ。


 ■■ 三四萬 ①④⑥⑦⑧筒 3469索 ツモ:7索 打9索
             ↓
 ■■ 三四萬 ①④⑥⑦⑧筒 3467索 ツモ:⑧筒 打①筒
             ↓
 ■■ 三四萬 ④⑥⑦⑧⑧筒 3467索 ツモ:⑦筒 打7索
             ↓
 ■■ 三四萬 ④⑥⑦⑦⑧⑧筒 346索 ツモ:⑥筒 打④筒
             ↓
 ■■ 三四萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 346索 ツモ:一萬 打四萬
             ↓
 ■■ 一三萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 346索 ツモ:2索 打6索


高俊(いや、これじゃあ――おかしい)

高俊(ツモ一萬からの、打四萬があり得ない)

高俊(こっちから見えてるって判ってるのに……タンヤオと両面待ちが消える四萬を打つ必要がない)


 ■二つが頭だとした場合、須賀京太郎の打牌はあまりにも異常なものになる。

 この状況――自分の聴牌や和了が怪しいこの状況で、タンヤオ・平和を壊して打点を殺す必要はない。

 二‐五萬待ちだろうが、二萬待ちだろうが実質的に待っている牌は変わらないのだ。

 どのみち潰されるとしても、万一の和了に備えて高く広い方を選択するのが必然。

 となると、打四萬に意味がある。あるのだろう。


高俊(一三三三の形……四萬のスジ引っかけ……)

高俊(他には、二三四萬→一二三萬で切り替えて、四萬のスジと見せかけて、まるで関係ない単騎待ち)

高俊(いや、そもそもこれが順子であるとは限らない――)

高俊(あとは、ひとつが3索ではなく……2索や4索での、七対子)

高俊(……厄介な奴だ)


 須賀京太郎の思惑は、こうしてこちらを読み合いの舞台に上げることだ。

 高俊らのツモ和了封じ。

 如何に手番を飛ばせるとしても、須賀京太郎の待ちが判らなければそれは無意味となってしまう。

 推理せざるを得ないのだが――。


高俊(……仕方ない)

高俊(俺が、上側に戻って和了するか)


 高俊は、鳥地の手牌を眺め、彼が必要な部分の牌を切り出した。

 意図を図るように、鳥地真紀が高俊を眺め――逡巡ののち、牌を叩く。


真紀「チー」


 そのまま、手が進む。

 須賀京太郎は、掴んだ一萬を逡巡すらせず河に納める。

 四萬のスジ引っ掻け一萬の可能性は消えた。つまりいよいよ、予測不能な待ちとなっているということだ。


高俊「――ッ」

高俊(他に役とかはどうでもいい……とにかく、こいつがツモる前に決めないと)

高俊「リーチ!」

高俊「一発、ツモ――2200オール!」



東一局一本場~二本場
中谷高俊(東家):52100 (+1500 +6600 +供託1000)
鳥地真紀(南家):15300 (-1500 -2200)
火暴喜一(西家):15300 (-1500 -2200)
須賀京太郎(北家):17300 (+1500 -1000 -2200)



京太郎(……)


 手牌:一二三四萬 ⑥⑥⑦⑦⑧⑧筒 234索


 須賀京太郎は、静かに手牌を閉じた。


京太郎(……)


 瞳を閉じて、思い返す。

 自分を最初に鍛えてくれた――あの女性のことを。


久『いーい、須賀くん?』

久『よく、自分がやられて嫌なことは人にするなって言うけど――』

久『じゃあ、人に嫌がらせするときはどうしたらいいと思う?』

京太郎『なんですか、唐突に……』

久『いいから。ちゃんと答えて』

京太郎『……真面目な話、っぽいっすね』

京太郎『今の流れなら――自分がされたら嫌なことを人にする、ってところですか?』

久『うん、ありがとう。理想の答えよ、それ』

久『ただし――間違いって、意味でね』


 受験勉強をしているというのに、その女(ひと)は頻繁に部活に顔を出し、京太郎に声をかけた。

 受験勉強の息抜きと彼女は称していたが、誰の目にもそれだけでないのは明らかである。

 もっとも、それを指摘したところで認める筈がないので、誰も言い出さなかったが。


久『今の須賀くんの答えは、ある意味で正解なのよ』

久『基本的に人間ってのはね、誰かに嫌がらせをするときは――意識しないかぎり、自分がされたら嫌なことを選択するのよね』

京太郎『なるほど……』

久『だから、誰かに嫌がらせされたら……よく観察しなさい』

久『それが、相手にとってもされたくないことかもしれないから』

久『嫌がらせというのは、ちゃんとやるなら相手の人格に合わせてやるべきなの。やられたら、逆に利用してやっちゃいなさい!』


 須賀京太郎の基礎となる技術の他に――武器を貰った。

 思考を鈍らせ、その打ち筋を掻き乱す毒針を。

 一度刺し、二度刺し、刺せば刺すだけ相手の思考を破滅に追い込む毒針を。


京太郎『流石は嫌がらせのスペシャリストですね』

久『……なんでこの流れで、私があくまで悪女みたいな言われ方しなきゃいけないのかしら』

京太郎『いや、今自分で言ってるじゃないですか。悪魔で悪女、って……』

久『まこー、須賀くんが私を苛めるー』

まこ『……わりゃあ、アホか』


京太郎「……」


 始まる、東一局三本場。

 例によっての一鳴き。須賀京太郎のツモ番が上側に移動――晒される。

 ガン牌とオカルトは、カメラやその証拠を見られていなければ――つまり牌譜の上では、どちらにも違いは見られない。

 明らかに、高俊らの動きは不自然である。牌譜も残る。誰が見たって、何かあると思われる。

 だけれども、オカルトという存在が故に、河のすり替えなどがない限りは――彼らが特殊な打ち手なのかそうでないのかは、判別を付けがたい。


高俊(そろそろ……親番、代わり時だな)


 彼らはそれを隠れ蓑に使った。

 そして、明らかに協力しているとしか思えない動きだが――これにも、建前はある。

 須賀京太郎は明らかな上位ランカー。対する自分達は、彼と比ぶるべくもない木っ端。

 なら、強敵相手に協力して何がおかしいのか――という理論である。

 事実、ここに並んだ須賀京太郎も強敵との戦いに於いてはそれを行っている。

 だから、組んで戦うことはなんら後ろめたいことではないのだ。


 そんな、理屈はあった。

 あとは須賀京太郎を4位に追いやれば終了という運びである。


高俊(……またか)

高俊(しかも、今度は六枚)


 しかし、京太郎は先程までよりも多く――その長い指で、六牌を覆った。

 見えない恐怖に、無自覚の内に三人は震える。


 須賀京太郎:■■■■■■八萬 ②⑤筒 178索 北
 ドラ:6索(表示牌:【5】索)


高俊(……チャンタ系か?)

高俊(今の選択は……流石はプロだな。まあ、それ以上は動けないが)


 打:北といかなかったが故の、その後の須賀京太郎の自風牌――北の暗刻化。

 これは流石と言うべきか、ツイてると言うべきか……。

 チャンタ系に寄せるべきと判断したのが正しかったのか、それとも偶々、結果としてそこを引いたのか。

 なんとも言いようがないが……。


 須賀京太郎:■■■■■■八萬 178索 北北北


 とにかく、自風を彼に持たれてしまったというのは大きい。

 これで副露可能になってしまったのだ。副露部分を止めようにも、ああも隠されていては止めようがない。

 それよりも、困ったことがある。


 端の三牌を握る――――というのはまだ理解されるであろうが、六枚というのはよろしくない。

 明らかに須賀京太郎が、手牌を覗くなと宣言しているも同じである。

 技術が主体の堅実な打ち手とされる須賀京太郎のそんなアピール。

 これは、よろしくなかった。

 池田華菜が焼き鳥で終わったことのように、話はどこからか容易く漏れていく。

 京太郎の態度が噂されたら――。


高俊(普通は、左手で牌を隠すのはマナー違反になる)

高俊(指摘すれば止められるだろうが……そのとき、こいつはどうする?)

高俊(いや……そもそも、六牌全てが有効になるなんて都合のいい話があるわけない)

高俊(だから、待ってれば減るだろう)


 確かに――事実、最終的には以下のような運びに変わる。


 須賀京太郎:■■■■■■八萬 178索 北北北  ツモ:⑧筒 打:八萬
             ↓
 須賀京太郎:■■■■■■⑧筒 178索 北北北  ツモ:八萬 打:1索
             ↓
 須賀京太郎:■■■■■■八萬 ⑧筒 78索 北北北 ツモ:八萬 打:⑧筒
             ↓
 須賀京太郎:■■■■■■八八萬 78索 北北北   ツモ:⑧筒 打:5索
             ↓
 須賀京太郎:■■■■■八八萬 ⑧筒 78索 北北北  ツモ:⑧筒 打:9索
             ↓
 須賀京太郎:■■■■八八萬 ⑧⑧筒 78索 北北北  ツモ:⑧筒 打:7索


 明らかに――異様な光景だった。


 捨て牌:⑤筒 ②筒 {【⑤筒】} 八萬 1索 ⑧筒
     5索 9索 7索


 捨てた牌が戻ってくる――そう言わんばかりに、或いはそれを確信せんがばかりに張り直す須賀京太郎の手。

 ガン牌として予め分かっていたから驚きはない――いや、だからこそ驚いていた。

 須賀京太郎が、その牌を落とした時には内心ほくそ笑んだ。その後の彼の、無駄ヅモが確定したからだ。

 だが、須賀京太郎は恰も――――自分が捨てた牌をいずれ引き戻すと言わんばかりに、打つ。

 そして、牌を兵牌に入れた。当然そうするまでが一連の流れと言わぬばかりに。


高俊(まさか……こいつ自身、持ってるのか……!?)


 オカルトスレイヤー、須賀京太郎。

 彼は、技術のみを突き詰めた男だと言われる。技術のみで、様々な特性やオカルト相手に立ち回る。

 そんな彼が、実は、能力を持っていたのだろうか。

 それともまさか、漫画のように目覚めたのか。この土壇場において。


 ……そもそも。

 オカルトは目覚めたり目覚めなかったりするものなのか、高俊らは知らない。

 オカルトなんてのは、あくまでも公には語られない公然の秘密。

 “オカルト”という呼び方だって、誰かがそう呼べと言った訳ではないし、皆が公に呼ぶ訳ではない。

 ただ、そこにある。麻雀には、単なる確率以上のものが存在しているというだけ。


 ――それよりも。

 須賀京太郎がそんな、恐ろしい特性持ちだとして――。

 この男の、明かされていない部分次第では、恐ろしい役が飛び出すかもしれない。

 そのことの方が、一番恐ろしい。


高俊「お、おい――」


 高俊の、マナー違反を訴える言葉に須賀京太郎は左手を動かした――一番端へと。

 明かされるその手牌に、思わず高俊らは凍り付いた。

 待ちの正体が不明の、四暗刻単騎待ち――――まさか、そんなオカルトが有り得るのか。

 背中が覗けない、最後の一牌。突き付けられた致死級の毒針。


 須賀京太郎:■ 八八八萬 ⑧⑧⑧筒 888索 北北北


高俊(ま、待ちは……!?)


 凍り付いた表情の彼らを他所に、京太郎は左手に握った牌を滑らかなる動作で己の兵牌に沈めた。

 高俊らが、目を見張る。その間に行われるツモ動作。

 理牌されていない、須賀京太郎の手牌。

 目が滑る。待ちが咄嗟に判別できず、彼がツモるその牌が、その和了牌なのかが判らない。


 須賀京太郎手牌:八萬 北 8索 北 ⑧筒 北 ⑧筒 8索 北 八萬 八萬 ⑧筒 8索


 果たして――須賀京太郎が掴んだのは、⑤筒。


高俊(――――っ、ハハ)

高俊(そう簡単にはツモれない……!)

高俊(これで、須賀京太郎(コイツ)の待ちは判った――全部明らかになった)

高俊(絶対に振り込みようがない)

高俊(その⑤筒じゃ和了できない……妙なオカルトがあるかもしれないが……もう、引きようがない……!)

高俊(あと、どんな風に待ちを変えても潰して――――)


 鷹の目とも言えるほどの、鋭い視線/鋭い死線。

 須賀京太郎は、高俊らの目の動きを捉え――――そして、言った。


京太郎「――カン」

京太郎(――――)


 別に須賀京太郎は、唐突にオカルトに目覚めた訳ではない。

 オカルトスレイヤーは、人間でなければならない――――と、須賀京太郎は考える。

 麻雀において、特別な能力を持たぬ、オカルトを持たぬ常人である自分でなければ意味がない。

 人の身で、魔物に並ぶからこそ意味がある。

 人の身を捨てて、彼女たちに勝利しても意味がないのだ。人間である自分が彼女たちに相対するからこそ意味がある。


 ならば、これがオカルトではないのならば、何故京太郎はあのような打ち回しをしたのか。

 あのような奇妙な引きが可能となったのか。


京太郎(……たかが、136牌。表以外の5面なら680パターン)

京太郎(そんなの、1局あれば足りる)


 相手の手牌からの類推や、不自然な切り出しからの待ちの変化による推測。

 それ以外は、明らかになっていた山が崩されるその瞬間に見えた牌を記憶。

 今までの膨大な量の牌譜の記憶。打ち筋の記憶。映像の記憶。言動の記憶。

 ガン牌などというのは、それに比べれば、些事でしかない。

 いや、些事と言うのも愚かしい。ともすれば呼吸よりも容易いのだ。


 そう。その答えは……。

 その答えは、同じ京太郎もガン牌を行ったから――――。






京太郎(けどな、使わねーよ。もし使えても、誰が“イカサマ(そんなもん)”に頼るかよ)


 ――――である筈が、“ない”。






 自身の親友である国広一に対する侮辱となる。であるが故に、須賀京太郎はイカサマを行わない。

 それが一番の理由だけど――ただ、それだけではない。

 玄人風情ではなく、麻雀プロが。

 場末の雀荘ならいざ知らず、今この場で。

 特に何より――――オカルトを隠れ蓑にして、オカルトに擬態するようなイカサマを行った。

 そのことが、何よりも許せない。


 オカルトというのは、須賀京太郎の天敵であり仇敵である。同じくオカルトにとっても、須賀京太郎は天敵であり仇敵となり得る存在だ。

 だから、誇大な表現をするなら、オカルト能力者というのと須賀京太郎は永遠の敵対関係にある。

 だけれども、京太郎は、彼女らのことが大好きだった。

 麻雀での圧倒的な強さにばかり着目されて、オカルトは天然のイカサマ使いだとか、卑怯だという話は聞く。

 それはまあ、確かにそう思う。ある意味ではそう思っている。


 だけれども――――京太郎は、彼女らがプラスばかりを得ていないことを知っている。

 強大な力は何かを引き寄せるという。或いは、何かを対価に強大な力を得るとも。

 現に京太郎は知っていた。

 オカルトを身に宿した運命が故か、大切なものを失ってしまった存在を。
 或いは、自身の生命の危機を引き換えに、その力を得たものを知っている。


 別に、だから不幸で可哀想で守らなきゃいけないなんて差別をするつもりはない。

 不幸だから偉いんです、強くても仕方ないんですなどと嘯くつもりも毛頭ない。

 ただ、碌に対価も払わずに同じことを行おうという根性が気に食わない。

 イカサマなんて、安易で、楽な技術に頼って、オカルトと渡り合おうという根性が気に食わない。

 そりゃあ確かに、習得にはある程度の努力や修練が必要だろうが――


京太郎(そんなもん、やって当然だろ……!)


 そんなの、対価にもならない。

 払って当然のものを払った程度で、デカイ面をするんじゃないと、言いたかった。

 それを、仮にもその道のトップである麻雀プロが行うというのが、何よりも許せない。

 特異な才能を伸ばすもの。あるいは技術を研くもの。地道に石を積み重ねるもの。

 様々な人間が、プロとなっているし……或いはプロになろうと、そのような研鑽を行っている。

 それの前で、「イカサマの方が公平で楽なので使います」と――――そんなことを行えてしまうことが、許せない。


京太郎(……)


 ましてや、コイツらの動きを見るに――この技術を、自分達で会得したのかさえ怪しかった。

 まあ、別になんでも構わないが……。

 オカルトの代わりとしてイカサマを用いるのなら、ならば自分はそれを読み説き打ち破る――だけだ。

 鳥の翼のように。蜘蛛の脚のように。予め持って生まれたに等しいオカルトならば――兎も角として。

 急場凌ぎの後付けでは、相手とするには容易す過ぎた。


京太郎(……“視えた”のは本当だ)

京太郎(ただ……)

京太郎(俺が牌を視たんじゃなくて――――俺は、牌を視たお前らを視ただけ、だけどな)


 須賀京太郎が行ったのは、生理的ストレスを与え、心理的ショックを与えること。

 あとは物理的に――彼らを観察して、そして、その視線の動きや無意識的な動きから類推するだけ。

 何の備えもなしに、ゾーンに入れば行える清水谷竜華と異なり、様々な仕掛けや誘導が必要であるが――。


 一先ずは。


京太郎「――嶺上開花、ツモ」

京太郎「……よかったな」


 須賀京太郎は正しき道を進むことはできても、不確定を支配できない――と先程述べたが。

 ならばそれが、確定されてしまったらどうなるか。

 そうなったら、そこは、ただの読み合いだ。運の女神が人間に変わってしまった読み合いだ。

 ただの人間の身で、魔物と、神と殴り合いに及ぶ男を相手にして――勝てる道理がある筈がない。

 須賀京太郎は、プロでありながら、その立場とは不適当なほどに運がない。

 小走やえのように戦闘理論として利用できる不運でもなければ、宮永照のごとき総てを凌駕し屠り去る幸運もない。

 ただの人間の、それも、凡人の域を出ない運しかない。


京太郎「ダブルが――なくて」


 しかし――それでも、彼は“13位”。

 南場に突入し、三重の南の風を身に纏い辻垣内智葉を上回るほどの最高速度を体現する――南浦数絵の15位を上回る13位。

 ただ技術のみを磨きあげて突き詰めた果てに、人類としての最高峰の頂きに上り詰めた一人の男。

 そんな彼から――不確定という要素を取り除いたらどうなるか。

 観測されないが故の不確定を、観察して確定させてしまったらどうなるか。


 その結果が、これだ。

 池田華菜が神算鬼謀と称したように、須賀京太郎は神を屠り鬼を下す為のたったひとつの武器を持つ。

 己に振り向かない運の女神に触れる為の唯一の器物。

 即ち、頭脳。

 人間が人間としてあるための器官を、獣が人と化生するために磨き続けてきた器物を、化け物を刺し貫き穿つ武器として振るう存在。

 それが――須賀京太郎であった。


京太郎「8000・16000は、8300の16300だ」


 全員の顔が蒼白に変わった。

 これまでのすべての仕掛けや仕組みの天秤をフイにして、無に戻す一撃。

 圧倒的な殺傷能力を秘めた、致死にして必滅の一刺。

 獣が如く冴え渡る理論を、人としての理性で制御した魂の一閃。


 これが――――オカルトスレイヤー。

 理不尽な理論を打ち崩すために、その身の総てを獣に変える人間。

 牌に愛された女性たちと、牌に愛されなくとも振り向かれなくとも、牌以上に寄り添おうと希う一人の男である。



東一局三本場
中谷高俊(東家):35800 (-16300)
鳥地真紀(南家):7000 (-8300)
火暴喜一(西家):7000 (-8300)
須賀京太郎(北家):50200 (+32900)



京太郎(心は熱くしても……頭脳と手先は冷静に、だったよな)

京太郎(覚えてますよ――ああ、ちゃんと覚えてます)

京太郎(一さん……あなたから貰ったものは、ちゃんとここにある……!)


 今回、須賀京太郎が行ったことは三つほど。


 四萬を切っていなければ和了が確定し、さらにはその後一萬にてツモ和了しているのも関わらず、宣言しなかった理由。

 まず一つは、確かめるため。

 相手がガン牌をしているとして――一体、その視野はどこまで及んでいるのかを確認する必要があった。

 それまで京太郎のツモを上側にズラしている以上、彼らのガン付けは上側で行われているのが基本であるというのはもはや自明の理であったが……。

 下側にも、同様の細工が行われていることは十分にありえた。

 事実京太郎から見て、いささか不可解な切り出しを行っていたのだから……下側も上側と同様に、すべて見えている可能性があったのだ。

 しかし結果は、相手は本来のツモに帰還――京太郎の聴牌を崩すために、上側のツモを自分で引くことを選んだ。

 つまりは、下側の牌については京太郎の和了を止めるだけの役割を果たせない――それほど正確に見える訳ではないということ。



久『知ってる、須賀君?』

久『あそこにいる雀蜂の毒って言うのは、一度目に刺される事よりも……二度目の方が危ないのよ』

久『アナフィラキシーショックって言って……身体が、一度、雀蜂の毒を受けて――その毒で殺されないように抗体を作る』

久『この、抗体の過剰反応が――死なないために身体が作り出した抗体の過剰反応が、逆に人間の命を奪うの』

久『なんとも皮肉よねー』

久『……あ、だからあの巣を無理に取ろうとしなくていいわよ? 普通に、先生たちに言って業者さんに頼むから』



 あそこで単純に和了をしてしまっていたのならば……。

 高目で点数を引き戻せることができたであろう。

 勿論その後、役満を和了できるなどと決まっていた訳ではないので、こちらの方が堅実な手段であった。

 そう。

 ただ単に、点数を取り替えそう――という意味ならば。

 取り返して、後は放銃を避け続けて逃げ切ろうというのであれば。


京太郎(……その一刺しは致命傷でなくてもいい)

京太郎(行動はそのとき意味がない風に見えても、布石になるのだから)

京太郎(相手の心を惑わせるためには……)

京太郎(最終的にその思考に止めを刺す『毒』には、いくつもの仕掛けが必要だ――――ですよね、部長)


 あそこは、和了してはならなかったのだ。

 和了したら相手に、その待ちに対する予想が間違いであれ正解であれ――答えを与えてしまう。

 そこで正解していたのならば相手はより勢いづくし、間違えていたのならば余計な警戒を抱かせてしまう。

 謎のまま伏せるからこそ、相手の思考に攻撃が食い込む。その印象が身に刻まれる。

 そして、一発ツモを決めようが何しようが、『得体の知れない須賀京太郎から逃げるために和了した』という、負い目を与えることができるのだ。

 単純な点数如何よりも、こちらの方がよほど得るものが多い。

 勿論――これ単体では、まさしく毒にも薬にもならない布石でしかないが。



一『マジック? いや、別にいいけど……僕はスパルタだよ?』

一『マジックの秘訣は……そうだね。多分、“滑らかさ”だ』

一『滑らかさってのは、速さと正確さのことかな。精密さって言ってもいいけどね……スタープラチナみたいに』

一『単純に早くても、そこに精密さが伴ってなければただのスピードでしかない。』

一『そうそう。じゃあ、まずは身近な練習から』

一『まずはペン回し。ペンを、時計回りでも半時計回りでも変わらない速度で回すこと。勿論、落としちゃだめだし最初は遅くても駄目だ』

一『これができたら、次は消しゴムを回して』

一『その次はコイン。次はカード……クレジットカードみたいな固いやつがいい』

一『じゃあ、これを次にあうときまでにやってくること。君の努力しだいで、ボクもマジックを教えるかどうか決めるから』


一『そう? じゃあ、見せて』

一『うーん……まあ、合格って言ってもいいかな? あんまり手先は器用でもないけど、要領の良さと熱心さは認める』

一『じゃあ、次は火のついたタバコを回してみようか』

一『……』

一『……タバコ持ってる?』

一『……』

一『い、いやだな。冗談だってば! 冗談! これは緊張をほぐそうとしてただけだから!』

一『……それに、ボクはスパルタって言ったし』

一『……』

一『……はぁ』

一『うん、今のは何もない。何もないからマジックの基本原理について説明しようか。いいよね?』

一『いいよね?』


 そして、本当の意味はまた別に存在する――。

 牌を隠すということ。

 牌を隠されていると、面倒であるということ。

 隠されていた牌が待ちに関連しているということ。

 その意識を相手に刻み込むことにあったのだ。それこそがまた仕掛けであった。


京太郎(マジックの基本にして真理は、“意識を操ること”)

京太郎(視線を誘導するのも、相手に疑問を抱かせるのも――――いや、マジックそのものがそうだ)

京太郎(人に笑いを与える。楽しさを与える。そんな風に、幸せという意識に向けてやる)

京太郎(それが……マジックの意味。マジックの力)


 京太郎が牌を隠すことで相手の意識はそこに集中する。相手の警戒すべき最上位に、それが位置する。

 人というのは得てしてそうであるが――。

 一つのことに集中してしまっている場合、どうしてもそれ以外がおろそかになってしまう。

 これは、鍛えに鍛え上げたトップアスリートでも変わらない。

 常人より、遥かに視野が広いだろう。並列並行してさまざまなことを考えられているだろう。周囲のいかほどにも注意を払えるだろう。

 だけれども。いくら百戦錬磨と言えども。

 たとえばストライカーは、確実にシュートを打つと決めたその状況では、ゴールに集中する。

 それまでどれほど意識を外に払って、多数に分散集中させて俯瞰していたとしても、どうしても集中する瞬間が訪れてしまう。

 これは人間である限り、勝負である限り変わらない。どこまで鍛えても消せない、性だ。


京太郎(……だから、ごめんなさい。一さん)

京太郎(俺はあなたから教えられたことを――――誰かを笑顔にすること以外に使ってしまった)


 あのときのブラインドに対して、彼らは注意をやっていた。

 それまで極力表情に出さぬように――あるいは、気取られぬように注意していた動作を怠った。

 須賀京太郎に恐怖した。須賀京太郎の思考誘導に乗った。

 牌を隠蔽されることが、もっとも面倒なことであると――京太郎はそう思わせた。それが恐ろしいことだと。


 確かに、ブラインドし続ければ相手に和了を飛ばされずにツモ和了できるかもしれない。

 だが、ガン牌に対して手を隠すことなどはあまりにも有り触れた回答。

 彼らがそれをマナー違反であると指摘したらそこで終わり、そして、ガン牌に対する唯一の回答を失った――と相手に思わせてしまって、調子付かせてしまう。

 それはやってはならない。勝ち目を作らせてはならない。わずかでも相手に優越感を与えてはならない。


一『まあ、マジックを学ぼうって発想はいいんじゃないかな?』

一『須賀くんが教わってるのって、ボクが当たったあの人でしょ?』

一『だったら多分――こういう、思考誘導ってのはピッタリだ。きっとスタイルに合ってるよ』

一『別に卑怯じゃないよ? 戦いなんだから、こういう心理戦なんて初歩の初歩でしょ』

一『だから、気にしなくていいよ? これを麻雀に生かしたって……別に、ボクが教えたことをイカサマに使ったわけじゃないんだからさ』

一『ほらほら、それよりも集中集中』


 後は相手から零れ落ちた、その僅かな動作から心理を拾う。

 京太郎が打とうとした牌でほくそ笑む相手から――。

 それを切ってしまったら、後に無駄ヅモをする――――つまりは京太郎がいずれそこを引く、ということを考える。

 そうして、対子を集める。刻子を作る。手の内に牌を重ねていく。

 あの日のように、彼女のように。


 理牌をしないのは相手の思考に余計な計算を加えさせるため。

 そして何よりも、あの一瞬で嶺上開花を決めるために必要な仕込みだった。


 理牌しないことで、牌を隠蔽させた。木を隠すならまさに森というが――。


 須賀京太郎手牌:八萬 北 8索 北 ⑧筒 北 ⑧筒 8索 北 八萬 八萬 ⑧筒 8索


 ここには、北が四枚ある。そのことに気づかせるのを一瞬遅らさせたのだ。

 須賀京太郎の一番端に隠してある牌は――それ以前のブラインドを布石として――そこが和了となる待ちだと思わせた。

 当然彼らは、この四暗刻単騎待ちの頭が何かということだけに注目する。

 単騎待ちである――つまり一牌であるという先入観から、視線を広いものではなく狭いものに変える。

 これが多面待ちならば、彼らは全体を把握しようとして京太郎の仕込みに気づいたかもしれないが……。

 それ以前の仕込により、また、京太郎への恐怖やその驚異的な役により視野が狭まった彼らは――“次に京太郎が和了すること”だけが心配となった。

 だから、注目して探した。

 一から鍛えられた手先の器用さで、明らかとなっている牌の中に流れるように収められた『明らかでない一牌』を集中して探した。

 京太郎の待ちがどこであるか、次に引くことになる牌が、彼らのもっとも懸念することであったから。


 そして、違和感に気がつく前にツモ引いた⑤筒。

 それが須賀京太郎の手の内にはないことで、彼らは安心した。そして、安堵したが故に無意識にどこにあるのかを探ってしまった。

 既に河に二枚打たれて、残り一枚となった⑤筒が――嶺上牌であることを改めて確認したのだ。

 その安堵の溜息を漏らした瞬間に、京太郎は発声する。毒針を――破邪を意味する獣の滅槍を突き入れた。


 人間は、呼吸を吸う瞬間が一番無防備であるから仕掛けるならそこだ。

 というのは、師匠である国広一の言葉である。

 結果として彼らは……ただ役満を和了される以上に、心理的な衝撃を受けた。心を揺さぶられた。その精神に毒液を注ぎ込まれた。


京太郎(だけど……俺はこいつらが許せない)

京太郎(日本代表として、世界で戦うことになった咲の足を引っ張るこいつらが……)

京太郎(心底、許せないんだ……!)


 ――チキ、チキ、チキ。


 目を閉じる。

 あの――気弱で、引っ込み思案で、控えめな幼馴染が。

 そんな少女が……宮永咲が……日本の代表として世界で戦っているのに……。

 日本で――日本の大会で、こんなことが行われているだなんてことは、少なからず日本代表である咲にとってマイナスになるであろう。

 京太郎の記憶力を持っても、暗記が容易でないほどの新品の牌。

 それを、対戦者が完全に暗記する――それも三人も――なんてのは、もう、大会側が手を貸していると予想しても、間違いではないだろう。

 この時期に……。

 こんな、注目を集める大会で……。


京太郎(ここまでやられちまったら……もう、殺らなきゃならねえ……!)


 何の企みがあるかは知らない。

 おそらくは大会の主催者側は……この後の国民麻雀大会に対しての何らかの意図を含めていたり、するのであろうが。

 そんなことはどうでもいい。

 そんな利権や思惑などはどうでもいい。

 思うのは、世界に旅立つこととなった幼馴染のことだけだ。



咲『それじゃあ京ちゃん……行ってくるね』

京太郎『おう。ま、こっちのことは任せろって。ちょっと旅行に行ってくるーなんて気分で行けばいいんじゃねーの?』

咲『……うん』

京太郎『……』

咲『……』

京太郎『おっ、さては俺と離れることが引っかかってるんだな?』

咲『へっ!?』

京太郎『お前ってば、方向音痴だもんなー。そりゃ、外国なんて行こうとしたら火星まで行くんじゃないかって不安にもなるか』

京太郎『ごめんな? いやー、悪い悪い。気付かなくってさ』

咲『うるさいよ、ばか! ばか京ちゃん!』

京太郎『いやー、だって事実だろ?』

京太郎『お前がどうしてもーって言うなら、俺がついてってやってもいいけどなぁ』


咲『……むっ』

咲『いらないよ、そんなの』

京太郎『へー』

咲『いらないから』

京太郎『ふーん』

咲『いらない』

京太郎『ほー』

咲『なに、そのしたり顔……』

京太郎『いやー、別に?』

咲『……』

京太郎『……』

咲『……うん』

咲『決めた! 絶対に全員倒して、迷わずに京ちゃんのとこに行くから!』

咲『帰ってきたら、真っ先に京ちゃんのことを爆破させてあげるからね?』

京太郎『……ネットでのスラング的な名前、自分で使っちゃいますか』

京太郎『せめてミンチは勘弁してくれない?』

咲『駄目ですよー、だ』



京太郎(……ああ)


 そんな咲の手は、震えていた。

 そのことを京太郎に悟らせまいと笑った。

 思い返すだけで心が震え電撃が奔り――――そしてそれは、闘争本能へと変化する。


京太郎(プロになっても、照さんと比べられて……ちゃんと名前で呼ばれることすらも稀で……)

京太郎(そんなアイツが……引っ込み思案なアイツが……)

京太郎(世界なんて大舞台で戦うことになったことを……! そんな舞台に立てたことを……!)

京太郎(絶対に、邪魔させない!)


 ――感応能力が高い人間は、時として麻雀において“何か”を見るというが。

 このとき、この卓の人間は幻視した。

 なんの能力も持たず、さらにはオカルトに対する察知能力さえない須賀京太郎ですら、幻視した。

 己の両腕に番えられた――一対の毒針を。


京太郎(お前らは麻雀を侮辱した……)

京太郎(この国の麻雀を背負って戦う咲を侮辱した……)

京太郎(ここで――俺が……ッ! 全員まとめて、何もかも――)


 ――ゴッ。


京太郎(――――倒すッ!)




 須賀京太郎がかつて宮永咲と、江口セーラと、大星淡と争ったタイトル。

 元来のプロ麻雀での鳳凰を捩ってそれは――“蜂王(ほうおう)”と呼ばれた。

 大いなる麻雀におけるタイトルホルダー――蜂王、須賀京太郎プロ六段。


 須賀京太郎が仕掛けた毒は、まず先に対戦者の“協力”という役割を致死させる。

 四位になることが、この本戦においてはどれほど致命的であるか。

 もう、協力だのなんだのとは語れない。いかにして自分が目の前の大雀蜂に殺されないか、そこだけに集中する。

 互いの手を必要以上に伺うその目線は、彼らの手牌を晒す。翻って、山の姿を晒す。

 須賀京太郎には見えてしまった。自分が何を引くのか、彼らが何を引くのか。

 あとそうなれば――その組み合わせから、如何に読み合うかという一点に帰結する。


 ここで誰はどのような対応をするか。

 それに対してどうしたらいいか。

 あるいは相手がそれを読んだときにどう立ち回るべきか。

 そうなったら――。そうなったら――。


 そこから先はただ純然たる思考力の勝負だった。

 運という要素がない、相手との謀りあい。いかにして思考の裏を掻くか。その真を読み取るか。

 普段、運という不確定要素を背負ったままでも、読みあいに興じ――さらにはそれにて他者を貫くこともある須賀京太郎。

 残る三人が、対抗しうる筈がなかった。


 ……だが。


京太郎「――ポン」


 既に手の内にに三枚揃っている牌を、あえて副露。

 勿論、嶺上牌は京太郎の有効牌ではない。そして、ここで鳴いてズラしたところで誰が不利にも有利にもならない。

 だからこそ打たれた牌を、明刻子にて晒す京太郎。


京太郎「カン」


 次順、手の内の残る一枚を加槓。

 その際、勢いよく牌を叩き付けて――――そして、割った。


京太郎「おっと……これ、チョンボか」


 雀荘などで強打が疎まれる理由として、マナーが悪いなどの理由があるが……。

 もっとも強いのは、牌の消耗が早まるから。

 実際に、強く打ち続けていたら、牌が割れてしまうという事例は現実として起こりうるのだ。

 ここで京太郎は、副露した刻子を卓の角に置いてエネルギーの逃げ場をなくし、そして手に収めた牌の角を勢いよく叩き付けることで、その消耗を早めた。

 そして勿論、単純な膂力の問題ではない。

 相手が上側の牌しか見えないということは――つまり、牌の背にしか何らかの加工が為されていないということ。

 いかなる技術かは完全には京太郎も知り得ぬところではあるが、何らかの要因で側面などにそのイカサマ加工は不可能であったのだ。

 牌の背が選ばれたのは、そこが最も広く、作業が行いやすかったから。側面などでは手が及ばない

 そして――その特殊な仕様が呼び水となり、この牌は脆くなっており――結果京太郎の一撃で、砕けた。

 砕ける牌に、残る三人の顔が呆然となり、動きが止まる。


京太郎「……こりゃ、牌を交換する必要があるかもなー」


 そして、三人を睨み付ける。

 これは「清聴しろ」という最後通牒だった。巣に近付く生物に対してスズメバチが歯を打ち鳴らすのと、同等の警告であった。

 壊れた牌の交換に、一時的に卓は止まるだろう。

 その間に、ガン牌の仕込を解除しろ――そう伝えたのだ。


 それがあると厄介であるからではない。

 それがあると、もはや麻雀としての勝負が成り立たないからだ。

 彼らに公正なる勝ち目が用意されるとしたら、イカサマをやめて、何もない状態で須賀京太郎と打つしかない。

 そうしろと――京太郎は、最後に告げた。


 ◇ ◆ ◇


 京太郎たちの卓が止まったのは、他の卓からも見て取れた。

 それを眺めつつ――弘世菫は嘆息する。


菫(……どんな力でやったらそうなるんだ?)


 いや、握力が90キロを超えているという話だし、なるほど、やろうとすれば砕けるかもしれない。

 自分も砕いてみるかな――と、手の内で牌を弄びつつ、小さく笑いを零す。

 重要なのはそこではない。そんなの、判りきっていた。


菫(須賀が……京太郎は、麻雀好きだ。あいつは麻雀に惚れてる)

菫(もともと几帳面で丁寧な奴であるし、ものも――動物なんかも――大切に扱う)

菫(そんなアイツがあんなことをやるだなんてな……)


 先ほど眺めたそのときに、ただ事でないほど怒っているのを見て取った。

 あれに並ぶのは、新子憧が絡まれた――それをムエタイで撃退した――というときだろうか。

 「まあ、結果としては問題なかったんで……俺がいてよかったです」と笑っていたから、今の怒りはそれ以上かもしれない。


 菫のいる卓で行われていることが、あちらの卓でも行われているのだろう。

 そして、彼が怒りを露にしたのは自分に対して卑怯な手を使われたから――ではない。

 M.A.R.S.ランキング15位より上の――上位ランカーと称される――プロに対しては、イカサマは通用しない。

 鍛え抜かれた観察眼によって、あるいはそのオカルトの副次的な特性によって、イカサマというものを察知する。

 仮にも13位である京太郎が、たかがイカサマ程度にどうにかされるとは思いがたいので……。


菫(……宮永絡みか)


 須賀京太郎がああも感情的になるとしたら、後ろに誰かがいるとき。

 自分一人のことではなく、誰かのためにこそ怒りを露にするのが須賀京太郎である。

 この場合は――世界に旅立った宮永咲。

 彼の交友関係から、そして状況から判断するにはそれしかいない。


菫(こちらの卓にも、あちらの卓にも……おそらくはもっとほかにも、この手の輩は紛れ込んでる)

菫(予選からしてランカー同士の対戦が発生しないあたり、大会が仕組んでいると見ていいだろう)

菫(狙いは……そうだな)

菫(この大会で上位ランカー以外が上位ランカーを倒すという劇的な形)

菫(多分、このあたりだ)

菫(それを主軸に売り出しをかけていって業界に新たに食い込むのか……それとも、何らかの取り決めがあって……)

菫(この成績を元に、国麻の進出に駆けるのか……あるいはその両方か)

菫(何かの利権を後ろに乗せて……動き出そうとしている、といったところか)


 顎に手を当てて、考える。

 元々賞金の額の多さの割りに――テレビ中継がほとんど行われないということに、違和感を抱いていた。

 そうしてスポンサーを集めなければ、賞金の元手が帰ってこない。

 まさか企業が――麻雀が好きすぎて、とにかく金を出したいというなんてことはありえないだろう。社長が龍門渕透華ならともかく。


菫(……それが表沙汰になれば、世界からは日本の麻雀界が非難されるだろうな)

菫(あるいは、外資系がこのスポンサーであるため……それが目的かもしれんが)

菫(この時期に何らかのスキャンダルが起これば……それは、宮永の不利益になる。だから、須賀はああして怒った)


 きな臭いとは思っていたが、まさかここまでとは。

 菫としては――こんな大会に関わっていたというのが、後に何か不幸を呼び寄せはしないかと、もう敗退するつもりでいたのだが……。

 可愛い後輩が怒ったこと。そして、決意したということがあってはそうも言ってられない。


菫(つまりは……このイカサマ持ちどもを全員蹴散らして我々が勝ちあがってしまえば、少なくとも主催者側の目的のどこかは削がれるということだな)

菫(……)

菫(なら――いいだろう。付き合ってやるよ、お前に)


菫「……悪いな。気が変わった」


 さて、そのあとはどうしたものか。

 今度は買ったのもイカサマだなんだと騒ぎ立てられたら、それこそ手に負えない。

 理想としては、賞金をすべて辞退し、同時にここで行われていたことを――何らかの形で記録に残すこと。潔白を証明すること。

 まあ、そのあたりについては辻垣内智葉と協力して当たるしかないだろう。

 変に誤魔化そうとするよりは、さっさと明かしたほうがいいとは思わなくもないが……。


 ……とにかく今は、それはいい。

 あるいは勝ち上がって、奴らの手駒を国民麻雀大会に出さないだけで、これ以上ないほどの打撃を与えられるかもしれない。

 そのあたりは、考えても仕方がないことだろう。


 ――とにかく、今は。


 この、卑怯な手を使って麻雀を侮辱した輩に鉄槌を与えるほかあるまい。

 気持ちが変われば運が変わる――などというつもりはないが、これまで十分に見させて貰った。

 それに、こういう長距離――つまりは点数が離れている場合の方が、射抜くのには向いていた。自分の特性からして。


菫「可愛い後輩の為だ――お前らを、射抜かせてもらうぞ」


 弘世菫の双眸が変貌する。

 それまでのどこか半眼で、場の流れを見守っていた瞳ではない。

 一撃の下、的確なる狙いで天上から相手を射抜き殺す――――鷲を思わせる荒武者のごときそれとなる。

 そして彼女は、その羽を広げた。


 ・
 ・
 ・


 再び開かれた卓にて牙を剥く三人を鎮圧し。

 須賀京太郎は、新たな卓に着いた。

 主催者側が――何かしらを仕掛けている以上、どこまでの規模で何が目的かはしらないが、他にもあのような輩がいると考えて。

 そしてそこで……見てしまった。聞いてしまった。


淡「あーあ、だから言ったよねー」

淡「須賀京太郎は強くて厄介だって」


 呆れ顔で、京太郎が先ほどまで卓を囲んでいた面子に語りかける。

 そういえば、大星淡もフリーランス。

 今思い出したが――この三人のうち一人は、予選前に、大星淡と会話をしていた。


京太郎「……大星」


 まさか――という思いすらなかった。


 ――大星淡は、孤高である。


 朝焼けの中にあっても、夕暮れの中にあっても、唯々一際強く輝く大いなる星だ。

 日常生活においてはともかくとして――――麻雀においての彼女は、一人で完結した、唯一無二にして唯我独尊の甕星であるのだ。

 そんな彼女が、こと麻雀において、誰かと組むことなんてあり得ないと断じていい。

 それほどまでに圧倒的で――眩しい女なのだ。大星淡という奴は。

 そのあり方には、ある種の憧憬や敬意すら抱いていた。

 多分……何もかもを敵に回したとしても、いつも通りでいられると言うのは須賀京太郎の力では真似できない、確固とした個を持っているということだから。


 だからこそ、この場面においても須賀京太郎は――大星淡が彼らと手を組んでいるとは考えなかった。

 彼女の実力にしても、彼女の性格にしても……そんなことがあるのではないかと想像するだけで、彼女を凌辱しているに等しい侮蔑であるのだ。

 須賀京太郎はその、沈着を保つ面持ちとは対照的に、内心ではかつてないほど驚愕し動揺していた。


淡「アンタといるのは楽しかったけど――」


 愛を囁くような顔で呟くその声色は、冷え切っている。


淡「戦争に勝つのは、私たちだから」


 その言葉と共に、背を向ける淡。

 先ほど須賀京太郎が叩きのめしたあの男を引き連れて、離れていく。

 これから対局があるというのに――――その前に、二人で大事なことを話すと言いたげに。


 京太郎は、静かに目を閉じた。






淡(――まあ、嘘なんだけどねっ)


 実際のところ、協力なんてしている筈がなかった。

 そもそも、そんなことは必要ないから。というか何が起こっているのかさえ碌に把握もしていない。

 話しかけられたのは、昔馴染みだから。

 淡は――勿論殊勝に段位を一つずつ取るというタイプではないので――かつてチームに所属していた。

 そのときのチームメイトであった男を見かけたので、声をかけただけだ。


 ……まあ、なにやら企んでいるというのは知っていた。

 先ほど、淡も打った際に――そいつらが、仕掛けているのには気付いたから。

 ただ、仕掛けようが何しようが淡が勝ったというそれだけの話であるが。

 まあ、なんとなく結構集まってやってるんだろうなーと思って、須賀京太郎にヒントを与えがてら「私たち」という表現をしてみた。

 どんな理屈があるのかはしれないし、何が企まれているのかもまるで知ったことではないが……。

 あるいは自分のその一言が、須賀京太郎の思考の閃きに携わるのかもしれないと期待しながら。


 あとは――それ以上に何より。


淡(……そーだよ。やっぱり、そーこなくっちゃ)

淡(アンタはまあ、悪い奴じゃないと思うし……その、話してても別に嫌じゃないよ?)

淡(でも――違うんだよね、なんていうか)


 かつて自分を射抜いたときの。

 あの、須賀京太郎の鬼気迫る瞳。命を奪う(あるいは奪われる)という瀬戸際に立ったかのような鋭い視線。

 あれが、一番、イイ。


 笑っているときでも、怒っているときでもない。格好つけてるときでもない。

 その目が、一番、イイのだ。

 大星淡の胸に電撃のようなものを叩き込んだ、あの一撃を放ったときの目が――。


淡(親しくするってのは別にいーけどー、なーんか、馴れ合うのは違うよね?)

淡(これから戦うってのに、ふつーに喋りかけてくれちゃってるしさー)

淡(そーいう緊張感がないのって、どうって話で)


 それではただの、仲良しこよしではないか。

 ……いや、別にそれはそれで嫌いではないし捨て去ったり二度と構うなとかいうつもりもないし大会が終わったら普通にしてくれたらそれがいいんだけど。

 って別に須賀京太郎のことなんてどーでもいーし、ただのライバルでしかないからこう腑抜けたところが見たくないっていうか。

 なんていうかそれだと張り合いってものにかけるし、こう、あのときみたいにちょっと本気を出してほしかったっていうかそーゆー顔が見たかったっていうか。

 なんか最近唯の残念と化してるっていうかもーちょっと本当はちゃんとやるときはやるんだからそういうのを思い出してほしいっていうかなんというか。

 いや別に須賀京太郎がどーなろーと知ったことじゃないしそんなのは気にしないけどでもライバルがこう張り合いないとなんか嫌だっていうかなんというか。

 普段仲良くしてくれるのは……いや、仲良くこっちからしてやってるのはいいんだけどそういうのってちゃんと分けて考えたほうがいいんじゃないかなっていうか。

 いや違う別にそもそも仲良くなんてしてないし、生意気にもこっちに張り合ってきてくれちゃってるから仲良くしようとも思わないし勝手にすればいいじゃんっていうか。

 それでも勝手に落ちぶれられたらライバルとしてのこっちの格が下がるっていうか約束したのになんか一人で勝手に微妙な奴になられたらつまんないじゃんっていうか


 別になんにも持たないくせにあそこまで喰らいついてくるのって珍しくていいんじゃないのっていうかだからそれがなくなったら勿体無いよねっていうかそれだけであって。


 ……。


 ともかくとして。

 ともかくとして。


淡(無駄に馴れ合ってたら、肝心なときに手が鈍っちゃうかもしれないし……)

淡(ここは本気で、殺す気で来てもらうけどね?)

淡(だってさ……じゃなきゃ――面白くないじゃん)

淡(あの蟹対策に作らせて貰った私の新技――あんたで試させてもらうから)


 一応はライバルであるのだし。

 こう、最初にお目見えさせてやってもいいだろう。最初をくれてやっていいのだ。


淡(なんていうかー、色々調べてたらー……こーやっぱり、あんたってムラっ気あるんだよねー)

淡(だからこうして……お膳立てさせてもらったよ)

淡(そういう勿体無いの削ってって……本気、見させて貰っちゃうから!)


 とりあえず、一緒に連れてきた馬鹿その一には、いつまで付いて来てるんだと言っておいた。

 とっても微妙そうな顔をしてどっかにいった。

 その先には、あの金髪外国人――エイスリン・ウィッシュアート――がいたので多分酷い目にあうんじゃないかな。どうでもいいけど。

 だって今一番大事なのは、この状態の須賀京太郎と戦えるということなんだから。


淡(あはっ)

淡(そーそー、その目……その目だよ)

淡(やっぱ――――あんたって、サイコーにイケてんじゃん!)


 卓に座った淡を、静かに睨み付ける須賀京太郎。

 その目には漆黒の殺意があった。命のやり取り――どんな形かは知らないが――を経験している光があった。

 過去に、彼自身の命を含めて――誰かの命を奪わねばならないと決意した何かがあったのかもしれない。


 だけれども、それも、どーでもいい。

 せっかく編み出した技があるのだ。

 わざわざまた嫌な思いをしてまで、あの、阿知賀の大将に協力させてまで作り出した新技が。

 それすらももう、どうでもいい。

 何をしようが何があろうが須賀京太郎は今ここにいて、こうして本気で、大星淡と打とうとしている。

 そして――淡を倒そうとしている。


 その事実が一番大事で、それが全てだ。

 須賀京太郎がここにいるというので必要十分すぎる。

 それだけで――ゾクゾクと、寒気にもにた何かが背筋を這い上がって、自然と頬が歪んで口角が吊り上がる。

 この感覚だ。

 この感覚を――もっと楽しみたいのだ。


淡(あはっ……来なよ、須賀京太郎)

淡(あんたのそーゆーとこ……いっぱいいっぱい、身体中ぜーんぶ使って……目一杯、愉しんで上げるから……!)

淡(あんたも――愉しんでよねっ)


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【大星淡の好感度が上昇しました!】

【池田華菜の好感度が上昇しました!】

竹井久の好感度が上昇しました!】

【国広一の好感度が上昇しました!】

【宮永咲の好感度が上昇しました!】

【弘世菫の好感度が上昇しました!】

【大星淡の強化フラグが成立しました!】

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最終更新:2014年05月04日 05:08