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 【今夜なに食べる?/昨日なに食べた? ――あらたそキッチン・破戒編――】



灼「京太郎、今日のおゆはんなんだけど……」


 と、ボウリング場の方に顔を出す。

 以前に比べて彼は、言わずとも積極的に店番を勤めるようになっていた。

 いい傾向なんじゃないかな、と思う。


京太郎「あ、それじゃあすみません……」


 「ありがとうございます」と、黄色い歓声が上がる。

 近隣の女子中学生女子高生どもだ。女子校でもある。厄介なことに。

 どこからか聞き付けたのか、ボウリング場にイケメン店員がいる――という噂に、夏休みで時間が余った女学生どもが顔を出していた。

 流石に、入れ替わり立ち替わりというレベルではないのが幸いだ。

 それでも普段に比べて随分と店が華やいでいると、常連客の一人は嬉しそうに呟いた。私では不満か。くそう。

 また、中には小学生もいた。灼より身長は高かった。畜生。


 流石に、小学生にスタイルで負けは……負けは………………負けてはない。負けてはないはずだ。

 人生経験込みなら絶対負けてない。麻雀ありなら確実に勝つ。うん。

 別に胸が大きいだけが女ではない。

 家事・炊事・掃除・洗濯・裁縫は大得意だ。アライグマさんのアップリケを難なくエプロンにつけたりもしている。

 育児は……経験がないから判らない。

 松実玄にそう言ったら、「やっぱりおもちがないと駄目だよ」と言われ、「私もおもちがあればなぁ……」と言われた。

 ムカついたので、背中を叩きながらブラを外した。蹲っていた。ざまあ。


 閑話休題。漢和辞典。


 それにしても、まったく……。

 他にやることはないのか。そんなにひと夏の恋に憧れてるのか。アバズレどもめ。

 ボウリング場はボウリング球を転がしてピンを倒す場所であって、男の玉を転がしてピンとさせて押し倒される場所ではない。断じて。

 まあ、売り上げが増えているから多少は許そう。

 マナーが悪い客もあまりいないし、どうかと思う客には京太郎がそれとなく注意をしていたのでよしとしよう。

 ちなみに「そこがまたいい……」そうだ。馬鹿か。


 まあ、積極的に京太郎にアプローチをかけるものは殆どいないのが幸いだ。

 大概が、店番を勤める京太郎を横目で眺めながら「あの人かっこいいね」「彼女いるのかな」と見惚れる。

 次が、「メアド聞いてきなよ」「声聞きたくない?」と、やいのやいの仲間内だけで騒ぐタイプ。

 最後に、「じゃあ私行ってくるー」と仲間に得意気な顔をしたあと京太郎に話しかけて、それまでの強気はどこへやら――しおらしく、たどたどしくなる者。


 話しかけるときのタネと言っては大体ボウリングについてのことなので、

 京太郎は解説したりお手本を見せたりフォームチェックしたり――どれも灼の受け売りだ――穏和な態度で接している。

 その物腰の柔らかさに、彼女たちの険はとれてしまって、毒気を抜かれたように――

 「どうだった?」「優しくて親切で……声格好よかった」「いいなぁ」と、きて、

 「あと……」「ん?」「いい匂いだった」「……そ、そっか」「……うん」とか、そんな感じになっていた。


 あとは……。

 「睫毛……長かった……」とか。

 「指が長くて綺麗だった……」とか。

 「落ち着いてて、大人って感じだった……」とか。

 大体そんなんである。


 ちなみに大人と言ってもまだ二十歳にも届かぬ大学生であるが、女子高生女子中学生どもには十分大人らしい。

 がっついてたりガキっぽい同年代と比べたら、言うまでもなく京太郎に軍配が上がるのだ。

 彼の素や性格がどうあれ、店番をしている限りは「穏やか」で、「落ち着いていて」、「親切で」、「爽やかな」――――年上の店員なのだ。


灼(……まさか、京太郎がね)


 世の中の大半は見た目で騙される。だからなのかも知れない。

 こちらに小走りでよってくる須賀京太郎を眺めながら――首が痛い――息を漏らす。

 まったく、皆見た目に騙され過ぎだ。

 こう見えてこいつは軽薄でお調子者なところがあり、かと思えば青臭く生真面目なところがあり、思い詰めたり背負いたがりなところがあり、

 男らしいかと思えば妙に女々しいところがあり、でも暴力とは無縁そうながらも実は頼りになるところがあり、意外にも料理が上手なのだ。

 あとは、変に自分を過小評価――――或いは死にたがり“だった”ところとか。


 ……。

 まあ、そんな風に他人から見られということは、かなり持ち直してきたのだろう。

 京太郎にいい意味で余裕があるから、外にそれが滲み出ているのだ。


灼「……うん」

京太郎「え、どうしました?」

灼「なんでもな……」

京太郎「はあ……?」


 ……まあ。


 やっぱり所詮、男性経験がない思春期の女子だ。

 息巻いていても、いざ京太郎に近付くとボロが出る。指導で近くなっただけで、顔を真っ赤にしていたりする。

 その所為か、須賀京太郎の素性は愚か名前を知るものもいない。

 ある意味、森林限界を超えて咲く高嶺の花扱いされていた。だから店も至って平和である。

 京太郎はどことなく背景に溶け込んでいるような雰囲気を持つので、或いは皆、絵画のように眺めるだけで満足なのかもしれない。


 あの、ホストのような態度もしていない。

 元々、あまりガツガツいくキャラクターではなかったのか。それとも、ちゃんと灼の注意を受け入れたのか。

 或いは、女性客の多さに、流石にそれらが自分目当てで――態度次第では大変なことになると――察しているのかもしれない。


京太郎「あ」

京太郎「あのさ、灼さん」

灼「ん、……どうかした?」

京太郎「奈良の女の子って、凄いボウリング好きなんだな。かなり驚きましたよ、俺」


 ……。

 訂正。

 やっぱり、こいつはただの鈍感だった。


灼(しょーもな……)

 まったく、本当に……なんでこんな男がモテるのだろうか判らない。

 まず、穏和と言えば聞こえはいいが、要するに自己主張が弱く流されやすいだけだ。

 あんまりガツガツオラオラ進める系の男はどうかと思うが、かといって自分の意見を言わないのはどうなのだろうか。

 夕飯が作りにくいったらありゃしない。


 次に顔。

 そりゃあ――確かに顔はいい。

 灼がこれまで出会った男の中でも上位である。京太郎というのを除けば、最上位と言っても良いかもしれない。

 でも、どこか女みたいな顔だ。具体的に言うと東北の方に髪の色が違うそっくりさんとか居そう。

 それってどうなのだ。

 まあ、成長すればより男らしくなるだろうが――――彼氏が美形とか、彼女の立場がなくなるではないか。

 いや、別に灼は京太郎の恋人になるつもりもそんな未来も毛ほどもないが、一応。

 しかもこれで肌の具合までよいとなると、いよいよ女の立場がない。

 灼も別に誰に見せる訳でもないので化粧などはしてないが――最近は年頃だし一応ちょっとはした方がいいのかなと思っている――それでもだ。


 それで……あとは。

 正直挙げればキリがないのである。それぐらい京太郎は欠点が多い。

 無駄にデカイせいで目を見て話すのも疲れるし、物腰が弱いのか強いのか判らないせいでどう接してやったらいいのか悩むし、

 男の癖に正直料理がおいしく作れる方だし、指は長いし、声はいいし、たまにする笑顔は男の癖に年下らしく無邪気そうで可愛いし、

 その癖やけにこっちにはぞんざいに接してきてなんだか腹立たしいし、変に悩みすぎて心配になることもあるし、

 馬鹿だし、生真面目かとお調子者っぽいところもあるし、馬鹿だし、悩みたがりなとこがあって一々気を払わなきゃいけないし――――。


 とにかく。


灼(この駄目男……)


 なのである。しょーもない。


京太郎「どうかしました?」

灼「なんでもな……」

京太郎「そっすか?」

灼「そ」


 そういう、須賀京太郎の面倒くさい面を知らずに外見だけに騒いでいる女学生を見れば、思うところはある。

 こいつが、一体どれほど無礼で面倒な馬鹿か知らないから、そうも騒いで居られるのだ。

 いい気なものだと思う。まったく……。


灼「……京太郎」

京太郎「はい?」

灼「希望がなければ、私が勝手に作るけど……」

京太郎「あ、じゃあそれでお願いします」

京太郎「灼さんの料理、どれも皆、いつまでも食べてたいくらい美味しいんで……なんでも問題ないっすよ!」

灼「……」

京太郎「灼さん?」

灼「別に……」


 こういうとこだ。こういうとこ。

 無神経である。

 無配慮である。

 無遠慮である。

 献立考えるのが一番面倒だってのは、料理する身なら判るだろう。


 まったく……。


京太郎「あ」

灼「なにか?」

京太郎「俺、猫舌なんで……その辺一応考慮してくれたらな、って」

灼「……」

灼「……そ」


 考慮ね。ああ、考慮ね。

 考慮するよ。考慮したらいいんだよね。

 考慮してあげようじゃないか。考慮してあげよう。


 ……いい方に考慮するとは、一言も言ってないから。


灼「……決めた」

京太郎「本当っすか?」

灼「うん。……二度も言わなきゃいけないなんて無駄だと思」

京太郎「それで、何を作るんですか?」

灼「……ヒミツ」

京太郎「ええー!? どうせ、すぐに食べるんだから言っても……」

京太郎「……まあ、灼さんの料理だし、楽しみにしときますね」

灼「そ」


 ……まあ、多少はいい方に考慮してやってあげてもいいかも。多少は。

京太郎「お、豆腐ですか……いいですね、豆腐」

灼「『お豆腐』……『お、豆腐』……」

灼「……」

灼「洒落……?」

京太郎「……断じて違います」

灼「そ」


 ふむふむと、顎に手を置く須賀京太郎を尻目に鷺森灼は用意を整える。

 須賀京太郎は今日はお休み。

 というか、用もないのに男は台所に立ち入るわけではないと、祖母ではなく昔の人が言っている。


灼「手伝いはいいから、そっちに座ってて」

京太郎「りょーかいっす」

灼「テレビでも見てたら?」

京太郎「なんかやってるかな……面白いの」


 そう言いつつも、茶碗などを並べ始める須賀京太郎。

 手伝いはいいと言っているのに……困ったやつだ。しょうもないやつである。

 おとなしくテレビを見ていればいいのだ。そうさせてやると言っているのだから。


 ……まあ。

 そういう風に気遣いをするところは………………その、一応、嫌いではないけど。


京太郎「……へへ」

灼「どうかした?」

京太郎「こうしてると――なんか、新婚さんみたいっすね」


 てめえ。

 何言ってやがるんだてめえ。てめえ。

 危うく、皿を取り落としそうになったじゃないか。許すまじ。

 あと、どうでもいいけど『許すまじ』と『許すマジ』って区別が付きづらいんじゃないだろうか。意味は正反対なのに。

 『マジ、許すまじ』とか……なんか、酷く軽薄な男が『マジ許す! マジ!』って言っている風にも聞こえなくはない。

 日本語って難しい。


 ……。


 ……ふう。よし。


京太郎「なーんて、新婚になるんならどうせならもっとスタイルいい人がいいよなー」

灼「……」


 許すまじ。マジ、許すまじ。

 手心を加えてやろうかと、ほんの一秒前までは思っていたが取りやめだ。地獄を見せてやる。


 用意したるは、豆腐、挽肉、長ネギ、大蒜、もやし、中華麺(中太~太)。

 納豆(ひきわり可)、生姜、豆板醤、XO醤、花山椒、胡椒、オイスターソース、練り胡麻、水溶き片栗粉。

 あとは酢とか醤油とかラー油とか塩とか。


灼(まずは、豆腐を下茹で……家は木綿で作る派、と)

灼(二分から三分ぐらい……塩を入れた湯に、豆腐を沈める)

灼(その間に、この湯をちょっと掬って――)


 もちろん、湯が沸くまでに食材は切ってある。

 長ネギも生姜も、大蒜もすべて微塵切りだ。京太郎への怒りを含ませたら、案外すぐに終わった。

 豆腐は、食べやすいサイズに。こちらは、まあ、気遣った。


灼(……納豆を湯に通して、粘り気を取ってから四つ割~八つ割に)

灼(完全にペーストにすると、甘味が出すぎるからこれでよし)

灼(トウチが手に入りづらいから……納豆で代用する)


 さくさくナイフを入れて、豆を切っていく。

 この辺は手馴れたものだった。須賀京太郎が、感心するように声を上げた。

 邪魔くさい奴だ。というか、もっと危機感持ったらいいのに。これは、京太郎を追い詰めるためのものなんだから。


灼「京太郎」

京太郎「なんですか?」

灼「言いたくなきゃ別にいいけど――」

京太郎「……」

灼「――新子、憧って知ってる?」


 もうひとつの鍋で湯を沸かす。

 ちなみに鷺森家は、コンロが三つである。

 二つだとさすがに作業がしづらいし、一つなどというのは言語道断。そんなところに住める奴とは、絶対に友人づきあいすらしたくない。

 なお、京太郎も三つらしいが――まあ、どうでもいいとしておこう。


京太郎「……」

京太郎「……ああ、知ってます」

灼「そ」

京太郎「……それだけっすか?」

灼「その言い方だと、憧も元気そうだから別にいい」

京太郎「……」

灼「何かあったら、今のときに言ってるはずだし……」


 コチュジャンと、味噌を混ぜる。大体合計して大匙一杯と一寸になればよし。味噌大目。

 コチュジャンがないなら、味噌に砂糖を入れればよし。もちろん比率としては味噌の方が大目。

 で、そこにオイスターソースやら醤油やらウェイパーやら酢やらをブッ込む。そんで水。

 水は120~140ml。醤油・酢・ウェイパーは小匙一杯ぐらい。

 灼はその日の気候によって変えているので、まあ、よし。慣れてきたら、別に量なんて目分量でどうにでもなるのだ。


京太郎「……敵わないな、灼さんには」

灼「そ。もっと精進したらど?」

京太郎「はい」


 ついでにそのまま、流用。

 ウェイパー・酢・醤油・砂糖を混ぜる。比率にして、大体3:2:1:0.1ぐらい。

 合計して、まあ、卵一つをボウルにあけたのより少し少ないか同じくらいの見た目。そう覚えておくと楽。


灼「京太郎」

京太郎「なんですか、灼さん?」

灼「ここ以外に――買い物以外で、出て行かなくていいの?」


 鍋を熱して、サラダ油とごま油を混ぜたものを投入。さっき作った混ぜ物その2の五分の一ぐらいの見た目でいい。

 あんまり多いと、焦げるというか揚がってしまうので。念のため。


京太郎「んー、別に特に不自由はありませんかね。ボウリング楽しいですし」

灼「ならよかった。奈良だけに」

京太郎「……」

灼「……」

京太郎「……ここ、笑ったほうがいいですかね?」

灼「もち」

灼「後だと、泣いたり笑ったりできなくなるから」

京太郎「何を俺に食わせる気なんだよ!?」


 パラパラになるまで挽肉を炒める。そうしたら、混ぜてないほうの調味料をイン。

 大蒜、生姜、納豆、XO醤、豆板醤……順番は火が通りにくそうなものからだ。根っこの方が、火が通りにくい。ペーストは焦げるので最後らへん。

 ちなみに火力は強火。中華は火が大事だって、勇者の剣のキラキラを進化させたおっさんが言ってた。

 その後、味噌やら何やらをまぜまぜしたものをブチ混んで、湯切りした豆腐も投入。

 豆腐を茹でてたのは水を張り替えて、再度沸騰させるのである。


灼「見てわかると思……」

京太郎「あー……麻婆豆腐っすか?」 

灼「残念。違うんだな、これが」


 先ほど火にかけた鍋がたぶんそろそろ沸騰するので、ちょこっと掬ってもやしを湯がく。

 あとは、混ぜ物その2のほうをその鍋にドーン!

 そのまま、中火くらいで似る。これがスープになるのである。


灼「今日は、特製バーニング坦々麺」

京太郎「バーニングさせないと気がすまないんですか!?」

灼「お祖母ちゃんが言っていた……私は、天の道を往き総てを灼き尽くす女」

京太郎「森が灼けてる!?」

灼「お祖母ちゃんの旧姓が天道だからね」

火を弱めて、麻婆豆腐の方を煮る。

 どうせ後で最大火力で煮詰めるんだけど、まあ、中華にはこういう工程が必要なのである。

 料理は愛情とはよく言ったものだ。手間がかかる。


 ……いや。

 別に、その……………………須賀京太郎に対して、大して愛情とか持ってないけど。

 まあ、家族くらいにはみなしてやってもいいかもしれない。同居人だし……居候だし……。


灼「ま」

灼「今日のも、おいしく作るから……」

京太郎「はい。残さず食べます」


 よし、言質取った。

 あとは、灼熱地獄に叩き込むだけだ。太陽の偉大さは猫舌までも苦しめることであるとはよく言ったものだ。

 …………まあ、ちょっとくらい手加減してやってもいいのかもしれないけど。


灼「あとは、麻婆豆腐に片栗粉入れてトロミをつけて」

灼「練り胡麻をスープに突っ込んで」

灼「麺を茹でて湯切りして、どんぶりに乗せたらオッケー」

京太郎「適当っすね」

灼「適当なのも、愛情のうちだから」


 麻婆豆腐に花山椒とゴマ油を入れるのは最後でいい。追いオリーブならぬ、追いゴマである。

 なんか、独楽が回りながら追っかけてきそうとか想像して、一人で笑う。

 最後に、坦々麺の上に麻婆豆腐を乗せる。これで完成、バーニング。


京太郎「何か面白いことでもありました?」

灼「……強いて言うなら、京太郎の顔とか」

京太郎「この流れで、いきなり貶められた!?」


 あとは、冷蔵庫からサラダを取り出す。

 レタスと水菜とパセリを契ったのとザク切りのキャベツを混ぜたものである。

 とりあえず、ケチャップとマヨネーズとほんのり酢を混ぜたドレッシングというかソースをかけたので問題ない。一応決め手があるのだ。

 このソースの名前、なんだっけ。別にどうでもいいけど。京太郎の素性と同じくらい。


京太郎「……いただきます」

灼「召し上がれ」

京太郎「……」

灼「……」

京太郎「……」

灼「……」

京太郎「……あの」

灼「早く。残さず食べるって聞いたけど?」

京太郎「いや……」


 辛味というのは味覚ではなく触覚。要するに、やけどの一種である。

 そして、もちろん出来たてなので、アッツアツだ。バーニングである。バーニング坦々麺なのだから当然。

 その間に、麻婆豆腐の鍋に蓋を。ちょいちょい温めれば、翌日の朝飯にもいけるかも知れない。

 いや……。


灼「そういえば……」

京太郎「ふー、ふー、ふー、ふー…………なんですか?」

灼「豆腐は足が速いって言うけど――」


 特にこの時期とか。


灼「豆腐が腐った匂いって、人間が腐った匂いに似てるらし」

京太郎「なんでこのタイミングでそれを言うんだよ!?」

灼「……なんとなく」


 なんというか、洒落が判らない奴である。

 それにしても、なんとふーふーすることか。そこまで猫舌ってのは酷いのか。

 まさか、幼少期に火事にあったとか言うまい。


灼「……」

灼「ふーふー、してあげよっか?」

京太郎「いえ、結構です」

灼「……ふーん」


 やけにきっぱりと言い放ちやがった、この男。

 これが松実玄辺りに言われていたら――多分、二つ返事で了承したであろう。

 そう考えると、なんとも腹が立つ。


京太郎「熱っ」

京太郎「これ、本当に熱いな……なんていうか、本当に……」

灼「バーニングだから」

京太郎「そりゃそうでしょうけど……もう、辛さと熱さと暑さで訳判んなくなってるしさ」

灼「京は精進が足りないからそうなる」

京太郎「確かに、灼さんは涼しい顔して――」

京太郎「……」

京太郎「……なんか、灼さんの俺と違いません?」


 目ざとい奴だ。

 ちょっとシャンプー変えたり、ボディソープ変えたり、ワンポイントの小物をつけたりしたのには気づかない癖に。

 どかズレてる。洒落のセンスと一緒だ。


灼「……もやしがあるから」

京太郎「あー、もやしっすか。……なんでもやしを?」

灼「もやし無いと……辛いし、熱いし」

京太郎「なんで俺には入れてくれないんですか!?」

灼「わずらわし……」

京太郎「『わずらわし……』、じゃなくて!」

灼「やかまし……」

京太郎「『やかまし……』、でもないっすよ! 俺は猫舌なんですよ!」

灼「せせこまし……」

京太郎「ちょっと、灼さん!?」


 やかましい男である。

 だって、水分の多いもやしがあったらバーニング地獄にならないではないか。

 須賀京太郎にはバーニング地獄を味わわせるべきなので、もやしがないのは叱るべきである。

 とろみ……は、スープで広がってしまっているけど。

 まあ、これぐらいがちょうどいい罰なんではないだろうか。散々ばら人を貶めてくれたことへの。


京太郎「もやしくださいよ! 俺にももやし!」

灼「……はぁ」

灼「ちなみに、もやしは『燃やし』と掛けてて……」

京太郎「どうでもいいんで、もやしください!」

灼「……」


 燃やしたろか。

 すでに辛すぎてヒー、ヒー、ヒーしてる須賀京太郎だけど、もういっそ……ボゥ、ボゥ、ボゥさせたろか。

 この男は……本当に……。


灼「ま、いいか」

灼「ほら……もやし」

京太郎「え?」

灼「?」

灼「食べないの?」

京太郎「いや、灼さん……」

灼「?」

京太郎「これ、あーんってやつじゃ……」

灼「………………………………………………へっ?」


 へっ。

 いや、えっ。

 えっ。


灼「…………………………」

京太郎「……」

灼「…………そ。いらないならいい」

京太郎「アッハイ」


 …………まったく。


 ……まったく、変な空気を作ってくれちゃってからに。この男は。

 別に深い意味など無いのだ。

 食べたいと言っていたから、ただ渡そうとしていただけなのだ。

 なにもそんな、恋人とか、彼氏彼女とか、懇ろな仲とか、男女の関係とか、ラブラブとか、しっぽりむふふとか、そういうことではなく……。


 ……そういうことではなく。



灼「……」

京太郎「……」

灼「……」


 なんか、無言になった。

 とても静かである。


 この空気、いったい、どうしてくれるというのだ。この男は。

 静か過ぎたら、気まずいのではないだろうか。

 いや、確かにお互いしゃべらずに居心地のいい関係というのはあるし時たまそうもなるが――――ってこれは関係ない。関係ないのである。


 そう。

 この沈黙は、静寂は……なんだか居心地が悪い。


京太郎「ふー、ふー」

灼「……」

京太郎「ふー、ふー、ふー」


 ふーふーふーふー、やかましいわ。発情期ですかコノヤロー。


 ……いや。

 その、発情とかそういうことではなく別にそんな男女のあれそれとか関係ないですしそんなこと全然考えてもませんけどおすしおすしオシシ仮面。

 よし。

 頭の中で、吊るされたオシシ仮面が「グエエエエェェェー」してる画像を見たら落ち着いた。懐かしいなドラえもん。


 というかこの居候、また『ふーふー』し始めるとか……どんだけ落ち着いてるんだ。

 ドラえもんほど万能でもないし、何の夢も希望も叶えてくれないけど、機械なのか。心は鋼なのか。僕はロボットなのか。

 来たばっかりのときは――この、特製バーニング坦々麺に浮いてる豆腐みたいなメンタルしてたくせに。生意気だ。


 ……いや。

 あの、つっけんどんというか妙に冷めてるふざけた態度に比べたら、今のは一万倍ぐらいマシだけど。

 気遣いできるし、気が利くし、爽やかだし、いざというときに頼りになるし――――って、それよりも欠点の方が多いけど。

 まったく。

 まったく……京太郎の癖に。


京太郎「ふー、ふー」

灼「……」

京太郎「ふー、ふー、ふー」

灼「……」

京太郎「灼さん、これうまいっすね!」

灼「そ」


 ……ま、まあ。

 少なくとも、素直に料理の感想を言うところとかはよいのではないだろうか。

 それでこそ、作り甲斐があるというか――愛情の注ぎ甲斐が……………………………………いや、違うから。


 ……とにかく、もう食べてしまおう。

 こういうときはさっさと食べるに限るのだ。


灼「ごちそうさま」

京太郎「……早いっすね」

灼「ほかに、やることがあるから――――、っ!?」

京太郎「灼さん!?」


 立ち上がった拍子に、靴下が滑ってよろけてしまった。

 さらには汗で滑った手から、どんぶりが零れ落ちそうになり――――なんとかキャッチ。

 キャッチ、したのだ。


灼「……」

京太郎「……」


 実にタイミングがよく、向こうも一緒に。


灼「……」

京太郎「……」

灼「……京太郎、手」

京太郎「あ、はい」


 よし。突然のハプニングであったが、自分は至って冷静だった。

 冷静だけど、ちょっと思いっきりまだ熱が残るどんぶりを掴んでしまったので、指先が熱い。

 ひょっとしたら、火傷したのかもしれない。


灼「……ちょっと、手を冷やしてくる」

京太郎「へ?」

灼「気にせず食べてて。洗い物は、あとでやるから」

京太郎「……あ、はい」

灼「それじゃ」


 京太郎に背を向けて、そのまま台所を後にする。

 ちょっとした広さがあるから、ここにテーブルを置いているのだ。そのまま、料理が温かいうちに食べる。

 居間の方に持ってってもいいけど、大体いつも台所で食事するのが我が家――自分と須賀京太郎――の習いである。

 ちなみに、キッチン――と呼ぶべきなのかともかく――にもテレビはある。一人でいるときには、これを大抵BGMにしていた。


 台所の扉に背中をつけて、手を手で覆い「ほう」と息を吐く。

 なんだか知らないけど――十中八九、特製バーニング坦々麺の所為だ――顔が熱いし落ち着かない。

 それにしても、手が熱い。指先とか特に。

 早急に冷やさなければならないだろうということで、そのまま洗面所へ。
















 洗面所。鏡を見たら。


灼「……………………………………えっ」

灼「………………………………………………」

灼「………………………………なに、これ」


 やけに、顔が赤かった――。



                                              ――了

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最終更新:2014年04月05日 19:03