――初日。
「あ、
新子憧です! その、よろしくお願いします!」
声と共に下げられた三つの頭を見やる。
癖のかかった金髪の――普通か、男にしてはやや長めの――少年。赤銅色の瞳。
ツーサイドというのか、さながら触角が如く側頭部で桃色がかった背中までの茶髪を括った勝ち気な目の少女。
サイドテールと呼ばれるそれで僅かに長髪を束ねた、桃色髪の爆乳少女。――確かこいつには覚えがある。
新入生で、新入部員らしい。
「げ……あれ、あのときの清澄」
「ああ、空気読まずに露出巫女に振ってた……あれは、辛かった」
隣で、お団子に――ボンバーマンみたいだと言うと怒る――髪を束ねた
臼沢塞がそれに続く。
見れば他にも、羊じみた頭の
江崎仁美も「ちゅ、中堅戦んときの……」と口を開く。
……因縁持ちか。
まぁ、女子で麻雀をしていれば、どこかで会うので驚く話でもないか。
そう打ち切って、また益体のない空白に身を任せようかと考える。
「……」
「……シロ、どうにかした?」
「……別に」
視線の先には、唯一の男――――確か、須賀京太郎。
何となく、気にかかった。ただしそれは、まるで恋愛的な意味ではない。……いや、ある意味ではそうだが。
この男、隣二人とやけに近しい。
確か阿知賀は女子校で――清澄がどうだかは知らないが、自分で把握している範囲では――男がいるとも聞かない。
となると、入部の前に仲良くなったか。オリエンテーリングでか。
なんというか、だったら面倒だろうなとあたりを付けてみる。
殆どが同性なサークルに、一人異性。
余計なしがらみだなんだという、男女間の揉め事で立ち行かなくなったところも風聞する。
しかも、そうも――もし二人の女子に声をかけ仲良くなっているなら――手が早いなら 、限りなくこの懸念は高くなる。
そういう風に、白望にとっての心地好い居場所を破壊する連中にはお引き取り願いたい。正直な話。
「あ、あの男の子? うーん、中々イケメンじゃない」
「……シロのタイプ?」
「いや……」
「って言うか、シロに似てない?」
「え? あ、色違いみたいな……」
そうかな、と首を捻ってみる。いや、みようとしたがダルいので却下。
自分は、あんな無駄に快活です――みたいな顔はしていない。
なんというか、あれは暑苦しそうで犬みたいなタイプだろう。
自分とは正反対だ。絶対に麻雀部の前は、運動部所属だ。
一緒にされても困るし、なんだか御遠慮願いたい。
「須賀京太郎です。よろしくお願いします、先輩」
などと会話をしていれば、件の須賀京太郎は頭を下げにやってきた。
やはりなんというか、律儀な犬のような印象を受ける。
よくぞまぁ、二度も同じことを言えるものだ。二回同じことを言わなきゃならないってのは無駄で、要するにダルい。
聞く側も、言う側も。
誰でも判ると思うが……犬になつかれると、尻尾を振られて戯(じゃ)れ付かれると、面倒な気分にならないだろうか。
だから別に蹴り飛ばしたいとか、焼却炉に入れようとか……そういうのではなく、単純にどことなくうんざりする。
生命力に圧されるとか、当てられるというか。
「よろしくね、須賀くん。私は臼沢塞」
「……鹿倉胡桃。こっちは」
「……」
「ちょっと、シロ!」
……ダルいんだよなぁ、紹介してくれないかな。
そりゃ、初対面で自己紹介を行わないという無礼な行為は避けるべきだと判っているし、挨拶くらいは惜しむものでもないだろう。
流石にそこまで、小瀬川白望というのは人間を捨てるほどの物臭ではない。
必要な労力を払うことを躊躇うまでに、駄目人間になるつもりはないのだ。
……ただ。
こう、春休み明けというのもあるし。
友人が名前を紹介したあと、「よろしく」と済ませるのは別に普通に聞く話だ。
だから、別に自分が口を開く必要はないのでは?――――なんて、思わなくもない。いや、挨拶は大事だと判っているが。
……と。
「えっと、小瀬川白望先輩でしたよね? 確か……なんですけど」
おや、ストーカー発見。
モテる女は辛いな。
「あれ、シロのこと知ってるんだ?」
「物臭で、後輩にまで名前が売れてるなんて……」
こちらの膝の上に座っている癖に、やたら無礼な物言いの胡桃に眉を寄せる。
有名人で言えば、自分ではなく間違いなく
荒川憩だろう。
だって、ほぼ四六時中ナース服のコスプレスタイル。恋人が、ナース服フェチで常に看護服コスプレを強要しているのかと思うくらいナース服。
遊びに行くときは、普通の服に着飾りもするが……あくまで基本はナース服。看護服が、彼女の普段着。
挙げ句、しつこい絡みをした男を柔術とサンボで制圧したものだから、すっかり「虐殺天使」とか「白衣の悪魔」なんて渾名が。
当の本人は「もっとかわいい渾名がええのにぃー」と、困り顔。それでいいのか。
さて。
この、眉を寄せるというのは実に楽でいい。少ない力で、思った以上に効果を生む。
ただ、相手に察する力が相応になければ、中々に却って手間になるという問題がある。
だから――
「いや、そうじゃなくて……」
おや、まだ居たんだ。
挨拶が済んだなら、さっさと引き返すなり椅子に座るなりすればいいのに。面倒だなぁ。
この手の年下との付き合いの経験がないからか、いつも以上に億劫に感じる。
「昔、戦ったじゃないですか」
「……戦った?」
「……それ、シロじゃなくてシロクマとかじゃなくて?」
「先輩、シロクマと戦ったら今ごろ俺はここにはいません」
……ツッコミはいいから、早く話を進めてくれないだろうか。
一応は後輩の前である以上、多少は気持ち先輩らしく振る舞った方がいいだろう――とは思った。
だから、離れてくれないと力が抜けない。気が休まらない。
「いや、俺……実は清澄出身なんですよ」
「あー、そうなんだ。へー」
「清澄って、男子もいたの?」
「阿知賀と違って、共学でしたからね。……まぁ、先輩たちは女子インハイなので仕方ないっすよね」
なるほどな。
だから原村和と親しく――そしてその友人であろう新子憧とも親しげなのだろう。
向こうで荒川憩との会話に興じる原村和と新子憧を眺めながら、漠然と考える。あの二人の距離感も、それこそ一朝一夕のそれではない。
となればこの須賀京太郎とやらは、原村和とは同じ高校の出身であり、新子憧とはその縁で付き合いがあるのだろう。
どうやら。警戒は、杞憂だったらしい。
となれば、この居心地がいい部活の空気が崩れる――――という心配はしなくてもいい。あんまり懸念しなくても。
ただ、やはり黒一点というのは……。
つまり、異性がいるということで余計な女同士の張り合いなんてのが、産まれなければいいが。
「で、シロの名前だけは覚えてたんだ」
「へー、へー。なるほどなるほど……」
「い、いや! 違いますよ! ちゃんと全員の名前をなんとなく知ってましたけど、小瀬川先輩が名乗ってくれないから――」
「いやでも、シロがタイプで忘れられなかったんじゃないのかなぁ?」
……ダルいなぁ、そういうの。
男女の関係なんてのは、別に何だろうがどうでも構わないが――憧れとか恋とか慕情とか、そういうのは面倒だ。
友情ならいい。
でも、好きだからどうしたのこうしたのとグジグジグダグダするのは、好ましいとは思えない。
身体目当ての方がまだ判りやすくていい。
「……ダル」
なんて思ったからか、唇から思考が零れ落ちてしまった。
「え……」
その瞬間の――。
須賀京太郎の、なんだか酷く打ちひしがれた顔が。
非常に滑稽で、こちらも自然と笑みが零れ落ちそうになった。
なんというか、やはり犬タイプなのだろう。実に素直で、その判りやすい穏やかな気性が如実に現れていた。
……なんだか、警戒していた自分が馬鹿みたいだ。
この少年は、善人だろう。
思えば、清澄の――男子がいるかいないか判らぬほど女子が印象的な――麻雀部でやって来たのだ。
そんな、サークルを荒らすとか荒らさないとかとは、無縁の筈だ。
なんとも、ただの御人好し臭がするその人となりは――――“いい人”で終わりそうな雰囲気を称えている。だから大丈夫だろう。
あと……。
「ダルいから背中貸してくれる……?」
「あ、なんだ……よかった。……って、背中ですか? どうしたんですか、小瀬川先輩」
「お手水」
「ああ……、……って、えええ!? 何をいきなり!? 連れていけってことっすか!?」
「シロ!」
「……冗談だって」
「ですよね……」
「半分は」
「あの、もう半分はどうなってるんですか……?」
なんというか、実に新鮮な反応である。
先程は別にその手の趣味はないと言ったし、今でもそう思うことに間違いないが。
……まぁ。
暫くはこうして、様子を見させて貰おうか。
願わくばせめて最低限、彼がこの部活に面倒をもたらさなければそれでいいのだけれど……。
「あ、俺、お茶淹れますね」
……。
確かにこう、言わずとも察して動いてくれるというのは願ったり叶ったりであるのだけど。
その、何でも自分から動こうというか――ナチュラルに下手に出るというか、雑用を買って出るというか。
そんな、体育会系の新入部員に有りがちなノリは些か好きになれそうにない。
今まで新入部員だったときの彼は、どんな扱いを受けていたのだろうか。というか、体育会系が骨身に染み込んでやがる。
だから、弘世菫や辻垣内智葉には好まれるタイプかもしれないが……。
(……ダルいから、いいか)
今はまだお互い慣れないものとして、一先ずは好しとしておこうか。
――了
最終更新:2014年05月30日 02:17